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にほんブログ村 映画「グラン・トリノ」を観て感動しましたが映画の話は又次回です。昨日、徳川園に行きました。名古屋城の東に尾張藩第2代藩主光友が自らの隠居所として大曽根屋敷を造営。大空襲でほとんどが焼けてしまいましたが再整備して2004年に開園。蓬左文庫、徳川美術館の隣です。
2009.04.30
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にほんブログ村 桐は武家が好んだ家紋として、桐タンスとしてあまりにも有名ですがテレビで紹介されたお寺の桐の花を観てきました。この立派なお寺、蓬莱山徳源寺,以前はこのすぐ脇をバスや車で通っていたのに入ったことがありませんでした。残念なことに一週間遅かったです。ちょっと散っています。涅槃像があります。名古屋市東区の蓬莱山徳源寺。臨済宗妙心寺派のお寺である徳源寺は文禄元(1592)年、織田信長の次男信雄が熱田で宝泉寺を開創。寛文2(1662)年、蓬莱山徳源寺と改称、寛保4(1744)年、現在の地に移り、文久2(1862)年、雲水修行の専門道場が創建。徳源寺は現在も妙心寺派の七大道場の一つとして知られています。奥は座禅修行のため立ち入り禁止。ます。また、境内には大相撲名古屋場所の九重部屋・宿舎があります。桐は始め伸びた葉よりも植栽2年後に一度根元から切ったほうが良く成長する性質があるため、「一度切る」ところから「キリ」の名がついたとも言われています。なんじゃもんじゃも不思議ですね。雪が降り積もったような木です。高岳近くの桜通りの街路樹として植えられています。
2009.04.29
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にほんブログ村 初めて刈谷美術館で筧忠治の絵を鑑賞したとき玉三郎のお祝いの胡蝶蘭が飾ってあって驚きうれしかったです。それまで知らなかった画家なのですが新聞で知り、美術館で初めて観ました。筧さんはもうお亡くなりになり生前は売らなかった絵も売りに出されています。花の絵、猫の面魂も一目で忘れられません。玉三郎は筧さんの仁王のような自画像が実父に似ているということでお買い上げ、玉三郎の趣味の広さにやっぱり脱帽。筧さんは一宮市生まれ。名古屋市の気象台に勤めながらほとんど独学で絵を描いてきました。筧さんの母の肖像画は創造を絶する厚塗りの大作です。名古屋市の昔の風景画もあります。玉三郎の好きな絵販売してるギャラリー詳しい記事があります。
2009.04.29
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にほんブログ村 ノリタケ展に追記しました。初めて観たとき、このバス亭の雰囲気が巴里っぽいと思ったら都市景観賞まちなみ部門貰いました。この宣伝は名古屋城関係ですが始めはブランドものだったので。キャラメルで騒がしくて生協で限定というので買ってみました。やはりキャラメル。この風景が気に入って2回行きました。乗鞍、牛留池デジカメがない時代でした。2枚の写真が続いてると思ってください。この池のまわりを一周できます。正面に山々が雄大に鑑賞できるスポットです。善五郎滝も近くにあります。以前ご紹介したお総菜屋さん、ミセスキッチンの新しいメニュー、いつも大賑わいのお店です。「あら、尖端ね」展の美術館に張ってあった神戸ファション美術館のポスター、着物の柄に魅かれて。
2009.04.28
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にほんブログ村 今ではどこのおうちやレストランでも見かけるノリタケ製品、地元で全国巡回展のラストです。学生時代に短期のバイトとしてガスオーブンを買ってケーキ作りしました。制作でも販売でもなく事務。役には立たなかったでしょう。昔はのんびり、社員も育てました。アンティークに心ひかれたころ工場見学で頂いたポストカードも残っています。今は「ノリタケの森」なんて作って有料です。森なんてどこにもないのに。昔の工場の赤レンガが残っています。名古屋駅、トヨタ産業館も近いです。アールデコの復刻版もひとつ買いましたが本物の女性の蓋物の大きくて存在感のあること。ドイツが第一次世界大戦で負けたころ、代わりにモリムラドールとしてビスクドール作っていました。ノリタケの森に展示ありますがそこの係の女性も知らない。フランスのビスクドールには及びませんが今でも骨董店で売っています。これは以前、アンティーク屋さんで購入したノリタケのスパイス入れ。高価ではありません。ノリタケ展はゴーギャン展と同じチケットで鑑賞できます。いつも展示物が少なく物足らないのですが今回はダブルですから。入ると豪華なテーブルセッティング。縁がありません。私はキンキラで立派なオールドノリタケはちょっと苦手です。実物より前からデザイン帳にひかれます。バラをはじめとする植物や動物の下絵、季節感、伝統美にあふれています。追記実物より画帖が魅力的なのは輪郭をすっきり見せ形と文様の関係を的確につかむ事が出来るからだそうだ。栄のレストランで数多くのオールドノリタケが展示してあった。このポットの柄や色は好きですね。明治村の帝国ホテルに展示してあるコーヒーカップもあります。明治村帝国ホテル玄関のブログはこちら明治時代にアメリカに行って今でも人気がある芸術品を作ったのですからその心意気がいいですね。今スポードなどもなくなってしまってる難しい時代ですが物作りは健全です。以下はasahi.comより日本における洋食器産業の礎を築いた日本陶器(現・ノリタケカンパニーリミテド)。同社が明治から昭和初期にかけて生産した「オールドノリタケ」と呼ばれる華やかな輸出用陶磁器の逸品やそのデザイン資料など約200件を一堂に展示、「ノリタケチャイナ」のデザインの変遷と魅力の全容を紹介する展覧会です。 「オールドノリタケ」とは、きらびやかな金彩が施された花瓶や水差し、鉢、ポットなどの総称で、洋風の器と日本独特の季節感、伝統美を違和感なく融合させた見事なデザインが見所の一つ。動植物をかたどったアール・デコ調のかわいらしい小物などもあり、いまも世界中で愛され続けています。今回は、これらのデザインが描かれている明治期の画帖(がじょう)も特別公開します。
2009.04.26
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シェルブールの雨傘をこちらにアップしました。 にほんブログ村 草なぎ君の事件に異常だとTB貰いました。さなえさんやwonderさんもアップしてます。私もあまりのことに憤慨してます。NHKはトップニュース、朝日は第一面、何事でしょう。マスコミも警察も政治屋も程度が低すぎます。本当に笑って済ませればいいのに、警察に通報でなく黙って立ち去るか、気の利いた人が服かけてあげるとが、無慈悲にあきれ返ってます。 家宅捜査して丸一日も勾留とは、戦時体制ですか。なぎという字、ヤフーでは使えるのに楽天ではダメです。変ですね。
2009.04.25
