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宮古島に移住してネット販売の準備実は10月頃より、私が作っていたビーチグラス絵やランプシェードなどをネット販売する事になりました。出品予定の作品は以前このブログで紹介した物ばかりですが、1.海亀(26cm×29cm)2.クラゲ(19cm×14.5cm)3.ランプシェード(直径17cm) これまで皆さんから寄せていただいたアドバイスや感想・激励などを力にして、純然たる趣味としてやってきたんですが、もう一歩進んで、社会的にどれほどの価値があり、評価されるのかを確かめてみたい、というのが今の本音です。ブログ仲間のtomogon416さんがアクセサリーを出品しておられる所(flat beachで検索してください)に問い合わせしてみたところ、受け入れてもらえるという事になりました。これまでは、ビーチグラスの絵だけ・ランプシェード本体だけで満足してたんですが、親兄弟・親族・友人知人などへのプレゼントと異なり、落款・絵の枠(額縁)の色・ランプシェードを置く台の有無・絵を立て懸けるL字金具(銀色)の色・梱包ケースなど、周辺の諸々にも配慮する気持ちにもなれました。そうした事が、作品自体を良く見せてくれる事も実感できましたし。そんな事で、今日は作品に同封する文書案を作ってみましたので、紹介したいと思います。文字ばかりで読みにくいと思いますが、文書表現・項目などのダメ出しがあれば是非とも教えていただけると嬉しいです。 「ビーチグラス絵」をご購入いただいた皆様へこの度は私のビーチグラス絵をご購入いただき、ありがとうございます。「ビーチグラス」という言葉になじみのない方も多いと思いますので、少しだけ説明させていただきますと、飲み物など各種のガラス瓶や漁具のガラス製ブイなどが海に流れ出て、幾歳月もの間、漂流します。その間に岩や浜辺で割れ、擦られ、角がなくなって無数の細かい傷がついた後、浜辺に打ち上げられた物です。透明なガラスのようにキラビヤカさはないですが、灯りを通して見ると落ち着いた輝きを放ちます。マニアの間では結構人気があって、本州ではほとんど見る事ができません。最近では、沖縄本島でも珍しい存在になりつつありますが、私が住む宮古島ではまだまだ健在です。こうしたビーチグラスは、浜辺では単なるゴミに過ぎません。しかし、そこに人の気持ちと手を加える事で、アクセサリー・ランプシェードなどにも生まれ変わってくれます。このたびご購入いただいた「海亀」は大きさが26cm×29cmで、私が作る絵としては標準の大きさです。普通の額のガラス板にビーチグラスを接着し、ジグソーパズルのように形作っていきます。その際、ビーチグラスは切断などの加工を一切しておりません。これは、大自然が長い歳月をかけて作り上げた天然の姿形を生かしたいという想いからです。全てのビーチグラスを接着し終わると、隙間にセメントを入れて枠取りし、空白部分に砂を置いてから、額本体に接着させて完成です。裏の部分に片方だけネジ釘を付けてありますので、このネジを取り外して、同封のL字金具を取り付けてください。取り付け方ですが、金具の短い方の間に空いている空間(黒い色が少し取れている箇所)にネジを差しこんで、額に固定してください。あまり乱暴にねじ込むと額の枠が割れる恐れがありますので、ゆっくりとネジを入れるようにする方がいいです(既にネジ穴ができていますので十分ネジ釘が入っていくと思います)。L字金具が固定できたら、絵を少し斜め後ろに傾けた位置で立てかける事が出来ます。日光のあたる窓辺に飾ったり、部屋の中であれば絵の後ろに豆電球を置いて照らせば、絵が浮きあがって、ステンドグラスのような感じに見えてきます。部屋の明るさ・日差しや電球の明るさ・電球の種類などによって違った雰囲気に見えますので、一番お気に入りのパターンを探してみてください。なお、「コード(スイッチ付き)+コンセント+電球」はDIY店や電気屋さんに売っていますが、当方でもセットにしたものを準備していますのでご利用ください。素材がガラスと砂で、しかも1品毎の手作り作品のため、強い衝撃などは避けてください。埃等がたまった場合は刷毛で払い落してください。最後に、段ボールケースも私の手作りですので、多少見苦しいですがご容赦ください。(作者紹介)製作者:XX XX住 所:沖縄県宮古島市平良字XXXXXXブログ:http://plaza.rakuten.co.jp/rekusan/ 又は「レクサン、宮古島に移住して」で検索箇条書きにした方が分かりやすいのかもしれませんが、ついつい気持ちが入ってダラダラと長い文章になってしまいました。今だに思案しかねているのが価格です。販売経験もないし比較する物もほとんどないので、どうしたものかと悩んでいます。皆さんからの修正・追加・削除箇所の指摘・アドバイスをお待ちしていますので、よろしくお願いします。
