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チャールズ・レニー・マッキントッシュ}}}を初めて知ったのはアンティークの本です。その後、[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/29694529.html モリス]との関連を知りました。その他の写真は別館で。{{{イングリシュローズ}}}には彼の名前がついたピンクのバラがあります。[http://blogs.yahoo.co.jp/yotaka1030 たあちゃん]が言って下さったので、東京都庭園美術館で売っていたデミカップを紹介します。銀線が光って上手く映りません。[[attached(2,center)]]彼のハイバックチェアやヒルハウスはその後のモダニズムのモデルになり有名なので御存じでしょう。薔薇のカーテンや照明器具は一度見たら忘れません。[[attached(3,center)]]マッキントッシュはグラスゴー生まれ、明治新政府の岩倉使節団の一行もグラスゴーを訪れ、造船所や機械工場などを見学。殖産興業を目指していた日本はグラスゴーからも技術者を招いていた。[[attached(4,center)]]{{{木村博昭「マッキントッシュの世界」}}} の写真です。{{{「建築家としての名声が得られなかったマッキントッシュは、建築の仕事がなくなってしまい、後年南フランスに移り水彩画家に転向した。」}}} とは信じられないぐらいです。マッキントッシュとは関係ないのですが[http://blogs.yahoo.co.jp/graceful_antiques アンティ-クお好きなgraceさん]からのリクエストでオパールのリングとネックレスの写真です。現行品ですが。オパールは不思議な宝石で光を当てていると赤くなる部分があります。写真では見ずらいのですが特に真ん中のリングはもっと赤くなります。複雑な色が楽しめる石です。[[attached(5,center)]]『ウィキペディア(Wikipedia)』によるとチャールズ・レニー・マッキントッシュ(Charles Rennie Mackintosh, 1868年6月7日 - 1928年12月10日)は、スコットランドの建築家、デザイナー、画家。アーツ・アンド・クラフツ運動の推進者であり、スコットランドにおけるアール・ヌーヴォーの提唱者の一人でもある。チャールズ・レニー・マキントッシュは1868年6月7日、警察官の父ウィリアム・マッキントッシュと母マーガレット・レニーの四男としてスコットランド、グラスゴーに生まれた。幼少の頃より足と目に障害を持っていたが、スコットランドの風土に触れる機会には恵まれ、多くのスケッチを描いた。16歳の時(1889年)に、グラスゴーの建築家ジョン・ハッチソンの下に弟子入りし、同時にグラスゴー美術学校の夜間部にデザインとアートの勉強をのため入学。在学中には多くの学校賞を受賞。後の妻となるマーガレット・マクドナルド、その妹であるフランセス・マクドナルド、そしてハニーマン&ケッピー事務所での同僚でもあるハーバート・マックニーと出会っている。チャールズを含むこの4人は、ザ・フォー(The Four)と呼ばれ、グラスゴー、ロンドン、ウィーンの各地で展覧会を開き、その評判はマッキントッシュの名声を確立させるに至った。いわゆる、「グラスゴー・スタイル」と呼ばれるこの展覧会は、ヨーロッパ各地でその後も開かれ、ウィーン分離派に影響を与えたと言われる。1889年、ジョン・ハッチソンの事務所から、ハニーマン&ケッピー設計事務所(1901年以後は、マッキントッシュのパートナーとなる。)に移り、製図係として働く。1890年、アレクサンダー・トムスン旅行奨学金に応募しこれを獲得。翌1891年イタリア旅行に出かける。27歳の若さで、母校でもあるグラスゴー美術学校の新校舎の設計コンペに優勝。グラスゴーのティー・ルーム(Willow Tea Room)のインテリアデザイン、ヒル・ハウスの設計などをした。当時、建築家としての名声が得られなかったマッキントッシュは、建築の仕事がなくなってしまい、後年南フランスに移り水彩画家に転向した。1928年、喉の癌のためにロンドンで死去。
2009.07.30
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その他の写真はこちらです。以前、上野の美術館やアールデコの館、東京都庭園美術館で「煌めきのダイヤモンドジュエリー展」やアンティークジュエリー展を観たことがあります。{{{東京都庭園美術館はラリックの香水塔や女性像のパネル}}}、シャンデリアなど観るだけでもいいですね。ここでマッキントッシュのバラのデミカップ、買いました。宝飾品は長く王侯貴族の独占物。王冠はもとより胸飾りやボタンまでダイヤやサファイヤの大粒、重すぎるんじゃないかと思うほどつけてる。[http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/18528719.html ディカプリオのブラッドダイヤモンド]は お勧め映画。ダイヤの不正取引をあばく社会派アクション。{{{日本人にダイヤモンドを買わせる戦略}}}がもくろまれ、今は、エンゲージリングやエタニティリングに月給の3か月分とか費やすのが当たり前?かな。[[attached(1,left)]] 会場にはいくつも各年代のテイアラ並んでいて、ため息でした。これは1910年ごろのエドワーディアンのテイアラ。エドワーディアンになるとプラチナが細い絹糸のようにオ-ルドブリリアンカットのダイヤをつないでいる。こんな繊細なアクセサリー作った職人には感嘆します。 {{{キヤサリン・ゼダ・ジョーンズがマイケル・ダグラス(パパのカーク・ダグラスの「スパルタカス」好きでした。ローマの奴隷の苦難と、団結」}}})との結婚に際して着用ダイヤはオールドブルリリアントカット。もっと昔はカットが上手くできず、ゴロンとしたまま。アンティークの世界ではローズカットダイヤモンドなどの名を聞きます。[[attached(2,left)]] これはお気に入りのミュージカル{{{「エリザベート」}}}の彼女のダイヤの頭飾り。彼女は長い豊かな髪が御自慢で一本でも抜けると侍女に八つ当たり、テイアラよりこの飾りをつけるのがお好み。だから舞台でもこの扮装で登場すると、ウィーンではやんやの喝采でした。{{{美貌を保つため一日一個のオレンジだけを食べてダイエットに励んだシシィ。}}}そのためなのか歯はボロボロだったとか。ウィーンの王宮には彼女の美容体操器具もあります。1932年、シャネルは星のついたジュエリーをデザイン。私には無縁です"(ノ_・、)"今、舞台では{{{鳳蘭と大地真央のシャネル}}}が競作、映画も公開されています。舞台も観ることがかないませんo( _ _ )o [http://umikarahajimaru.at.webry.info/200907/article_15.html 5人のココ・シャネル][[attached(3,center)]] エリザベートの舞台では俳優がこの肖像画そっくりに出ます。[[attached(4,center)]]アンティーク屋さんにこういうかんじのアクセサリーありますね。今のものと比べると、胸の高まりも違います。ぷぷ[[attached(5,center)]]又スワンですが非常に美しかった1910頃のショーメ[[attached(6,center)]]ツバメのブローチ、1918頃、アールデコが好きです。
2009.07.30
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160分という長さを感じませんでした。別館には動画あります。平日なのに観客が結構入っていました。誰が味方か、裏切りものか、最後までわからなかったブラックブックのようにサスペンスに満ちていて戦闘場面は観ているのが辛いのに飽きません。ラストには私たちの心まで浄化してくれるような美しい海の光景が映し出されます。独・伊・と三国同盟結んでいたのに私たちはあまり戦争中のイタリアを知らない。最後にはムッソリーニを処刑し責任と自由を勝ち取ったイタリア。パルチザンも知らず、日本はいまだ無責任体制。この映画の中でイタリアのパルチザンの名前などを言わない村人をナチスが虐殺する場面は ミュージカル李香蘭にも登場した平頂山事件を思い起こされ日本人として慙愧に堪えない。神父も老人も子供も、撃ち殺す。銃弾がなくなれば刺殺し、油をかけて…ナチスでも昔の映画のように単純な悪でもなく、ナチスにも良心的な軍人が描かれる。1944年の第二次世界大戦下のイタリアで、国内でも軍隊でも差別にさらされていた黒人兵、過酷な戦場ではあるがイタリア人は黒人を差別しないという皮肉。国内でかき氷を食べようとしで店主にむごい差別を受ける。敵国ドイツ人は普通にテーブルで食べているのに。その頃は白人と同じホテルやトイレ、レストランに入れなかった。バスも後ろの席か、白人に席を譲らなければならなかった。だからバスボイコット運動も起きた。奇妙な果実のビリーホリディ のような大歌手でも映画ではメイド役しか付かない、白人との楽団では同じホテルに泊まれない、ヨーロッパツアーで差別のないのに安堵する…権利や自由は自分たちで勝ち取るもの。バスボイコット運動を始め、逮捕もされた勇気ある女性ローザ・パークスの写真が先日観た映画魔法にかけられて 魔法にかけられてに出ていてビックリ。アメリカはいいところありますね。本作は黒人兵がひとりの少年を守りぬこうとする物語彼は初めて白人に触れたと言う。南アフリカ共和国でも白人女性と黒人が結婚すると殺されていた!対立や憎悪、人種差別では平和は守れない。戦争になったらすべてが破壊され不幸のどん底です。何代にもわたる悲劇を消すことは出来ない。冒頭には現代のNYでの殺人事件が起きる。その容疑者が持っていた美術的に価値の高い彫像がどう結びつくのか、激しい戦闘場面も多いのですがイタリアの村人の姿や山々が描かれます。チョコレートの巨人?奇蹟が起きます。スパイク・リー監督 公式サイト