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にほんブログ村 先日、お茶に来た方と玉三郎の話になったので取っておき玉三郎のCDを聞かせたら、「ちょっと黙って」というぐらい、聞きほれていました。俳優の歌は好きですが玉三郎丈は格別です。オペラ雑誌にも対談が載っていたりCD「ピーターと狼」も出していました。映画監督されるだけあり、映画も詳しくお勧め「ツォッイ」には感動しました。1. 愛の幕切れ2. パダム・パダム3. アプレトワ4. 雨傘5. 一寸おたずねします6. 待ちましょう7. ろくでなし8. コメディアン9. 詩人が死んだ時10. 夢の中に君がいる検索したらなんと中古で7500~17400円!私は10年ぐらい前,御園座で鷺娘を鑑賞したとき、購入、聞いてびっくり。ここまでシャンソンが歌えるなんて。昨年の昆劇のハイトーンの歌唱につながったわけですね。歌舞伎で琴、三味線、胡弓弾き歌うこともしますが、素晴らしいのです。5
2009.04.25
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にほんブログ村 御近所のボタンが今年も咲きました。花壇のジャスミンの香り、ばらリンカーンはいかにもバラというかんじの香
2009.04.24
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にほんブログ村 にほんブログ村 知る楽 歴史は眠らない 韓流シネマ 抵抗の軌跡 第1回を観ました。案内の李鳳宇 さんはもうおなじみ。ナ・ウンギュ監督「アリラン」は朝鮮戦争で失われてしまったようですが何回もリメイクされている。こちらのサイトがくわしい日本の徴兵だったかで正気失っていた青年が妹が襲われたことにより正気を取り戻し切りつける場面を少し観ることができた。「オールドボーイ」「酔画仙」で素晴らしい演技見せてくれたチェ・ミンシクも出てくれた。私の贔屓の韓国俳優についてのブログはこちら韓国映画の隆盛の陰には朝鮮半島の熾烈な現代史がにじんでいる。映画人はいかに時代と格闘し、自らの表現を獲得してきたのか。当事者たちへの取材を通して探る。(全4回) 植民地支配下で産声を上げた韓国映画。2004~2005年にかけて、1940年前後の映画のフィルムが中国で発掘され、韓国近代史の空白を埋める資料として注目を集めている。「内鮮一体」が叫ばれた時代に、「アリラン」で民族意識を覚醒(かくせい)させたナ・ウンギュ、そして日本の国策への協力を迫られた映画人たちの軌跡をたどり、日本の植民地支配の矛盾を描く。「ETV特集」にも李鳳宇さんが出演!楽しみです。韓国映画は生活、歴史に根差した力強いものがあります。売りたいからではなく作りたい、見せたいという気持ちにあふれていると思います。「シルミド」「光州5.18」「ブラザーフッド」「大統領の理髪師」など感動します。韓国映画の魅力●知る楽 http://www.nhk.or.jp/shiruraku/index.html歴史は眠らない 韓流シネマ 抵抗の軌跡第1回 「それはアリランから始まった」 4/28(火)22:25~22:50(教育)第2回 「朝鮮戦争 巨匠たちの苦悩」 5/5(火)22:25~22:50(教育)第3回 「風吹く良き日を求めて」 5/12(火)22:25~22:50(教育)第4回 「映画は国境を越える」 5/19(火)22:25~22:50(教育)※各回、翌週火曜日の早朝5:35~6:00(教育) に再放送があります。●ETV特集 韓流はどこからきたのか 6/14(日)22:00~23:29
2009.04.24
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にほんブログ村 別館に懐かしい歌♪まちぶせとTooFarAwayをアップしました。
2009.04.23
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にほんブログ村 名古屋ボストン美術館開館10周年記念。まずなかにし礼さんの「私の生き方を変えた1枚」のパネルが迎えてくれます。小説家になった理由はボストン美術館でゴーギャン晩年の大作「われわれはどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこに行くのか」にある。この絵に出合って以来、私の生き方は変わった。人生哲学になり小説のメインテーマになった。ゴーギャンの問いかけにたいして、私たちは答えるすべもなく、永遠に立ちつくす。この絵の詳しい説明は美術館HPにあります。次は東京で公開。ゴッホと暮らして決別した話は有名。木彫レリーフの「恋せよ、さらば幸福ならん」版画「ノアノア」は初めて観た。レリーフは力強いようなドロドロとした原始の女神なのか、「ノアノア」はタヒチ語で「かぐわしい香り」の意味。タヒチで初期のゴーギャンのモデル、妻テウラとの愛の日々や、現地の漁業、宗教的儀式、神と自然とダイレクトに触れ合う体験を、ゴーギャンは、絵画として描くと同時に、随想に書き起こしたのが本書である。命がけで描いていた絵がこの大作。別格で高所からと2通りに鑑賞出来るようになっているのは市美術館の「印象 日の出」とおなじ。父は共和系のジャーナリストであった。ポールが生まれてまもなく、一家は革命後の新政府による弾圧を恐れて南米ペルーのリマに亡命した。しかし父はポールが1歳になる前に急死。残された妻子はペルーにて数年を過ごした後、1855年、フランスに帰国1895年ゴーギャンは再びタヒチの地を踏み、その後二度とヨーロッパに戻ることがなかった。≪我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか≫ この謎めいたタイトルを持つ大作は、この二度目のタヒチ滞在中に描かれる。作者自身「これまでに描いたすべてのものよりすぐれているばかりか、今後これよりすぐれているものも、これと同様のものも決して描くことはできまいと信じている。」と述べているように、まぎれもなくゴーギャンの最高傑作である。この大作を描いた当時、ゴーギャンは極めて過酷な状況に置かれていた。遠く離れたヨーロッパでの愛娘の死、悪化する病の苦しみ、経済的な困窮。親友モンフレエにあてた手紙に拠れば、「私は 12月に死ぬつもりだった」のであり、「死ぬ前に、たえず念頭にあった大作を描こうと思」い、「まる一月の間、昼も夜も」この作品に取り組んだのである。横長の画面の上には、人間の生の様々な局面が、一連の物語のように展開する。画面右下には眠る幼児と三人の女性(上図A参照)。その左上に「それぞれの思索を語り合う」紫色の着物の二人の女性と、それを「驚いた様子で眺めている」不自然なほどに大きく描かれた後姿の人物(B参照)。中央には果物をつみ取る人がいて、その左には猫と子供と山羊、背後にはポリネシアの月の神ヒナの偶像が立ち、「彼岸を指し示しているように見える」(C参照)。その前にしゃがむ女性は顔を右に向けながらも視線は逆向きで、「偶像の言葉に耳を貸しているよう」であり、その左には「死に近い一人の老婆が、全てを受け容れ」、「物語を完結させている」。老婆の足もとにいる、トカゲをつかんだ白い鳥は「言葉の不毛さを表している」(D参照)。これらの人物像のほとんどは、ゴーギャン自身の作品の中で頻繁に描かれてきたモチーフのヴァリエーションであり、それらモチーフはまた、彼が主に写真や複製を通じて親しんでいた世界中の様々な美術作品や遺物のイメージをその源泉としている。旧約聖書の楽園追放を想起させる中央の人物はレンブラント派の素描に基づき、さらにインドネシア、ジャワ島のボロブドゥール遺跡からの影響も見られる。また、左端の老婆の頭を抱えるポーズは以前からゴーギャンの作品の中に何度も現れてきたものであるが、パリのトロカデロ博物館にあったペルーのミイラを源泉としていると言われている。古今東西様々な出自を持つモチーフが、ゴーギャン一流の手の込んだ変奏と融合を被った上で、夢幻的な空間の中にまるでコラージュのようにちりばめられている。≪我々はどこから来たのか≫ この大作の発するメッセージは何なのか。ゴーギャン自身はそれについて明確な説明を残していない。しかし、この作品は、見る人それぞれのうちに様々な物語を誘発して止まず、私たちの内面の深い部分に常に何かを問いかけてくる。この作品の強い喚起力は、美術という枠組みを超え、混迷を深める現代の社会にあってますますその存在感を高めている。
