PR
キーワードサーチ
コメント新着
日本の窯場28カ所の技法や特徴を書いた本。
●まとめ
福島県 相馬焼:相馬市の相馬駒焼と浪江町の大堀相馬焼があり、走り駒の絵が相馬焼の目印で、青磁釉で焼かれた青ひび焼と卵手という淡い黄色の釉薬をつかったものの二種類がある。
福島県 会津本郷焼:陶器と磁器があり、陶器は厚手で重いのが特徴。鰊鉢が冬の保存食用の容器として作られた。
栃木県 益子焼:人間国宝の濱田庄司が昭和初期に益子を活動拠点にしたので陶芸家が集まり、地元の土を使った民芸陶芸で有名になる。山水土瓶が特産品。
茨城県 笠間焼:江戸時代に庶民が使う甕やすり鉢などの産地として始まる。伝統にとらわれず自由な作風。
岐阜県 美濃焼:平安時代に始まり、桃山時代に日本の製陶の中心になる。志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒が代表。戦国時代に尾張と三河が戦乱の地になり、瀬戸の陶工が美濃に避難して美濃焼ができる。千利休門弟の古田織部の好みで織部が作られた。
愛知県 瀬戸焼:伝説では鎌倉時代の陶工の加藤四郎左衛門景正が始めたと言われていて、東の瀬戸物、西の唐津ものという陶磁器の代名詞として有名。7つの釉薬と装飾技法が特徴で、江戸時代後期に加藤民吉が有田の磁器の技術を取り入れて絵付けがされるようになる。
愛知県 常滑焼:平安時代に無釉の焼きもので始まり、江戸時代末期に鯉江方寿が陶土にベニガラ(酸化鉄)を混ぜて焼く技法を考案して朱泥の急須が作られるようになる。
三重県 万古焼:江戸時代中頃の豪商の沼波弄山が趣味で始めたものが古万古と呼ばれ、沼波弄山の死後に古物商の森有節が焼いたものが有節万古と呼ばれる。森有節が考案した木型に薄く伸ばした陶土を押し付ける伝統技法が特徴。明治に四日市万古に使っていた垂坂山の白土が枯渇して、代わりに赤土を使ったチョコレート色の急須が代表になる。
三重県 伊賀焼:釉薬なしで高温で焼くので焦げが生じて、ビードロ釉と呼ばれる青いガラス質のものができるのが特徴。古琵琶湖層から良質の陶土が取れたので奈良時代からやきものが作られていて、古田織部の影響を受けて茶陶として発展した。
石川県 九谷焼:1655年ごろに有田で学んだ後藤才次郎によりはじまる。骨描き(線画)する前に素地の上に溶かしたにかわを木綿の布で前面に塗る膠引という久谷焼独特の技法があり、余白を幾何学模様で埋め潰す地紋つぶしや、器に窓を設けて内側に絵を描いて外側を幾何学模様で埋める窓絵の構図が特徴。
福井県 越前焼:越前は平安時代末期から室町時代は北陸で最大の窯場で、農業の発達に伴う保存用の大きな甕やすり鉢を産出した。あまり装飾をつけずに地味で、高温で焼成して薪の灰が自然釉になっているのが特徴。
滋賀県 信楽焼:平安末期に農民の種壺や水瓶などの焼きものが本格的に始まり、千利休が茶の湯にとりあげてから素朴で実用性がある茶器が作られるようになったが、利休の死後に茶器の需要が減って江戸末期には土鍋、徳利、植木鉢などの日曜雑器を作るようになった。
京都府 京焼:17世紀初期にはじまり、野々村仁清が絵付けの発色性を高める独自の技術を編み出した。華やかな絵付けの陶器と、染付け磁器が特徴。
奈良県 赤膚焼:赤膚三色といわれる乳白色、透明、黒の3色の釉薬を使い、経文の図案や上下二線に人物や家屋が描かれている奈良絵が特徴で、京焼、高取焼、萩焼の影響をうけた茶器が代表的。
兵庫県 出石焼:柿谷陶石という白石を原料にして、純白に菊彫りや透かし彫りの彫刻がある白磁が特徴。
