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2024.08.05
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2021年に​ 子供の国語力低下について考える ​という記事で考えたときにはPISA(OECD生徒の学習到達度調査)で読解力が低下していたけれど、2023年のPISAでは日本は読解力が3位で、前回の2018年に過去最低の15位だった状態から回復したそうな。ところが小学6年生と中学3年生を対象とした2024年4月の全国学力調査だと中学国語の「話す・聞く」「読む」「書く」の技能別で「読む」の正答率が過去最低の48.3%で、「話す・聞く」の59.1%、「書く」の65.7%に比べて極端に低くなっている。間違えた人はキーワードだけ見て、言葉の意味はわかっていても文章としての言葉のつながりを理解していないそうな。前回よりも試験が難しくなったという見方もあるので正答率が低いからといって読解力が落ちたとは限らないけれど、楽観的に見るよりは悲観的に見て対策する方が良いだろう。というわけで徒然なるままに読解力の低下について考えることにした。

●読解力は必要なのか

読解力の低下は子供がスマホで動画を見ている時間が長くなったことが原因とみられているけれど、動画で情報を得られるのだから本を読まなくていいという人もいる。YouTubeには大学の講義やシンポジウムの動画がたくさんあるし、医療でも法律でもたいていのトピックは専門家がYouTubeでわかりやすく解説しているので、本を読まなくても動画から学べることは多い。しかし動画は文章よりも情報伝達効率が悪い。それでタイパとか言い出して短い切り抜き動画ばかり見るとますます得られる情報が少なくなって、結論だけ見てその結論に至るまでの背景や論拠を考えないようになる。それに文章は能動的に意識を集中して読んで理解する必要があるのに対して、動画は受動的に聞き流すことができてしまうので、動画で知った情報の方が記憶に残りにくいと思われる。中学生の頃に読解力が低いままだと、高校生、大学生と年齢が上がって知るべき情報が増えていくにつれて学習効率が落ちていくだろう。大学生は卒論を書くために動画で誰も解説していないような専門分野のマイナーな文献や先行研究を自分で調べる必要があるけれど、読解力が低いと論拠となる情報を正しく引用できなくてろくに研究もできなくなると思われる。
というわけで文章読解力が落ちた分を動画の視聴で完全に補うことはできないので、私は読解力は必要だと思う。動画はそれ自体は有用だけれど、子供のうちは情報源を動画に偏重しないで先に読解力を身に付けて、それから動画で情報を得るのがよいだろう。

●読解力の低下がもたらす問題

・議会制民主主義の危機

古代でも話したり聞いたりすることはたいていの人ができたけれど、文字を読み書きできるのは教養がある貴族や官僚だけで、庶民の識字率は低かった。口頭で伝えられる内容には限界があるし、記憶には間違いも多くて伝達ミスが起きるので、様々な学問の研究成果が記録された資料を読める事が正しい知識を持つことにつながる。それゆえに読解力が高くて長くて複雑な文章を読めることが教養の度合いを示す指標になる。近代国家は識字率を上げて国民に高等教育を施して、教養ある国民が選挙権や被選挙権を持つことで、議会が世襲貴族に占領されなくなって国民の代表による議会制民主主義が成り立つようになった。政治家は法律や科学的根拠を基に政策を議論する必要があるので、いろいろな資料を正しく読めない人とは議論にならないし、議論ができないと議会が機能しなくなる。読解力が低くて政策が理解できない国民が変な政治家を選ぶようになると、個人的な問題で終わらずに議会制民主主義を脅かす社会問題になる。
こないだの東京都知事選挙で石丸伸二が若者の票を集めて躍進したのも衆愚政治に向かいつつある兆しといえる。石丸は安芸高田市長のときに議会で寝ている議員をSNSで批判して知名度を上げて、具体的な政策がないのにSNSで露出を増やして若者の浮動票を集めたけれど、テレビでのインタビューではインタビュアーへの敵意が強くて議論がかみ合わない石丸構文が話題になって、石丸支持者も誹謗中傷をして評判を落とした。石丸に投票した人たちは議会は敵と対決してやっつける場所でなくて政策を議論する場所だと理解していないのじゃなかろうか。これは小泉純一郎が「自民党をぶっ壊す」といって郵政民営化に異論を言う人を抵抗勢力扱いして小泉劇場としてブームになった時のB層の投票行動と同じで、敵を作って戦う姿勢を見せれば政策の良し悪しを無視してエンターテイメントとして支持を集めることができてしまうけれど、結果として郵政民営化は失敗だったし小泉純一郎や投票した人たちがそれを反省するわけでもない。改革を主張する維新の会も同様で、公立病院や保健所を削減して新型コロナ禍で大阪で一番の死者を出していて改革どころか改悪して失敗しているのに、テレビで露出を増やして既得権益と戦って変える姿勢だけ見せれば支持を集めてしまうし、失政の結果に対する責任を取らない。小泉進次郎も同じ内容を繰り返す小泉構文が国語力の低さを表していて、二酸化炭素の削減目標で46という数字が浮かんできたと言い出して科学的根拠がないままでたらめに政策が決められてしまっている。もし100というセクシーな数字が浮かんでいたらマジでヤバイことになって、マジでヤバイということは、マジでヤバイことになるところだった。

