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今朝もいつもと同じく、目覚め早々テレビのスイッチを入れ、報道番組に目を通す。色々とニュースを知っておかないと、おしゃべりイタリア人との会話にも困るのだ。一番のおしゃべりイタリア人は、ご存知!我が夫である。この報道番組の息抜き(?)に占いコーナーがあり、お調子者のPa~としては、早口言葉のような占いの好い部分だけ聞いて、悪い事はサラ~ッと聞き流す。今朝の早口言葉の内容は?と言うと・・・オッ!ナンだか好い事ばかりだぞ!Prossimo futuro →訪れる未来Nuovo incontro →新しい出逢いNuovo amore →新しい愛Idea tutta nuova →全て新しい決意Nuova strada →新しい道(人生)さあ皆さん!これらの言葉から何を想像します?そう!いよいよ登場!Pa~の次の夫「古きはバッサリと切り捨て、全く違う新たな世界に踏み出しなさい!」というお告げに違いない。昨日また、お怠け夫は仕事もせず、掛かってきた数十本の電話に本人答え「大雪で山の中に釘付けなんだよ」山中の家の中に釘付けのはずが、珍しく「○○町(遠い)まで一緒に買い物へ行こう!」と言い出した。これまた珍しく、多くの買い物袋を私に持たせる事もなく、雪道で滑るからと言って私の手を取り、帰宅してからは家中の掃除機・モップ掛けをし、「明日は僕がアイロン掛けをしよう!」と言った。そして「あの狩人とは会っているの?」と私に訊いた。≪我が馬鹿夫、一体全体どうしたんだ!?≫オ~ッ!こわ~い!気持ちが悪~い!翌日の占いの内容を、霊感が働き知っていたのではあるまいなぁ・・・?
2004年01月31日
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昨日はお昼前から又雪が降り始め、我が町は夕方には一面真っ白となった。降り始めた時には≪ア~きれい!≫と感動していたPa~なのだが、山の中の住人達は「くそっ!」とか「なんてこったい!」とか、汚いイタリア語を発している輩が多く居た。≪現実の生活に疲れた人達には、自然の美しさに感動する心の余裕がないのネェ≫と、少々の哀れみと同情を感じていた午前中の私。少々遅めの昼食を取り、腰を落ち着け窓の外を見ると、吹雪く量が一段と増し道や車の屋根に積もった雪は2~30cmにもなっていた。夕方4時前、生まれて初めて、積もる雪の中を運転し娘を迎えに行く。チェーンなど持っていないので、時速10kmのノロノロ運転で慎重にハンドル握り、やっとの思いで帰宅した。帰宅したところで例の情報通シニョーラと出会い、言葉を交わす。「寒いですわネェ・・・お宅は暖炉に火を灯しました?」と聞かれたので「今年はまだ一度も点けておりません。実は薪を購入してないのですよ」と、我が家の貧乏振りを言うと「よかったら、お裾分け致しますわ」との優しいお言葉。が、遠慮深い(?)日本人としては「そんなぁ!申し訳ないですわ」と言って、早々に家の中に逃げ込んだ。吹雪く雪の中、また彼女の長話に付き合わされては賜ったもんではないと思ったのである。やりかけの仕事を済まそうと机に向かって10分後、我が家のチャイムが鳴った。仕事に集中し始めた矢先≪誰かいな?≫と、迷惑気味な私は娘に出るよう指示。訪問者は先ほどの情報通シニョーラだ。手に大きなグッチの袋を抱え「薪を持ってきましたわ」「マッチもどうぞ!」と言って、手に20本ほどのマッチ棒を摘んでおられた。天下のブランドGUCCIの袋に薪を入れてくるというのにも愉快さを感じ、そして彼女の心遣いと労力に感謝をし、ありがたく頂戴した。仕事を再開し20分後、ナント家中の電気が消えた。ブローカーを見るがスイッチはオンのまま。またまた停電かいなぁ・・・地下室まで降りようかと思ったが、外を見ると麓には明かりが見えたが、どうやら我が街中は停電のようだ。当然の如くセントラルヒーティングも消え、家の中は凍える寒さ。≪オ~ッ!ラッキー!薪があるではないか!≫早速、今冬初めての暖炉点火。昨年我が家が使っていた薪と違い、大変火付きのよい薪で、GUCCIの袋の中にはたくさんの松ぼっくりも入っていた。此処イタリアでは(って、他国の暖炉事情は知らない)、暖炉の火付けに松ぼっくりが重宝される。※イタリアの松ぼっくりは、日本のソレとは違い大きいのだ。普通で10cmくらい、超大物だと20㎝はある。家中真っ暗なので3本のロウソクにも火を灯し、私と娘は暖炉の傍にクッションを置いて座り込んでいた。しかし、暗闇でする事も何も無く、娘と始めた日本語しりとりにも飽きてきたのでイタリア語しりとりを始めたが、イタリア語だと終わる語句が限られて、これまた面白くなくなった。ふと時計を見ると6時半、停電してから2時間も経っている。この分では明朝まで無電気生活は間違いなさそうである。帰宅した夫がロウソクの火の中夕食を作り、暖炉の傍で食事をする。最近超大急がしで疲労感最高潮の私、きっと神様が「休養しなさい」と停電にしたのであろう。午後9時早々にベットへ行き、アッという間に眠り込んでしまった。が!病弱馬鹿年寄りのPa~、午前3時には目が覚め、する事無いので又仕事を始めた働き者のイタリアの嫁であった。
2004年01月30日
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今週火曜夜からスタートした此処イタリアのテレビ番組、前々から宣伝していたので実は楽しみにしていたのだ。大橋純子にクリソツなイタリア女と、170kg巨漢のニューハーフという異色のコンビ司会。2人とも司会は初体験なのか、これまた下手くそで・・・まあ、この二人の事は放って置いて、どんな番組かと言うと、その名も【BISTURI】→メス(雄雌のメスではありません)サブタイトルを【Nessuno e` perfetto】(誰も完璧ではない)簡単に言って【美容整形】が主たる変身番組。普段は有名人か大金持ちしか相手にしない形成外科医を引っ張り出し、変身願望強い一般視聴者を手術台に乗せて、見事な変身を遂げさせ世間をギョエ~~~ッ!!!と目玉飛び出させようという番組である。日本では珍しくもナンとも無い番組だが、此処イタリアでは新鮮なのだ。