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こころも身体も美しい人。 時に鏡の中で二人して並ぶ。 鏡が恥ずかしがって曇ってしまった。 なぜこの世には女と男がいるのだろう。 うん? くだらない問いだと? そうだろうか。 生きることにただただ貪欲なだけでは、世の中はどんなに殺気立ち、無味乾燥な地平が広がるだろう。 こころのおしゃれ、からだのおしゃれ。日本語はダメか2のショッピング
2008.09.29
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街へ出るのが嫌になるときもある。特に、駅の階段を上がり下りするハイヒールの音がまがまがしい。 電車を待っている親子がいた。 上のお姉ちゃんがじっと線路を眺めおろしていた。やがて脇にいる母に尋ねた。「どうしてあんなに石が積んであるの」 背は高いが、二年生か三年生くらいだったろうか。 三人とも、プラットフォームの端っこに立っていた。「あるからあるんでしょ」 駅から路上へつながる階段を下りかけた小学生がちょっと立ち止まった。 後ろからやってきた女が近づいた。下を見ていた子がちょっと顔を上げた。 女がランドセルを背負ったその子の頬をぴしゃっとたたいた。 唇をかみしめていた子は、やがて涙を流し始めた。 多分、母と子だったのだろう。 数人の子どもたちが追いついた。その子は細い指でそっと頬をぬぐった。 女は笑顔を浮かべて子どもたちに話しかけた。 一人で歩かないで、みんなを待ちなさい、とでも言うことだったのだろうか。 でも時には、心和むような光景を目にする。 公園を出ようとしている母と子がいた。 数歩歩き出した幼子が、両手を差し出して「かっこ」と言った・「えー、歩く約束でしょ」 若い母が言った。「かっこ」 と幼子は母を見つめた。「重いのよ、君はこの頃」 少しかがんで抱き上げた。「オーレ」と幼子はきれいな声で言った。 太陽が輝いた。雲が動いた。楽天ダウンロード楽天ダウンロード楽天ダウンロード
2008.09.29
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家人はコレステロールが高いとかで、すべてが薄味。 何を食べてもうまうない。 何かおいしいものを食べたいなあ。
2008.09.28
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人間、家族……。 この基本がなぜかうまくいかない日々。 若い日の女と男の身体は合っても、それがずっと続く保証はなされていなかった。言葉や思いは右左でも、肉体は黙って合っていた。 だからこそ、神や仏の前で「愛」を誓った、のか。 「愛」とは心の分野であって肉の領域のものではないのかもしれぬ。 イキル、とは、その後始末という別語かもしれぬ。、 人は、ひとり。ひ と り。独り。
2008.09.26
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日付が25日となっていたのを26日に正して再度公開。「日本語はダメではない、死んではいない」(下) 自動で日付は切り替わらなかった。 システムがお利口でないのか、コチラが下手なのか。 ああ、世襲。跡継ぎ。
2008.09.26
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ああ、世襲。跡継ぎ。
2008.09.25
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夫から悪い病気を移され、男医者によって診察される恥ずかしさから、自ら医者になろうとした一人の女がいた。明治の中期のことだった。「日本語はダメではない、死んではいない」(下)では、彼女が書いた文章が引用される。 漢方を学んだ者や産婆が医者まがいのことをする例はあった。が、西洋医学を学んだ女性が医者になれば、日本初の快挙であった。 試験を受けようとする彼女の目の前に次から次へと障碍が立ちふさがった。 願書却下。 願書却下。 願書却下。 彼女は、たびたび跳ね返された心境を『女学雑誌』につづった。「日本語はダメではない、死んではいない」(中)では、明治18年(1885)創刊の『女学雑誌』に触れておきたい。 ウィキペディアより。 1885年7月20日に万春堂から刊行された。10号までの発行元は万春堂であったが、翌年、編集人・近藤の死去によって巌本善治が編集人となり、11号以降は発行元が女学雑誌社へと移る。なお、1903年の442号以降は青柳有美が編集人となった。[編集] 啓蒙書としての出発「欧米の女権と吾国従来の女徳とを合せて完全の模範を作り為さん」と発行の主旨に掲げたように、女性の啓蒙を目的とし、キリスト教の立場から女性の地位の向上と権利の拡大を目指した。