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家帰る前、ちょこっと寄り道して、昨日見納めにしたはずの光のページェントを、またまたナビシートから流し見です一番町近く国分町近く細横近く今日は消灯とともに新年を迎えます。仙台駅。最近こっちにあまり回らないので気がつきませんでしたが、こんなデコレーション施していたんですね。これも今日までかな?
2006.12.31
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日中人多すぎな松島に慣れていると、むしろこの静寂さが不自然だったりします。でもこれはこれでいいもんです。何だか某公共放送の「ゆく年くる年」のシーンみたい?
2006.12.31
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パラオ編はだらだらと続行中ですが、今年最後の日が沈みました。今年お世話になった皆様、色々とお世話になりました。来年の六七式床嘴もご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
2006.12.31
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前記事で触れたとおり、1日引きこもりもつまんないので、仙台光のページェント見納めにいってきました。(明日まではやっています)最初は、勾当台公園市民広場で長浜ラーメンの店とか出ていたので、行ってみたら、やってませんでした。クリスマス前後、もしくは昨日まででおしまいだったようです道路挟んだ勾当台公園では、サンタクロースのデコレーションもあったのですが、これは25日までだったのでしょう。通りのページェントではありませんが、市民広場脇スペース。ここもクリスマスツリーがたくさん並べている中での色とりどりのイルミネーション。ここもきれいです。帰省のピーク日と、会社の年末年始休暇初日と重なり、人出はかなりのものでした。またかなり気温が下がってきたので、見納めはサラリと済ませました。
2006.12.30
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年末休みに入って、外出するにも外は混んでるからおうちでまったり。テレビも特番ばっかりで正直ツマラン。流し見してたらBSでサトウハチロー特集やってて大昔聞いたことあるような童謡とかやってて、何となく流し観。興味深いエピソードが、「リンゴの唄」にまつわる話。戦後の荒んだ日本人の心を、快活な歌詞・メロディーで勇気づけた代表的な唄ってことになっているけど、元は昭和18年、サトウハチローが、「シケた軍歌じゃなくて、明るい軍歌があってもいいだろっ!」ってことで作ったそうです。しかし、冒頭の歌詞が色っぽい、また空を傍観しているのは、B29が飛来した空を傍観しているのはケシカランってことで軍関係からのケチ入って、お蔵入りしてしまったそうです。ゲストの吉岡治氏は、明るい軍歌で厭戦的になるのを危惧したのではないかと語っていましたが、その翌年、「ラバウル海軍航空隊」とか、それこそサトウハチロー作詞で、古関裕而作曲の「台湾沖の凱歌」といった、明るく軽快な唄もありました。なぜか番組では黙殺・・・。確かに「リンゴの唄」、イントロはソレっぽいです。なんて茶々入れながらテレビみてるけど、多分2,3年前のサッカー関係のDVD流している時間が圧倒的に多そう。そうはいっても、1日中引きこもりもちょっとつまらないので、この後は光のページェント見納めに出かけようかな・・・
2006.12.30
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(前々記事より続く)PPRに帰ってきたときには、すっかり暗くなっていて、ディナータイム。食べ終わってから、ビーチお散歩していたら、レストランはオープンテラスだったのですが、ここまで出張ったテーブルがあったとは・・・(要予約の渚のディナーでした)
2006.12.29
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ちょっとブレイクスカパー!で、98年3月の、平塚×川崎戦のアンコール放送をやっていました。(当時の川崎は今の東京ヴェルディーです)当時平塚所属していた中田ヒデの名プレーをもう一度って企画で、実況解説は当時のものではなく、新たに起こしたものでした。正直、解説の原博実が今回はとりわけ飛ばしまくっていました。試合後、ヒデとジローラモが談笑しているところが映ったらすかざず、「ジローラモって、このときからチョイ悪オヤジだったんだ」。外池が(いい意味で)ヘンなヤツ、小島は役者、田坂は職人、当時の平塚はヒデも含めて個性的な選手が多かったと、彼なりの絶賛です。そんな原博実、来期はFCトーキョ監督復帰なので、この名調子があまり聴けなくなってしまうのがちょっと残念ピッチ上で、得点するたびにピョンピョコ跳ねるの見てガマンです。