記念すべき(?)第一回の夜は、豊胸術2人、植毛術1人、減量1人、鼻の整形1人、耳の整形1人、その他・・・さて、ここで一人一人細かく説明しよう!鼻の整形を受けたのは19歳の女の子で、本人曰く、小学生の時に悪ガキとぶつかり転倒、その時に思い切り鼻を打ちひん曲がったという事だったが、彼女の母親を見ると、全く同じ形のワシ鼻をしていたので、悪ガキのせいと言うよりは遺伝ではないのか?と私は思った。日本では鼻を高くする隆鼻術が一般的だが、此処ではイタリア人特有の大きい鼻を小さくしたり、彼女のようなワシ鼻を削ったりする事が多い。出来上がった真っ直ぐの鼻を見て、彼女は涙流して喜んでいた。ア~!よかった!よかった!そして次は40歳までボディビルに夢中で、大会でも優勝した事ある筋肉隆々の女性。長年のボディビルのお陰で、見事オッパイは筋肉化しており、ボディビル人生も終幕を迎え、若い彼氏が出来たのを機に、柔らかくふくよかなオッパイが欲しいとの事だった。出来上がったオッパイは、これまた大きく≪そこまで膨らまさんでも~!≫と私は思ったのだが、本人も彼氏も大喜びしているので、またまたア~!よかった!よかった!3人目は、職場の仲間達が好意的にもお節介にも、見るも無残に(私が言ったのではありません、同僚の言葉です)禿げ上がり、サイドの髪を無理矢理頭のてっぺんに掻き揚げた同僚の男性を、何とか素敵に改造してくれ!という依頼。広範囲におよぶ植毛を行い、専門スタイリストがファッションを指導、見事!格好イイ男に変身し、会社の人間達と抱き合って喜んでいた。ア~!よかった!よかった!4人目は、甘い物大好き、食べる事が生き甲斐の20代の女性。一大発起して減量施設に入院、長くて辛く厳しい期間を乗り越え、見事7kgの減量に成功。実物大の入院前の写真を見せた後、本人登場!エッ!?どこか変ったのかしら???元の体重が多過ぎて、たった7kgの減量では、変化がとても判り難かった彼女であり、テレビ局の人選ミスであろう。最後は52歳の女性。彼女が物心ついてから悩み続けてきたのが、【宇宙大作戦】のスポック船長と引けを取らぬ、10cm以上はかるくあるかと思われる、外広がりのとんがった耳であった。髪の毛で隠そうとしても、とんがり耳は髪の中からヒョッコリ顔を出し、息子の友達たちからまでも、からかいの言葉を投げかけ続けられ、彼女のトラウマは相当のものであったようだ。彼女が持参した多くの写真も、遠くから見ても耳に目がいく。形成外科の名医と名高きこの先生、さぞかし小さな可愛い丸い耳に変身させたのであろうと期待していたのだが、外広がりは収まってはいたが、大きさ変化無しのスポック型のままで、カーク船長には変身できなかったようだ。が、彼女はテレビ上の事かは知らんが、これで堂々と耳だしヘアースタイルができると喜んでいた。※【宇宙大作戦】とか【スポック船長】とか【カーク船長】って、何ぞ?と思われたあなた!ヨォッ!お若いネェ!人間皆、何かしら肉体的悩みはあるものだが、彼らのように相当なトラウマになっている物は、美容整形という外的術で内的問題を解決できるのは、結構な事だと思う。私の知り合いも、物心ついてから、こめかみの凹みが気になり始め、我々から見ると全然普通の人と変らないのだが、彼女にとっては大きな悩みで、25歳の時に思い切って美容整形を受け、こめかみにシリコンを入れた。我々から見ると全く変っていないように思えたのだが、彼女に満面の笑みが戻ったところを見ると、トラウマは解決できたように見えた。それからしばらくして結婚する事になった彼女、結婚式に呼ばれた私は久し振りに会った彼女を見てビックリした。ナント!彼女はこめかみだけに納まらず、目・鼻・口・顎と、顔全てを整形していたのである。控え室を尋ねた私に、彼女は正直にこの事実を告げたが、他の人には内緒との事であった。(内緒って、モロ判りだと思うのだが・・・)披露宴中、同席した人達が一様に、彼女の余りの変化に驚いていたが、小学校以来彼女に会った事がないという友人のスピーチで「○○ちゃん、突然の結婚式ご招待にも驚いていますが、貴女がこんなに美しくなったのには本当にビックリです。やはり女性は恋をすると綺麗になると言うのは本当なんですネ!」私はこのスピーチを聞いて思わず吹き出しそうになり、≪人間というのは、欲は尽きないものなんだナァ・・・≫と、改めて認識させられたのである。
2004年01月29日
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日曜日、此処イタリアはほぼ全土雪景色となった。高度400mの我が町も当然真っ白。予定では教会へ行くはずだったのだが、余りの雪の為に断念し、翌日の昨日、私は我々の着なくなった洋服を教会へ持って行った。親に似たのか元々背は高いほうだが、我が娘の身長はグングン伸びている。子供の成長は大いに喜ばしい事なのだが、困る事が洋服である。此処イタリアは、スカートを穿いている女性というのはとても少なく、子供も普段はほとんどパンツ姿である。子供の場合スカートなら、丈が少々短くなっても来年又着られ寿命も長い訳だが、パンツの場合、子供は数ヶ月で数cm身長が変化するので、パンツ丈も瞬く間に短くなり、アッという間にお払い箱になる。思い出深い洋服や大枚はたいた洋服は、簡単に人にあげたり捨てたり出来ず、立体額縁に入れて壁に飾りたい気分なのだが、狭い家中に立体額縁の数も限られるので、毎度処分に頭を悩ませる事となる。医師夫人の優雅な友人は、毎月自分の服含め娘2人の洋服に費やす額は相当で、日本に比べれば格安と言えど、此処イタリアでも高級ブランドの洋服はある程度の金額であるので、彼女の毎月の衣装代はある程度算盤がはじける。自棄っぱちのように買うので、スカートを絶対穿かないという12歳の娘に、スカートやワンピースを買い、結局新品状態で誰かの手に渡る事もしばしば。たまに此方に回ってくると、私としては大いに儲けモノ!である。昔、彼女の家を訪ねると、玄関先に大きな紙袋が10個ほど置いてあり、中には洋服が詰め込んであった。クリーニングに出すにしては多過ぎる量で、彼女に尋ねると「教会へ持って行く」との事だった。各街によっても違うが、毎週○曜日に業者が中古衣料回収に来たり、管区の教会が回収作業をしたりして、着なくなった洋服を恵まれない人達に寄付するのだ。