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彼のボスもそうだが、菅官房長官は自らに権力があることを自覚し自重するどころか、権力をちらつかせて反対者を黙らせることに躊躇がない。ヤクザと同じ。朝日バッシングに見られたように、マスコミも団結して横暴な権力と闘うどころか、同業他社を叩く好機とばかりに尻馬に乗るのだから始末におえぬ。 権力を笠に着るタイプの人間に政治権力を与えては絶対にダメなんですよ。なぜなら権力は良い方に使えば効果も絶大だけど、悪用されたら破壊的な威力を発揮するので。だから権力の暴走を抑えるために三権分立や憲法や報道があるわけだが、それらも骨抜きにされっぱなしだからひとたまりもない。 日本のデモクラシーがこれほど脆いものだったとはね。なかなか受け入れがたいけれど、もはや認めざるを得ない事実だと思う。 先週27日のテレビ朝日系「報道ステーション」で、降板をめぐる官邸やテレ朝上層部からの“圧力”を暴露した元経産官僚の古賀茂明氏(59)。「I am not ABE」と書いた紙を掲げ、強烈な最後っ屁をかましたが、古賀氏はまだマシかも知れない。 この春の番組改編で、民放各社の報道・情報番組のコメンテーターから、安倍政権に批判的な論客は静かにほぼ一掃された。今や、反安倍論客はテレビ界の「絶滅危惧種」といってもいいほどだ。 報ステでは、月~木曜のコメンテーターだった朝日新聞の恵村順一郎論説委員も3月いっぱいで降板する。昨年9月放送の慰安婦問題の検証で、「慰安婦問題は消すことのできない歴史の事実」とコメントしたのが、同10月のテレ朝の番組審議会で「ちゃぶ台返し」と非難された。ちなみに、審議会委員長の見城徹・幻冬舎社長は安倍首相の「メシ友」だ。 また、古賀氏と同じく「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明・宣言」の賛同人である精神科医の香山リカ氏も、3月をもって9年続いた日本テレビ系「スッキリ!!」のコメンテーターから外れた。香山氏は昨年、安倍首相の集団的自衛権の行使容認会見を「欺瞞的」と切り捨てていた。 ほかにも、安倍政権の解釈改憲を真っ向から批判している作家のなかにし礼氏や、「秘密保護法は戦争できるようにするための法律」と喝破したジャーナリストの鳥越俊太郎氏。原発事故後に東電と国の原子力行政を批判してきたジャーナリストの上杉隆氏や岩上安身氏らも、地上波から完全に姿を消してしまった。■今の民放キー局に“意見は不要”の自粛ムード「私も民放キー局から、だいぶ干されています」と打ち明けるのは、経済アナリストの森永卓郎氏だ。森永氏はアベノミクスに否定的な立場を明確にしている。 「古賀さんのように官邸にニラまれなくとも、今の民放キー局には政権批判の自粛ムードが蔓延しています。広告収入は激減、制作費は大幅カット、少数スタッフで番組作りを強いられる現場は『始末書』を書く余裕すらない。裁判やBPOに訴えられたら面倒だ、とハナから厄介事を避ける風潮が強い。だから、コメンテーターには政治に波風を立てて欲しくない。いわゆる“左派”に限らず、コラムニストの勝谷誠彦さんや独立総合研究所の青山繁晴さんなど過激な“右派”も干されてしまうのです。元NHK記者の池上彰さんや、予備校講師の林修さんが重宝されるのは、政治的意見を極力抑えて、誰からも批判されないように時事ネタを解説するのが上手だから。今の民放キー局に“意見”は不要なのです」 かくして報道・情報番組のMCやコメンテーターには、ジャニーズのタレントやよしもと芸人ばかりが増えていく。今のテレビは「言論の自由」を自らの手で握り潰している。
2015.03.31
