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友人と「生と死」について語った。 帰宅したら、拾ったばかりの子犬が、前からいる成犬にかまれて瀕死の状態らしい。 メールだから、詳しいことはわからない。 その驚きはどれほどのものだろうか。慰めの言葉もない。 これほどに隣り合わせの「生と死」。 人を信じず、おびえていたのにやっと心も開きかけた子犬。 心を開かずに固まっていた方が良かったのか。近くにいる生き物に、親しみなど持たなければよかったのか。 そうじゃない、そうじゃない。しかし、しかし、事故は起きてしまった。 今夜一晩のいのちは許されるのか。それとも、明日は獣医さんの力で復活するのか。
2008.02.29
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心は早くも上野の山へ飛んでいる。よき友と、桜の花の下でいろいろな種類の酒を味わってみたい。ゆっくりしたい。 いや、種類などは問わない。酒も飲むが、本当に飲んでいるのは、春の気配だ、相手の話だ、二人の会話だ、コップに浮かんだ花びらだ。 そしてまた、新しい酒を注ぐ。口に運ぶ。友が見つめる。漂う春の気配。酒よ、わが生涯の友よ。 酒よ、友よ、世界中の酒を集めても、二人の友情をたたえるのはむつかしかろう。 また酒を注ぐ。酒よ、わが心を読み取れよ、春のお山に二人していられる歓喜の心を。 見上げる空は花の色。笑う友の頬はさくら色。 酒がうまいから健康なのか、健康だから酒がうまいのか。この一瞬に世界の祝福が集まる。世界中のお酒が集う通販サイト <a href="http://www.syurui.co.jp/" target="_blank" rel="nofollow"><img src="http://www.blogrepo.net/images/job/sake/sake.com.gif" style="border:none;" alt="酒 ディスカウント" /></a><br />世界中の<a href=http://www.syurui.co.jp/ target=_blank>お酒が集う通販サイト</a><img src="http://www.blogrepo.com/paccess.php?jid=488&uid=30009&link=2" style="border:none;width:1px;height:1px;" /> まだ、表は寒い。風は厳しい。だが春はそこまで来ている。冬将軍が完全に撤退するのももうすぐだ。 上野のお山が目に浮かぶ、北の国にいる友の顔が目の前に浮かぶ、口に運ぶグラスが浮かぶ、...春よ、おお、思い出す、公園辺りに住みなしているきゅうちゃんよ、友よ、冬の寒さをどうしのいだか、変わりないか、元気か。娘さんが置いて行った人形はまだ大事にしているか、人形は今何してる、きゅうちゃんよ。 今年はどんなビールを差し入れようか、いや、ブランディーが好きだったな、待てよ、オールドパーだったか。 乾杯しよう。春うららな日に。 <a href="http://www.syurui.co.jp/" target="_blank">酒 ディスカウント</a>
2008.02.28
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やっと遺族の前に現われて謝罪したイージス艦の艦長。 最新鋭の艦の艦長になるのだから、相当な将来を約束されていた、はず。 だが「あの海域が漁船でそんなに混雑しているとは思わなかった」と。 では、何を学んできたの?
2008.02.27
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隠ぺい体質はまったく変わっていない。 先の戦争で「大本営発表」という大ウソをでっち上げ垂れ流した「伝統」はまったく変わっていない。
2008.02.27
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寒い。手先が凍える。鼻水が出る。 でも、最後の冬将軍の部隊も撤退を始めたようだ。 感じる、感じる。禁制の寒冷も解かれる日も近い。 相手のいいところを10個見つけられる仲と、相手の悪いところを10個見つけて、なおかつ本人にそれを指摘できる仲。 どっちが本当の友達と言えるのでしょうか? そういう質問があった。以下のような考えを記した。 どちらか答えよ、という場面に遭遇したのであれば、後者の方である、とわが身のおかれた状況を思い浮かべながら、願望をこめて答えたい。 もとより、こちらの言い方にも依るのだが、指摘して「そうかなあ」「うん、そういうとこ、あるかも」「そうか、まったく意識してなかった」などという反応を確かめながら会話が進む相手。 これが「友」、でしょうね。 昨日、元の会社の同僚から電話があった。電話を受けた家人から子機に回された。 言葉がおかしい。一瞬「もう酔っているのか」と聞こうとしたが「なんだか口が回らないみたいだね」と言うにとどめた。 「脳溢血のあとの後遺症で「やっとここまで喋れるようになった」「いやあ、奥さんには『相当酔ってるわね』って言われちゃったよ」 「でも、いい声してるねえ。あんた、幸せだろうね」 これは、彼一流の皮肉であったか。逆襲であったか。 