これらの古着の中には、有名ブランドの高級服なども含まれている訳で、先の業者などは、売れそうな物を抜いて残りは教会に持って行く。まだ充分に着れる服を、サイズが合わなくなったとか飽きたとかの理由で、ゴミにしてしまうのは本当に勿体無い。これらの洋服を、誰かが又活用してくれるというのは、また、恵まれない人達の少しでも役に立つというのは、全くもって好い事だと思う。イタリアの各街には自治体や教会管轄で、恵まれない人達の為の食堂や衣料雑貨店(無料)がある。食べる物や着る物に困っている人達が此処へ出向き、暖かい食事を摂り、欲しい衣料品などを貰うのだ。ドキュメント番組で見たのだが、この衣料雑貨スペースは見事に整理整頓されており、まるで普通のブティックやデパートのようで、「○サイズのダウンジャケットと、ウール混の暖かい下着」なんて、受付のシスターに欲しい物を言うと、アッという間に奥から持って来てくれるのである。日本でもこれに似たシステムはあるのかもしれないが、数から言うと少ないのであろう。昔、イタリア子供服のブティックを閉業した際、200点ほどの在庫品を恵まれない子に寄付しようと、市役所や福祉事務所に電話した事がある。ところが、返ってきた言葉は「日本では洋服の寄付は受け付けておりません。各養護施設では子供達の衣装代が割り当てられておりますので・・・その洋服をどこかに売られたお金でしたら、有難く頂戴します。もしくは送料自費負担で海外へ送られては如何ですか?」と言われた。その時もナンか変だナァ・・・と思ったのであるが、日本の福祉もどこかしら抜けているような気がしてならない。
2004年01月27日
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昨夜、外国為替変動を見る為にとあるサイトを開くと、一つのニュース記事が目に入った。ゆっくりネット・サーフィンする優雅な身分でない私は、海外に居ても日本のニュースを即座に知れる、ネットニュースに目を通す事はほとんど無い。が、昨夜はこの事件の見出しが興味深く、思わずクリックしてしまった。ニュースなので、既に今日は他の記事に書き換えられ、正確な文面はご紹介できないが、事件の内容は?というと・・・26歳の無名(ポルノフィルムに何本か出演)女優が、元彼に新しい彼女が出来たことを知り、合鍵で元彼の自宅に侵入、新しい彼女からの手紙を発見し嫉妬心に逆上、その手紙に火を点けベッドに放置、その後、元彼の携帯にその旨をメール送信したらしい。元彼は即行消防署へ連絡し、駆けつけた消防隊員が消し止め大事に至らなかったのだが、この無名女優は即行お縄になったという事件であった。内容は、女の嫉妬心の詰まらん小事件なのだが、この記事を書いた記者(男と推定)の表現文句被害者の彼は→「イケメン」と、格好イイ男らしい。加害者の女優は→「貧乳女優」「賞味期限切れ」と、ひどい書き方であった。被害者と加害者の両極端性を強調した方が、私が思わずクリックしたように、人目を引くのは事実なのだが・・・恋をすれば多かれ少なかれジェラシーが湧くのは、人間の感情として当たり前のこと。そのやるせなさを、どのような行動に移すかは、感情と理性の問題だ。悪い事をしたのであるから、それなりにお咎めは受けるべきなのかも知れぬが、この「貧乳女優」と「賞味期限切れ」の言葉は、この記事を書いた記者のお粗末さを、私は垣間見たような気がしたのである。そしてコイツは、貧乳より巨乳が好く、25歳以上の女には見向きもしない、≪お前こそ、貧乳ならぬ貧脳!!!≫というお馬鹿な男という事を知らしめた記事であった。※今日の教訓「罪を憎んで人を憎まず」「罵声は我をさらけ出す」(Pa~語録より)
2004年01月24日
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この日記をキッチリと読んでおられる、Pa~ファン(?)の方はご存知だろうが、私は見た目は大変美しい(?)地黒の健康そうな病人である。病院へおしゃべりしに行く老人達のように、持病の数を自慢する趣味は全く無いが、多くの病気を持つ見た目倒しな病弱者なのだ。優しい国民性の此処イタリアで、誰も頼んでおらんのに150%の身体障害者認定を有難く頂き、自動車にも煌々と若葉マークならぬ車椅子マークを付けている。確かに数百m歩行しただけで呼吸困難になり、階段の上り下りでは一段毎に悲鳴をあげる。此処イタリアの大都市は、中心街への住民以外の自動車侵入が禁止されている所がとても多い。ところが、このマークを付けていると、警察官にナ~ンのお咎めも無くスイスイ何処でも進入できてしまうのである。駐車スペースが異様に少ないイタリアの各街であるが、身障者用の駐車スペースは色分けされて数多く設置もされている。しかしながら、身障者の数と色分け駐車スペースの数とは同数ではない上、普通の健常者の車が堂々と停まっている事もしばしば。そうすると、致し方なく駐禁の場所に停める事になるのだが、このマーク付だと駐禁違反切符を切られないという、ナンとも有難~~~い水戸黄門の印籠のような物なのである。助さん格さんの気持ちが判るというものだ。多くのイタリア人達もこの事はよ~くご承知で、健常者がこのマークを悪用し中心街侵入や駐禁切符を免れようとするあくどい輩が増えてきたと、先日もニュースで言っていた。私は別にズルした訳でもナンでもないので堂々と使えばよいのだが、見た目がどうしても健康そのものなので、変な気遣いをしてしまう。と言いつつも、この印籠を大変重宝させて貰っている。昨日の月曜、いつものように娘を学校へ送り届け、採血の為に保健所へ出向き、エレベーターのまん前の身障者用駐車スペースに車を停めた。一応確認の為にフロントガラスのマークに目をやると、ナント!黄門様の印籠が忽然と消えていた。土曜日に出かけた際には確かにそこに煌々と輝いていたというのに、一体全体どうしたんだろう???マークなしでは身障者駐車スペースに車を停める訳にもいかず、致し方なく遠く離れた駐車場まで移動した。息を切らせて採血を済ませ、その足で警察へ出向いた。身障者マークを盗まれたので再発行を頼むが、お馬鹿な警察署長が「身障者マークを盗む奴なんぞ居らん!