2009.07.29
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巨大化した観葉植物の写真はこちらです。
2009.07.29
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ブランはお腹が大きいので届かないと夫が言いましたがこの通りです。ぷぷ隣の新築工事の音が入っています。家に残った姉妹のブランとダブルhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/17459200.html 生まれた時のことこの二匹はずっと親と暮らして苦労知らずのせいか、よそへ行った姉妹猫と比べるとノホホンとしています。http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/19122768.html 避妊手術の後、キャリーの中でおしっこしたのはどちらだったか。親猫は絶対そんなところではしない。手術の後も死んだようにおとなしく。親より心配だった。ブランは生まれたとき一番小さくおっぱいも人間なら小学生まで飲んでいた。他の子猫が離乳食食べていてもガンとして食べなかったのに、い今ではおなか周りが凄い。顔が小さいのでだまされる。家人が「腹がでかいからグルーミングが出来ない」と言ったけれどこの通りです。動画をご覧ください。騒音は隣家の新築工事です。小柄な母ちゃん猫が生んだのは{{{95 80 70 60g}}} の4匹です。女の子ばかり。母ちゃん猫も姉妹だけで生まれました。女系家族!?蝉ゲットした子猫時代のブラ父ちゃん猫と初めから仲良しのダブルとリンゴ、子猫時代。その他の写真はこちらどなたか、コメントなしでポチ押してくれました、ありがとう♪[http://zoome.jp/shishi5235/diary/61/ 父ちゃん猫のチュパチュパ動画]
2009.07.28
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こちらに木彫りの椅子の拡大写真などアップしました。
2009.07.28
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ブログ村、家族猫とミュージカルで2位になりました。ありがとうございます。(=´∇`=) ニャン♪皆様、観てやってくださいませ。最近没頭していた葡萄の木彫りの椅子が完成間近かです。小さい収納ベンチです。座る面にも浅く彫られています。高さ110センチ、葡萄柄の幅23センチ、座面の一番広い面が26センチ木彫りの部分厚さ1.5センチです。以前、ブドウ柄のシューズボックスなど作りました。その他の作品は書庫「夫の手作りおもちゃ・家具」にありますので、よろしくお願いします。木馬、カタカタ、キッチンセット、メリーゴーランドなども作りました。
2009.07.27
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映画トークトゥーハー にも出ていたピナ・バウシュ さんが亡くなった。コンテンポラリー・ダンス など前衛的なダンスは苦手ですが。動画と続きはこちら
2009.07.26
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眠いので怖い顔してます。動画アップするのは楽天が楽なので…猫の爪は不思議。
2009.07.24
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皆さま25万ヒット御礼いたします。訳も分からず始めたブログ、このテンプレート作成してくださったnemuricoさんも長いお休みで再会される様子もありません。初期に書き込み頂いた方もおやめになったり疎遠になったり。今後はこちらにお越しくださいますようお願いいたします。ありがとうございました。
2009.07.23
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にほんブログ村庭園猫です。日本の猫ちゃんと同じかな?フランス、パリのバガテルばら園の猫です。前に御紹介したイギリス、女三代の庭キフツゲート・コートの案内猫スペイン、アルハンブラ宮殿の猫又、キフツゲートの猫 ハリポタ映画撮影のレイコック寺院]でネズミ狙っていた三毛ちゃん獲物逃がして眠くてうるさいのかそっぽ向いた三毛、この子だけ首輪してました。他にもイタリアのコロッセオやエジプト、イギリスリーズ城の猫も写真はあるのですが。エジプトの猫は大勢いて餌くれるおじさんに群がっていました。痩せていました。ヒドコートマナーガーデンの猫
2009.07.22
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にほんブログ村西洋絵画よみとき66のキーワードと「図説だまし絵」を読みました。 絵の中の「りんご」や「鳩」に託された約束事、シンボルや寓意を解説した「西洋絵画よみとき66のキーワード」と「図説だまし絵」の両方に出ている有名絵画もあります。薔薇や百合の意味は有名ですが知らなかった事も多いです。エッグ「旅の道ずれ」は双子のような裕福な女性の不思議な絵。この絵は愛犬家でなくても悲しい気持ちになりませんか。粗末な棺に人間が描かれていなくて故人のさみしい身の上を物語る絵。V&A美術館は行っても覚えていないランドシーア「飼い主の死を悼むシェパード犬」、天才的動物画家で犬種の名前にもなっています。白鳥は純潔の象徴だが、「死」の象徴でもある。この「ゲーテの死のアレゴリー」はゲーテの熱烈な賛歌者で友人でもあったカールスが竪琴と共に白鳥を描いている。竪琴は詩人、白鳥は「死」を表している。モローが描いた人を食う馬は怖い絵です。馬にこんな意味があったとは。犬は忠誠を尽くす動物ですが時には泥棒や好色の象徴でもあるそうです。著名なエッシャーの絵はだまし絵とは言えないそうだ。滝のような流れ落ちる水がいつに間にか、もとの所に戻っていくことに気付くためには注意深く見ないとわからない。対象の実在性、迫真性がないからだそうだ。蝿が画面に止まって紙面が貼り付けられていたり…この状差しという意匠が爆発的に開花したのは17世紀後半のバロック時代。手紙や櫛、ペン、はさみ、時計、暦、楽譜などが挟まれていて、これも「人生の虚しさ」というお馴染みの意味が込められているとか。画家のあくなき修練が感じられます。高橋由一の「鮭」もぶら下がるオブジェ、鶏や鴨のぶら下がっている絵とおなじ系統だったのですね。
2009.07.22
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にほんブログ村コッツウォルズ カッスルクーム]の村抜けてフットパスの山道歩いて行くと誰もいなくて心細くなっていったのですが…素敵な家や庭、ワンちゃんまで出現!しかもここの女主人はお茶まで出してくれました。 帰路は別の女性が車に乗せてくれました。御自慢の庭も披露してくれて。
2009.07.21
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にほんブログ村写真はこちら猫雑誌でも後ろ姿ぐらいしか載せてもらえなかったパパ猫の御紹介です。坂東寛治さんのカレンダーにももちろん採用されませんでした。初めて犬と対面させた時です。パパが生まれたての赤ちゃんにどういう反応示すのか心配でしたが、なめたりして可愛がっていました、今もダブルにはそうです。いつも娘2匹がべったり。子猫は4匹生まれました。左の子猫がダブルです。右の黄色の首輪の子猫は友人宅に引き取られました。子猫時代の冬はこんなに仲良しでしたが。上に乗ってるのがママ猫になったリボンです。
2009.07.21