2006.12.28
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(前記事から続く)パラオ最高裁判所です。この建物は、日本統治時代に南洋政庁として建てられたものをそのまま使用しています。ホテルのビジターズチャンネルで、当時の建物の映像もありましたが、外観はそのまんまでした。前にも紹介した、ロックアイランドカフェ。暗くなってきてイルミネーション点灯。キレイです。パラオではポスターや看板で太り過ぎ、カロリー過剰摂取の防止の保健キャンペーン(?)やってました。いわゆるメタボリックシンドローム対策といった所。部活に興じる学生さんには無縁のようです。コロール島からアラカベサン島へ戻る所です。すっかり夕暮れです。PPRのあるアラカベサン島へ戻ってきました。島と島とをつなぐ道は、このコロール-アラカベサン島がもっとも長いのですが、パラオで一番長い「橋」は、空港のあるバベルダオブ島とコロール島を結ぶニューKBブリッジが一番長いです。ではここはどうなのか?というと、浅瀬に盛り土をしたもので「橋」ではないということになります。これは、沖縄で一番長い橋が本島と平安座島を結ぶ「海中道路」ではなく、屋我地島と古宇利島に掛かる古宇利大橋であるのと似ています。前述のニューKBブリッジが「ニュー」なのは、旧KBブリッジが10年前に崩落して、平成14年に再建されたからです。(旧KBブリッジにまつわる話は長くなり、嫌○流チックになるので割愛)旧KBブリッジは、石造りのアーチ橋(まだこの写真を絵葉書にして売っているお店がありました)だったのに対し、ニューKBは日本でよく見かける斜張橋です。ローカルな例えですが、福島県相馬市にある、松川浦大橋に外観、規模とも似ています。以後堅牢な建築物、頑丈なことを、kajimaというようになったとか・・・。コロール探訪はここまで(パラオ編はしつこく続けます)
2006.12.27
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Happy Holidays!
2006.12.25
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前記事で書いたロックアイランドカフェから、パレイシアホテルまでの間が、DOWNTOWNと呼ばれるコロールの中心街です。シャトルバスは、この先、ガイドブック等でおなじみの居酒屋レストラン「どらごん亭」が折り返し地点になります。このお店はオーナーが与那国島出身だとか。ナポレオンのしゃぶしゃぶという、オリジナルなアレンジ料理に惹かれるものがあります。折り返して、PPRに戻る途中で、Etpison Museum。ここは博物館というよりはもう少し肩ヒジを抜いてパラオの史跡を見学することができます。Etpisonは、自治政府時代のパラオの大統領のことで、ここの記事でもチラホラふれているNecoグループを立ち上げた方です。レストランも入っていて、営業も午後9時まで(当時)やっているので、食事とあわせて訪れるのにもよいです。前記事のWCTCスーパーのハス向かいのPALAU HOTELです。一泊5、60$位なので、1日でも長く潜っていたいかたにはいいかも。WEST PLAZA HOTEL DOWNTOWN。WEST PLAZAはこのほかに4つあり、外観がなんとなく似ています。どっちかというと、ホテルより中のレストラン「台湾レストラン」が有名だったりします。次回はここか、マラカル島のウエストプラザ泊まってレンタカーで島内めぐりもいいかも。(続く)
2006.12.23
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パラオ編ちょっとブレイク・・・ていうか、コロール編記事書いてる間に、タブ間違えて書きかけ消滅ちゃいました。今日は街は人も多そうたったし、昨日は分町のところどころでお好み焼き塩酸ブレンド見かけたので、余計な流行り物もらわないよう静かにしていました。そんな今日は天長節。いつまでもお健やかに The Emperor of rising sun今年の5月3日、青森沖で見た日の出です。
2006.12.23