車の中に落ちているに違いないから、今一度探しなさい」と言う。≪警察署長のくせして、先日のニュースを知らんのか!≫私は他の身障者の方々のように、黄門様の印籠を無造作に車内に置いたりせず、フロントガラスに透明のプラスチック製ポケットを設置し、そこに入れてあったのだ。それが落ちるはずなど100%ないと確信していたが、お馬鹿署長の断固たる態度に退散し、今一度車内や家の中、バックの中を探し回ったが、やはり見付からなかった。今度は別の警察署(管轄が違う)へ出向いて盗難届を出し、再び元の警察署へ。今度は女性警察官の対応で、快く再発行手続きを済ませた。至急扱いで、翌日発行という便宜も図って貰ったのである。夕方ミラノの馬鹿夫から電話があったので、まさかそんな事はないとは思いつつ「私の身障者マークがなくなったんだけど、あなた知らないわよね?」との問いに馬鹿夫答え「アッ!すまん!すまん!俺がミラノへ持って来た」またまた≪おまえ~~~!≫である。先のニュースのあくどい輩は、我が馬鹿夫だったのである。
2004年01月20日
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昨日の土曜日、小姑夫は再び早朝ミラノへと旅立った。ノビノビ出来る週末に、小うるさい奴が居ないというのは、開放感が益々広がり全くもって最高!!である。たまに箍が外れると、ナ~ンにも家事をする気が起こらず、と言うか、家事好きの出来た嫁ではないので、常日頃は小言が厭で仕方なくしているのであって、出来る事なら私が嫁が欲しいのである。(※嫁はメイドではありませんネェ・・・)先日、此処イタリアのテレビ街頭インタビューで「奥様から≪私は妻なの?メイドなの?≫と言われた事がありますか?」との問いに、90%のイタリア男達が「ハイ」と答えていた。このメイドさんだが・・・私は、メイドさんが苦手なのである。自分の家に他人が居るというのが、心底くつろげないから駄目なのだ。幼少の頃から、メイドさんが居る家庭で育った方なら別だろうが、何せ貧乏家庭の育ちであるからして。メイドさんが無口なお人なら好いが、此処はイタリア!お掃除や家事手伝いに来てくれるおばさん達は、年齢を増すと共にお口の回転も増す。≪君達~!仕事に来たのか、おしゃべりに来たのか~!?≫となる訳だ。彼女達のお喋りに付き合う私が、お給料を頂戴したい。昨日は結局一日中何もせず、風呂入って食って寝てテレビ見て・・・午後9時から始まった映画は、かの有名な【101匹ワンちゃん】子供の頃、映画館でアニメ版を見た事や絵本で読んだ事はあったが、実写版を見るのは実は初めてだったのである。この実写版をご覧になった方はご存知だろうが、主人公アニ-タの雇い主Devil夫人の女優は、ダルメシアン犬の毛皮でコートを作ろうと企む悪女という役柄を、見事に演じておられた。真紅、もしくは黒い服にピンヒール、マニキュア塗った長~い爪。(淡いピンク色の装いをした悪女というのは、見かけない)Devilの名にふさわしく、悪魔の様相はコレ!というお決まりみたいな感じである。私の3歳からの幼馴染が以前この実写版を見た時に、このDevil夫人を見て「私を思い起こした」と言ったのだ。顔が似ているとか言うのではなく、雰囲気が私を思い起こさせたらしい。私はその当時、実写版を見た事が無かったので、Devil夫人がどんなだかは知らなかったのだが、昨晩実際目にして≪他人から見る私のイメージも色々だが・・・≫長い人生、色んな女優に似ていると言われたが、コレはチョッと面白い。幼馴染のこの彼女の家には、「おばあちゃん」と呼ばれていた人が居た。私はず~っと、彼女の祖母だと思っていたのだが、25年前に彼女の父上が亡くなった時初めて、このおばあちゃんがメイドさんだった事を知ったのである。このおばあちゃんは、彼女の父上が誕生した時からその家に仕えてきた、言わば主のような人だったのである。幼馴染の彼女自身も実の祖母のように、彼女の母君も実の姑のように長年暮らしていた。メイドさんも、ここまでくるとスゴイ!と言わざるを得ない。
2004年01月18日
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海外に生活していると、急に日本食が食べたくなったり、日本語で思い切りおしゃべりしたくなったりするものだが、日本食は何とか苦心の作で口に出来ても、日本語は?というと・・・ 私の場合、日中は滅茶苦茶忙しくて、そんな気分にならないのだが、夕食の後片付けも済んでヨッコラショ!と腰を落ち着けたあたりから、モヤモヤっと日本語話したい病にたまに掛かる。が!悲しいかな、イタリアは日本より7~8時間遅れなので、日本の友人達を夜中に叩き起こして、私の我儘や言いたい放題に付き合わす訳にもいかぬ。 我が町と言うか、我が山から半径50km範囲内には、聞く所によると7人ほどの日本人が居らっしゃるらしいのだが、生憎とお付き合いが全く無い。この日本人の皆さん、私と違って優雅な生活をされていらっしゃるので、日中お会いになって積もる日本話に花を咲かせておられるらしい。 この田舎の日本人組合(?)から爪弾きにされている身としては、日本人観光客が多く訪れるフィレンツェなどへ出向いた際に、蟻地獄に落ちたアリさん張りに日本人を一人とっ捕まえて、おしゃべりに付き合わす訳にも、これ又いかぬ。何故か知らぬが多くの日本人観光客の皆さんは、こちらが満面の笑みで話し掛けても、怪訝そうな顔をなさって警戒心を露わにされるのだ。これが、イタリア人と一緒だったりすると、警戒心も和らいで会話が始まる。どうしてぇ~~~!? 大昔スペインで、1万円札しか持っていなかった私は、どうしても千円札が必要になった事があった。何軒かの銀行へ出向いたが、当時、1万円札はあっても千円札というものが欧州の一般銀行になかったのだ。致し方無いので、観光名所のサクラ・ダ・ファミリアへ行き、次々到着する観光バスの日本人団体の皆さんに、礼儀正しく感じ好く低姿勢で両替をお願いした。が!片手に1万円札掴んだ変てこ日本人美女(?)の登場に、約100人の日本人の皆さんが取った行動は・・・50人は財布も見ずに、「千円札持ってません」40人は、「ガイドさんから、駄目!と言われていま~す」 ≪何が駄目なの?偽札詐欺情報に惑わされるな~!≫そして極めつけは私の依頼に対しまともな返事も無く「ヒエ~~~ッ!助けて~~~!」と逃げて行った人達。あれからである、私が異国で同国人と巡り合っても、極力会話を避けてきたのは。