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ヒドコートマナーガーデンで鳥を狙っていた猫です。イギリスの童話に出てくるような感じでしょう。猫や犬はエジプト、スペイン、アルハンブラなどの遺跡や英国庭園で見かけました。話しかけると案内してくれる猫もいますよ。キフツゲートマナーガーデンの猫はゲスブにあります。 W・モロスがイングランドで一番美しい村といっていたバイブリーの家並み、ここも映画撮影に使われたそうです。 先日載せそこなったアン・ハサウェイの家の横から写した写真です。 ロウシャムハウスガーデンここは本当に静寂な世界、イタリアンガーデンやラウンドする光の水路が素晴らしかった。キフツゲーツの案内猫、オリジナルの写真では金色の目が見えるのですが。
2009.07.20
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にほんブログ村ハリポタは原作も1冊目しか読んでなくて全然詳しくないのですがホグワーツ内部として撮影されたレイコック寺院はコッウォルズの庭巡りの旅で寄りました。回廊が綺麗でした。わりにこじんまりとした寺院。今は個人所有?ミュージアムもありました。さすがに子供たちの見学も多いスポットでした。可愛い子供達の写真も撮りました。もっと美しいこの付近の写真はこちら三毛猫がいたのですが獲物を取り逃がした後に話しかけたのでそっぽ向かれてしまいました。白い点は羊です。コッウォルズの丘陵です。
2009.07.20
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にほんブログ村この動画はお見せしたでしょうか。なぜか、ブランのおっぱいだけみえます。一番小さく生まれたのに食いしん坊なので今はデカ腹です。顔が小さいので一見わかりません。ママ猫の痛々しいおっぱいの写真はあったかな。パパ猫も育児参加していました、というか寂しがり屋で入りこんでたというのが真相?生まれてすぐ仲良しがダブルとリンゴでした。
2009.07.20
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にほんブログ村 レストランのバイトはやりましたが厨房の仕事は、もう家の中だけで十分、それを仕事にすると、目が回りそう。この映画はドイツ映画『マーサの幸せレシピ』をハリウッドでリメイクしたとも知らずテレビ観賞しました。きびきびした料理長を演じるのは「マスク・オブゾロ」でアントニオ・バンデラスと共演した時から気になる キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、シカゴ はDVDまで買ってしまった。妊娠中、夫のマイケル・ダグラスと寄り添ってアカデミー賞授賞式に出た彼女はパンパンだったのに。シカゴで受賞。ロンドンで観たシカゴバンデラスはマドンナとの「エビータ」 もよかったのでオペラ座の怪人を期待したけれど違う人の主演でガッカリ。又彼女が引き取る姉の子供があの『リトル・ミス・サンシャイン』でアカデミー助演女優賞にノミネートされた天才子役アビゲイル・ブレスリンなので観ました。お料理の数々、彼女の下で働くコックたち、レストランのオーナー、横暴な客、あちこちにいそうです。彼女は仕事一筋、みんなとまかないご飯やデザートも食べなかった人。そんなかたくなな彼女を変えていくのがオペラアリアかけて厨房に新風巻き起こすシェフ。人生がいい方向にチェンジ出来たら幸せ。以下は引用です。ニューヨークの人気レストランで料理長を務めるケイトは完全主義者。仕事に対する情熱は人一倍。厨房では料理人たちを取り仕切り、目が回るような忙しさの中、正確に、完璧に、すべての料理を仕上げていく。積み重ねてきたキャリア、努力して手に入れた自信と賞賛、やりがいのある仕事、築き上げた自分の居場所。でも、気付かない幸せは、自分が決めたレールの外にあるのかもしれない…。予期せぬ出来事から“完璧な厨房”の外へと踏み出すことになったケイトが見つけた新しい自分とは…。時にほろ苦く、時に切なく、けれど確かにこれが幸せなのだと、ただ幸せをつかまえるだけの“おとぎ話”で終わらない、観る人の心に染み入る本物のハートウォーミング・ストーリー。主人公のケイトに扮するのは、『シカゴ』でアカデミー賞に輝いたキャサリン・ゼタ=ジョーンズ。彼女の神聖なる厨房に突然闖入してくるシェフ、ニックを演じるのは『サンキュー・スモーキング』でゴールデン・グローブ賞にノミネートされたアーロン・エッカート。ケイトが引き取ることになった姪ゾーイを演じるのは『リトル・ミス・サンシャイン』でアカデミー助演女優賞にノミネートされた天才子役アビゲイル・ブレスリン。監督は名作『シャイン』でアカデミー賞7部門ノミネートの賞賛を集めたスコット・ヒックス。(作品資料より)
2009.07.19
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にほんブログ村色っぽいにゃんコンテストに参加して猫の授乳を思い出しました。ブランが障子の桟に登ってる動画をさがしていて他の猫の授乳動画を見たら母猫が怖い顔して子猫に手をグーパーグーパーしていました。爪は大丈夫?リボンは子猫におっぱい周りの毛はこすりとられ、まるで傘みたいになり青血になっていても気にせず授乳していました。私だったら痛くて怒るでしょう。ブランが人間で言うと小学生の頃まで欲しがっても全然怒りませんでした。私がやれるのはこれだけだからといってるみたいでした。ブランは最後まで離乳食を食べるのを拒否していました。リボンは今も他の猫や人間をよく舐めます。子育てが終わりそばに来ては甘えます。ブラシングしてもらうのも大好き、ブラシングするというとすぐ来ます。
2009.07.19
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にほんブログ村 魔法にかけられてをテレビ観賞しました。こちらに動画テレビ視聴です。「ダウト」 で大女優メリル・ストリープと『カポーティ』のフィリップ・シーモア・と共演したエイミー・アダムス が出ているというので観ました。なんと「テルマ&ルイーズ 」「デッドマンウォーク」「告発のとき」のスーザン・サランドンも出ている!好きなんです。ミュージカルが好きなのは、子供の時に観たディズニー映画のためかもしれません。この映画は今までに作られた有名なディズニー映画のあれこれがカメオ出演、アニメが現代に紛れ込んで実写になるいいアイデアです。今時、結婚してめでたしとなるわけでないし、現代人はさめきってますから。シングルファザーも登場です。エイミー・アダムスも歌ってるのです。アカデミー賞で歌ったの?いつも可愛い動物が出てきますが、今回はネズミやゴキブリがお掃除に大活躍です。カーテンでドレスを作るのは「風と共に去りぬ」からですか。最後は現代のお約束、勇敢なヒロインが大活躍です。解説:アニメーションの世界に暮らすプリンセスが、魔法で現代のニューヨークに追放されてしまうディズニー・ファンタジー。『ターザン』『102』のケヴィン・リマが監督を務め、ディズニーの“お約束”が通じない実写の世界で右往左往するお姫様の冒険を、夢いっぱいに描き出す。主演は、33歳で“ディズニー・プリンセス”役を射止めたエイミー・アダムス。おとぎの国のシーンはアニメ、ニューヨークでのシーンは実写で描くというユニークな設定にも注目だ。(シネマトゥデイ)
2009.07.18
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にほんブログ村ぱらぺらむさん御紹介のあんかさんの色っぽいにゃんコンテストに参加しました。応援よろしくお願いします(=´∇`=) ニャン♪リボンのグルーミングリボンのセクシーポーズ?!
2009.07.18
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にほんブログ村こちらに動画あります。美空ひばりの一本の鉛筆、松山善三作詞 佐藤勝作曲♪.あなたに 聞いてもらいたい あなたに 読んでもらいたい あなたに 歌ってもらいたい あなたに 信じてもらいたい 一本の鉛筆があれば 私は あなたへの愛を書く 一本の鉛筆があれば 戦争はいやだと 私は書く2.あなたに 愛をおくりたい あなたに 夢をおくりたい あなたに 春をおくりたい あなたに 世界をおくりたい 一枚のザラ紙があれば 私は子どもが欲しいと書く 一枚のザラ紙があれば あなたを返してと 私は書く 一本の鉛筆があれば 八月六日の朝と書く 一本の鉛筆があれば 人間のいのちと 私は書く この歌を初めて聞いた時、ひばりさんが亡くなってからだけど、ひばりさんがこういう歌を歌っていたのかと、驚き、感動した。昨日新聞にも載っていたし、張本さんの被爆も聞いたばかり。三宅一生さんも被爆体験を明らかに。お母さんは放射線浴びてなくなったオバマの演説が埋もれていた何かを呼び覚ました。と日本政府は抗議したこともない。戦争中アメリカで敵国人だと収容されていたミリキタニの猫の画家はお元気だろうか。ジミー・ミリキタニさんを助けこの映画の監督のリンダ・ハッテンドーフには感謝する。[[item(http://www.youtube.com/v/ax9K9a0FS5U,425,355)]][http://www.youtube.com/watch?v=ax9K9a0FS5U ミリキタニの猫][[item(http://www.youtube.com/v/-G_ryWkeU18,425,355)]][http://www.youtube.com/watch?v=-G_ryWkeU18 映画『ミリキタニの猫』試写会舞台挨拶]それにしても晩年のひばりさんはメイクもナチョナルで観音さんのようにお綺麗だった。