Sep 19, 2009
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宮古島に移住してビーチグラス作品用ケース9月22日~24日の間、かって一緒に仕事をしていた事務員さんの家族が観光でやってきます。さらに、9月25日~10月10日過ぎまで私がまたもや埼玉に一時帰省する事になりました。丁度、埼玉の自宅のすぐ隣の家が建て替え中で9月中に完成予定のため、新築祝いの品として、以前作った物の中から「トビウオ」をプレゼントする事にしました。これまでも、ほとんどの作品をプレゼントしていて、手元には余り残っていないんですが、いずれも親・兄弟・親族・友人などでしたので、新聞紙に包んだり、紙袋に入れて手渡していました。しかし、今回は「新築祝いの品」という事でそういう訳にもいかず、段ボールケースに入れる事にしました。丁度ピッタリの大きさの物は売ってないので、島内のDIY店「メークマン」で大型の段ボールケースを買ってきました。まずは、他の物用の箱作りで練習してみました。これを解体し、前後左右・高さを少しずつ余裕持たせたサイズで線を引き、カッターナイフで切り取ります。事前に測って線を引いておいた折り曲げる位置を竹ヒゴで強めに擦ってから、折り曲げておきます(糊しろも含む)。2枚の段ボールをT字型に配置して、一方の段ボールの糊しろにボンドを塗り、接着します。ボンドが乾くまで、はがれないようにビーチグラスを入れた容器で押さえつけておきます。充分乾いたら、反対側の糊しろにボンドを塗って又接着すると、上下の蓋・底が抜けた状態の箱状の物ができます。接着された方の段ボールを折り曲げて、糊しろ相当部分を四角い空洞に押し込めば、底の部分ができます。この時、糊しろ相当部分の両端を少しだけ切り落としておけば、四角い空洞に差し込みやすくなります。蓋部分も同様にすれば、四角い段ボールケースの完成です。強度・見栄え(切断面が多少ギザギザ状態なので)を良くするため、ふたの部分を残して、ガムテープを貼っていけば更にしっかりした箱が出来上がります。こうして出来上がった箱に丸型ランプシェードと木製の台を入れてみました。。他にも練習するため、ビーチグラス絵用の箱を作ってみました。上に乗っているビーチグラス絵と電球+コード用に作った試作用の箱3つです。 これで要領が分かったので、明日から新築祝い品用の箱を作ろうと思っています。なぜ明日からなのかといえば、明日やっと注文していた中古自動車が自宅に来るからです。メークマンまで自転車で行って、大きい段ボールケースを持ち帰るのはかなり無理があるので、自動車が来るのを待っていた、という事情があったんです。なんとか25日までに、トビウオ用の箱作りが間に合いそうで、ホッとしています。
Sep 17, 2009
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宮古島に移住して喫茶店のセットメニュー昨日のブログで紹介した喫茶店「松の樹」のお勧めは、コーヒーとケーキのセットだそうです。「ケーキはちょっと・・・」と言うと、「お焼きもありますよ」との事。で、そのセットを頼みました。お焼きにもいろんな種類があって、選べるのも嬉しいです。という事で、私のテーブルの上はこんな風になりました。八重のハイビスカスを添えていただいて、アンティーク風のコーヒーカップ。フレッシュも上品な柄のお皿に載って出てくると、少し存在感が増して見えます。水を湛えたガラス製のコップも、負けじと座布団代わりの布製コースターの上で座っています。紙ナプキンは一人離れた所で横を向いていますが、青色キリコのカット模様が冴えて見えます。でも、何といっても中央に置かれている黒いお盆の上にデンと座っている取っ手付きのガラスのお皿(?)。一段とその姿が美しいです。ただ、何も置かれていないのには理由があります。それは、既に、私がお焼きを食べ終わってたからです。食欲に勝てない私は、今回も食べ終わってから「撮影していない」事に気付いたわけです。しかも、その右横のコーヒーカップを見てください。これも、空っぽです。 