初期は巌本に加え、内村鑑三や植村正久や成瀬仁蔵などの、キリスト教の立場から論じる人々による女子教育論が発表され、廃娼運動を主張する中心的存在となった。しかし、次第に文芸的な内容へ傾き、石橋忍月や北村透谷や平田禿木や山田美妙、内田不知庵や磯貝雲峯や星野天知などの文筆家陣によって執筆されることとなる。なお、中島湘煙や三宅花圃なども寄稿している。[編集] 子供のはなし当時の主宰であった巌本は、読者対象とする母親の子育てを重視すると共に児童の人格を認め、母親が子供に語るために適した話の材料を提供することをねらいとして、1888年の第9号からは「子供のはなし」欄を設けた。後に「小供欄」と表記が変わり、1889年の第160号からは「児籃」と改題されたが、その中心となって活躍したのが若松賤子で、227号から45回に渡って連載した『小公子』は後の翻訳児童文学に大きな影響を与えた。この試みは、『基督教新聞』にて「子児之話」欄が創設されたことや、その以前から発行されていた、家庭向けの小冊子『喜の音(よろこびのおとずれ)』に影響を受けたものとされている。[2]雑誌の性質上、娯楽性には欠けていたものの、イソップ童話やグリム童話やアンデルセン童話など、外国文学の翻案も紹介された。[編集] 赤表紙・白表紙やがて、従来対象としていた主婦層に加え、青年男女層の読者層を抱えることとなり、保守的とされる主婦層と、新進的とされる青年男女層双方の支持を得るために刷新が繰り返された。1892年の320号からは赤表紙版と称される「甲の巻」と、白表紙版と称される「乙の巻」へと分離し、それぞれ同一号数のものが隔週で発行された。青年男女層を対象とする「甲の巻」に対し、「乙の巻」は主婦層を対象とし、「児鑑」もこの版に掲載されることとなった。1893年4月には「甲の巻」が『評論』と改題され、「乙の巻」が『女学雑誌』として隔週ごとに発行された。後に、北村や平田は文学の自立を掲げて巌本から離れ、『文學界』を創刊することとなる。やがて週刊から月刊へ変わると、子供への作品の提供をねらいとする「児籃」などのような欄はなくなった。[編集] 終刊および終刊以後日露戦争が開戦となった直後の1904年2月に、予告のないまま終刊となった。なお、臨川書店から復刻版が2回に渡って発刊されている。 日本で最初に刊行された女性向けの雑誌で、現状に飽き飽きした男女の共感を得た。市民的男女同権論、婦人の職業的独立の必要を説き、明治中期において啓蒙的な役割を果たしたようである。 次回は、『女学雑誌』345号に掲載された「ある名文」を引用したい。
2008.09.25
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片道三時間の旅。 母を訪問。 9月24日の誕生花は「チョコレートコスモス」 花言葉は「恋の思い出」です♪
2008.09.24
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V.A.V.A.『素顔のままで(ビリー・ジョエル)(オルゴール)』 以下の記事は、小生がかかわっている文芸同人誌のHPに掲載される予定のものの一部であります。 古今和歌集の仮名序には、以下のようなことが書かれています。 やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。世中にある人、こと、わざ、しげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこ(男)をむな(女)のなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。 我らの先輩は、良いことを言ってくれました。「やまとうた」を「散文」あるいは「小説」「エッセイ」と置き換えれば、今の世にも十分に通じるものでしょう。 1000年2000年で、ヒトのココロがそう変わってしまうものではありません。 思うこと、感じることはそのままでしょう。着る物や食べ物や道具が多少変わったところで。 人と人の間に生きていれば、何かとまあ「事」や「わざ=日々の苦労」が多い。見るもの聞くものが増えていく。そのたびに「人の心を種として」滝のように、激流のように沸いてくる「思い」「言葉」「文字」。 あっ、いい女。あれっ、いい男。あっ、夕焼けがきれい、蟻が蝉の羽を引っ張っていく……。 愛しい、恋しい、感動した、悔しい、裏切られた、嬉しかった、電車の中で化粧などするな、それは恥ずかしいところを人前で見せているような……などの思いが胸の中をかき回す。 そういう「生きた感情」を持たないヒトが、この世に存在するでしょうか。 