2009.07.16
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にほんブログ村エスニックな歌「異邦人」も好きですが子供の時に買ってもらった画集の藤田の絵は忘れられないものです。当時600円の画集12冊も買ってくれました。世界少年少女文学全集50冊とともに親には負担だったでしょう。今は古本屋で二束三文で売られていますが生涯手放せません。文学全集は広く物語の面白さと一流画家の挿絵が私をはぐくんでくれました。もうすぐ、藤田展が始まるので楽しみにしています。子供の時は藤田が貶められていたことも知らず美しい肌の色に魅かれていただけです。藤田家は名門で先祖代々伝えられた鎧かぶとがたくさんあり、嗣治は床の間にその鎧を飾る役割だった。父は嗣治のよき理解者で森鴎外の次の軍医総監を務めた。母方の従兄弟には小山内薫がいた。藤田家の蔵書には北斎や為永春水があり、特に北斎には魂を奪われた嗣治。また父の海外旅行のお土産の美しい装飾のクッキーの箱や絵ハガキを飽きず眺めて模写も試みた。熊本に父の転勤で移り住んだとき、母をわずか五歳でなくす。藤田の五回もの結婚はこの体験からかもしれない。初恋の相手の為に紅梅の枝を折ろうとして登った木の枝で足を血だらけにした。この本は藤田のドキュメントを担当したディレクター近藤史人著。あの番組で、藤田一人に戦争画の責任を取れと迫った画家がいたことを知り憤りました。藤田はそれを受け入れて日本を去りました。本はさすがに感動的です。この本の口絵、「アッツ島玉砕」を観れば、戦意高揚なんかでなく、戦争の悲惨さが一目でわかります。中央の花が写真ではわからないので確かめたいです。メキシコでフリーダ・カーロの夫、ディエゴの壁画に影響され巨大な壁画を描いた藤田。最後の礼拝堂のフレスコ画の湿気が藤田の体をむしばんだという。自分はお酒飲まないのに新人の画家や元妻たちに御馳走や酒を戦時中もふるまったフジタ、それだけでも十分やさしい人とわかるではないか。藤田の家を管理していたマルタン夫人の息子は「明るくて、心の優しい、蝶のような人でした」と。その家で雛人形の為のひな壇や桜餅作ったり。人形好きだったのも実のお子さんにめぐまれなかったからでしょう。卒業制作の自画像、かっこいい。これが黒田清輝には認められなかったという、かえってよかったのかも。以下は引用です。私が日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ日本近代美術史最大のタブーに挑む傑作評伝!華麗な伝説に彩られたエコール・ド・パリの寵児は、帰国後なぜ「戦争画のスター」となったのか? 戦後フランスに帰化し、二度と日本に帰らなかったのはなぜか? 独創的芸術の変遷、苛酷な運命、そして魂の彷徨。未公開資料を駆使して「巨匠の真実」に迫る!みちまろさん 「藤田嗣治「異邦人」の生涯」のなかで印象に残ったエピソードが紹介されていました。1940年の出来事でした。藤田嗣治のアトリエに陸軍中将と名のる一人の初老の男性が訪れたそうです。男性は、ノモンハン事件の絵を描いてほしいと頼んだそうです。ノモンハン事件は、歴史の教科書では「事件」ということになっていますが、現象としては、一般的な「事件」という言葉の枠組みを越えて、戦闘と呼ぶにふさわしい日ソの武力衝突でした。満州に駐屯する関東軍とシベリアに駐屯するソ連軍が戦いました。装備に乏しい関東軍は高度に機械化されたソ連軍にこてんぱんにやられました。戦場には数万の日本兵の死体が積み重なったようです。「国民に知られるのは避けなければならないのですが、これは個人的な依頼です。戦死した部下の霊を慰めるためぜひとも絵を描いてほしいのです」 陸軍中将は、画料には恩給を充てるつもりだと語ったそうです。心を打たれた藤田嗣治はノモンハン事件を描くことに没頭していったそうです。 戦争中は、戦意高揚のために戦争画の巡回展が日本全国で開催されたそうです。藤田嗣治は、青森で行われた巡回展の会場に一人で訪れる機会があったようです。老人たちが「アッツ島玉砕」の前にひざをついて祈り拝んでいる姿を見かけました。藤田嗣治は、「生まれて初めて自分の画がこれほど迄に感銘を与え」た風景を見たと言っていたようです。「人間は一人ではどんな天才でも貧しくなるばかりだ。本当の孤独は人間を駄目にする」と言った
2009.07.16
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にほんブログ村往年の野球界の大スター、3000安打、500本塁打を共に記録している唯一の選手張本さんが昨夜久米さんの番組に出ていた。差別のことは知っていたがやけどの原因は知らなかった。焚火に当たっていたら、トラックがバックしてきて火の中!許せないのは、朝鮮人だからと、運転手は何の補償もせずに逃げたこと。お母さんが冷やし続けてくれたのだが二本の指がくっいていてしまうし、右手全体が不自由に。その手で偉大な業績を上げたとは。しかも広島で被爆、爆心地から2キロの地点で。小学六年生のお姉さんは勤労動員中になくなった。たった12歳で勤労動員とは、むごすぎます。セルジオ越後さんも出演、凄技披露。辛口、というか本当のこと言う方は貴重です。写真は冬に100円で買った金魚草と観にバラモーツアルト。バラは今咲いても小さくて色もちょっと薄い。紫の金魚草は早々と枯れたが、調子が悪かったこの黄色の方がいまだに咲いてくれている。香まであるのを知らなかった。
2009.07.16
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にほんブログ村猫はゴロゴロと同時に鳴いて餌をねだることができるそうです。猫の悪口言ってると家出したという話も聞きます。うちのダブルと姉妹のリンゴは頭をグルーミングすると耳がひっくり返ってることがある、今日、何の気なしにダブルに「耳がまくれているよ」といったら寝ていると思ったのに即座にプルプルと首を振って耳を正常な状態に直しましたのでびっくり。ダブルに話しかけたりさわったりすると「ウンニャ」「ぶぶ、うう」とか返事します。子猫が二か月過ぎて、カメラマンの撮影も終わったので、リンゴとサクラをよそのお宅に送り出したとき、母猫は全く何事もないようにしていた。子育てに非常に熱心だったので、拍子抜けした。すでに色々、人間同士話し合っていたので聞いていたのだろうか、そうとしか思えない。もっと小さければ、子猫を必死に探すはずであるから。最近、父猫もかすかにゴロゴロしてるのがわかりました。母猫は盛大に音を立てるのですが。アンティークっぽい猫柄エコバック、買わなかったけれど。
2009.07.15
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にほんブログ村もののけ姫動画と今までの記事をまとめました。一番よく聞いたCDは「ロマンス」「かれん」です。最近の米良さんの出演ミュージカル「三文オペラ」も観にいけず残念ですが、あのもののけ姫でブレイクするちょっと前から知っていました。この舞台については山田邦子さんのブログに写真入り記事があります。一番左のCDの新聞の宣伝を観たのです。CDの中に鳩山会館の有名な小川三知 のステンドグラスの写真が載っていました。こちらももののけ姫の主題歌の歌手探していた宮崎監督もこのCD,聴いて決断したようです。懐かしい曲がいっぱいです。デビュー前のCD「マリアンナ」までも買いこんで聴いてましたが一番よく聞いていたのは「かれん」と「ロマンス」}「ロマンス」の歌の翼に、わたしを泣かせて、オンブラ・マイ・フグリーンスリーブズ、わが母の教え給いし歌、アベ・マリア「かれん」の水色のワルツ、夜来香 、、はまりました。映画「死国」こういう映画は怖がりなので観たくないのに米良さんが主題歌「ぼくは雨となり星となる」を歌ってるので観ました。この歌も好きです。以下は2008,2のブログです。久しぶりに米良美一コンサートに行く事が出来た。米良さん、(*^^)/。 ,。 ・:*:・゜☆声の復活おめでとう (^-^)//"" パチパチ 良かった!トークも歌も素晴らしかった。色々御病気やストレスのことを聞いていたのでもう前のような美声を聞く事が出来ないのかと心配していた。同じ歌手のCDをこんなに買ってしまったことは後にも先にもないでしょう。いわゆる7色の声というのでしょうか。男性的な声も出るし、私なんか、全然出ないアルトや子供の声で歌い、非常に演劇的でもあります。オペラが観たくなります。オペラはまるでオリンピックのようなハラハラドキドキ感がある。あのハイCが出るかとパバロッテイにも皆さん、たかずのんだ。米良さんにも…1幕、登場すると紅の衣装に歓声が上がりました。金髪とお似合い。お顔も10年前と変わらなくて可愛い。