2009.04.23
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にほんブログ村 お城の本紅藤、遠くから見ると本当にそこだけ紅色、近づくと紫っぽいです。公園の方に行くとこの猫がたったと寄ってきてゴロニャンとしました。私には猫や犬の匂いがついてるから?人なっこくおなか見せてくれたのでナデナデ。動物を捨てたり虐待すると犯罪ですと立札があります。あちこちにのらがいます。痩せてはいないので餌は貰ってるのでしょうがここにも人間の身勝手が見えますね。後ろ髪ひかれる気分で帰りました。
2009.04.23
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にほんブログ村 毎年見事に咲くスパニッシュ・ビューティ(多分)友人の先代が植えた一季咲きのつるバラの名花友人は名前はご存じなかった。沢山いただいてしまいますが切り花には向きません。写真がボケてます。昨年の写真です。御近所のナニワイバラこのピンクのバラは放任されてうどんこ病にもなっていますがこんなにもう沢山開いています。うらやましい、名前は不明。花壇のマーガレットも毎年咲いて手間いらずです。
2009.04.22
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にほんブログ村 漫画ですが、友人が貸して下さったのでラッキーでした。楽天ブログの初期には源氏研究者ほほえみさんがコメントしてくれましたので源氏の話や占いなどで盛り上がりました。遠い昔に読んだ与謝野源氏、子供だったのでどこまでわかったのか、古典の先生があの時代は覗きにレ○プ、と言ってました。深窓の姫君でも手引きされて押し入られたらのがれるのは難しいなんて。系図なんて本当にあてにならないらしい。現に保元の乱の原因の一つはこれ。皇室のスキャンダルだから芝居にかけられなかったり江戸時代末期には室町時代に移して大奥をあてこすったのに柳亭種彦は罰せられてしまった。古くは長谷川一夫の映画、最近再放送された片岡孝夫のドラマ,沢田研二も演じていました。宝塚公演もありました。大川橋蔵の舞台を見逃したのは残念。玉三郎の源氏、藤壺、六条、浮舟、は思い出してもドキドキ。夏に南座で舞踊公演で六条があるらしい。漫画は最後の3巻は夢中ですっとばしてしまった。六条の死を皮切りに誰の死もはかなくしみじみと悲しい。綺麗な絵ではあるけれどみな髪形かえるわけにもいかずあまたの女君をかき分けるのは至難の技で似てしまうのは仕方ないですね。末摘花はお上手です。源氏物語の予習・復習にはもってこいですね。ベルサイユのばらもすですが。それにしても源氏なんて遠くから見ているだけの方がいいでしょう。出家が唯一の救いなんて、悲しすぎます。皇室ゆかりの姫君でも後ろ盾がなくなると生活が困難になる、そんな女性を最後まで見捨てない源氏は理想の男性かも。紫式部は様々な女性像を描きたかったのでしょうね。それにしても見事です。源氏物語は不滅です。ホリヒロシの源氏の人形は素晴らしい。現代の光は海老蔵がぴったり。玉三郎の藤壺、浮舟です。以前借りた源氏関係書です。
2009.04.21
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にほんブログ村 小田実の「人生の同行者」玄順恵ヒョン・スンヒェは水墨画家です。とても素敵な女性です。彼女の「私の祖国は世界です」と「われ=われの旅NY・ベルリン・神戸・済州島」を読んだ。小田は「私の祖国は世界です」の巻末に「まっとうな日本」とまっとうな「コーリアン」とのつきあいとして一文を寄せている。その文が書かれたのが2007年の6月で出版されたのが8月8日付け。そして、小田は7月30日に亡くなってしまった。生前のBS心の旅や追悼番組も見ていたので知ってる話もある。二人とも海外に行くには厄介なことがあった。台湾籍の方も大変だと聞いた事がある。今はどうなのか。以前の日本人のパスポートには「北朝鮮にはこの旅券は通用しない」とあった。酷いなと思った。小田はベトナム反戦運動をしたこと、「人を助ける」ことをしたおかげで「好ましからざる外国人」としてややこしくなった。日本人でも韓国人でない玄は日本政府の法務省発行の「再入国許可証」を持って旅し、いちいち査証をとって旅せざるを得なかった。「何でも見てやろう」は知らない間に韓国で翻訳されてベストセラーになっていたそうだ。だが、ベトナム反戦運動の中で韓国軍から脱走して来た韓国兵を助けたり金芝河や金大中、韓国の民主化を助ける運動を起こしたりして韓国政府の敵となった。北朝鮮からは64年に韓国に行ったことにより敵となった。ところが韓国の民主化支援をやり出すと、今度は「北朝鮮」から来てくれと言われて行った。それで韓国にとっては余計「敵」となった。個人は国の政策に翻弄される。ドイツでお子さんを産んだ玄さん、何と出産費用は無料!小田さんが亡くなってもうすぐ1年、お寂しいことでしょう。娘さんのならさんも成長されたでしょう。小田によると、玄は「コーリアン」としての誇りと自信をもって生きてきた女性。彼女が嘆かわしく思うのは、彼女の少女時代につきあった日本はもっと大きく開かれた日本だったのが今、日本は誇りと自信を失ってきているのか、偏狭な愛国心に毒された「美しい日本」になりつつあるように見えることだ。彼女が望んでいることは、もう一度日本がおおらかで懐の深い日本に立ち戻ることだ。私はそこになみなみならぬ日本に対する愛情を感じる。と。カンサンジュンさんも言っていたが70年代の日本は軍事政権の韓国から見たら羨ましい国だった。若い人を煽るような偏狭な愛国心の押し付けには私も非常に危惧を抱いている。ヒョン・スンヒェは小田実のことを「ギリシャ人ゾルバに似た男」p50と評している。私が初めて訪れた外国がギリシャで「その男ゾルバ」も好きなミュージカル。アンソニー・クイーン主演の映画版が有名だけど藤田まこと・市原悦子共演の舞台を観た。古代ギリシャの喜劇「女の平和」は戦争にうんざりした女性がセックスストライキで男たちの残忍な暴力性をしずめようとするストーリー。続きは別館で。
2009.04.20
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にほんブログ村 木馬途中経過その2です。うまくいくといいのですが。猫と二男におびえてる預かり犬。もう御老体。このページは連れ合いの撮影です。八重桜も満開です。御近所の黄もっこうバラと藤、たまりません。