さて、下の写真はなんでしょうか?別の日に再度行った時、アイスコーヒーとお焼き(中身は別の種類)を頼みました。お焼きを乗せたガラスのお皿が、薄い水色で透き通っていたんです。そこで、お皿越しにその下に敷いてあった魚の柄のコースターを撮影したものです。直接撮影とは、微妙に感じが違って見えます。次の写真は、アイスコーヒー用のシロップを入れた緑色のカップと、蝶の柄が鮮やかなお皿です。どれも、若い女性に好かれそうで、店主のこだわりがあるのではないでしょうか?最後にオマケですが、テーブルの横に置いてあった小さめの織物を紹介します。特にどうという事もない織物なんですが、私が若い頃はよく障害者施設などで造られていた「さおり織り」に似ています。これはもっと織り方が細かくしっかりと織られていますが。全体に醸し出されている渋い雰囲気と、微妙な色合いが織りなす独特の感じが気に入って、撮影してみました。 本当は今日、このほかに店の奥にある庭も紹介したかったんですが、長くなりそうなので、明日紹介します。
Sep 15, 2009
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宮古島に移住して喫茶店、新規開拓中古自動車の安い物件を探して、強い日差しの中をオンボロ自転車で街を走っていると、これまで気付かなかった所に喫茶店らしき店がありました。窓越しに店内を覗いて見ると、何やらシックな雰囲気です。しかも、お客さんの気配もなく静かそうなので、暑さでうだっている体をさます意味もあって、入ってみる事にしました。さほど広くない店内には、コーヒーカップ・照明器具・置き物・椅子・テーブルなど、店主がこだわって集めたのであろう品々が置かれています。喫茶コーナーは2部屋に分かれていて、別の部屋は少し雰囲気が違うものの、ここにも様々な物が置かれています。店内の広さの割に置かれている物が少々多いかなとも思いますが、不思議と邪魔に感じません。特に、布製の照明器具・アンティーク風の大きなランプシェードが目を引きます。カウンターの中におられたお店の人といろいろ話をして、すっかり寛げたあっという間の1時間半でした。明日は、喫茶の内容やお店の奥にある庭の植物を紹介したいと思っています。
Sep 14, 2009
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宮古島に移住して海亀と丸型ランプシェード自動車が動かなくなって廃車にしてから1週間が経ちました。朝晩は少し暑さが和らいできましたが、それでも移動は徒歩か自転車なので、直射日光下は大変です。結果的に遠出しなくなりました。じゃあ余った時間は何をしてたかといいますと、ビーチグラス絵とランプシェードの製作です。出来上がったビーチグラス絵は、以前に作ってから久しい「海亀」です。海亀を最初に作った(下の写真)時の過程は、2008年9月26日のブログで紹介しました。海亀2作目(下の写真)の製作過程も、2009年1月31日のブログに掲載しました。今回は上の2作目製作時に作っておいた下絵を再度使用しました。当然同じ仕上がりになるはずなんですが、やはり違います。斜め上に泳いで行こうとする亀の気持ちを出すため、前足の先端を曲げてみたんですが、特に左前足がすごく大きくなって不自然かな?と感じています。皆さんの感想はどうでしょうか?ライトの種類・当て方・部屋の明るさを変えてみると、違った雰囲気になりました。そして、昨日完成したのが、丸型のランプシェードです。茶色のビーチグラスは個性が強いのでよく見える所には使わず、最下部に数個だけ使いました。でも、白・水色・緑だけだと少し間延びしたようで、アクセントとして茶色を配した方が良かったみたいです。電球をつけてみると、以前作った作品よりも下をすぼませたので、形・光り具合共に良くなったと自己満足しています。ただ、何かが物足りないと以前から思っていたので、メイクマン(DIY用品店)の材木売り場へ行ってきました。当初は板を丸く切り抜いて、その上にランプシェードを置こうと思ってたんですが、既成品で8角形の物が売られていました。いきなり冒険するのも???なので、これを買って帰り、自宅で足を取り付けて、黒いペンキを塗ってみました。この上に今回製作の丸型ランプシェードを乗せると、どんな感じになるんでしょうか?なんとなくサマになって見えます。そこで、点灯してみましたら、やはり、台に乗せた方が良く見えます。大満足!今後は、自作の台を使いたいですが、はたして作れるのでしょうか?
