仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2005.09.21
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カテゴリ: 国政・経済・法律
 先の総選挙(9月11日投票)は小泉自民党の歴史的圧勝。選挙の前後からモヤモヤと思っていたことがありました。その後に接した新聞や雑誌もふまえて、それを整理してみます。

 まず、その頃モヤモヤした事とは、次のようなこと。

(1)小泉劇場と言われた数々の変人的振る舞い、具体的には、予想外の解散、公認はずし、さらには刺客の送出、など。政治の常道に反するとか、ワンマンは民主主義に反するとか、色々な批判があるが、私はそれはどうでも良いことだと思おうと努めていた。政治手法が良い悪いという問題は、国会議員同士の怨念のもとになったり、劇場としての面白みがあったり、政治過程分析の対象になったりするとしても、それはそれだけの話で、民主制における国民に対する意味では政治の出力(政治学的に言えばいかように資源の再配分を行ったか)こそが重要であって、それこそが国民の評価・審判の対象となるべきものである。象徴的に言えば、変人でも何でもいい、選良は国民にとって良い政治をすればいい、国民も政治の出力を評価・審判すべき。政治手法の立派さに投票するべきものでない。
 敢えて言えば(あまり上手い表現でないが)、政治の内と外と分けたときに、「内」の事情をもって劇場化したり、「内」をもって有権者を引きつける具にしたり、選挙民も「内」をみて喜ぶようなのは、本来「外」で評価・審判さるるべき民主制にとって、不健全である、ということ。悪しきポピュリズム。
(2)しかしながら、この「内」自体が、マスコミの増幅もあってか国民の関心を呼び投票率が上昇、小泉の「内」としての政治手法が拍手喝采を浴び、自民の圧勝をもたらした(と評されている)。本日(9月21日)付読売新聞の世論調査でも、内閣支持率は62%と前回8月から14%も大幅アップ、支持する理由(複数回答)の第一は、何と「政治姿勢が評価できる」(42%)で、「政策が評価できる」は第2位の18%。つまり「内」が喝采されて「外」の政策論議はお寒い。
(3)以上のことをどう理解したらいいのだろうか。

という悩みです。私自身が描いた勝手な理想論(1)と現実(2)のギャップというだけかも知れません。つまり、投票行動かくあるべきという勝手な理想論に、現実の投票行動が合わないことを、整合的に理解できない(私が)ということ。実態としては、「外」に閉塞感を感じているから「内」の目新しさに拍手喝采して鬱憤を晴らす、ついでに「中身」の改革にも期待していいかも、という感じだろうか。
 別にこれが私の生活や仕事に影響する訳でも何でもないが、それなりに整理できないと気が済まない質です。

 この悩みの構図について、今は次のように考えています。(それで私はある程度心が整理できたつもりになっている。)


 むしろ、次のように考えるべきでありましょう。

 (1)は基本的に間違いではない。あるべき論としては。ただ、現実の小泉総理の独裁は常軌を越えた、えげつない「仁義なき戦い」(亀井静香)である。また、民営化反対論の野田聖子さんは、「政治とはもう少しエレガントたるべき、私は寂しい」と言ったそうだが、何となくよくわかる気はする。異常さゆえに、注目もされた。いずれにしても、このレベルの議論にとどまると、「政治評論家」の議論の域を出ないことになる。刺客は出すべきか、森前総理なら刺客は送らない、とか、やっぱりどうでもいい。
 しかし、小泉氏は自民党をぶっ壊すという前の、そもそも若い頃から突出して異色だった。その延長であって、決して「手法ありき」、どこかの知事のような「パフォーマンス優先」ではないのだろう。自民党の既得権益、派閥主義、族議員(郵政はその典型で改革の端緒)を壊し、政策決定を首相のリーダーシップに置く。官邸の強化にも取り組み、官僚による政策決定から、政治主導の政策決定に移行させた。これなどは、健全な民主政治そのものである。「郵政民営化ができずして、改革ができるか。」これは郵政というマイナーイシューで解散したことへのエクスキュースと思っていたが(私見)、どうも本音のようだ。他の族議員政治(よく五族協和と言われる。郵政、道路、文教、厚生、農林水産)も打破していく、強い決意があるように思われてきます。
 だから、国民も期待を強くした。小泉さんも改革に向けて決意を強くしているでしょう。
 「党を壊す」という「内」なる議論をことさら強調する政局作りの姿勢を、価値の低いものと見ていた私ですが、このようなわけで、少々考えを改めています。
 この勢いで、官僚・族議員政治の悪弊(道路公団は氷山の一角でしょう)を絶ち、財政改革や年金改革を進めて欲しい。
 そもそも、青年の理想論として、「内」と「外」を二元的に思考するのは、現実的でもない。「外」(政策)をみるには、「内」(例えば官僚・族議員)も骨がらみなのだから。

 あ、なんでこんなことに気がつかなかったのだろう。

 そういえば、「外」なる政策論議を期待された民主党は、結局あのとおり。やっぱり小泉の方が数段上だった、ということになる。
 今日の帰りに車中で10時のNHKラジオのニュースを聞いたが、特別国会の首班指名結果について、民主党の前原新代表は、「自民党員がウンザリするほどいて、みんな小泉の言うことを聞く、これでは民主主義の危機だ。」という趣旨の発言をしていました。何を言っているのか。せいぜいこんな事しか言えないのかと同情もしたいが、「内」なることを取り上げてもインパクトがない。しかも自民は民意で多数を得たのだから、何の意味もない発言です。やはり、「内」の先に政治改革を見据えた小泉氏が数段上だということでしょう(ますます小泉崇拝に傾いたかも?)。むしろ、「自民の増税と改憲への動きを止めなければ」とか言った志位委員長の方が、「外」なる政策論議をしているから、立派で健全だとさえ思えます。





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最終更新日  2005.09.21 23:47:17
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