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自民党の三原じゅん子参院議員が、国会質疑で「八紘一宇」というスローガンを「日本が建国以来大切にしてきた価値観」として紹介し、波紋が広がっている。この言葉は、元々は「世界を一つの家とすること」という意味で登場する。 だが、それが派生する形で「侵略を正当化するために使われたスローガン」だと受け止められることも多い。 早くも韓国では、「侵略戦争のスローガンを礼賛」などと批判が出ている。 三原じゅん子参院議員はブログで「八紘一宇」の意味を改めて説明した。 元々の意味は「全世界を一つの家にする」 三原氏は2015年3月16日の参院予算委員会で、アマゾンをはじめとする多国籍企業の課税回避の問題について質問する中で、“「そもそも、この租税回避問題というのは、その背景にあるグローバル資本主義の光と影の、影の部分に、もう私たちは目を背け続けることはできないのではないか」 と問題提起。その後、「八紘一宇」という単語を持ち出した。“「そこで、今日、皆様方にご紹介したいのが、日本が建国以来大切にしてきた価値観『八紘一宇』」「八紘一宇」とは、日本書紀の文言をもとに戦前の宗教家、田中智学が1913年に使い出した言葉だ。「八紘=8つの方角=全世界」「宇=家」を意味し、「全世界を一つの家にする」という意味だが、三原氏は「昭和13(1938)年に書かれた『建国』という書物」から引用しながら、こう説明した。“「八紘一宇とは、世界が一家族のように睦(むつ)み合うこと。一宇、すなわち一家の秩序は一番強い家長が弱い家族を搾取するのではない。一番強い者が弱い者のために働いてやる制度が家である。これは国際秩序の根本原理をお示しになったものであろう。現在までの国際秩序は弱肉強食である。強い国が弱い国を搾取する。力によって無理を通す。強い国はびこって弱い民族を虐げている。世界中で一番強い国が、弱い国、弱い民族のために働いてやる制度が出来た時、初めて世界は平和になる」「麻生大臣! この考えに対して、いかがお考えになるか」 国会図書館のデータベースによると、この「建国」という書物は、国家主義思想団体「創生会」を結成し、後に九州日報社(現・西日本新聞社)の社長を務めた清水芳太郎が1938年に出版した『建国』のことを指しているようだ。 引用部分を読み終わると、三原氏は麻生太郎財務相に、こう賛同を求めた。“「これは戦前に書かれたものだが、八紘一宇という根本原理の中に、現在のグローバル資本主義の中で、日本がどう立ち振る舞うべきかというのが示されているのだと、私は思えてならない。麻生大臣!この考えに対して、いかがお考えになるか」 これに対して麻生氏は、“「日本中から各県の石を集めましてね、その石を集めて『八紘一宇の塔』ってのが宮崎県に建っていると思いますが、これは戦前の中で出た歌の中でも、『往(い)け、八紘を宇(いえ)となし』とか、いろいろ歌もありますけれども、そういったものにあってひとつの、メインストリーム(主流)の考え方のひとつなんだと、私はそう思う」 「こういった考え方をお持ちの方が、三原先生みたいな世代におられるのに、ちょっと正直驚いたのが実感」 などと話し、「八紘一宇」の考え方を現代にどう反映させるかについては答弁を避けた。「八紘一宇」の文字はGHQの指示で一度は削られた 三原氏や麻生氏は言及しなかったが、この「八紘一宇」という単語は1940年の閣議決定では大東亜共栄圏の建設とあわせて言及され、その後もたびたび大日本帝国の戦争遂行のスローガンとして用いられてきた。 麻生氏が言及した「八紘一宇の塔」は、正式には「八紘之基柱(あめつちのもとはしら)」といい、太平洋戦争開戦直前の1940年に完成。敗戦後の1946年に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指示で「八紘一宇」の文字が削られ(1965年に復元)、塔の名前も「平和の塔」に変更されたという経緯がある。 広辞苑の第6版を見ても、「八紘一宇」は“「世界を一つの家とすること。太平洋戦争期、日本の海外進出を正当化するために用いた標語」と説明されており、今では戦争と切り離して考えることは難しい言葉だとも言える。 