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『仔羊の巣』の解説で紹介されていて読もうと思った本。図書館から借りる。寄贈書だった。いい本をくださったものだ。主人公の名前は岩井信一。鳥井真一と名前が似ているのは偶然ではない。坂木さんが天藤さんの作に触発されたのだ。もっとも名前は似ているが設定はほぼ正反対である。以下、信一⇔真一として書く。四肢麻痺で車椅子⇔五体満足肢体不自由⇔心の病外出したい⇔したくない(ひきこもり)性格良し⇔悪し最低限の言葉で一生懸命伝える⇔最低限の言葉で無愛想に答える無職少年(養護学校中学部卒)⇔プログラマー母との愛ある距離⇔親友との密着した関係などなど。養護学校、とあるのはこれが30年以上前の作だからだ。今なら特別支援学校という。しかし本の中身は古びていない。むしろ、バリアフリーという言葉さえない時代に推理小説の中でバリアフリーを訴えた(ことになる)先駆的な作品である。ところで対照的といえば構成の方も対称的である。第1話と第5話はともに「事実より真実を尊重する」話。第2話と第4話は「金と女」がらみの殺人。そして真ん中の第3話は密室殺人。共通しているのはいずれの場合も殺人事件ということだ。個人的に言うと、第4話は真相に近いところまでかぎつけた。第5話もいい線まで行った。どちらも信一少年にはかなわなかった。ちなみに、遠きに目ありて、というのは「現場から遠く離れて」、「手の届かない羨望のまなざしで」などいろいろな意味に解釈できるだろう。一方、東京創元社がつけた英訳題名は「車椅子探偵」。なんだかそっけない感じがした。教え子に信一君と似た障害をもつ生徒がいる。彼にいつかこの本を薦めてみようか。…【楽天ブックスならいつでも送料無料】遠きに目ありて [ 天藤真 ]後記。当時、日本の警官が負担する一人当たりの人口は、アメリカより20%多く、フランスより80%以上も多かったという。これを公務員が足りない、とみるか、少ない警察官ですむほど治安がいいとみるか。さて昨今の情勢やいかに。
2014.06.15
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過去にさかのぼるという意味では『象は忘れない』に、容疑者が限定されているという意味では『ひらいたトランプ』に、それぞれ趣向が似ている作品。作者の区分けでは三部に分かれているが、実際は一部五章ずつの四部構成である。ミステリーの王道「もっとも意外なものが犯人である」という有名な格言どおりの小説だったのに、またしても背負い投げを食らってしまった。不覚。まあ、そうでなければミステリーは面白くないのだけれど。なお、本作は『マザー・グース』と『月と六ペンス』に負うところ大である。【中古】 五匹の子豚 / アガサ・クリスティー [文庫]【あす楽対応】
2014.06.13
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『仔羊の巣』の続編にて、ひきこもり探偵シリーズの完結編。動物園は社会の比喩、鳥は勿論鳥井真一。そして鳥(TORI)の中には檻(ORI)がある。まして動物虐待の犯人がかつて鳥井をいじめた張本人とくればこれはもう職人芸だ。虐待=いじめの等式は言うまでもないだろう。シークレット・エピローグはなくてもよかった。しかし書かれた以上は読んで楽しまねば損である。動物園の鳥
2014.06.10
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『青空の卵』の続編。内容についての言及は避けるが、作者についてある程度のことがわかってきた。生まれは東京。あとがきによれば「生まれて初めて乗った電車は、地下鉄の東西線」だそうだから。また、「シュークリームの中身を生クリームにするかカスタードにするかという小さな問題でも、ハムレット並みに苦悩」するそうだから、性別は女性と考えるのが自然ではあるまいか。勿論、心は女でも染色体は…という可能性も考えられないではないけれど。 【中古】文庫 仔羊の巣【画】
2014.05.25
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「手札はオープンに」という含意あり。ブリッジをしていた四人の容疑者全員に前科のない「殺人」歴があり、探偵役も四人。そのうち一人はポアロ、一人は『茶色の服の男』で登場したレイス大佐。果たしてホストを殺したのは誰か?二転三転する真犯人像。たいていの読者は翻弄され、ダミーに惑わされ、最後のページにスカッとすることだろう。時系列的に事件としてはこれより後になるが、『ナイルに死す』を読んだときから読みたいと思っていた。なお、本書には日本関係のくだりがあるので、ご注意を。 【新品】【書籍・コミック 文庫活字】ひらいたトランプ
2014.05.01
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『切れない糸』のカテゴリーに属する、人が死なないミステリー。ほとんど民事を扱ったもので、夏に始まり初夏に終わる。ひきこもり探偵鳥井真一と相棒の坂木司のコンビが面白く、また彼らを取り巻く人間関係が事件ごとに少しずつ広がりを見せているのがとてもいい。なお、作中の坂木司は男性だけれど、作者の坂木司がモデルかどうかはわからない。GはおそらくGodだろうが。 【中古】文庫 青空の卵【画】
2014.04.24
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女史の執筆年代順でいうと、ポアロが登場する最後の小説である。何せ御年82歳の作だ。ポアロが種明かしする前にネタがわかってしまった。そういう意味では最高傑作ではないが、設定はなかなか面白い。ある女流作家が文学関係のパーティに出席した。そこで彼女に声を掛けたご婦人から、息子の婚約者の両親について調べてほしいと頼まれる。12年前、心中というか、自殺したことになっているが、真相はいかに…と。で、その女流作家は、長年の知己、ポアロに捜査を依頼する。まあ、これこそ民間の私立探偵でも出来そうな仕事。ポアロもずいぶん角が取れて丸くなったなあ、という印象。『カーテン』はまだ読んでいないけれど、もっと丸くなっているのだろうか。 【新品】【書籍・コミック 文庫活字】象は忘れない
2014.04.23
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父親を亡くしたばかりのアンは、ロンドンの地下鉄ホームで妙な事件を目撃した。外国人の男が驚いて転落死し、それを看取った怪しい医者が暗号らしきものの書かれた紙片を落としていったのだ。冒険心に富むアンは、事件の謎を解くべく一人、鍵を握る南アフリカ行きの客船に飛び乗るが……マープルもポアロも登場しない珍しい長編。ただしレイス大佐は『ナイルに死す』のあのレイス大佐だろう、と想像はつく。ミステリと言うより冒険活劇に近い。果たしてギャング団の「隊長」とは誰か?ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 72【2ショップ購入で4倍キャンペーン開催】茶色の服の男/アガサ・クリスティー/深町眞理子【1000円以上送料無料】