2004年01月16日
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先日発表された統計によると、イタリアの初産年齢が30歳を上回ったらしい。日本も結婚年齢の上昇と共に、出産年齢も当然上がってはいるが、それでも30歳を越えるという事はない。昔は30歳を越えての出産はマルコーと言われ、カルテに赤色で高と大きく判を押されたものだが、これも昨今、我々の肉体の発達と共に引き上げられ、35歳以上の出産をマルコーと称する。私は長年の不妊で、40歳を機に自分の血を分けた子を持つことを諦めたのだが、世の中とはおかしなもので、諦めた途端にできてしまった。此処イタリアでは、30歳以上の出産をプチ・マルコー、35歳以上は完全(?)マルコーで、日本と同じくカルテに判を押される。35歳以上のマルコーでは、ほぼ義務的に胎児の遺伝子検査を受ける。先の統計結果のように、イタリアの初産年齢が30歳を越え、そして又、出生率の低下が問題視されるようになった事もあってか、自発的に遺伝子検査を受ける女性が増えていると、今朝の番組で取り上げられていた。私は、妊娠6ヶ月の時に(これ以前では正確な検査結果が出ない)、麻酔もナシに直径5mmほどの太~い針を腹から刺され、歳は取ってはいるが初々しいプレ・ママとして、≪我が愛しの大事な子供の頭にでも刺さったらどうしてくれるんだ!≫と、素人考えでベッドに横たわっていたのを思い出す。この検査で、胎児の遺伝子異常有無が判る訳だが、それと同時に胎児の性も判明する。日本ではまだまだ、「出産前に胎児の性を知りたくない」と言う方が多いようだが、此処イタリアでは90%の夫婦が、出産前に男か女かを知ることになる。まあ、夢が無いと言えばそれまでだが、色々と買い揃える物を考えると合理的ではある。イタリアでは子供が生まれると早速、家の門や玄関にレースやリボンで作られた花の形をしたお飾りを付ける。男の子ならブルー、女の子ならピンクというのが一般的。真中にその子の名前を刺繍するのだ。この習慣を考えると、出産前から胎児の性や名前が決まっていないと、用意できない物ではある。しかし、妊娠6ヶ月の時に受けるこの検査、胎児の性が判るのは合理的に好いかも知れぬが、遺伝子異常が判った時には一体全体どうしろと言うのであろうか?妊娠6ヶ月と言えば堕胎するにも出来ない時期である。それに、子供に異常があると判明したからと言って、簡単に堕胎できるものでは絶対ない。特に女性は、妊娠が判明した時から、お腹の中の子供に対し自然な愛情が湧くものだ。まだ目に見ぬ我が子であっても、胎児は既に愛しき我が子。イタリアは女性に限らず男性も、まだ見ぬ我が子に対しての愛情は強い。私も強制的にこの検査を受けた時、イタリアの医師に尋ねた事がある。「一体全体何の為の検査なのか?」それに対し答えた医師の言葉は「検査で異常が判明しても、約95%の両親は出産を望む。が、悲しいかな約5%は危険を承知で堕胎される。しかし、これを我々がどうのこうのと責めるものでもない。異常が判った際には、障害児を持つ親としての心の準備や、経済的・家庭的等の諸問題を解決する3ヶ月を与えられたと考えられるのではないか・・・」此処イタリアの好いところは、障害者への偏見が少ない事であろうか。変な同情や、特別視する事無く、我々人間皆同じ、という感覚が強い事であると思う。貧しい国イタリアではあるが、国や自治体のサポート、そして心の豊かさは、まだまだ多く兼ね揃えたイタリア人であると私は思う。
2004年01月15日
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ここ数ヶ月、新事業立ち上げの為にミラノへ出向く事が頓に多くなった我が夫。小うるさい小姑夫の留守を喜ぶPa~奥様としては、大変!大変!嬉しい事である。今朝も早起きし、午前7時にミラノへ旅立った。ミラノまでまさか日帰りという訳にもいかぬので、ミラノへ行くと数日~1週間留守にしてくれるので、私の開放感は言葉では表現できぬほど大きい。以前の夫は、数日家を空ける際には私に対しフェイントを掛けていたのだが、最近は回数が増えた事もあって、少々お粗末な脳構造の夫には、フェイントを掛けるまで頭が働かなくなったのであろう、出発日・帰宅日を大体正直に言うようになった。しかも、数日前以って言うようになったのだ。(※もう妻への嫉妬心どころか、自尊心も無くしたのかも知れぬ)これだけでも結構私は楽しませて貰っているのだが、ある時期からチョッとした疑惑が湧いてきた。例の狩人とは今もお付き合いが続いているが、最近私も忙しく余り会ってはいないのだが、電話では時々話をしている。この狩人の電話なのだが、何故か夫のミラノ行きが決まると掛かってくるような気がし始めた。以前から狩人は、何か後ろめたい気持ちがあるのか、始終「旦那は?」と聞いていたが、私は全然後ろめたくないので、夫が横に居ても平気で狩人と話をしていた。別に日記を付けている訳でもないので(楽天以外に)、[○月○日に夫のミラノ行き]とか[△月△日狩人から電話]なんて書いてもいないので、あくまで、最近頓に衰えた私のお馬鹿な頭の中での話だが・・・以前は「旦那は?」との狩人の問いに「此処に居るよ」とか「夕方帰ってくるよ」とか「今ミラノ」とか答えていた回数が多かったのだが、最近は「明日からミラノ行き」と答えることがやけに多い。もしや???狩人は夫とグルなのではあるまいか?離婚訴訟(そんなもの私はする気は全然無いが)を有利に持ち込む為に、私に男をあてがい既成事実を掴み、【妻の不貞】を理由にしようとしているのではあるまいか?な~んて、考え過ぎ?(先日、またまた大喧嘩した際に、馬鹿夫が「お前~訴えてやる~~~!俺は弁護士の所へ行ってくるぞォ~!お前をトコトン苦しめ奈落の底に落としてやる~!」と言ったのだ)大昔、別の夫とこれに似た経験があるので、こんなお馬鹿な事がチョビッと脳裏を霞めたPa~奥様であった。まあ、もしそうだとしても、そんな手に引っかかるPa~ではないぞ~!
