仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2015.01.18
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カテゴリ: 仙台
昭和20年の仙台空襲で市内の主要施設は焼失した。旧制第二高校も北六番丁(現堤通雨宮町)の校舎を焦土と化した。二高はその後、西多賀の三神峰(おだずま注:峰は原文ママ)にあった旧仙台地方幼年学校(陸軍の教育施設)を利用して学んだ。

学生たちは市電や秋保電鉄でここまで通った。その後、学制改革で二高は東北大学に合併し、ここに教養部が置かれて、20年前(おだずま注:後掲引用書は1990年発行)に川内へ移転するまでここで若き日を送った学生たちは数多い。かつて下宿を世話した家庭なども時折話題になるという。

今は原子核研究施設があり、他方、一部は仙台市の三神峰公園となった。

■参考 吉岡一男監修『新・仙台の散策 歴史と風土をたずねて』宝文堂、1990年

三神峯というと東北大学の宿舎、核理研、そして桜の名所の公園のイメージだ。ところで、上記の説明だと、1970年頃まで東北大学の教養部が三神峯にあったということになりそうだ。しかし、東北大学のサイトなどからすると、昭和33年(1958)に分校第一教養部(旧制二高を全身とする)を川内に移転、39年に分校を廃止、教養部を設置、とある。吉岡先生監修の本の方は、編集時に原典の時点を直さなかったのだろう。





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最終更新日  2015.01.18 17:27:23
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