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にほんブログ村にほんブログ村別館に親子猫写真アップしました。
2009.02.28
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にほんブログ村お馴染みの伏見ミリオン映画館の向いにある寿司屋さんの建物がいいなと携帯で写真撮っておいたら昨日の新聞でその設計家が解りました。うれしいです。ここは御園座にも近いので歌舞伎役者さんも見えるようです。いつぞやはホテルからも見えるようにと屋根に「SUSHI]と大書きしてあると新聞に載りました。街中にあるのに緑の中庭もあり、ある時は猫の姿も見ました。やはり東鮨本店なので美味しい。ここの磯松前は昔から好物です。新聞に載ったのは下呂の湯之島館、丹羽英二さんが独立し最初に手掛けたのが湯之島館丹羽英二建築事務所HPにも載っています。1931年世界恐慌のさなかに開業した湯之島館は鉄筋コンクリート作りなのに外観は木造にみえて奥にアールデコの洋館があるとは信じがたいそうだ。読書室にあるマントルピースが古代ギリシャの神殿を縮小したようらしい。「照明や手すり、一つまで原寸の設計図を書き、現地でミリ単位まで確認するのが丹羽さんのやり方」と、丹羽事務所顧問の宮野さん。前を通ったこともあるらしいのだが。ダンスホールやテラスルーム窓の感じが私の好きな雰囲気です。やはりアールデコです。特に洋館を彩る装飾は、アールデコの影響を色濃く反映したもので、現在の建築史家からも高い評価を得ている。戦後増築を重ね、現在の姿があるが、独立後第1作ということもあり、この旅館に対する丹羽英二の思い入れはとりわけ強いものがあり、晩年に至るまで頻繁に宿泊に訪れた。昭和33年には昭和天皇・皇后両陛下が、昭和51年には、皇太子殿下・皇太子妃殿下(今上天皇・皇后両陛下)が宿泊された。また、「街道をゆく」の取材で春慶荘に宿泊した司馬遼太郎は「さすがに飛騨の匠のふるさとらしい見事な普請だった。(中略)日本文化ですなあ。」と記している。御園座近くのからくり時計、動いてる時に行ったら動画とりたいです。
2009.02.27
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にほんブログ村Beautyうつくしいものを観た。公式サイト監督: 後藤俊夫脚本: 小野竜之助 振付:藤間勘十郎出演 片岡孝太郎 片岡愛之助 麻生久美子 井川比佐志 石浜朗 嘉島典俊 片岡秀太郎 片岡仁左衛門(Beautyの題字も) 北村和夫(お亡くなりになってしまいました) 星美智子(往年の時代劇で懐かしい名前、どこに出られていたのか、おばあちゃん役?どなたか教えて下さい)シネマ歌舞伎以来、映画館で観る歌舞伎もいいものです。この映画も歌舞伎の名場面が出て字幕もちょっとあります。村歌舞伎でしか上演されない珍しい演目もあります。長野の美しい伊那谷に200年以上も受け継がれた村歌舞伎。おひねりや酒盛り、ヤジも飛び交うお祭りの舞台。その村の少年少女の絆を中心に戦争をはさんで展開する物語。まるで「覇王別記」のような少年二人の友情。木地師の祖父と二人暮らしだった半次(子役が可愛い)は雪男に誘われて、「新口村」を演じ二人は村の看板役者になっていく。二人が大自然バックに稽古する場面は最初に迫ってくるところ。はしかで役を取られても優しい少女。大人になってからは 麻生久美子が演じている。舞台化粧も綺麗。「夕凪の街桜の国」こういう映画はもっと海外で観てもらうとよいのですが。二人は青年となり召集され満州やシベリアで理不尽な運命をたどる。皆さん泣きます。長野県は満蒙開拓団にも多くの人が送りこまれた。そこは中国の農民の土地だったのに。そんな場面は出てこないけれど。雪男役の愛之助、長髪でメガネ姿がヨン様みたい。ハンサムですね。半次役は青年から老人まで、引退公演の演技、あぶなかっしいのでハラハラしてやがて引き込まれます。ロケ地も公式サイトにあります。御神木や自然と共に生きた時代。大鹿村には青いケシを観に行ったことがあるが歌舞伎は実際には観ていない。三国志などで有名な川本喜八郎 さんのイベントに行ったとき黒田人形浄瑠璃 を地元の女性とお父様に見せていただき感激した。 昭和10年、長野県伊那路(いなじ)村。村歌舞伎を初めて見た少年・半次は、村に伝わる舞踊「天竜恋飛沫{てんりゅうこいしぶき}」を舞う雪夫に心を奪われる。雪夫に誘われ歌舞伎を始めた半次は、ふたりで「新口村」を演じ、初舞台で大成功を収める。そしていつしか、半次と雪夫は村の看板役者となっていく。 時は過ぎ、19歳になった半次と雪夫のもとにも召集令状が届く。終戦を迎え、シベリアの強制収容所に送られた半次を待っていたのは過酷な労働の日々と、雪夫との死別であった……。こちらのひまじんさろんさんのブログに監督のインタビューあります。大鹿歌舞伎テレビドラマおシャシャのシャン!も村芝居を描いた傑作。NHKのローカル番組に出演された孝太郎さんは村芝居なのでうますぎてもいけないので苦労された話をされていました。
2009.02.26
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にほんブログ村「おくりびと」試写会でもっくんの熱の入れようを感じましたが映画も着目点が素晴らしかったですね。アカデミー賞受賞おめでとうございます。賞にはいろんな力が働いてるのであれと思うこともありますがこれは素直にいい映画です。演劇ブログで絶賛されている「誰よりもあなたに見せたい!歌舞伎役者伝承のダンディズム十三代目片岡仁左衛門」がようやく当地方に来てくれました。1903年に生まれ2歳で初舞台を踏んだ仁左衛門さんは94年に90歳で亡くなったが最後まで現役。演出の羽田澄子さんは(記録映画作家) 先日も新日曜美術館岩佐又兵衛 驚異の極彩色絵巻にご出演。この羽田さんの映画はあいち国際女性映画祭で観ました。十三代目片岡仁左衛門丈は母がファンだった大川橋蔵(六代目菊五郎の芸養子でしたが六代目がなくなり映画に転身、後ろ盾がないから歌舞伎では難しいと思われたのでしょう。彼の歌舞伎の舞台を観た方は非常に美しい女形で六代目の薫陶を受けそれが芸によく出ていたとおしゃいます。テレビで銭形平次親分888回)の映画にもご出演でそれは後から不遇の時代)の映画にもご出演でそれは後から不遇の時代だった事を知りました。私は何より玉三郎と今の仁左衛門さんとのコンビがたまりません。その十三代目の三男が今の仁左衛門丈です。映画は何と6本、これは「人間の條件」6本、リバイバルを徹夜で観たのとほとんど同じですね。「人間の條件」は2回も観てしまいました。今回は朝10.10から2本ずつ3週間で全部観ることになります。ドキュメントは苦手なのですがビデオ、DVDにしないというので。目が御自由なられても舞台に立たれ気品に満ちた姿は有名ですがそのころは生で観たことがありません。幼い時に御園座に連れて行かれたので見たかも知れません。親は招待券なので祖母や私を連れて行っただけです。当時まだ高かったソフトクリームは覚えてます(笑)というか、母が二人だけにあげ手自分の分はなかったと言うので。「若鮎の巻」は自主公演をする若手役者グループに演技指導された時の記録。最初にいい女形の声が聞こえてきました。そのはずで上村吉弥さん。