電話の後、やさしく家人に言った、「あんたのいいところでもあるんだが、状況も考えずにストレートにものを言うのも......」「だって知らなかったんだもの」「どうなさったの、と聞いたわよ」と、いつもの言い訳、嘘を言いつのる。 以後、それで会話なし。これまでも同じ。「友」の話ではなくなってしまったが、男と女の仲も「指摘してやってなおかつ会話ができる関係」が究極の願望なり。KYの家人には、これまでも何十回も困惑させられているこの身。 最悪のケースは、以後、我が家には電話をしなくなった知人もいた。 小川のほとりで、古墳公園の木陰で、言葉の通じる友と語り合いたい、おにぎりを食べながら、シュークリームを分け合いながら。言葉がはずむ、胸も弾む。 春。冬解禁。 春よ来い恋、早く恋乞い、ここに請い来い。
2008.02.18
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久しぶりにKから手紙を受け取った。 太いペン先で書かれた文字。なんどこの文字によって元気づけられたことか。 その同じペン先から走り出た、と思われるKの思い。「節々が痛んで日常の動きにも規制がかかってしまう」 おう、と思った。Kもやっぱり人間だった、生き物だった。 どこか何かを見通してしまっているような、達観してしまったようなところがあるのが、少々物足りなくなる時もあった。 版画を彫ったり焼き物を焼いたりエッチングを描いたりお華を教えたりと、少々身を酷使しすぎたのではないか。 それとも、他に……。 とすると、Qはどうしているのだろう。 あれ、どうしてQの方へ思いは流れてしまうのだ。 なぜ、すぐにQのことに思いが至るのだ、と我ながら不思議でおかしかった。 え、Qとの間に何か激しいことでもあった、とでもこのさかしらで貧しい頭は想像しているのか。 Qはどのような表情で……。 えい、Kよ、早く元気になってくれ。 横尾忠則さんが奇病に苦しんだことがあった。どこを触られても「痛い」「痛い」と飛び上がった。 三島由紀夫氏と一緒に東京医科歯科大学病院に見舞った。そのとき、氏は……。 いやこれは、今書いている「文章入門」の続編に書こう。出し惜しみしているわけではない。本腰を入れて書かなければならない。腰を入れて。 Kの回復を祈るのみ。太陽が出ればすぐによくなって、またQを連れて現れる……。 知人のTが一口100万円の「社債」を募集している。十口くらい集めたい、とか。 うーん、なんとしても、おいそれとは協力できる額じゃない。 みな、問題を抱えている。疲労をため込まないように。
2008.02.13
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竹下夢二の恋文を引用したが、さて、恋とは異なもの、厄介なもの。 万が一、ある男がぽわーっとなって、恋文を書く、とする。 思いを寄せる相手にすでに好きな男が、なかなかの技を使う腕達者な男が、金持ちの男が、破廉恥なくせにヒモのような甘えん坊の男がいるとしたら……、いかに熱い「恋文」でも、滑稽の代名詞になってしまう。 こちらとあちら、その双方向性が合致しなければ、何事も起きないし、相手に嫌われ迷惑がられ困惑されしらけさせる。 さあて、ここからがむつかしい。相手にそれをどう悟らせるか。 恋は盲目。男は一本槍、一本道。病気で通院している、と言えば、同情がさらに恋心となって燃え盛るかも知れない。 夫がいます、と言えばさらに挑発的になるかも知れない。 すでに好きな人ふぁいまふわ、としどろもどろになれば、恋文に感動した、と勝手に受け取ってしまう、かもしれない。 男が恋心を寄せた相手はすでに恋をしていた、とすれば、その体から恋心が色気が流れ出ていて、それを嗅ぎつけた男:オスの心を揺さぶった、のかもしれない。なにもかも誤解されてしまう相手。応じる文章にも、少しの隙も見せないこと、くらいだろうかしら、応急処置としての一つは。nnnん。でもねえ、相手の「乞い」は燃え盛っている最中だから……始末が悪いddd。 でも、これらがすべて、といってよいほど、名作となって残っている。「赤と黒」も「人魚姫」も「舞姫」も「北回帰線」も「誰がために鐘は鳴る」も「春琴抄」も演歌も。。。。モジリアーニの絵も夢二の絵もゴヤの絵も。 これらは「思いを寄せる」浪漫的な男の仕事だな、女は残さない、あるいは形を巧妙に変える。アナイス・ニンの作品を見れば……。北原ミレイの歌を聴けば……。 書き手と読み手の関係も「恋文の仲」……これに同じ。 書き手は読み手を求め、読み手は自分に合う書き手を求めている。 書く人よ、請いせよ、乞いせよ、読んでくだされ、こうてくだされ、と。 それに叶うものを書こう、と思う心が色気となって文章に乗り移る、かもしれない。 神代の昔から、「乞い」し「請い」し「恋」をしてきた人間関係、女と男。シグナルを出し感じる男と女。
2008.02.08