そのため、韓国では早くも発言が、“「過去の日本の侵略戦争を正当化するスローガンとして使用された『八紘一宇』を礼賛するような発言をして問題になっている」(YTNテレビ) などと否定的に報じられつつある。 菅義偉官房長官は3月17日午後の会見で、“「(三原氏の発言を委員会の現場で)最初から聞いてれば、租税回避の発言の中で引用されたと思っていたので、従来の意味合いとかニュアンスとは違う意味で使われたと思っている」 と述べ、三原氏に戦時のスローガンを擁護する意図はなかったとの見方を示した。 三原氏は同日朝にブログを更新し、国会で読み上げた『建国』の一節を掲載。「侵略のスローガン」といった指摘に対し、直接の反論はしていない。
2015.03.18
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. 不用意な欧米化を戒めた西郷 西洋かぶれした長州の俗人 世相を斬る あいば達也 本日は、傲慢と云う精神的病に冒されているお人の話から遠ざかろうと一大決心をして、清涼の一服なコラムを紹介する。たまには、生臭さから逃れたくなると云うものだ。 魚住昭のコラムは、常に人間的で温かい。今回も、まもなく桜で賑わうであろう上野のお山話題だ。同氏がコラムの終わりの方で、西郷隆盛について言及し、≪それにしても、と私は思う。維新最大の功労者・西郷は自ら樹立した政府になぜ反旗を翻したのか。どんな日本を作りたかったのか。夕空に屹立する巨大な銅像が、近代史の謎の塊のように見えた。≫と締め括る。 今どきは書店の覗いても、吉田松陰本が矢鱈目につく。長州か。筆者は、ついつい傲慢な病に冒された宰相に思いが及ぶ。 それにしても、幕末から維新にかけて、長州などは後からついてきた田舎侍の印象があるのに、なぜか何時の間にか、庇を貸して母屋を取られるように、「幕末の三舟」も「維新の三傑」も「維新の十傑」も、多くは影が薄く、洋行帰りの西洋かぶれなテロリスト集団に、明治政府は牛耳られることになっしまった。筆者はなぜか、そういう印象で明治維新を受けとめている。日本民族の魂を捨て、西洋かぶれに邁進する歴史の大転換だったのだろう。 維新の人々を評価するにしても、吉田松陰とか長州のテロ集団を美化しすぎた司馬遼太郎などは、産経の記者上がりそのもので、史実をこれ程捻じ曲げ、西洋かぶれの右翼思想を蔓延させた人物はいないだろう。 おそらく、混乱の幕末から明治のことだから、あまりにも利害得失が入り乱れすぎて、真実にたどり着くのは困難なわけだが、松下村塾や長州人が、明治維新を成し遂げたように演出された日本と云う国には、歪みを抱え込んだまま、時代を唯々諾々と重ねてきた宿痾があるようで、どうもスッキリしない。 スッキリするのは、「南洲翁遺訓」だろう。その幾つかを参考引用するが、この遺訓の中に、その維新によって「捨ててきたもの」が何であるかが偲ばれる。 遺訓4:萬民の上に位する者、己れを愼み、品行を正くし、驕奢を戒め、節儉を勉め、職事に勤勞して人民の標準となり、下民其の勤勞を氣の毒に思ふ樣ならでは、政令は行はれ難し。然るに草創の始に立ちながら、家屋を飾り、衣服を文り(かざり)、美妾を抱へ、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられ間敷也。今と成りては、戊辰の義戰も偏へに私を營みたる姿に成り行き、天下に對し戰死者に對して面目無きぞとて、頻りに涙を催されける。 現代語訳:国民の上に立つ者(政治、行政の責任者)は、いつも心をつつしみ、品行を正しくし、偉そうな態度をしないで、贅沢をつつしみ節約をする事に努め、仕事に励んで一般国民の手本となり、一般国民がその仕事ぶりや、生活ぶりを気の毒に思う位にならなければ、政令はスムーズに行われないものである。 ところが今、維新創業の初めというのに、立派な家を建て、立派な洋服を着て、きれいな妾をかこい、自分の財産を増やす事ばかりを考えるならば、維新の本当の目的を全うすることは出来ないであろう。今となって見ると戊辰(明治維新)の正義の戦いも、ひとえに私利私欲をこやす結果となり、国に対し、また戦死者に対して面目ない事だと言って、しきりに涙を流された。 