最初の出し物は「一条大蔵譚」青字はぴかちゅうさんのレポの一部です。義太夫が身体にしっかり入っている丈は若手に口三味線をしながら義太夫にのった台詞回しを指導。一条大蔵卿役の若手は公家言葉に不可欠の‘が’の鼻濁音を直され、「いなしゃませ」(去れということを“いね”と言い、その公家言葉)の音使いとリズムを何度も直されるが、ちっともできないので客席からも笑いがもれるほどだった。公家言葉の難しさ、義太夫狂言のためには浄瑠璃を勉強しないといけないということを何度も繰り返している。おとくは千次郎時代の吉弥と確信を持った(公式サイトでも確認)が、吃又役がわからず、家でネットの歌舞伎俳優名鑑を検索して照合すると片岡當十郎とわかった(この人が最晩年の仁左衛門丈にずっと付いていることが後の巻でわかる)。この二人のコンビはまずまずの感じ。板敷きの広縁には部屋子の千代丸時代の愛之助がしっかりと13代目の指導を見つめていた。劇場の稽古場で稽古をつける様子。前日の稽古の指摘どうりに直っていないという丈の指摘に長男の我當が出てきて、前日の稽古の後に自分がみた稽古でどうしてもできないので今のやり方にしたと説明にきている。大先生と小先生みたいだなぁと思った。我當が父の指導をきちっと補佐しているのに感心してしまった。その補佐のタイミングのよさ。まさに息が合っている。仁左衛門丈は三味線の弾き方、義太夫の語り方にも自分で語って合わさせている。上方歌舞伎専属の大夫三味線がもういなくなっていて、東京から来てもらっているので昔ながらの上方歌舞伎の演奏が継承されていないという。三味線も江戸弁風に訛ってしまっているという。公演本番は最前列でジッと見守る様子を舞台とともにカメラがしっかりとらえている。問題の箇所は本番でもできていなかった。丈も挨拶にたち、「お目まだるい舞台でございましたが・・・・・・」という出来。それでも若手に乞われて稽古をつけてきた経過や、年に一度こういう大きなお役で舞台にたてるこういう機会を大事に支えていただきたいというようなことをお話していた。教えても教えても出来ない、理解できないってありますね。悲しいことに。聴いてるだけでわかる方もいるでしょう。同じ所で笑いが起きました。関西の方は厳しいので歌舞伎の御曹司の芝居でも下手だとはっきり批判するせいか衰退してしまったと聞いた。その中で仁左衛門丈は頑張ってこられた。後ろ盾がないとこの世界は難しい。お腹の中から義太夫でも聞いてないと身につくのが大変でしょう。台詞もろくにない並び腰元だけの舞台ではいかに辛いことでしょう。またそういう若手を指導される方は立派です。OSKの「大津皇子」を指導されているのを写真で観たことがあります。「大津皇子」を演じていたのは贔屓の東雲あきら2本目は「傾城反魂香」難しい舞台を選んでとおしゃってました。「人と芸の巻(上)」は大阪・中座での「伊賀越道中双六」13代目がもういいお爺さんでかつぐ荷物が本当に重そうでハラハラしてしまう、泣けますね。秀太郎のお米、孝夫(15代仁左衛門)が初役の重兵衛。綺麗です。本当の親子さんの配役でこれをご覧になった方は幸せですね。2002年3月31日 教育テレビで 片岡仁左衛門 中村勘九郎 坂東玉三郎 のこの舞台が放送された。「紙子仕立両面鑑」大文字屋の助右衛門。實川延若の御顔は好きでなぜか昔から知っている。1南座での「寿曽我対面」の工藤祐経は座頭役。五郎を富十郎、十郎を扇雀。この時13代目は京都南座顔見世連続35年出演で表彰され、涙が光ってるようでした。私が今あるのもご贔屓の皆さんが私を可愛がっていただいているからで有難いと。松竹の故永山会長の姿も。21日には歌舞伎界の最長老の中村又五郎さんが老衰のために亡くなった。お正月の歌舞伎役者がずらり並んだ手打ち式にも出ておられたのに。お孫さんの孝太郎と部屋子だった愛之助さんの映画「うつくしいもの」が同じ映画館で上映中。松島まり乃「歌舞伎修業 片岡愛之助の青春」を読み直したい。京都での学生時代、南座の前のレストランでバイトしていたら仁左衛門さんお一人で食事にいらしゃいました!
2009.02.24
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にほんブログ村川端康成生誕110年川端康成コレクション展を鑑賞した。生原稿や自画像、文房具、親しかった画家たちの作品や書斎の再現がご覧になれます。以前、芸術新潮の特集で川端康成は骨董屋泣かせだったという話ばかりが頭に焼きついてしまった。骨董を持ってこさせてだんまりだったか、ファンの方、ごめんなさい。これだけの美術品集めるにはそんなことまでしないとできないかも。土偶、アフガニスタンの仏陀頭部、聖徳太子立像、池大雅、加藤唐九郎、黒田辰秋、永井荷風、李朝民画と続々。急須やガラスの氷カップも。ロダンの「女の手」は写真で観るよりずっと華奢。渡辺崋山の孔雀は画面斜めの孔雀に動きがありその目が鋭い。古賀春江の「果物」がセザンヌのようだと思ったら「海」で有名なシュルレアリズムの画家、検索してようやく思い出しました。美の巨人思いがけなかったのは若き草間彌生の2作品。松本の美術館やその映画「≒草間彌生~わたし大好き~ 」も観ました。その作品、観たことがないと思ったら半世紀ほど蔵されていたもの。康成の慧眼でしょう。高井貞二(戦前は超現実主義に始まり堅実な写実画へ、そして戦後は幻想的具象画から抽象表現主義へ、さらに抽象表現主義から象徴主義へと移り変わる展開は、具象から抽象までと幅広く、この時期の日本人作家としては実に多様な展開)の叙情画。東山魁夷はフレデリック城などの外国風景が珍しい。田淵俊夫展は大変な混雑と思ったらそのはず、ギャラリートークをされていました。終わりの方で残念。NHKの昼前のローカル番組にもご出演されていた。永平寺・鶴岡八幡宮への奉納ふすま絵や「時の証人」などの現代的な作品まで。美しい緑色の植物画はポストカードでは全然その良さが出ていません。飛行機から覗いたような雲海の富士山や紅葉に包まれた「清水寺」も印象的。
2009.02.22
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にほんブログ村『海女のリャンさん』公式サイト第2回文化庁映画賞文化記録映画大賞受賞2004年キネマ旬報文化映画ベストテン1位文化映画は観たいのになかなか上映に出会えなく残念に思っています。キネマ旬報文化映画ベストテン1位なので期待します。以下は転載です。映画紹介 『海女のリャンさん』を見て(監督・脚本 原村政樹)90分 西光之輔(記)朝鮮半島の悲しい歴史に翻弄されながら、日本、韓国、北朝鮮に離散した家族の絆を守り抜いた母の物語に感動しました。近年、まれにみるドキュメンタリー映画の傑作です。 リャン・イーホン(梁義憲)さんは済州島の海女の村で1916年に生まれました。1941年に夫と共に大阪の生野区に移り住みました。44年の大阪の空襲で済州島に戻り、45年、祖国の解放を迎えました。48年、済州島4.3事件で身の危険を感じて、密航船で再び大阪へ。夫は民族教育活動に専念しており、リャンさんは7人の子どもを育てるために仕事にはげみました。1年のうち3月から10月までの8ヶ月は大阪に家族を残し、日本各地で海女として働きました。11月から2月までは正月も休まず餅屋などで働きました。その間、1959年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に3人の息子を帰国させ、済州島事件で生き別れとなった次女は韓国の孤児院で育ち韓国に住んでいます。