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赤ちゃんの「こっち向いて」「おなかすいたよ」「遊びに行こうよー」から始まって、「いい高校へ行ってね」という母の願い、「これ、いいものですよー」という商売人、「さあ、最終日だよー、今日で終わりだよー」とメガフォンを震わせる店員、あるいは「何日から何日までの限定売り出し」も願掛けも祈りも、みーんな相手への「希求」「願い」「請求」「乞う」行動、心の働き、と言っていいだろう。 すなわち「乞う」とは「恋」。相手への関心、その深化・同化を表す。 添削小屋亭主としては、大店の生徒さん、隠居の生徒さん、恋している人妻、恋人募集中の女性、会社の会長などなどに「書くこと」とはすべて「恋文」「詫び状」「借用書(証)」で代表される、とお伝えしている。 その心は「本気かどうか」ということだ。 本当に相手を求めているか、本当にお詫びをしたいか、本気で金を借りたいか……。 政治家のなめらかなご説明、、お役人の捕まえどころのない用語、不祥事を起こした後のお詫び会見の言葉などには、その場限りの手練手管が見え隠れすような日本語と表情。 いかに掲げる「恋文」は切ない心をしきりに訴えている心情が行間ににじんでいる。 やま、と相手を呼んだ竹下夢二(こちらは、かわと呼ばれた)が画学生の笠井彦乃(本名・しの)にあてた恋文の一文である。 竹久夢二の恋文 手紙二通とも拝見。情義をつくした文面、いぢらしくもたのもしくもおもはれて、よんでしまつてから煙草のむ咽喉のふさがるのを覚えた。おとなしくその日のくるのを待つて居よふ。七日といつても玉葉の帰つてくるのは月半になるとおもはれる、それだつておとなしく待つて居ります。ほんとう言へば玉さんだつて女だからお察しはないが男といふものは――いや此頃のこのもどかしい私のだゞつ児は、女の肌に遠い性的不安と、またそのために何も出来ない怠慢から来る創作慾の混乱と滞渋に原因してゐることは誰れも知つて呉れない。また言へもしない。だからその心持を単純に言ひあらはすと「生活に欠陥がある、やまに逢ひたい、やまと寝たい、いつまでもいつまでも、そして輝くやうに起き出て、ほのかななつかしい氷つた涙のやうな製作をしたい。」 それで、「たゞもう早くきてほしい、何が何でも逢ひたい」となるのだつた。 言ひわけのつもりでこんなことを書いたら、また、早く逢ひたいと書きたくなつた。 やま御免ね。 一番賢い方法は、いまのところやまが一番よく知つてゐるんだから安心して(内心悄然としてだが)待つてゐるよ。ときたま外へ出るといろんな女が目につく……女といふよりは (以下 略。全体の半分くらいを再掲) そして着物が目に入る」と書かれ、相手にどんな着物を着せようか、とつづっている。 逢いたい気持ち、すなわちこれは、作品が読者との間に結ぶ<恋愛関係>とも言えよう。 読んでー、こっち見てー、と書き手は乞うている。恋をしている。
2008.02.08
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先のメールの「九官庁」は変換第一に出る文字で、よもやと思っていました。 出るのですねえ、出てしまうのですねえ、こんなのが入っているんですねえ。信じちゃいけないんですねえ、自分で自分らしく書くしかないんですねえ。手で書けばこんなことは起きようがないんですよねえ。 当然、「旧官庁、違う、旧官庁、……違うってば。VISTAは、九官鳥(鳥だけを入力)を出してくれないの! 出せないの? 知らないの?」 どうしてなんど「変換」しても「旧官庁」なの?
2008.02.07
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ハムスターのチルチルは、九官庁の餌を食べて生きている。 しばらく前に、インコの餌と九官庁の餌を混ぜてやった。 ひまわりの種が減らない。去年の終わり頃から。 それで、腹が減っただろう、と念のために九ちゃんの餌を入れておいたら、いつの間にかなくなっていた。 バイクが止まった。霙が降っていた。某新聞が集金に来た。外出から帰宅したこちらが玄関のかぎを開けている時だった。 家人を呼んだ。若い男性は、金を受け取った。伝票を切ろうとした。サインをしようとした。手に息を吹きかけた。指が動かないようだった。「手袋は?」「お客さんに失礼だからはめないんです」「客の前だけではずせばいいじゃないか」「はい、でも」 痛々しかった。切なかった。健気だと思った。 頑張れよ、と祈った。
2008.02.07
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小学1ねん文章題ふと窓の外を見れば、あ、雪が振り出した。 たった一日の太陽さんのお顔だった。 猛烈な勢いで小説を書いていた日々。 ふっと、今朝がたまでやっていて、つまらなくなった。なんだ、いいと思っていたが、この程度の出来だったのか、と。 ある意味では、ひょっとして書きたいことがなんとか出たのかもしれない、と短い眠りの後で雪の降る気配に身を震わせながら、我を慰める。 第一稿が出来たのは、思いがけない早さだった。 だが、それからが手入れの日々。朱、朱、朱。 こんなことを書くつもりでブログを開いたのではなかった。 小説を書いていると、ブログを書く気持にまったくなれなかった、ということをお伝えしたかった。 これからは『エッセイ・小説入門』の第二編にかかる。 たぶん、みなさんにお目にかかれる機会も激減するか、と。 いずれにしても、生きた文章、自分の文章、ということを思いつつ、文字を連ね思いを重ねていこうと、これから先の日々を思う。 小学3年文章題 小学4年文章題
2008.02.06
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