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国民の財産に損害を与えた事実が存在し、権限無しには実行不可能な官僚実務にもかかわらず、その告発容疑につき、不起訴にしたというのは、38人の被疑者以外に確たる「犯人」がいると疑義をもっているか、さもなければ、理路整然とした誰の目にも遺漏ない説明をしなければならないはずだ。報道機関の当然の質問に対し、大阪地検は回答説明を拒否したと報道されている。
この裏には何かあるのではないか、と誰もが思いはしないだろうか。大阪地検は痛くない腹をさぐられることになりはすまいか。地検の信頼を保っていけると考えているのだろうか?
世に糞便愛好家という人たちがいる。糞便嗜食症ともいい、精神病理学上では病的とされる常態的嗜好である。どうも日本国はいまや三権がクソまみれなのではないかと思う状況だ。立法府がクソのとぐろから顔を出し、行政府がクソのとぐろから顔を出し、司法府もまたクソのとぐろに胡座をかいている。マンガである。私はもはや慨嘆をとおりこして笑ってしまう。
私はそれほど楽天家でもないけれど、しかし日本人はわずかずつながらも歴史的な過去の悪習・悪弊・悪行を自省的に克服してきた、と思ってきた。一掃しきれない過去の悪弊や時に病的にまで亢進する唯我独尊的民族主義的な心情は、なんとか知性でその突出を抑えてきた。
私自身が悲観的ではないにしろそれほど楽天家でないというのは、「悪貨は良貨を駆逐する」という古典的な経済原理が、ひとえに経済面のみではなく社会の原理でもあり、そのバランスは非常にゆるいスウィッチにかかっていることに気づいているからだ。
つまり「忖度」は、立法・行政・司法の実務処理の責任系統をあいまいにするので、絶対にあってはならないという証左。かつ、「忖度」横行は、それによってさまざまな組織での人事が左右され、私利私欲が実現する可能性が大きくなることの証左。一方的な上位下達が予測できる時代錯誤の政治がおこなわれ、民主主義政治が崩壊しつつある証左であろう。
日本国民は、国民利益を蕩尽しているかのごときクソまみれの体制を、「一蹴」しなければなるまい。個人がひそかに糞便嗜食するならするがよかろう。私の知ったことじゃない。しかし、日本国民が糞便嗜食症に陥るのは御免だ。
難民の日ポスターNo.2 Jun 20, 2024
6月20日 難民の日 Jun 20, 2024
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