Sep 13, 2009
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宮古島に移住して御獄の由来伝承と神話・伝説昨日の天気予報では終日曇りだったんですが、朝起きると雲がほとんどない晴天!!8時前から猛烈な暑さで、昼過ぎには日差しが痛いくらいでした。宮古島の天気予報は50%位当たるというか外れるというか・・・。 ところで、9日の水曜日19時から21時までの2時間、県立図書館宮古分館の2階会議室で、「第33回 郷土史講座」を受けてきました。定員40人だったんですが、50人以上の申し込みがありました。そこで、出席者が欠席する場合は事前に申し出て、受講出来なかった人にその日だけでも受講してもらうように配慮するそうです。初日は「御獄の由来伝承と神話・伝説」というテーマでした。御獄とは拝所・神様のいる所ですが、仏像などの偶像が置かれているわけではありません。宮古島内で記録されているだけでも900か所も御獄があり、実際は1000か所を越えているのではないか、と言われているそうです。各御獄では神話・伝説・説話などが語り継がれていて、代表的なものをいくつか紹介してもらいました。その内容は、島の地理的状況から日本・中国・朝鮮半島との共通点や影響もみられるそうです。宮古島にある沢山の御獄のなかでも中心的存在である「漲水御獄」の由来伝承として、島建の神「古意角(大蛇)」が人の姿になって里の娘の家に通い、子を産ませる蛇婿入りの神婚説話が1705年作成の由来記に記録されています。他にもたくさんあるんですが、一つだけ詳しく紹介したいと思います。 「来間島村建由来」宮古島川満の娘が一人で妊娠し、3年後に3つの大きい卵を産む。その卵から3人の男の子が生まれるが、大変な大飯食らいだった。 (異常成長:人間離れした成長)3人の子供を養いきれず与那覇の知人に預けるが、ここでも養えず、来間島に行かせる。 (異郷訪問)3兄弟が島に来る前に、来間島の住民は神様へのお願いを止めたため住民が神様にさらわれて、老婆が一人しかいませんでした。 (悪神の村人掠奪)老婆から悪神の居場所を聞いた3人は力を合わせて、赤牛の姿で現れた悪神をやっつける。 (悪神退治)3兄弟は牛神の後を追って海の底の御殿を訪ねる。門番だった娘の案内で牛神に会うと、血だらけの牛神は、「祭りを復活してくれるのなら来間島での生活を邪魔しない」と言った。兄弟は祭祀の復活を約束し、門番の娘を連れて帰る。 (祭祀の契約)連れ帰った娘が、来間島唯一の住民だった老婆の娘であることが分かり、この娘と3兄弟の長男が結婚して子供をもうけた。その子共達と3兄弟の次男・三男が結婚して家をおこした。それ以来、3兄弟は豊年祭を盛んに行い、これが今日まで及んでいる。 (村建・祭祀) 宮古島が統一される以前から、各地域の住民が語り継いできた様々な伝承・昔話の中にも、たくさんの事が現代の生活の中に生きている事があるとの説明がありました。「内地で風化してしまった大切な精神風土を見つめなおしてみたい」と思いながら、自転車で帰宅しました。
Sep 12, 2009
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宮古島に移住して壁画「躍動する宮古」昨日のブログで宮古島市平良の市街地中心部を紹介しましたが、市街地を撮影したホテルアトールエメラルド宮古島に隣接して、旅客船乗り場「マリンターミナル」があります。その出入り口左側の壁面に、宮古島の焼物で製作した壁画がありますので、ご紹介したいと思います。まずは作品名と、製作者の名前ですが、壁画の下に銘板が設置されていました。金城敏信氏は宮古島に窯をかまえておられますが、沖縄本島の那覇・壺屋で修業されたと聞いています。作品「躍動する宮古」の全体像は下の様な感じです。もっと下にも魚が群泳する様子が描かれているんですが、壁画の前にバイクが止めてあって見えないのでカットしました(下に見える白い丸はバイクのミラーです)。太陽を目指して、魚の大群が泳ぎ来る様を躍動的な配置で表わしていて、作品名の雰囲気を実感できると、前を通るたびに思います。個々の魚達も非常に個性的です。フグです。尾ヒレが欠けてしまっていますが、ユーモラスで可愛い雰囲気がよく出ています。沢山の魚達のなかでも、シンプルな姿をしています。もう少しオシャレな魚もいますよ。胴体には草花の様な模様があり、尾ヒレも大きく広がっています。