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スタッフの皆さんと動物たちありがとう!一時間も動物の穴掘りを観ていたという女性が話ししてくれました。落ち込んだときは動物、植物ウォッチングはいかが。白熊の脚の裏もなんかラブリーでしょう。白熊なのに緑色になっていると話題になりました。このネコ科の動物、十兵衛さんはウィルスで緑内障で片目を失い、まるでCATの芝居猫。ライオンにこんなに近ずけるようになりました。女性スタッフ、カッコ良かったですよ。
2009.01.31
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旭山動物園物語を観て、旭山に抜かれた東山動物園が気になってHP見たら岩合光昭さんの写真展,「地球温暖化の目撃者」が日曜日まであるのを知り早速行ってきました。幸い、午前中は暖かく象さんのトレーニングも見ることができました。ハーモニカを吹いたりベルを鳴らしたり輪で遊んだり、サッカーしたり、ごろんと横になったり、これは象の普段見ることの出来ない足の裏なども観て、けがや病気の早期発見にもなるのだそうです。植物園は行くのですが動物園まで足を伸ばしたのは何年ぶりでしょう。久しぶりにトラ、白熊、ライオンなど大型動物の動く姿観て気分が高揚しました。キリンの前ではダチョウの卵や動物の骨を見せて説明してくれていました。旭山動物園効果で全国の動物園が変貌したのでしょうね。
2009.01.31
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にほんブログ村 旭山動物園物語の試写会に行きました。今回は舞台挨拶はありませんでした。公式サイト皆さんもうご存じですよね。あの有名動物園が何回も廃園の危機にあったことも。私も昔の動物園の動物が狭い檻をぐるぐる回っているのを観るのは忍びなかった。東山動植物園が旭山に抜かれる前は集客日本2位とも知りませんでした。小学校も近くてあまりに身近だったのです。旭山に遊びに行った友人によるとこじんまりした動物園とか。東山動物園の奥の植物園も広くて、イギリスキューガーデンの有名な大温室をモデルに1937年建てられた温室は池に映えています。キューガーデンは120ヘクタール、広大でした。美術館めぐり、観劇などでへとへとになっていてくまなく見学することはできませんでした。東山では今度の日曜まで岩合光明さんの写真展もやってるというので久々に行くってみたくなりました。映画ので出演者は西田敏行 中村靖日 前田愛 堀内敬子 笹野高史 梶原善 吹越満 萬田久子西田さんのおなかと、会議で他の人たちも喫煙してるのが気になりました。職員から絵本作家になられた方、昆虫少年がいじめにあっていたことなども実話。ここでもヒステリックなマスコミの姿。「旭山動物園を一躍有名にしたのは、1997年に実施された“行動展示”。動物の一番イキイキとした美しい姿を見てほしい、という飼育スタッフの一途な思いのもと、世界で初めて革命的な展示方法が生み出された。そしてもちろん、物語の中心で輝くのは、たくさんの動物たち。猛スピードで空へ向かって飛ぶペンギン、雪玉を投げるゾウなど、映画でしか観ることのできない動物たちがスクリーンで待っている!」「」は引用です。監督が津川さんと聞いて「次郎長三国志」の映画思い出し、一抹の不安が。でもやっぱり動物が主役ですから、ゴリラのふれあいなど泣かせます。ゴリラと言えば、東山で芸をするゴリラが有名でしたが批判がありやめさせられたようでちょっと…戦争で殺されたり餓死させられた動物もいましたね。東山で守られた像が東京に行った「象列車」の話もあります。ペンギンも名古屋港水族館でピュート飛ぶように泳ぐ姿にびっくり。この副題~ペンギンが空を飛ぶ~の意味も映画をご覧になるとわかります。白熊は大阪の動物園で熊同士の威嚇しあう迫力ある姿、パンダの食事タイムに居合わせてうれしかったですね。元四季で歌が上手くて可愛い堀内敬子さんも演出、最近はNHKの「サラリーマンネオ」などでも活躍。奥さんの朝丘雪路さんはついに歌舞伎「萬夜一夜先代萩」を上演。http://www.atpa.jp/出雲の阿国が歌舞伎を始めたのに江戸幕府から禁止され今も締め出されてる女性。猿之助さんと結婚した藤間紫さん、むすめ歌舞伎もありますが応援したいですね。以下は2007年のむすめ歌舞伎のブログです。今日、NHKのさらさらサラダに市川團十郎丈と娘歌舞伎の市川櫻香丈が出演。 子供の時からこの地方では市川少女歌舞伎や農村歌舞伎が有名だった。市川少女歌舞伎が発展してむすめ歌舞伎となっているようだ。 11月29日に能楽堂で珍しくも歌舞伎俳優とむすめ歌舞伎が公演するという。 明治の9代目團十朗は女性の俳優を育てることに尽力した。歌舞伎は出雲の阿国が始めたというのに、江戸幕府は風紀が乱れると女性が歌舞伎役者になるのを禁止。女の役を少年が演じたらこれも禁止され大人の男が演じる「野郎歌舞伎」となり、女形が誕生。庶民もしたたか。 女優第1号といわれる名古屋に縁の深い川上貞奴は夫の音二郎と欧米で公演。ピカソにも絶賛され「奴」という香水も発売された。 11代目は豊川市のむすめ歌舞伎を監修して市川少女歌舞伎として応援した。 6代目菊五郎の芸養子だった大川橋蔵と共演したり映画でも観た藤間紫が歌舞伎をやりたかったと言っていた。その力は充分な紫さんが好き。今は猿之助丈と結婚されているが彼女の「西大后」は貫禄である。猿之助丈門下を育てている。 大病を克服されて今月、御園座の顔見世に出演中の團十郎丈は息子の海老蔵が大尊敬している。おおらかでいかにも頼りになる雰囲気の方である。お若い頃は玉三郎丈との海老玉コンビでわかせた。
2009.01.30
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ここはイギリス、コッツウォルズ、チッピングカムデンのはずれの民家。初めて訪れた時はモートン・インマーシュからバスを乗り継ぎ1日がかり、一人旅なので心細いやらバスの時間待ち、2,3時間タクシーもない。これに懲りて翌年は空港からレンタカーで快適な旅になりました。初めはおっかなびっくり。よく無事であったと感謝。これ以降は海外にはいけないでいます。モートン・インマーシュには、2階までの骨董屋さんもあり自分の持っていた同じ猫も売っていたけれど。裏通りにフィシュ&チップスの店があったけれど大きくて脂っぽかった。バスに乗ったらフルスピードでバックも転げ落ちる。到着したのはほとんど夜。そこは夏で9時近くまで明るいので助かります。B&Bを探しながら通りかかったのがこのお宅。後で「趣味の園芸」に同じ構図で載っていてうれしいやら驚いくやら。フェルメールやワイエスの絵で窓に魅了された上に、たあちゃんが昨日のブログで雰囲気のある窓をアップされたので私めも。フェルメール展ハンマースホイの窓下のは本物の窓ではありませんが2回目のコッツウォルズ庭めぐりで一番最初に行ったローシャムハウス。その他の写真はこちらでご覧ください。
2009.01.30
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にほんブログ村昨年は源氏物語千年紀でその棹尾飾った南座の新作舞踊劇「源氏物語・夕顔」を年末に鑑賞した。 六條御息所 玉三郎、 夕顔 扇雀、(美の壺正月スペシャルに江戸の商人として登場!俳優祭の「風と共に去りぬ」の扮装ではお母様にそっくりでした。) 惟光 猿弥(ちょっと意外でしたが玉三郎に信頼されてるのかな) 光の君 海老蔵(言うことなし。そこにいるだけでお似合いです、美しい)戦前は皇室のスキャンダルを舞台にかけることは不敬!とされたために1951年舟橋聖一脚色「海老様」今の海老蔵の祖父が演じた光の君まで公演出来なかったそうです。なんということでしょう。そういえば江戸時代末のベストセラー『偐紫田舎源氏』の著者柳亭 種彦は天保の改革で風俗を乱すとして取締を受け、『偐紫田舎源氏』は絶版、版木は壊され種彦は手鎖だったか。病死?切腹?時代は平安から室町にうつし足利将軍を主人公としたのに幕府、大奥を風刺したとされて。子供の時の新聞連載小説にその挿絵があって覚えています。忠臣蔵でも半世紀ぐらいたってから時代を鎌倉に変えて上演した。ことほど左様にあちら側は取り繕う。保元の乱の原因の一つは源氏にあったようなスキャンダル、崇徳天皇は鳥羽天皇の子でなくおじいさんの白河上皇の子であったとか、脱線しておりますね。1970年、今の團十郎が、2000年には今の海老蔵の光の君、瀬戸内本で上演。その時、玉三郎は藤壺演じている。夕顔は愛之助。かわいらしかったですね。東儀さんの音楽で光の君が藤壺の寝所へ忍んで行くところなどドキドキしてしまいました。玉三郎は他にも「末摘花」で光の君(末摘花は今の勘三郎)や「浮舟」を演じてる。仁左衛門の薫、勘三郎の匂の宮と、たまらない配役でした。舞踊「葵上」でも玉三郎は 六條御息所演じている。怖い顔でぞくぞくします。この舞台は暗い中を花道に六條御息所の生霊が登場。もっと近くで見たかったですね。うまい方はオーラがありますが。女性には人気がある先の東宮妃六條御息所、男性は従順な夕顔がお好きとか。私は特に誰が好きとはないのです。これだけ多くの特色がある人物を造形した紫式部に感嘆するのみです。六條御息所が光の君の正妻葵の上に嫉妬し、取りつくというのはわかりますが身分の低い夕顔をとり殺すのはおかしい、プライドが許さない。光の君が夕顔を連れ込んだ寂れた某院のもののけではないかとも読んだことがある。どちらにしろ、生身の俳優にライブで演じてもらうのは幸せなことです。