2009.04.20
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にほんブログ村 ここりんさんにリクエスト頂きましたのでテディベアのショーケースにはたくさん小さなランプが入れてありますが、ベアの色あせ防止のため照明を落としているので写真はうまく映りません。これは貴婦人の影絵のようで気に入っています。2枚のガラスの間に照明器具が入ってます。写真はこちらとこちらでビクトリアンの少年少女のランプ。犬とブルーの切子のランプ。スヌーピーはオルゴールです。左は木彫りのアンリ人形。乳母車を引いています。[[attached(5,center)]]母はピエロも好きです。このランプはお気に入り。壁に取り付けには一苦労。黄色と緑のランプ。エンジェルランプ、手前にもエンジェルのインキ壺があるのですが見辛いです。また次回。こんな現行品のおじさんの置物も好きな人です。動物も呆れるほどいます。あ~あ、ここまで買ってどうするの。アンティークではない花のランプ。これも現行品のランプとベア。
2009.04.19
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にほんブログ村 初めて咲いた夕霧、昨年、バラの大家に頂いた夕霧、確か白にピンクのバラのはずが真白、花弁もぼってりとした厚め、次の花は?このバラは母に預けベランダの奥に置いたため日照不足ですね。鉢の位置を変えます。今年は春先に寒かったせいか、ベランダはうどんこ病がひどくて、薬もききません。がっかり。それとは別にまた突然葉がヘタれ枯れていくバラもありもうバラはやめたくなります(涙)地植えのブライダルホワイト、ピエールなどは元気です。皆さんのバラはいかがですか。母のバラもうどんこまみれです。
2009.04.19
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にほんブログ村 今週の「お宝鑑定団」に小川三知のランプが出ました。アールデコの可愛いステンドのランプ、日曜美術館でも放送して鳩山会館などの有名なステンドの作家と知りました。御親戚の方で日常に使用していらしゃったようですがこの値段聞いたら使えなくなりそう。400万円!テレビだから高めにつけたのでしょうが。左は以前ランチでご紹介した一倫さんのシャンデリア右は母の小さいシャンデリア。造花を自分で追加してます。もともと花もついてるのですが。左は何かいい雰囲気、ジャスコです。右は一倫さんのシャンデリアのある部屋を外から写した写真
2009.04.18
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にほんブログ村 アイスバーグまだ咲き始めですがつぼみがたくさん付いています。フロリバンダは簡単でたくさん咲いてくれるのでいいですね。赤のゼラニュームは母が挿し芽で増やしたものです。ジャスミンのツボミが赤くなっています。
2009.04.18
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にほんブログ村 先日、ETV特集「鶴見俊輔~戦後日本 人民の記憶~」を観た。冒頭、「人民の記憶」に言及した、鶴見さん、「永遠の不良少年」怒ってますね。人民の歴史は為政者により消されたるゆがめられたり、今残ってる歴史の多くは為政者のもの。亡くなった人の追悼文である「悼詞」を発表してきた。赤塚不二夫、高橋和巳、竹内好、志賀直哉、寺山修司、手塚治虫、丸山眞男、開高健、小田実、加藤周一さんたち。 60年安保で殺された樺美智子さん!安保反対運動こそ、日本を揺り動かしたのに。さらに対米追従。ますます危険な日本。ベトナムに平和を、ベ平連、反戦脱走米兵をスェーデンに送った。別館にベ平連、小田実と玄順恵、ジェイン・ホンダの動画をアップしました。
2009.04.17
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にほんブログ村今朝のニュースで、イギリスに暮らす日本人高齢者支援のために日本映画を上映したと知りました。その映画が私のお勧め石井筆子のものでした。天使のピアノ公式サイトにイギリスでのこの上映会のニュースが載っています。イギリスがもとの敵国日本人の為に!懐が深いですね。とてもうれしい。感謝します。最初に観たのが石井筆子のドキュメント映画「無名の人」です。吉永小百合の冒頭の朗読でどっと涙でした。鹿鳴館の華だった筆子が自分の娘が障害者だったのがきっかけで障害児教育に生涯を捧げることになりました。「無名の人」公式サイトで予告篇がご覧になれます。こんな女性の地位向上のために働いた女性をそれまで知りませんでした。イギリスで上映されたのは常盤貴子主演版「天使のピアノ」ある女性がこの監督の映画をもっと観たい、どこへ行けば見られるのかと言ってくれました。うれしいですね。監督は山田火砂子です。
2009.04.17
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にほんブログ村 一目で男性がに恋いこがれるようなはかなげな美人です。この楚々とした麗人が二番目の炭鉱王(伊藤伝右衛門)の夫を捨てて年下の学生のもとに走ったのです。当時の大スキャンダル。まだ姦通罪などがあった時代。男の浮気は甲斐性ですが女が同じ事したら犯罪。裕福な男は外に妾を囲うばかりか、妻妾同居させたり生まれた子は里子に出したり、女性にはとんでもない過酷な時代でした。新聞屋さんにチケットもらったので柳原白蓮展観てきました。やなぎはらびゃくれん(1885-1966) 歌人 炭鉱王の夫の家が「赤銅(あかがね)御殿」を建て、迎え入れた。炭鉱で働いた人たちの苦労思うと…日本庭園は大名庭園のようです。暖炉はアールヌーボ。雛人形のコレクションには享保雛もあります。六歌聖の人形の品のいいこと。竹久夢二が装丁した著作などの展示。伊藤伝右衛門が悪役になりすぎたという話もどこかで聞きました。伊藤伝右衛門との記念写真はさすが、そっぽむいています。宮崎龍介との間の一人息子香織もとてもきれいな青年だったのに戦死。龍介は宮崎 滔天の息子。(みやざき とうてん、明治3年12月3日(1871年1月23日) - 大正11年(1922年)12月6日)は、日本で孫文達を支援して、辛亥革命を支えた革命家、および浪曲家である。浪曲家としての名前は桃中軒 牛右衛門(とうちゅうけん うしえもん)。夫龍介は結核を発症した。一平民となった白蓮は筆一本で必死に家計を支えた。1925年(大正14年)には長女、宮崎蕗苳(ふきこ)が誕生。龍介の結核は回復して、その後弁護士として活躍した。1931年(昭和6年)には龍介と中国を旅行している。1945年(昭和20年)8月11日、長男・香織が鹿屋で戦死した。このことがきっかけとなり、戦後は平和運動に参加、熱心な活動家として知られた。一方、皇太子と正田美智子との結婚に際しては、松平信子ら旧華族出身者と共に強硬に反対した。これは意外です。人間ってわからないものですね。以下は引用です。柳原白蓮 やなぎはらびゃくれん(1885-1966) 歌人諦めていた恋の情熱にすべてを捨てて身を委ね再出発した歌人 彼女は伯爵柳原前光の妾の子として明治18年、東京に生まれました。本名はあきこ(火ヘンに華)。大正天皇の従姉妹にあたる血筋です。