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内気なハリネズミが他の動物を家に招待しようと思いつくものの、あれこれ悪いことを想像して悩んで、やっぱり誰も来てほしくないと思ったらリスが遊びに来て嬉しかった話。2017年本屋大賞翻訳小説部門受賞作。
●感想
三人称。170ページ程で、1つの動物につき3ページ程度で59章ある。著者は本業が医者のようで、本業が作家でない人の作品に突っ込むのも野暮な気がするけれど、気になったので一応突っ込むことにする。
小説としての見どころは擬人化を使っている点で、動物を擬人化するだけでなく、「言葉」や「孤独」や「訪問」といった概念も擬人化している。しかし使う技法が過剰なほどの擬人化だらけで、異化もパターン化すると見慣れて飽きてしまうのでよくない。マジックリアリズムでここぞというときに奇妙な出来事が起きるからこそマジックとして面白いように、異化するならスポットで使うほうが効果的である。擬人化して強調した割には孤独とはなんぞや、訪問とはなんぞや、とテーマを掘り下げるわけでもないので、ただ擬人化していじってみただけで終わっている。マギー審司でいうと耳がでっかくなったレベルである。
それにハリネズミの年齢も性別も不明で、誰かを家に招待する動機も不明で、抽象化されすぎていて具体性がないのが物足りない。他人を家に招待してお茶をしたりホームパーティーをしたりするのが一般的な西洋の文化圏の人ならハリネズミが誰かを家に招待したがる心理が理解できるのかもしれないけれど、核家族化して狭い家で暮らして公私を区別して他人を家に招くことがほとんどない現代の日本人には、誕生日とかの特別な日でもないのに他人を家に招待したがる心理がいまいちわからないのではないかと思う。単に他の動物と交流したいだけなら自分の家に招待しなくても手土産持って誰かの家を訪ねればいいやんけ、と思ってしまうと先の話を楽しめなくなる。そもそも他の動物を家に招待する前に、他のハリネズミを家に招待しようという発想にならないのが変である。訳者のあとがきによると、「どうぶつたちはみなおなじ大きさ/おなじ種類のどうぶつは複数、登場しない/人間はでてこない/物語の中ではだれも死なない」という著者の独自ルールがあるようだけれど、生態系が不自然なご都合主義的世界の押し付けである。マギー審司でいうとラッキーくんの友達がモーラーしかいないようなものである。
ネガティブな想像力を面白さにつなげているという点では見どころがあるし、小中学生の女子にとっては面白いかもしれないけれど、大人が読んでもあまり面白くない。訳者のあとがきによるとこの本は大人向けらしいけれど、大人向けの割にはずいぶん幼稚である。マギー審司のマジックはほっこりするけれど、大笑いできるほどでもないような感じである。53歳の独身のエンジニアの針根純夫が取引先の女性を口説いて築60年の家に連れて来ようとする話とか、41歳の独身のピアニストの張音澄子が自宅の新築記念にコンサート仲間や音大の同級生を家に呼ぼうとする話とかの具体的な話のほうが大人の読者にとっては面白いんじゃないかと思う。
オチは自分が行動しなくてもリスが訪ねてくるという他人頼みの展開なうえに、友情はすばらしいと既存の価値観を肯定するだけで終わっていて、その先がない。友人や家族が死んでから孤独にどう生きてどう死ぬかのほうが大人にとっては重要だろうに、かわいい動物のメルヘンな雰囲気でごまかして、物語の中では誰も死なないという独自ルールで孤独のテーマから逃げているのはよくない。さらに同じ種類の動物は複数登場しないという独自ルールで、恋愛と生殖と老化と自己の消滅という存在と愛のテーマからも逃げている。こういうのは現実から目を背けるための擬人化で、子供だましである。そこらじゅうで自殺や孤独死が起きている地獄のような世界で生きている日本人は誰も死なないやさしい世界を夢見ることなどとっくにやめているだろうし、ぬるい希望に浸っても温まるどころか凍えてしまう。
★★★☆☆
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