「食ってもいけないのになぜ大学へ行かせるにか」と言われながら、子どもの教育のために朝から晩まで年がら年中働きつづけました。86歳になったリャンさんは、2002年、半世紀ぶりに故郷済州島に帰郷し、4・3事件で生き別れとなった娘と再会しました。また、2003年には、北朝鮮の3人の息子に最後の面会に行きました。リャンさんが生活の苦労の影も見せず、陽気にたくましく生きていく姿は観る者を感動させます。 「在日」をテーマにした映画となると、差別とか日本社会の歪を描くのが常ですが、この映画は違います。リャンさん一家の人間としての魅力、母親の思い、家族の絆という普遍的なテーマが描かれています。国家の対立がもたらした悲劇、それにめげず生きた在日一世の記録として、多くの人びとに観てもらいたい映画です。この映画がキネマ旬報 文化映画ベストテン 1位に選ばれた理由がわかります。山本晋也氏(映画監督)は言います。『偉大な母の持つ包容力に圧倒された とにかく観てほしい!感動してほしい。近ごろ稀有な傑作映画だ』と。 (上映日時のご案内)同時上映『悲劇の島 チェジュ』4.3事件のドキュメンタリー NHK番組 (08年4月27日放送) 90分 1948年4月3日に済州島で起きた大規模な武装蜂起と、それに参加 した人々のその後を描く。はじめて歴史の闇に光をあてました。 場所:伏見ライフプラザ 12F 第1研修室日時:2月28日(土) 2回上映 海女のリャンさん 悲劇の島 第1回 13時30分~15時 15時15分~16時45分 第2回 17時30分~19時 19時10分~20時40分資料代:海女のリャンさん 700円、 悲劇の島 200円、 (学生無料)以下もコリアン子育てサークル「トトリの森」さんからの転載です。南北朝鮮と日本を舞台に、祖国の分断によって引き裂かれた家族の愛と統一への願いを描く「海女のリャンさん」。この映画が朝鮮舞踊化され、近々、大阪で公演されます!■題名 「ねがい」■日時 2006年1月28日(土)18時半、 1月29日(日)16時半開演■会場 大阪国際交流センター(天王寺区上本町8-2-6)■主催 舞・朝鮮舞踊研究所■問い合わせ先: 06-6787-1825 080-3808-2039<「海女のリャンさん」の映画監督 原村さんからのコメント>リャンさんの5男であられる朝鮮大学校教授の金世正先生から、この映画が朝鮮舞踊化され、近々、大阪で公演されることを知り、大変嬉しく、皆様にもお伝えしたいと、書いております。主催者の任秀香という方とは直接面識がないのですが、素敵な心の舞踊家と想像しております(無断でこれを書いていることを任さん、お許しください)。朝鮮舞踊は、本当に美しく、いつ観ても心にじーんとくる私としては、映画が舞踊化されて、この上ない喜びでいっぱいです。特に、在日4世、5世といった人たちが日本で祖国の文化を継承していることがとても感動的です。ひとりひとりは微力ですが、文化の力を信じて、政治やイデオロギーを越えて友好の輪を広げていきたいと、微力ながら、私も進んでいこうと思っております。
2009.02.22
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にほんブログ村玉三郎HPに、「現在の歌舞伎座で「鷺娘」を上演致しますことは、この度が最後だと思っております。予測ではございますが、約5年先の新歌舞伎座が予想通り完成しましたときには「鷺娘」をひと月努めることは出来ないと考えております。」とあり、こういう日がくることはわかっていてもやはりショックだった。映画や歌舞伎の演出も後身の指導もよくされる玉三郎丈。いつ、やめてしまうかもわからないので出来る限り生で観劇したいのですが。 彼が登場しただけでどよめく観客。あれだけのこの世のものとは思われない独自の美の世界を長時間作り出すことは大変な事なのでしょう。長谷川一夫がベルばらで指導したように客席から綺麗に見えるためには無理な姿勢もあります。瀕死の白鳥のような幻想的、悲劇的な玉三郎の「鷺娘」です。こちらで鷺娘の鮮やかな衣装引き抜きなどがご覧になれます。歌舞伎座建て替えのためのさよなら公演で玉三郎丈も「京鹿子娘二人道成寺」「三人吉三巴白浪」「鰯賣戀曳網」など次々といい芝居を演じておられるようだが、京都顔見世で散財した私は上京することが出来ない。昆劇のような新作なら我慢できないのだが一度生で見たものはなんとか、ねじふせてしまう。去年11月八千代座で上演した「鏡獅子」は観たことがないので無理してでも行きたかったけれどあまりに遠い。歌舞伎座建て替えには反対意見もあるそうだが新しい歌舞伎座がどんな姿で出現するのか興味がある。もうあの天井桟敷までの急な階段登ることもないでしょう。旧宝塚大劇場も3階席は落っこちそうな感じだった。もう震災前に新しい劇場になっている。大阪松竹座はレトロで立派なフォサードを残して中は新しい、そういうようになればと思う。鷺娘観た時の感想
2009.02.21
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大高緑地公園の梅が見頃です。ここには桜の園や、若草山?!もあります。弱々しかったクリスマスローズも咲いてくれました。その他の写真はこちら
2009.02.20
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バラの挿木は失敗ばかりの私。水挿しも土でも成功した試しがありません。去年もやっと1本植え替えるところまで行ったのにその後の寒波であえなくなりました。 この、フォエバーローズ、枯れてドライフラワー状態になってるのにも構わずそのまま花瓶に入れていました。怠慢でしょう。咲いてる写真はこちら今朝、白く長い物がついてると発見。泡のようなカルスと共に白い根が水の中で伸びています。ぬか喜びかもしれませんがうれしいです。
2009.02.19
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アルハンブラのライオンの噴水その他の写真はこちら
2009.02.19
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にほんブログ村明日、夜、勤労会館で「ノモンハン」映画上映があります。電柱にくくり付けられた看板で観ました。こういう映画が上映できない国です。ベルリン映画祭で上映された南京事件題材にした「ジョン・ラーベ」も日本での公開予定はないそうです。「ジョン・ラーベ」はドイツの会社員として中国に滞在中の37年、ナチの力を利用することで日本の力が及ばない保護地区を作り、大勢の市民を救ったという。これは以前「南京・1937」を観て知った。小さい映画館だけど補助椅子が出る満員盛況だった。珍しく若い西洋人らしき観客もいた。新聞の写真のように、空襲から市民や建物を守るため、巨大なナチ党の旗を上空から見えるように広げるシーンが印象的。旧日本軍が捕虜を大量に銃殺したり殺害した市民と共に記念撮影したりする場面も描かれている。「鬼が来た」で感心した香川照之、柄本明、杉本哲太(愛と悲しみのサハリン)に出ていました。)らが日本人将校を演じている。ミュージカル明成皇后(ミンビ)もある。「地獄のDECEMBERー哀しみの南京ー」を観た衝撃