遺訓8:廣く各國の制度を採り開明に進まんとならば、先づ我國の本體を居ゑ風教を張り、然して後徐かに彼の長所を斟酌するものぞ。否らずして猥りに彼れに倣ひなば、國體は衰頽し、風教は萎靡して匡救す可からず、終に彼の制を受くるに至らんとす。 現代語訳:広く諸外国の制度を取り入れ、文明開化を押し進もうと思うならば、まず我が国の本体を良くわきまえ、風俗教化を正しくして、そして後、ゆっくりと諸外国の長所を取り入れるべきである。 そうではなく、ただみだりに諸外国の真似をして、これを見習うならば、 国体は弱体化して、風俗教化は乱れて、救いがたい状態になり、そしてついには外国に制せられる事になるであろう。 遺訓11:文明とは道の普く行はるゝを贊稱せる言にして、宮室の壯嚴、衣服の美麗、外觀の浮華を言ふには非ず。世人の唱ふる所、何が文明やら、何が野蠻やら些と も分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り、西洋は野蠻ぢやと云ひしかば、否な文明ぞと爭ふ。否な野蠻ぢやと疊みかけしに、何とて夫れ程に申すにやと推せしゆゑ、實に文明ならば、未開の國に對しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開矇昧の國に對する程むごく殘忍の事を致し己 れを利するは野蠻ぢやと申せしかば、其人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。 現代語訳:文明というのは道義、道徳に基づいて事が広く行われることを称える言葉であって、宮殿が大きく立派であったり、身にまとう着物が綺麗あったり、見かけが華やかであるいうことではない。世の中の人の言うところを聞いていると、何が文明なのか、何が野蛮なのか少しも解らない。 自分はかってある人と議論した事がある。自分が西洋は野蛮だと言ったところ、その人は いや西洋は文明だと言い争う。いや、いや、野蛮だとたたみかけて言ったところ、なぜそれほどまでに野蛮だと申されるのかと強く言うので、もし西洋が本当に文明であったら開発途上の国に対しては、いつくしみ愛する心を基として、よくよく説明説得して、文明開化へと導くべきであるのに、そうではなく、開発途上の国に対するほど、むごく残忍なことをして、自分達の利益のみをはかるのは明らかに野蛮であると言ったところ、その人もさすがに口をつぼめて返答出来なかった、と笑って話された。 遺訓13:租税を薄くして民を裕(ゆたか)にするは、即ち國力を養成する也。故に國家多端にして財用の足らざるを苦むとも、租税の定制を確守し、上を損じて下を虐たげぬもの也。能く古今の事跡を見よ。道の明かならざる世にして、財用の不足を苦む時は、必ず曲知小慧の俗吏を用ひ巧みに聚斂して一時の缺乏に給するを、理財に長ぜる良臣となし、手段を以て苛酷に民を虐たげるゆゑ、人民は苦惱に堪へ兼ね、聚斂を逃んと、自然譎詐狡猾に趣き、上下互に欺き、官民敵讐と成り、終に分崩離析に至るにあらずや。 現代語訳:税金を少なくして国民生活を豊かにすることこそ国力を高める事になる。だから国の事業が多く、財政の不足で苦しむような事があっても決まった制度をしっかり守り、政府や上層の人達が損をしても、下層の人達を苦しめてはならない。 昔からの歴史をよく見るがよい。道理の明らかに行われない世の中にあって、財政の不足で苦しむときは、必ずこざかしい考えの小役人を用いて、その場しのぎをする人を財政が良く分かる立派な役人と認め、そういう小役人は手段を選ばず、無理やり国民から税金を取り立てるから、人々は苦しみ、堪えかねて税の不当な取りたてから逃れようと、自然に嘘いつわりを言って、お互いに騙し合い、役人と一般国民が敵対して、終には、国が分裂して崩壊するようになっているではないか。 