2009.01.28
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寒咲日本水仙は香りがたまりません。その芳香に頭がすっきり。寒い冬でも咲いてるローズマリーも淡いブルーと香りがいいですね。ヨーロッパでは受験生が頭にローズマリー巻いて頑張ると聞いたことがあります。せっかくなのに剪定されてしまいましたが。イエローにやはりブルー系の花が欲しくて探しました。左の小さいのに重いウサギはすぐどかせました。ガーデニングフェアで50円でした。イエローにやはりブルー系の花が欲しくて探しました。なかなかなくて八重の矮性ストックにしました。
2009.01.28
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にほんブログ村鏡獅子のジャンプ!これは夕鶴とは関係ありません。残念、聞き逃しました!去る25日23:15~NHKラジオ第一で1949年の夕鶴を放送、ゲストが玉三郎だったのに。渡辺徹さんとの「夕鶴」はもちろん鑑賞しました。1997年、玉三郎丈は山本安英からつう役を継承。オペラの「夕鶴」は以前、観ました。鮫島有美子さんもお似合いでしたが子供の歌が下手過ぎた記憶があります。もっとうまい子役がいなかったのでしょうか。このプログラムによるとなんと96年に昆劇によって東京で上演されたそうです。昨年、玉三郎が合同公演した昆劇で?!作者の木下順二はそれまでオペラと能様式以外、映画、ミュージカルその他の形式による申込をすべてかたくなに一切断っていたそうですが呪縛が解けたように玉三郎の上演を許したそうだ。私が鑑賞したとき、前の前の席にOSKの元トップ洋あおいさんも鑑賞されていました。東雲あきらとの掛け合いは楽しかった。彼女も歌もうまくてサービス精神にあふれていた。OSK,宝塚の陰にいましたけれど、好きでしたね。玉三郎HPいつも観てるのに。今月のHPのトップの写真口上の場面、八千代座でしょうね、素敵です。昨日の中村屋特集番組で平成中村座のお稽古中、勘三郎の二男七之助のご指導の様子がちらり見ることができました。これは家人が教えてくれました。入院中には勘三郎丈の古本なども買ってきてくれたことがあります。ゴマすっときます(≧∇≦)/ゆの字様 かわら版銀鼠の細かい格子の着物にご愛用のバッグで、勘三郎さんと一言二言交わし、斜めにスススーッと移動。七之助に稽古をつけていましたが、両手をサッサッと振って座っている七之助をどかせ、すっと座った途端おかるに。(思わず笑ってしまいました。)「七之助に女形の才能を見出し注目しています。」「実は最近玉三郎さんは自宅で七之助に稽古をつけていたのでした。」という内容のナレーションが。浅草でのおかるを教わり女形の面白さに目覚めたといったことを七之助が語っていましたが、最近一段と成長し女らしさが増したのも頷けます。これからに期待します。
2009.01.28
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随分前に新聞で紹介された「クリスティーナの世界」が印象強く残っていました。ロマンチックに思えたこの絵は、実はそんな甘いものではなかったのですが。この絵を描いた米国を代表する画家、アンドリュー・ワイエスの展覧開催中、16日に91才で見事な人生に幕を閉じられました。70年も故郷のペンシルベニア州フィラデルフィア郊外と別荘のあったメイン州の風景や人々だけ描き続けて…心身ともに病弱で学校にも行かないで家庭で教育受けた方とは…だから深くて悪影響受けていないのでしょうね。絵は挿絵画家であった父から手ほどき受けたワイエス。反発もあったでしょう。ニューヨーク近代美術館の「クリスティーナの世界」は貸し出しを許されていません。まずは俳優のようにかっこいい「幻影」のデッサン、水彩、テンペラ。子供時代の巻き毛のワイエスの可愛いこと。日曜美術館や会場でも流していたビデオでうれしそうにインタビュー受けているワイエスの姿を観ました。お相手は孫娘さんだから。来日されたようです。テンペラというと私はすぐ帝銀事件の平沢貞通を思い出してしまいます。ワイエスの水彩画の緻密で深いこと。これが水彩画!ブルーベリー栽培してクリスティーナとの生活を支えた弟アルヴァロとランプの絵。東京の美術館隣のレストランではチキンにブルーベリーソースの料理だったそうです。こちらではブルーベリーはデザートに使われていました。女性像(誰のでしたか)に色はつけなかった、もうその本質を描いているからと。女性のやさしげな刺繍と共にある肖像画。「アルヴァロとクリスティーナ」兄弟とその家。あるじがなくなって崩れていくことを予感するオルソン家の絵。使った人はいなくなり火かき棒だけを描いて…非常に金髪が美しく描いてあるヌードは秘蔵さていたとか。「ヘルガ」シリーズ。1970年から1985年までの15年間、ヘルガという女性を240枚もの絵を描いた。ワイエスはそれらを長い間誰にも見せず、ワイエスの妻もその存在を知らないほどだった。妻はペンシルバニアの家にはいかなかったとかネット上には様々書いてあります。異性のヌード描く時は妻ベッツィが「次は私に見えないところでやって」と言ったためだと、ワイエスはしているなど。「ガニングス・ロックス」横顔の皮膚の描写!一人ひとりの人生の重さ、哀しさが伝わってくる。漫画家のやなせたかしさんも人は必ず終りが来るのだから悲しいにきまってるから楽しくしたいというような事を言われていました。親子3代、画家。学ぶことが多いのでしょう。CNNより「歴代の米大統領も同氏の作品を高く評価。1963年にはケネディ大統領が自由勲章を授章。ニクソン大統領はホワイトハウスでの個展開催を後押しした。2007年にはブッシュ大統領から芸術勲章を贈られた。同氏の訃報を受け、ブッシュ大統領はローラ夫人と連名で、「ワイエス氏は故郷のペンシルベニア州やメーン州など、米国の風景を切り取ってすばらしい作品に仕上げた。米国民を代表し、心からお悔やみ申し上げます」と、はかなさに秘められた情念…」NHK新日曜美術館「ワイエスは、1枚の作品を完成させるまでに、数々のデッサンや水彩画の習作を作る。見ると最初は、人物や風景に抱いた驚きや畏敬(いけい)の念など、生々しい感情を描いていることが分かる。その後、余分なものを消し、背景など細かいところをていねいに加え、仕上げていく。一連の変化を追うと、その人物の人生や、風景に隠された出来事の積み重ねといった時間と物語を、押さえた色調で、ち密に描き込もうと格闘していることが見えてくる。そして、アメリカの見捨てられがちな風景、アメリカの片隅に生きる人々を、共感とともに表現していワイエスは鉛筆やペンなどで素描を描き、そして次に水彩を描きます。さらにドライブラッシュ(水気をしぼった筆で描く水彩画の技法)でより詳細に描き、最後にテンペラに取りかかります。一方、テンペラに至らず水彩やドライブラッシュで終えた作品の中にも、注目すべきものが多数あります。これらの素描や水彩には、完成されたテンペラに比べ、画家の激しい感情のほとばしりや、対象に対する関心の有り様や意識の動きが直接反映されているのです。」http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/wyeth.html「ワイエスが同一の対象を繰り返し描く理由は、どうすれば作品に精神的な深さを盛り込むことができるか模索を続けていたからだ。彼が描こうとしているのは芸術的な作品というよりも、魂の救済をもたらすような作品なのである。そのために彼は、角度をずらし、構図を変え、背景を入れ替えるなど、あらゆる努力をしている。そしているうちに、構図は次第に単純明快になり、背景からはよけいな付加物が削り落とされて、画面は世界の素形を示すように純化されて行く。彼が「狂ったように」絵を描き続けるのは、そうしなければ内部の虚無感に押しつぶされてしまうという事情もあった。彼は書いている。 「私は静かに瞑想しながら考える。人は皆孤独だと。人がいつも感じるのは哀しみだと」 「人はよく私の絵にはメランコリーが漂っているという。たしかに私には強い無常感があり、なにかをしっかり捕まえていたいという憧れがある」ワイエスは自らのメランコリックな気分に対抗するために、内部に物語の世界を育てはじめた。彼は述懐する。 「私はものごとに対してロマンティックな空想を抱いている。それを私は絵に描くのだが、リアリズムによってそこに到るのだ」
2009.01.27