口はおちょぼ口のようで、餌を飲みこもうとしている一瞬でしょうか?更に、体全体でアピールしているのが次の魚です。体全体を丸くして、一点を見つめています。瞬きをする一瞬の後、尾ヒレを大きく動かして獲物に突進するんでしょうか?それとも、作品の中央上で輝く太陽(宮古の言葉で“ティダ”と言います)に向かっていこうとするんでしょうか?体全体が濃い茶色と緑色で彩られている魚もいました。 壁画全体では何百もの魚が群泳していますが、どれ一つとして同じ魚はいません。個別に見ていくと、目指す方向もバラバラです。なのに、全体として太陽に向かってより高みを目指している!個々の力と全体としての躍動感を現わした、いい作品だと思います。宮古の作家が、宮古の土を使い、宮古の発展を願って、宮古で製作した作品です。来島時には、是非とも立ち寄って見てください。 (私には、ビーチグラス絵デザインの ヒントが山盛りあるようにも見えます)
Sep 10, 2009
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宮古島に移住して宮古島市の市街地台風8号が宮古島に接近した時、全国ネットのテレビニュースで宮古島の市街地が映ったそうです。それを見ていた知人と電話で話していた時「宮古島って案外建物が多くて、街なんですねえ!私たちが住んでるところよりも都会かもねって話してたんですよ」という感想でした。全国の方の大半の感想を代弁してるんだろうな、と思います。そこで、皆さんの認識を一新していただくため、出かけてきました。ホテルアトールドエメラルドへ。旅客船が発着する港に隣接していて、12階建てです。エレベーターで12階まで上がり、市街地が見渡せる廊下の窓際から撮影してきましたので、ごらんください。宮古島市平良の市街地で、ビルがたくさん建っているあたりが中心地です。一番右にある白い壁面のビルはホテルです。私が住んでいる所は、この写真の左端を通り越した先で、市街地のはずれになります(中心地まで、徒歩15分くらいの距離)。上の写真の更に右方面は、ビルは少ないですが、住宅が密集しています。更に右側を見てみると、だいぶ緑が多く見えてきます。左の下にあるコンクリート製の四角いのは、お墓です。もう一度中心部に目を転じて、ズームで見ますと、中央の鼠いろっぽいのが市役所、その左の茶色っぽいビルは分譲マンション、一番左の小豆色のビルはホテルです。こうして見ると、中心部には赤瓦の家は1軒しか見えません。山がない宮古島では、電柱が軒並み倒れるような台風(ここ3~4年は来てませんが)で赤瓦の家は大きい被害を受け、今は大半がコンクリートの家になっています。2階建ての家が多くて、2階部分は一部が住居、一部が柱+天井のみで風がよく通るようになっています。夕涼み+洗濯もの干場などに利用されている事が多いです。厳しい直射日光を避ける知恵でしょう。でも、涼しさ+風情という点で言うと赤瓦屋根の家には勝てませんが、台風でも安全な家造りは自然な流れだったんでしょう。
Sep 9, 2009
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宮古島に移住して自宅周辺の花たち久しぶりに散歩や買い物の途中で見かけた花を紹介しようと思います。ただ、不勉強で花の名前が分かりません。以前からの読者の方は「いつまで経ってもしようがないなあ」とあきらめておられると思いますが、初めての方も恐縮ですがご了承ください。まず最初は、いかにも南国の花といった雰囲気です。沖縄電力球場から砂山ビーチ方面へ歩いていた時に、民家の玄関横で見かけました。真っ赤で分厚い花弁が棒状につながっています。1年以上宮古島にいますが、初めて見ました。次はマメ科の花です。大きい交差点の垣根に咲いていた小さな紫いろの花を見つけました。近づいて見ると、蔓があり花の形からしてもマメ科の植物でしょう。花は小さいですが、明るい日差しによく映えていました。更に、自宅から1分の所で見つけた2種類の花を紹介します。花がホントに小さいので、カメラをズームにして撮影すると、結構きれいです。その帰り道に見つけたのが下の花です。これも花が小さいので、ズーム撮影しました。花・葉共に南国風です。沖縄では、いつでもどこでも咲いているハイビスカスを久しぶりに撮影してから、自宅に帰りつきました。移住後1年3か月経ちますと、ハイビスカス・ブーゲンビリアといった1年中咲いている花は珍しくなくなりますが、それでもよーく見ると、やはり綺麗です!