私が初めて米良さんを意識したのはもののけ姫の前に観た新聞の宣伝CD「母の唄 日本歌曲集」カウンターテナーというのを知った。生の声の素晴らしさ、声は繊細な楽器。ヴァイオリンの様に何億というわけではないがもって生まれた声の質+大変な勉強、修練+節制を重ねなければならない。夜遊ぶはもってのほか。玉三郎 だけでなくドイツの大ソプラノも長年、劇場とホテルの往復だけの演奏旅行だったという。マリア・カラスはダイエットのしすぎか、ストレスか、選曲・役選びの誤りか、早く声を失ってしまった。オペラの映像はわずかしか残っていなくて残念。劇団四季のミュージカルの初期にウエストサイドでマリアを演じた島田 裕子さんも引退したがその節制ぶりを「徹子の部屋」で披露されていた。1幕はクラシック。オンブラ・マイ・フはCDでどれほど聴いたことでしょう。ピアノは北原葉子さん、迫力あり、黒髪でチャーミング。彼女も衣裳かえしてくれた。フェリス女学院大学音楽部講師 独奏 でホフマンの舟歌「こうもり」はかっこいいヨッヘン・コヴァルスキーのを録画鑑賞したことがある有名な曲。以前、米良との夢のような共演は生で鑑賞。ラッキーでした。プーランクの「元気の良すぎる男の子」サティ「エンパイア劇場の歌姫」モーツァルト「アルバのアスカーニオ」オブラドルス「柔らかな君の髪」など2幕は團伊玖磨、山田耕作、武満徹、などの日本歌曲。「うぐいす」はスェーデンで録音、発売したCDでこれらの曲入ってます。加藤周一の「さくら横丁」北原白秋の「日本の笛」など入っています。「かんぴょう」を歌うときに活躍した衣装もひらひらリボンが付いてベージュの美しいおひきずりの着物風。続きます。写真は私の愛聴版です。 07・8月と9月に楽天でアップしたものです。 ドミニク・ヴィスやスラヴァら、他のカウンターテナーも聴いた。映画「カストラート」が話題になった。でも彼の声が一番好き。バッハの「ヨハネ受難曲」、同じカウンターテナーのヨッヘンコバルスキー、ソプラノのグルベローヴァとのコンサートにも出かけた。そのうち彼の美声が出なくなった。 声は繊細な楽器、無理もない。突然脚光あび、仕事は忙しくなる。自分の声は強いとおもいこんでいたという。 子供の頃からの骨の難病もある。音大進学の為にご両親は大変だった。美輪明宏の「よいとまけの歌」を歌うようになった。 そんな病やいじめの事で苦しんだことが新聞にも載った。 しばらく聴いてなかったが大事なCDを又、聴くことにする。 先週から3回にわたる新聞特集、米良美一の2回目、あんなに仲のよい親子が18歳までの間、9年しか一緒に暮らせなかったとは。 簡単に骨が折れたり変形したりする原因不明の難病で小学校入学をこばまれ、病棟と寄宿舎を備えた、養護学校で寝たきりになったことも。間段なく襲われる四肢を引き裂く激痛、排泄物の世話される屈辱。 バロック音楽のマネジメントを長年、手がける武田浩之さんはコンクール予選で彼を発見した時、衝撃に打ちのめされた。以来、「彼はただ一人だけ、僕が天才と認める存在」 「旋律に宿されたた思念やイメージを、細部までことごとく浮き立たせ、悩ましく叩きつけてきた。彼が『血』と発声するのを聴くと、おびただしい鮮血が総身を駆け抜けるのだ」コレだ私があんなに聞き惚れたのも無理はありませんね。 しかし違和感を抱いたのは彼にアイドル志向のような願望があったことと武田さんは言う。「私の中では『もののけ姫』で彼は終わった。その責任の一端は私にある」と武田さんはいまだに悔やんでいる。哀しいけれどCD聴けば輝かしく深い歌声は残っている。共演した大ソプラノ、エディタ・グルベローヴァや同じカウンターテナーとの舞台、バッハコレギュームジャパンの演奏会は忘れられない。 「カウンターテナーの秘密」というサイトを開いたらカウンターテナーは1時間半も持たないそうだ。大変な技術がいる。ジェシー・ノーマンは気前良く何回もアンコールに答えていておかしくなったのは私でもわかった。グルベローヴァはほんのお義理にしかアンコールに答えず、非常にデリケートなコロラトゥーラを、喉という楽器を大事にしているのがわかった。 50年だったが驚異の長期、大ソプラノだったミレッラ・フレーニはドミンゴとよく共演していた。パヴァロッテイとは幼馴染。オペラ歌手は大変な節制せねばならないし旅公演多く家族とも離れ離れでさみしいとか。バッハの宗教音楽の権威岡田孝先生いわく「言葉をささげる意識、祈り、昔の人がどういう気持ちで『主よ。哀れみたまえ』といったか考えなさい」 そういえばマリア・カラスも1音1音ゆるぎなく歌えるよう勉強、勉強というようなことを言ってましたね。カラスは絶頂期が短かったけれど永遠のデーヴァ。 黒柳徹子がマリア・カラスを演じた「マスタークラス」も、もう一度観たい。彼女の芝居は歯切れが非常にいいのだ。 米良美一の歌のかけがえの無さは難病との闘いと深い関係があるのだろう。繊細な声は多忙なスケジュールや中傷があってはとても持たないでしょう。
2009.07.15
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にほんブログ村 テレビで「さくらん」と「やわらかい手」を観ました。歌舞伎でもなく花魁の話はあまり見たいとは思わなかったのですが極彩色の「さくらん」、蜷川実花監督、土屋アンナ主演 なので観ました。「下妻物語」 は女性の友情物語でとても楽しい映画でした。本作は大門に金魚が泳いでいて、暑くて死んでしまうと思ってします。花魁同士のいがみ合いはあんまり、でも最後は女性にも納得。夢か幻想か。「さくらん」公式サイト「やわらかい手」深夜に一気に観ました。主演二人の俳優の渋いのに愛嬌のある表情に魅せられます。いつも良い映画を上映する単館でやっていたはずです。「マギーの歩き方が好きだ」と風俗店のオーナーが言うどっしりとした歩き方、真摯さ、好感が持てます。前に中年の女性がヌードになる「カレンダーガール」を観ましたが、そんなのよりずっといいですね。マギーの裕福そうな友人宅にはモリス」 柄の椅子があります。あんなのは友人とは言えないけれど。孫の為なら家も売る、こんな仕事もする、誤解していた息子の妻も義母を尊敬することになる、優しいおばあちゃんに難病の孫。以下は引用です。マリアンヌ・フェイスフル」 主演。2007年ベルリン国際映画祭。鳴り止まない拍手と喝采で会場を沸かせた話題作がいよいよ公開。サム・ガルバルスキ監督。ミキ・マノイロヴィッチ、ケヴィン・ビショップら出演。60年代の伝説の女神マリアンヌ・フェイスフルが、『あの胸にもういちど』以来39年ぶりに主演した女性讃歌。世間知らずの中年主婦が思わず飛び込んだ性風俗の世界で、人間として、そして女性として生き生きと輝く様を描く。共演は『美しき運命の傷痕』などの演技派ミキ・マノイロヴィッチや、『ロシアン・ドールズ』のケヴィン・ビショップ。“男性を手で絶頂に導く”仕事をきまじめにこなす主人公の姿が、何ともこっけいで愛らしい。(シネマトゥデイ)あらすじ: ロンドン郊外に暮らす平凡な主婦マギー(マリアンヌ・フェイスフル)は、病気の孫の手術代を稼ぐ必要に迫られていた。偶然セックスショップの“接客係募集 ”の張り紙を見つけた彼女は面接を受け、採用される。オーナー(ミキ・マノイロヴィッチ)の見込んだ通り、彼女はその手の滑らかさで店でナンバーワンの“ 接客係”になる。(シネマトゥデイ)
2009.07.14
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にほんブログ村もう50回目になる外国人による日本語弁論大会を観ました。今までで忘れられないのが大福もちが大好きという女性のスピーチ、今回のテレビにも登場しました。愛嬌とユーモアがここでも聞き手の気持ちをとらます。私は外国語がまるでだめなので日本語で話してくれるだけでもうれしいのに、日本人や文化に理解示してくれる方たちには感動します。もっともあまり日本に厳しい内容は話せないし、本選にも出られませんでしょうけれども。スヴェトラーナ(ロシア)さんの調べてガッテン。日本人のハイの意味。日本人の夫に机の上かたずけてというと、ハイハイ。なんでもハイハイ、でもかたずけない。電話のアイズチにもハイ、言わないと、聞いてないとか、理解できないと思われるので自分も言うようになってしまったとか。ベトナム女性の「一期一会 」 和菓子をプレゼントしてもらいあまりに綺麗で日持ちするというので両親に送った。その後、日本にはお返しというものがあり気になってしまったなど。すごくいい話なのに再現できません。どなたかアップされてないかと検索中です。あったら教えてください。長年行っていた公園にこんな噴水があったことに今頃気が付きました。ヨーロッパの噴水ただ今、Rubyさんから弁論大会のアドレス教えていただきました。 ありがとうございます! 弁論大会のアドレス教えていただきました。
2009.07.13
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にほんブログ村森山未來の「刑事の現場2」 とMR.BREIN、観ました。どちらも見ごたえありました。感想と動画もこちらです。
2009.07.12
