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にほんブログ村にほんブログ村母とその愛犬が久しぶりに我が家にきました。リュウが幼い時に実家に連れて行ったので威嚇することはありません。母はこのロングコートチワワに猫は怖いと前に教えてたためかびびってます。今頃「仲良く」といってもね。猫は以前友人の犬がきたらシャーとやりましたが母の犬は仲間うちと認識してるみたいです。
2009.03.31
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にほんブログ村 昨日は暖かくようやく桜ですね♪友人が会いに来てくれたので名古屋城に。月曜日でノリタケの森も白鳥公園もお休みですから。風もなくて良かった。お堀からの城と桜も観てもらいたかったです。桜はまだ咲き始めですが雪柳、菜の花は満開です。鹿や白鳥もいます。この後、背中に赤ちゃん乗せたスワンに会えたら最高です。大名料理などの写真はこちらお城の展示物です。どこかで再現した話も聞きました。昨年の名古屋城の満開の桜、お堀と城が綺麗です。大永寺の見事なしだれ桜山崎川の幽玄な夜桜お勧め新城の桜淵公園の桜見ずらいのですが、お城の中に展示してあった大名料理。名古屋城、名古屋駅は空襲で焼失してしまいました。今、非難浴びつつ、本丸御殿再建中です。
2009.03.31
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にほんブログ村藤間紫さんが亡くなった。有名な舞踊家でお若い時の妖艶なさまはかすかに覚えているので寂しい。東映の大川橋蔵との共演の舞台などをテレビで見たことがある。その時、若くして亡くなった橋蔵さんのことをもっと知ってほしいといって下さった。うれしかった。多分、私が観た生の舞台は橋蔵公演だけだと思う。猿之助さんとのW不倫は有名でお子さんの香川照之さんはお気の毒でした。「西太后」の舞台もテレビで観ただけだけれど女性で歌舞伎が出来るのは紫さん以外ないと言われたぐらいの方なので適役でした。それでも歌舞伎の舞台には立てない。さぞお悔しかったでしょう。猿之助さんのお弟子さんも育て、猿之助さんの看病お疲れ様です。写真はこのサイトからお借りしました。
2009.03.29
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にほんブログ村 ランチはずっとアップしそびれていて、削除してしまった写真もありますが。紅葉の美しい曽木公園手前の峠の茶屋のランチ。ラベンダー畑やパワーストーン、ネコグッズのお店もあります。田楽も頂きます。山芋をすりおろした刺身。天然きのこはご主人が山で採取したもの。 高浜市やきものの里かわら美術館 のランチ。大道あや展に行ったときの写真です。お皿もトイレットパーパーも鬼瓦の絵付き。寿司ランチなどの記事はこちら
2009.03.29
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にほんブログ村別館にいい奴・悪い奴・変な奴の予告篇動画載せました。最近、韓国映画を観ていない。寂しい。イ・ビョンホンの「いい奴・悪い奴・変な奴」も予告篇しか観ていない。どこかで上映したのか。検索したら秋田で韓国ドラマを撮っているそうだ。ビョンホンも観られず悲しい。カンヌでは拍手やまずビョンホンも涙だったらしい。こちらのサイトで今夏公開とわかりました。この方は偶然、ビョンホンさんに遭遇したそうです。うらやましい。オーラを消していたそうです。
2009.03.28
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にほんブログ村 今頃、椿、紅葉と人形の写真アップしました。椿とアンテイークの写真はこちら
2009.03.28
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にほんブログ村 写真はコッツウォルズ、チッピングカムデンのマーケットホール、17世紀にたてた建物だいたい、胡散臭いなと思っていた裁判員制度、この本読んでここまでひどいのかと戦慄を禁じえません。先日の生田弁護士はこれは平成の治安維持法と言われていますが西野喜一さんは、これは現代の赤紙、徴兵制度だと書いています。憲法改正への地ならしです。生田弁護士の講演会誤判、冤罪が増える、被告人は法廷で自分の意見を聴いてもらう機会もなく未決拘留されたままになる!その間に真犯人は逃げる。興味本位の尋問の可能性がある。被害者が傷つきます。裁判員候補者のプライバシーはない!裁判長の質問や質問票に虚偽を回答すると前科になる最大50万円の罰金!憲法では黙秘権を保証しているのにくじ運悪くプライバシーの中でも重要な事項、微妙な事柄、思想信条、前科、経歴などについて問われそういう質問について答えたくないと言えば制裁を科すというのでは意見です。裁判員として引っ張られただけの人に乱暴な不都合ばかりの裁判員制度です。大事な仕事、育児、介護、旅の計画、私など観劇もおジャンです。プロの裁判官に高い報酬払ってやらせていることをどうして素人が出来るのか。大変乱暴な制度で巨額の費用もかかります。西野さんは3年持たないかもしれないと言われますがその間にやれと言われたら…これから逃れる方法も書いてくれています。伊丹十三の「知る楽」で非常に面白いテレビ番組を制作していたことを知りましたがその父万作は又鋭い人です。だまされる責任 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(ぜいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。(『映画春秋』昭和二十一年八月号)原文の一部です。
2009.03.27
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にほんブログ村私が大感動したレ・ミゼラブルの「On my own」 島田歌穂の絶唱です。もう、この役は彼女しか私はダメなのです。最初に観た日本初演の俳優さんたちが目に焼きついています。今日久しぶりにレ・ミゼ、 山口祐一郎、岡幸二郎 で鑑賞してきました。家にあるCDは滝田・岡コンビなのですがそれに比べると岡さん大変進歩してますね。パン1枚、姉妹の子供の為に盗み、19年も牢獄につながれてジャンバルジャン、 「ああ無情」 は子供の時、読まれた方も多いでしょう。このミュージカル観て文庫本5冊の原作を読むことができ、ユゴーのパリの家も訪問しました。工場で働いていたシングルマザーが首になり転落するというのは、今の日本でもあることです。天安門事件が起きた時、この舞台はすぐれて現代的な面を観せました。普遍的な問題で、この素晴らしい音楽なので日本でも20年以上上演され続けています。もう日本初演からのお付き合い。初めての時、呆然とするぐらいの展開の速さにおどろいた。牢獄の場面からもうどこにバルジャンがいるのかわかってしまったが。最初にぐっとくるのは司祭様の美しい歌唱、今日の方も聞きほれてしまった。ファンテーヌからはボウダの涙シルビア のファンテーヌ、絶品。ガブローシュの最後の台詞はあんなに長かったでしょうか山口・岡が観たいため森さんが観られないのは残念です。初演の役者は忘れない。ブロードウェイはオリジナルキャストに報酬が支払い続けられると聞いた。「民衆の歌」の動画です。ロンドンでレ・ミゼを観たとき、日本版のCDがお店でホコリかぶっていました。初演の話はこちらです。
2009.03.26
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にほんブログ村久留実純のエトワール、仁科有理のアントワネット、紫苑ゆうの動画を見つけたのでヤフーブログにアップしました。
2009.03.25
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にほんブログ村山口祐一郎のファントムと姿月・井上、エリザベートの動画をヤフーにアップしました。山口のオペラ座の怪人はラウルしか観たことがありませんが。ジーザスで初めて山口さんを観て、明日、レ・ミゼラブルの山口さんに久しぶりに会えます。どうして山口さんはCDを出していないのでしょうか。謎です。
2009.03.25