2014.04.21
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トミーとタペンスの若夫婦が、ホームズ、ブラウン神父、ソーンダイク博士、隅の老人、ポアロなど、当時有名だった「名探偵」の真似をしながら、次々に珍事件や難事件を解決していく短編集。マニア的なパロディとしても堪能できるが、ともすれば重苦しくなる犯罪小説を読む合間に、掛け合い漫才のごとき二人の会話を一服の清涼剤として楽しむのがよろしかろう。【中古】 おしどり探偵 / アガサ・クリスティー [文庫]【あす楽対応】
2014.04.18
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発掘現場のすぐ近くで、考古学者の妻が殺された。しかも密室殺人。犯人は誰? 動機は?こういう場合、犯人は意外な人物と相場が決まってます。近いところまで行きましたが、またしても背負い投げを食らいました。お見事。【中古】 メソポタミヤの殺人 ハヤカワ文庫クリスティー文庫12/アガサ・クリスティー(著者),石田善彦(訳者) 【中古】afb
2014.04.02
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これは戦後の話。平和な田舎の町チッピング・クレグホーンに起こった連続殺人事件。犯人は? 被害者は?名探偵と言うと、ホームズの洗礼が強すぎてつい「完全無欠な名推理」を期待してしまうけれど、ミス・マープルだってただの人間。推理を間違えもするし、勘違いもする。ただ最後には正しい結論にたどり着くというお約束があるだけなのに、マープルの最初に出した路線を追っていって、またしても袋小路に入ってしまった。犠牲者は3人も出たけれど、『動く指』と同じくハッピー・エンドなのが救いかな。「さくらさくらさくら咲き初め咲き終わりなにもなかったような公園」 俵万智【中古】 予告殺人 ハヤカワ文庫クリスティー文庫38/アガサ・クリスティー(著者),田村隆一(訳者) 【中古】afb
2014.03.19
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創元クライム・クラブの一冊ですが、犯罪事件はありません。せいぜい民事かそれ以下の個人情報に関する日常の事件を取り扱った、4話オムニバス形式のお話です。坂木さんの本もこれで4冊目ですが、ちょっとしたビルディングス・ロマンという点では、過去に読んだ作品と共通しています。ただし今回成長するのはホームズとワトソン両君。ワトソンことアライクリーニングの新井君は、お父さんが突然亡くなったために家業を継ぎます。慣れないながらも少しずつ馴染んでいく一年。その間にいろいろな「事件」が起こります。お客様から預かった衣類は個人情報の宝庫。そこから「あれ?」何でだろうと思ったワトソンが、安楽椅子ホームズ沢田君に相談、すると彼は人を動かす「魔法の言葉」を新井君に告げます。切れない糸、というのは衣服の繊維、商店街やお客様や友人との人間関係の両方を掛けたタイトルでしょう。装丁も素敵です。おせっかいと言えばおせっかい、人情と言えば人情。テレビドラマ向きの作品です。性別も住居も不明の作者ですが、案外東京の下町育ちじゃないでしょうか。【中古】 切れない糸 創元クライム・クラブ/坂木司(著者) 【中古】afb
2014.03.16
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図書館から借りた年代物の本。昭和33年発行。出だしは少々退屈だったが、読み出すと一気に進んだ。探偵役は違うが、『ABC殺人事件』との共通するところもある。どちらも「目くらまし」という点だ。また、例によって作者が提示する偽の手がかりに翻弄され、気がついたときはその手のひらで踊っていたという次第。ハッピー・エンドの結末が救いと言えば救いか。ついでに言うと「指」は単数形で、タイプライターを一本指で打ったことを暗示している。1943年作。
2014.03.13
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平凡な語学教師がある日突然スパイに間違われて警察に逮捕される。その後延々と尋問が続き…まるでカフカか安部公房の小説のような出だしだが、後が違う。主人公は突然解放される。その代わりに、ホテルに戻ってスパイが誰かを突きとめよ、というのだ。悪戦苦闘する主人公。しかしそれも警察の「手」で、とっくの昔に真犯人が誰かを突きとめていたことがわかり…まあね。素人にわか探偵にスパイが突きとめられるわけがないし、それを承知で警察は「泳がせて」いたわけ。で、その餌が主人公だったという…まあ通俗だけれど、そもそもがスパイ小説なのだからそれも当然。《早川書房》エリック・アンブラー 北村太郎訳あるスパイの墓碑銘 …H・P・B566 【中古】afb
2014.03.05
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殺人を隠すには殺人を、というわけで動機ある真の殺人事件を隠すために、殺人狂の犯罪であるがごとく装った連続殺人事件。しかもご丁寧に偽の容疑者まで用意して、いつものように読者はすっかりだまされてしまう。【中古】 ABC殺人事件 / アガサ クリスティ [単行本]【あす楽対応】
2014.02.23
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『アクロイド殺人事件』もよかったが、こちらの方もなかなかだ。本格ミステリーに「三角関係のもつれ」と「ロマンス」の要素を組み込んで、見事に成功した作品である。はじめは登場人物を把握するだけで骨が折れるが、後半は二転三転四転五転六転くらいする。何も知らない読者を翻弄させる手際は、なかなか見事なものである。犯人の目星がつかなかったわけではない。ミステリーよりSFが好きとはいえ、ある程度読みなれると犯人の検討はつくものだ。すなわち、誰が犯人だったら小説が最も面白くなるか、という観点から探すのである。それでもトリックがわからないので自信は持てず、右往左往してしまったことは否めないが。おまけに偽の手がかりまで周到に用意して、至れりつくせりの読者サービスであった。何もかも知った上でもう一度読むと、今度は作者側の視点に立つことができ、ニヤニヤしながら読めるだろう。クリスティの作品すべてを読んだわけではないが、ベスト10に入る傑作だと思う。【中古】 ナイルに死す ハヤカワ文庫クリスティー文庫15/アガサ・クリスティー(著者),加島祥造(訳者) 【中古】afb
2014.02.12