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(前記事から続く)歌って踊れば夜は楽しい。ツカレナオースしたら二次会はココですか・・・カラオケといっても、いわゆるスナックです。おねえさんの代は太っ腹でいきましょう・・・なわけで、わたしが行っても仕方がないのでパスです。 DFSがあるとのことで、ちょっと覗いてみたくなったのが、ここ、パレイシアホテル。以前はアウトリガーホテルのクループでした。帛琉という漢字表記は日本と台湾、いっしょです。店内のDFSはPPRのそれよりもやや広め。台湾からきたオバチャンがちらほらいた位でまったりと見ることが出来ました。広さは品揃えはグアムのウェスティンホテルくらいです。ロビーは客室廊下を挟んでの吹抜けになっており、ここも前述のウェステインみたいです(あんなに高層建築ではないですが)。90年代後半にはこのようなつくりが流行ったのでしょうか。ロビーと反対側に出ると、海が見渡せるなかなかのロケーションです。広大な海というよりは、島々が散りばめられたようなといった雰囲気。客室も、オーシャンビューではなく、ロックアイランドビューと称しています。写真のように、クリスマスムードいっぱいですクリスマスの後は、いくら日本の風習寝強くく残っているからといって、ガラッと門松立ててなんてことはなさそうです(お雑煮は人気あるようですが)。でもこのホテル、台湾系なので、旧正月はなんだかもりあがってそうです。以前、ランカウィに行ったとき、クリスマス→新暦正月→ハリラヤ(ラマダン明け)→春節(旧正月)が立て続けだったときがあって、面白かったです。(続く)
2006.12.19
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(前記事から続く)前記事で、日本車覆い話をしましたが、ここに映っているのも、直前のは日本車ですね。ラッシュアワーらしい光景です。一本道なのでなおさら交通量が多くなっています。コロール市内随一のお店、WCTCです。いわゆるスーパーといったところです。わたしはカップめんや、ジュース、お惣菜、コーヒーなどを買いました。何だか買い物内容が普段とおんなじですね。もっともこのところ、旅に行ったときの楽しみが地元のスーパー行くことだったりします。土地土地の特徴ある品物見るのが楽しかったりします。もっとも、ここは1Fは本当に日本で言う所の「スーパー」で、これぞパラオ!っていうものにはめぐり合えませんでした。というのも2Fが雑貨、スーベニール扱っていたりするからですが、このときは2Fには行かなかったのでした。今思うとちょっと惜しかったです。こちらは一見民家のようですが、WCTCに程近い所に合ったお惣菜屋さんです。キムチや漬物、パック寿司や、おにぎりもありました。(オーナーは日本人ではなかったと思いますが)なかなか面白いお店です。ごはん物でなくとも、お惣菜もbentoで通るようです。(コロール散策はまだ続く)
2006.12.17
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(前記事からダラダラ続く)「第一商業銀行」FIRST COMMERCIAL BANK 台湾資本です。国策企業だったのが、98年に民営化され、程なく翌年にパラオに支店を開設しています。グアムにもありました。キャッシング等でお世話になることもあるかもしれませんが、スーパーに大抵ATMがあるのであまりお世話になることはなさそうです。コロールには、こんな感じでアイスやシャーベットを売っているお店がいくつかあります。ちょっとブルーシールにも似ていたりします。コロール市街地に宿泊しているのならば、レンタサイクルが便利かもしれません。但し朝夕は車の量がかなり多いので注意です。こういう雑貨系のお店の雰囲気って大好きです。 オープンカフェというより、時間が夕方ということで、ツカレナオースなお客さんのほうが多そうです。ツカレナオースはパラオ語で一杯やるという意味です。店外のデコレーションがクリスマスっぽいです。クリスマスな風景として、上は学校、真ん中は露天です。下は駐車場にいた、コスプレおばさん。背景でお気づきかもしれませんが、パラオ走っている車の半数以上が日本車でした。しかもいわゆる「ポンコツ」ではなくて、5~10年落ち程度の中古車が多いです。車種もリッターカーから3リッタークラスまで様々ですが、RVがかなり多かったです。
2006.12.16
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(二つ前の記事から)引き続きコロール市内散策です(バス乗ってますが)ここコロールにも日本のお店がありました。ネコプラザ。テナントいくつか入っています。本家のneco marineはパラオの各種アクティビティーでお世話になっております。コンビニもあります。ホットドッグとかの軽食もあるようです。(今回は寄っていませんが)外観です。ペイレスマーケットって、グアムのマイクロネシアモールにあるのと同一かしら?日本語の看板でレストラン。こちらはインド料理です。島国だけあって、寿司屋もあります。前のインド料理店と同じ建物の上にあります。本マグロが新鮮そうです。実際、マグロネタのカルパッチョ風仕立てなメニューもあります。今はやりのロンドンの寿司屋よりおいしそうです。その後お店をリニューアルしたという噂もありますので、現在の店構えはかわっているかも。前述のロックアイランドカフェと双璧を成す人気店だそうです。なんだか食べ物な話ばっかりになっちゃいました。(続く)