Sep 8, 2009
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宮古島に移住して梨(豊水)のプレゼント今年の7月に、移住前に私が住んでいた埼玉県のご近所さん4人が観光で宮古島に来ました。その時の様子はブログで紹介しましたので、読まれた人もおられるかもしれません。その時の楽しい思い出のお返しとして、地元産の梨を送ってくれたんです。埼玉県の南部に位置し、ブドウ(巨峰など)や梨(幸水・豊水など)といった果物を栽培する農家がたくさんあります。実りの秋になって、懐かしい味覚を送っていただき本当にうれしい事です。当初は巨峰などのブドウを・・・・と思っておられたようですが、私が宮古島でお世話になっている方々へのおすそ分けに不便だからと、梨にしてくれたようです。こちらでの私の生活にも配慮してくれている、そうした気持ちが一層嬉しい事です。送っていただいた翌日の午前10時頃に、宅急便が着きました。タイミングが良かったのかもしれませんが、早いですねえ!着いた時の宅急便はこんな感じです。箱の蓋を開けてみると、達筆な毛筆で梨の種類名が大書されていました。裏には農園での栽培状況や保存方法なども書かれています。他にもカラーのパンフレットが入っていて、なにやら上等な感じです。さあー、いよいよ豊水梨とのご対面です。一つ々が大きい!かなり張り込んでいただいたのでは?「申し訳ない → ありがたい → 美味しそう」という風に動いて行く私の胸の内!!という事で、さっそく冷蔵庫に保管しました。冷蔵庫内を整理して一番下に詰め込みましたが入りきらず、一番上の棚にも。その上には、皮をむいて即食べられるようにした梨1個分をアルミ皿+ラップで保管。食欲に勝てなくて、約1時間後には冷蔵庫から取り出して1皿(1個)分、あっという間に食べてしまいました。美味しい!!ありがとう!!うれしいよう!! ところで、私のマイカーが故障して動かず、廃車する事になりました(明日に)。そのため、まだまだ暑い中をおすそ分けするために出かける(自転車で、汗びっしょりになって)気になれません。何が言いたいかといいますと、“ぜーーんぶ、一人で食べちゃうぞおーー”、という事になりそうだという事です。送っていただいた際のお気持ちに答えられずおすそ分けできません。本当は一人で全部食べるなんて、そんな欲深い事はできない!というのが本心なんですが(ほんと?ほんとにほんと??)、不本意ながら仕方ありません。 ご了承くださーーい。(1日1個づつたべてますので、今現在の残りは7個です)
Sep 7, 2009
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宮古島に移住してコーヒーカップ購入昨日のブログで、那覇市国際通りから奥に入った所にある「やちむん(焼物)通り」を散策した時のトピックスを紹介しましたが、実はもう一つ話題がありました。やちむん通りの真ん中あたりを歩いていると、横道の突き当りに“清正陶器”という看板が目に入りました。時間を気にしない散策でしたので、何気なく横道に入って行くと、結構新しくて大きいお店です。どんな物が置いてあるのかな?と思いつつ中に入ってみました。沢山の食器や花瓶類が並べてありました。独特の青色も使われているんですが、私には渋い赤色が印象的でした。せっかくなら家内とお揃いの湯呑で気に入った物があれば・・・・と物色するものの、高くて手が出ません。上の写真の女性が陶工のお嫁さんだそうで、話をしながら物色していると、「沖縄サミットの時の晩さん会で出された料理は、主人(卓史氏)と父(清正氏)が作った器に盛って出されたんですよ」と言って、新聞記事を見せてくれました。もともと赤い色が気に入ってたんですが、“思い切って買うか?”という気持ちにさせるあたり、さすがは内助の功です。コーヒーカップ2個を買ったんですが、合わせて6300円(税込)!夜光貝2個につづいて、またまた衝動買い!!懐具合が寂しくなりつつある今日この頃なんで、少し反省しつつ、でもいい記念だから、と屁理屈を付けて。この日は丁度旧盆(沖縄は旧歴のお盆が一般的)の中日でしたので、「いい日に買っていただいたので、割引しますね」と言っていただきました。代金は¥4800円で決定です。2割引きだとすると消費税が入ってないので、「消費税分240円も払いましょう」といったんですが、「今日は消費税もいりませんから・・・」と、体に似合わず太っ腹な奥さんです。ちなみに、購入したコーヒーカップは息子さんの卓史氏製作の物です。若い頃は焼物作りの仕事に反発し、絶対に継がないと言っていたそうですが、今では食事も忘れるほどに精魂を傾けて製作に没頭されているそうです。それを聞いて「歌舞伎の家に生まれた人も、若いころは反発して映画・音楽等をするうちに歌舞伎に戻って、名優になる人も多いそうですよ」と私が言いますと、「まだ小さい私たちの子供が後を継いでくれるといいんですけどねえ」と、期待と心配の入り混じった表情でおっしゃっていました。大きい壺の様な立派な物があったので「何ですか?」とお聞きすると、東大寺にある木製の甕(国宝)を摸して作ってほしいとの要請を受けて、父(清正氏)が作った陶器の一つで、もうひとつは東大寺の行事の時に使われている(国宝が壊れてはいけないので)というお話でした。(右が国宝、左が清正氏製で、同じ大きさ)そんなこんなで無事帰宅しましたが、購入したコーヒーカップの包み紙はこんな感じです。(魚の絵のデザインが参考になります!)中身はこんな感じです。我が奥さまは気に入ってくれるでしょうか?それとも無駄遣いを追及されるでしょうか?