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にほんブログ村インテリアもお洒落な最近オープンしたレストランでランチしました。その様子はこちらです。
2009.07.12
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にほんブログ村アーリーハイブリッドティーローズ とフォエバーローズです。 ガーデンやベランダでは、目立たないかもしれません。この繊細な色がヨーロッパの人たちのお気に召さず、長い間忘れ去られていたようです。私もつい最近までこのバラ達を知れませんでした。剣弁なのに好きなのは儚げだから?詳細はこちらです。http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/29486234.htmlその他の写真はこちら右はジュリア、うどんこで仕立てなおしです。フロリバンダのラブは続々咲き手間いらずです。セントオルバンも咲いてます。 花壇に移して復活したジュリア
2009.07.11
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にほんブログ村ウィグル族の受難、どこでも少数民族の苦難が続きますね。漢民族が手に武器を持っている写真を観て「ホテルルワンダ」で中国から輸入したナタでフツ族過激派がツチ族やフツ族の穏健派を 120万人以上虐殺した実話を思い出しました。日本も関東大震災の時に一般人がガセネタで官憲にそそのかされて罪もない韓国人を大勢殺してしまいました。労働組合運動家や、大杉栄、伊藤野枝、甥の橘少年もどさくさにまぎれて虐殺されました。一ヶ月ぐらい前でしたか、朝日で与謝野晶子の「産屋なるわが枕辺に白く立つ大逆囚の十二の柩(ひつぎ)を知って衝撃受けました。藤山直美、香川照之 が晶子、鉄幹を演じた舞台を観たことがあります。続きはこちらです晶子についてはこのサイトを参考にしました。テレビ歴史ヒストリアで反骨のジャーナリスト、宮武外骨、ビジュアル重視も好きなところです。このサイトが詳しいです。
2009.07.10
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にほんブログ村初めてロンドンに行ったとき観光バスでストラトフォード・アポン・エイヴォンやこのアンの家に行きました。チッピングカムデンの茅葺屋根をアップしてこのアン・ハサウェイの家に二回、行ったことを思い出しました。二回目は偶然、キフツゲートコートガーデン見学の後、偶然、私を車に乗せて下さった方が次にここを目指したのです。あんまり有名な所なので人が多く、感激は今いちです。庭も雑然とした感じ、隣に果樹園があります。気候も厳しいことでその頃のイギリス人は体格も小さめだったのでしょう。ブロンテ姉妹のドレス観た時もそう思いました。ストーンサークル、バース、マグナカルタのあるソールズベリ大聖堂の観光バスで見学したとき、私は、ソールズベリ大聖堂に置き去りにされました。ちょっと聖堂内のショップ見てる間に。日本だったら人数数えるでしょう。あせって、どうやってロンドンに帰ろうかと思って歩いていたらその観光バスに出会えて事なきをえました(苦笑)リーズ城に行った時の男性の添乗員は日本語も出来て親切、私を放置した女性添乗員を知っていました。リーズ城も、偶然桜の時期と初夏に行くことができました。六人の貴婦人の城でしたか、水辺に浮かんでる様なロマンチックな城です。初夏はバラも綺麗でした。ここには迷路やゴルフ場もあります。迷路は時間かかるし、ゴルフ場に迷い込んで注意されました! この壁はチッピングカムデンの家
2009.07.09
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にほんブログ村話題の「蟹工船」を観ました。昨日はハッピーミュージカルで、今日はこれ。普通に映画化したら陰惨極まりないのですが。予告篇はこちら批判はあるようだけど日本映画はこういう切実な問題を取り上げることが少ないのでこれはいいと思う。監督は「全員に光が当たる、輝いてる蟹工船にしたかった。希望とか勇気とか、を自分なりのユーモアを通して、より分かりやすい蟹工船として作ることが使命だと思いました」その通りの映画で好感持ちました。みんなでお金持ちの家に生まれ変わる夢の場面、首釣りのシーン!雨漏りする家が道路上にあったり、ロシア人は楽しくパーティやっていたり、監督のユーモアですね。作業服はお洒落な感じがするのですが、みんな番号がついてるのです。非人間的な作業ですから。チャップリンの「モダンタイムス」のような歯車。自分たちが働かないと、資本家はもうからないことに気が付く。かっこいいトレンチコートの監督(西島秀俊)は「あんな奴等に組合作って団結できるわけはない」と馬鹿にされている青年たちだったけれど。映画館ではこの映画をイメージしたカニパンなど販売、一番右がカニパンです。ここのコーヒーやパンは美味しいですよ。抹茶に弱い私は抹茶カスタードと小豆を包んだ抹茶バルーンを買いました。ここは冷房が利きすぎて頼んでも寒かった、他の女性も言っていました。応募すると監督サイン入りカニカマセットが当たるかも。SABU監督インタビュー松田龍平インタビューSABU監督。松田龍平、西島秀俊、高良健吾、新井浩文、柄本時生、木下隆行、三浦誠己、木本武宏、竹財輝之助、利重剛、矢島健一。1953年にも映画化されており、新機軸でリメイク。帝国海軍は国民の味方ではない、もう一度立ち上がろう!テレビで宮武外骨の歴史物がありました。
2009.07.08
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にほんブログ村別館には動画公式サイト久しぶりに文句なしの楽しいミュージカル。曲も有名。誰でも踊り出したくなります。ミュージカルコメディらしくていいですね。宝塚でも上演されているのに観たのは初めてです。検索したらなんと宝塚時代の涼風真世のビルが出てきました。地方公演でしょうか、階段が小さいです。今回の役はマリア公爵夫人、愛嬌も美しさも歌唱力もあるので安心。最初の登場にどよめき、立ち姿も美しいですから。ビルの手品の国旗が服に引っ掛かった時のアドリブもいい感じ。劇場についたらロビーの二階へ行く階段で指揮の塩田さんと演奏家が楽器説明と演奏をしていました。最後には役者さんまで繰り出してきました。二幕目の初めに「塩ちゃーん」とかけ声までありました。例により二階席なので、詳細は不明です。一幕目の車が遊び道具やトランクになるなどの楽しい仕掛け。こういうのが好きですね。手品が出たり、鎧の武者や絵画も踊り出す。ロンドン下町・ランベスで育った名門貴族の御落胤ウィリアム(ビル)をエリザベート、モーツアルトの井上芳雄、その恋人サリーを笹本玲奈(ウーマンインホワイトの名演)が演じる男性版マイ・フェア・レディです。最近は「美の壺」で毎週、お目にかかる草刈正雄、タッパがあるので貴族役はお似合いです。元宝塚の名ダンサー、福麻むつ美、レ・ミゼ初演からお馴染み伊藤弘美、本間憲一、貴城けい純愛と笑と軽快なタップ、嫌味のない、幸せ感のある舞台なのでどなたもお気に召すでしょう。
2009.07.07
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にほんブログ村2004,5年にコッウォルズの名園巡った時はまだデジカメがなく大きな一眼レフ持ってフィルムの残り気にして写したものです。(チッピング・カムデン、メインストリートの看板)だからたまに貧しい食事しても写す余裕ありませんでした。パブのジャケットポテトや、湖水地方のホテルの夕食など、珍しくおいしかったのに。大英博物館のレストラン、とても綺麗なライスなど、全然でした。フィルムだけは日本で買って行かないと高いし、コダックしかなかったりで困りました。いくら買っていっても残る事がありませんでした。ヒドコートマナーガーデンで御一緒したご夫婦はデジカメで写してくださり、その写真も送ってくださました。ヒドコートの駐車場に同時に入り、顔見あわせて隣の名園キフツゲートまで。ここでお茶しました。たいていの庭園にはカフェや苗木売り場があります。キフツゲーツは女三代の庭としてテレビでも紹介されています。あのモギリの女性がここの奥様でした!ギリシャ風の建築、三日月のプール、女性像のあるバラ園、、コッツウォルズの壮大な借景、この庭詳しく見たくて二回訪問しました。[[attached(4,center)]]ヒドコートは藤の仕立て方や、エンジェルの噴水、ロングウォークは妖精が住んでるかのようです。朝一番です。すぐレストランに入る方もいてさすが日本人のせっかちとは違いますね。「孤独のアメリカ人の癒しの庭」といわれるところです。御夫妻はロンドンでオペラ鑑賞されるということでした。もっと名園を巡りたいけどとおしゃっておられました。デジカメでないのでたまに貧しい食事しても写す余裕ありませんでした。パブのジャケットポテトや、湖水地方のホテルの夕食など、珍しくおいしかったのに。大英博物館のレストラン、とても綺麗なライスなど、全然でした。
2009.07.07