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にほんブログ村 にほんブログ村「ダウト あるカトリック学校で」を観ました。まだ、人種差別が酷い、1980年代、たったひとりの黒人生徒と、進歩的な神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)、対立するがちがちの女性校長。これがあの「マンマ・ミーア」と同じストリープ!たった一人で通学した黒人学生はどんなに心細かったでしょう。校長は生徒から取りあげたラジオをひとりで聞いていたり人間っぽいところもあるのだけれどに名の前では冷たい態度をとります。女生徒の髪飾りも没収。私も取り上げられたことはないけれどちょっと注意されたことがあります。今ならこんなことないでしょうね。黒人生徒の母親役のヴィオラ・デイヴィスの演技も評判です。校長にはっきり抵抗します。校長が神父に抱いた疑惑は決して消えることなく広がっていき、疑いをかけられた者は、疑わしいだけで断罪されていく。イラクとの関係に言及される方もいる。疑われたものはたまらない。観てすっきりする映画ではないけれど人生ってこうですね。以下はallaboutより。日本で上演されていたとは。http://allabout.co.jp/entertainment/play/closeup/CU20080312A/ トニー&ピュリッツァー賞W受賞の話題作画像の代替テキスト現在、映画公開中の「ダウト あるカトリック学校で」は、2004年のNYのオフ・ブロードウェイでの初演が話題を呼び、05年にはオン・ブロードウェイに進出。その後、アメリカ演劇界最高の賞であるトニー賞最優秀作品賞と、ピュリッツァー賞演劇賞をW受賞した作品です。08年には、日本でも文学座アトリエの会が日本語で上演。(わたしは日本版を見逃してしまったのですが、)普遍的な社会の縮図を骨太に描いていた佳作と、こちらも好評を博したと耳にしています。「信念」「疑惑」という人類の普遍なテーマを正面からとらえた作品画像の代替テキスト本作で、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた、フィリップ・シーモア・ホフマン(左)今回の映画は、その作者であるジョン・パトリック・シャンリィ自身が監督、脚本を手がけたもの(ちなみに、シャンリィは、『月の輝く夜に』でアカデミー賞脚本賞を受賞しています)。舞台は、1964年の厳格なカトリック学校。人望の厚い神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)と、学校唯一の黒人生徒との「親密すぎる関係」が浮上します。神父に強い疑惑を募らせ、女性校長(メリル・ストリープ)は、執拗に彼の排斥を試みますが──。カトリック学校を舞台にしながらも、人種や宗教問題、児童虐待といった当時の米国の社会情勢のみならず、「疑惑(=DOUBT)「信念」という人類の普遍のテーマに正面から取り組んだ意欲作。みどころはつきませんが、やはり印象に残るのは、アカデミー賞俳優部門の候補になった主要キャスト4人の演技合戦です。ストリープとホフマンの壮絶なバトルは、息をするのも忘れてしまうほど壮絶! というか、現在、公開中のミュージカル映画(「マンマ・ミーア!」)で、ファンキーなシングルマザー役で歌って、踊っている人と同人物とはとても思えません。女優って、すごいなあ。そして、「黒」とも、「白」とも思えるホフマンの芝居も絶妙です。
2009.03.25
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にほんブログ村 『裁判員制度の何が問題か』の講演会に参加しました。3.22 西 光之輔さんのメールです。 講師の生田暉雄弁護士とはどんな人? ●冤罪と闘う生田弁護士>高知で、停車中のバスに白バイが突っ込み警官が死亡した事件で、警察は証拠を偽造してバスの運転手に過失があったとして刑務所に送りました。この冤罪事件で本人と妻が県警と県に損害賠償を求める訴えを高知地裁に起こしました。その代理人に生田さんがなられました(今年3月)。●「人権後進国」の日本の裁判はどうなる? 生田暉雄弁護士は、日本の裁判は「人権後進国」だと言います。長期の勾留(23日、欧米では2~3日)、代用監獄(警察署のブタ箱、欧米では捜査と関係のない拘置所)、密室の取調べによる自白の強要(諸外国では取調べの全面録画)など、これらの問題を放置したまま裁判員制度を実施して「司法改革」と言えるのか。 ●なぜ、「ヒラメ裁判官」になるのかさらに問題なのは、裁判官が報酬によって格差をつけられ、ほぼ3年ごとの転勤という人事であやつられ ていることです。政府が気に入らない判決を出す裁判官は家庭裁判所へ転勤させられ生涯、裁判長の職につけないなど、差別待遇が行われています。このことが裁判官を萎縮させ、上ばかり見る ヒラメ裁判官を生む原因になっていると、生田さんは言います。 当日、会場で生田さんの著書『裁判が日本を変える』を販売します。 >テーマ 『5月から始まる裁判員制度の何が問題か』講 師 生田暉雄弁護士(香川県弁護士会所属) 元 大阪高等裁判所裁判官今までで一番参加者が多く皆さん、危機感があるようです。なぜ裁判員制度か。9条を変えようとしても国民の抵抗にあい改正出来そうにもそうもないから。国家権力はこんなに恐ろしい、逆らえないことを示すため。これは平成の治安維持法だとまでおしゃいます。辞退できない裁判員制度。憲法違反ではないのか。冤罪産みだすお先棒担ぐのではないか。日本は人権後進国だから総理も世界で相手にされない。代用監獄性や、1件につき23日も勾留できる、ぜんざいの多さ、捜査の偽造など人権無視を国連で勧告されているのにガントして改めようとしない日本政府。一度黒とされると覆せない。映画「それでも僕はやっていない」見ても分かりますね。それでも権力行使に爽快感を感じる人もいるであろう。関東大震災時に民間人が朝鮮・中国人を率先して虐殺した例がある。今日借りてきた西野喜一著「裁判員制度の正体」には迷惑なこの制度、現代の赤紙から逃れる方法など、国民の立場から書かれていて良さそうですよ。
2009.03.24
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にほんブログ村にほんブログ村仲良し父娘ですが時には…
2009.03.24
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にほんブログ村にほんブログ村クネクネダンスも得意なパパ猫です。
2009.03.24
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にほんブログ村 にほんブログ村雑誌世界に紹介されている映画「懺悔」をこだわりの映画館で観た。あの時代にこんなすごい権力に抵抗する映画を作ったとは!しかも非常に芸術的。もちろん、ソビエトの検閲が入るのでお伽話のようにしたり検閲しないテレビドラマとして制作したという。日本初公開。ちょうど昨夜、NHKで爆撃されたグルジアのドキュメントがあった。心ないインタビューにも怒れる。気候の厳しいソ連の中で本来、楽園のようなグルジアでの今の悲劇。ロシアへ帰れなくなった妻と娘のいるグルジアの男性は柔道を教えているが会場を3倍に値上げされ路上で教える羽目になる。プ-チンのロシア、大国、強国であろうとするロシアのもとでは子供たちに悲しい不幸が。日本だってそうだ。国連から勧告受けているのに非人道的な裁判は続いている。映画の最後の女性二人の会話は深い。主演俳優のインタビュー偉大な市長が亡くなった。その遺体が掘り起こされるという事件が起き、ケテヴァンという女が容疑者として逮捕される。裁判で彼女はヴァルラムが自分の両親にした仕打ちを語り、無罪を訴える。 ケテヴァンの回想の中では、いきなり中世の甲冑を身に着けた男が現れ、有無を言わさぬ強権的な態度で彼女の父・サンドロを連行する。彼だけでなく、反政府的とレッテルを貼られたものは皆、甲冑の男たちに連れ去られる。そして、強制労働に付かされた囚人が安否を知らせるために丸太の切り口に名前を刻み、妻子が丸太置き場で名前をさがす。やがてその丸太はおがくずとなってしまう。 Georgia-Film,1984英題: REPENTANCE製作年: 1984年製作国: ソビエト連邦日本公開: 2008年12月20日 (岩波ホール)上映時間: 2時間33分配給: ザジフィルムズカラー/スタンダード/モノラルyahoo映画よりソビエト連邦時代のスターリンによる恐怖政治を彷彿(ほうふつ)とさせる、時代の独裁者に翻弄(ほんろう)されたある家族の悲劇と告発を描く一大叙事詩。独裁者を偉大な支配者と呼び、痛ましい真実からは目を背ける独裁政権のあり方を真正面からとらえた。監督はグルジア映画界の巨匠、テンギズ・アブラゼ。ソビエト連邦崩壊前の1980年代に公開されて話題になり、1987年のカンヌ国際映画祭でも審査員特別賞を受賞。極めて社会性の高いテーマを扱いながら、幻想的で芸術的な描写で観る者に深い余韻を残す作品に練り上げた。
2009.03.23
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にほんブログ村にほんブログ村猫がよくやるスリスリポーズです。特にこの母猫がやります。前の写真です。父ちゃん猫と。このいたずらっぽい目!こんな大きくなるまでおっぱいをねだっていました。この2枚の写真はこちらです。
2009.03.22