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チャンドラーの長編第一作にして、フィリップ・マーロウ登場第一作。私立探偵というとどうしてもホームズやポアロを連想するので、こういうアメリカンな一匹狼は…何とも言えない。小説としては初めての長編とは思えないほど完成度が高い。抑制された文体、気の利いた科白のやり取り、都会の暗黒の描写…こういうのをハード・ボイルドというのだろう。最後の一章がよく効いている。チャンドラーを読むのは久しぶりだが、若き日のマーロウもやはりあのマーロウだった。とはいえ、村上春樹さんの翻訳でなかったら、とても読み通せなかったかもしれない。そういえば『1Q84』だって立派なハードボイルドだ。【送料無料】大いなる眠り [ レーモンド・チャンドラー ]
2013.11.15
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あまりにも有名すぎて今日に至るまで読まなかった本の一冊。もっと有体に言うと、その昔ポプラ社の『推理小説入門』だか何だかそんな本を読んで、トリックを知ってしまったので読む気になれなかった本だった。ところが最近『アクロイド』やら『スタイルズ』やら読みだして、勢いで『オリエント』も読んでみようかと図書館に行った次第。余人は知らず、推理小説なぞというものは騙されるために読むものだと思っているから、トリックや犯人があらかじめ分かっていたら面白くない。…と思っていたら、これが結構楽しめた。ひとつにはこれがなかなか洒落た人情話になっているせいでもある。普通この手の小説では被害者に同情するものだが、それが逆になっている例も珍しい。どうせなら映画で観たいものだと思ってしまった。9/22 0:00~9/24 23:59はツールバー利用でポイント19倍。さらに!9/23 20:00~9/23 23:59はエントリーで28倍!【中古】文庫 オリエント急行殺人事件【10P25Sep13】【画】【中古】afb【メール便送料80円】Penguin Readers【New Edition ペンギンリーダーズ】【映画】Murder on the Orient Express(オリエント急行殺人事件)[L4]【RCP】【楽ギフ_包装】【楽ギフ_メッセ入力】
2013.09.01
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クリスティの処女作。後年の『アクロイド殺人事件』に比べると粗削りですが、読者(とヘイスティング)を翻弄し、ストーリーを二転三転させながら意外な結末にもっていく力量は大したものです。処分本NO.248。【中古】 スタイルズの怪事件 創元推理文庫/アガサ・クリスティー(著者),田中西二郎(訳者) 【中古】afb
2013.08.27
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映画の原作。小説を読んで、映画がかなり原作に忠実だとわかった。違うのは、コルゾフスキーが誘拐されるのではなくおびき寄せられたことと、ジャッカルがもうひとつ、アメリカ人に化けおおせたこと、サウナではなくそっち系の店で「男」と知り合ったことぐらいだろうか。原作を読んで思ったことだが、小説にはジャッカルやルベルの行動の心理や動機が事細かく記述してある。それはそれで悪くないが、詳細を語らず行動だけを映す映画にも魅力を感じる。ただ英国らしいユーモアは小説ならではのもので、たとえばルベル警視を恐妻家に仕立て上げているあたり、イギリス人作家のフランス人への軽い揶揄と言えないこともない。角川文庫【総額2500円以上送料無料】ジャッカルの日/フレデリック・フォーサイス/篠原慎【RCP】
2013.08.01
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何処かで書いたかもしれませんが、不具は推理小説よりSFが好きです。けれどもたまに推理小説にも食指を動かされることがあります。この本も、ブックオフで80円で買いました。あまりに有名な作品ですが、図書館から借りるのが面倒でしたし、80円ならまあいいや、と思ったのです。期待は裏切られませんでした。真犯人の見当は残念ながら真相が明かされる前、24章あたりで気がついてしまいましたが、そのまま終わりまで読んでもう一度読みました。張り巡らされた伏線の見事さに舌を巻きながら。なお、解説によると翻訳者の中村能三さんは、訳者としての自分の個性を出さずに原作の文体の雰囲気を日本語で再現する名人だそうです。その気になれば、どこでも読める本なので処分本NO245。 【中古】文庫 アクロイド殺人事件
2013.07.17
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『ママは何でも知っている』シリーズで有名な作家の、10代~20代前半のころの若書き集。うち不可能犯罪課シリーズ全6編は10代の作。「袋小路」以外は取り立てて致命的なミスのない短編である。『年代記』に取材した「皇帝のキノコの秘密」はとくに素晴らしい。のちの安楽椅子探偵+ユーモアミステリーの片鱗がすでに見え隠れしている。「間一髪」「家族の一人」は文学的ミステリー。ことに後者の緻密な構成とどんでん返し、哀愁に満ちた結末は読者の胸を打つだろう。【送料無料】 不可能犯罪課の事件簿 論創海外ミステリ / ジェームズ・ヤッフェ 【単行本】
2013.04.14
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『オペラ座の怪人』と並ぶ作者の代表作。ここで紹介するのは堀口大學訳です。名訳ではあるのですが、現在読むといささか古い面もあり、処分本NO226に指定します。本来こういうとき、犯人の名前は言わないのが鉄則。ですが、今回はここに書いておきます。バルメイエ。これが真犯人です。しかし表向きは別の名前で通っています。さて誰でしょう。ヒント:『レ・ミゼラブル』。独語。1つの疑問。なぜ、ルルタビルは犯人を逃がしたのだろう?警察の能力を信用していなかったのだろうか。黄色い部屋の秘密-【電子ブック版】おやおや。電子ブックにもなっているようですね。
2013.02.07