2009.02.18
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今朝の花マルのゲストは「オーバー30」に出演されていた高知さん。下の写真はこのドラマのイントロで登場する噴水。秋に紅葉が綺麗で撮っていたらドラマに使用されていてビックリ。姉妹都市の名前もその方向に刻まれています。ドラマはほとんど見ないのですがブロッサのエスカレーターの所も使われています。森山未來の刑事ものや「監査法人」にも使われたビルです。東山動物園の噴水です。噴水が好きで以前にもヨーロッパや鶴舞公園の噴水アップしました。動物の絵が分かりにくいですが。
2009.02.17
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にほんブログ村藤原紀香の初のミュージカル「ドロウジー・シャペロン」を観ました。米倉京子はふてぶてしいまでの快演で絶賛された中、比較されて大変ですね。テレビで偶然、ダンスや歌の特訓受けてる藤原紀香も見ました。ヘトヘトそうでよくここまでという感じです。指導されてる方にも大いに興味あります。開脚ばかり話題? 写真もそうですが。歌のうまい方は聴いてると口から幅の広いリボンが出てくるような感じ受けてきたのですが、レッスンもそのようにやるんですね。そのレッスンでも歌がこれはいいかもと思わせました。歌いたくて個人レッスンに行きたかったのですが恥ずかしいやら費用が高くていけませんでした。紀香さんは綺麗で華やか、タッパがあるのでこの能天気な昔のスター役はぴったりです。以前何人のアイドルなどのミュージカル初出演、初主演、それ以降出られないお粗末というのがあったでしょうか。制作する方々は甘く見てもらっては困りますね。テレビドラマとは違い、隅から隅まで観客の目があるのですから。このミュージカルは2006年にブロードウェイ上演、トニー賞最優秀脚本賞、最優秀楽曲賞など5部門で受賞。カナダ発でブロードウェイ進出。幕が上がるとミュージカル好きな男(小堺一機)が登場、LPレコードをかけながら1928年(世界恐慌前年!今日も新聞にみんな怖いから言わないけれど今は世界恐慌だと)に初演されたミュージカルを感想と解説入れながら再現するという二重構造。男の居間に貼ってあるスターの写真なども近ずいて観たくなりますね。でも3階席!これがS席と思ったけれど席に着いたら意外と舞台が近いし生演奏なので許せる。ほとんどがS席なんでしょうか。ひどいねえ。冷蔵庫の扉からスターたちが飛び出して男が言う「実に表面的」で単純な劇中劇が始まります。男は今の戦争や革命のミュージカルには批判的でむやみと明るいミュージカルがお好み。現実逃避っていうことも今の世相にあってるのでしょう。私がミュージカルにのめりこんだのは彼が批判する暗い「レ・ミゼラブル」や「ジーザス」のためなのですが。演出宮本亜門、共演者、川平慈英(雨に唄えばなどもうまかった)・木の実ナナ(伝説の「ショーガール」は一度しか観ていない。タイトルロールなのにちょっと風邪でもひかれてるのかなという感じ)・小堺一機はあまり声が通らず以前もスヌーピーのミュージカルに主演していたが演出家や制作者に気にいられてるため?小松政夫・中村メイコ(衣装は可愛いけれど)・尾藤イサオ私の贔屓はOSK出身の瀬戸カトリーヌ、可愛くてダンスも歌もいい。浦嶋りんこのパワフルな歌唱に感心。なんと家庭的にも経歴にも音大とかバンドにも関係ないという。亜門さんがブロードウェイで講演した幕末の作品が見たいのに。
2009.02.16
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マリー・アントワネットもお気にいりだったトワルドジュィ。なぜかこの柄に魅かれてしまいます。もともとはインド更紗の影響を受けた布。知らずにティーカップなども使用していました。イギリスの田舎のジャンク屋さんでブルーやパープル単色の領主の館とガーデンの柄のC&S、購入してきました。現行品のバーレイ社のポット、C&Sはとても使いやすくて愛用しています。バーレイを知る前にスポードの井戸の少女の柄やブルーイタリアンなどに手を出しましたがスポード社も破産?してしまったようで残念です。真中にあるのはノートです。アンティーク屋さんで見つけましたがもちろん現行品です。雑貨屋さんでこういう柄のバックを見かけたとき、ブルーしかなかったりビニールなのに高くて見送ったらなかなか巡り合えません。ネットでハロッズのバックもオークションで出ていましたがハロッズのゴロが大きすぎ柄が今いちでやめました。その他の写真は別館でこれはローラアシュレイの布です。赤も買えばよかったのに。今はないようです。あまりしっかりした布ではないのに高かったです。 以下は端切れです。赤ずきんちゃんや猫の端切れも通り過ぎることが出来ませんでした。絵と同じ感覚です。キルトも出来ないのに(苦笑)
2009.02.15
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にほんブログ村愛くるしい少女以外、変な家族なのに最初から最後まで目が離せない映画です。テレビ観賞。自殺未遂の兄を自宅に引き取った少女の母は毎日フライドチキンを買ってくるのだろうか。それでもなかなかいいお母さん。お父さんは「勝ち馬、負け犬」の話ばかりしてるけれど。日本でもありましたね。人生は最後までわかりません。幸、不幸はその人の主観で良いでしょう。勝った、負けたの線引きなどしないでほしい。学校や職業ではないでしょう。この映画12歳以下は保護者同伴って書いてあるけれど若い人こそ観るといいのでは。おじいちゃんもヤクで老人ホーム追い出された人なのに美少女コンテストの孫に振り付けしたり、ホロっとするようないいことを言うのです。少女の兄のちょっと不気味な感じ、うまいですね。最後に切れて大騒ぎするのだけれど妹が寄り添うだけで通じるんです。誰でも悩んでる人に何も言わなくてもいい。寄り添う、聞いてあげるのが良策とどこかで聞きたばかりです。おなかの出ている子供らしい体系のこの少女の可愛いこと、他の着飾った美少女がグロテスクに見えてきます。クレジットに「レベッカ・アニット」に捧げるとありましたがそれも検索すると出てきます。以下は引用です。解説: サンダンスを始め、多くの国際映画祭で、スタンディング・オベーションの絶賛を受けたロードムービー。美少女コンテストのクィーンを夢見る少女とその個性的な家族が、黄色いワゴン車に乗ってコンテスト会場を目指す姿を描く。主人公の家族を演じるのは、『40歳の童貞男』のスティーヴ・カレル、『イン・ハー・シューズ』のトニ・コレットら。機能不全に陥った一家族が、旅を通して再生していくハートウォーミングな展開が見どころ。第19回東京国際映画祭で最優秀監督賞、最優秀主演女優賞、観客賞など最多3部門を受賞した。(シネマトゥデイ)あらすじ: 小太りの眼鏡っ子、オリーヴ(アビゲイル・ブレスリン)の夢は美少女コンテストで優勝すること。地方予選で繰り上げ優勝した彼女は、独自の成功論に取りつかれる父リチャード(グレッグ・キニア)や母のシェリル(トニ・コレット)、自殺を図ったゲイの伯父フランク(スティーヴ・カレル)らと車で決勝大会の会場を目指す。(シネマトゥデイ)
2009.02.14