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にほんブログ村昨夜富十郎親子の勧進帳、弁慶・義経のドキュメント、観ました。勘三郎、勘太郎・七之助の幼い時はテレビでよくやってますがこのお二人は70才も年が離れた親子さんです。30年前の躍動感あふれる、富十郎丈の弁慶、三島由紀夫が「実にブリリアントという言葉がふさわしい。輝きがある、しかも情感がある、演技の細目が豊かである」と激賞。勧進帳ってしばしば上演されるので「安宅関」をもじり「またかの関」といわれるほどであんまりです。子供の時に観た記憶がありますが、大人になってはさっぱりです。玉三郎の義経も見逃したくらいです。先日も観劇が心にとても良い、生きる力になるというような記事がありました。明日は久しぶりにミュージカル観劇、初めての「ミー&マイガール」有名な作品で宝塚版も当地方に来たのに観たことがないのです。歌唱力の高い人たちの主演なので楽しみです。息子さんの大ちゃん(鷹之資)は素直でいかにも愛されている感じです。徹子の部屋で見せてくれたいかにも妹が可愛いという雰囲気もこちらも幸せ気分になります。先日、ブログ公開している女性が二人の男の子を虐待しているのを見て本当に悲しかった。映画「遠い散歩」などもあります。そんなに愛せないのなら預けた方がいいのかも、惨事が起きない前に。私は何でものめりこむタイプなので子育ても毎日の成長が面白かったのです。勿論、いらつくこともあったでしょう。パートナーの助けが必要です。大昔は共同で子育てしたらしいのでよかったけれど今は母子の密室が多いから。人間国宝、富十郎さんの素顔の立派さ、優しさ、踊りは天才、口跡や間の取り方もさすがです。能の義経は子役が演じますが歌舞伎では初めてでしょうか。富十郎丈はお年で階段上がるのもつらそう、舞台で膝をつくのも、大変ですね。大ちゃんは緊張で涙が見えた時もありこちらもうるうるです。歌舞伎界は御曹司でなかったり早く親がいなくなるとシビアです。玉三郎から教え受けてそっくりに綺麗な七之助は「歌舞伎界がみな仲良くなってくれればもっと発展するようなことを「演劇界」で行ってますが、狭い世界でいがみ合ったら大変でしょう。いつも共演者が限られていたり、噂は聞こえてきます。富十郎さんはお若い時に今の坂田藤十郎と武智鉄二の
2009.07.06
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にほんブログ村以前、りゅうパパやブランが薔薇の花瓶から水飲む現場をアップしましたが今度は友人宅に行った娘のリンゴを見てください。メダカがいますがそれには手を出しませんのでご安心を。携帯から二回動画を送りましたが届かないので動画はこちらをどうぞ。ブックカバーになったリンゴ、販売中。右は姉妹と一緒に。前に我が家にリンゴを連れてきたら、リンゴは隠れたり威嚇するは、ブランと追いかけっこするわ、もう会わせるのは無理です。
2009.07.06
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にほんブログ村初めて苦労して(最初はレンタカー借りる決心がつかずバスを乗り継いでたどりつきました、何しろバスの本数なく、タクシーもないので乗り換えのモートンインマーシュでバス待ちに数時間!)チッピング・カムデンへ行き、B&B探していてこの茅葺屋根を観た時の驚きと感激。何軒がずらりと並んでいて壮観でした。その他の写真はこちらdicilaさんにコメント頂いてこの茅葺屋根をアップしてないことに気が付きました。5億円もするということでまたびっくり。イギリス人は退職後、コッツウォルズで園芸三昧に暮らすことが夢だそうです。現地には「売家」の看板をよく、観ました。チッピング・カムデンに行ったのはそこから近い名園のヒドコートマナーガーデンやキフツゲートマナーガーデンへ行くためです。チッピング・カムデンについたのは夜8時、6月なのでまだ明るいのです。冬には4時頃から暗くなってくるのに。これは一日が長くて旅行者にはうれしい。チッピングカムデン自体、町の中心に400年の歴史のある、マーケットホールがあったり、雰囲気のいい街です。
2009.07.05
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にほんブログ村にほんブログ村顔に似合わず、どこから出てるのというぐらいか細い声で泣くことがあります。全然、ゴロゴロが聞こえない猫でびっくりです。こんな猫もいるのですね。寝るときは私のそばでカーディガンでチュパチュパが今もやめられません。この猫だけ雑誌には後ろ姿しか載らず、カレンダーにもなりませんでした。楽天は携帯での動画投稿が楽ですが、これを他の動画サイトに投稿する方法がわかりません、とほほ。
2009.07.05
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にほんブログ村さなえさんと訪れた青山の骨董街で観た香水瓶、黄色のカーネーションが閉じ込められてる様なのが美しい。この一輪のカーネーションの香水瓶は下の本にも載っているが試作品。13ccしか入らない。上部にわずかにクラックが入り、制作を断念したもの。遠藤賢朗著 江ノ島香水瓶美術館オーナー 250点の名品を有する。その他の写真はこちら いいなあと思ったら、左1922年、ルシアン・ガイヤールの紅葉。右は印籠をモチーフに漢字風に縦書きされている。ビオレ社御存じガレ、シクラメンや紫陽花の香水瓶1905頃日本びいきの彼らの作品だから魅かれるのでしょうか。左、香料の為、かごいっぱいに摘み取られた薔薇。アンティークショップでも観たことがあります。垂涎もの。右、ルネ・ラリックが生涯手放すことなく自らの手元に置き、慈しみ愛でたという香水瓶シレーヌ。表面はつるりと卵のように滑らか、内面は香水が入れられるように空洞。
2009.07.04
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にほんブログ村 これは玉三郎の「鷺娘」ではありません。昔の歌舞伎解説の方も本物の女性がいると思ったほどでした。youtubeに動画があります。わ、これは初めて観ました。映像が悪いのですが、二人の映画は観たことがありますがこれは舞踊です。二人の最初の映画は「笛吹き若武者」敦盛の話でした。テレビ視聴です。ひばりさんは男役もやるし歌は何でも歌えましたね。ジャズやオペラアリア、題名のない音楽界で披露してました。もっと遅く生まれたら演歌がメインでなくジャズやポップスでしょう。橋蔵親分が女形出身で菊五郎劇団にいた事や、六代目菊五郎の芸養子だったこと(六代目の妻の養子となり丹羽姓を継いだ)早くしてなくなったとき、六代目の芸風を一番よく受け継いでいると言ってくれた方がいました。私も歌舞伎チャンネルが始まったころ歌舞伎で女形の舞台をちらりと見ることができました。受験期に「新吾十番勝負」の原作をこっそり読んだ思い出があります。六代目の薫陶を受け、六代目がもっと長生きしていたら映画界に行かなかったかも知れませんね。梨園の御曹司でないので難しい面があったでしょう。私が橋蔵さんを知ってるのは母がファンだったからです。もう18年もテレビで銭形平次を演じていたことも御存じない方も増えているでしょう。平次親分をやりながらも毎年舞台に立って藤娘や源氏物語など演じていました。藤娘は観ましたが源氏を観ることはかないませんでした。橋蔵さんにとり舞台が命だったのでしょう。撮影場では同じメニューばかり召し上がっていたそうですからよくなかったでしょうね。彼が六代目から受けた女形の修行、ごまかせないようにパンツ一枚で踊る、足の間に紙をはさんで落ちないように踊る、レモンが甘く感じるまで稽古、舞台に出る前は氷で手を冷たくして出る、立ち役に愛しいと思ってもらえるように。そんな芸談を読みました。橋蔵さんは55才でなくなってしまいました。渋くなりかかりの所で、…舞台をもっと観たかったです。二男さんが舞台に立っています。京本政樹さんがよく彼から化粧や演技について教えてもらったと話されています。うれしい事です。舟木一夫さんもそうですね。演技が上手い方はメーキャップも上手い。仁左衛門さんの息子さんの孝太郎さんが「玉三郎お兄さんのメイクはアートです」と言ってました。大浦みずきも橋蔵も同様です。先日仁左衛門さんが橋蔵さんの舞台で歌舞伎座で主役をやらせてもらったのがうれしかったと言っておられました。これは知りませんでした。亡くなった藤間紫さんも共演していて晩年、橋蔵さんのことをもっと知ってほしいとテレビで言っておられました。なんと泉鏡花と橋蔵のお墓は同じ都営雑司谷霊園 にあるそうです。
2009.07.03