2006.12.13
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仙台光のページェントが今日から始まってます。というわけでちょっとブレイク。
2006.12.12
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これまでパラオの(ていうか)PPRのビーチが殆どだったので、しばしの間、コロール市内の散策に行ってみます。コロール市内を巡回するバスが、ここPPRを起点としてあります。ツアーで申し込むと、多分バスのパスはオマケで付いて来る(と思いますが未確認)。もしくはPPRのロビーに地元の代理店のNECO TOURのツアーデスクがあるのでそこで買えます。余談ですが、ツアーデスクのスタッフは日本人でしたし、日本語のパンフレットや案内がおいてあります。しかしデスクの時間外にNECO TOURに電話したら、英語まったく通じずパラオ語(だったと思う)でペラペラと説明が始まりました。その方に日本語で話したら、普通に通じました。ここは敷地への入り口で、ロビーのエントランスまでは車でゆっくり移動で3分くらいでした。敷地を出ると、少し小高い道を進みますので、こんな風景画広がります。橋(というより海中道路です)をはさんだ右側がコロール島です。こちらは民家です。高床式にして冷房効率をアップさせているのがわかります。もう一つはクリスマスだけにデコってます。橋わたっています。水面が路面に近く感じます。コロール市街に入る所の看板です。FM局の看板ですが、ラジオ持って行かなかったし、ホテルにはラジオ無かったので(未確認)聴けませんでした。周波数からして、日本のラジオで大丈夫そうです。(グアムでは、TVの1~3chの音声が聴けるタイプでないとダメです) The Rock Island Cafe おそらく名前を聞いたことのある方も多いかもしれない、パラオでは比較的名の知れたお店です。メニューは充実しているのに加えて、一品ごとの量が多く、1.7人前といってもよいでしょう。大食漢を自認する人でない限りは、お腹すいているからといって二人前はおすすめできません。 ファーストフード店のようですが、ハ○ス食品とはどうみても関係なさそうです。♪コッコッコッコッコケッコ~♪ (続く)
2006.12.10
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PPRのビーチで一番よく出くわすのがこの魚です。大きめな目に灰白色の体とひれの薄い黄色と黒のアクセントと、やや地味ながら、愛嬌のある顔つきがかわいらしいです。岸のかなり浅いところでスイスイ泳いでいます。そこで・・・朝食べ切れなかったパンを少しおすそ分けです。こんな感じでそこらから湧き出すように集まってきます。わらわらわら池の鯉状態です。この群れが体触れたり当たったりするときの感触。これがこのブログのタイトルであるぬめぬめの由来なんです。このとき、わたしたちの様子を興味深そうに見ていた観光客がいまして、彼女がその翌日、朝にパンを少し持ち帰っていたのを見逃しませんでした
2006.12.09
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まだまだ引っ張るパラオ編です。前記事ではプライベートビーチにJETTYあって、船で直接アクティビティーに出られることを紹介しました。写真右手に桟橋少し見えています。実は「港」は。これだけではありません。正確には「ありませんでした」ということになりますが・・・写真左側に、小高い陸地が入っています。ここには展望スポットとして「あずまや」があります。写真では小さ過ぎて見えませんが。そこに行ってみることにします。前の写真とは反対側の海というか、入り江です。波がほとんど立っていなくて、まるで湖のようにも見えます。これがヒントになります。最初の写真のあずまやに登ってみた風景です。鏡のような水面がどこまでも拡がっています。冒頭の「港」ですが、実はここのあずま屋は、管制塔の跡地なのです。そう、ここは港は港でも、「空港」だったんです。案内板にはSOUTHWEST SEAPLAIN BASE...........HISTORIC SITE............なんて書いてありました。1934年、パラオやミクロネシアで事業を展開していた南洋興発が、商用航路の就航のためにここに空港を設置しました。空港といっても、この時代、大型の旅客機は。着陸の際に自重を支えるだけの技術が未発達だったことから、水上機や飛行艇が主流だったので、波静かでかつ、ある程度大きな水面を持つこのような場所が選ばれたわけです。あずまやから反対側の入り江を望む。ここから国内外の島々に向けて飛行艇が飛び立っていたのですが、日本本土を結ぶ便もここから離発着していたのかは不明です。入り江が発達していたこともあり、大東亜戦争の際には修理工廠も整備され、飛行艇や水上機の出入りもひっきりなしだったと案内板には記されていました。秋から初冬、南の空には「ほうおう座」が羽ばたいています。巨大な飛行艇がここから飛び立つ姿は、伝説の鳥、鳳凰とその姿を重ねて見ることができたことでしょう。(まだまだ続く)