2004年01月12日
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元在日イタリア大使Aとの日本語学校経営話は露と消えたが現夫は自分でも≪自分はAよりも社会的地位・仕事面での才能が劣っている≫と認めていた為か、それとも日本語学校経営話に目が眩んでいた為か、その時のAに対しての嫉妬心は、今までのモノとは少々違ったモノであったが、その後何かとAの話が出ると、一緒に事業をしたかった相手であるにもかかわらず、Aの事をぼろくそに言うようにはなっていた。これは分析するに、ジェラシーはジェラシーでも、私という女をはさんでの嫉妬と言うよりは、一人の男としての男VS男のジェラシーではないかと思われる。まさしくPart①で書いたように、男のジェラシーは女のソレとは種を異するもの。現夫との結婚後も、私の周りには男がうろうろしている。(此処はイタリアよォ!)その度の夫の反応には色々あって、結構楽しませて貰ってきた。前の家を左官屋さんたちが修理している時の【コンドーム事件】は、ライコス日記(2003年1月3日)に書いているが、この左官屋さんのエピソードを今回はご紹介しよう!この時の家の修理には、近所の顔見知り左官屋親子(50代の父と30歳の息子)ともう一人の3人が、毎日我が家に通って来ていた。彼らが階下で仕事中、私は私で自宅で仕事や家事に励んでいた訳だが、ある時期から父左官屋が「外の水道が使えないからバケツに1杯水を下さい」と私の元へ毎日来るようになった。勝手に台所へ行かれるのは抵抗があったので、私は常に彼と台所へ行き水を汲んで渡していた。そんな事が数日続いたある日から、この父左官屋の私への口説きが始まったのである。最初は「君は美しい!君の目は○○のようだ!君の唇は××のようだ!」な~んて古臭~いセリフを吐いていただけだったのが、徐々に「君の手は△△のようだ!な~んて柔らかい!」と、これまた臭~いセリフを吐いて、実際に私の手を握るようになった。オ~ッ!おぞましい~~~!(※自慢じゃないが、私の手は自分でも認める色黒・ゴツゴツ・筋々の手)そして、遂にその日が来た。彼は私に抱きつきキスしようとしたのである。今までの事はお愛嬌で≪イタリア男達のする事、彼らの生活の一部≫くらいにしか受け取っておらず、かわいいもんだと思っていたが、今回の事は許せん!今までみたいに笑顔で対応している訳にも行かぬ。父左官屋にハッキリ毅然とお断りし、帰宅した夫に事実を告げた。すると、今回の夫がとった行動は?!怒り爆発~~~!だったのである。彼はすぐさま家を飛び出し、この左官屋親子の自宅へ出向いたらしい。そして帰宅するなり、興奮した様子で「安心しろ!一発お見舞いしてきたからな。俺の嫁ハンにこれ以上手を出したら豚箱行きだぞ!と釘をさしておいた」とのことだった。夫の言葉通り、翌日からの父左官屋の態度は見るも無残にシュンとしており、私と彼の関係はまるで女王様と召使のようになったのである。私が安心して日々暮らせるようになり、家の修理も済んで1週間後、私は街中で仕事中の左官屋親子に出くわした。すると、今度は左官屋の息子の方が私の元へやって来て「ネェ、夕方デートしない?5時に仕事が終わるから、□□で会おうよ!」と言ったのである。まったく呆れるイタリア男達である。
2004年01月10日
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昔から不思議に思っていたのだが、「人の顔には【育ち】が表れる」とか「賢そうな顔」とか「悪人のような顔」とか・・・我々の顔は、その人の内面を映し出す事も多い。(当然ながら絶対ではない。本当は人の善い、悪人顔も居る)オギャ~と生まれた時には、顔の造りは先差万別であっても【品性】とか【知性】とか【育ちの良さ】などは余り映し出されていない。それが、鼻の形が変わったり口が歪んだりする訳でもないのに、人生の様々な経験を経て、年月と共に顔の中に色々なモノを表現し出すというのは、まったくもって興しろいものだ。此処イタリアの夕食後の団欒時に、我が娘が楽しみにしているテレビ番組があり、私も娘に付き合って毎日見ているイタリア版【ドレミファ・ドン】がある。一般参加者は大人なのだが、年末の特別番組で子供版を放映した。大人顔負けの子供達が、1~2秒のイントロで次から次へと曲名を当てていく姿に、私も大いに感心させて頂いた。最新の曲から、彼らが生まれるず~っと以前の曲まで、相当の音楽好きで毎日CDを聞き続けているのであろう。大晦日の決勝戦で優勝した9歳の女の子は、見事賞金の1万ユーロを獲得し、両親は涙流し飛び跳ねて大喜びしていた。この時には特別ナ~ンとも思っていなかったのだが、年が明けて別チャンネルをひねると、また別の子供特集番組をやっており、その名も【GENIUS】[天才(英語)]、イタリア語では【GENIO】先の音楽当てとは大きく違い、数多くの多方面な問題を15秒間に答えるトーナメント式クイズ(?)番組であった。兎に角、多分野に渡る質問、数学・文学・歴史・言語・人物等など、お馬鹿な私には質問の意味さえ解らんのを、12~3歳の子供達が数秒間で回答していくのだ。ただただ私は≪すご~~~い!天才~!かっこいい~~~!≫と大きな口をお間抜けに開けたままであった。ここで・・・先の【ドレミファ・ドン】に出演していた多くの子供達と、この【GENIUS】に出演している子供達との違いを、改めて認識させて頂いたのである。【ドレミ・・・】の彼ら80%が小太り以上体型、お顔はと言うと・・・よく言って親しみ易そうなひょうきんタイプか少々の変わり者タイプ。【GENIUS】の彼らは5%を除きスマート体型、お顔からは知性と品性が表れた、礼儀正しき育ち良さそうな少年少女だったのである。これを単なる「私の偏見」だとは言い難いものがあり、客観的に冷静に見た事実である事は間違いない。昨夜の決勝戦に残った2人の少年の両親は?というと、これまた先の両親達とは違い、客席でお行儀宜しく観戦されており、優勝が決まった時の様子も落ち着いた感動表現であった。そして、この二つの番組の大きな違いは、優勝賞金にもあった。天才達のご褒美は、先の賞金を大きく上回り約一千万円だったのである。10歳やそこらで一千万円を稼ぐ、礼儀正しきご子息持ちの親御さんが、少々羨ましかったPa~母であった。
2004年01月09日