遺訓17:正道を踏み國を以て斃るゝの精神無くば、外國交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、圓滑を主として、曲げて彼の意に順從する時は、輕侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。 現代語訳:正しい道を踏み、国を賭けて、倒れてもやるという精神が無いと外国との交際はこれを全うすることは出来ない。外国の強大なことに萎縮し、ただ円満にことを納める事を主として、自国の真意を曲げてまで、外国の言うままに従う事は、軽蔑を受け、親しい交わりをするつもりがかえって破れ、しまいには外国に制圧されるに至るであろう。 語録:「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難をともにして国家の大業は成し得られぬなり」(注:ここで云う“命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人”とは、幕末の三舟の一人、山岡鉄舟の事である)。 語録:人間がその知恵を働かせるという事は、国家や社会のためである。だがそこには人間としての「道」がなければならない。電信を設け、鉄道を敷き、 蒸気仕掛けの機械を造る。こういう事は、たしかに耳目を驚かせる。 しかし、なぜ電信や鉄道がなくてはならないのか、といった必要の根本を見極めておかなければ、いたずらに開発のための開発に追い込まされる事になる。まして、みだりに外国の盛大を羨んで、利害損得を論じ、家屋の構造から玩具にいたるまで、いちいち外国の真似をして、贅沢の風潮を生じさせ、財産を浪費すれば、国力は疲弊してしまう。 それのみならず、人の心も軽薄に流れ、結局は日本そのものが滅んでしまうだろう(注: もう一言の説明もいらない。洋行帰りの西洋かぶれ共に実権を握られた西郷の呵責も含まれるだろうが、明治大正昭和平成と、一層西郷の言う通りになってきている(笑))。
2015.03.18
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16日放送の「大人のKISS英語」(フジテレビ系)で、佐々木健介・北斗晶のファミリーが優れた外国語力を披露し、出演者たちを驚かせた。 番組では、芸能人の語学力チェックと称して、突然外国人から「携帯電話を拾った」との電話がかかってくるドッキリをタレントに仕掛けた。 最初にターゲットになったのは北斗で、外国人からの電話に始めは驚いていたが、簡単な会話を英語で交わした後、途中から電話の相手にスペイン語を要求した。 すると、英語よりもさらに流ちょうなスペイン語で会話を続け、ドッキリを見守るスタジオの出演者は驚きの声をあげた。北斗がスペイン語を話せるのは、過去にプロレス活動においてメキシコで生活していたからだという。 そしてスタジオでドッキリが明かされた北斗は、次のターゲットに夫の健介を指名した。健介も北斗と同じく最初は「は!?」と驚いていたが、状況を把握すると簡単な英語を使って会話をはじめた。しかし限界を感じたのか、近くにいた息子に助けを求めた。 その後、健介の代わりに電話に出た息子は、流ちょうな英語で会話し、外国人のさまざまな質問にも臆することなく答えた。 スタジオで様子を見ていた北斗は「うちの息子は天才だな!」と連呼しベタ褒めだった。驚くほどくっつかない!強さ2倍!スベ〜ル!セラミックフライパンセラフィット フュージョン 10...価格:18,144円(税込、送料別)
2015.03.18
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ドイツ紙・南ドイツ新聞は、メルケル首相の訪日について、「安倍政権は第2次大戦の反省問題にメルケル首相が言及することを恐れている」と報じた。9日付で中国新聞網が伝えた。 南ドイツ新聞は、安倍政権は右翼保守勢力を代表しており、日本の第2次大戦に対する態度を諸外国がどのように非難しているのか非常に敏感になっているとし、戦後70周年の記念日を控えて訪日を果たしたメルケル首相は、「朝日新聞基金会」で外交政策に関して報告する中で、第2次大戦にも言及する予定と伝えた。 戦争反省問題において、中国は日本を批判し続け、ドイツに見習えと促している。同紙は「中国に比べて軽く見られていることに日本は気付いている。メルケル首相は就任後、中国に7回訪問しているのに対し、日本は今回で2回目だ」と指摘した。(編集翻訳 小豆沢紀子) FOCUS-ASIA.COM