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にほんブログ村 亡くなったモーリス・ベジャールの追悼番組でシルヴィ・ギエムの「ボレロ」や「中国の不思議な役人」を観た。ベジャールのあとを継いでいるジル・ロマンが指導したのリハーサルの様子も放送された。ベジャール作品を生で見たのは2002年の忠臣蔵「ザ・カブキ」主演の後藤晴雄の故郷一宮公演。とても感動したのを覚えている。バレエ公演は高いのでなかなか行けないが熊哲やギエムの公演を観た。音楽が素晴らしく気品に満ちているので素晴らしい。番組の中で三島由紀夫にインスピレーション感じて作った「M]がちらり映ったが面白そう。観たい!ベジャールはとても寛容な人でギエムや、ジル、小林十市がいうように子供が親にチョコレートが欲しかったら頂戴というように何でも言っていいんだよという人でダンサーの意見を尊重したそうだ。玉三郎が新聞やバレエ雑誌に追悼文を寄せていた。100年に一度というバレリーナのギエムは今まで放送を許可しなかったのでこの「ボレロ」の放送は超貴重だそうだ。ベルサイユ宮殿での講演の様子のブログがあります。写真が綺麗です。ボレロのギエムは女神のようで神々しい。手の振りだけでもマネしたくなる。男性ダンサーたちの鍛えぬいた身体も見ものです。「中国の不思議な役人」は本当に不思議な作品でウイッキ検索しました。男性ダンサーが女性を演じています。(2009年2月9日収録)「中国の不思議な役人」無頼漢の首領:平野玲第二の無頼漢―娘:宮本祐宜ジークフリート: 柄本武尊若い男:西村真由美中国の役人:首藤康之「ボレロ」シルヴィ・ギエム平野玲、松下裕次、長瀬直義、横内国弘
2009.03.22
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にほんブログ村 上手く撮れませんでしたが。「白浪五人男」のからくりで往年の歌舞伎俳優のセリフ入りです。昔、父は宴会などでこの台詞をまねしたようでその本がありました。このサイトに見やすい写真が載っています。地下鉄の駅にも人形がお出迎えしています。
2009.03.21
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にほんブログ村にほんブログ村生まれてからずっと仲良しの父と娘猫です。眠りから覚めてまた眠い時娘のダブルンは父ちゃん猫の所へ行きなめてもらってまた寝ます。父ちゃん猫は恋人だと思ってるかも。生まれてからずっと仲良しの2匹。ほかにも娘はいたのに特にリュウとダブルンは仲良し父娘です。でも父ちゃん猫がその気になるとすごく怒ってパンチです。ブランも時に追いかけるとブランも怒って「シャー」といって逃げます。リボンも私の所で甘えて寝ているところにリュウが来るとパンチです。この写真と比べてください。
2009.03.21
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にほんブログ村 今頃ですが、先日、2006年放送の<シリーズ イラク戦争 揺れる米軍>出兵を拒否したものたち ~アメリカ軍兵士3人のケース~ の再放送を観た。アメリカ兵の犠牲が1900人を越えるなかイラク戦争に対するアメリカ国民の疑問の声が広がっている。これは2004年3月良心的兵役拒否を表明して国際的な注目を集めた28歳の米軍兵士、カミーロ・メヒア軍曹を追ったドキュメンタリーである。メヒア軍曹は半年間の実戦体験で米軍がイラク人を非人道的に扱っている現場に立ち会い、国際法違反のイラク戦争に従軍することを拒否することにしたと主張する。番組は、逃亡生活の途中から軍曹を追い軍法会議で懲役1年の有罪判決を受けるまでを見つめる。To Disobey(原題) 制作:カナダ/2005年メヒアさんは軍曹から初等兵に格下げ。3分の2に減給。自由は心の問題。軍隊では正しいと思ったことに従う自由もない。自分の良心に従うとして拒否。キャサリン・ジャシンスキーさんは22歳。大学を続けるために志願。志願すると8年もやめる自由はない。オーストラリアに旅してアメリカのやり方に疑問を持ち、出兵命令を拒否。軍歴10年のケビン・ベンダーマンは15ヵ月の禁固刑。妻とも会えないで選挙権も奪われた。ブッシュの空母での空ぞらしい演説。「大規模な戦闘は終わった」というが本当の戦争の始まりだった。極度の恐怖といらだち。道路にも爆弾が仕掛けられた。イラク人の監視を命じられ、眠らせないようになぐったり立たせたり銃口を突き付けた。朝刊に「戦地派遣を拒否する米兵らの支援活動を続けるジェフ・パターソンさんの記事が載った。米国の市民団体「抵抗する勇気」を創設。ネットで若者に志願やめるように呼びかけネットで戦争反対を訴えている。カリフォルニアの広告を卒業後、世界へ冒険に出かけるような気持ちで入隊。ハワイで核砲弾を取り扱う訓練を受けた。被爆後の広島の映像を見せられて核の力がいかに偉大かを教えられた。中東行きを拒否。営倉に入れられ3ヵ月で釈放。沖縄で「地元の人を信用するな」と教えられ見下した。20日、沖縄を訪れる。「あのとき話せなかった人々と話がしたい。」と。日本でも第二次世界大戦で少数だが兵役を拒否した勇気ある人たちがいた。
2009.03.20
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にほんブログ村 仲村さんからTB頂いた替え歌、聞いてください。憲法寄席での 麻生内閣冬景色、傑作です。これほど支持率が下がってもやめる気配もなく、信じられない太い神経。
2009.03.19
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にほんブログ村 ずっと探していた扇の本をようやく買うことができました。ポーラ文化研究所「西洋の扇とよそおい」お値段も800円プラス税でお手頃。前にもポーラ文化研究所の西洋の女性のおしゃれの本を買ったことがあります。神戸ファッション美術館はCD-ROしかなく残念でした。以前、西洋骨董店主にフランスの扇美術館で購入された立派な本を貸してもらったことがあります。エリザベス2世の子供のころの扇などたくさん載っていました。私自身は夏にも扇子は使わないし、表紙のような扇よりもっとシンプルなレースの扇などが好きです。買えないので観ているだけですが。子供のころ絵を教えてもらった藪野正雄先生のスペインの女性像と扇の絵が思い出でになっています。とても高そうでしたが日本にはありませんでした。骨董の本には少しは載っているのですが詳しい説明もありません。同じ方に御借りした「理想の女(ひと)」に扇言葉が出てくるのですがこの本にくわしく載っています。スペインでは未婚の女性と二人きりになれないということで自分の意志をこっそり扇の使い方で知らせたのです。ミュージカルエリザベートを観てから興味わきました。もともと日本の輸出品。平安朝の日扇などデパートで50万円で売っていました。行きたいフランスの扇の美術館扇は付いてませんがファッション画などの写真はこちら
2009.03.19
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にほんブログ村昨夜20万アクセスを超えました、皆様ありがとうございます!玉三郎丈は13,14日に昆劇合同公演に出演、それに先立ち蘇州大学、南京大学を訪問し、講演を行った。昨年の南座の初日と楽を鑑賞出来たのは幸せでした。「楊貴妃」は好きな演目ですし、昆劇では歌唱まであり夢のような舞台です。この舞台が5月からのシネマ歌舞伎で上映されるようです。「牡丹亭」の拙ブログはこちらお芝居と蘇州語での歌唱は素晴らしい舞台でした。あの綺麗な新人俳優さんも出演されているのでしょうか。紅娘の観劇記さん、中国側俳優紹介http://hongniang60.cocolog-nifty.com/top/2008/03/post_4433.html坂東玉三郎 江南地域の大学を2度訪問、芸術人生を語る以下は引用です。 3月6日、坂東玉三郎は蘇州で初めて蘇州大学を訪問し、大学生との交流を行なった。3月9日には南京に行き、南京大学で二回目の講演を行った。二回の講演で彼は、聴衆と昆曲に対する楽しみ方や、芸術に対する彼の考え方を語り、聴衆に歌舞伎界の大御所としての風格を感じさせた。講演を聞き終わった学生たちは口々に、坂東玉三郎はとても親しみ易くてチャーミングであったと絶賛していた。 昆曲と歌舞伎の衝突点を身を持って表現して見せる 坂東玉三郎は一再ならず、舞台化粧も舞台衣装も着けず、こんなに多くの聴衆の前に立って講演する勇気はとてもなかった、と強調していた。このため多くの熱心な学生との交流に対して坂東玉三郎は一問一答の形式を取り続けた。それと言うのも、彼が小さい頃より歌舞伎を習う際は、先生と一対一で行って来ており、こうして鍛えた才能が大観衆の前に立つ勇気を持たせてくれるからだ、とのこと。二回の講演で「恥ずかしい」と言う言葉をよく使ったいた。 しかしながら、正真正銘の歌舞伎の大御所は自分の弱点を克服し、新しい挑戦に立ち向かう姿を示すことで、坂東玉三郎は我々に彼の勇気を見させたのかも知れない。 