兵庫県 丹波焼:平安末期が起源の日本を代表する六古窯の一つで、丹波の粘土は鉄分が多くて酸性が強くて釉薬がかかりにくくて焼き締めの土っぽい仕上がりが特徴。
岡山県 備前焼:釉を使わず、耐火度が強い粘土質の陶土を使って、少しずつ割木を増やして窯中の温度を上げていくことで生まれる窯変の模様が特徴。
島根県 布志名焼:民陶と茶陶の流れをくむ二種類の作風が特徴。楽山焼とともに出雲焼と呼ばれる。
山口県 萩焼:大道土というやわらかい土を使っているので吸水性が高く、使うほど茶がしみこんで茶馴れと言われる色彩の変化があり、これを茶人たちは萩の七化けと呼んだ。絵付けがほどんどないのが特徴。
徳島県 大谷焼:江戸時代に阿波の特産品の藍染の原料を入れる甕の需要が増えて、鉄分を多く含んだ陶土を焼き締めた甕や壺などの大物が作られた。
愛媛県 砥部焼:砥部焼はほとんどが磁器の食器で、地元の伊予砥を原料にした白い磁器に藍の青い染付模様が特徴。
福岡県 上野焼:1602年に朝鮮から陶工の尊楷が招かれて始まる。緑青釉、三彩釉、透明釉、鉄系釉の4種の釉が特徴で、毒消焼の異名を持つ。
佐賀県 唐津焼:鉄分が多い土を使用するので、焼き上がりが灰色か黒っぽくて渋い感じが特徴。
佐賀県 有田焼:秀吉の朝鮮出兵の際に連れてこられた李参平が有田で磁石をを発見して創成したといわれる。白磁に絵付けがしてあるのが特徴。江戸時代の有田焼は古伊万里と呼ばれる。鍋島藩の食器は将軍家への献上品や大名への贈答品になり、明治維新の頃まで庶民が使うことは禁じられた。
長崎県 波佐見焼:朝鮮出兵に参加した大村藩主が陶工を連れ帰って1599年に始まり、磁器の食器が作られて江戸時代に人気になる。明治末期ごろまではコンプラ瓶と名付けられた瓶が東南アジアやオランダに輸出された。
大分県 小鹿田焼:地元の黄色い土を使った日用雑器の大きな器が多いのが特徴。
鹿児島県 薩摩焼:島津家の御用窯だけで焼かれた草花が描かれている白もんと呼ばれる白薩摩と、鉄分を多く含む火山性の土を使った黒もんと呼ばれる黒薩摩がある。
沖縄県 壺屋焼:釉薬をかけずに焼き締める日用雑器の荒焼と、白い化粧土を施してサンゴ岩などの釉薬をかけた上焼の二種類がある。現在は日用雑器の需要が減って荒焼は土産用のシーサーが中心になっている。
●感想
私は100円ショップで適当に買った食器を使っているので本格的な陶磁器の食器は買わないし、お茶会に呼ばれる機会もないのでやきものには興味がない。しかし興味がないからこそ人生の中で何時間かやきものについて考えてみるのもよかろうと思ってこの本を読むことにしたのだった。全ページカラーで写真がたくさん載っているので特徴がわかりやすいのはよい。東北や北海道にあまり窯場がない理由は書かれていないけれど、西日本と違って朝鮮から陶工が来てなくて技術がなかったのが理由なのかもしれない。
やきものは土や釉薬や製法や模様で違いがあるとはいえ似たり寄ったりで、なんとか焼といわれても予備知識がないとわからないけれど、この本を読んだら馬の絵がある相馬焼と、益子焼の山水土瓶と、常滑焼の朱泥の急須と、万古焼のチョコレート色の急須と、白くて彫刻がある出石焼は特徴がはっきりしているのでわかるようになった。フィクションで海原雄山的な人物が「ほほう、これは見事ななんとか焼ですな」とかいう場面がたまにあるけれど、私も一度言ってみたいもんである。時代劇に出てくる小道具が何焼なのか注目してみるのもおもしろいかもしれない。