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夕べは忘年会だった。夜明け前に目が覚めたので、宿泊先のホテルでずっと読みさしていた映画の原作である本書をリュックの中から取り出して頁を繰った。途中までは順番に章を追っていたが、だんだん我慢が出来なくなって部屋中を行ったり来たり奇声をあげたり。しまいには終わりの方から読み始めたりして、ようよう朝食前に読了した。いくつかの発見があった。一言で言えば映画は男性的、小説は女性的である。フィクションとはいえ著者はできるだけ事実に即して書き、ヴィヴィッドな表現で自分の感想を叙述する。たとえばこうだ。「真実が持つ唯一の欠点はそれがとても怠け者であることだ」が、「持つ者が所有物を奪われないために言う嘘の合唱は、大量のエネルギーを持っていて、それは青天に稲妻を起こすだけの力に匹敵する」一方、監督は事実を重視しつつ真実を怠け者にしないように働かせることにした。観客に訴えかけるために主人公を国語教師から美術の教師にした。おかげで、禁断の木の実である林檎を無邪気そうに食べるユリへの奇妙な違和感が、映像的に印象に残るようになった。原作で朴先生にはお金がないため国選弁護人が付き、ひとり実刑判決を受ける。だが映画では執行猶予。ミンスの復讐もむべなるかな、である。その復讐のために命を落としたミンスを悼むために道路で集会する聴覚障害者たち。対峙し、放水する機動隊。その渦中に主人公のカンもいた…イ アイヌン ミンス ラゴ ハムニダ…小説にはこの感動的なシーンがない。カン先生は裁判で「古傷」を突かれ、裁判から身を引き、妻とともに霧津をあとにしていた。おそらくこちらの方が実話に近いのだろう。だが映画の主人公がそれでは困る。監督は思い切って妻を死んだことにし、代わりに実母を銀幕に登場させた。ついでにソ・ユジンの年齢も大幅に引き下げ、ほのかなロマンスの要素も隠し味にした。これも、原作に描写された根も葉もない不倫疑惑騒動を断ち切るためであろう。重大な改変がもうひとつある。ヨンドゥには病気の父親と手話のできる母親がいた。しかし映画では孤児という設定になっている。嘘を吐いたのではない。観客の同情を引くための演出である。大切なのは些末な事実ではない。映画を観る者がユリやミンスやヨンドゥの怒り、哀しみ、絶望、恐怖、そしてささやかな希望を、ともに感じるための映画的演出である。正直に言おう。これを打っている今も、涙がとまらないでいる。…今、あの子たちは落ち着いているかもしれない。だが、そのおぞましい経験と記憶は、一生消えないものなのだ。…トガニ 幼き瞳の告発
2012.12.23
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チェスタトンといえばブラウン神父もので有名だ。だが著者紹介の欄を読むと「エッセイスト、ジャーナリスト、文芸・政治評論家、詩人、劇作家として活躍したイギリス文学界に名を残す巨匠」とある。なるほど本書を手にとってみると、文体が洗練されているのが翻訳を通してもわかる。しかしこれはどこまでいってもミステリーである。『罪と罰』が犯罪小説でないように、本書もまた文体が凝ってはいても純然たるミステリーだ。たとえば江戸川乱歩が純文学作家などと言う者は、誰もいないだろう。どこかで書いたかもしれないが、不具はミステリーが苦手だ。正確には、推理小説が苦手と言った方がいいかもしれない。探偵小説や悪漢小説は好きだ。愛好するのは昔からホームズ、ルパン、明智小五郎ものである。ホーン・フィッシャーはどうか。評価は難しい。全八編を順序良く通して読むと、それなりに面白くはある。彼の個性はホームズとは正反対だ。いろいろなことを知りすぎた故に事件を解決しても動こうとしない。国際情勢や世故にたけた人間通にも、優柔不断の虚無主義者にもみえる。そんな彼の言動の所以は第七作「一家の馬鹿息子」で明らかにされ読者の同情を買う。さらに最終話「像の復讐」で、動かざるごと山の如しであったホーンがついに動く。一種感動的な台詞もあるが、ジャン・ヴァルジャンには遠く及ばないのが残念だ。やはり、不具にとっては、素直に楽しめる大衆文学的なホームズ・パスティッシュが一番だ。【送料無料】知りすぎた男 [ ギルバート・キース・チェスタトン ]
2012.10.19
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先日のブックトークで「つながる」テーマで紹介された本の一つ。これだけが絵本でも児童書でもないフィクションだったので、近所の図書館で閲覧した。東京駅は日本の心臓である。いろいろな人が入れ替わり立ち代わり、それぞれの思惑と意図をもって、まるで赤血球や白血球や血小板のように血管ならぬ通路内を駆け巡る。この物語は、俳句が趣味のおじいさんが、東京の俳句仲間と会うために上京したことに始まる。おじいさんのもっていた紙袋が、何と、過激派の作った爆弾を入れている紙袋と全く同じものだったのだ。爆弾男とおじいさんは東京駅ですれ違い、ぶつかり、袋を取り違えたままその場を去る…もちろんふたりだけではない。生命保険会社の社員とか、元暴走族のピザ屋さんとか、なよなよしたプレイボーイとか、オーディションを受けた子役たちとか、…とにかく雑多な人たちが交差し、しかもある一つの流れ、というか渦の中で物語を形作っていく、というそういうお話だ。この渦が形成されていく過程と、消滅していく過程が大変劇的で、漫画的というか映画的である。また、第二の将棋倒しを暗示しているラストも不気味だ。大変面白いが、二度と読むことはないだろう。恩田さんの本は今回初めて読んだ。今後暇つぶしに読むことはあるかもしれない。【中古】 ドミノ / 恩田陸
2012.08.25
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一読して、分類に迷った。いいお話である。「現代日本文学」に入れようか。いやいやそこまでは及ばない。『手紙』もいいお話だがミステリーに分類した。これもそうしようか。しかしここに刑事事件はない。平凡ではないかもしれないがよくある男女の、民事的事件を発端にした「その後」の物語である。「大衆文学」にしようか。散々迷った挙句、今回は「ミステリー」に分類することにした。何だか頼りないが、もてる男というのはいるものだ。代表的なのは『人間失格』の主人公だが、この物語に出てくる有馬という男性も、亜紀、由加子、令子と少なくとも三人の女性に縁がある。不具としては羨ましい(?)かぎりだが、考えてみれば、自分も有馬と似たような経験をしてきたかもしれない。閑話休題。近頃では珍しいこの書簡体小説は、知恵遅れの脳性まひ児を抱える女性が、別れた夫と偶然に再会したところから始まる。二人は何故別れたのか、今どうしているのか。そうした細かい事実は、読んでいるうちにわかることなのでここには書かない。基本的に村上春樹以外に現代に生きている作家の小説を求めて買うたことのない不具が本書を手にしたのは、おそらく清高という名のこの障害児に惹かれてのことであったろう、と思う。波乱万丈の人生という点では断然有馬の方だが、物語の主人公は清高の母親、亜紀である。小説の結末で、有馬がそれまでの後ろ向きの人生から一歩踏み出して令子とともに前に進んでいくことを決断したように、彼女もある決意をする。「生きていることと死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれない」という境地だけは今もってよくわからないが気になる言葉だ。よくできたお話である。ただ内容は『黄昏流星群』の世界であり、不具の世界観を変革するほどの力はない。「現代日本文学」に分類しないいいわけである。処分本No.218。新潮文庫錦繍/宮本輝【RCPmara1207】 【マラソン201207_趣味】