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写真は次回公演のポスター、かっこいいでしょう。くしゃくしゃでおまけに光っていてすいません。大阪、東京ドームコンサートは行けなくて、ついつい生協で購入してしまった正月コンサート「奇跡元年」3階席で立つ人はあまりいないのだけれど2列前、正面の方が張り切っていて視界をさえぎる。演奏途中で携帯開け光らせるおばさんが近くに3人もいて、どうしてここまで来て楽しみに集中出来ないのかと理解に苦しむ。先回2007年のコンサートの感想も生協でしたが1階前方脇のとても見やすい席だったのに「我が窮状」(憲法9条)や「SONGS」のためか、今回は3階席。初めて「我が窮状」を生で聴いて感慨がありました。ヒットしたようでうれしいです。CDも自主制作で偉いなと思います。還暦だぜ「ジュリー祭り」 純白の白のスーツで登場しジュリー24曲熱唱…ドームコンサートでは80曲!3時から9時半まで一人で歌ったそうです。休憩も25分くらい。派手な演出もない。立派です。夕食食べに出ようとした方は当てが外れたようです。24曲は軽いということで始終飛びはねて1曲ごとに「サンキュー、ありがとうね」と律儀なジュリーは健在。ドームコンサートは「12000円でっせ」と笑わせる。「ロックンロール・マーチ」をはじめ「ダーリング」「TOKIO」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ 」などヒット曲も歌ってくれた。以前は昔のヒット曲は歌ってくれないと友人から聞いていたが還暦コンサートからは別ですね。「東京ドームには皆が来てくれました。天国にいる久世光彦さん、阿久悠さん、安井かずみさん、それとどっちにいたのかわからないけど、デイブ平尾。」2007年のコンサートでも感じたのだけれど白のスーツ以外はもっとジュリーに似合う衣装が用意できないのかと思う。ご自分で選んでるのなら仕方ないけれど。ベルベットの渋い赤のスーツ着ていました。最後はシャツにカーディガン! 「奇跡元年」のタオルはジュリーも頭に巻いていたけれど売り切れ。グッズ売り場は人が多くて近ずけなかった。
2009.01.25
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「誰も守ってくれない」試写会観たばかりですがその映画の前の序章のドラマも昨夜見ました。脚本監督君塚良一、CMで中断されますがドラマも一気に見せます。佐藤浩市と松田龍平の刑事コンビ、ベテランと若者、いつの時代もどんな職業、ドラマでも欠かせませんね。映画で精神科医木村佳乃とやけに慣れ慣れしいわけもわかりました。こうやって映画に続くのですね。うまい。闇サイト、収賄、マスコミの餌食と今の世相を描いて緊張感のあるドラマでした。薬物にも警鐘です。怖いシーンがあります。「御法度」のポスター観た時になんて女の子?色っぽい、女の子と思った松田龍平。松田龍平ブログこれは俳優、には不可欠ですね。美の壺、正月編でもそう言ってましたね、私はからくり人形の清潔なきりりとした色香に惚れました。弟翔太君も映画イキガミ・篤姫観ましたが兄弟そろっていい若者。イキガミ篤姫2世、3世政治家には厳しくなりますが。成宮寛貴君も蜷川さんに鍛えられてますし、存在感あります。
2009.01.25
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バラが咲かない寂しいベランダに遠くからも目立つ水仙を植えました。本当はここに青系の花を一緒に植えるといいのですが。ここには写っていませんが白い水仙、寒咲日本水仙も植えました。地植えのお宅は勝手に増えてくれるのですが、うちでは難しいでしょうか。ミニ水仙テターテートは寒咲日本水仙に比べ安価です。。金魚草はもっとお安くて薬局で50円、黄色は3つしかありませんでした。
2009.01.25
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以前、さなえさんにいただいたのはスウェーデンのテキスタイルデザイナー、ビッテ・ステンストロウムのスポンジワイプ。愛猫モンスとリトルミミがモデル。真中がそれです。何とも言えない、良い表情でしょう。今回見つけたのは同じデザイナーの作品かと思ったら、スウェーデン国立芸術工芸大学でテキスタイル・デザインを学んだレーナ・M・カールソンの物。2人のママらしい。そのほかの動物柄も売ってましたがこの店では猫はこの2種でした。一緒に写したのは同じ雑貨屋さんで売っていたファアトレードのレーズンとカーシュナッツチョコ。色々な種類のチョコがあります。いつも行く映画館でも販売しています。チョコはカカオ栽培してるガーナの国の子供たちが低賃金で自らはチョコが食べられないで重労働している例がありますので、フェアトレードの製品を買うと助けになるはずです。フェアトレードhttp://www.peopletree.co.jp/は原産国の人たちから公正に買い取る方法でイギリスのデザイナーがデザインしたアクセサリーや衣類などもあります。猫のクッション、1つしか残ってなくて千円でした。左はトワルドジュイのクッション、もっと色が薄いのが好きなのですが。先日も手提げ袋を見つけましたがビニールで小さいのに高いので見送ってしまいました。又、心残りで。ネットでも見ています。端切れも売っています。食器も使っています。なぜか、この赤のかすれたような模様、風景や人物柄の模様にひかれてしまいます。青や他の色もあります。アンティーク屋さんのバーゲンのミニクッション、役には立たないのですが、最後は母の猫コレクション。今はないティファニー美術館で購入した母のお気に入りの猫。フランスの陶器のネコ。結構大きいものですが携帯撮影なので。最初恐い顔と思ったらだんだん可愛くなりました。ヨーロッパでは黒猫と古い靴が幸運のしるし。これも破れた靴を表してますが黒くて分かりにくいのでごめんなさい。
2009.01.24
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この3つの美術展はすべてデパートの催事で無料でした。正確に言うとどなたでも無料は韓流スター衣装展だけです。後はデパートのカード提示で無料になったり招待券です。同じデパートのフィギュアスケート展は撮影できましたがこれは禁止。説明する方が退場し人がすくなくなってから知らないで写していた女性がいましたが。「太王四神記」の衣装がずらり。実物は違いますね。綺麗です。キハの衣装など、ドラマと別物のようでした。中でも即位式のための白い華麗な刺繍の衣装は一度もペ・ヨンジュンがドラマで着ることはなくかけてあっただけのもの。撮影中、怪我されて血のあとのある衣装も。タムドクショールの長いこと、さすが長身のヨン様。その衣装と同じ生地使用バックは26250円!デザイナーはパク・ヨンハ家族の韓服やハリウッドスターの韓服・衣装を手がける女性、イ・イニョンさん。特注できるの衣装のサンプルも展示されていました。ドラマで観る結婚式等のチマ・チョゴリが豪華で美しいですね。前に美術展で鑑賞した女性たちが手作りしたポチャギの美しさも忘れられません。こちらに韓国の風呂敷、ポチャギの説明があります。徹子さんが徹子の部屋で着用された韓服の配色いいですね。日本の民芸運動でも韓国の美が絶賛されました。当時は朝鮮半島に対する蔑視がひどい時代でした。教科書で日本良い国、清い国 世界にひとつの神の国 日本良い国、強い国 世界に輝く偉い国と教えていたぐらいですから。恥ずかしい。日本民芸館HP 絹谷幸二展、ベネチアや大和国がキンピカ!3美神やバラの母子像もユニークでした。漫画のように吹き出しまであったり。ヌード描く時「若いし手だし出来ないので苦しんだ」ようなことが書いてありました。正直な方ですね。 絹谷さんがトークしてらっしゃる日に二男が偶然行きました。鮮やかな色を使うのは皆さんに元気になってほしいからだそうです。天使の羽が半分埋まっていたりする立体作品も面白かったです。平山郁夫展はテレビで見たことのある大作がずらりでした。その他の写真はこちら
2009.01.23
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ランチもなかなかアップできないできました。写真はたまっています。アンドリューワイエスのすごい精密、静寂な水彩画見てもう2時近くになってしまいました。絵のことは後日に。美術展観た人には500円引きというので駆け込み,奮発ました。地元で美術館ランチは初めてかも。美術館は10階、この上に屋上ガーデンがあって彫刻などもありますがあんまり好きな作品ではありません。以前の建物は美術館と共に見やすい劇場や図書館がありました。図書館はお城の方に引っ越し遠くなって不便です。当時日本初というオペラ劇場は見ずらい。先日ジュリーのコンサートに行きましたがその話は又今度。コンサートホールや小劇場はいいのですが。デザートはワイエスの作品のモチーフにある「ブルーベリーのパイ」メレンゲが暖かくてブルーベリー甘酸っぱくて美味しかったです。メインはミートローフ、シェフのウルフギヤング・パックのおばあちゃん直伝のレシピ。チキン入りサラダがこんなに多量にあったので私には多すぎのミートローフ。パンは小さいのが一つでも食べられない。レストランの写真には大きなパンが3切れも載っているのに。サラダは反対にてんこもりで酸っぱいサラダが好きなのでちょうどよかった。スープもついてます。サラダの写真はこちら
2009.01.23