・扇動されやすくなる

読解力がなくて情報の真偽を確かめられないとフェイクニュースや陰謀論を信じて社会を破壊する活動に参加しかねない。真偽を確かめるためにはまず情報を誤読せずに正しく理解して、論拠がどこにあるのかを把握して整合性を検証する必要がある。動画などで音声として聞くと複雑な文法や論理を理解しにくいけれど、文章として読めば前後の文章を比較して論拠や論理の飛躍や矛盾を見つけやすくなる。
それに動画は話している人を映すので、話の内容についての議論よりも発言者に対する批判になりがちである。そんで発言者に差別主義者だの陰謀論者だのなんだのとレッテル貼りをして議論そのものがなくなってしまうと情報の真偽の検証がおろそかになる。発言を文章化すると発言者と発言内容を切り離して客観視することができるので、動画でなく文章をベースにして議論するほうがよいだろう。

・クソリプの増加

文章読解力不足で論旨や論点を理解せずに誤読して、具体的な指摘や提案ができず、嫌いな相手に感情をぶつけて憂さ晴らしをしようとする人たちがクソリプを量産していて、インターネットという文明の利器が非生産的な誹謗中傷に使われて、本来は有益な情報交換ができるはずの掲示板やSNSが不快な場所になっている。
MBTI診断で思考型と感情型に分かれるように、人の意見にも思考型と感情型のどちらが優勢なのか特徴が出る。私のブログやYouTubeのような場末のSNSにもクソリプがたまにくるけれど、クソリプを送る人は感情型といってよいだろう。誰でも意見を言う自由はあるし、生産的な指摘や提案や批判なら歓迎するし私が間違っているなら訂正するけれど、生産的でないクソリプは相手にしても時間の無駄なので私は無視している。ショーペンハウエルが馬鹿と議論しても無駄だと言っていたように、相手は物事を理解する能力がなくて、相手の間違いを指摘しても相手はなぜ間違っているのか理解できなくて間違いを認めて意見を変えることはないので指摘する意味がないし、教師でもないのに無料で相手を指導して間違いを正してやる義理もない。せっかく人間として生を受けて自我を持ったのに、豊かな言葉を学問や芸術に使わずに誹謗中傷に費やすのは不毛で、私は人間として理性を磨いて生きようと思っているので理性が乏しくて物事の道理を理解していない人たちとはなるべく関わりあいたくない。村上春樹がSNSを見ない理由として「大体において文章があまり上等じゃないですよね。いい文章を読んでいい音楽を聴くってことは、人生にとってものすごく大事なことなんです。だから、逆の言い方をすれば、まずい音楽、まずい文章っていうのは聴かない、読まないに越したことはない。」と答えたのも作家としては当然の感覚で、人間は周囲の環境から何かしらの影響を受けるので、まずい文章を読めばそれに影響されて変なミームや流行語や差別用語を使ったりして言葉が荒れかねない。中国のことわざに「一顆老鼠屎壞了一鍋粥」(一粒の鼠の糞が粥の鍋をすべて壊す)というのがあるそうだけれど、一行のクソリプでも読まないで済むならそれに越したことはない。
辻美紀や工藤静香が料理を作ってSNSに写真を上げるとけなす人が大勢いるそうだけれど、他人が何を食べていようが自分が食べるわけでもないのだからどうでもいいだろうに、芸能人に嫉妬して粘着しているアンチは他人に不満を募らせて文句を言って非生産的な行為で人生を浪費している。「沈黙は金、雄弁は銀」ということわざがあるけれど、それに付け加えるなら「クソリプはうんこ」で、クソリプをすればするほど自分の評価が下がっていることにクソリプしている本人は気づいていないのだろう。感情的にクソリプをしてうんこまみれで生きる自由もあるけれど、おそらく幸福とは程遠い生き方になる。木村花や韓国の芸能人のように誹謗中傷が原因で自殺した芸能人もいるし、名誉棄損で訴えられて書類送検されたり慰謝料を払ったりする人もいるし、クソリプは個人の幸福や社会の発展に何も寄与していない。
クソリプから殺人事件にも発展して、2018年の福岡IT講師殺害事件ではブログに「低能」と罵倒コメントして荒らしていた人が低能先生とあだ名をつけられて、その対処法を紹介したHagexというIT講師のブロガーが逆恨みされてセミナーで刺殺された。今後読解力がない人が増えたら、相手の意見を理解できずに自分の意見を押し付けようとして揉めて殺害する事件が頻発するような殺伐とした社会になるかもしれない。