2015.03.09
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6日放送の「報道ステーション」(テレビ朝日系)のコメンテーターは、元経産官僚の古賀茂明氏だった。官邸からの圧力があったのか、「I am not Abe」など安倍政権に批判的な発言が影響し、3月末で事実上、コメンテーターを降板させられる見通しだが、6日の出演を巡っても、ひと悶着あったらしい。 5日、古賀氏が次のようなツイートをした。 <明日6日(金)報道ステーションに出演します。3月は、27日も出演します。この二回で最後です。4月以降は、篠塚報道局長が出すなと言ったので出られなくなりました。最後の二回、古舘さんにも番組でいろいろ聞いてみたいと思います> これにテレ朝は大慌て。 「古賀氏が降板の経緯などを古舘氏に聞くのではないかと恐れ、古賀氏の出演キャンセルも検討されたそうです。ただ、ドタキャンすれば、逆にいろいろ勘ぐられる。それで、古賀氏に『変な質問はしない』という条件をつけたようです」(関係者) それでなのか、放送では「安全保障法制」についてのニュース後に古賀氏が8分弱、ひとりしゃべり。「こういうことを言うと官邸に怒られるかもしれませんが」と前置きした上で、「日本の目指す道が『列強』だと思うなら『I am Abe』、平和大国なら『I am not Abe』と世界に発信しなければいけない」と改めて主張した。古賀氏と古舘氏の絡みはほとんどなかった。 古賀氏の報ステ出演は27日が最後になりそうだ。 「現場は続投を望んでいるが、局の上層部が許さない」(前出の関係者)という。テレ朝も安倍政権に“ひれ伏す”ようだ。
2015.03.08
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【安倍首相 今国会のムチャ答弁】(東京新聞 こちら特報部 3/3) 『地元の声、耳貸さず 声荒げ、論点を回避』 http://photozou.jp/photo/show/159841/219337144 開会中の通常国会は安全保障や労働者保護をめぐる論議など、重要案件がめじろ押しだ。しかし、議論の水準は目を覆いたくなるほど低い。とりわけ、安倍首相の答弁にはしばしば首をかしげる。 過去にも「(原発の)全電源喪失は起こり得ない」(二〇〇六年)などと発言してきた同首相だが、加速がついている。議院内閣制が成立するのか、とも疑いたくなる発言の数々を類型化してみた。1 二枚舌型 まず、答弁が明らかに現実と異なる例がある。原発再稼働をめぐり、首相は先月17日の参院本会議で、原子力規制委員会が新規性基準に適合すると認めた原発については「地元の理解を得ながら再稼働を進めていく」と答えた。 ただ、福島県は東京電力第2原発も含めた県内全基の廃炉を求めている。先の答弁に先立つ1月30日の衆院予算委で、この点をただした高橋千鶴子議員の質問に対し、首相は「廃炉は事業者が判断を行うもの」と地元の意向を後まわしにした。沖縄県の米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設についても同様だ。首相は先月12日の施政方針演説などで、「沖縄の方々の理解を得る努力を続けながら、移設を進める」と述べた。 だが、現状は三手の通りだ。移設反対を掲げ、昨年11月の沖縄県知事選で当選した翁長雄志氏は基地問題に関する要望で採算、上京したが、首相は新知事との面会を事実情拒否。辺野古の海上で抗議活動を続ける市民等は、海上保安著王に連日、拘束されている。