陶器の手入れの仕方も書いてあって、無釉の軟質の陶器は土肌の目が粗くて料理の汁や油がしみこみやすいから盛り付け前に水に10分から1時間くらい浸しておくそうで、面倒くさそうなので私はやきものは要らないなと思った。一人暮らしだと盛り付けとかどうでもいいのでフライパンから直食いで洗い物が減るほうがよい。
さてやきものと文学について考えようかと思ったのだけれどあまり考えることがなさそうなので、芸術の地域性について考えることにする。
やきものは土地ごとに土の質が違うのでまず材料で差別化できて、それからその土地に集まった人たちが切磋琢磨して製法とデザインで差別化している。料理も似ていて流通が整うまでは土地ごとに手に入る食材が違ったので、それをおいしくするため調理方法も異なっていて地方ごとに伝統料理や名物がある。土地ごとの材料で差別化ができるのなら文学の場合は方言で差別化できるはずだけれど、じゃあ文学に地域性があるかというとあまりなくて、地方文学賞にも存在感がない。関西に旅行に行ったらお土産に織田作之助賞受賞作の小説でも買うか、とはならない。ではなんで材料が違うのにあまり差別化できていないのか。日本の私小説や南米のマジックリアリズムみたいに国単位でみれば地域の特徴は出る。ということは日本語の方言がちょっと違うだけでは差別化としては不十分で、言語や宗教が全く違うと言葉の使い方や考え方が変わるので創作のための技法も変わってきて、差別化できるくらい際立った特徴がでるようになるのかもしれない。
音楽の場合は言語が違うと言葉のリズムやイントネーションが違うので、それがメロディーに反映されて差別化しやすい。例えば沖縄民謡は本土の民謡とは音階が違うし、方言が分からなくても音を楽しめる。しかしそれが文学になると、言葉の違いがただのセリフになってしまって創作技法が変わるわけではないし、方言だらけで他の地域の人が全く読めなくなってしまうと読者が減るので差別化しにくいのだろう。
それに茶道や陶芸が人気になった後で廃れたように、いくら差別化しようがジャンル自体が衰退してしまうと、興味がない人にとっては些細な違いはどうでもよくなる。ちょうど私が陶器に興味がなくてどれも似ていて産地や技法の違いがわからないと認識していたように、純文学に興味がない人はモダニズムやポストモダンの違いも知らなくてどれも地味でつまらないものとして認識しているのかもしれない。やきものは実用性があるので茶道の人気がなくなっても料亭とかで需要があるけれど、地域性も実用性もない芸術は支持者がいなくなったら文化が継承されずに見向きもされなくなるので、いったん流行が終わった純文学をもう一度人気にするのは大変そうである。
芸術が発展するには大勢の庶民の支持を得るか、偉い人に気に入られてパトロンがつくかしないといけない。野球やJリーグは地元チームのサポーターを育てることで活動できているけれど、文学には地域性がないがゆえに地元の固定客がいないところが弱い。文学で地方の読者の支持を得るには1年に1回受賞作を発表するような地方文学賞を作るよりも、継続的に創作を発表できるメディアがあるほうがよいかもしれない。タウン誌にエッセイや短編小説をのせるとかして、B級グルメみたいに地元に根付いたB級文学や準文学みたいなのがあれば地方文学はもっと活気づくのかもしれない。
★★★★☆
『小林秀雄全集第三巻 私小説論』 2024.02.25
ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』 2021.12.09
シンシア・ソールツマン『ゴッホ「医師ガ… 2021.06.19