2006.12.08
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PPRのプライベートビーチからは、沖合いが航路になっているせいか、船の通行を幾度か見ることが出来ました。写真の中央ですが、軍用の輸送艦のようです。写真じゃ小さ過ぎますが、艦体中央のマストには星条旗掲げています。パラオはアメリカとの自由連合協定により、国防はアメリカに委ねています。こちらは民間の貨物船です。翌日にもみました。同じ船で、往復しているようです。こちらはアクティビティーに向かっているところでしょうか?午後3時半くらいになると、日中のアクティビティーに出かけていたボートが次々と帰ってきます。ボートは行きには島々のJETTYを巡回してお客さんを拾って、帰りはまた降ろしながら巡回しています。PPRには専用のJETTYあるので、アクティビティーの中にはバスで集合ではなく、ここからそのまま出発して、帰りはボートでホテルまでというお手軽なものもあります。これは足漕ぎです(おまけ)またおまけです。ビーチから見えた時には高度かなり下がっています。FAT(遼東航空)の機体です。台湾(パラオは台湾と国交を結んでいる数少ない国の一つ)の航空会社で、日中コロール到着のダイヤで運行しています。日中に到着なので、降下中にパラオの島々がパノラマで一望できることが想像できます。採算度外視できれば、台北経由で一度搭乗してみたいものです。(調べてみたらチケ代が2万前後で、意外と安い!・・・と思ったら、台湾元(NT$)でした。残念)
2006.12.06
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ホテルのロビーには、従業員の紹介ボードがあり、コンシェルジェの名前がMr.Kuniyoshiでした。他にも、レストランのウエイトレスがHiroko(不確かだけどこんな感じ)だったり、日本語風の名前の方がおりました。パラオの前のNakamura大統領のように、元々ご先祖の方が日本人の場合もありますが、日系の血を全く引いていない方でも日本語風の氏名が割りと広がっています。パラオは独立前はアメリカ、その前は日本、その前はドイツ、さらにその前はスペインの統治を受けた歴史があり、日本は第1次世界大戦をへてドイツから統治権を得て敗戦までの間、一般に言われるところの国連委任統治領として統治していました。(実際にはWW1終戦会議であるパリ講和会議における委任なので少し経緯が異なるのですが)日本の統治により、産業や教育をとおして、いわゆる「外来語」として日本語の語彙がそのままパラオ語に取り込まれるようになり、苗字や名前にも日本語が入りこんだことが由来です。中には、名前と苗字がごっちゃになっていたり、一般的な敬称が名前の一部になったものもあり、「Tanakasan Fukuda」なんて感じの氏名があったりします。このほかに、”denwa” ”syacho” ”sengkyo” “udon” ”okyakusan”なる言葉が「パラオ語」になっています。戦後はアメリカ統治下で、日本色排除が試みられたようですが、日本の統治はここでは資源の一方的簒奪ではなくインフラ整備に重点が置かれたことから、反日感情が育たず、あまりうまくいかなかったようです。ホテルのビジターズチャンネルではパラオの歴史紹介も放映されていて、この時代はJapanese Era(某国の機内誌ではInvationでしたが)と標記されていて、町並みや学校で、地元の子供たちと日本から移住してきた子供たちが遊んでいたり、学校での集合写真が流されていました。ちなみに、日本の法令では公用語を定めてはいませんが、パラオの州のひとつであるアウンガル州では、州の法令で、公用語のひとつに日本語を定めています。日本語が法令で公用語に定められている唯一のものが、日本国以外というのもなんだかおもしろい話です。
2006.12.05