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アンティ-クにぞっこんになってしまった頃、最初に魅かれたのがランプ。今のものにない雰囲気が好きです。この葡萄の柄のランプは私が最初に買ったアンティ-クランプ。何も知らない頃でした。ロンドンの骨董市でも花の小さいランプ、ジャンクを買ってきましたが壊れてしまいました。少年少女のランプは実家のテディベアのショーケースの中にあります。母はいくつか、小さいランプを買ってショーケースのテディベアを照らしています。昨日、アンドリューワイエス展の帰りにデパートでガレ、ラリック、ドームなどのガラスの展示観ました。うちにはそんな高級品ではないのですが、以前猫のアンティークランプ(サインはあるけど有名なものではないのです。)をご紹介しましたので今日は犬、猫、人物のランプを。ランプの拡大写真はこちらです。犬のランプの横は私には読めないサイン入りの女性のヌードのランプです。これは、母にもらいました。ヌードといっても樹木に絡まるツタの上に寝ている感じで色がこんなのですから全然目立ちません。最後の写真の左の大きい猫ランプは眉唾物です。ジャンクか、コピーです。
2009.01.22
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第8回朝日舞台芸術賞グランプリおよび紀伊国屋演劇賞個人賞にも輝いた「焼き肉ドラゴン」の録画を観た。評判通り「人間を、世界を鋭く見つめた舞台」「隠された歴史と英雄でない普通の人々の物語」日本人、韓国人、在日コリアンの出演者が入り混じる日韓合同公演第2弾です。02年、平田オリザらの『その河をこえて、五月』も朝日舞台芸術賞グランプリを受賞した。(録画鑑賞)これに続く、ソウル・芸術の殿堂とのコラボレーション企画。こちらはさらにエネルギッシュで笑わせて、切なくて悲しい素晴らしい舞台だった。脚本と俳優たちの高い演技力に泣いて拍手喝采したい。物語の舞台は大阪万博の在日コリアンの経営する焼肉屋。日本の戦争で左腕を亡くした父親(最後の存在感!)とパワーにあふれた母親。悲劇性とおかしみ。ユーモアがあるので救われる。夫婦にはそれぞれの連れ子の娘と二人の間に生まれた男の子(痛ましい場面の演出は忘れられない)がいる。そこに常連客や娘たちの恋人や婚約者が入り混じる大騒動。演出・梁正雄(写真左・ヤン・ジョンウン、ソウル芸大、欧州留学を経て、韓国で劇団「旅行者」結成。身体性の高いスタイリッシュなの演出で人気)作・共同演出は岸田國士戯曲賞受賞のほか、「月はどっちに出ている」「血と骨」「愛を乞うひと」で、日本アカデミー賞最優秀脚本賞・キネマ旬報脚本賞受賞など映画界でも人気シナリオ作家として活躍する鄭義信チョン・ウィシン(写真右、ぼくたち、在日は日韓の歴史の中でどちらからも無視されてきた存在。その物が足りを両国の国立劇場で上演出来たことに大きな意義がありましたと)「月はどっちに出ている」「血と骨」「愛を乞うひと」この3本、観ました。「血と骨」は先にこの力作を読みましたので印象が強いです。太平洋戦争、朝鮮戦争、島民が虐殺された48年の済州島事件、就職差別、いじめなどを巧みに織り込んで生き抜く家族を描く。いとおしくさえなります。国有地開発に伴い立ち退き迫られ、別の町や韓国や北朝鮮!へ離散する家族。リアカーに重い妻を乗せて引っ張っていくお父さんに声援したいと誰でも思うでしょう。東京もソウルも客席の反応は圧倒的でソウルでは泣き過ぎて痙攣した人のため救急車を呼んだ日もあったそうだ。。国有地を負われた体験を鄭義信さんは持っている。韓国の舞台は「キッチン」(これもスタンデイングオベーション!)しか観たことがなくて残念です。以下はHPよりの引用です。「日本人キャストは演出家としても活躍する千葉哲也、CM・映画等での活躍がめざましい粟田麗、占部房子、韓国語落語を創作し活動の幅を広げた笑福亭銀瓶ほかユニークな出演者が集まりました。さらにミュージシャンもセリフと演奏で参加し、舞台を盛り上げるという、俳優、落語家、ミュージシャン、そして両国キャスト・スタッフが集結した二ヶ国語が飛び交う“ビビンパップ(ごちゃまぜ)演劇”、煙と笑いと涙に目をこすりながらお楽しみください。」
2009.01.21
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40年の1月18日は、安田講堂落城の日で17日に安田講堂落城 ~“あの日”から40年 学生たちのその後~を途中からで残念だけどだったけど観ました。有名な諏訪中央病院の鎌田實さんが登場!ボロボロだった諏訪中央病院を立て直し先駆的な地域医療の実践を行ったのは今井澄さん。今井さんは東京大学の学生時代、全共闘運動のリーダーだった。防衛隊長だった今井さんの「獄中日記」に「催涙弾のかかったおにぎりは辛くて食べられなかった」とある。校内に立てこもったた学生は700人。強制排除のため出動した機動隊は8500人。学生の演説と警察の退去勧告。上空の取材ヘリ。全共闘安田講堂攻防戦1969講堂に向けて催涙弾と放水。学生側は火炎ビンと投石。天声人語によると先々の不利益を承知でとどまる学生らは命がけで職務にあたる機動隊員に必死で抵抗した。講堂に籠城した島泰三さんの著にある。「人生のくれ方に至っても、私は後悔していない。歴史のひとつの局面で、果たすべき義の一端を担うことが出来たのは、わが、人生の欣快である」革命ごっことあざけるのは楽だがベトナム戦争もでも大学改革でも時代と社会に向き合う一途さはまぶしい。その「熱いバトン」を落とした世代の、勝手な感傷だろうか私も涙する。20億円もの使途不明金の為に闘った日大闘争、秋田明大さん(日大闘争時の日大全共闘議長。元・全国全共闘連合副議長)の今を観ていると逮捕されるべき人はほかにいると思い、安田講堂攻防は映像でしか、観たことがないけれど無念の気持ちとなる。最首悟さんは東京大学教養学部の助手であったのに全共闘運動に参加、1967年から94まで27年間助手!「東大、文化の破壊者として見られた、その視線のすごさ、目で殺せるとすれば、何度殺されたか」今は和光大学名誉教授。星子さんが生まれたことによって水俣病や障害者の作業所の運営にかかわっておられる。いまなお自分の生き方を突き詰めようとしている最首さん、星子さんが生まれて人生が本格的にスタートしたと。最首さんの抗議に出ている現代の学生が「思想には興味がないといった」のには心底驚いた。国の締め付けで…『安田講堂1968-1969』(中公新書)の著者、島泰三さん(62)。一連の闘争について「親世代ときちんと話せれば、違った結果だったかもしれない」と振り返った。「殺す気はないが殺してしまうことはある。死にたくはないが死んでしまうこともある」そんな覚悟で立てこもっていた。封鎖解除に先立つ昭和43年9月、日本大学で学生の投石を頭に受けた警視庁第5機動隊、西条秀雄巡査部長=当時(34)、殉職後2階級特進=が殉職していた。当時は国内だけでなく世界もざわついていた。同年1月に南ベトナムで「テト攻勢」が、5月にはパリで「5月革命」が起きた。「人類史の転換点だと思っていた」東大理学部の学生だったが、解剖学などの講義を医学部で受けていたことから同部のストに参加。仲間に頼まれ「隊長」となり、安田講堂では大講堂1階の防衛を担当した。最後は暗闇で機動隊に追い詰められ、仲間と腕を組み仏でつくられた革命歌で1944(昭和19)年まで旧ソ連の国歌だった「インターナショナル」を歌った。「若い人たちは時々、命がけになってほしい。命がけにならないとできないこと、見えないことがある」公務執行妨害など3つの罪で懲役2年の実刑判「やれることはやった。大学の教育は良くなっていないが、米国のベトナム戦争に日本が協力しないという機運につなげられた」「若者は自分の正義しか見えないが、年寄りは相手の正義も見える。そのことを知らなかった。数を頼みに、盛り上がっていることがすべてだと思っていた」「親の世代ときちんと話せていれば、学生運動や労働運動を当然の権利とした、違った社会をつくることができたかもしれない」FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品「聴診器を温めて~ある医療改革者の遺言」(長野放送)では、地域医療や在宅医療とはどんなものかを描き、高度に専門化した現代医療の問題点を問いかける。≪あらすじ≫ 今井は、学生運動の闘士だった。大学紛争がピークに達した1969年、東大全共闘防衛隊長として安田講堂に最後まで立てこもって逮捕された。地域医療を志し、諏訪中央病院の医師となったのは1974年。つぶれかかっていた病院をたて直すとともに「病院のいらない地域づくり」をめざして、病気の予防活動に力を入れた。病院で診察を終えた後、毎晩のように八ケ岳山ろくの集落を回り、住民に減塩運動など健康づくりを呼びかけた。 彼は非常に心配りの細かい人だった。それをあらわすエピソードに、冬は聴診器を手でこすって温めてから、使っていたという。患者の立場にたった医療を常に心がけていた。そうした地道な活動が住民の信頼を得て、諏訪中央病院は地域医療の拠点となっていった。諏訪中央病院で診察する今井澄医師 東大紛争から8年後、彼の懲役刑が確定した。大勢の患者に見送られ、内科の医学書を携えて静岡刑務所に向かった。今井は外科の医師だったが、地域医療には不可欠な内科の知識を、服役中に習得したいと考えたのだった。 その後、諏訪中央病院に復職。1980年、40歳の若さで病院長に抜擢された。病院経営が軌道に乗ると病院長を8年で引退、鎌田 實医師にバトンタッチした。 1992年、旧社会党から参議院議員に初当選。その後、民主党に移った。急ピッチで進む高齢化社会に対応した医療、福祉政策の充実に尽力した。2000年、胃がんを患ってからも、日本の医療を変えようと精力的に政治活動を続けた。 昨年7月、国会が閉会すると茅野市の自宅に戻った。「人は自宅で生まれ、自宅で死んでいくのが自然」といつも語っていた。痛みを和らげる緩和ケアを受けながら、残された時間を家族とともに過ごした。 「患者の胸に冷たい聴診器を当ててはならない」──その志は諏訪中央病院の若い世代に受け継がれている。今の医者はパソコンばかり見ていて聴診器なんか当ててくれない。患者をさわらない。■安田講堂落城 ~“あの日”から40年 学生たちのその後~昭和44年1月18日、大学紛争のさなか、学生たちが立てこもった安田講堂の封鎖解除が始まった。8500人の機動隊による激しい放水と数千発に上る催涙弾が浴びせられた末に、安田講堂は翌日落城。350人以上が逮捕されたのである。東大医学部のインターン制問題に端を発した東大闘争とは何だったのか?NHKアーカイブスには、この闘争に関わった学生の10年後を追った番組が残されている。学生運動から抜け出せずその後の生き方を悩み苦しむ人、運動から遠のき地域医療に生きがいを見つける人・・・ 若者たちのそれぞれの生き様が記録されている。