2012.07.09
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先日観た映画の原作を相互貸借で入手したら、何と短編集でした。表題作「鳥」だけは映画の感想を書く前に読み終わりましたが、全体を通読するのに時間がかかり、今日になりました。「恋人」…映画館で出逢って好きになった女性は、空軍への復讐に燃える殺人鬼だった。「写真家」…ひと夏の心理的アバンチュールを楽しむつもりが、とんでもないことに。ゆめゆめ足が不自由で内気な身障者をからかうことなかれ(笑)。「モンテ・ヴェリタ」…日本語に訳せば「真実の山」。この短編集で最も幻想的な一篇。まさに文字どおりの神隠し。ところで、アンナはハンセン氏病だったのだろうか?「林檎の木」…献身的に愛しながら夫に愛されずに死んだ妻と、陰気な妻を愛せなかった男の悲劇。日本ならもっとじめじめした湿っぽい話になるところさすが英国、雪の日も乾燥している。「番」…原題は「爺さん」。最後の段落でオチがわかり、再読すると風景が様変わりする手品的小品。老「人」とはそうか、語り手のことであったのかと(そうでなければ、英題でもつじつまが合わない)。とはいえ、日本語訳で読むと人称にところどころほころびが見られるのが瑕瑾。だから「番(つがい)」としたのだろうか。「裂けた時間」…この短編集唯一のSF。交通事故で死ぬ直前、魂が実体を伴って第二次世界大戦をはさんだ20年後にタイムスリップしてしまったために起こった混乱とドタバタ喜劇。「動機」…二人は幸せだった。ある日突然妻が拳銃自殺するまでは。妻の死に不審を持った夫は、探偵を雇って真実を求めた。探偵は粘り強い調査の末、とうとう事の真相にたどり着く。だが探偵は夫を気づかい、本当のことを言わずに去った。知らぬが仏。世の中には、喪失したままにしておくがよい記憶もあるのだ。…
2012.03.27
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小説を読むと、『鳥』よりもはるかに映画が原作に忠実であることがわかる。それでもいくつかの改変乃至省略はある。たとえば主人公のヒロインが義母となった人の家を訪ねる場面は、映画ではまるまるカットされている。他にも、映画ではヒロインがフランクに「レベッカってどんな人だった?」と聞いているのに対し、原作は「レベッカってきれいな人だった?」と尋ねている。また仮面舞踏会の開催に対し、映画では周りの雰囲気に押される形でヒロイン自身がマックスにお願いしているのに対し、原作は周囲からの具体的な圧力をより強調した形になっている。しかし映画化における最大の改変は、マックスが本当にレベッカを殺したのではなく、あれは事故だったのだ、とした点だろう。これは、小説より大衆受けする映画という媒体において、視聴者の同情を引くための演出だったのに違いない。どちらがいいかは一概には言えない。ただ、個人的には映画の方が好きだ。ヒロインの屈折した思いがより表現されているような気がする。ちなみにヒロインの名前が最後まで明かされないのはどちらも同じだが、これは、やはり英国特有の階級問題を読者に意識させるためだろう。訳者あとがきを見ると、これは不具の独断と偏見によるものだが、ダフネの父親にはADHD傾向が、本人には自閉的傾向があったようだ。また同性愛というかバイセクシャルな一面も持ち合わせていたようで、本作で言えばダンヴァース夫人のレベッカへの崇拝などには、そういった傾向が投影されているのかもしれない。文学史的には、明らかに『ジェイン・エア』の流れを汲んでいる。どちらもミステリーでありまたゴシックである。ただしロチェスターの妻と違ってレベッカはこの世におらず、しかし人の心の中にまだ生きているのだが。範疇としては、『レベッカ』の方がよりメロドラマに近いので、「ミステリー」に分類した。《新潮社》ダフネ・デュ・モーリア 茅野美ど里訳 レベッカ 【中古】afb
2012.03.20
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長らく自宅の書庫に眠っていた本。古本屋で買ったもので、その時は多分そっけない装丁から純文学と思ったのではないか。裏表紙の紹介文もろくろく見なかったようで、ページを開いて初めて推理小説だと知った。第一章からペリー・メイスンとある。探偵かと思ったら弁護士である。探偵は別に存在した。しかも三人も。依頼人は若い花嫁。どうやら昔の男に脅されているらしい。その背後にあるのは何か、探っているうちに男は殺された。はたして犯人は若い花嫁か、今の夫か。辣腕弁護士ペリー・メイスンが、検察官と事件の黒幕を相手取り、縦横無尽に法廷戦術を展開する。あきれるような真相と、すべてを知った若い花嫁がとった行動は?処分本NO210。奇妙な花嫁【中古】afb
2011.08.16
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形式的には、本書はオースティン・フリーマンが発明した倒叙推理小説の流れを汲んでいます。読者はまず第一部で、外側から、つまり世間的に語られる猟奇的な連続殺人事件とその顛末を知ります。第二部では同じ事件が犯人の側から、つまり内側から展開されます。読者はここで、第一部で死んだ「犯人たち」が、実は真犯人に操られていた傀儡と、彼を止めようとして巻き添えを食った友人であったことを知ります。そう、真犯人は別にいたのでした。その名もピース。何とも皮肉な綽名です。もちろんこのままでは物語は終わりません。読者は何としてもピースの正体を知らなければなりません。そのうえで得意絶頂の彼の化けの皮が剥がれる瞬間を目撃しないではおさまらないでしょう。その期待に応えてくれるのが、第三部です。ピース(と呼んでおきましょう)の墓穴を掘ったのは、その自尊心の高さでした。オリジナルにこだわり、模倣犯と呼ばれることを極端に嫌ったために犯した失敗でした。他人の感情に関してはとことん機械的で冷たいピースも、自分の弱点に触れられると激怒する…そういう意味では、彼もまた人間的だったのかもしれません。作者も付け足しのようにラストに彼の複雑な生い立ちを書いていますが、しかし、それは作品構成上の1「ピース」にすぎないでしょう。だからこの本は断じてピカレスク・ロマンではありません。悪漢小説なら、ルパンのように読者から共感されうる人物でなければなりません。そうでない小説は犯罪小説かサイコです。さて、ハードカバーで1400頁もある本書には、忘れがたいシーンがいろいろありました。当事者だけでなく、加害者や被害者の家族もまた被害者になりうるという現実はたとえば『手紙』などにも描かれていますが、加害者足りうるという現実を重層的に描いたのが、本書の優れた点でしょう。ほかにも、事件が終わっても遺族の苦しみは癒えないことを暗示させるラストや、フェミニズムの問題などいろいろありますけれども、ただひとつだけをあげるなら、被害者の遺族が真犯人に向けて語る言葉が忘れられません。