2 すり替え型 過激派組織イスラム国(IS)による日本人人質殺害事件では、首相の中東歴訪中の演説がIS側に挑発と受け取られた可能性が問題となった。先月3日の参院予算委で小池晃議員(共産)に、この点を指摘された首相は「まるでISILを批判してはならないような印象を受ける」と声を荒げ、論点を回避した。 その後、同19日の衆院予算委で岡田克也議員(民主)は、首相と菅官房長官がともに昨年末の衆院選期間中、官邸から離れたことを危機管理の観点からただした。首相はこれに対し、「民主党にそんなことが言えるのか」と答弁。望月環境相と上川法相の献金問題でも「民主党政権時代にも外国人献金が随分問題になり、二人の首相が関わった」と質問をはぐらかした。 こうした姿勢を問題視した今井真人議員(維新)の質問には「民主党の例を挙げるのは、ある意味で敬意を表しているから」と悪びれる様子もなかった。3 ご都合主義型 首相は2012年に民主党政権の野田佳彦首相と、消費税導入と引き替えに国会議員の定数削減に取り組みことを約束。13年の通常国会末までに結論を出すと、12年の衆院選で公約に盛り込んだ。 しかし、約束は果たされず、昨年末の衆院選に。1月30日の衆院予算委で、重徳和彦議員(維新)の追及に対し、首相は「定数削減に取り組むのは国民との約束だ。ただ、定数削減をしなければ、選挙はしないと約束したことは1回もない」とけむに巻いた。 格差をめぐる民主党の岡田議員との質疑では「首相は「格差はおおむね横ばいで推移」と答えた。判断の根拠は、所得の分布を測る指数「ジニ係数」だ。働いて得た所得を元に考えると、格差の拡大傾向が出ているが、税金や社会保障給付といった諸ロクの再配分を加算すると、横ばいの傾向がうかがえる。 しかし、この数字からは正社員と非正規の割合が分からない。バブル的に非正規の仕事が増え、失業者が減った時も御ジニ係数は改善され、実際の格差が見えにくい。だが、現実には非正規で働く人々の割合が増えている点こそ、格差の焦点になっている。4 棚に上げて型 「憲法解釈上、徴兵制は苦役に匹敵する。憲法違反になる」先月19日の衆院予算委で、首相はこう徴兵制導入を否定したが、あまり説得力はない。むしろ、自らのふるまいを省みない姿勢が浮き上がった形だ。 それというのも、安倍政権は昨年7月、閣議決定という形で軽々と憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使容認にかじを切った。一内閣の一存で解釈が変わる悪例ができた。 これを踏まえると、徴兵制は現時点で意見でも、後々になって解釈が変わる可能性があることは容易に想像できる。質問した民主党の岡田議員も「『徴兵制は憲法違反』という解釈を変える内閣が出てきない補償がどこにあるのか」と批判した。『野党弱く、報道も不足』 首相のこうした答弁は一昔前なら、大きな論議を呼んだはずだ。ところが、現状では国民的な議論にはなっていない。なぜか。 自民党の副総裁や幹事長を歴任した山崎拓氏は「戦後70年、天下太平の世が続いた結果、人々は政治への不満や危機感を感じることがなくなった。平和と安全が水や空気のようにただで手に入る日常の中で、政治への関心も失われているのでは」と指摘する。 山崎氏は、安倍首相が2月20日の衆院予算委で「日本教育会館から献金をもらっている議員が民主党にいる」と答弁したが、23日に一転、「献金という事実はなかった」と訂正したことに注目する。 「昔ならすぐに野党が首を取りに来ただろうが、いまは野党の力が衰え、追及が弱い。メディアの報道も不十分。野党が政策を示し、メディアも論評を強化しなくては」と訴える。 亀井静香衆院議員も「昔は政治に対して怒れる若者たちがいたが、いまは不在。あきらめが広がっている」と語る。「集団的自衛権や消費増税など国民に痛みを伴う政策があっても、メディアが『それははり治療。国民のためですよ』と、本質を報じてこなかった。結果、国民はくぎで刺されても痛みを感じなくなった。生体反応が失われた」 同じく、野党の追及が甘いと指摘する。「おかしい答弁があれば、野党は委員会を止めてでも何でも、追及しなきゃならない。