2009.01.20
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作家 澤地久枝さんに戦争へと至った昭和史の実相に迫るノンフィクションを著した業績で2008年度の朝日賞が贈られました。同時に受賞されたのは次の各氏。漫画家 水木しげる さん 妖怪や戦争を題材とした幅広い創作による漫画文化への貢献劇作家 別役 実 日本に不条理劇を定着させた長年にわたる優れた劇作活動 朝日賞は、学術、芸術などの分野で傑出した業績をあげ、日本の文化や社会の発展、向上に貢献した個人・団体に贈ります。上の本は昨年末に読んだ本。ドキュメントとの書き方なども伝授されています。講演会は1回だけですがファンです。「竹橋事件」を描いた「火はわが胸中にあり―忘れられた近衛兵士の叛乱 竹橋事件」にとても感動したのですが澤地さんご自身も思い入れがあるとのことでうれしい。雑誌「世界」はよくリクエストします。前はいつも行く図書館にあったのに購入してくれなくなって不便になりました。左は「サド侯爵夫人」。今の文庫本を購入したのですが昔の本はこんなにお洒落です。この演劇のおかげでこういう本も読めて良かった。古い本でセロテープで補強してあります。最後は「解ってたまるか!」作者は現実の事件とは何の関係もないと冒頭に書いている。この本には「億萬長者夫人」の戯曲も載っていて舞台写真には若くてスマートな岡田眞澄さんの写真が載っている。表紙は青翠色でこの写真は見開きです。
2009.01.20
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「だんだん」HP久しぶりに朝ドラ観ています。写真は我が家の双子、本当は4姉妹のうちの2匹です。大好きなミュージカル俳優の森公美子の声楽レッスンシーンが面白い!しまりますね。私は成長物語が好きなのです。歌い方もミュージカルファンなので歌詞がはっきりわかる美しい歌唱が好きです。今風の歌い方にはついていけない私。美輪明宏さんも黒人のマネをした今の歌唱に批判的です。藤村志保、もうそこに座ってるだけで祇園の女将。京都が舞台。主題歌は竹内まりや、「袖振り合うも多生の縁」みんな観えない糸でつながってるのですからいがみ合い、戦争、暴力の連鎖は断ち切ってしまいたい。アメリカは戦争ばかりやってきたのです。そんなアメリカに従ってサービスばかりしていては消費税などいくら上げても足りません。消費税は弱者に厳しい不公平な税で、一度導入したら簡単に税がとれるのです。二枚舌使って導入した中曽根。飛躍してますね。オープニングのCGで都踊りの紙人形のような舞妓さんが立ち上がって来て踊るなんて面白いですね。「赤いスイートピー」「あの素晴しい愛をもう一度」など、数々のヒットソングが流れるのも楽しい。「産まれてすぐに離れ離れになってしまった双子姉妹に残る、たったひとつの共通の記憶。それは、同じゆりかごで一緒に聴いた、母が歌った子守唄「赤いスイートピー」。特に「恋のバカンス」で初めて二人が双子デュオとしてライブに登場した時がよかった。一人のように見せかけて…「二人のロッテ」のように入れ替わったり、老人ホームの介護のプロが歌手活動はじめた二人に電話してきてお年寄りの病状訴えるのもあり得ないと思うし、商人なのに一条という苗字はおかしいという声もあるけど。今、ドラマは祇園で舞妓だったプロ意識の強いのぞみと松江育ちのアマっぽいめぐみとのずれがあらわになって…二人の顔観てると元宝塚の真矢みきに似てきたななんて思います。めぐみの育ての母があまりにも出来てる人なので私などは耳が痛いです。こんな我慢できる人なんてっているのかと、惚れた弱みなのでしょうか。お嫁さんとしても母としても。家人が指摘した島根弁?松江弁?と名古屋弁の類似も気になります。
2009.01.20
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劇団四季の「解ってたまるか!」を鑑賞した。初演時は不入りだったそうです。今は事件を知る人も少ないでのでわかりずらいでしょう。劇場型事件のはしりでしょうか、金嬉老事件がモデル。台詞に憲法の前文だったか条文が、出てきた。1幕は今でもよく見る騒動起こした役所や企業の偉い人が揃って頭下げて謝罪する場面で笑わせる。現実の事件とは違い東京のホテルのスィートルームが舞台。主人公村木もびしっと黒のスーツで決めている。振り付け家でもある加藤さんが演じるでかっこいい。前科者の子供として差別受けたという話になってる。最近のドラマ「砂の器」でも国から隔離、断種や堕胎等のむごい差別された病気とは設定できないのがちょっと歯がゆい。本当にあった重大な差別なので。舞台装置もスタイリシュ。歪んだ社会を印象ずける。新聞記者、評論家、映画監督などごますり状態の文化人や会情勢を風刺する芝居。当時人質の方たちも次第に親近感?抱いたようです。ここでも女性の方が強かった。その方たちの人生が見えてきます。結末は現実とは違います。今図書館で原作リクエスト中。原作の方が笑えるとも聞いた。サド侯爵夫人鑑賞したときもおかげで原作や澁澤龍彦の「三島由紀夫おぼえがき」や橋本治の『「三島由紀夫」とはなにものだったか』読むことが出来たので楽しみ。解ってたまるか! キャストスタッフ. 作=福田恆存. スタッフ. 演出, 浅利慶太. 装置, 土屋茂昭. 照明, 吉井澄雄. 照明助手, 紫藤正樹. 衣裳, 小林巨和. キャスト. 村木明男(ライフル魔), 加藤敬二 ... ■金嬉老事件 1968(昭和43)年2月、静岡県清水市(現静岡市)で、暴力団幹部ら2人をライフル銃で射殺した金嬉老元受刑者が、静岡県川根本町の寸又峡温泉で13人を人質に立てこもった事件。金元受刑者は籠城(ろうじょう)中、報道陣に民族差別体験などを語り、その様子が大々的に報道された。75年に最高裁で無期懲役が確定したが99年、異例の措置で韓国に帰国。2000年、交際相手の夫を殺害しようとした殺人未遂の疑いで逮捕された。加藤さんインタビューやればやるほどむずかしくなる実は事件現場となった静岡・寸又峡(すまたきょう)の旅館「ふじみ屋」にも行ってきた。実際に人質にされたおかみさんに事情を話し、泊まりがけで当時の話を聞いたという。 「ダイナマイトを外のパトカーに投げるよう命令されたそうで、『あまりの恐怖で、怖いという言葉が当てはまらない』などとずっとお話ししてくれました浅利・福田対談
2009.01.18
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名古屋市美術館でモネの「印象 日の出」を鑑賞しました。今回はここだけの公開だそうです。発表当時は壁紙でさえもっと完成されてるとか、非難された絵です。ちょっとぼんやりとした優しい色使いです。観ているうちにキラキラと光ってユラユラしててるように見えてきました。この絵は別格扱いで、絵の前だけでなくちょっと離れた所が高くなっていて見渡せるようになっていました。モネの初の油彩「ルエルの眺め」や、ルノワールの「森の小道」?が気に入ったのにポストカードがありません。「ルエルの眺め」はかろうじてミニクリアファイルがありました。写真の左側です。高額で購入して批判のあったモディリアーニの「おさげ髪の少女」の飴入りガマ口も購入してしまいました。噴水は美術館と同じ敷地、科学館の前にあります。モネの庭や、オランジュリー美術館の睡蓮の連作を観たのが懐かしいです。
2009.01.17
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ようやくイスラエル非難が高まってきました。第二次世界大戦のホロコーストの被害者が加害者へ。2枚舌を使ったのはイギリスなのに。パレスチナの子供たちが殺されている。 heliotrope8543さんが「イスラエルロビー」を紹介されています。イラクの子供たちを殺したブッシュは反省もせず、そのお先棒担いだ小泉・竹中にようやく批判の萌芽。知らないうちに加害者になってるなんて不本意ではありませんか。続きはこちらで。
2009.01.17