要約するなら、こんなところでしょうか。「生憎だな、犯人さん。わしらは、忘れることができる。戦争の記憶さえ忘れた日本人だ。忘れることが幸せなのだ。わしらはそうやって前向きに生きてきた。誰がお前なんかの名前をいつまでも覚えているものか。おまえは、これから刑務所の中で死刑を待ちながら、時の流れの中でお前の犯した犯罪とともにお前の名前が風化していくのを、指をくわえて眺めていなければならない。それがお前さんへの一番の天罰だ」ところで、巻き添えを食って死んだ青年には一種の視覚障害があった、とありますが、あれは訓練で矯正できる程度の目の機能の異常だったわけで、それがもとでLD(学習障害)の症状をきたしていたんですね。まあこの右(目)と左(目)のアンバランスは、そのまま真犯人の右(共感)と左(論理)のアンバランスさでもあるわけで、考えてみればこの小説の主要な登場人物は全員とは言わないまでも大半がバランスの取れていない人たちなんですね。そのために犯罪者になったり、巻き込まれて死んだり、家族より取材を優先したり、事件のためにこころのバランスを崩してしまったり、などなど。人間自体が神に似せた「コピーキャット」なら、そのコピーの良しあしによって人間の質の良しあしが決まるのかもしれません。それなのに、どうして人はコピーであることをこんなに嫌がるのでしょうね。模倣犯 (上下揃) 宮部みゆき
2011.03.21
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『ルルージュ事件』に比べると、タバレの親父が今度は端役である。出世したルコックが殺人事件の容疑者の足跡を追う。サーカスの芸人のふりをしている彼が本当は何者なのか、第一部ですでに読者には明らかである。あとは、彼がなぜそうするに至ったかの経緯が第二部で語られる。事件の発端は冒頭だが、物語は過去に遡及して語られるというわけだ。だからこれは、フリーマンが得意とした倒叙もの推理小説の元祖といえないこともない。ただ、貴族の名誉と愛憎劇が語られる第二部は個人的にあまり面白くなかった。『ルルージュ事件』のような迫真の告白場面がなかったせいもある。ああいうのがないとどうしても通俗になるのはまぬかれない。通俗は通俗でも、『レ・ミゼラブル』や『モンテ・クリスト伯』までいけば立派なのだけれども。題名には『ルコック探偵』とあるけれども、主人公は容疑者。さりとて悪漢小説というのでもなく、探偵は端役ではないが脇役という感じなので探偵小説という感じもしない。全体としてできばえが悪いわけではないが、奇妙な味の小説だった。
2010.10.23
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ここに出てくる女性の名探偵はアメリカでもイギリスでも本業ではないようで、だいたいは殺人や死体遺棄に関与することが多い。その中では「ロトの妻」がもっとも忘れがたい印象を残す。あるいは一人二役(二人三役)の詐欺等に関する事件。こちらは「銀行をゆすった男」「インヴァネス・ケープの男」あたりが興味深い。「恐怖の一夜」は、純粋な推理小説とはいえないが、ベッドで死んだ男と一夜を共にする女性の心理を扱っていて異色である。「女性の大犯罪者」編では、女性版義賊ねずみ小僧を描いて見せたエドガー・ウォーレスの「盗まれた名画」が、再読に耐える名編だろう。 【中古】文庫 犯罪の中のレディたち 下 女性の名探偵と大犯罪者
2010.10.22
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上巻は「女性の名探偵―アメリカ編」。ミステリー作家、教師、新聞記者など多士済々だが、本職の探偵は登場しない。アマチュアが事件を解決する、というところが著者たちの意図、というか作品のミソなのだろうか。収められた九編の中では、ハルバート・フットナーの「ジゴロの王」が一番長くかつスリリングで読み応えがあった。 【中古】文庫 犯罪の中のレディたち 上 女性の名探偵と大犯罪者
2010.10.20
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『ルーフォック・オルメスの冒険』の作者カミの長編小説。幽霊船の船長と若き恋人たちの三角関係および幽霊船のトリックが鍵となる痛快アクションドラマ。娘の父親で億万長者のスコット氏、いんちき霊媒師、食いしん坊のお人よしといった面々がいかにもカミらしいユーモアをかもし出している。小説としては海野十三の「変格推理小説」にも似てミステリーともSFとも分類しがたいが、ハッピー・エンドでなければ悪漢小説になっているところから、一応ミステリーに分類しておく。ヴェルヌとデュマを生んだ国らしい物語といえよう。
2010.10.15
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民間の探偵が登場する世界初の長編探偵小説。赤ちゃんを取り替える話は『ブラック・ジャック』にもあったが、こちらは貴族。政略結婚した妻よりも、愛人の方を愛した伯爵。妻と愛人がほぼ同時に身ごもり、伯爵は愛人の息子を嫡男にすることを決意する。そして時が流れ、愛人の子は子爵に、正妻の子は弁護士になっていた。ある日、真相を知った弁護士は子爵の元に訪れ、真実を告げる。まもなくして、当時の事情を知る数少ない証人、乳母が何者かによって刺殺された…はじめのうちは、時の流れが緩慢である。回想やら何やら、削除しても本筋には関係のないような挿話が多く、つい飛ばし読みしたくなるが、これも時代物だと思って字面を追っていくと、後半に至って俄然面白くなる。とくに第十五章のクレールとダビュロンの「対決」、第十六章のノエルの母親の独白は、読む者の胸を打つ。ところで、二十章に及ぶこの小説、事件の発端から解決まで、わずが五日間の出来事であった。素人探偵タバレ親父は、ギリギリになって真相を見抜くものの、はっきり言ってやはり素人だったといわざるを得ないだろう。ガボリオといえば代名詞のように思い出すのはルコックだが、本書ではダバレの助手であるにすぎない。ただ興味深いことに、ルコックは今でこそ刑事をしているが、もともとは前科者であったという設定になっている。彼が本当に活躍するのはまだ先の話だが、素性が知れただけでもうれしかった。ルルージュ事件
2010.10.13
