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2015.01.01
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カテゴリ: 小説
貧乏浪人が仕官先を探す表題作とその他の短編集。
三人称。恐妻家の剣客、好きな人をかばって拷問に耐える男、博打で大勝して逃げる男、妻の浮気の噂の相手を殺そうとする男、親しくもない居候が居座って困る男など、各話の見所が異なるのは短編集としては良い。しかし主人公が男性ばかりの一方で、女性の登場人物たちはいかにも時代劇に出てくる女性像といった慎ましい美人とかでステレオタイプな人物造詣すぎてしらける。
坪内逍遥が『小説真髄』で小説で大切なことはまず人情を書くことで、次に世の中の様子や風俗の描写を書くことだというようなことを言っているけれども、この小説では人情を書いている点はよいとして、短編というせいもあるだろうけれど風俗の描写が足りない。最小限の登場人物と最小限の描写で物語を組み立てたという感じで、会話も現代語風で時代小説なのに江戸時代の雰囲気があまり出ていないのは時代小説としての魅力が乏しくなる。駒田信二の解説だと「藤沢さんの作品が読者の心を打ち、読後に余韻を残すのは、奇想天外・波乱万丈というストーリー自体のおもしろさによるものではない。ひとくちにいうならば、その作品は作者の自己投影の深さのゆえにすぐれているのである」と言うものの、私は逆に自己投影ゆえに面白さを損ねていると思うのだ。作者の自己投影を物語りにするなら時代小説である必然はなく同時代を舞台にすればよいわけだし、時代小説であるからにはその時代を生きた人間像を掘り下げないと時代小説として面白くないし、現代人の思考を時代小説の人物に投影してしまうとリアリティがなくなって現代人が時代劇のセットの中にいるような違和感が出てしまう。

★★★☆☆







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最終更新日  2015.01.01 05:55:08
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