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にほんブログ村右は、ラリックのブローチを表紙にした図録です。左はダイヤモンド展の図録。アンティークジュエリー展は3回ほど観ました。ミキモトの真珠美術館も海辺なのでよかったです。箱根のラリックミュージアムでは、ラリックのガラスのパネルのあるブルートレイン内で説明受けながらティータイムも過ごせます。走るブルートレインには乗れそうにもないです。東京都庭園美術館の玄関のラリックのガラスのパネルはヌードではありませんね。最後に行った時には常設のシャンデリアや香水塔などは撮影OKになっていました。浅香宮家の邸宅でしたがほとんど住まないうちに妃殿下は亡くなられました。パリでの夫妻の生活は宮さんの事故のためとはいえ、楽しいものであったでしょう。ラリックはガレと違い、今でもデパートなどで見ることができます。もちろん骨董屋さんには昔の香水瓶も並んでます。白洲次郎のクラシックカーも展示してました。あのガラスのマスコットにも目が点になります。チョーカーヘッド「菊」バラを扇状にデザインしたコサージュブローチ、ダイヤと色ガラスラリックと同世代の建築家、ヴィオレ=ル=デュックは日本の浮世絵、とりわけ北斎漫画に魅了されその壁紙も北斎に影響されていることがこの図録に載っています。ラリックといえば、オパールセント。今でもデパートで販売されてるのはこういういい色にはまだなっていなくて白っぽいですね。お高いですが。皇后さんが可愛い、ネックレスをお買い上げになったとか。中央のみラリック。ペンダント「4頭のトンボ」幼虫から成虫へと変態を遂げる神秘の虫トンボはラリックのお気に入りのモチーフ。中央に据えた石の両側に昆虫の頭部を突き合わせて配置する構図は彼の典型的なデザイン。ペンダント「白鳥」
2009.07.02
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にほんブログ村ベルリン国際映画祭、フォーラム部門・国際芸術映画評論連盟賞と最優秀アジア映画賞W受賞別館には予告篇などアップしました。キネ旬、2008,3月下旬号の若松監督のインタビュー読んでようやく納得した。映画3時間10分は辛いけれど、ビデオでは途中で放棄してしまいそうで映画館で観た。美しい遠山美枝子(坂井真紀)が自分で自分を殴ることを強要され鏡の中の醜く腫れ上がった顔が自分だと認識してからのちょっと間を置いての、哀しい悲鳴や逃げられそうなのに逃げないで粛清されていった若者たちが哀れでならない。永田洋子役の並木愛枝が上手すぎるぐらい。最後の高校生の慟哭。「今や、忘れられようとしているあの事件を、出来るだけリアルに全部、見せたかった」「この映画を撮らなければ、死んでも死にきれない」「本当に世の中をかえるような何かをやれるのは、若い人しかいない」この事件で完全に学生運動が失速、それ以降、若い人たちは何を求めていいのかわからなくなってしまう。そこで振興宗教に行ってしまう。それを利用して麻原のような奴が出てくる。群衆・組織があれば必ず、そこには権力者が出てきてその権力を守ろうとすると必ず、どうしても粛清が始まる。一般の会社だって同じ。殺すか、殺されないかどうかの話であってね。当時に週刊誌読むとあさま山荘事件が起きると、それまで用語していた大学教授や知識人がころっと手のひらを返しちゃって、あいつら人間じゃないと言っている。ボクだけが彼らを絶対信じるとしゃべっていてホッとした。「表現者は権力側から表現しちゃいけない、これは僕の中の原則なんです赤軍というのは世界でイタリア、日本、ドイツしかない。皆かつてファシストの国、その子供たちが大人になり再びファシスト国家にしてはいけないと築いたのではないか。ただドイツもイタリアも最後は人民がファシストを追い詰めたけど日本はA級戦犯がすぐ首相になった。本当に日本人は反省していないんだよ、それと日本は政治犯に厳しすぎる。イタリアもドイツも赤軍派ほとんど刑期を終えて出てきている。みんな勇気をもって言いたいことを言わなければならない。だからラストであの少年に俺達、みんな勇気がなかったんだよとセリフを言わせているんです。戦争以外に日本人が国家権力に銃口向けたのはあさま山荘事件だけでしょう。警察は多分、彼らが何をやっていたかは知っていて学生運動やってるやつらはこういう悪者だとイメージを植え付けた上で全員、生きたまま捕らえた。監督が自らオーナーを務めるシネマスコーレの初日に一人の女子が監督にお年玉袋を渡した。固辞したが行ってしまったという。坂東國男を演じた大西信満君に「私はあの時代に血を流し損ねた人間。そのオトシマエをつけるために今朝は自分の手を切って、血を流してから来ました。と、こんな人に会えただけでもこの映画を作ってよかったと思いました。‘読む‘実録・連合赤軍必読の二冊があげられています。以下は引用です。「若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」とりわけ籠城した吉野雅邦の役を演じた俳優菟田高城の私信として書かれた獄中書簡は印象深い。吉野は「最も人倫にもとる、最低、最悪の行動をとったものとして、事実の全面的な報告を自らに課した最大の責務ととらえ山岳ベースでの粛清のありようを真摯な内省と死咲くで綴っている。しかし、無残極まりない最期を遂げるに至らしめたのかという問いかけは未来永劫続く。元赤軍派塩見孝也、新右翼鈴木邦夫、雨宮処凛まで23人の読みごたえのある作品評が並ぶ。「若松プロ 夜の三銃士 平岡正明」映画の感想http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/20908062.html「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」 http://www.wakamatsukoji.org/mesagge.html喜多匡希 (映画ライター)私の青春期は平成に、連合赤軍メンバーの青春期は昭和にある。その隔たった時代を踏まえて本作を語る時、私が最もこだわるのは、本作が史実を映画化した実録作品であるということ以上に、本作が傑出した「青春映画」として屹立しているという事実である。1968~1972年の出来事を、なぜわざわざ2000 年代の世に再現して送り出すのか? そこには清算という意味合いももちろんあろう。若松孝ニは、本作の製作にあたって、「俺はオトシマエをつける。真実を伝えたいんだ」という言葉を残している。この「オトシマエ」という一語に込められた思いは深い。しかし、時代は常に動き、その姿を変えていくものだ。普遍的な<何か>がなければ、時代を超えて映画化する本質的な意味など求められないであろう。「若松孝ニが一般から製作費を公募してまで、今、連合赤軍を映画化する必然性とはなにか?」 その答えが<青春>というキーワードにある。この時代に青春期を送っていた人々が、口々に本作を軸とした青春懐古に花を咲かせていたのと同じ熱情を、きっと今の若者も共有することができるに違いない。時を経て時代が変わり、流行やスタイルが変わろうとも、<青春>というキーワードは普遍性を有している。「正しい」とか「間違っている」とか、そういうことが重要なのではない。政治不信・政治無関心と呼ばれて久しい現代日本に、本作が出現した事実こそが重要なのだ。
2009.07.01
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にほんブログ村中日新聞朝刊一面にこんなブルーの素敵な絵リラの花(春)」が載りました。朝日は夕刊に「新京の女」「メキシコ人」も。 先日、藤田のアトリエや自作の人形の写真をアップしました。長い間、藤田の個展を観ていません。当地方には来なかったのです。今日ちょうど「春季創画展」を鑑賞に行ったらフジタのチラシがあるではありませんか。 8月1日からフジタ展「よみがえる幻の壁画たち」が開かれます。美術館公式サイトフランスのフジタのアトリエや礼拝堂にはなかなか行けないので楽しみです。フジタの室内画はブリヂストン美術館で観ました。引用です。藤田嗣治“幻の名画”寄託 「横臥裸婦」など愛知県美術館に2009年7月1日 朝刊愛知県美術館に寄託された、藤田嗣治の「横臥裸婦」[[attached(3,center)]] 1968(昭和43)年の追悼展を最後に、所在が不明だった画家藤田嗣治(つぐはる)(1886~1968年)の“幻の名画”とされる「横臥(おうが)裸婦」(油彩・麻布)や未公開の水彩画など計4点が30日、愛知県在住の収集家から同県美術館(名古屋市東区)に寄託された。 美術市場に出回る藤田作品は少ないとされ、4点まとまっての寄託はまれ。同館では、時期は未定ながら展示コーナーを設け公開する考え。今回の寄託で、同館が収蔵する藤田作品は8点になる。 「横臥裸婦」は、藤田がパリで活躍していた1931年に描かれた60号(約80×130センチ)の作品。日本画の技法を取り入れた「乳白色の肌」の裸婦像で絶賛を浴びた藤田らしい作品で、シーツに横たわる女性を描いている。 関係者によると、藤田が死去した68年の秋、名古屋などで開かれた追悼展「パリのフジタ展」出品を最後に専門家の間でも所在が知られていなかった。旧財閥・三井家の所蔵だったとされ、その後名古屋市内の個人が秘蔵。それを収集家が近年入手したという。 もう一つの油彩画はパリ再訪時期の40年に描いた「リラの花(春)」。色彩感覚豊かな藤田の一面を物語る作品。
2009.07.01
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