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『完全犯罪大百科 上』のつづき。 エリック・ナイトのヤンキーにだまされたサムの話は、アニメ版「一休さん」にあってもおかしくないネタ。意趣返しは(作者も趣旨も違うが)ヤンキーがいかさまで巻き上げたお金をサムが掏り取って赤十字に寄付する「愛国者、地下鉄サム」にお願いしよう。悪徳弁護士展示場の悪党たちは不愉快だ。とくにリトル・アンビーの物語は、収録されているから読んだけれども、図書館で見かけてもまとめて読もうとは思わないだろう。無実の人間を人質にとって、その恋人に結婚を迫るとは、弁護士の風上にも置けぬ。口直しは、後に続く「ソールズベリ裁判」。これは追いはぎが判事に成りすまして判決を下す愉快な話で、O・ヘンリーのジェフ・ピーターズものにも劣らぬ逸品だった。「盲点」と「ぺてん師エラリー・クイーン」は、詐欺をもって詐欺を制す好短編。しかし、集中第一の傑作は文体的にも内容的にもシンクレア・ルイスの「柳の並木道」だろう。会社のお金を横領するためにまったく性格の違う双生児の兄を創造し、遂行後、自分の人格を消しさった男。しかしそれがあまりに完璧すぎて、架空の兄の宗教的な人格が本来の自分の心を侵食し…フリーマンが美術品贋造師の話を書いていたというのにはやや驚いたが、トリにフレドリック・ブラウンの名前があったのは意外だった。確かにブラウンはミステリーも書いているが…完全犯罪大百科(下)価格:777円(税込、送料別)
2010.09.30
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ソーンダイク版『緋色の研究』だが、小説としての完成度はこちらの方が高い。推理小説に初めて科学鑑識の方法を導入したという意味で画期的だが、後半の法廷小説としての読み応えも抜群である。なお、指紋の偽造というアイディアは、後年、江戸川乱歩の『悪魔の紋章』にも用いられた。赤い拇指紋価格:840円(税込、送料別)
2010.09.27
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数多登場したホームズのライヴァルたちの中で、もっとも重要な存在が法医学者で弁護士のソーンダイク博士である。生みの親フリーマンの功績の一つは、倒叙推理小説と呼ばれる形式を発明したこと。まず犯行の詳細が物語られ、それを名探偵がいかに解明していくかが綴られる。その記念すべき第一作となった短編集『歌う白骨』を軸に、ソーンダイク博士の活躍を描く八編を収めた。内容的には以上の紹介文につきます。ただこの手の文章の意味は、実物を読んで始めて得心がいくもの。倒叙ものでは、「おちぶれた紳士のロマンス」がO・ヘンリー的で好みです。なお、推理小説の進化史としては、古典的探偵小説―倒叙推理小説―犯罪小説となるのでしょうが、フリーマンはついにチャンドラーのような犯罪小説には手を染めず、あくまで探偵小説としての推理小説作家の道を歩みました。
2010.09.13
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原題は『悪党見本市』。上巻は殺人者展示場から幕を開ける。「郵便殺人」の犯人は小物だから無視しよう。「殺人!」は寧ろホームズ・パロディだが、完全犯罪とは要するに「露見しなかった犯罪」の異名だということが明らかになる一篇でもある。しかし本展示場の目玉はやはりベイリーの「ミスター・ボウリーの日曜の晩」及びディクスン・カーのラジオドラマ脚本「骨董商ミスター・マーカム」だろう。どちらの殺人も嫉妬や羨望とは無縁な、世のため人のためになる犯罪である。探偵小説の反対が悪漢小説だというとき、その悪漢なるもののイメージはルブランの怪盗ルパンかO・ヘンリーの詐欺師ジェフ・ピーターズの係累だが、たまには法律を超えた正義の殺人者が小説の主人公であってもよろしかろう?泥棒展示場の古株は何と言ってもクレー大佐だが、作中作つまりメタフィクショナルな怪盗「不敗のゴダール」の物語も忘れ難い。残念なことに編集の都合上ルパンの物語は削られてしまったが、ホーナングの創造した悪漢ラッフルズ、ヴィカーズの女盗賊フィデリティに本書で初めてお目にかかれたのは幸いであった。「にせ医師物語」(新潮文庫版タイトル)で有名な詐欺師展示場のジェフ・ピーターズはいまさら紹介するまでもない。それよりも上巻のトリを飾る「大佐のお別れパーティ」の方が印象深い。何となればここに出てくるアイディアこそ、『スティング』の進化形だからである。完全犯罪大百科(上)価格:777円(税込、送料別)
2010.09.09
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ベイリーといえば、SF作家のバリントン・ベイリーしか知りませんでしたが、探偵小説の分野にもいたんですね。さて、フォーチュン氏。挿絵を見ると丸顔で、パイプをふかして美食家で貴族然としていますが、なかなかクール。バンコランの性格そのままに(ただし男色家ではありません)体型をパタリロにしたような「犯罪捜査部顧問」だそうです。本書には全部で7篇収めてありますが、「知られざる殺人者」でフォーチュン氏が果たす役割が、一等好きであります。フォーチュン氏の事件簿価格:630円(税込、送料別)
2010.09.05
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詐欺、賄賂、恐喝、死体遺棄、殺人…このアンソロジーに出てくるミステリーはさまざま。共通しているのは、どの作者も「詩人」としての顔を持っていること。そういう意味では、『文豪ミステリー傑作選』や『文豪ミステリー傑作選 第2集』と同じ趣旨の短編集だといえるだろう。顔ぶれを見ると、チョーサー、ゴールドスミス、サー・ウォルター・スコット、ホイットマン、トマス・ハーディ、イエイツ、バイロン、キプリングのようなお馴染みの面々から、キルマー、ナッシュ、ルーカイサー、ドーレンのようにあまり聞きなれないお方まで、多士済々である。個人的な好みとしては、やはりサー・ウォルター・スコットの「ふたりの牛追い」が良かった。バイロンの「ダーヴェル」は未完の断片であるのが悔やまれる。ただ二人とも片足が不自由だったという意味では、妙な親近感をもってしまうのだけれど。イエイツの「宿無しの磔刑」は殉教者的な不条理に満ちていて忘れがたい。キプリングの「インレイの帰還」はモームが書いてもおかしくない短編。キルマーの「恐喝の倫理」のオチはO・ヘンリーを思わせる。ドーレンの「死後の証言」は、太宰治の英訳版『人間失格』のラストに通じるものがある。なぜなら死んだ息子の名前は、ラファエルだったから。ナッシュの「三無クラブ」はホラー。掉尾を飾るルーカイサーの「仲間」は、<一線を越えた者のみが持つ刻印>を残酷に示した佳品。『ミニ・ミステリ傑作選』と同じく、古本屋で見つけたら買って損はしない本だと思う。犯罪は詩人の楽しみ価格:489円(税込、送料別)
2010.08.30