そして、当時の慣習にならい、14歳で家族の決めた北小路子爵家の息子資武(すけたけ)と結婚し、15歳で男児を出産しました。しかし、精神薄弱に近い資武との余りにひどい結婚生活に見かねた白蓮の家族は、5年後に離婚させますが、子供は夫の母に奪われてしまいます。 実家に戻ったものの、『出戻り』であるが故に幽閉に等しい生活を余儀なくされたあきこ。その生活が終わったのは27歳の時の再婚でした。相手は九州一の炭坑王の伊藤伝右衛門。けれど、それは貴族院議員に出馬するあきこの兄の金欲しさと名門の家柄を必要とした伊藤家、そして幽閉生活からの脱出を願うあきことの利害が一致した末の政略結婚でもありました。伊藤は『あかがね御殿』と呼ばれる豪華な大邸宅を作ってあきこを迎えるのですが、25歳年上の彼には女中を兼ねた妾や誰が産んだのかもわからない子供が何人もあったと言います。そんな生活のなかでも転機は佐々木信綱の門下生となったことで訪れます。 歌人として注目されるようになったあきこ。彼女の戯曲『指蔓外道(しまんげどう)』の上演依頼のために訪れた東京帝大法学部に通う傍ら雑誌『解放』の編集をする宮崎龍介。それが運命の出会いでした。けれど、まだ人妻の恋愛が姦通罪として制裁されていた時代。さらに、あきこは30代半ばで、宮崎は彼女よりも6歳年下であり、社会革命の理想に燃える帝大新人会のメンバー。これは実るはずのない恋でした。 それでも二人の恋は燃え上がり、あきこは宮崎の子を宿します。それは二人の気持ちを確認し、固めたきっかけとなります。 あきこは伊藤と上京した際に姿を消し、二日後、『私は金力をもって女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を告げます』という公開絶縁状を朝日新聞に掲載しました。これは帝大新人会の画策とも言われていますが、あきこ自身の確固たる意志と覚悟が明らかに示されているものでもありました。伊藤は毎日新聞にその反論を載せ、世論はこの問題に非常に沸いたと言います。 この結末は、あきこの華族からの除籍と総ての財産没収により離婚の成立でした。あきこは再び実家の柳原家に一室に閉じこめられて、そこで男児を出産。そして、二年後の関東大震災のどさくさのおかげでようやく親子三人の生活が現実のものとなりました。 平民となったあきこは経済的には苦しい思いをしたかも知れませんが、宮崎と添い遂げた半生は、決して不幸ではなかったはずです。知らなかった「恋」という感情に燃え、それを貫くためにそれまでの生活や人生を投げ捨てて愛しい人との最終発に賭けた彼女の思いは、当時の情勢を考えれが並大抵のことではないでしょう。 日本史上では、激しい気性をそのままぶつけるような生き方をした女性が有名です。女性の生き方やそのプロフィールが詳しく残っているケースが少ない中、白連はその雅号の名の通りのような人ではないかと感じます。穏やかでありながら、自らを主張する強さを秘めている、静かな泥の中に存在を際だたせている白い蓮のような女性だったのではないでしょうか。(2000-10-04)わが命惜まるるほどの幸を 初めて知らむ相許すとき
2009.04.16
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にほんブログ村 名古屋城で江戸時代尾張の絵画の巨匠「中林竹洞」展が5月6日まで開かれています。ちょうど藤の次期です。まだ早くて赤っぽい藤などは全然でした。野田藤や白い藤は甘い香りも漂わせていました。 1776年、名古屋城下で生まれ京都にとびだした画家中林竹洞は文人画の代表的な画家とありますが知りませんでした。多くの中国絵画の模写、屏風、ふすま絵などが天守閣の2階で展示されています。最近日本人の画家は中国や朝鮮絵画の影響を非常に受けていると言われています。竹洞は絶頂期の40台半ば眼病を患い失意の数年間を過ごしましたが克服、画檀の長老として気品にあふれた山水画を描きました。花鳥画は好まないが頼まれて描いています。私などもやはりバラの絵などに魅かれてしまいます。山水画も落ち着いて日本家屋には似合いですが。なすなどの野菜の絵は技巧を排した老荘思想の寓意。 桜は散りしいて八重桜です。本丸御殿の襖絵この塀の右側は本丸御殿工事中です。お堀に鹿がいると皆さん喜んでいました。動物がいるとなごみますね。
2009.04.15
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にほんブログ村いつも千円でしか映画は見ないのですがなんとこれは割引なしの2千円。入場者には北京の由緒ある寺院のお守りのプレゼントがありました。花の生涯 梅蘭芳公式サイト京劇は中国にとって宝のような伝統演劇。でも最近は女形も珍しいようです。以前、女性だけの越劇がこの地方に来てくれて、ニュースステーションで紹介していたので観劇しました。劇場はシーンとしていて信じられないぐらい観客がいないのですが、綺麗で歌唱力の高い舞台をみせてくれました。この映画はレビューにあるようにこんないい題材なのに盛り上がりに欠けてると思います。メイランファンの衣装まで借りて、玉三郎も公演した「牡丹亭」の一部も出ているようなのに。最後に戦後の舞台の場面でもあれば。初めて京劇に接する方にはいいかも知れません。スーパー歌舞伎で猿之助とも共演されました。人間業とおもわれないほどアクロバテック的な動きには感嘆しました。メイランファンは日本の侵略に抵抗してチフス菌を注射したりひげを生やしで日本軍の為には出演しないと示す勇気ある行為を示す。チフス菌なんて出てくると731部隊を思い出してドキッとしました。日本人将校の六平直政、存在感ありますね。安藤政信は清潔感一杯。メイランファンのおじさんが首に枷をかけられているシーン。日本でも昔は演劇関係者はいやしめられていましたからね。メイランファン自身にも枷があったでしょう。青年時代のユイ・シャオチュンの可愛いのは文句なしですが。チャン・ツィイーもわずかな男役シーンの為に修行にはげんだようです。普段のチャイナ服が上品です。愛人といってもどろどろなんてありません。妻は愛人やもろもろのことにめげないで寄り添い続けます。戦前のNY公演なども成功させました。以下は引用です。京劇の伝説の女形・梅蘭芳の、波乱に満ちた生涯を描く中国の伝統芸能、京劇界で最高の女形として語り継がれる梅蘭芳は北京の京劇一家の三代目として生まれるが早くに両親を亡くし、叔父とも少年の頃に死別する。その後、美しい青年になった梅蘭芳は女形のスターに成長するが、伝統重視の京劇の世界に疑問を抱いていた。ある日、彼は海外で学んだチウ・ルーパイの講演を聞き感銘を受け、これからは京劇にも改革が必要だと思い知る。『さらば、わが愛/覇王別姫』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したチェン・カイコー監督が、再び中国の伝統演劇・京劇を題材にした、実話に基づくドラマ。京劇の全盛期に登場した天才的な女形・梅蘭芳の波乱の生涯を描く。主演は『天使の涙』『インファナル・アフェアIII』などのレオン・ライ。静謐な美しさをたたえた表情に気品漂う物腰は、伝説の女形に相応しいもの。また梅蘭芳の青年時代を演じたユイ・シャオチュンの屈託のない笑顔とかわいらしい女形の姿は実に印象的。そのほかチャン・ツィイーや安藤政信らの共演も見逃せない。本国での人気は当然としても、初の海外公演を成功させた梅蘭芳の功績の大きさに気付かせてくれる作品だ。