国会議員は首相や大臣に直接、問いただせる立場だ」 コラムニストの小田嶋隆氏は「東日本大震災を境にして、国民が安定志向を強めたことが背景にあるように思える」と推測する。「関心は日々の生活のこと。防衛問題などは、すぐに自らに関係するとは思えないのだろう。 経済への関心は強いが、日経平均などの数字を見ると、何となく良くなっているように思えてしまうのだろう」その上で「震災対応で混乱続きだった民主党政権への失望感が強く、安定的に政権運営してほしい意識がいまも強い。 政治家の言葉に一喜一憂するより、震災で揺らいだ自分たちの社会がどうなっていくのか、一歩引いて考えているのではないか」と話した。<デスクメモ>:先の東京台東区長選の投票率は35%。40年前の区長公選制復活後、最低だった。 一方、民間調査で「うつ病の同僚がいても何もしない」と答えた人が4割。つまり、無関心と言うより「無反応」が世を覆っている。 為政者の暴言も放置されよう。 ただ、無反応も選択である。その責任は必ず背負わされる。 .転載元 転載元: 一輪の花
2015.03.08
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【社説】「日教組」ヤジをめぐる安倍首相の「記憶違い」、リーダーの資質に疑問… 安倍首相は「綸言汗の如し」という認識が欠如している 首をかしげたくなる。日教組をめぐる、安倍晋三首相の「記憶違い」である。 首相は過去にも、自身の歴史観に懸念を示した元外務官僚を個人攻撃し、波紋を呼んだことなどがあった。為政者の言葉の重みを認識しているとは思えず、あきれざるを得ない。 問題となったのは、衆院予算委員会での2月20日の答弁。「日教組は補助金をもらっていて、日本教育会館から献金をもらっている議員が民主党にいる」と述べた。 引き金になったのも、安倍首相自身の発言だ。19日の同委で、数日後に辞任することになる西川公也前農相の「政治とカネ」の問題を追及していた民主党議員に対し、「日教組はどうするの」などと、首相席からやじを飛ばした。 「記憶違い」は、やじの理由を説明したもので、23日になり、「教育会館から献金という事実はなかった。記憶違いであり、正確性を欠いたということで遺憾だ」 と釈明し訂正。日教組が国から補助金を受けた事実もなかった。 発端が国会での自身のやじで、その理由説明も出任せだった。民主党の枝野幸男幹事長は、「事実と異なることを堂々と言いながら謝罪しないのは、あるまじき態度だ。思い違いで済まされない」 と反発した。逆の立場だったら、安倍首相は激高しただろう。記憶違いというより誹謗(ひぼう)中傷のレベルだが、首相の特異な言動は今に始まったことではない。 2年前には首相の歴史観や外交姿勢に懸念を示した元外務官僚を「彼に外交を語る資格はありません」などとフェイスブック(FB)で批判した。最近も、邦人人質事件の政府対応を疑問視されると、「民主党は、危機管理をちゃんとできていると言えるのか」と声を荒らげて反論した。批判や指摘に対して聞く耳を持たず、大人げない振る舞いを繰り返している。 為政者の言葉は重く、取り返しがつかない。安倍首相は明らかに、その認識が欠如している。「綸言(りんげん)汗の如(ごと)し」という言葉を投げ掛けるのもむなしくなる。 首相は23日、「私の至らなさについては深く反省する」とも述べたが、もはや額面通りに受け取るのは難しい。こうした直情径行な性格で、不測の事態に国家のリーダーとして冷静な対応ができるのか。不安を拭い切れない。 ソース(神奈川新聞) http://www.kanaloco.jp/article/84866/cms_id/128853 (改行・ゴシックなどは引用者)明治期日本における民衆の中国観 教科書・雑誌・地方新聞・講談・演劇に注目して価格:3,996円(税込、送料別)
2015.03.04
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