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『文豪ミステリー傑作選』は第一級の純文学作家の小説だったが、こちらは大衆小説作家中心のミステリーが1ダース。ただし、推理小説は半分にも満たない。 黒岩涙香「無惨」…残された毛髪からの演繹的推理。日本推理小説の嚆矢。徳冨蘆花「巣鴨奇談」…国際的三角関係の果て。久米正雄「嫌疑」…夢遊病か濡れ衣か。学生小説でならした著者らしい作品。村山塊多「悪魔の舌」…強迫神経症的ゴシック・ロマン。岡本綺堂「兄妹の魂」…そういえば手塚治虫にもこういう恐怖ロマンがあった。大仏次郎「怪談」…手首に捕まえられた男の話。吉川英治「ナンキン墓の夢」…写楽の贋作をめぐる実話を基にしたお話。山本周五郎「出来ていた青」…麻雀を嗜まないのでトリックそのものがよくわからなかった。火野葦平「紅皿」…河童と河童の騙し合い。結末は事実か幻覚か。海音寺潮五郎「半蔀女」…中世を舞台にした時代劇ミステリー。女は怖い。吉屋信子「茶?」…良心が見せた幻覚か、心霊現象か。柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」…幽霊か一人二役かドッペルゲンガーか。文豪ミステリー傑作選(第2集)価格:509円(税込、送料別)
2010.08.22
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平和主義を説く高名な博士が、何者かによって殺害された。誰が? 何故? 大学を舞台に繰り広げられる国際的かつ学際的なミステリー。才人のバウチャーらしい衒学趣味たっぷりの味付けで、すべての手がかりを「さあどうぞ」とばかりに読者の前に提示する手法は、古典的な「探偵小説」に近い。もっともこちらは謎解きより筋を追うのが楽しみなのでさほど楽しめるお話ではなかった。まあ、無骨なホームズ譚と違って、ラブロマンスをきちんと織り交ぜてあるあたりが「子孫」的か。
2010.08.14
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夏目漱石「趣味の遺伝」…共通の故人を偲ぶ母と恋人。森鴎外「魔睡」…これは麻酔ではなく催眠術のことだろう。志賀直哉「范の犯罪」…事故か殺人か動揺か殺意か。芥川龍之介「開化の殺人」…唯一の既読。谷崎潤一郎「途上」…欧米人が選ぶ日本ミステリのアンソロジーに載ってもおかしくない蓋然性殺人事件。泉鏡花「眉かくしの霊」…ミステリーはミステリーでも怪談の方。川端康成「それを見た人達」…事件の解決は屍者の鎮魂より、生者の安寧のためにこそ必要である。…太宰治「犯人」…最後の一行で悲劇が喜劇に。早まったことをしたね。内田百けん「サラサーテの盤」…「貴方に渡すものですか」げに女の愛憎は恐ろしや。三島由紀夫「復讐」…最後の一行が恐怖を呼ぶ。心理的怪談。2000円以上送料無料!通常24時間発送!【中古】【文庫、新書】文豪ミステリー傑作選 〔第1集〕 夏目漱石 [4309401163]
2010.08.13
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まるで宝石箱をひっくり返したような珠玉のミステリ傑作集。まず表紙のデザインがすばらしい。二つのペアの鍵の形をした門、その間に挟まれるように描かれたシルクハット、クロスされたツルハシ二本、石油ランプ。最初のミニ・ミステリの選択がまた、すばらしい。ネタが創世記である。最後のミニ・ミステリの選択がまた、すばらしい。最後の一語を持ってくるためには、確かにほかの掌編では駄目である。間に挟まれたミニ・ミステリがすばらしい。文豪(アーサー・ミラー、ヴォルテール、O・ヘンリー、キプリング、ゴールズワージー、サキ、ジャック・ロンドン、セルバンテス、チェーホフ、ディケンズ、マーク・トウェイン、マンスフィールド、モーパッサン)の手になるものもあれば、ディクスン・カー、ロバート・ブロック、アーサー・C・クラーク、アントニー・バウチャー、エラリー・クイーンのようなおなじみの名前――さすがにシェークスピアは採用されていないが、ひねった短編で『リア王』が間接的に剽窃されているのが可笑しい(「良心」)――もあれば、日本人にはあまりなじみのない作家の名前や、作者不詳の掌編もある。独立した短編もあれば、長編の一部を切り取ってきたものもある。推理小説や探偵小説もあれば、むしろSFや幻想小説に分類したほうがいいと思われるものもある。もちろんお約束のホームズ・パロディやパスティッシュも。共通しているのは、とにかく、短いことと、どれも大変よくできていて、それぞれに味わい深い「ミステリ」であることだ。図書館から借りた本だけれど、もし古本屋で安く店晒しにされているのを見かけたら、迷わず購入したい一冊である。ミニ・ミステリ傑作選
2010.08.12
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漱石つながりで、もう一作柳さんの小説を紹介。『坊ちゃん』の続編であることは言うまでもありませんが、なんと、「あの日」のうちに赤シャツが自殺していた! というもの。坊ちゃんは山嵐とともに四国に舞い戻り、三年前の事件の真相を知ろうと素人探偵の真似事をはじめます。真実を知るはずの野だいこは精神病院で発狂していました。その他にも次々に明るみになる過去の事実。山嵐の正体は、マドンナは、うらなり君は今どうしているのか?原作へのオマージュとリスペクトに満ちた力作ですが、謎解きのクライマックスのあたりだけ、文体が綻びています(やむをえないことですが)。また、いかに当時の状況を踏まえているとはいえ、あまりの展開にきっと漱石も草葉の陰で苦笑しているでしょう。文藝春秋社からは決して刊行されなかったであろう一冊ですが、坊ちゃんファンなら一度は読んでほしいなあと思います。原作はこちら。 【中古】文庫 坊ちゃん
2010.08.01
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これも昭和館で20分ほどで読んだ本。例によって少年探偵団と怪人二十面相もので、大人になって読むとトリックがばればれな箇所が多いが、ところどころ謎解きが難しくて、最後まで読んでああそうかなるほどと思わせる、なかなかに侮れない一冊であった。黄金豹
2010.03.22
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昔百円で買った、ポワロが登場する著者の処女戯曲。犯人は例によって意外な人物だが、一度読めばたくさんという感じ。処分本NO.181。
2010.03.13
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あの畑さんがこんな小説を書いていたとは知りませんでした。例の2冊100円で買った本の片割れです。煽り文句には「痛快なSF傑作長編」とありますが、紐解いてみるとSFマインドは無きにしも非ずながら、どうみても『シャーロック・ホームズの冒険』のパロディ的連作ミステリーです。しかも落ちは駄洒落。解説を書いた筒井康隆さんの代作小説で、畑さんはただ名前を貸しただけ、といわれても思わず信じてしまいそうな内容でした。ただ全12章のうち、第9章「旅」だけは佳作かもしれません。処分本NO.175。
2010.02.25
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