南京大学の学生が昆曲と歌舞伎の衝突する点を尋ねたり、蘇州の科文センターの中である人が「坂東先生、昆曲と歌舞伎の衝突(違い)を演じてもらえませんか」と頼んだ時にも彼は婉曲に断りもせず、「ちょっと考える時間をください」と言って、ほんのわずかの時間で、化粧も衣装も着けずに彼は、一生懸命に素早く主役の役柄に入り込み、多分こうだろうと、演技して見せ、観客の要求に答えようとする勇気があった。 彼は観客に向って、歌舞伎と昆曲の舞台の上の立ち姿の違いを演じ分けて見せたり、ついでに『牡丹亭』の中で牡丹を眺めたり、牡丹の匂いをかいだりする一連の動作を演じたり、 最後に牡丹を優雅な手つきでポイと捨てたりする仕草で観客を大笑いさせたりしていた。 彼はまた、劇中の古典の少女の主役を現在に蘇らせることまで実演して見せた。 「伝統的な作品を軽率に現代版に変えることは不謹慎だ」 学生がどのようにして古典作品を現代版にアレンジしたのかと尋ねた時、坂東玉三郎は、古典作品を軽率に現代版に変えることは不謹慎だ、と答えた。彼は、自分が脚本を書いた歌舞伎版『楊貴妃』には20年余りの歳月と懸命な推敲が必要であったと語った。現在の昆曲『牡丹亭』は一幕が十五分の上演時間であっても、その背後には6ヶ月の練習時間と大変な苦労がある。『驚夢』と『離魂』には一年を使い、『遊園』は去年の9月から練習を始めて今年2月に終わったばかりである。しかも『写真』の幕に到っては今年年末にはどうにか終わらせたい、とのこと。 坂東玉三郎は、私は歌舞伎の要素を昆曲『牡丹亭』の演技の中に入れようとしているのではない、と何度も強調し、昆曲の保護と発展について話が及ぶと、一方では芸術を保護すべきだとし、又一方では寛容なこころを持つべきだ、と語った。 「古典芸術は時代の変化に対し慎重な態度が必要である。新しい作品を作るとき、芸術の真髄を壊してはいけない」と話した。彼は、蘇州昆劇院の俳優たちに歌舞伎の『楊貴妃』を教えたいということを明かした。
2009.03.17
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にほんブログ村録画していた「ヒトラーの贋札」を観た。ユダヤ人迫害を描いた映画は「ソフィーの選択」「シンドラーのリスト」「アンネの日記」「戦場のピアニスト」「ブラックブック」「ライフイズビューティフル」などを観ました。「ブラックブック」は非常によくできていると思います。誰が見方で的か、最後まで目が離せません。「ヒトラー ~最期の12日間~」はまだ録画したままです。こういう映画を観るのはこちらの心理状態もしっかりしていないと。主人公がクールなようでいて本当は優しい人で救われます。この俳優さんが渋くてうまいです。いい生活していた時のコートとひげ。収容所に入れられて他のユダヤ人から取り上げた衣服を与えられた場面もあります。みんな、生きぬきたかったのに。この本を書いたブルガーやアンネ・フランクのお父さんは大事な家族を失った。解放されても後遺症で苦しむ。そのイスラエルがパレスチナの人々を殺している。ナチスの家族がすぐ近くにいて幸せそうにしている。日本人も少数の人しか、虐待したアジアの人に思いが及ばない。昨日、加藤周一さんの追悼番組でいっていたけれど少数意見を圧殺する国です。その結果、日本人自身も被害をこうむるのに。映画の中で最後に解放されて一般の囚人たちが特別待遇されていた贋札作りの収容所に来て、喜んだのは綺麗なベットに音楽特別待遇といってもいつも死と隣り合わせでときには排泄物までかけられて人間の尊厳は皆無。国家による史上最大の贋札(がんさつ)事件と言われる、“ベルンハルト作戦”を題材にしたヒューマンドラマ。第2次世界大戦中のドイツ、ザクセンハウゼン強制収容所で、ナチスから紙幣贋造(がんぞう)を強制されたユダヤ系技術者たちの苦悩のドラマを描く。監督は『アナトミー』のステファン・ルツォヴィツキー。実際に強制収容所で贋造(がんぞう)に携わった印刷技師アドルフ・ブルガーの著書が原作となっている。驚がくの歴史的事件に秘められた真実の物語が堪能できる。
2009.03.16
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にほんブログ村 キッチンセットが完成しました。 以前の作品はこちらです。
2009.03.15
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にほんブログ村 早咲きの桜が咲いています。
2009.03.15
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にほんブログ村 岡崎市美術博物館はカラバッチョ展以来2回目。今回は車でなく列車で。駅から岡崎市美術博物館へのバスは1時間に1本しかない。岡崎も桜の名所。学芸員千葉真智子さんの「あら、尖端的ね。」パンフレットの大正・昭和初期の都市文化と商業美術で大正末・昭和初期にかけて大いに流行した言葉「尖端」を紹介している。「先端」より尖鋭的で、大胆、目新しいイメージ。新しさ、斬新さが時代の象徴としてもてはやされた。最初の展示が哀しげな関東大震災の絵。それに続いてバラック。バラックでも資生堂はさすがお洒落。歯磨きを子供たちに奨励するライオンのリーフレット、田河水泡「マツザカヤマンガ マツ坊とサカエさん」。街ゆく女性のファションを細かく調べ上げた資料。まだまだ洋装は少ない。銀座でさえ1パーセントしかいなかった洋装!萩島安二の日本髪のマネキンは面白い造形。絵本に爆弾や毒ガス投下している見開きページがある。その下に入る人間のことはもちろん、描かれていない。裕福な家にしかあり得ないインテリア。今、苦しんでいるデパートがこの時代の文化の先導者でした。
2009.03.15
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にほんブログ村この道は母へとつづく公式サイト以前、予告観たけれど、WOWOWで放送していたのを録画鑑賞しました。この男のこの帽子姿が可愛い。けなげに母を探します。昔からよくある母を訪ねてという感じですが今のロシアの臓器売買、少女買春などの問題点が盛りこまれています。それにしても子供が子供を虐待したり大人が子供を食い物にするのを観るのは辛いです。「12人の怒れる男」のリメイクもうまくできていました。母を探すために孤児院を脱走したという少年の実話を基に製作され、05年ベルリン国際映画祭の少年映画部門グランプリを受賞したドラマ。ロシアの辺境の孤児院で育ち、イタリアの夫婦に引き取られることが決まった6歳のワーニャだが、ある日、先に養子にもらわれていった友達の本当の母親が孤児院に現れ、まだ見ぬ母への思いが募る。自分が養子にいった後に本当の母親が現れたらと不安になったワーニャは、孤児院を抜け出して母親を探す旅に出るが……。99年のロシアで起こった金融破綻によって、街に大量にあふれ出たホームレスの子供たちを見て、本作のアイデアを思いついたという監督アンドレイ・クラフチュークは、子供も働かなくては食べていけない現代ロシアの経済事情や孤児院が抱える問題をリアルに描きつつ、養子としてイタリアで生きていく理性的な選択と、“本当の母親に会いたい”というピュアな衝動との間に揺れる少年ワーニャの葛藤を見事に描き出している。 養子縁組のブローカーは金の卵を失うまいと、やっきになって探し回る。この女性がフィギュアスケートのコーチに見えて仕方がなかった。「一度は捨てた子どもを引き取りに来た母親」という新聞の小さな記事で映画にすることになったのだそうだ。主人公のワーニャなどごく少数を除いて、出演している孤児はみな本当の孤児だという。最後に人間性を取り戻す男もいて救われる。
2009.03.14
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にほんブログ村 骨董屋さんで映画にもなった非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎 とよく似たイラストのペラペラのモード雑誌を見つけました。右の蝶の仮装している子がそっくりです。しつこい私はネットでトワルドジュイ柄のバックを見つけました。以前完売だったメーカーのもので値段も安くなっていました。
2009.03.13
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にほんブログ村 海賊退治だなんてついに自衛隊が武力行使ですか!今日も「知る楽」野望百年史で薩長の明治政府に財産没収された人の話が語られた。ヘリオトープさんの「窓辺でお茶を」田中良紹×田中康夫「西松献金事件から見える“この国の病”」 THE JOURNALブロガーである田中良紹氏と新党日本代表の田中康夫氏が、小沢一郎民主党代表の秘書が逮捕された西松献金事件について語ります!動画動画http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/03/post_226.html 日本の政治献金の問題は何か、小沢氏秘書逮捕事件から見えてくるものとは・・・ ベテランジャーナリストが抉り出すこの問題の“本質”をぜひご覧ください!