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先日ご紹介したローズフォエバー社のポリアンサのバラです。ミニよりは大きいので好みです。ミニはとげが鋭いものが多く痛いので。たあちゃんも美しいブルーのワイングラスアップされました。キッチンの窓に前から並べているビンとバラです。グリーンのインク瓶などは合わないのでカットしました。
2009.01.16
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写真はパンフレットからでボケていてすいません。オリジナルはまだましなのですが。劇場で売ってる舞台写真は1枚500円もするのでたまにしか買えません。ちょっと後悔です。昨年末に観た南座の舞踊劇『信濃路紅葉鬼揃』なんという格調高い華やかさ、これぞ玉三郎丈です。歌舞伎座での初演は観ることができず、テレビで玉三郎がこだわりの衣装を注文しているところや録画を観たのみだった。ラインダンスとか、初演では批判なったようだけど玉三郎はバレエがお好き、鏡花の「海神別荘」にもバレエ的なシーンあったけれど融合でいいではありませんか。歌舞伎は元々「かぶく」その当時の事件をいち早く取り入れたり、流行の先端だったのだから。古典として固まってしまわないのがいいのでは。私は新しいものが好きです。だから猿之助、勘三郎も贔屓してます。「海神別荘」はハープの生演奏がありクラッシックも好きな私は特した気分。海老蔵もぴったりお似合いでした。お父様、難病で本当にお疲れさまです。あのおおらかな雰囲気、かけがえがありません。能「紅葉狩」を題材にした新作舞踊。雑誌演劇界に「紅葉狩」とは紅葉という女の首を打つことだという説ありでびっくり。昔から蝦夷等、、抵抗する人々を鬼と呼んだことも連想される。この舞台、女形では初の緋大口(袴)に玉三郎は金地の紅葉を散らした唐織り 「前から大口はいいなあと思っていたんです。赤姫が裾を引いているより動きやすいから」と玉三郎。赤姫の「紅葉狩」より私もいいな。花道から上臈実は鬼女が侍女(市川門之助、上村吉弥、市川笑也、市川笑三郎、市川春猿)をひきつれて登場する。美しい能衣装をまとい能面のような化粧で、スリ足で本舞台へ。豪華!又長唄、竹本の演奏が素晴らしい。玉三郎の舞台ではおなじみの演奏家がずらり。チケット代が高くても仕方がないです。能の「紅葉狩」の詞章に杵屋巳吉が曲をつけ、田中傳左衛門が作調。藤間勘吉郎が振り付けしたもの。紅葉狩りの宴を催しているところへ、鹿狩りの平維茂が従者とともに通りかかる。女たち一行に酒宴に誘われ、杯を重ね、美女の舞を見ているうちに維茂は酔いつぶれて寝てしまい、女たちは山中に隠れ入る。間もなく山神のお告げで目を覚ました維茂は、鬼女の正体を現した女たちに襲われる…。海老蔵(維茂)の気品ある美しさ、ニンにあってます。山神はなんと仁左衛門、初演ではドラマで城山三郎の若き頃を演じた勘太郎が務めていた役、これぞ顔見世なんでしょうね。前半はこの上もなく美しい能の様式で、後半は隈取の鬼女となり、シテは黒頭、侍女五人は赤頭を付け歌舞伎らしい立ち回り。 「私は静かに見ているだけ。ほかの五人は派手に動いて毛を振ります。前半は能の様式美を、後半は歌舞伎仕立てで」と玉三郎。OSKのトップ東雲あきらが能レビュー「恋夢幻」で維茂を演じていた。短い時間で平安絵巻から景清、現代のゲーム模様までとても面白く見せてくれて忘れられない。OSKと東雲あきらについて気ままに写楽衣装のこだわりがわかります。以下は東京新聞より 歌舞伎の「紅葉狩」は九代目市川團十郎が自ら演出して明治二十年に新富座で初演、「鬼揃~」は昭和三十五年に六世中村歌右衛門が歌舞伎座で初演した新作舞踊。観世流の小書「鬼揃」に基づき、大勢の隈取(くまどり)の鬼女が後半に立ち回りを演じるのが見せ場だ。 「羽衣」(十月歌舞伎座)など松羽目物を“見直す”動きが続くが、「歌舞伎には能楽からいただいた作品が多いが、これまで遠慮して衣装や台本を少し変えたり、中には派手になりすぎたケースも目立つ。しかし、もう垣根のない時代になったのだから、ここは原点に戻って演じるべきでは」と話す。
2009.01.15
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モントリオール世界映画祭最優秀賞受賞誰も守ってくれない公式サイトの試写会のチケットを貰った。おめでたの松田龍平も出ているが、脚本監督の君塚良一、佐藤浩市、志田未来 (母べえ)の舞台挨拶がありラッキ-でした。佐藤浩市さんは満足してもらえると思うと、帰宅するとお父さんの三国連太郎さんの「知る楽」やっていました。立派な方なのです。「戦争中、アジアの人に日常的にひどい扱いをしていた」と。監督は「誰も僕を観てない」と笑わせていました。「踊る捜査線」シリーズの脚本を手掛けてきた監督です。テーマは容疑者家族の保護ある日突然、兄が殺人容疑で逮捕された一家。まだ逮捕されただけで加害者と決まったわけでもないのに容疑者家族へのヒステリックな非難を知ったのは冤罪であろう帝銀事件の平沢貞通から。まず投石、罵声などで家にいられなくなる、離婚や自殺、一家離散に追い込まれる。この映画はそういう状況プラス今のネット社会の暴走を描いている。現代の病理を描いていてタイムリーです。野次馬に行く元気も時間もない私です。容疑者の妹や保護する刑事まで追いかけまわすなんて。もっと人間的な他にしたいことはないのでしょうか。甘いかもしれませんが読書や創作などの趣味で知的な喜びを知ってほしい。自分がもしそういう立場になったらと想像したら、とてもそんなむごいことはできません。赤毛のアンは想像力の大事さを訴えていたでしょう。映画の「撮影は手持ちカメラがメインでほぼオールロケ、リハーサルからカメラを回し、役者のリアルな動き、表情、感情を切り取るセミドキュメント撮影という手法」だから一気に見せます。主題歌は「イギリスの天使の歌声」ボーイズクワイヤーのリベラ時に凶気じみてるのが容赦なく糾弾するマスコミ。私はあまりワイドショーなどみたくないのですがそれでも耳に入ってくる非難、カメラ、フラシュ、罵声、プライバシーの暴きたて。もっと政治家や財閥、宗教団体にやってほしい。スポンサーや視聴率が怖いから出来ないでしょう。映画は警固役の刑事の心の傷も描いているのがいいですね。この犯罪が物的証拠あったか、そこを見落としたかも知れません。証拠なしに家族の証言引き出して…というのは気にかかります。「そうか、君はもういないのか」のロケで使われた名古屋市公会堂の前にある噴水です。整備で2月末までか水は出ていません。冬にヨーロッパへ行くと噴水は出ていないので、残念です。初めは休みや費用の関係で冬や春先に行ってましたがやっぱり初夏がいいですね。
2009.01.15
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栄、テレビ塔東、ブロッサ側にあるオートマタです。先日ご紹介したJR高島屋にあるハイテクオートマタと同じ作者の作品です。強風の日でビル風もひどく、人はいませんが(地下街は賑わっています)車が多く上手く映っていないのですが。このレストラン街があるブロッサの吹き抜けなどではクリスマスコンサートや、テレビドラマのロケがよく行われています。NHKの経済ドラマ「監査法人」、その他がありました。今はCBC昼ドラ「オーバー30」が放送されています。この横に地上へ出るエスカレーターがあります。ブロッサの地下街からの入口にはいつもきれいな花のアレンジがあります。ブロッサのすぐ南にあるノリタケという園芸店がアレンジしています。アンティーク屋さんのフェアでここの先生にアレンジ教えてもらいました。ノリタケさんはアンティーク屋さんの植栽もしています。インテリアのお店の後に有名美容室などが入るようで今、工事中で寂しいです。周富徳さんのレストランはずっと健在です。パレスチナ、イラクの子供たち、根津公子さんの闘いに涙です。
2009.01.14
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城山三郎の「そうか、もう君はいないのか」がドラマ化された。公式サイト夫妻が偶然出会った場所としてレトロな名古屋市公会堂(憲法記念日の講演会会場や映画の試写会でおなじみ)と噴水が印象的に使われた。写真はバラの季節の名古屋市公会堂。米騒動の舞台にもなった鶴舞公園にあります。試写会などが終わり外に出るとあのレトロな噴水がライトアップされて緑に輝いています。図書館や普通選挙檀などもあります。昔は動物園もあったとか。桜、紫陽花、花菖蒲と春は花が次々咲いて楽しませてくれます。 納屋橋の旧加藤商会らしき建物も出てきました。http://itou1.cool.ne.jp/rekisi/sangyou/naka~katousyoukaibiru/katousyoukaibiru.htm今はレストランのようで気になっていますが食事したことはありません。堀川もきれいになってきました。「泥の河」のロケが行われたのではないでしょうか。今は遊覧船も出ているようです。ちょっと意外なキャスト。 田村正和と富司純子が城山夫婦を演じた。若き頃は中村勘太郎と長澤まさみ。勘三郎の息子さんの勘太郎さんは清潔感があるし、長澤さんは愛くるしくていいですね。娘に元宝塚、「武士の一分」の檀れい綺麗で声もいいですね。(同じ公演内にある音楽堂、コンサートも行われます)奥様のことを 妖精、とか天から降ってきたとか呼んでおられた。この題名だけでも胸に迫ってくる。城山三郎は尊敬する郷土の作家でブログでも何回か取り上げた。海軍に志願したが理不尽にぶん殴られる毎日というのは、映画監督新藤兼人「陸に上がった軍艦」と同じ。このペンネームの由来である城山神社は子供の時住んでいたところに近い。(この写真は隣の名大病院のレストランからガラス越しに写したので綺麗ではありませんが池や噴水や庭が見えるので好きな光景です)このドラマの原作は短くて読みやすいのでどうぞ。その感想はこちらドラマの中で総理と対談する話が出てきたが 個人情報保護法案は晩年の城山さんを憤らせた。城山さんから佐高さんにあてた手紙「この法案を閣議決定した内閣が史上最低なら通過可決した議員は史上最兇」この法律は言論の自由を奪うもの。妻を亡くしお体の具合悪かったのに小泉首相に談判したり手紙を書いておられた。城山三郎展と貞奴双葉館 旧貞奴邸にて城山三郎と佐高信「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」は「ハゲタカ」の真山仁さんが城山さんを紹介。佐高信の司会「昭和と格闘したサムライ 城山三郎」