生きた感情に揺すぶられれば、誰かに喋りたくなる、メールを送りたくなる……。 「俄」の会では、胸の奥にあるもろもろの感情、思考、感慨、思いを文字に託そうと願うオトナたちが集まっている熱い会です。 仮名序にはまた、以下のような歌を掲げられています。 わがこひはよむともつきじありそ(荒磯)うみのはまのまさご(浜の真砂)はよみつくすとも 人を恋しいと思うこの思いは、吐きだしても吐きだしても吐き出しきれない。書いても書いても書ききれない。浜辺の砂などは数え上げることが出来たとしても、ココロの奥のこの思いは、途絶えることがない。 講師(teokure9753)は「書くことは恋することだ」とよく口にします。 もう一人の自分に、あるいは、題材上の恋人に、あるいは現実の愛しい人に向けて思いを綴る……。 そして、読む人もまたである、と。 書き出せない? では、自分宛に手紙を書きましょう。日頃の思いを込めて。 10行書けば50行書きたくなってきます。50行書けば……。 あなたの作業の始まりです!! 相手に伝えたい、と言う思いが強ければ強いほど、胸の奥に眠っていたものが言葉を求めて駆け上がって来ます! 時には、思いが強まるごとに「誇張」「虚構」「うそ」が混じって働こうとします。 これらは「想像力」という言い方でまとめれば無難ですが、講師は「うその効用」などと表現します。 さらにまた「題材と文章」と講師は口角泡を飛ばして言います。「題材と文章がぴったり合わないと、作品は生きてこない。平べったいままだ。題材がいかに良くても、文章がダメでは読まれない。『題材と文章』は男と女。女と男。文章だけがいい、などというのはあり得ない。単純に『うまい』文章などは追求しなこと」と。 さあ、あなたの中に眠っている「思い」を「ことのは」に乗せましょう、託しましょう。 書いて提出しましょう。どのような評価が与えられるか、講師の朱を楽しみにしましょう。「折々の歌」の著者・大岡信さんも次のような発言をしている(NEC WISDOM)。 ──詩歌の背景にある思いや感情は、例えば万葉の時代と今日とでは大きく変化していると思われますか? 大岡 人間は悲しい状態に陥るということが常にあり、そうするとその悲しみについて歌うわけですね。しかし、歌の中で悲しみの原因に言及することはまずありません。それを言うことは恥ですからね。だから、読み手は悲しみの原因を想像してみるしかないのです。原因は組織にあるかもしれないし、家族にあるかもしれない。それは分かりません。 ただ確かなのは、歌で表現されている本質的なものは、『万葉集』の時代から今日まで少しも変わらないということです。人間の本質とは、そうそう変わるものではないのです。 怒涛のようなメール、土石流のような送信ばかりを眺めていないで、書きたい人よ、さあ、書きたい人は、一行を書き始めましょう。
2008.09.22
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ZARD『運命のルーレット廻して (オルゴール)』急激に寒くなった朝方。 朝型のこちらにとっては、辛い時間帯。 朝青竜、何かと話題になる。引退、などという文字さえ躍っている。個人的には好きなのだが。長い間、一人で協会の看板を背負って頑張ってきたのだからなあ。拳骨偏に無理と書く世界で。 嫌いな人が多い。 ヒール、というのか憎まれ役、というのか、そういう人生の位置にいるのか。 そしてこんな時、<孝行息子>というか、対比される役回りのライバルが現れる。それもその人の人生の位置。 さて、この自分の位置は? 沈香も炊かず屁もひらず、って言うが、それにしてもあの五人組は、いったいどこを向いて誰のために何をなさっているの? 暇なの? みそを作っているの? 特製手前みそ。 香りもしない花を並べて持ち歩いている感じ。四角い箱を持っていて、パン、ドラ、ドラ、パンと気合いだけは元気そう。 おや、美味しそうな和菓子を並べて何か口上を並べている。が、手を出そうとすると、さっと引っ込めてしまう。 お前さんには食べさせないよ、と。 顔の分かっている身内にだけ? 縁の遠くなった名前だけの仲間にだけ? それにね、なんで横に並んで少しだけはいる<お客>に向かってしゃべっているの? ただの顔見せ? 格子の向こうから、ねえ、クニタミさん、寄ってらして、と呼んでいる籠のカラス? お互いに向き合って、もっと客筋について自分たちについて理想・希望を戦わせたら? 横に並んで目線を合わせずにいるバヤイではないだろうが。 ほんとにダメな日本語の使い手たち。良家のボンボンたちの、あるいは小さな池をあちこちと渡り歩いて餌をあさっているメンドリの、内内のお言葉の羅列。 セイジという井戸の世界でしか空を見上げたことのない<カワズ>という希少動物。学名、専門馬鹿。