2009.04.14
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にほんブログ村 御近所の藤が満開になっていたので近ずくととてもいい香りがしました。お城の色々種類の藤も満開でしょう。明日は雨なので残念。街路樹の白のハナミズキが咲いてきました。いつも道路を綺麗に見せてくれます。濃いピンクもありますが。これは花壇のハナミズキ。花壇の実の様だったワックスフラワーが咲いてきました。昨年瀕死のピエールドゥロンサールを花壇に地植えして1年、今年は咲いてくれそうです。
2009.04.13
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にほんブログ村 母は犬の散歩などで忙くなり手芸はもうしてませんが昔の作品を観ていただけたらうれしいです。 日が当たり色褪せてしまいあわてた扇のキルト。右は古い着物で作ったポーチです。 色合わせが楽しいらしいです。猫のクッションです。ラッコなども作りましたが上げてしまいました。猫柄キルトはこちらにもあります。
2009.04.13
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にほんブログ村2008年に南座で陶酔した舞台「牡丹亭」日本怪談牡丹灯籠の源です。といっても怖い話ではありません。切ない恋のお話です。玉三郎丈の高い歌唱力、演技力で夢の世界へ。以下は歌舞伎座HPよりの転載です。2009年3月中国・蘇州で坂東玉三郎が主演した昆劇『牡丹亭』が、早くも日本のスクリーンに登場します。 日本の歌舞伎よりも長い600年という伝統を持つ中国の昆劇。昨年の北京公演に続き、昆劇のメッカである中国・蘇州での玉三郎の公演は、中国の昆劇界にとっても大きな意味を持つ公演となりました。見事な中国語(蘇州語)のせりふと歌を操る玉三郎の迫真の演技に、中国の観客、そして多くの中国メディアから賛辞が贈られました。 この歴史的な公演をカメラに収めたシネマ歌舞伎特別篇『牡丹亭』。今回は、蘇州科学技術文化芸術センターでの公演だけでなく、蘇州での玉三郎の様子もカメラに収められています。第一部「ドキュメンタリー篇」と第二部「舞台篇」の二部構成となっていますので、ぜひご期待ください。▼全国上映スケジュールは以下の通りです。東京・東劇:5月30日(土)~大阪・なんばパークスシネマ:6月6日(土)~京都・MOVIX京都:6月13日(土)~福岡・中洲大洋映画劇場:6月27日(土)~7月17日(金) 上記の4都市では、特別鑑賞券1,800円(当日券は2,000円)を絶賛発売中です。東京・大阪・京都の上映館のチケットは、チケットホン松竹、 チケットWeb松竹にても近日発売予定です。また、以下の都市・上映館でも上映が決定しております。 札幌・札幌シネマフロンティア:2009年秋横浜・MOVIX本牧:2009年名古屋・ミッドランドスクエアシネマ:2009年
2009.04.12
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にほんブログ村 541ページに及ぶ大作、小説家の凄いこと。まさに「こみあげてくる嗚咽を抑えることはできない。島原の乱の蜂起2万7000~3万7000人、壮年の男は5000人しかいなかった。後は女、子供、老人だった。7月22日は「マグダレナのマリアの祝日」で女人たちの特別な祝祭日。夜通しの盛大な祭りが行われた。「罪女」がキリストの復活を最初に確認したのだ。この日本の戦乱の時代、女人は男の所有する家財道具、後継ぎを産む道具、贈答品だった。そんな時代にヴァリャーノをはじめとしてすぐれた宣教師が「女たちもまた神によって作られた同じ救済を受けるべき価値と権利を持った存在であることを教えた。彼女たち一人ひとりの人格と魂は、全世界の権力や価値にも勝る尊いものとして確認されることとなった。男たちによって押し付けられた、罪や汚れ、世の中の不当な仕組みから解放されるべき尊い存在であることを知るにいたった「聖母マリア」の生誕の祝日より南目の女たちにとって重要な一日だった。こういうことを書いてくれる作者には感謝。天草四郎も出てくるがこの乱の発端作った若い寿安と一度はキリシタンであることを捨て篤農家になっていた鬼塚監物の二人の人生の交差が素晴らしい。過酷な年貢、飢饉、疫病。特に幼い子供がなすすべもなく死んで行くのは辛い。麦は実を結ばず、それを刈ることもなく従がって田植えも放棄。このままでは全滅であるのに大人たちはただ松倉の圧政になすすべもなかった。「民の糧を公然とかすめ取る盗人に過ぎない」のは今も当てはまるではないか。「戦の興奮に駆られてしまえばなんでもできる。怒りと憎しみの感情の一切を敵めがけてぶつけるだけのこと。何がおこるか誰にも見当もつかない。そんな興奮と熱気に皆が憑かれ殺しあう。寒々とした熱狂だ」これも現代の戦争と同じでしょう。やむにやまれす19才の寿安が蜂起したら逆に民の手をつけられない暴動が引き起こされてしまう。そして彼の取った道は…医学だった。島原の乱を抑えるために何とオランダ人を使って自国の民を砲撃する幕府。秀吉の朝鮮出兵に駆り出され悲惨な戦乱を体験した鬼塚監物は最後まで戦った。本の表紙はこちら高校時代、遠藤周作の「沈黙」を読んでキリシタン弾圧のむごさに恐れおののいたものだ。天草四郎ものではわらび座や、劇団☆新幹線ミュージカル、大川橋蔵、沢田研二の映画、思い出します。「出星前夜」は縄田一男「こみあげてくる嗚咽を抑えることはできないだろう」と帯にある。長崎奉行竹中重義の母と息子まで治療したガブリエル・マグダレラ。その奇蹟的な治療で知られたイスパニア人修道士マグダレラまで火刑にしていたとは。すべての民にとって不満のない世などあり得ない。しかし民を死に追いやる政事のどこに正義があるというのか。これは現代にもあてはまるではありませんか。このサイトの方が書いてることが私もポイントだと思います。 これまでの「島原の乱」を扱った小説のほとんどが、益田四郎ないしはその父・益田甚兵衛の視点から描かれたものだったのに対し、まったく別個の視点を取り入れたことで、『出星前夜』は、いままでに読んだことのない、新しい「島原の乱」を描き出すことに成功したのです。 ふたりの主人公は、島原の乱に直接関係するのですが、その関わり方は、まったく対照的です。 戦うことは血を流すこと。それだけは絶対に避けたいと考え、村人たちに臆病者呼ばわりされても、ひたすら圧政に耐えて収穫の増量のみに汗を流すのが、庄屋・甚右衛門。 かたや、激しい反抗心で権力に立ち向かい、村人たちの蜂起のきっかけを作るのが若い寿安。ところがこのふたり、その後の歩みはまったく逆の方向となります。 あれほど流血を忌み嫌った甚右衛門は、戦いの前線に立つリーダーになり、反抗心の塊であった寿安は、戦いを捨てて別の道に歩み出します。なぜそういう進み行きになったのか、それがこの小説の大きな主題です。 人の心の不思議さ、生き方の違い、そういったものが、これほどまでに描き分けられている小説には、そんなにお目にかかれるものではありません。 戦いの描写は、とにかく凄まじい。特に、篭城してからの蜂起軍と寄せ手の幕府軍(各大名の連合軍)との凄絶な死闘は、鳥肌立つほどの迫力です。まるで画面が眼前に現れるような描写力、私は息をのみつつページを繰りました。 <戦というのは、何よりも殺人に慣れることである。