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2015.09.08
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カテゴリ: 小説
表題作とその他の1924-31年に書かれた20編の短編集。
「檸檬」は貧乏な青年が焦燥して街を浮浪して歩き疲れたけど、気詰まりな丸善で美術本を積み重ねて檸檬を置いたままにして出て行く話。疲れを忘れて創作に没頭して、檸檬を爆弾に見立てて丸善の気詰まりな雰囲気を破壊して去っていくという爽やかさがタイトルの檸檬と合っていて、芸術的行為が憂鬱な心理を変えた瞬間をよくかけている。これが檸檬でなかったらこの小説は成立しない。
他の小説はある場面での心境を書くという心境小説で、この作者は長い小説が苦手なのか、後年の作品は「檸檬」ほどはよく出来ていない。風景描写に主人公の心理を重ね合わせるあたりはいかにも日本の純文学といった特徴があってよいものの、複数の登場人物が出てくると人間関係が説明不足で場面展開が下手で、何のためにその場面や人物が書かれているのか、その場面や人物が他の場面とどう繋がるのかが不明瞭で、読者がメンタルモデルを形成できない。結果として短編なのに焦点が定まっていなくて何を書きたいのかよくわからない仕上がりになっている。「檸檬」は主人公以外に登場人物が出てこないがゆえに下手な部分が出ずにうまくいったのだろう。
梶井基次郎は退廃的な生活をしているある種の典型的な作家像だけれど、長くても30ページほどしかない短編・掌編ゆえに思想を展開できるほどの文章量がなく、長編小説に慣れた現代の読者にとっては読み応えが乏しい。せめて中篇くらいの分量で自身の病気の不安を掘り下げるなり、社会批判としての退廃思想を展開するなりしたら坂口安吾のような面白さはあったかもしれない。

★★★☆☆






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最終更新日  2015.09.08 18:35:19
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