野望という包帯で、ショミン見下ろしという絆創膏で切れかかっている大動脈をぐるぐる縛ってこらえている。 宰相、という重い漢字が漢字が漢字が限りなく最少になって遠のいていく。 詰め込まれた教養だけの頭、〇(ゼロ)の多い数字に化けているだけのお金感覚、血の通っていない言語感覚のボンボンたちとメンドリに、クニタミの、ショミンの何を感じ取れるだろう。 五人組を取り巻いて飾ってある花は造花。匂いもしなければ、風となじんで揺れることもしない。 その中にいるおひとりに血の繋がっている偉大な先祖がいらっしゃる。 そのお方が残したウタを、空々しい言葉の切れ間を待って(そんな間があれば、の話だが)平伏して進呈しようぞ。 やは肌のあつき血潮に触れも見でさびしからずや道を説く君 あの五人だけで誤認されないような国を作ってそこで横並びになってお暮しになってはいかがかな。 政府って何? 首相って何? いつまで? マスゾエ大臣がアソウさんとも話はついている、とか言ってボロボロしゃべっている、って、ありゃ、なんぞな? 次の内閣がやるだろうとは? あなた何者? ダイジンは「推測」などでものを言ってもよろしいノンかいな。 なあお前。ぶつぶつ言ってないで机の上を片づけて心静かに。
2008.09.22
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なんだかとても会いたくなる時がある。 バイク王よmmm、ちーちゃんよ、銀よmmnn、恒松先生よ、片岡さんよ、あきよ、みどりよ、たまよ。 ネアンデルタール人とクロマニヨン人が出会いすれ違うとき、縄文人と弥生人がすれ違い出会うとき、何が起きて何が起こらなかったのだろう。 日本古来人と渡来人が出会いすれ違うとき、何が生まれ何が失われたのだろう。 韃靼人とサクソンが出会いすれ違うとき、そこにはどんな<文化><恋情>が失われ生まれたのだろうか。 今、日本人は何を失い、何を得ようとしているのだろう。 個人の思いや願とは違った大きな大きな石が働くときがある、そんな予兆的なときが「今」ではないだろうか。いきものがかり『コイスルオトメ オルゴール』MUSIC BOX ANGELS『空も飛べるはず (オルゴール)』ザ・ビートルズ『プリーズ・プリーズ・ミー/Please Please Me (オルゴール)』
2008.09.13
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「有害米 近く強制捜査」 ある日のある新聞の夕刊の一面に踊った大見出し。「三笠フーズなど二社」 しかし、ここまで<事故><事件>を広げてしまった農水省の責任はどうなっているのだ。 もっと早く食い止めていれば。 国は、何も責任を取らず、民間になにもかもかぶせてしまっている。 もし、なんらかの「処分」をしているのなら、公表すべし。aiko『雲は白リンゴは赤 (オルゴール)』オルゴール『千の夜をこえて (Aqua Timez)』ザ・ビートルズ『プリーズ・プリーズ・ミー/Please Please Me (オルゴール)』
2008.09.13
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よくもまあ、べらべらと言い訳ばっかりするもんだ。 講義を終え、帰宅した。途中で会った親友と電車が一緒だった。会話がはずみ、満足して電車を降りた。友は飛行場へ向かった。また近いうちに会うことを約束した。 じきに気分は壊れた。 こちらはまだ世間とのつながりが深い。連絡も入る。その内容がはっきりしないことには、仕事を失うかもしれないのだ。気分を害されたのは、以下のような馬鹿げたやり取りからであった。「原稿読みをお願いします、という電話があって」「ああ、あの島田さんか、いろいろ電話してくるあの女の子」「いや、男性だった」「名前は?」「えー、えー」「誰」「えーと」「ちゃんと名前くらい覚えておけ。わからなければ聞きなおしてメモしておけ」「いつもそういう電話には出ないのだけど」「……」「夜分には帰るって言っておいたけど」 相手先は目星がついたからいいものの、話をするのも嫌になった。これが初めてではなかった。これまでも何度もあった。メモしてある電話番号が間違っていたこともあった。 いつもならそういう電話に出ない? えー、電話の音によって内容を選べるのか。それほどの能力があるのか? では、どういう電話なら出るのか。「言い訳ばかりするな」 きつい声が出てしまった。 黙れ黙れ黙れ。 こんな言い訳は、もうどうでもいい。いくら言っても治らない。 つい最近、はるかにどす黒い言い訳があった。辞任を表明した宰相の言葉である。 野党が話し合いに応じてくれなかった。かわいそうなくらい苦労しているんですよ。