●読解力を向上させるにはどうすればいいのか

読解力を向上させるためには小説を読むのが良い。ニュースやプレスリリースや論文とかのわかりやすく書かれている文章とは違って、小説はあえてわかりにくい言葉遣いをして日常生活では起きないような出来事を書いているので、内容を理解するために橋渡し推論や精緻化推論を頻繁に行って言外の意味を補完して、ワーキングメモリを働かせてこの登場人物はこういう体験をしてこういう価値観を持っているのでこういう言動をしているのだというメンタルモデルを登場人物ごとに作って人物像を想像する必要があって、単に言葉の意味を理解する以上の複雑な認知能力が要求される。例えば恋愛小説なら「恋をした」「嫉妬した」みたいに直接感情は書かないので、頬が紅潮して目をそらしたとか物陰から横顔を眺めていたとかの描写を手掛かりにして言外の微妙な感情を推測する必要がある。本格ミステリだと登場人物の言動や犯行現場の状況を正しく読めないと犯人の推理ができないし、正しく読むことが推理の面白さにつながるので、楽しみながら読解力を鍛える訓練になる。キーワードの拾い読みだと小説は理解できないので、キーワードだけ見て早合点して全体の文章のつながりを理解していない子供の読解力を向上させる対策としてはうってつけである。
幼児向けの絵本は絵で状況を補完しているけれど、小説は絵がなくてより高度な読解力が必要になるので、言語能力の発達に応じて絵本から小説にシフトしていくのがよいだろう。しかし子供向けの漫画は多いのに、学校の図書館におけるような子供向けの児童小説やジュブナイル小説があまりないのは出版界の課題といえる。ライトノベルは青少年向けだけれど、たぶん娯楽色が強くて読書感想文の対象にならないので学校の図書館に置いてもらいにくいと思う。その需要を埋められたら小中学生の読解力が向上するかもしれない。
国語の授業で小説を読ませないでもっと実用的な勉強をさせろという人がいるけれど、たかが小説さえ理解できない程度の読解力しかないのでは実用的な知識を学ぶどころか文章を曲解して間違って覚えることになりかねない。計算自体はできるけれど算数の文章問題を理解できなくて回答を間違える子供がいるように、読解力がなければ他の学問を学ぶうえでも障害になる。大人になってから小説を読まないのは個人の自由だけれど、認知心理学の点から見たら子供の言語能力を向上させるためには小説を読むほうがよいだろう。





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最終更新日  2024.08.06 08:41:36
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