Sep 6, 2009
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宮古島に移住して壺屋やちむん通り散策昨日に続いて今日もやちむん通りの話題です。国際通りの三越百貨店の道向かいから始まる平和通りをずーと歩いて行くと、商店街のアーケードが途切れた先に、昨日紹介した「壺屋焼物博物館」があります。その先に続いている道が「壺屋やちむん通り」です。両脇にはたくさんのお店が並んでいて、様々な焼物を展示・販売しています。結構多くの店の看板にが「窯元」と表示されていて、焼物の里なんだという実感が湧いてきます。どういう物がいいのか基礎知識のない私にはさっぱり分かりません。でも、個人的には派手さを抑えた青い色や赤い色を使った物が好みです。そんな事を思いめぐらしながらブラブラと散歩しているうちに、ひめゆり通りに出てしまいました。いきなり、都会の喧騒が立ち込めてきたのでUターン。引き返してすぐのお店で、下の写真の柄の大皿がショーウインドに飾られていました。一部しか写っていないので、お皿としての感じが分かりませんが、単純な形なのにいい雰囲気なんです。「こんな文様風の魚をビーチグラス絵で作ったらおもしろいかも・・・・」焼物の里の雰囲気に浸っていたのに、なぜかそう思ってしまった自分に“ドキッ”としたり。そのお店の横にも細い道があって誰も歩いていないんですが、その先に見える建物が私を呼んでいるようです。その姿・大きさ・古さ、佇まい自体が、強烈なオーラを発しています。600年の歳月に引きつけられるように近づいて、覗きこんで、右の方に曲がって見ると、普通の住宅の玄関先の様なんですが、その手前に掲示板があります。「東(アガリ)ヌ窯」と言って、上焼のための窯だそうです。2002年に国の重要文化財に指定されたんですが、今も住んでおられるので中を見る事はできませんでした。元の角(上の写真)まで戻り、今度は左前方に延びる道を進んでみました。すると、先ほどの窯の真後ろの所に小奇麗な玄関がありました。素敵な雰囲気が漂うように思えて近づいて見ると、玄関戸に貼ってある紙になにやら書いてあります。ウン? 喫茶店? そんな雰囲気!!どうもそうらしい?!で、格子戸の中にそっと入って見ると、大きいソテツ・月桃などの植物が植わった明るくて広い空間が広がっています。その先に立つ赤瓦の建物の玄関を開けると、昔の琉球がそこにありました。お店の中は撮影禁止でしたので、残念ながらお見せできませんが、一番奥の席に座って、アイスコーヒーとチーズケーキセットを頼みました。飲み物・ケーキの撮影はOKという事でしたので、店内の雰囲気と一緒に撮影。特に何があるわけではないんですが、お店に入った瞬間からホッとした気分になれました。広い店内に2組のお客さんがいたんですが、周りを気にする事もなくコーヒーを飲んで、ケーキとチンスコウを食べて、本を読んで、外を眺めて、眼をつむって休憩して・・・・・。すっかり俗世間から離れた時間を過ごしました。お店を出る時に時計を見たら、2時間半経過していました。又々、ブラブラと散歩し、細い昔からある石畳の道をたどって博物館の横に出ました。国際通りへ戻ろうと商店街の入り口に差し掛かった時、何かいつもと違う物を見たような気がして振り向くと、そこにあったのは道路に面していきなり階段?!!狭いスペースを最大限に活用するための工夫なんでしょう。世俗を離れた世界から、いっきに現世へ引き戻された瞬間でした。
Sep 5, 2009
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宮古島に移住して那覇市のやちむんブログを休憩した9月1日~2日は、沖縄本島の那覇市に行っていました。モノレールの2日間乗り放題券(1000円)を買って、那覇空港とおもろまち(那覇の新都心)の間を中心に移動してきました。毎回行くんですが、国際通りと牧志公設市場にもまたまた行って、重たいのに夜光貝(大1ケ、小1ケ)を購入。まだ磨いていないのが3個あるにもかかわらず、眼の前にあると我慢できずに衝動買いしてしまうのは悪い癖です!!国際通りはいつ行っても人だらけで、特に買いたい物・見たい物もないので、ブラブラ散歩するだけです。 そして、今回行きたかった場所は「壺屋やちむん通り」です。「やちむん」とは「焼き物」という意味です。以前にも行きましたが、時間の関係でゆっくり・のんびり・時間をかけて歩けなかったので、やっと来れたあ―という感じです。その中でも、今日の話題は「壺屋焼物博物館」です。中国人の方たちが入館前に記念撮影しておられました。入館してすぐに写真撮影の可否を係の人に聞くと、「説明文など資料の撮影はだめですが、展示物そのものはOKですよ」という事でした。展示物は先史時代の物から現代まで、様々な物がありました。まず興味をひかれたのは、1階奥の「昔の民家(再現)」です。家の中の間取りは居間兼食堂と、台所で構成されています。