2009.01.12
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今の京都駅をどう思うと京女の友人に聞いてみたら「もう慣れたけれどやっぱりグロテスク。三条大橋建て替えの件は市民の反対で実現しなかった。不必要に変わりつつあるけれど東山、祇園、北野、室町、西陣などまだまだ町屋が残っていて、本当の京都がある。どこの地も自分の足で生きてる実感を味わいたいですね」とメールしてくれた。感謝です。初めてパリに行った80年代はじめ、泊まったホテルは吹き抜けで入ったと思うとまるでまた、街中のようで素敵でした。その後、日本のビルや個人宅で吹き抜けをよく見ますがビルの場合、冬は寒いし水害の時は大変なことに。
2009.01.12
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水仙を切ったらりゅうが思いがけずにじゃれて動きが面白い動画が撮れて嬉しいと思っていざアップしようとしたら保存してなかった!これは二番煎じでトホホです。ボロ屋が映っただけです。
2009.01.12
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皆様はご存知かもしれない京都駅の変貌。いつも目的地に行くのが精一なので。駅に到着する時は昔と違い京都タワーもほとんど見えずなんだか無粋で巨大な建物しか見えない。京都市民のご意見はどうなんでしょうか。友人にも聞いてみましょう。他の話ばかりしていたので。こちらに3代目の駅との比較、使いやすかった3代目の駅。私が知ってるのは3代目の駅だけです。2代目駅の完成当時日本最大級の駅舎が残っていたらいいのに。その記事はこちら。今回、京都劇場から歩いてきて…西側に天空の城に?長く続くエスカレーターを発見!初めて登ってみました。駅が寒いはず。巨大な吹き抜け。新幹線の乗り場のトイレに石鹸も手を乾かす機械もないのに。庭園や高いところから見る風景は大好きです。名古屋駅高島屋のインドアガーデン、名鉄の屋上庭園は残念ながらなくなってしまいました。
2009.01.10
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もうすぐこの絵本のイルミネーションともお別れです。
2009.01.09
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前の日記のシリンダーオルゴールの音色です。猫もびっくりして聞いています。
2009.01.07
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シリンダーオルゴールの音色です。
2009.01.07
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子供の時からオルゴールが好きでした。小さいものは弥生美術館で買った手回しの木の竹久夢二のオルゴール。回転木馬やエンジェルや人形、宝石箱のオルゴール。でも音が悪かったりしました。その後、アンティークオルゴールを知り、各地のオルゴール博物館や「赤い靴」というオルゴールレストランで実演も聞きました。音も形態も芸術的で迫力のある音です。前にご紹介したオートマタやバイオリン、オルガンが入ったようなオーケストラのようなオルゴールもありますね。シリンダー型やレコード、CDのようなディスク型が開発されました。俳優の石坂浩二さんはたぶん1千万もするような大型のオルゴールをお持ちです。音はとても大きくて困るほどだそうです。貴族がお抱えの楽団持っている時代から音楽を記録できる機械を作りだしたのですね。このオルゴールは「カノン」1曲しか入ってないけれどやっとの思いで買ったものです。現代のものです。アンティークのエンジェルの絵のついたディスク型のオルゴールはあきらめました。先日、母がこれこそ形見だと言ってアンティークオルゴールをくれました。ある骨董店でたった一つあったオルゴールが気に入って即座に買うといったので驚いたものでした。蜂がついたベルの下にシリンダーがあります。光ってうまく写せません。
2009.01.07
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パレスチナの子供たちがイスラエルの攻撃で傷ついている写真が一面に載った。第一次世界大戦以降の戦争は多数の子供、女性、老人、弱者を犠牲にしてきた。「明日への遺言」を観た。これも見逃した映画をWOWOWが2日に放送してくれた。原作は大岡昇平の「ながい旅」ピカソのゲルニカから始まり、無差別爆撃を禁止したハーグ国際条約にもかかわらず、日本の南京、漢口など中国大陸への無差別爆撃(取り残されてる赤ちゃんの映像!)、ドイツのイギリスへの空爆、それに対するドレスデン、ベルリンなどへの報復、まっ黒こげにされた赤ちゃんや母の痛ましい写真が有名な東京大空襲(一夜で10万人が非業の死)ヒロシマ・ナガサキの映像が流れる。1945年1月、サイパン司令官が軍事工場目標のハンセル少将からルメイ少将にかわり夜間無差別空襲、焼夷弾攻撃が始まった。日本全国の都市は火の海となり女子供、老人、民間人が犠牲となった。続きはこちらで
2009.01.06
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夢童由里子作、「シエロ アルペジオ」天の竪琴です。偶然通りかかったら始まり初め写真撮っていたので動画はちょっとだけです。先日の玉屋さんの実演で思い出しました。この「シエロ アルペジオ」は2002年に出来た時は2階だったかの目立つ所にあったのですが今は12階で寂しい。雑貨店に行こうとしていたのです。「名古屋らしいわね」とちょっとだけ見て去った女性2人組。もう1組のご夫婦は初めてなの御様子で熱心にご覧になっていました。写真はこちらです。お目当ての雑貨屋さんはレストランになってました。以前はインドアガーデンもあったのに。ガーデンは室内は無理でしょうが。出来た当時は楽しませてくれました。「明日へ遺言」「絹谷幸二展」観ました。玉三郎顔見世も書きかけです。
2009.01.05
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バラ栽培には謎ばかり。私にはわからないことだらけです。本格的な選定は2月というけれど早々と10、11月にきっぱりと丸坊主にされる方がいる。ヘデラやローズマリーも刈りこんでつんつるてん。寂しすぎと思うのは私だけ?このバラは母にあげたミニのテディベア。本当はもっとレンガ色、テディベアの色なのに寒いせいか、白い部分と赤い部分があり複雑。何年もかかって大きくなり冬なのに葉が茂り花もたくさん付いている。ベランダで西からは冷たい風が当たらないようにかこってあるのがいいのか。このまま、葉が落ちないでで春を迎えることができるのだろうか。切り花は温室で咲き続けるのでしょう。母の園芸歴は長い。肥料は大判振る舞い。デンマークのローズフォエバー社のバラです。観により大きくポリアンサぐらい。まるでイングリシュローズのような華やかさ。室内の日のあたる所へ置くこととあるので冬は室内で咲き続けるのでしょうか。このバラは何年も荒れるがままにされている廃屋に咲いているバラです。もともとのお家は凝った洋風建築のようでアーチがあるのです。けなげな白薔薇です。
2009.01.05
