仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2007.01.27
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カテゴリ: 雑感
未明の「朝まで生テレビ」では格差問題と雇用・社会保障などが主なテーマだった。議論の中身はチョイと置いておいて、私は朝まで生テレビの昔のことを思い出していた。

あの番組は昭和62年(1987年)がスタートだそうだ。私は1989年頃から見るようになったが、部落問題、外国人労働者、イラク問題などをテーマにしていたように思う。昭和天皇崩御に際するテレ朝のタブーに挑戦する姿勢や、田原の挑戦的司会ぶりのイメージもダブって、価値尺度の絶対性や予定調和的安心感覚を打ち破る、新しい時代の幕開けという意識で見ていた。

そういえば当時は「月刊ASAHI」を読んでいた。数年後に「This is 読売」みたいな雑誌サイズになったかと思えばアッサリ廃刊されたが、最初はサイズも表紙も斬新で、外交や政治などで「朝生」にも出る論客達が書いていた。冷戦の二元的価値対立が崩壊し、やがて非自民連立政権も成立したが、時代がうねっていると感じていた。

ところで昨日は亘理町の女子高校生殺害事件の公訴時効が午前0時で完成した。刑訴法改正前の事件だから「15年間」が適用になるのだろう。理論的なことだが、刑事訴訟法上の公訴時効の本質論として、講学上、昔は「実体法説」というのがあって、時間の経過により社会の処罰要求や報復感情も薄れるとか、犯人の悪性が消滅する、などとの説明があったが、今思えばやっぱりおかしな話だ。訴追されていない事実状態の尊重を本質とする(新訴訟法説)のが通説だろう。

時効完成は残念だ。警察も無念だと思うが、今後も事件一般について迅速な捜査による確実な検挙をお願いしたい。

この事件は行方不明の翌年(93年)4月に仙台市大倉の山中に遺棄されたのが発見された。ちょうどその報道の直後の頃、私は定義山に行こうとして大倉の山中の林の中の小道に車で迷い込んでしまったことがあった。産業廃棄物捨て場のような場所を経由して、なんとか公道に抜け出たのだが、報道された事件を連想しながら心細く車を走らせたのを覚えている。

15年というスパンは、One Decade(10年ひと昔)よりももう1枚上手だ。かといって、大昔でもない。現在との時間のつながりは意識しつつ、両時点の差異や経過を検討できるスパンだ。

15年前は時代のうねりを感じていた。今は朝日新聞も斜め読みするようになってしまった。そして、折り返して15年後はどうだろうか。自民党政権か。自分はまだサラリーマン稼業を続けているだろうが、あるいはクビになってアルバイト生活かも知れぬが。





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最終更新日  2007.01.27 13:35:28
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