当初は殺される恐怖心から無我夢中で人をあやめるのだが、必ずその後でひどい吐き気に襲われ、両手の返り血を洗う夢に悩まされた。そして次第にそれにも慣れて、反射的に平然と殺人をおこなうようになる。あんな荒涼とした日々に戻りたいとは思わなかった。しかも、いざ内戦ともなれば一番被害をこうむるのは子ども女、老人であることも知っていた。>(102ページ) これが、かつて秀吉の朝鮮兵役に従軍したこともある甚右衛門の認識でした。それを真の髄まで知っていながら、彼は蜂起軍の将として立たなければならなかった…。 先頭になって戦い、そして滅んでいく。凄惨な戦と、虚しい滅亡。甚右衛門の、切ない末路です。為政者のあまりの無能。権力を振り回し、搾れるだけ搾り取ろうとする、政治などとはとても言えない政治。それが、両軍併せて数万人の死者を生む。 むろん、背景にはキリシタン禁制という宗教が絡みます。しかし、圧政に耐えざるを得なかった民にとって、信仰は<生きること>の同義語であったのです。そうでなければ、飢えと抑圧の中で、耐え続けることなど出来なかった。その忍耐が限界点を超えたとき、信仰は<死ぬこと>へと変わっていく。 累々たる屍の上を吹く風が、本のページの上をも吹きすぎていきます。しかし、決して不快な後味はありません。 読んでみてください。 作者の希いが見えてきます。
2009.04.11
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バラ、アイスバーグは殿堂入りの信頼のバラ、別名シュネービッチェン白雪姫。丈夫で優しいバラです。 にほんブログ村 もうすぐ、ブライダルホワイト、ピエールドゥロンサールが咲いてくれます。実のようなワックスフラワーも咲いてきました。御近所の八重桜
2009.04.11
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にほんブログ村 図書館でリクエストした本がどっときました。読み切れるか、でも借りないと読めないのです。高校時代、遠藤周作の「沈黙」を読んでキリシタン弾圧のむごさに恐れおののいたものだ。天草四郎ものではわらび座や、劇団☆新幹線ミュージカル、沢田研二の映画、思い出します。「出星前夜」は縄田一男「こみあげてくる嗚咽を抑えることはできないだろう」と帯にある。長崎奉行竹中重義の母と息子まで治療したガブリエル・マグダレラ。その奇蹟的な治療で知られたイスパニア人修道士マグダレラまで火刑にしていたとは。すべての民にとって不満のない世などあり得ない。しかし民を死に追いやる政事のどこに正義があるというのか。これは現代にもあてはまるではありませんか。小田実の人生の同行者玄順恵の本、やっと借りました。わたなべまさこさんの漫画は子供の時最初に読んだものです。お勤めしていたときコロッケ売り場に回されることになって辞めた話から始まり面白そうです。
2009.04.10
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にほんブログ村 にほんブログ村新聞評が何かよかったので行きましたが、原作は漫画なのですね。松坂慶子も岸部一徳も好きな俳優さんです。一番館は終わっていて久しぶりの木下ホールに。夜は「28歳のチェ」を上映中。ここは以前は信じられないぐらいぼろぼろで観客も2,3名だったり、臭いがひどかったり。観客席の中に柱があったり。もう映画館はなくなったと思ったら斬新な建物に変身です。お客さんも10人以上入っていました。ヤンキーの二男がハムレットを辞書ひきひき読んでついには暗記までしてしまう、可愛いです。生きていればいいという大阪の肝っ玉母さんですね。自殺者が多い日本です。今、死ぬほどつらくても、生きてさえいればいい時が必ず来るはずです。父親のことなどで悩む子供たち。あっけらかんとして次の赤ちゃんを産むお母さん。三男もからかわれながらも「シンデレラ」を演じ通します。老け顔の長男も…大阪ハムレット公式サイト
2009.04.09
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にほんブログ村 アイスバーグ咲きました。ムスカリやノースポール、パンダスミレ、ゼラニュームは世話なしで咲いてくれますね。ささやかな花壇です。
2009.04.09
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にほんブログ村以前、パパ猫のくねくねを載せたことがあります。今度は娘です。このネコは少年のような猫。他のメスがしないようなこんなことをする甘ったれです。にほんブログ村
2009.04.08
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にほんブログ村 前にもご紹介した高原にあるようなガーデンレストランです。冬のおでん御膳は食べたことないような上品さでした。今回初めてオーナーの奥様を拝見、水やりにお出まし。やはり料理と同じく素敵な方でした。この部屋は前は露天でしたが屋根、窓など作られました。ピンクの椿、クリスマスローズなどが咲いています。ここのサンドイッチも極上です。以前お土産で持ち帰ったら2人前ほとんど二男のおなかの中に入ってしまいました。デザートにもお花。立派なステンドグラスや洗面ボールの写真はこちら食事やサンドの写真はこちら
2009.04.08
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にほんブログ村 あさきゆめみし全7巻、貸していただきました。楽しみ。いま2巻目です。玉三郎写真集50万円は勿論、廉価版5万円も買えなかった私にうれしい和楽ムック「坂東玉三郎 すべては舞台の美のために」勿論、印刷ですが押し隈付き。女形の隈どりって可愛いでしょう。昔立ち役のくまどりが家にありました。扇子もあったような。この本は和楽をまとめたもので今までに読んだ記事が1冊にまとめられています。ああ、和楽、かさばるのに買うんじゃなかった(涙)仕方ないですね。たあさん御贔屓ハンサムな島田さんが雑誌の表紙になっています。ガーデンレストランに置いてありました。ポーラの18,19世紀の女性のファッション、骨董紹介本です。ターシャ展で求めた本です。以前、古本で買った本、庭の美しさが実感できますボタニカルアートの本です。
2009.04.07
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にほんブログ村 周さんのお店、シェンロンです。たあさんが周富徳の面白スパイス入れをアップされています。以前、このブロッサの西のオートマタはご紹介しました。以前、母にコース料理おごってもらった時はたいして良くなかったのにこのお値打ち海鮮麺は美味しいです。女性にはデザートもついています。酸っぱいザーサイも好み。このランチは友人と夫と3人でランチしたのですが友人も喜んで翌日は別の友人とランチでした!お店の飾り窓このビルは景観賞受賞していてドラマや映画のロケなどもされています。壁面一杯に滝が流れていたりエコの植栽、水やりいらずの工夫もあります。中国やスペインからの石がビルを飾っています。赤い大理石がスペインからのもの。ガラスのついたてが何枚もありがらもそれぞれ違います。南側のお洒落な花屋さんの紫陽花。このビルの植栽はこのノリタケさんがされています。私がオークションに通っていたアンティーク屋さんの植栽もここのお店で記念祭にはアレンジを習いました。