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まだ2回ぐらいしか観てないのですがクラシックミステリー・名曲探偵アマデウス、面白いですね。音楽は聴いて楽しむだけで難しいことは全然わからない私です。一流の音楽家が説明してくれてしかも演劇的。今日の学園パニック 呪われた式典曲「サンサーンス“組曲・動物の謝肉祭”」も途中からでしたがお笑い的なところも感動させるさせるところもあります。いい話です。この曲にこんな風刺があったのですね。オペレッタの流行や権威主義的な音楽界への批判がこめられているのです。わざと下手に演奏させる曲があったりや白鳥除いて演奏禁止だったのですか!最後の白鳥はチェロにあの高い音をひかせるところが私たちの琴線に触れるのですね。大空子空学園理事長が相談者、声優さんかと思ったらなんと宇都宮雅代さん、検索するまでわかりませんでした。千住明さんの解説でした。これからは予約してちゃんと見ます。追記します。探偵事務所「アマデウス」所長 天出 臼夫(筧 利夫)すごい名前♪ 助手 響 カノン( 黒川芽以)
2009.02.14
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別館に建国記念日の記事アップしました。この象にも関連する話です。
2009.02.13
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にほんブログ村アップしたのに消えてしまいましたので記事は別館でご覧ください。今日は何回も切れてしまいます。迷惑変態TB,コメントがまたひどいです。
2009.02.12
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にほんブログ村「悲夢」を観ました。キム・キドク監督は「春夏秋冬そして春」を観て映像の美しさと独特のパワーにファンとなりました。ベルリン映画祭銀熊賞を受賞した「サマリア」、ヴェネチア映画祭銀獅子賞の「うつせみ」、米軍基地を描いた「受け取り人不明」「絶対の愛」「悪い男」など観てきました。韓国映画の魅力今回はオダギリが出るというので楽しみに行きました。でも観ているうちに苦しくなりは嘔吐しそうなってしまったのです。それは私の体調にもあったのですが映画の中で激しい自傷行為があったので。こんなことは初めてでした。相手を思いやって寝ないようにするために傷つけるのです。翌日は友人と「オーストラリア」の試写に行くはずでしたがもしうつるものならと断念しました。風邪ではなく花粉症のせいかもしれません。帰宅して寝てばかりいたので猫が張り付いていました。猫ってあんなに夜中色々来たり去ったりしてるのですね。4匹いるので。ニコール・キッドマンの「オーストラリア」を観た友人は行ってよかったと言ってます。「悲夢」は交通事故から始まるのも怖かったです。誰にでも起きうる事ですから。でも主人公男女が仕事している姿や小道具の使い方、日本の舞踊にもある蝶の道行きのような結末、うまいです。初めオダギリだけが日本語喋ってるのにも気がつかないぐらい自然でした。こういう手があったのですね。さすがです。オダギリさんって誠実そうな可愛い声ですね。ファンはしびれるでしょう。「パッチギ」や「揺れる」もよかったですね。以下はオダギリインタビュー映画は、別れた恋人の夢を見続ける男(オダギリ)と、その男が見た夢の通りに行動する夢遊病の女(イ・ナヨン)が出会い、恋に落ちる悲恋劇。 ベルリン映画祭銀熊賞を受賞した「サマリア」、ヴェネチア映画祭銀獅子賞の「うつせみ」などで知られる韓国のキドク監督。大ファンだというオダギリさんは、「人間のドロドロとしたみじめさ、残忍さ、人に見せたくない部分をさらけ出して美しく描けるのは、世界でもキドク監督だけ」と絶賛した。 一方、キドク監督は、「まず、オダギリさんの出演が決まって、次に女優を選んだ。私の映画は激しく残忍なシーンが多いので、出演のオファーを断られることが多いのに、今回は韓国のトップ女優たちから、次々に出演したいと連絡がきた」と、韓国でのオダギリ人気を披露した。 オダギリさんは、今年1月の韓国での撮影直前に、女優の香椎由宇さんとの結婚を発表。キドク監督は、「『海外に行く前に彼女を安心させたい』と聞いて感心した。国ごとに女の人がいるかもしれないけどね」と笑顔をみせると、オダギリさんは、「海外に行くと、お互いのことをより気遣える。思いやりが一番大切」と話した。以下はイ・ナヨンインタビュー 《オダギリさんと話さなくても通じた》 世界的な韓国の映画監督キム・ギドク(48)と日本の俳優オダギリジョー(32)が組んだ韓国映画「悲夢(ヒム)」。日韓の俊英とともに、韓国の女優イ・ナヨン(29)は、男が見た夢に操られるヒロイン役を感情豊かに演じた。オダギリとは韓国・ソウルの撮影現場で「無理に話そうとしなくても通じ合うものがありました」と息の合ったところを見せた。 冒頭から観客は不思議な感覚に包まれるかもしれない。オダギリ演じるジンは、韓国人を相手にずっと日本語で話している。一方のイ・ナヨン扮(ふん)するランやほかの人物はすべて韓国語。しかし通訳を介さずに、なぜか互いの言語を理解し合いながら物語は進む。映画ならではのマジックだ。 「事前にオダギリさんのセリフの意味を理解し、最後の言い回しを覚えておくのです。オダギリさんがその部分を言い終わったと同時に自分が言うようにしました。感情をぶつけるセリフが多かったので、相手との呼吸が大事でしたキム・ギドク監督が描き出す、新たなオダギリ ジョーせつない“夢”に翻弄される男女の狂おしい愛を描いたラブストーリー『悲夢』。日本・韓国が誇る優れた才能が結集した、奇跡のコラボレーション作品。主演は、日本を代表する俳優として韓国でNO.1の人気を誇るオダギリジョー。監督は、『サマリア』(ベルリン映画祭銀熊賞受賞)、『うつせみ』(ヴェネチア映画祭銀獅子賞受賞)といった作品が絶賛され、“世界がもっとも注目する監督”のひとりとして熱狂的な信者を多くもつ鬼才キム・ギドク。本作が海外の監督との初顔合わせとなるオダギリは、苦しい愛に引き裂かれ夢と現実の間を移ろう男・ジンを、いままで見せたことのない多彩な表情で見事に演じきり、キム・ギドク監督の全幅の信頼を手にしている。また、共演は『私たちの幸せな時間』『英語完全征服』などでその美しい横顔を見せてきた実力派イ・ナヨン。「俳優としてオダギリさんからは学ぶ点がとても多かった」と語る彼女は、男の夢に呼応して破滅へと突き進む夢遊病の女・ランに扮し、オダギリとぴったり息の合った凛々しい演技を見せる。
2009.02.12
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木のおもちゃ、制作途中のトースターなどです。
2009.02.10