2009.03.13
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にほんブログ村3週間、13代目仁左衛門のドキュメントのために同じ小さな映画館に通い、最後は孫右衛門の巻・ 登仙の巻でした。神々しいような13代目仁左衛門に巡礼してる様な気分。お若い時は恵まれなかったかも知れないが御家族の献身的なサポート、御贔屓の皆さんに支えられお幸せだったでしょう。もう目が御不自由なって花道から落ちたこともある「恋飛脚大和往来」。はっきり言うととんでもないダメ息子の為に苦しむ老父。現代には尚更あるような事件。親子の情が重なる「恋飛脚大和往来」タイムテーブル 孫右衛門の巻 86分 第 5 部の冒頭の場面は、昭和 63 年 4 月 6 日、歌舞伎座の楽屋。仁左衛門の写真集『風姿』が出版された折のインタビュー光景。仁左衛門、我當、秀太郎、孝夫、進之助、太郎。聞き手は水落潔。同年 11 月 14 日、仁左衛門は脳梗塞で倒れたが 12 月には舞台に復帰。その翌年、 86 歳になった仁左衛門は視力障害も進み、ほとんど視力を失っていた。平成元年 9 月 29 日、歌舞伎座にて稽古 1 日目。中兵衛の孝夫と八右衛門の我當に稽古をつける仁左衛門。そして孫右衛門の稽古をする仁左衛門。平成元年、 10 月 1 日の舞台稽古。視力の弱い仁左衛門のために、花道の端に目印の赤いランプがセットされた。しかし仁左衛門には見えていなかった。 登仙の巻仁左衛門、 88 歳から 90 歳で亡くなるまでの舞台、生活の記録を収めたパート。平成 3 年 11 月、新装となった京都の南座で顔見世興行が行われる。出し物は『桜門五三切(さくらもんごさんのきり)』。平成 4 年 2 月、南座での『江戸錦両国八景(えどりょうごくはっけい)』「荒川の佐吉」で相模屋政五郎を演じた。同年 10 月、御園座での『元禄忠臣蔵』、 11 月歌舞伎座『桜門五三桐』の五右衛門。 12 月、南座の顔見世『菅原伝授手習鑑』の「車引」。平成 5 年 2 月、東京明治座での新築開場。『寿式三番叟』の翁を舞う。 4 月、歌舞伎座の「御浜御殿綱豊卿」。 11 月京都南座での『鬼一法眼三略巻』。 12 月、南座での『八陣守護城』。仁左衛門はこの舞台を 22 日までつとめあげ、 94 日目平成 6 年 3 月 26 日、嵯峨の自宅で亡くなった。満 90 歳であった。 『八陣守護城』は昨年暮れに南座で我當、秀太郎、孝夫、進之助、愛之助で観たばかり。『桜門五三桐』は歌舞伎らしい華やかな舞台。理屈抜きで楽しむ舞台でしょう。今もこの長いドキュメント見るために集まってきた観客。映画館のスタッフにもお礼言いたい。
2009.03.13
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にほんブログ村 知らなかった。舞台降板されているのを。シアタークリエ2009年1・2月公演「スーザンを探して」レスリー役出演予定でした大浦みずきは、急病(胸膜炎)のため休演させて ... “大浦みずき後援会(シェネ)”への入会方法お詫び この度、シアタークリエ 2009 年5月公演「この森で、天使はバスを降りた」ハナ役出演予定でした大浦みずきは、 病気療養のため休演させて戴きます。ハナ役は、代わって剣幸が相務めます。 何卒悪しからずご了承下さいませ。 ...映画「この森で、天使はバスを降りた」はとてもいい映画で舞台も楽しみにしていたのに。島田歌穂の舞台「蝶々さん」の録画、やっと観て剣幸さんも歌がとてもうまくなったと思っていたら。あんなにスリムで心配でした。無理なさらず療養に努めてほしいです。お大事に。著作も歌も演技ももちろんダンスの大ファンです。ヤフーブログにベルばらの動画載せました。
2009.03.12
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にほんブログ村 lesさんに「シーボルト 日本植物誌」を教えていただいたので早速購入しました。表紙のサザンカの絵が美しいのに光ってうまく写りません。イングリシュローズやオールドローズのとりこになったころ、ボタニカルアートにもたまらなくひかれました。複製やカレンダー、ポストカード、ファイル、バックなどにもなっています。当時も大型で高価な本だったようです。マリーアントワネットが肖像画の中で持っているような花びらがいっぱい詰まったロマンチックなバラです。最初の写真は古本で見つけた荒俣産の大型本の表と裏です。文庫本も2冊見つけました。幻想的でミステリアスな絵もあります。その他の写真はこちらカレル・チャペックの「園芸家12ヵ月」は読めば園芸好きならニヤリしてしまいます。薔薇の美術館ルドゥーテ展
2009.03.12
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にほんブログ村 1枚目は母のイギリスのメリーソートのベアのお茶セットです。今日、ターシャ・テュダー展の帰りにコーヒーミルを見かけて結構なお値段にびっくり。この皮のミルはもう40年ほど前に母が購入したもの。今はエスプレソマシーン使用で長い間使ってないけれど愛着があります。これはテディ・ベア展で私が購入したシュタイフの薔薇柄のミニセット。小学校入学前はよく熱を出す子供で寝ながらママゴトしていました。母のテディ・ベアコレクションはこちらです。
2009.03.12
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にほんブログ村2008年度ミュージカルベストテンの第2位『愛と青春の宝塚』千穐楽を観ました。公式サイトこれは、2002年1月3日/4日に二夜連続で放送されスペシャルドラマの舞台化。その時結構面白くて新聞の切り抜きを長い間捨てずにいた。主演の藤原紀香・木村佳乃・米倉涼子・中谷美紀宝塚歌劇団が宝塚大劇場での撮影を許可し、豪華衣装を提供。宝塚歌劇の舞台に近いハイクオリティーな舞台シーンを再現した。共演仲村トオル、椎名桔平、中谷美紀、ユースケ・サンタマリア、脚本 大石静allaboutよりhttp://allabout.co.jp/entertainment/takarazukafan/closeup/CU20081117A/魅力的な女優俳優陣の演技、映画並みのスケールの大きさなどに加え、宝塚大劇場を使っての豪華な舞台シーンや、元宝塚や現役生徒の多数出演などで大きな反響を呼びました。また昭和10年代当時の宝塚歌劇団の足跡から稽古場や楽屋などの風景、セリフの一つ一つに至るまでが「まさにこの通りだったのだろう…」と感じることのできる素晴らしいドラマでした。ストーリーは……リュータンこと嶺野白雪が雪組のトップスターとして人気を得ていた頃、宝塚歌劇団に入団し、雪組配属となった橘 伊吹と星風鈴子と紅花ほのか。それぞれ夢や悩みを抱えながらも、切磋琢磨する彼女たち。しかし第二次世界大戦の嵐はやがて宝塚歌劇にも襲い、劇場は軍によって閉鎖され、タカラジェンヌたちは満州への慰問や軍需工場で働くことに……。それでも舞台人として、また一人の女性として、自分の大切なものや、今、自分がすべきことを探しつつ、強く懸命に生きたタカラジェンヌたちと、それを愛する男たちの物語です。オープニングには「Lady×7」http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/25866915.html福麻むつ美の元気なダンスが見られた。ベテランの磯野千尋も出ていたような。パンフは買えないのでわからない。どなたか、教えてください。手塚治少年も登場する。メガネをかけて地味にしてるので佐藤アツヒロとは。ダンスは最後にしかなかったのかな。石井一孝は歌が上手くてお茶目。宝塚の入学試験から稽古や掃除、上級生からのお叱りのシーンは有名ですね。この頃、入学したのは淡島千景や久慈あさみ、その前は新藤兼人のお連れ合いだった乙羽信子(新藤兼人のお連れ合いでした。「陸に上がった軍艦」に理不尽極まりない軍隊生活が描かれている越路吹雪、月丘夢路はこの2年前からの生徒戦争のため東京と宝塚の劇場も閉鎖され、スターも満州へ慰問公演したり軍事工場で働いたり。空襲も受ける。宝塚の生徒の頑張りには皆さん感動。私は湖月わたる(身長があってお似合い)・彩輝なお(影のあるいい役)・星奈優里(ダンスも歌もさすが)・映美くらら(可愛い娘役)バージョンで鑑賞。最後の御挨拶は湖月わたる、こんないい劇場で千穐楽迎えられてよかったという内容でした。一応オペラ劇場です。戦争を描いたミュージカルとしては私の観た中では「李香蘭」を超えるような作品はなかなかない。被害のシーンばかりだから。
2009.03.11