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我々夫婦は寝室を別にしている。理由はたくさんあり過ぎて、ココにわざわざ書くのも面倒なので控えておこう。狭い我が家の一番大きな部屋が夫の寝室なのだが、主賓室(?)であるにもかかわらず、夏は暑く冬は凍える湿気の多い部屋なのだ。心優しき愛情溢れる嫁と一緒に寝たら、その凍える寒さも少しは和らぐかも知れぬが、自他共に認める冷酷鬼嫁なので、夫一人で寝たほうがマシというものだ。お怠け者の亭主関白夫なので、自分でベッドメイキングなんぞする筈もなく、結局メイド代わりの私がする羽目になるのだが、最近はそれも面倒臭くて毎日しないことにした。いつかは自分でするだろうと思っていたのだが、数週間でも乱れたままに放ったらかし状態なので、娘の友達が遊びに来て家中駆け回り、その乱れたベッドを見られても困るので、たまに腹を立てながらもベッドメイクしてやっている。お怠け亭主関白夫がエジプトから帰ってしばらくして、私は夫のベッドの中から、10cm四方ほどの赤褐色した石を見付けた。≪なんじゃ、こりゃぁ!?≫と思ったのだが、夫に聞くのも馬鹿馬鹿しいので、ベッドサイドのチェスト上に鎮座させておいた。数日後また、心優しくも(?)ベッドメイクすると、またまた布団の中からその赤褐色石を見付けたのである。おそらく想像するに、シナイ山にらくだで登った折、拾ったか購入したかした代物であると思われる。モーゼが十戒を授かったように、自分も・・・という魂胆が見せ見えである。このシナイ登山の事は、エジプトからの携帯メールで知ってはいたが、帰宅早々らくだのこぶが原因でできた尻の割れ目の擦り傷に、抗生剤クリームを塗ってやり、汚い尻を毎日見せられて辟易としていたので、それ以上のシナイ山話は意識的に避けていたのだ。今朝も久し振りにベッドメイクすると、やっぱり赤褐色石がそこにはあった。きっとと言うか、確実にと言うか、夫は毎晩この赤褐色石を抱いて寝ているのだ。≪ア~~~!なんと哀れな男であろうか!≫暖かい女を抱けないばかりか、せめてヌクヌクほわほわのぬいぐるみでも抱けば、凍える寒さも少しはマシであろうに!よりにもよって、冷たい石を抱いて寝ているとは!まあ、心冷め切った鬼嫁より、石の方が温かいのかも知れぬ・・・もしや・・・鬼嫁の黒魔術除けではあるまいなぁ???
2004年01月08日
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昨年のライコス日記(1月7日)に詳しい事は書いたが、今日イタリアは【ラ・べファーナ】で祝日である。今年もまた、娘と一緒にクッキー作りなんかしちゃって、相も変わらずの私はくるみとレーズン入りクッキー。娘も、これまた相も変らずの【ノンタン】の顔クッキーしかし、昨年の作品と比較して、ナントもまあ上手になった事。私に似て(?)、お絵描き大好き上手。その絵の上達にも感心させられる。今日のPa~母は親ばかチャンリンで、愛しき娘の作品【ノンタン】クッキーの写真をお披露目しちゃいましょ!
2004年01月06日
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此処イタリアは、日本のように正月気分が特別ある訳でもなく、クリスマス休暇の延長雰囲気で、多く人達も2日から仕事を始めている。そんな中でも多少の年末年始特別テレビ番組も組み込まれてはいたが、通常の番組に少し華がある程度の詰まらんモノだ。これらの番組では、見慣れた面々の見慣れたシーンと共に、数多くの名も無き(?)ダンサー達が、男女共いつも以上に素晴らしい衣装で素敵な踊りを見せ、詰まらん番組に華やかさを添えてくれる。最近の日本では【男らしさ・女らしさ】という表現を使う事が少なくなったとか・・・「この表現を多用する事により男女性差別を誘発する」との事らしいが、私は???だ。そもそも男と女には肉体的・精神的に違いがあるのは当然で、各々長短兼ね揃えている。この【らしさ】が女性の職場進出に悪影響を及ぼす!などと目くじら立てている方(女)も居られるようだが、まったくもって私は???である。此処イタリアは、男・女各々の特性・魅力をよく知り、それを最大限利用し他人にアピールする人が多い。(マスメディアに登場する人達は特別かもしれぬが・・・)テレビに登場する女性達は、ほとんどが胸元の大きく開いた洋服を着ている。元々イタリアのテレビ番組には、男性一人の司会者番組というのが少なく、女性とのペア司会や、女性のアシスタントが必ずと言っていいほど付いている。これらの女性タレントやキャスター達は、小さかろうが大きかろうがオッパイの谷間を堂々と見せ、見事な脚線美(大根でも)も惜しげもなく露わにされておられる。へそまで見えそう~~~!てな服装をそしている方も結構いらっしゃる。イタリアに限らずほぼ全員の、スケベ心満杯の男性視聴者を考えたもので、制作者側の意図は見え見えであるが、それにお見事に引っかかる男達も単純である。しかし、単純であって何が悪い!!!日本で女優達がヌード写真集などを発表すると、必ずと言ってよいほど「ポルノではなく芸術作品として見て頂きたいわ」などと鼻っ柱高くしておっしゃるが、イタリア女達は、ヌード作品発表時のコメントとして「スタッフの協力の下、こんなセクシー作品が出来上がって最高!多くの男性に喜んで貰えるはず。女性の皆さんも参考にして頂きたいわ」と言う。あっぱれ!!!である。【女性らしさ】を強調し、セクシーさを最大限にアピールして何が悪いのであろう。製作者の意図通りであろうが、意図と違おうが、その作品を楽しむ人達に理由なんぞ関係ないのである。イタリア人というのは兎角ダンスがお好きなのか、バラエティ番組などでは多くのダンスシーンが組み込まれているし、先に書いた年末年始特別番組の中でも、ほとんどの女性ダンサーは裸同然の格好で踊っており、男性ダンサーも女性達と余り変らない。彼等のダンスを見ても、【男らしさ・女らしさ】を意識した振り付けがされている。腰の動きを見ても、男は縦振り、女は横振りオッ!オッ!お見事SEXを想像させてくれるではないか!!!【男らしさ】の縦振り【女らしさ】の横振りである。更には【回転】ちゅうの加わり、もっと好い!こんな【男らしさ・女らしさ】を強調する国民達にもかかわらず、女性の職場進出は盛んであり、そこに性差別なんて、日本と比較すれば激少である。【らしさ】はらしさとして、他の能力は能力として、大いに発揮されると宜しいのではないか!?目くじら立てておられる日本の女性達よ!新しき年は、性の特性を上手にお使いあそばせ!