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にほんブログ村ベンジャミン・バトン、試写会で観ました。公式サイト書いてる間に映画の話より自分の話になってしまいました。すいません。F・スコット・フィッツジェラルドの短編小説が3時間近い大作になりました。冒頭で逆に時間刻む時計の話が出てきて戦争さえなければという気持ちになるのだけれど。80代で生まれ、徐々に若返っていく男と彼を愛した女性の苦悩の物語。日本の昔話にありませんでしたか。若がえり望んで赤ちゃんになってしまったおじいさんの話。80歳ぐらいの老人に生まれたために父親に捨てられてしまったベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)父親はお金持ちそうですぐばれそうなのに、なんて余分なこと考えてしまった。老人ホームの女性が引き取って育ててくれた。この映画はCG、特殊メイクでブラピとケイト・ブランシェットの、老人から輝く若さ、美しさを見せるものなのか。実は、私は老人か、ミイラのような我が子の顔を見た。流産の兆候があり、入院して絶対安静。トイレも行かせてもらえなかったが1週間後出産。寝たきりで全然力なく産むのが大変だった。続きは別館で。
2009.02.09
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モリスのマナーガーデンやバスコットパーク近くの骨董屋さんです。木馬のある骨董屋さんです。 チョッピングカムデンの骨董屋さんのショーウインドウです。夜8時について翌日、朝、B&Bの主人にヒドコートマナーガーデンまで送ってもらうために早く出たので骨董屋さんの中は観られませんでした。2年続いて、この村に行ったのに、残念。イギリスの村には骨董屋さんが必ずと言っていいほどあって手頃な値段です。坂の村、バーフォードは骨董屋さん、土産物屋で賑わっていたのにこの園芸の骨董屋さんはひっそりその他の写真はこちらに飛んでください。
2009.02.08
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にほんブログ村ベルサイユのばら外伝アンドレ編は危惧があったけれどせっかく当地に来たので観てしまった。最後のバスチーユのシーンにオスカルが出てこないなんて。トップを引き立たせるためには何でもありですね。それならトップにオスカルをやってもらいたい。箙かおる・一樹千尋はさすがです。大浦みずきのオスカルは宝塚機関誌「歌劇」の中だけの幻。アンドレの特別演出も見逃してしまった。マンマーミーアやじいさんばあさん、ミュージカルベストテンも書きかけで気になるけれど、ちょうど朝日の「ニッポン 人・脈・記」が宝塚編なので。宝塚御贔屓で「リボンの騎士」を書かれた手塚治も登場。2月3日の「巻き髪に苦心 裏方の汗」の記事がよかったです。ベルサイユのばら初演の御苦労は今までにも演出、出演者の話は聞いてきたけれど演出の長谷川一夫も初めは植田紳爾に断られたとか。、その往年の大スター長谷川に「髪の毛が大事やねん」と注文付けられた美容師山中勝子。当時29歳。下の写真左側の女性欧州の貴族の明るい髪の毛を自然に出すのは無理とおじけずついて「降ります」と言ったら初代王妃役初風らが「山ちゃんが降りるなら私たちも」引くに引けなくなってた。アントワネットの髪を漫画のようにてん盛りにするのは?思いついたのはティシュの箱!。縦にして髪を巻きつけたが、毛が足りなくて後ろは箱が半分みえていたなんて。ベルばら前は観客が入らなかった。公演が始まると、カツラの世話で夜なべ。カールをつけるコテが熱すぎると化学繊維の毛はちじれてしまう。強いライト浴び出演者の汗がべっとり、カールは伸びきっている。一つひとつ巻きなおし、ドライヤーを当て、スプレーで固める。睡眠2,3時間、体重も30キロ台まで落ちた山中さん。あの首まであるオスカルの衣装は過酷。長いかつらにブーツの長さも半端じゃない!マントまで着て、出てるのは顔だけ。綺麗に見せるにはきついポーズも必要。初演当時の方の潮あかりさんの歌唱!テレビでリバイバルで観ました。初風さんはその後「エリザベート」「宝塚BOYS」で拝見。特に後者はベルばら歌ってくれて感極まりました。「宝塚BOYS」ベルばら初演、劇場に入れなくてパンフレットだけ買う人もいて初日に追加印刷を決めた。しかしオイルショックの最中で印刷会社を回って頼みこんだそうだ。裏方の苦労話、貴重ですね。べルばら 1 べルばら 2 べルばら 2001 べルばら外伝ベルナール編(安蘭けい)
2009.02.07
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好評だった土曜ドラマ「刑事の現場」はミュージカルの森山未來君の主演作。公式サイト森山君を初めて観たのは黒木瞳、岡幸二郎との共演ミュージカル「ママ・ラヴズ・マンボ」テレビ視聴ですがダンスが上手くて光るものがありました。山本耕二君も子役から見ています。 以下は引用です。「家族揃ってマイケル・ジャクソンの熱心なファンであり、ツアーで来日中だったマイケルとホテルのトイレで遭遇したことがある。好きな映画として「情婦」・「雨に唄えば」・「永遠のモータウン」等を挙げることが多く、フレッド・アステアやフォッシー、監督ビリー・ワイルダー・俳優ジャック・レモン等が好きとも答えている。かなりの読書家。漫画作品も好み、手塚治虫、水木しげる、横山光輝のファンジャズ全般の知識も深く、その他にも新旧・和洋問わず多岐に渡るジャンルを聴いていることが公言されている。また自身も中学時代に神戸・三宮で友人とともに弾き語りをしていたことがある。 舞台「BOYS TIME」のオーディションに(年齢制限は18歳以上だったにも関わらず)中学3年生の時に応募し、合格した。演出家の宮本亜門いわく「どんなダンスもこなしてしまう恐るべき15歳」「フレッドアステア以来の天才かと思った」。ドラマ「刑事の現場」では、スタッフ100人近くの名前をあっという間に覚えてしまい、現場のスタッフを驚かせた。」引用終わり成長されていまやドラマにも主演。7月放送の「刑事の現場 2」が今撮影中。一生懸命仕事しているそうです。楽しみですね。ロケ地は依然ご紹介したブロッサ、ハイテクオルゴールの近くです。このようなレストランもありますが有名美容室ミスエッセンスがオープンするそうです。
2009.02.06
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にほんブログ村「焼き肉ドラゴン」は朝日グランプリと読売演劇大賞最優秀作品受賞、おめでとう♪創刊号は後で劇場でゲットしたのですが月刊ミュージカルは愛読書です。先代の編集長の時は投稿した拙文を何回も載せてくれました。今は投稿欄自体ありません。今はネットがありますが当時、辛口批評もなくなり寂しかったですね。2008年度のベストテン第1位「スカーレット ピンパーネル」小池修一郎演出 安蘭けい・遠野あすか・柚希礼音第2位「愛と青春の宝塚 恋よりも生命よりも」鈴木裕美演出 紫吹淳・湖月わたる・彩輝なお第3位「レベッカ」山田和也演出 山口祐一郎、大塚ちひろ、シルビア・グラブ山口祐一郎、大塚ちひろ、シルビア・グラブ第4位「CHICAGO」T・ナルディーニ演出 米倉涼子・和央ようか・河村隆一第5位「ガラスの仮面」蜷川幸雄演出 大和田美帆・奥村佳恵・川久保拓司第6位「55STEPS」加藤敬二演出 劇団四季第7位「デュエット」鈴木勝秀演出保坂知寿・石井一孝第8位「黎明の風 侍ジェントルマン白洲次郎の挑戦」石田昌也演出 轟悠・大和悠河第9位「アプローズ ~映画「イブの総て」より~浜畑堅吉演出 前田美波里・貴城けい・宮本益光・紫城るい前田美波里・貴城けい・宮本益光・紫城るい第10位「ウェディング・シンガー」山田和也演出 井上芳雄・上原多香子・鈴木 綜馬・新納慎也地方にいるので鑑賞したのはロンドンで観た「CHICAGO」のみ。「愛と青春の宝塚 恋よりも生命よりも」は観劇予定。「ガラスの仮面」観たかった!玉三郎演出、大竹しのぶ版も観ていない。蜷川さんバージョン、テレビ放送してください!10位以下には私の贔屓の大浦、毬谷さんが登場しますのでまた。