2009.04.06
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にほんブログ村 今年も近所の夜桜見物ができました。夜桜の写真は連れ合いの撮影です。月も輝き豪華絢爛。写真ではあらわせない幽玄さです。昨年の写真の方がいいみたいです。同じ場所から写した昼間の風景。濃いピンクのしだれは可愛い。ちょっと離れた所に根尾の薄墨桜の子供が植えてあるんですがいつも気付くと葉っぱばかりです。
2009.04.06
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にほんブログ村左から姉妹のブランとダブルン子猫が動き出したら4匹一緒の写真は難しかったです。右がダブルン冷蔵庫の上もお気に入り。左から母猫とダブルン朝早くからベランダのパトロ-ルが仕事です。頼んでないのに。「開けて!」緊張で顔が引き締まっています。ぷぷ左が父猫。朝一番うるさい。
2009.04.06
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にほんブログ村 雑貨や木、草餅、米まで販売している庭園ギャラリー、一倫さんで初めてランチしました。猫の刺繍バック、よかったけれど買いませんでした。猫グッズは極力我慢です。庭の写真が送れません。うつかさんhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/25591282.htmlや今はないイタリアンつわの舎の洗面ボールが素敵でした。家ではとてもできない洗面ボールが夢があります。
2009.04.05
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にほんブログ村 覚王山、日泰寺の桜。揚輝荘入口反対側。は、名古屋市千種区にある超宗派の寺院。 タイ王国から寄贈された仏舎利(釈迦の遺骨)を安置するために、創建された。「覚王」とは、釈迦の別名。また「日泰」とは、日本とタイ王国を表している。その東隣に松坂屋の初代社長伊藤次郎左衛門によって構築された揚輝荘があります。昭和14年頃、には一万坪の敷地の中に30数棟の建造物(茶室10!)と京都の修学院離宮を写した池泉回遊式庭園があります。内部は申し込みが必要ですが北側の庭園は見学ができます。以前から新聞などでインド風の装飾があるとか、アジアの留学生が寄宿して国際的なコミュニティを形成していたと聞きました。こういう純和風でない建物にひかれます。暖炉の外の市松模様や石の組み方などいいですね。中をちょっと覗いてみました。今回利休の手水鉢を茶室とともに土岐市に寄贈してしまった話を聞きました。後でわかったそうです。500年の土壁、竜の天井画のある亭橋、徳川家や八丈島からの移築もあります。空襲で多くの建物を失い戦後は米軍に接収された。今は名古屋市に寄贈され市の有形文化財になっている。南園のハーフチンバーの外壁をもつ「聴松閣」川上貞奴も一時住んだというベンガラの土壁の座敷は見られませんでした。弓道場、西行庵、有芳軒などは現存していません。山崎川沿いにも豪商が建てた東山荘があります。紅葉が綺麗です。公式サイト
2009.04.04
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にほんブログ村 追悼103歳 天に献げる地上の花 片岡球子展を鑑賞しました。画家は御長寿の方が多くそのバイタリティに尊敬の念を抱きます。北斎たちを権力に抗した神様といっておられますがご自分も若いころ「落選の神様」と言われていたなんて。力強い独特の画風ですね。「富士に献花」や面構えシリーズが有名ですね。歌舞伎座の富士山の絵です。花の絵は造花のように見えてしまうのですが。ブルーが好きなので青い富士山やかむろの青いかんざしに目が行きます。足利尊氏なんて戦前は国賊でしたのに彼女が描くと人がいい雰囲気です。よ義光は生まれながらの将軍なので尊大な感じ。義政は貴族的。最後には松坂屋所有の古布などの展示があってこれも楽しみです。今回は好みの18世紀のフランスのバラの布や、風変わりなパラソルが2点が目立ちました。ほしかったテーマ「すぐわかる女性画家の魅力」という本を見つけました。映画になったアルテミシアや日本の女性画家が登場します。知らない江戸時代の女性画家にはわくわくします。
2009.04.03
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にほんブログ村 みっちゃんのNYのお土産を紹介します。私の好きなオランダのタイルのマグネットやフェルメールのポストカードなどです。一番奥はキリスト誕生カレンダー。クリスマスに飾って数字の所をめくるようになっています。帰国後すぐに頂いたのに遅くなってすいません。ありがとう♪
2009.04.02
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にほんブログ村木馬は初めて作るので大丈夫でしょうか。たあちゃんのご依頼です。まだ摸形作り、木は切り始めました。京都の麩のお菓子をいただきました。桜の雰囲気でなかには抹茶餡。香もよくて美味しかった。高すぎて諦めていたエリザベート、花組春野版をオークションでゲットしました。何度聴いてもこのウィーンミュージカルの楽曲は素晴らしい♪ミュージカル「モーツアルト!」も同じコンビの音楽で大好きですね。宝塚初演の雪組のビデオが行方不明!一路、香寿コンビ、よかった、ビデオで何回その場面見たことか。春野はもちろんですが樹里咲穂が上手くて良かった。夏美ようゾフィーが怖くて上等。大浦さんに似ている磯野千尋が懐かしい。本場のウィーン版は字幕なしですが一番安い。トート(死)はウィーンでは白の衣装だけでロック歌手のようなのに宝塚はさすがに衣装かえばかりしている。トップは大忙し。雪組番はゾフィーの未来優希目当てで購入。歌唱力、演技力抜群。こちらにも磯野さん登場。宝塚版は生では初演しか観ていない。舞台の初めの方でエリザベートが倒れてベッドに寝ているとき、ビスクドールが並んでるのに日本版は皆無。トートとルドルフの場面、夜のボートの皇帝夫妻のすれ違いのシーンがたまらない。後者は実感(苦笑)普遍的だから胸を打つ。皇帝が私たちは一つというけれどエリザベートは二つのボートと突き放し孤独な旅の果てに暗殺される。
2009.04.02
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にほんブログ村 イギリスのリーズ城に初めて行ったとき桜が満開でした。その後、バラの季節にも行くことができました。たあちゃんのオルセー美術館の彫刻でイギリスのロウシャムハウスガーデンのビーナス像も思い出しました。朝一番にこの庭に行きました。綺麗な色の鶏が入口でお出迎え。2,3台、車が待っていましたが入るともうガーデナー一人以外誰の姿も見えなくなりました。受付の人もいなくてお金を置いて入りました。この小さな蛇行する流れがなんとも言えないぐらい好きです。この庭の花の写真はこちら
2009.04.01
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