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もともと、オルゴール、西洋のオートマタや日本のからくり人形が好き、演劇の要素があります。泉鏡花の「山吹」は不思議なお話ですがくぐつ人形師が登場します。玉三郎の指導で市川笑三郎と中村歌六が演じました。高島屋、大須観音(徳川宗春のからくり)栄ブロッサの西(フランス人形)には有名な女性人形作家夢童由里子さんのハイテクからくり人形が、栄には三英傑のからくり時計があります。デパートで年末に「天才からくり師の世界展」で九代目玉屋庄兵衛さんの実演を鑑賞したのですが今朝の美の壺でその時は展示だけで実演しなかった凛々しい美少年の字を描く様子を観ることができました。西洋のオートマタではピエロが手紙を書いてると居眠りして…という傑作があります。美の壺はお正月のスペシャルでなんと、年末に「夕顔」を演じていた扇雀丈も御出演。前に玉屋庄兵衛さんも「からくりより人形を作るのが難しい」とおしゃっていました。今回筆持って字を描く人形の復元の披露がありました。惚れぼれするような神聖ささえ感じる人形です。弓射り童子は愛嬌ある庶民的な御顔です。でも能と同じくわずかな顔の傾きなどで顔の雰囲気が変わります。テレビでご覧になった方もあるでしょう。的に当てるのですが、全部成功させないようにわざとしてあるのが憎いですね。文楽のようにプロの人形師がやってるのではないからとおしゃいましたがお座敷の茶運び人形から、からくり山車の「綾渡り」などの実演があり会場は沸きました。からくりの木の説明も面白かったのですが覚えきれないので下に引用させてもらいました。会場では万年時計のような大きなものから根付けのからくり、薬屋さんのコイン入れると観ることが出来る覗きメガネなども展示。美の壺はお正月のスペシャルでなんと、年末に「夕顔」を演じていた扇雀丈も御出演。九代目玉屋庄兵衛のかしこい生き方のすすめからくり人形についての最も古い記述は高陽親王の機械人形についてだそうですが、平安時代には人形遣いが小さな箱を持って町中を回り、人形を操って見せたとか、安土桃山時代には、武将がからくり人形で遊んだといった記述があります。その後1600年代になって竹田近江(たけだ・おうみ)が、大阪の道頓堀でからくり人形一座を旗揚げし、人形芝居を道頓堀から京都、尾張、そして全国へと広げていったことで、大衆に広まったんです。からくり人形には、大きく分けて「座敷からくり」と「山車からくり」というふたつの種類があります。前者はゼンマイやバネ、歯車などを使って自動で動かすもので、「茶運び人形」に代表されるような小ぶりの人形。後者は、人形の体内に仕組まれた何十本もの糸を人が操作して動かす大型のものです。山車からくりは、愛知県や岐阜、群馬、滋賀、京都、福岡などの祭りで良く見ますが、中でも愛知県には600体を超える山車からくりがあります。というのも愛知県、つまり旧尾張藩には、家康を奉った東照宮の祭りがあり、人寄せとしてそれぞれの町が競ってからくり人形を作ったからなんです。当時は、徳川吉宗の時代で質素倹約が叫ばれていた時ですが、尾張の殿様である徳川宗春は、祭りや芸事といった娯楽に力を入れていて「楽しく派手に遊べ」というのが許されていた土地柄なんです(笑)。尾張地方で、からくり人形が発展した理由とも言えるでしょう。もともと京都でからくり人形を作っていた私の先祖も、1734(享保19)年、ちょうど宗春の時代に尾張へと移り住み、この地にからくり人形師として残りました。私の先祖だけではありません。「尾張には仕事がある」と、全国から色々な職人が集まってきたんです。--からくり人形は、ロボットのルーツとも言われ、日本人のロボット観を作ったとも言われていますが、そうした技術は現在もこの地域に根づいていますね。 玉屋時計や食器、機械などの産業技術が多く集まっていますし、そうした技術を育む歴史的背景があるからなのでしょうね。 -- もともと「からくり」という言葉は「機械」とか「仕掛け」とかいった意味を持っていたということからも分かりますが、人形の作りはどのようになっているのでしょうか。 玉屋からくり人形は、胴体のほとんどが木でできています。動きは糸などで制御します。動力はぜんまいや石などの重りです。使われる木は1種類ではなく、部位に応じて複数の木材を使い分けます。もちろん木を選ぶところから、からくり人形師の仕事です。茶運人形の場合、顔には細工もしやすく脂や変色も起こさない檜を用います。胴は桜。歯車には堅さのある花梨。軸心には赤樫。調速機と呼ばれるスピードを調整する部分には、柘植、黒檀、竹を使います。計7種類を、用途に合わせて選ぶ目が必要なんです。そうして選び抜いた素材を使ったからくり人形は、二百年経っても動きます。特に檜は、「樹齢二百年の木を使えば、二百年持つ」と言われるほどに良い木。顔は人形にとって大事な場所ですから、やはりそうした木を使うのです。今、目の前に彫りかけの顔がありますが、これが大体樹齢二百年経った木ですよ。ちょっと持ってみますか? -- 肌触りも優しくて、まるで生きているようです。こうした木の選択から、すべてお一人でなさるわけですか。 玉屋そうです。歯車も胴も顔も、それだけでなく人形の背景にあたる大道具や小道具もすべて自分で作ります。更には木を削りだす道具も、刃以外は自分で作ります。柄をつけて、自分の握りやすいように削り出していくんです。それにすべり止めとなる籐を巻いて漆を塗る。使いやすい、疲れない道具は、やはり自分で作らないと。
2009.01.03
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この映画は面白そうだったのに見逃していましたが元旦に放送されて一気に観ました。初笑です。1時間半で短いしとにかく笑いたい方にはお勧めです。フィギュアもパロディも大好きです。一見おバカですがツボを押さえていていい感じです。ウィル・フェレルは「奥さまは魔女」「プロデューサーズ」他にも出ているのに日本では未公開が多いらしく残念です。190センチもある大柄な人がスケーターというのもおかしい。ジョン・ヘダーの他の映画も観たくなりました。日本人にはうれしいサプライズがあるのですが経歴読んで納得です。ブロンドのカールが可愛い!コーチや敵役のペアもはまっています。以下はyahoo映画より解説: ライバル同士だった男子フィギュアスケート選手が、男同士でペアを組むことになる爆笑コメディ。『主人公は僕だった』のウィル・フェレルと『バス男』のジョン・ヘダーが、厳しい特訓の末に体得した優雅でかわいらしいフィギュアの技を披露。ばかばかしさ満載の中、前回の冬期五輪・トリノ大会女子フィギュアで銀メダルを獲得したサーシャ・コーエンなど、豪華スケーターたちの競演も見どころ。(シネマトゥデイ)あらすじ: マッチョで派手な演出を売りにしているフィギュアスケーターのマイケルズ(ウィル・フェレル)と、繊細(せんさい)なナルシストのマッケルロイ(ジョン・へダー)は世界選手権で同点1位となり、表彰台で大乱闘を繰り広げてしまう。2人は男子シングル部門から永久追放の裁を受けるが、男子ペア部門での復活に望みをかけペアを組みスケートリンクに上がることに……。(シネマトゥデイ)
2009.01.02
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昨夜BSで万葉集特集があり私の好きな山上憶良や「君が行く 道の長手を繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも」も紹介されていました。東儀秀樹さんの演奏に寝ていた猫が何事かと目を覚ましました。挙動不審!目をまんまるくしてて首をのばしてどこから聞こえてくるのかとあらぬ方向を。ほかの音楽ではこんなことはありません。この子たちの祖先は日本生まれでないから?猫が来る前は東儀さんの曲はよく聞いていたのに。最近CDかけけていなかった。朝刊には「希望は女性にあり」吉田秀和さんと丸谷才一さんの新春対談が載っていました。暮れには玉三郎の鬼気迫る六条御息所(一生の思い出となるでしょう)を観て1日には玉三郎の衣装考証のドラマ源氏物語を。歌舞伎チャンネルでは以前放送した「浮舟」(かわいらしい玉三郎の浮舟に仁左衛門の薫、勘三郎の匂宮、最高の組み合わせでした)「末摘花」勘三郎の末摘花、玉三郎の光君、これも大御馳走でした。さて対談では、吉田 「日本最大のホープは女性たち。ベルリンフィルのような世界一流のオーケストラからベネズエラの子供を中心とするオーケストラまで女性のメンバーがそのうち半数を超えそうな勢い。」丸谷「文学も女の人のものがいい。男の作家たちは繰り返しになりがち」「世界中でなぜ「源氏物語」がもてはやされるのか、バハオーフエンの、人類の歴史は6千年も父権的な時代が続いてきたという説を援用しながら「源氏」が広く読まれる背景として人類文化そのものが6千年ぶりに、母権的な時代に変わろうとしている一つの大きな兆候ではないか。母親が家族の長であり、社会の指導者であり偉大な女神であっった文化があった。その痕跡が平安時代にまだ残っていて源氏も面白く、世界でも珍しい文学が出来た。「細雪」や「サザエさん」の人気も同じ。女性史を勉強したとき、高群逸枝などの著作は衝撃でした。日本は世界史的に長く母系制が残り平安時代までは通い婚、婿入り婚、だった。そういえば今でも実家がお産の面倒を見たり雛人形を贈ったりする。日本では女性の政治家がまだ少ないけれど過去にエリザベス1世やマリア・テレジア、エカテリーナ、サッチョーなど傑出した人がいる。総理も女性にやってほしいと吉田さん。うれしいですね。映画にもなった「私は二歳」の松田道雄さんも「女性にしか期待しないと言っておられた。丸谷さんの「輝く日の宮」は鏡花賞受賞。面白かったです。徳川美術館の「源氏物語」もちろん、最高です。
2009.01.02
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