2009.02.05
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写真はアムステルダムの窓です。気になったけれど旅の最初の訪問地、次に英仏庭めぐりを控えていて何も買えなかった旅です。後でデルフト焼きが気になってしまいました。真中のランプと同じ梅柄の壺が家にあります。コッツウォルズの骨董屋さんでも窓で見かけたのでまたアップします。ブルー&ホワイトのお皿は神戸のフェルメール展でも現行品を売ってましたがウン万円!白いぼってりしたデルフト焼き、ネットの日本の骨董屋さんで見かけていても欠けがあるのにとても手が届きません。軟陶でかけやすいのでしょう。一人で飛行機の乗り継など、よくまあ無事で感謝です。昔はアムステルダムは治安悪いと聞いていたのですがフェルメールの魅力に負けて急遽くわえました。ウィーンやイギリスではオペラ、ミュージカルで深夜一人歩きしましたが危険な感じはしませんでした。転載です。みなさまへ 「国民保護法制を考える会」の西英子です。2月28日(土)の行事案内をお送りします。● ドキュメンタリ映画上映会 『海女のリャンさん』 監督・脚本 原村政樹 上映時間 90分 2004年キネマ旬報 文化映画ベストテン 第1位 第2回文化庁映画賞 文化記録映画大賞受賞 リャン・イーホンさんは日本の植民地であった朝鮮半島の済州島で1916年に生まれました。アジア太平洋戦争が始まった年、夫の後を追って大阪に移り住みました。1944年、空襲の激化で済州島へ戻り祖国の解放を迎えました。 しかし、済州島4・3事件で身の危険を感じて密航し、再び大阪へ。毎年3月から10月まで大阪に家族を残し、日本各地の海で70歳まで海女を続けて一家の生計を支えました。差別と貧困の中で過酷な時代をたくましく生き抜いたオモニの半生が描かれています。 日本・韓国。北朝鮮に離散した家族の絆を守りぬいた母の物語でもあります。同時上映『悲劇の島 チェジュ』4.3事件のドキュメンタリー NHK番組 (08年4月27日放送) 90分 1948年4月3日に済州島で起きた大規模な武装蜂起と、それに参加 した人々のその後を描く。はじめて歴史の闇に光をあてました。 場所:伏見ライフプラザ 12F 第1研修室日時:2月28日(土) 2回上映 海女のリャンさん 悲劇の島 第1回 13時30分~15時 15時15分~16時45分 第2回 17時30分~19時 19時10分~20時40分資料代:海女のリャンさん 700円、 悲劇の島 200円、 (学生無料)
2009.02.04
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本屋さんにこんなチラシがありました。参考になります。その他の写真はこちら戸井十月さんのゲバラに関するエッセイ。お父様、戸井昌造は画家、秩父事件の研究者。私も秩父事件には大変関心があり勉強したけれど知らなかった。義理の叔父は俳優の西村晃。以下引用です。人は旅によって出会い、変り、成長する。自分自身と向き合い、世界と出会うために一歩を踏み出せ――ゲバラが遺したメッセージは今も色褪せない。ゲバラは39歳で死んだ。それから30年が経って遺体が発見された時、かつての同志や友たちが、「チェ・ゲバラという人間の、最も優れた資質は何だったと思いますか?」という質問に口を揃えたように、こう答えた。「人間を愛する才能です」ゲバラは稀代のゲリラ戦士であり革命家であるより前に好奇心に満ちた旅人であり、負けず嫌いのスポーツマンであり、乱暴な医者であり、写真や詩を愛し、自らも幾多の名文を残した表現者だった。そして何より、人を愛した。ゲバラは、今も、国境や言葉を超えて世界の人々の中で生き続けている。ゲバラは、そういう種類の英雄(ヒーロー)だ。
2009.02.03
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窓特集その2です。その1はこちらウィーンはじめての海外一人旅がウィーン、ホテルについてその夜、オペラ座目指していく途中に観た美容院です。ホテルのカギがはじめ、難しくて四苦八苦でした。冬なので真っ暗。似た建物ばかりで迷いそう。無事地下鉄に乗り「サロメ」、天井桟敷150円ぐらいで鑑賞。帰り道バラの花束運んでる人が1本抜いてくれました。数日後「魔笛」はボックス席の2列目で鑑賞しました。ミュージカル「エリザベート」だけは日本で予約しました。同じくウィーン、常滑焼きが店頭に!スぺイン、アルハンブラの窓。パラドールの窓だったか?オランダのアンネの家の窓は大きい。イギリス、W・モリスのマナーハウスの窓モリスの姿が壁面にあります。ここは1週間に1日しかオープンしてなくてそのためオックスフォードでの、オペラ座の怪人、オリジナルロンドンキャスト、ラウル役のマイケル・ボールコンサートも見送りました。
2009.02.03
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にほんブログ村「モーターサイクル・ダイアリーズ」が知らなかったゲバラの若き日を描いた映画でとても気に入ったのでその後、昔のゲバラ特集、「わが夫、チェ・ゲバラ」などを読みました。だからまだ今度の「チェ28歳の革命」で負傷したゲバラの腕をつっていた黒いスカーフのこともわかるのですがあの映画だけ見ていたらわからないでしょう。不覚にも何回も睡魔に襲われてしまいました。続編予告見たら泣けてきて、もう知ってる不幸な死を改めてみることができるか自信なくなります。あのキリストのような死に顔!主演俳優には悪いのですがあまりにハンサムだったチェ、優しさがあふれてるのですね。ぜんそくだったのにあのような厳しい生活に自ら飛び込み、ヒロシマにも来てくれた。今回、映画館に若い人が多くてうれしかったです。英雄の出現、期待するのではなくて今の世、おかしいよと声上げて連帯していかなければ。ちょうど、自衛隊派遣反対の断食リレーの発起人、末延芳晴さんが1日の朝日「ひと」に載った。自衛隊にイラク派遣命令が出た04年1月から1800余日、延べ4500人が抗議のハンストをリレー形式で1分1秒のとぎれもなく続けて来たという。全然知らなかった。末延さんは75キロから一時55キロに。末延さんの最新作「森鴎外と日新・日露戦争」玉三郎の「ぢいさん、ばあさん」の原作者の森鴎外あの話もまるで理不尽な戦争で引き裂かれた夫婦の話にも連想される。これを吹き飛ばすようなミュージカル「マンマ・ミーア」公式サイトでも勝者、敗者等の歌詞が出てくるので、「今」です。これは日本初演の頃、四季の保坂版と昨年、鈴木ほのか版を観たのですが、映画館で観ることができて良かった!ギリシャは初めて行った外国です。日本のミュージカルの大ベテラン草笛光子さんの一人芝居私はシャーリー・ヴァレンタインもギリシャへ行く女性の自立の物語でした。草笛光子さんは「ラマンチャの男」日本初演に尽力された尊敬すべき俳優です。草笛さんと昨年の記事と昨年のミュージカルベストテンはこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/20978131.htmlコンボイの今村ねずみさんとの二人芝居「六週間のダンスレッスン」は絶対お勧めです!深いお芝居です。メルリ・ストリープ、素晴らしいですね。インタビュー「ソフィーの選択」、や「シルクウッド」からファンになり最近では「プラダを着た悪魔」!昔の恋人が現れて動揺したドナが歌うダンシングクーンの「あのとき17歳」とうたった時から涙がこぼれてしまいました。彼女の演技力でしょうか。自分の青春の思い出?4人の子供育てながら第一線を爆走。覚えてるわ あの裏切り 傷だらけで 耐えた日々を(我慢したわ) でも今 この心(ああ心) 乱れる続きます。