戸棚の奥にもう一部屋ある家もあったと説明板に書かれていました。沢山の焼物が使われていた様子が分かります。 2階に上がると、すぐに目に留まるのが、シーサーです。15世紀に中国からつたわり、最初は石製だったようです。民家でも瓦葺が普及し始めた明治時代になって、壺屋でシーサー像が焼かれるようになり、今や沖縄の象徴のようになり、幅広く愛されています。当初は頭部だけの物が多く、次第に全身の物が作られるようになり、立つ・座る・後ろ脚だけ立つなど様々なバリエーションが工夫されてきました。 シーサーのすぐ横にあるのは「厨子甕」です。琉球では火葬せず棺桶に入れて死者を埋葬しました。何年か経ってから親族一同が墓前に集まり、遺骨を洗って(洗骨)厨子甕に納め、埋葬しなおすという風習がありました。(コバルト釉薬の御殿型厨子甕です)火葬が一般的になってからは、小さな厨子甕が多くなったと言います。今も、焼物屋さんで厨子甕が売られています。 当然、お皿なども展示されています。特に好きだったのは、派手さを抑えた赤い花が主人公の大皿です。他にも昔の窯跡(2か所)があったり、庶民の生活や中国・日本との関わりなど、焼物を通して見る「琉球の歴史」的展示内容・構成になっていて、興味が尽きない博物館でした。 もしも那覇空港に降り立つ事がありましたら、是非、国際通り・牧志公設市場経由でもいいですから、「壺屋焼物博物館」を覗かれたらいかがでしょうか?なお、開館は10~18時で、入館料は一般350円、月曜と年末年始が休館です。
Sep 4, 2009
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宮古島に移住してインフルエンザと郷土史9月1・2日はブログをお休みしていました。というのは、1泊2日で那覇へ遊びに行っていたので・・・・。ビーチグラス絵関連の諸情報を収集するためという理由ですが、本当は気分転換+遊び!!!どうしてこの時期かと言いますと、お盆前後に比べて9月1日~は7000円も安いからです。その時の様子は後日紹介したいと思っています。 で、今日の話題です。沖縄県は全国一新型インフルエンザが流行しています。マスクをしている人や消毒液を設置している店をよく見かけます。それでも、宮古島は県内では患者が少ないです。 (沖縄本島南部・八重山地方の4分の1位)なのに、影響を受けてしまいました。現在2か所の病院に通院しているんですが、そのうちの個人病院の先生がインフルエンザにかかってしまい、通院日変更になりました。365日自由な私は問題なかったですが、スケジュール調整に苦労した人もいたんだろうと思います。最近はほとんど人ごみに行かないんですが、やはり注意が必要だと実感した出来事でした。 もうひとつの話題ですが、先日地元の新聞を見ていてある募集記事が目にとまり、さっそく応募しに行きました。それは、「第33回 郷土史講座」の受講です。平成21年度おきなわ県民カレッジ連携講座の一つで、1回2時間X9回あります。毎週水曜日の午後7時~9時開催で、9月9日から11月8日まで、県立図書館宮古分館でおこなわれる予定です。受講料は無料ですが、最終回に島内の史跡をバスで巡るためその分として1000円だけ必要なんです。ではどんな内容かと言いますと、1回目:御獄の由来伝承と神話・伝説 (御獄:うたきと読み、拝所・神が居る場所)2回目:鍛冶と鉄の伝来説話3回目:與那覇勢頭豊見親の中山朝貢 (中山:沖縄本島を統一した琉球王国)4回目:仲宗根豊見親の中山服属5回目:近世宮古の社会(一)6回目:近世宮古の社会(二)7回目:廃藩置県と宮古8回目:戦後宮古の出発9回目:史跡めぐり実は去年も講座案内の記事に気付いていたんですが、所要があって受講できませんでした。現住所の歴史を知る事が出来る絶好のチャンスだったのにと残念に思っていたので、今年は新聞記事を見たその日に申し込みを済ませました。ただ、上記の三回目・四回目は内地に一時帰省するため欠席になってしまいますが、資料は頂けるそうです。島外から来た私には難しいかも?と思っていたんですが、受付担当の方が「一般の県民の方を対象にしているので、宮古の歴史・文化を分かりやすくした講座内容になっていますから大丈夫ですよ」と言っていただきました。そのあと、「受講料は無料なんですが、史跡めぐり時のバス代金1000円必要なんですが、いいでしょうか?」と、すまなさそうに説明してくれました。島内にいるとバスに乗る事がほとんどありませんので、バス旅行気分が味わえるのと、実費は当然必要ですから、了解の返事を即座にしました。東京・大阪などだと、2時間X9回の講座をカルチャーセンターなどで受講しようと思ったら、最低でも数千円は必要でしょう。バス代だけでなく、資料など他の実費代金も支払ってもいいくらいだと思いながら、いまから楽しみにしています。
Sep 3, 2009
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