仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル
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1951年(昭和26)5月のある朝、市川市の八幡(やわた)学園で暮らしていた山下清は、出奔して長い旅を始めた。まず、宮城県の松島を見物しようと、松戸から常磐線沿いに歩く。カネがないから通りがかりの民家でおにぎりをもらい、駅のベンチで寝て、線路を伝って歩く。松島のあとは、山形、新潟、東京、熱海、そしてこの年の暮れには鹿児島に至る。学園には帰らぬまま、翌年も翌々年も、各地で大好きな花火や温泉を楽しんだ。54年1月、朝日新聞社会面トップに記事が出る。「日本のゴッホ、いまいずこ/山下清君、消息絶って2年余」。その4日後に鹿児島で、記事を読んだ高校生に発見された。このとき山下清は31歳。すでに戦前から、八幡学園の子たちの絵の展覧会や作品集で、山下清の絵はとりわけ評判を呼んでいたが、作品展のスタートした翌40年に最初の放浪に出ている。戦後はのびのびと歩き、学園に戻っては絵を制作した。1971年、脳出血で逝去。49歳だった。(以上は、週刊現代2020年6/13・20号を参考に)芭蕉が扶桑第一の好風を目指し、アインシュタインは月を観た。その松島を、山下清は、どんな思いでめざしたのだろうか。■関連する過去の記事(アインシュタインと仙台・松島)アインシュタインと仙台(その7) 2007年5月27日アインシュタインと仙台(その6) 2006年8月31日アインシュタインと仙台(その5) 2006年1月15日アインシュタインと仙台(その4) 2006年1月4日アインシュタインと仙台(その3) 2005年12月18日アインシュタインと仙台(その2) 2005年12月17日アインシュタインと仙台 2005年12月14日■関連する過去の記事(松島について)寺田知事の松島公園化 2016年1月23日久々に登る 春の大高森日本三景の成立(その1)多聞山から偉観松島を眺める双観山からみた松島扇谷山から幽観の松島を望む扶桑第一の好風 松島を考えるタロちゃんのその後松島と象潟(にかほ市)松島円通院のライトアップ松島湾の朝日大高森のすばらしさを考える松島町の隠れた名所散策高城川を考える仙台以北の東北本線・仙石線ルートと「松島電車」東北須磨駅このほか記事リスト 仙台・宮城に関するもの(4)宮城>地域 同上(6)>教育・文化・ひと・事件 近現代の仙台・宮城 戦国・藩政期の仙台・宮城 古代・中世の仙台・宮城などに多数ありますので、ご覧ください。
2020.06.10
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