2009.02.02
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記事とその他の写真はこちらでどうぞ
2009.02.02
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にほんブログ村3月の坂東玉三郎は中国の伝統劇「昆劇」を江蘇省蘇州市で上演する。その前に3日、上海の日本総領事公邸で演目の一部を披露したそうだ。昨年のあの夢のような舞台が思い出される。奇跡の歌唱。時事ドットコムhttp://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009030300944「男女の数奇な恋愛を描いた「牡丹亭」の主人公・杜麗娘。この日も、400年以上前の蘇州方言の歌を交え、夢の中で理想の男性と出会う女性を演じた。」「牡丹亭」の拙ブログはこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/25069766.html和楽の「坂東玉三郎 すべては舞台の美のために オリジナル押隈付き」が出る。 表紙 著者名:坂東玉三郎 写真/篠山紀信ほか 判型/頁:A4変/204頁 定価:2,700円(税込) 発売日:2009/03/31 ■坂東玉三郎丈の美へのこだわりを終結した、必見の一冊。 今、絶大の人気を誇る女形歌舞伎俳優・坂東玉三郎丈。これまで数年にわたって「和樂」で連載してきた連載や特集を、多くの玉三郎ファンのリクエストに応えて一冊にまとめました。坂東玉三郎自らが人気演目を例に舞台の美へのこだわりを書き綴った連載や、能楽観世流宗家ら各分野で活躍する五人と語り合った対談連載、玉三郎の化粧を記録した特集、京都案内、ボラボラ島での休暇に見せる素顔、舞台を通して語られる舞台関係者10人による美の証言などなど、見ごたえ、読みごたえのある一冊になりました。その内容の奥深さ&幅広さは、玉三郎ファン、歌舞伎ファンは勿論のこと、幕内(歌舞伎の舞台関係者)の間でも話題となっています。 玉三郎も尊敬する梅蘭芳の映画「花の生涯 梅蘭芳」http://meilanfang.kadokawa-ent.jp/も4月に公開される。南座顔見世楽の仁左衛門、玉三郎の「ぢいさんばあさん」は、簡単に感想を述べただけだったhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/27290994.html号泣したいぐらいに響いてきた。おしどり夫婦が37年も離れて暮らす羽目になるお芝居、二人の演技に人生の別れや切ない愛情が迫る。誰でも別れが来るので切実に感じるでしょう。仁左衛門は若々しく年取ってからは可愛いお爺ちゃん。玉三郎はちょっと老けすぎぐらいだけど短気な弟や夫に比べしっかり者で御殿勤めのキャリアウーマン。「ディアフランキー」や昨日観た「チェンジリング」でもシングルマザーの立派なこと。「海女のリャンさん」はその上、夫まで養った。なんと母は強いこと。そうでなくてはくれなかったのだけど。もうずいぶん前に生活保護打ち切られてガしした母子家庭があったが今の時代もっとひどそうで心配である。話が飛んでしまったが朝日に末延芳晴さんの「自衛隊派遣反対の断食リーダーの発起人」記事が載った。その末延さんは「ぢいさんばあさん」の原作者森鴎外について書いている。以下は引用です。http://book.asahi.com/review/TKY200809230086.htmlアサヒコム森鴎外と日清・日露戦争 [著]末延芳晴[掲載]2008年9月21日 * [評者]南塚信吾法政大学教授文学者は国家の悪にどう対峙するか 日清・日露戦争の時代は、ヨーロッパでは「世紀末文化」の時代であった。その魅力は多くの人を引き付けている。だが、そのほとんどは「芸術のための芸術」を目指し、社会から「逃避」したものであった。ヨーロッパの「文化」が戦争と平和といった社会問題への対応の姿勢を「転換」したのは、ロマン・ロランに見られるように第1次世界大戦が契機であった。前線と銃後を区別しない「総力戦」が「転換」を余儀なくしたのである。 では、この時代の日本の文化はどうであったのか。日本でも、一種の「世紀末文化」が花を咲かせており、夏目漱石、森鴎外、田山花袋、永井荷風、石川啄木など多彩な文学者が輩出していた。しかし、日本の場合、日清・日露戦争という大戦争が起きていて、ヨーロッパより先に、戦争と文学の関係が問われたといえる。 著者は「直接的であれ間接的であれ、文学者は戦争に直面したとき、最も根源的に文学者たるゆえんを問われる」という。なぜなら「戦争は、無条件で個人に国家の意志に服従することを求めて」きて、そのために「個人が国家と対峙(たいじ)し、優越性を主張しようとすることで成り立つ文学の根底」が否定されかねないからである。この観点からすると、森鴎外は日清・日露戦争に軍医とはいえ指導的立場でかかわったことで、「文学者たるゆえんを、最もシビアーな形で問われた文学者であった」。 本書は、この日清・日露戦争時における森鴎外の書いたテキストを、公的なものから私的な書簡にいたるまで広く読み込んで、鴎外の戦争への姿勢を分析したものである。結論的には、著者は、鴎外が、「戦争そのものの構造的『悪』と非人間的な現実を見据え、戦争と戦争を遂行する国家の『悪』を暴き、批判することを避けてしまった」という。しかし、本書の大部分を費やして分析されているこの時期の鴎外のテキストのなかで、私的な文章においては折にふれて、戦争を批判する「非戦」の声がわずかにせよ記されていることを著者自身が指摘している。 たとえば、『うた日記』において、「石田治作」が敵将と対決したとき、敵将に銃を捨てさせて、しっかりと手を握らせたのは、無言のうちに「生」への意思を表明した敵将の「非戦」の呼びかけだと著者はいう。 しかし、結局それは戦争の「悪」の批判にはならなかった。にもかかわらず著者は、そのような私的なテキストに、戦後の鴎外が文学者として立ち直る伏線を見ている。それゆえ、鴎外は1910年の「大逆事件」以来の厳しい言論下において、歴史小説と史伝において国家と戦争を相対化する文学者としての道を歩みえたのだという。 こうした鴎外の「抵抗」にもかかわらず、一般的に言って日本の「世紀末文化」は、社会から「逃避」する道を歩むことになった。その後、第1次世界大戦で「漁夫の利」を得た日本では、「文化」が自己転換をするのは第2次世界大戦後を待たねばならなかったのだ。
2009.02.01
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