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にほんブログ村ぴかちゅうさんお勧めのチェンジリングを観ました。公式サイト1928年のロサンゼルスを舞台に、誘拐された息子の生還を祈る母親(アンジェリーナ・ジョリー)の闘いを描くクリント・イーストウッド監督によるサスペンスドラマ。息子は無事に警察に保護されるが、実の子でないと疑念を抱いた母親が、腐敗した警察に頼らずに自ら息子の行方を捜して行動を起こし、同時に市長や警察機構を告発する。共演にジョン・マルコビッチ。クリント・イーストウッド監督には今回も脱帽です。埋もれていた実話を映画にしてくれました。1928年という時代に腐敗した市長や警察、精神病院と対決するキャリアウーマン。ある日、突然姿消した我が子。別人が帰って来たって親にはわかるはずなのに。警察はその子が彼女の息子だと言い張るばかりか彼女を非難し、ついには強制入院させる。まるで彼女自身が犯罪者のようである。精神病院で他の女性患者にされている人と連帯する様は頼もしい。今でも冤罪に泣いてる人がいるが他人事ではない。この映画では牧師をはじめとする支援する人々の力も頼もしい。彼女は一人息子を育てながら仕事熱心でお洒落。きちんとしたいいお家に住んでいる。アンジェリーナ・ジョリーは泣き過ぎて鼻を赤くしながら熱演。帽子がお似合いです。周囲の観客も泣いていました牧師のジョン・マルコビッチも渋くていいですね。日本でもあの頃の女性の仕事は電話交換手、教師、看護師、美容師などに限られていた。いいうちのお嬢さんは仕事に出ず、結婚第一の時代だった。それではせっかくの才能はもったいないし、今でも夫に何かあったら困る。今、結婚しようとしない女性も多いらしいがいつまでも親には頼れない。今朝テレビのトーク番組に出たチャン・ツイイーも充実した仕事して自分で洋服買うとか、周りの人に何かしてあげられるとか経済力持つ女性が好きと言っていた。精神的にも仕事なしではいられないと思う。「狸御殿」でオダギリジョーと歌い踊る場面も出たがあの映画はミュージカル好きな私にはとても面白かった。日本語で歌うのはとても大変だったようだ。映画の被害者に公開の処刑シーンはデッドマンウォーキングでも観た。今世界は死刑廃止の方向だけれど。本当は絞首刑も絶命するまで随分苦しむらしい。「グリーンマイル」「エセルとジュリーアス」の電気椅子も酷い。
2009.03.09
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にほんブログ村街路樹の可憐なこぶしの花や白いモクレンが咲いてきました。今日は名古屋女子国際マラソンがありました。昨年は骨董屋さんの2階から高橋選手の頑張りを見せてもらいました。とても見晴らしがいい特等席です。もうそこから引っ越しされてしまいましたが美術や演劇のお話で楽しかったです。ありがたかったですね。ネットで購入した昔の刺繍の本です。骨董市で見つけた昭和7年の植物目録のカタログバラは壱円50銭から20銭。ナスタチユーム1袋5銭 ベゴニヤ拾六銭マーガレットカーネーションホワイト1袋弐拾銭などとあります。薔薇の名前はすべて漢字。麗峰、芳香、清薫、新潮、春興殿などHTのようです。姫性薔薇とはミニバラ? 飾用蔓性薔薇(クライピングローズとあります)その他の写真はこちら江戸時代から将軍の椿収集、庶民の朝顔と園芸熱は高かったようです。シーボルトは日本の植物やあらゆるものを本国に運びました。彼の日本人妻の名前がおたくさ、あじさい。一人娘オランダおいねは日本初のジョイになりました。イギリスのプラントハンターが日本からユリなどを持ち帰りました。
2009.03.08
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にほんブログ村映画「ZEN禅」を観たおかげで井上ひさし、蜷川幸雄演出の「道元の冒険」、3時間録画も一気に観ることができました。続けて「エリザベスゴールデンエイジ」も。衣装・かつらは素晴らしいいけれど。アン・ブーリンの映画、ロンドンで観た処刑の跡、舞台の宮本亜門演出、麻美れいと白石加代子のエリザベスとメアリースチュアートも思い出す。膨大なセリフ劇。「禅」三国連太郎の「白い道」も見たいです。中村錦之助の親鸞の映画、最後に夫婦であさげを頂く時の幸せそうな様子が清らかに思えました。「道元の冒険」の中で親鸞は子供の善鸞の不出来を責められるのですが。道元・親鸞・日蓮3人が踊り応援歌歌う場面には爆笑。この舞台、現代と道元の時代と2重構造でまるで「カッコーの巣の上で」や「チェンジリング」を想起させるような現代批判があります。主役の阿部寛はみんなの芝居を見ていることが多いのでこれは結構大変でしょう。映画「チーム・バチスタ」の試写会に行ったら、異常な熱気があると思ったら阿部寛、竹内結子が来てくれました。皆さん、よくご存じですね。「おはん」の試写会で見た吉永小百合はとても綺麗でした。道元の冒険は栗山千明(可愛い)、北村有起哉、横山めぐみ、高橋洋、大石継太、木場勝己が何役も演じて大活躍。忙しそう。歌がお得意でない方も歌う。本物の鶏を抱いて歌う場面、栗山千明が鶏もタレントさんで動いてもらえると生きているとわかるからと話していました。インタビューはこちら島田歌穂や大竹しのぶ(「太鼓叩いて笛吹いて」や「スィニートッドの舞台は素晴らしかった)が井上さんの舞台に出ていると聞き物ですが。栗山千明は「キル・ビル」「死国」「小森生活クラブ」「ハゲタカ」などでも独特の強い印象があり、この初舞台も頑張ってますね。昨年の前進座の「法然と親鸞」の感想はこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/22054678.htmlWOWOWで鑑賞。以下はWOWOWからの引用です。日本曹洞宗の開祖・道元と、妖しげな新興宗教の教祖。時空を越えて、夢の世界でもつれあう二人の男の記憶と思想。“冒険”の果てに描き出される、信仰と社会の狂気―。時は寛元元年―。 舞台は日本曹洞宗の開祖、道元によって開かれた宝林寺。開山七周年の記念に、道元の前で弟子の禅僧達による余興『道元禅師半生記』が上演されようとしていたが、片腕である懐奘は、最近、急に眠り込んでしまう道元の体調を気にしている。この日もふとした拍子に夢の世界に引き込まれる道元。またいつもの夢―。夢の中で、道元は道元でなくなり、婦女暴行の容疑で拘留されているひとりの“男”になっている。自身と交わった女性の血は清められ、原罪を許されるという怪しげな新興宗教の教祖である“男”もまた、度々見る僧侶(道元)の夢に翻弄され、言動の奇妙さから精神鑑定の準備が進められているのだった。目覚めた道元を待っていたのは、新仏教をたちあげ、既存の仏教に否定的な道元を敵対視する連合軍の僧兵や幕府や朝廷からの来襲。悟りをひらき、人間の感情を超越できたと思っていた道元だったが、その圧力に動揺してしまう。「私の半生は無駄だったのだろうか?見せてくれ、私の半生を!」再び『道元禅師半生記』が始まった。高い理想を持って比叡山に出家した道元少年だったが、先輩僧たちの志しの低さ、幕府と癒着し出世を目指す師たちの姿に幻滅してしまう。本当の師を求め彷徨いはじめる、劇中の自分を見つめ続ける道元の姿もそこにはあった。困窮する道元の目の前に“男”が現れる。お互いを、自分の幻でしかないと言い合う二人の男が対峙した先に見えるものとは―。
2009.03.08
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にほんブログ村『禅 ZEN』公式サイト春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり 道元禅師を演じた中村勘太郎が清々しい。正しい教え求めて歩いている場面だけでぐっときます。お父さんの勘三郎について山登り?していたとき、礼儀正しく荷物も全部持っていたような。まじめな雰囲気がいいですね。宇崎竜童の音楽もあっています。最近歌舞伎俳優の映画を続けて観ていて煩悩だらけの私はまだ、朝1回だけ上映してるのを知り観ました。平日なのに観客がそこそこあってうれしいです。先日は滝田栄さんがトーク番組で座禅を教えておられた。映画は8歳の時、母伊子(高橋惠子,この映画の監督のお連れ合い)の臨終の場面で始まる。母はそなたといるこの世が浄土だったが、人の苦しみを救う道を見つけてほしいと頼まれる。鎌倉仏教があらわれるまでは、貴族、特権階級の為の仏教であった。叡山の僧兵らは腐敗していた。寺や仏像を建立したり難しいお経を読むことも出来ない庶民を救うためには、どうしたらよいのか。あの世で浄土を求めずこの世こそ浄土でなければならない(浄土真宗ではこの世では救われないと。)仏道の正師を求め、24歳で宋へ渡った道元。そこでも為政者にすり寄る仏教者がいたのだが笹野高史演じる大きな荷物背負う僧に出会うことが悟りへの道のきっかけとなる。笹野高史はちょっとだけでも存在感のある役者、何といっても勘三郎のNY公演にもご出演ですから。映画観ると笹野高史と岸部一徳。白洲次郎のドラマでは近衛文麿役がぴったりです。横道にそれましたがこのZENの映画、中国ロケに中国語での演技が見ものです。如浄のもとで尻の肉が破れるまで座禅せよと言われ修行に励む。悟りを表すのはやはり蓮の花。帰国してからの叡山からの弾圧、遊女おりん、執権時頼のエピソードがあります。映画最後の子供の雨の座禅の法界定印の衆生である左手を傘にした。誰の中にも仏がいる。苦楽をともにしてくれる道元。ただひたすら座る。あるがまま。あやしげな宗教に入れ込む前に親鸞や道元を学んだらどうでしょうか。子供の時、小田実の「なんでも見てやろう」で知った禅でした。NYでゼンブッテストが急増のような。釈迦は女性差別しないのにあらゆる面で女性差別。掃除をし賄いをする修行。女にはいつも逃れられない仕事。村瀬明道尼の番組を思い出します。滋賀・大津市にある月心寺の住職、村瀬明道尼(84歳)毎日、夜が明ける前から作り始めるごま豆腐をはじめ、旬の野菜を使った料理の数々で“精進料理の明道尼”としても知られ、平成13年放送の連続テレビ小説「ほんまもん」の“庵主さん”のモデルになりました。