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夕暮れのビーチ。この後は、夜の軽いお散歩です。ロビーのクリスマスツリー。12月はやはりイルミネーションがお約束です。写真はかなりアンダーですが、見た目はもっときらびやかでした。これも手持ちでの撮影のため、アンダーになっちゃいましたが、プール越しにレストランを撮ったところです。椰子の幹を電飾で飾っています。レストランはオープンになっていて、この時はアコギの生演奏をディナータイムにやっていました。演目はCountry Roadなどのスタンダードナンバーを軽く流していましたが、中には「わかってください」なんて日本のナンバーまでやってました。プールサイド。向かって右側がレストランで、ここのチェアーで寛いでいたら、前述の生演奏の合間、アコギのお兄さん、こちらに愛想で手を振ってくれました。部屋から見える中庭の池です。ツリーのイルミネーションが水面に反射して、いい雰囲気です。奥に明かりが見えるのは、テニスコート。夜なら心地よい汗が流せます(昼は暑過ぎ)。池のそばで見たところです。クリスマスムードを軽装で過ごすのは、さっぱり素敵です。(パラオ編、まだまだ続く)
2006.12.04
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PPR中庭の池の中には、海水ひいてある事は過去記事で触れましたが、そのおかげで海産の小魚がスイスイ泳いでいます。なんと、エイもいます。エイにはホテルの従業員が毎日朝夕餌付けしていて、その時間に行くと餌あげたり、触らせてもらえます。軟骨魚類のエイはやはりサメ肌です。おっとりした性格で、とても人懐っこいかわいいエイです(従業員のお兄さん談、実際そのとおりでした)魚だけではなく、シャコ貝のちびっこもいます。一方、こちらはビーチの岸辺に鎮座しているシャコ貝。二枚貝の上縁を上に向けて貝を半開きにしているのは、魚に貝で噛み付いているからではなく、殻の縁にある外套膜に共生している藻類に日光浴させているようです。こうして藻類に光合成をさせて得られる栄養分を「バイト代」としてもらっているというわけ。続いて鳥。リーフ外縁に沿うように海面をつついています。魚採りのようです。パチャ!こちらは人です。ベガルタのGK小針そっくり生き物編はもう一つ記事書きます(続く)
2006.12.03
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今の所(これからの計画あるのかはわかりませんが)PPRがパラオで唯一、敷地内にプライベートビーチがあるリゾートになっています。ロビー棟のレストランから見たところです。間にプールのあるテラスを挟んでいます。チェアー、パラソルはフリーで使えます。左側の小さな岬も敷地内です。やや小高くなっており、ここも散策コースになっています。また、ここから視野の外になりますが、小さな船着場があり、各種アクティビティーへ直接出かけられます。視界右側は、手付かずの小さなジャングルになっており、遊歩道が整備されています。1時間くらいのミニトレッキングが出来るようになっています。ビーチは全て敷地内であること、ハイシーズン直前なこと(12月中旬)、また観光客の大半がダイビングがメインということもあり、ビーチでくつろぐ人はまばらで、それも欧州や台湾からの客がほとんど。おかげで静かにくつろぐことができました。外周はリーフです。リーフ周囲の水深6~10m程度のところもダイビングスポットになっています。この辺単独で潜るというよりは、ダイビングツアーを終えて戻ってきてから、潜り納めをかるくこなすといった感じのようです。リーフ手前までならシュノーケリングでも十分楽しめます。水面近く。透明度は相当なものです。今まで行った中では最上のビーチにカウントしています。ココに並ぶのは、黒島の西の浜ですね。(続く)
2006.12.02
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今日はいつもより帰りがとっても早かったので、パラオ編の続き更新しようとPC火入れてしばらくしたら、ぶぅええええええええん何だかPCが悲鳴にも似たバクオンを発し始めました。それでも、そのうち収まるだろうと思ってしはらく夕食しながら様子見てたのですが、音は収まることなく、なんとなく大きくなってくる気配。落ち着かないので、PC筐体をつかんだりペタリと触れたりして触診。振動や共鳴の感じから、PCケースの冷却ファンが音源のよう。時間は午後9時過ぎだったので、まだ開いてるぞっとヨドバシ行って調達。何だか色んな能書き書いてますがうんしょ、うんしょ、ぐりぐりピキピキ 長い間お世話になりました。最期くらい愚痴の一つも言いたかったんだろうね、ポイッ アテが外れていたら無駄足なるところですが、起動したら静かになりました。色んな能書きのせいもあるけど、動作音が壊れる前のファンよりも俄然静か。ヨカッタヨカッタ。 でもついでに本体まわりの掃除や、配線の整理してたらノッテきちゃって、結局こっちのほうがずっと時間かかりました。ヤレヤレ
2006.12.01
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