仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2014.04.29
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カテゴリ: 東北
中世の日本海交易で栄えた貿易都市の十三湊は、人口が10万人だった。大陸との交易も盛んで、西の博多に匹敵する東日本最大の規模を誇った。

(高橋克彦・荒俣宏『荒俣宏・高橋克彦の岩手ふしぎ旅』実業之日本社、2012年 の中で十三湊の説明として、こう書いていた。)

平泉が10万人規模だったとは聞くが、10万とはものすごい集積だ。あの汽水湖のほとりにそれだけ密集していたのかと、想像もつかない。十三地区だけではなく、唐川城や福島城などの一帯も含めて規模を表現しているのかも知れないが、それにしてもすごい規模だ。20万人規模だとする見解もあるようだ。

京や九州の人のみならず、交易相手のアイヌ、朝鮮半島や沿海州、大陸内部からやって来た人々が、にぎやかに往来していたかも知れない。

ところで、繁栄を謳歌した十三湊は大津波で一瞬にして滅たという伝説があるのだという。下記の五所川原市関係のサイトにも紹介されている。
奥津軽の旅案内
五所川原観光情報局
説明
(同上  歴史観光マップ

ただし、どうも例の「東日流外三郡誌」由来らしい。興国元年(1340)8月の大津波というのだ。しかしながら、学術調査の結果、大津波の痕跡はないとされている。
国立歴史民俗博物館による説明
十三湊の読み方や津波伝説について詳細な研究報告 =大変興味深いので引用させていただきました。)

■関連する過去の記事
十三湊遺跡 (2013年7月16日)
十三(じゅうさん)湖と十三(とさ)湊、とさの語源 (2013年7月14日)
十三湊を訪れる (2013年6月6日)
日の本(ひのもと)将軍の安藤氏 (09年1月25日)
津軽安藤氏と北方世界 (10年5月18日)





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最終更新日  2014.04.29 17:14:15
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