かつて、日本料理店「吉兆」の創業者で文化功労賞受賞者・湯木貞一さんに、「男勝りな性格と、ごま豆腐は天下一」と評され、今でも、その料理を味わうために全国から多くの人々が月心寺を訪れています。村瀬さんは、9歳で仏門に入り京都・岐阜・福井で修行を重ね37歳で月心寺の住職となります。しかし、お酒も飲めばたばこも吸い、好きな食べ物はステーキやトンカツ。さらに33歳のときには25歳も年上の男性に恋をするという尼僧にあるまじき心も抱きました。また、39歳のときに交通事故にあい九死に一生を得ましたが右手・右足が不自由になるなど波乱万丈の人生を歩んできました。恋をするというより恋をしかけられたのです。大怪我して初めてうどんを食べられるようになったときのうれしさ、人は右手・右足が不自由さを憐れむがそんなことより出来なかったことができるようになったときの高揚感。映画最後の子供の雨の座禅の法界定印の衆生である左手を傘にしたおりん。おかげで井上ひさし、蜷川幸雄演出の「道元の冒険」、3時間録画も一気に観ることができました。三国連太郎の「白い道」も見たいです。中村錦之助の親鸞の映画、最後に夫婦であさげを頂く時の幸せそうな様子が清らかに思えました。「道元の冒険」の中で親鸞は子供の善鸞の不出来を責められるのですが。道元・親鸞・日蓮3人が踊り歌う場面には爆笑。この舞台、現代と道元の時代と2重構造でまるで「カッコーの巣の上で」や「チェンジリング」を想起させるような現代批判があります。主役の阿部寛はみんなの芝居を見ていることが多いのでこれは結構大変でしょう。栗山千明(可愛い)、北村有起哉、横山めぐみ、高橋洋、大石継太、木場勝己が何役も演じて大活躍。goo映画より鎌倉時代。仏道の正師を求め、24歳で宋へ渡った道元。修行を積んで悟りを得た道元は、帰国して如浄禅師の教えを打ち立てることを決意する。周囲には次第に道元の教えに賛同するものが増えてくるが、それを妬んだ比叡山の僧兵の圧迫により、道元たちは越前へ移る。永平寺を建立して門徒たちの指導に励む道元のもとへ、ある日六波羅探題の義重が訪れた。時の執権・北条時頼を怨霊から救って欲しいというのだ。道元は求めに応じて、鎌倉へと向かう。
2009.03.07
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にほんブログ村3月の坂東玉三郎は中国の伝統劇「昆劇」を江蘇省蘇州市で上演する。その前に3日、上海の日本総領事公邸で演目の一部を披露したそうだ。昨年のあの夢のような舞台が思い出される。奇跡の歌唱。時事ドットコム「男女の数奇な恋愛を描いた「牡丹亭」の主人公・杜麗娘。この日も、400年以上前の蘇州方言の歌を交え、夢の中で理想の男性と出会う女性を演じた。」「牡丹亭」の拙ブログはこちら和楽の「坂東玉三郎 すべては舞台の美のために オリジナル押隈付き」が出る。著者名:坂東玉三郎 写真/篠山紀信ほか判型/頁:A4変/204頁定価:2,700円(税込)発売日:2009/03/31■坂東玉三郎丈の美へのこだわりを終結した、必見の一冊。今、絶大の人気を誇る女形歌舞伎俳優・坂東玉三郎丈。これまで数年にわたって「和樂」で連載してきた連載や特集を、多くの玉三郎ファンのリクエストに応えて一冊にまとめました。坂東玉三郎自らが人気演目を例に舞台の美へのこだわりを書き綴った連載や、能楽観世流宗家ら各分野で活躍する五人と語り合った対談連載、玉三郎の化粧を記録した特集、京都案内、ボラボラ島での休暇に見せる素顔、舞台を通して語られる舞台関係者10人による美の証言などなど、見ごたえ、読みごたえのある一冊になりました。その内容の奥深さ&幅広さは、玉三郎ファン、歌舞伎ファンは勿論のこと、幕内(歌舞伎の舞台関係者)の間でも話題となっています。玉三郎も尊敬する梅蘭芳の映画「花の生涯 梅蘭芳」も4月に公開される。南座顔見世楽の仁左衛門、玉三郎の「ぢいさんばあさん」は、簡単に感想を述べただけだった。号泣したいぐらいに響いてきた舞台。おしどり夫婦が37年も離れて暮らす羽目になるお芝居、二人の演技に人生の別れや切ない愛情が迫る。誰でも別れが来るので切実に感じるでしょう。仁左衛門は若々しく年取ってからは可愛いお爺ちゃん。玉三郎はちょっと老けすぎぐらいだけど短気な弟や夫に比べしっかり者で御殿勤めのキャリアウーマン。「ディアフランキー」や昨日観た「チェンジリング」でもシングルマザーの立派なこと。「海女のリャンさん」はその上、夫まで養った。なんと母は強いこと。そうでなくては暮れなかったのだけど。もうずいぶん前に生活保護打ち切られて飢死にした母子家庭があったが今の時代もっとひどそうで心配である。話が飛んでしまったが朝日に末延芳晴さんの「自衛隊派遣反対の断食リーダーの発起人」記事が載った。その末延さんは「ぢいさんばあさん」の原作者森鴎外について書いている。以下は引用です。http://book.asahi.com/review/TKY200809230086.htmlアサヒコム森鴎外と日清・日露戦争 [著]末延芳晴[掲載]2008年9月21日* [評者]南塚信吾法政大学教授文学者は国家の悪にどう対峙するか 日清・日露戦争の時代は、ヨーロッパでは「世紀末文化」の時代であった。その魅力は多くの人を引き付けている。だが、そのほとんどは「芸術のための芸術」を目指し、社会から「逃避」したものであった。ヨーロッパの「文化」が戦争と平和といった社会問題への対応の姿勢を「転換」したのは、ロマン・ロランに見られるように第1次世界大戦が契機であった。前線と銃後を区別しない「総力戦」が「転換」を余儀なくしたのである。 では、この時代の日本の文化はどうであったのか。日本でも、一種の「世紀末文化」が花を咲かせており、夏目漱石、森鴎外、田山花袋、永井荷風、石川啄木など多彩な文学者が輩出していた。しかし、日本の場合、日清・日露戦争という大戦争が起きていて、ヨーロッパより先に、戦争と文学の関係が問われたといえる。 著者は「直接的であれ間接的であれ、文学者は戦争に直面したとき、最も根源的に文学者たるゆえんを問われる」という。なぜなら「戦争は、無条件で個人に国家の意志に服従することを求めて」きて、そのために「個人が国家と対峙(たいじ)し、優越性を主張しようとすることで成り立つ文学の根底」が否定されかねないからである。この観点からすると、森鴎外は日清・日露戦争に軍医とはいえ指導的立場でかかわったことで、「文学者たるゆえんを、最もシビアーな形で問われた文学者であった」。 本書は、この日清・日露戦争時における森鴎外の書いたテキストを、公的なものから私的な書簡にいたるまで広く読み込んで、鴎外の戦争への姿勢を分析したものである。結論的には、著者は、鴎外が、「戦争そのものの構造的『悪』と非人間的な現実を見据え、戦争と戦争を遂行する国家の『悪』を暴き、批判することを避けてしまった」という。しかし、本書の大部分を費やして分析されているこの時期の鴎外のテキストのなかで、私的な文章においては折にふれて、戦争を批判する「非戦」の声がわずかにせよ記されていることを著者自身が指摘している。 たとえば、『うた日記』において、「石田治作」が敵将と対決したとき、敵将に銃を捨てさせて、しっかりと手を握らせたのは、無言のうちに「生」への意思を表明した敵将の「非戦」の呼びかけだと著者はいう。 しかし、結局それは戦争の「悪」の批判にはならなかった。にもかかわらず著者は、そのような私的なテキストに、戦後の鴎外が文学者として立ち直る伏線を見ている。それゆえ、鴎外は1910年の「大逆事件」以来の厳しい言論下において、歴史小説と史伝において国家と戦争を相対化する文学者としての道を歩みえたのだという。 こうした鴎外の「抵抗」にもかかわらず、一般的に言って日本の「世紀末文化」は、社会から「逃避」する道を歩むことになった。その後、第1次世界大戦で「漁夫の利」を得た日本では、「文化」が自己転換をするのは第2次世界大戦後を待たねばならなかったのだ。
2009.03.06
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にほんブログ村マドンナの初監督作品「ワンダーラスト」を観た。キャッチコピーに“堕落論”とあるが、そんなことはなく目標に向かって苦闘してる若者3人の話。現実は甘くないけれどユーモアがあるので深刻にはならない。3人の夢は、音楽・バレエ・ボランティア、現実はSM・ストリッパー・万引きだけどなぜか、隠微な感じもしない。バレエ、ストリップの稽古はミュージカル好きな人間には慣れていて結構楽しい。ストリップ?というけれどあちらのは柱に女性がからみつのですね。「スイートチャリティ」「キャバレー」の舞台で重要なシーンになっています。ユージン・ハッツの主役ブリ、音楽が評価高い。「僕の大事なコレクション」の彼ですね!「僕の大事なコレクション」は録画視聴でしたがいい映画でした。「ワンダーラスト」は、劇中に登場する盲目の詩人の著書名だそうです。ハッツはチェルノブイリの原発事故の犠牲者です。以下は引用です。ユージン・ハッツは1972年ウクライナ、キエフ近郊にてロシア-ウクライナ-ロマの家系に生まれる。精肉業に従事していた父親は、ウクライナ初のロックバンドのギタリストでもあり、母親はタップダンサー/シンガーだった。ユージンが14歳の時、一家はチェルノブイリの原発事故によって祖国を離れることを余儀なくされ、以降 7年にわたって東欧各地の難民キャンプを転々とする。ポーランド、ハンガリー、オーストリア、イタリアでの暮らしを経て、1993年、難民移住プログラムを利用して家族でアメリカのバーモント州に移住。