2004年01月05日
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Pa~コラムの【ゲイのお話】パートⅢデ~ス。恋というのは侭ならぬ・・・男&女も男&男も←←←←←【ホモに惚れた女達】、どうぞ~~~
2004年01月04日
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此処イタリアでは情緒ある正月気分が味わえず、毎年寂しい思いをしている。信心深い仏教徒でも神道でもないが、着物着て初詣に行くちゅうのも情緒があって好いものだ。せめて着物だけでも着て・・・と思ったのだが、皆がジロジロ見るからイヤだと、娘が言うのでそれも諦める。する事ないのでテレビでも見るが、例年相も変らずの世界の年明け秒読みの様子や、新年の町の様子を映し出していた。イタリアは年明け秒読み前から各地で花火が打ち上げられ、その花火が原因の事故が多発、国内最悪と悪評高きナポリでは、元旦のニュースで死傷者や建物・車などの被害の様子が恒例のように映し出されていた。が、今年は死傷者が大変少なく記録的な事だったらしい。やはり不況の風は、こんなところにも影響しているのだ。元旦の午前3時から働き始めた清掃の人達も、破壊された車や燃え上がっている車を後に従え「今年のナポリはおとなしいかったなぁ・・・ゴミの量もとても少ないよ」とインタビューに答えていた。日本の正月の事故といえば、お餅を喉に詰まらせて亡くなるお年寄だが、此処イタリアでは花火の事故が相当数なのだ。昨年暮れのテレビ番組でも、年末から正月にかけての事故について注意を呼びかけていたのだが、一に、花火「打ち上げ花火の傍へ近寄らないように」とか「人に向けないように」とかいうまともなものから「花火は、専門の花火取扱店で買いましょう」なんて。この時期になると確かに、花火の多量密輸とか不正品輸入の敵発が多いのは事実なのだが・・・そして、我々日本人からすると笑わしてくれるのが(笑ってはいかん)スプマンテ(シャンパン)の栓の事故大晦日から元旦にかけて開けられるスプマンテの数は、日本の皆さんからすると想像も出来ない本数。パ~ン!!!と栓が抜ける音が、興奮度を高めるのは事実なのだが、ナント!このスプマンテの栓で目を怪我する人が非常に多い。先の花火じゃあるまいし、人に向けてスプマンテの栓を開ける奴も世の中に多く居るのがおかしい。スプマンテの栓が人間の目に当たるまでの時速を、先の番組の専門家が言っており、数字は忘れたが咄嗟に目をつぶる事も出来ない速さらしい。スプマンテの栓で失明してしまうなんて、全く哀れである。元旦の救急患者が花火やスプマンテの栓による負傷というのも、イタリアらしいと言えばイタリアらしいが、その数が減った事が不況のバロメーターとなるのも、なんだか悲しい事である。
2004年01月02日
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友人から数日前に招待を受け、年越しは彼らの家で過ごすはずだった。Fiesoleという高級住宅街に彼らの屋敷はあり、昨年のクリスマスもその屋敷で過ごしたのだが、寒い時期、しかも山の手、その日は一段と寒い日だったにもかかわらず、ナント!屋敷の中ではなく庭でパーティーは開かれた。タダでさえ寒がりの上、大手術後の病み上がり状態、私はブルブル震えながら、毛皮・ダウンジャケット・コートなどを羽織りながら談笑して飲み食いしているイタリア人達を、体も心も冷めた状態で≪コイツらは馬鹿か~~~ぁ!≫と思っていたのであった。給仕の度に暖かい屋敷の中に入れるメイドさん達が、少々羨ましくもあった。私は食べる物だけ食べて、後は体調を理由に屋敷の中へ逃げ込んで酒をあおっていた。彼から年越しパーティー招待の電話があった時、「嬉しいわ~!有り難くお受けするわね」との言葉とは裏腹に≪ヒエ~ッ!今年も寒空の下、野外パーティーかいナァ???≫と思い何処かにまだ残っていたはずのホカホカ・カイロの在り処を考え、ババシャツ何枚着込もうか?と思っていたのである。が!パーティー好きのPa~としては、気分はスッカリ酔いが廻った状態で、山の手の屋敷から、下町の夜景から浮かび上がる年越しの花火を見るのを楽しみにしていた。お呼ばれ好きな娘も数日前から着る服を決め、この日を心待ちにしていたのである。そんな浮かれ気分の母子を尻目に、馬鹿夫が目覚め早々「行きたくな~い!」と言い出した。ご招待をOKしておきながら当日断るなんてもってのほか!何とか説得は試みたが・・・私は最後の仕事を片付ける為工場へ出向き、帰りに買い忘れの食料品を買い込み、自宅へと急ぎ帰路についた。そこへ招待してくれた彼から私の携帯に電話があり「君達が今晩来られないと、君の旦那から電話があったけど・・・」と言う。≪オ~ッ!馬鹿夫、何か口実を作って断りの電話を入れたな≫と理由を聞くと「旦那の息子に何か問題が起きたらしいよ」≪口実は馬鹿息子にしたか~!≫当日断られた彼も夫の嘘を見抜いていたようで、馬鹿夫に対して怒りが収まらぬ様子、馬鹿夫が行かないのなら、私が自分で車を運転して行こうかと思ったのだが、自分で運転して行けば、思い切り飲んで馬鹿騒ぎする訳にもいかんし、片道1時間半、鳥目の私の運転では少々恐ろしいものがある。結局、泣く泣く諦める事にした。それと同時に、嘘つき馬鹿夫への腹立ちが沸々と湧いてきた。≪クソ~~~ッ!こうなったらやけ食いだ!≫と、またまた途中のスーパーに立ち寄り、あらゆる物を買い込んで駐車場を後にする。そこへまたまた私の携帯が鳴った。馬鹿夫かと思いきや、馬鹿夫の娘であった。先日のクリスマスプレゼントの礼でも言うのかと思ったら「ローマで彼氏の車が故障した。パパに頼んで迎えに来てもらう事にしたの。だから今晩は私たち一緒にお食事するから・・・」だと。この娘、クリスマス当日、彼氏と一緒に車でローマへと旅立ったのだ。そして大晦日に帰宅することになっていた。それにしてもまあ、息子と娘の違いはあるが、嘘なんぞついてせっかくの友人の招待を当日断り、哀れな私と娘の大晦日の楽しみを奪うから、往復7時間は掛かるローマまで、馬鹿娘と馬鹿彼氏を迎えに行かなければならない羽目になるのだ。≪いっそのこと、お前の車も高速道路で立ち往生してしまえ~~~!≫と思った昨夜だったのだが、残念ながら(?)夜中に無事帰ってきたようだ。
2004年01月01日
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