他人事のような辞任の弁、だって? あなたと違って私には冷静な観察力があるのです。 これが一国の宰相の辞任の言葉? いやいや火中の栗を拾わされた? 最後の言葉は、中国新聞の記者が質問したことへのまことに聞き苦しい、まことに見苦しい反論・光景だった。 二年足らずで二人の宰相(ああ、軽い安い宰相の座)の辞任。 さいしょう、と入力すると、まず「最小」が出てくるのはほんの偶然だろう。機械めがそんなことを意図するわけがない。 辞任なんて言葉で表現できるような呑気な事態ではない。放棄、投げ出し、捨て逃げ、戦線離脱、とんずら、いち抜けた。 それでまだあの仰々しい建物の中には安穏としていられるの? 二人とも、親が苦労して築きあげた<土俵>を美味しく頂いた口あんぐり二世議員。 こんなに軽いのか。名もない専業主婦の言い訳よりも薄汚い。 二世議員は全体の52パーセントにも達しているらしい。 提案がある。 二世議員が立候補する場合は、当選しても、衆議院一期(ここでも「一揆」が出てきた)、いや二期、参議院一期、と限定すべき。しかも供託金は、二倍、と。そして、二か月に一回は、TVで活動を報告。 それでも政治に身を捧げようという熱い二世三世がいたら、くにたみは拍手をもって迎えるだろう。 小さな池を住処とする渡り鳥議員も話題になっている。いつも権力の近くにすり寄って生きてきた、らしい。 われにはたった一票の紙しかない。でも、猛毒を含んでいる。
2008.09.05
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「ページでエラーが発生しました」
2008.09.04
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「日記を書く」ページを出すまで大変な手続き。「待機中」の次は「あと何項目」が出る。時間がかかる。 突然、300台から20数項目へ飛ぶ。 それからまた時間がかかる。 最後に「1項目」でまた時間がかかる。 これはこちらのパソコンだけの問題か。 しかも「ページでエラーが発せ押しました」というメッセージが出ている。 構わず、文章を書いて「公開」をクリックする。
2008.09.04
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辞めた二人の首相には、理想もなければ美学もなかった。
2008.09.04
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お天道様……ってなんてすごい言い方だろう。 世界にもこれに近い言葉はあるのだろうね。 お天道様は見ている。 いい加減にしたら、と思った。二年足らずで二人の首相の放り投げ。ひどいねえ、ひどすぎる。(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ! 会社だったら、放り投げた社長は会社を即座に去るのでしょう。しかも、男の意地も美学も感じられない言い訳だけ・恨み節だけの退陣の弁。安倍さんも福田さんも、そのまま議員として居座る、つもり?(*゚∀゚)っ 二人を「選挙に勝てる顔」として出した「自民組」が組織として機能しなかったのだから、その組からまた親方を出す……って、お呼びじゃないよ。国民を馬鹿にしているとしか思えない。集団暴力だよ、これ。 選挙に勝つ、という目の前のえさを投げるだけの工事人集団。自分たちの仕事が手に入ればいいのね。濁流が暴れる川の周りに住んでいる地元民のことなど、どうでもいいのね。 藩主(国民)から堤防工事を請け負ったの親分が仕事を放り投げた。では、その組にはもう仕事を回さない、というのが筋だろう。だって、仕事が出来ないんだもの。 なのに、また同じ組から丸い顔長い顔白い顔がノコノコと「仕事やらしてください」だと???? もう仕事は頼めないよ。
2008.09.04
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優勝。どうしてしまったのだろう。急停車。もっともっと情報が欲しい。
2008.09.04
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力を出す? また投げ出す? なんだか二人とも、我慢のきかない「お坊ちゃま」って感じ。 誰かに、ああしろ、こうしろ、と言われるのに慣れすぎたような。
2008.09.01
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二年弱で二人の首相の辞任。 二人とも、地盤・看板を親から受け取った二世議員。
2008.09.01
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