バーモントにて、ザ・ファッグ&フライング・ファックというゴーゴル・ボルデロの原型といえるバンドで活動した後、97年、ニューヨークへ移住。この頃から母方の姓であるハッツを名乗り始める。99年、多文化、多国籍、多民族、多言語のアーティストからなるジプシーパンクバンド、ゴーゴル・ボルデロを結成。(*バンドの活動については別項を参照)。以来、ゴーゴル・ボルデロのフロントマンとしてカリスマ的人気を誇る一方、DJ、ロマ文化の伝道師、俳優としても目覚ましい活躍を見せている。中でもマンハッタンのブルガリアン・バーMehanataを拠点とした彼のDJ活動は、メディアでも大きく取り上げられ、今や同店は東欧文化のメッカと呼ばれるまでになった。映画界においては、イライジャ・ウッド主演の『僕の大事なコレクション』(06/リーブ・シュライバー監督)の準主役と映画音楽をつとめて脚光を浴びたほか、彼自身のルーツを辿る東欧横断の旅がドキュメンタリー“The Pied Piper of Hutzovina”(06/パヴラ・フライシャー監督)として製作されている。また、ユージンの存在が様々なクリエイターに与える影響も計り知れない。多数の映画賞を受賞したゴラン・デュキック監督の”Wristcutters: A Love Story”(07/原作はイスラエル映画『ジェリーフィッシュ』の監督のエトガー・ケレット)には、彼をモデルにしたユージンというキャラクターが登場する。ファッション業界からの注目度も高く、08年秋冬のグッチのミラノ・コレクションでは、クリエイティヴ・ディレクターのフリーダ・ジャニーニが、インスピレーションを強く受けたアーティストとしてユージンの名を挙げている。
2009.03.06
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にほんブログ村13代目片岡仁左衛門 人と芸の巻(中・下)を観た。「若鮎の巻」「人と芸の巻」上はこちら芸談語るのも地下鉄や電車に乗るのもお好き、奥様とウナギやどぜうを召し上がりに行く。こちらは早朝から2本続けての鑑賞で空腹でたまらない(笑)こけら落としに舞う三番叟 のお稽古、踊りのお師匠さんから指導を熱心に受ける。6代目菊五郎から受けた薫陶は大川橋蔵と同じで興味深い。橋蔵は女形だったので裸で両足の間に紙をはさんで落とさないように踊るのだったと思う。レモンをかじらせて甘いと言うまで稽古させられたと。仁左衛門も裸で背中に竹くくり付けて稽古させられたそうだ。それを楽しげに話される。社交ダンスでも聞いたことがある。ほめてもらうのでは、身に付かない、叱られてどなられてこそと。褒め殺しというのもありますからね。四谷怪談の話。ここから出ますよと言うようにスポットライト当てたらちっとも怖くない、暗がりにしてどこから出るかわからないようにして…お化けよりその芝居を受ける役者が上手くないとダメなど。仁左衛門丈はお若い時よりダンディーで品があってとても立派な御顔。検索してみたら実父は安田善三郎、オノ・ヨーコの叔父!1988年歌舞伎座百年記念公演「通し狂言菅原伝授手習鑑」。緑内障で目が見えなくなってきていて舞台の階段上り下りして体に覚えさせたり階の幅を広くしてもらったり。この舞台の主人公菅丞相(菅原道真のちの天神様です)は二男秀太郎の苅屋姫との別れの場面は名場面。私は今仁左衛門と玉三郎のコンビで録画鑑賞。お父様よりきれそうな菅丞相。この役をやるには精進潔斎すると聞いた。梅幸さんの覚寿。母は梅幸を昔よく見たせいか贔屓していた。「妹背山婦女庭訓」入鹿の公家悪、立派。以下の青字はWikipediaよりの引用です。安田財閥の金が恒常的に流れてきたため、少なくとも財閥解体まではまったくお金に困らなかった。これが彼の芸に強い影響を及ぼしている[要出典]。性格的に屈折したところがなく、高貴な役どころがぴたりとはまった。由良之助役者としても知られたが、七段目では、豪遊ぶりがいかにも自然で、それはまさしく普段から自分の金で現実に豪遊しているからだという評があるほどである。実生活でもコセコセしたところがなく、どんな人に対しても人間のいやらしい部分、卑屈な部分を見せることがなかった。略歴1966年、歌舞伎座で演じた『廓文章』(吉田屋)の伊左衛門が好劇家から高い評価を受け、それまでどちらかといえば独特な持味はあるものの、手堅いだけとされていた仁左衛門の演技に変化がおとずれる。仁左衛門の芸は、驚くべきことながら七十代の後半から八十代に至って飛躍的に深化し、一躍、名優の列に加えられることになった。最晩年の滋味あふれる品格高い演技を賞賛する者は今でも少なくない。
2009.03.05
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2009.03.04
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にほんブログ村海女のリャンさんは1916年生まれで女に教育はいらないとされ学校に行けなかったが朝鮮学校の教師で収入のない夫に代わり一家の大黒柱だった。あの「焼き肉ドラゴン」に描かれたように家族が3つの国にわかれて住むことを余儀なくされた。7人の子供を育てるために1年のうち3月から10月までの8ヶ月は日本各地で海女として、11月から2月までは正月も休まず餅屋などで働いた。海女は収入が高いが100メートルも潜ると苦しいだけでなく危険が伴う。1941年に夫と共に大阪へ。44年の大阪の空襲で済州島に戻り、45年、祖国の解放。48年、済州島4.3事件で、身の危険が迫り密航船で再び大阪へ。次女は連れて行けず孤児院で育った。あの「オールイン」の孤児院を連想してしまう。のちに大阪に迎えたが母は出稼ぎで大阪にはいないし父の違う兄弟とそりがわず韓国へ帰国してしまう。3人の男の子は朝鮮民主主義人民共和国へ涙ながらに送りださざるを得なかった。彼女は子供たちとその家族15人にあげる生活物資を用意して万景峰号で北に行ったり済州島の親戚に会いに行ったり、韓国の孫もできて幸せそうな次女にも高齢を押して会いに出かけた。韓国の娘に「私が悪いことをしたのでもないし、だれのせいにも出来ないよ…あの時代をうらむしかない」たくましく生きるしかなかったリャンさん、あの頃の母は自分を犠牲にしてもいとわない。今もおひとり暮らしなのだろうか。本当に立派なオモニに頭が下がります。一方昨夜のETV特集「ひとりと1匹たち 多摩川河川敷の物語」は悲しい。ホームレスのおじさんたちが犬や猫を可愛がっている話はよく聞く。自己責任という言葉で責めたりホームレスの人を襲う事件もある。弱者同士なのに襲うなんて。消火器を浴びせられたり、就寝中襲われて殺害されたり。なんと悲しいことだろう。そんな河川敷に猫を捨てる人、拾って世話するホームレスのおじさん、猫もおじさんも懸命に生きている。皆さん、一度は自殺未遂を経験している。誰でも紙一重。親に早く死別し兄弟の行方も分からないおじさん。おじさんの犬ももちゃんが捨て猫をくわえてきて懸命におっぱいをあげて育てた話もある。台風で流されなくなってしまったおじさん、やっと帰ってきた猫も死んでしまったり。昨日のドタバタ見ても政府の無策に情けなくなる。「嫌われ松子」も最後は襲われてしまいました。同じETV特集で辺見庸さんが、いまじっと見つめているのは、世界規模の金融危機に端を発した大恐慌の実相である。現在進みつつある“破局”は、経済だけのものではないと指摘し、新型インフルエンザや気候変動、地震など、日常の継続性を脅かす異質の危機が同時進行し、それらとともにこれまで自明とされてきた価値観や道義、人間の内面性も崩壊しつつあるのではないか・・・と述べる。・多摩川で暮らして6年目 16匹の猫と一匹の犬を飼っているおじさん・多摩川で暮らして2年目 4匹の猫と暮らしているおじさん・ホームレスが飼う猫を撮影する小西修さん・多くのホームレスは空き缶を売って生活しているが、世界不況の中、空き缶相場は暴落した 写真家、小西修が多摩川にすむ猫を撮影しはじめて16年になる。河川敷に捨てられた猫たちが懸命に生きる姿に心ひかれてきた。小西にとって猫とつきあうことは、ホームレスとつきあうことでもある。ほとんどすべての猫は、ホームレスとなった人々が世話をしているからである。
2009.03.02
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にほんブログ村昨日、「海女のリャンさん」を観て帰り大須観音のガラクタ骨董市を通りかかった。もう3時過ぎだったのでかたずけ始めの店もあったけれど風もなく温かいのでお客さんはいっぱい。以前あったアンティークドールをトランクに並べた店もなくなり、そのあたりにこんな園芸っぽい店が現れるようになった。瀬戸のタイルや陶磁器なども多いです。骨董市では着物目当ての女性や外国人も多い。ここには前にアップした夢童さんのからくり時計があります。今、修理中のようで動いていません。時間になると、徳川吉宗の倹約令は却って庶民を苦しめると芝居小屋や遊郭を誘致して経済を活性化しようとした尾張の殿様、徳川宗春がおいらんと賑やかに登場します。でも吉宗から蟄居命じられお墓には網がかけられています。最後の写真は高岳付近で発見した夢童さんの天使像。高島屋の夢童さんのオートマタの動画はこちらです。こちらは栄のオートマタの動画です。
2009.03.01
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