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ジジもの 人物:ジジと有名弁護士 場所:オフィスの一隅 ジジ「核心に迫る質問をしますが、法律が整備されていることは、文明国家として誇るべき事なのでしょうか?」 弁護士「なかなか鋭い御質問で、のっけから恐怖感さえ感じます。どうぞ、お手柔らかにお願いいたします。率直なお訊ねですから、私も要点だけを飾らずに申し上げましょう。近代国家、法治国家としては立派な憲法があり、法律や規則などが完全に整備されていることは、誇るべき、素晴らしい事です。しかしながら、翻って本質を考察する時に、高度に法制度が整っているということは、それだけ犯罪や紛争が多発している証左でもあるわけです。その状態そのものは、余り褒められた事ではありません。したがって、平和で争い事のない社会が実現していれば、法律が整備されているか否かは、問題にもならないわけです」 ジジ「すると有能な弁護士が大勢いる、また必要としている社会は、そもそも誇るべき社会ではない。目指すべき理想の社会では断じてない。そういう事になりますか?」 弁護士「一本取られました。私の予感が的中した形ですが、私の立場からも自己弁護させて頂きます。平和で紛争のない社会は現実には存在しませんので、法律の専門家は必須なのです。勿論、何よりも一人の人間として立派である事が、全てに優先するわけですが」 ジジ「すると、人間として素晴らしい事が一番大切な事になりますか?」 弁護士「おっしゃる通りです。結論を申しますと、あなたが心の中で考えている如く、理想的な社会が実現した場合には、私の存在は無用の長物と化す訳です」 ジジ「大変有難うございました」 弁護士「どう致しまして、こちらこそ有難う存じます」
2017年11月29日
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第 二百六十二 回 目 歌謡曲「 思い出さん 今日は 」 目隠しした手を 優しくつねり あたしの名前を 読んだのね 雨のベンチで濡れている 思い出さん 今日は(今日は) たまんないのよ 恋しくて あの指あの手 あの声が / 笑ってごらんと 肩抱きよせて 涙を拭って くれたのね 雨の舗道で 泣いている 思い出さん 今日は(今日は) こちらお向きよ 逃げないで お話しましょ いつまでも / 誰かの真似して 小石を投げた ポチャンと淋しい 音がした 雨の小川にゆれている 思いでさん 今日は(今日は) つまんないのよ 何もかも あの日は遠い 夢だもの 新国劇 「国定忠治・赤城山」 忠治「赤城の山も今宵限り、生まれ故郷の国定村や、縄張りを捨て、可愛い乾分(こぶん)の手前(てめえ)たちと も、別れ別れになる首途(かどで)だ。」 定八「そう言や何だか寂しい気がしやすぜ。」 巌鉄「ああ、雁が鳴いて南の空へ飛んで行かあ。」 忠治「月も西山へ傾くようだ。」 定八「俺ぁ明日はどっちへ行こう?」 忠治「心の向くまま、足のむくまま、あても果てしもねえ旅へ立つのだ。」 定八・巌鉄「親分!」、笛の音が聞こえて 定八「ああ、円蔵兄ィが……。」 忠治「あいつもやっぱり、故郷の空が恋しいんだろう (刃を抜いて、月光にかざし) 加賀の国の住人、小松 五郎義兼が鍛えた業物(わざもの)、万年溜の雪水に浄めて、俺にゃ生涯手前という強い味方があったのだ。」 「 瞼 の 母 」 軒下三寸 借り受けまして 申し上げます おっ母さん たった一言忠太郎と 呼んでくだせぇ 呼んでくだせぇ 頼みやす セリフ 「 おかみさん 今何とか言いなすったね 親子の名乗りがしたかったら 堅気の姿で尋ねてこいと 言いなすったが 笑わしちゃいけねえぜ 親にはぐれた子雀が ぐれたを叱るは無理な話よ 愚痴じゃねぇ 未練じゃねぇ おかみさん 俺の言うことを よく聞きなせぇ 尋ね尋ねた母親に 悴と呼んでもらえぬような こんなやくざに 誰がしたんでぇ 」 世間の噂が 気になるならば こんなやくざを なぜ生んだ つれのうござんす おっ母さん 月も雲間で 月も雲間で もらい泣き 続きのセリフ 「 何を言ってやんでぇ 何が今更、忠太郎だ 何が悴でぇ 俺にはおっ母はいねぇんでぇ おっ母さんは 俺の心の底に居るんだ 上と下の瞼を合わせりゃ 逢わねぇ昔の やさしいおっ母の面影が浮かんでくらぁ 逢いたくなったら 逢いたくなったら 俺ぁ瞼をつむるんだ 」 逢わなきゃよかった 泣かずにすんだ これが浮世というものか 水熊横丁は 遠灯り 縞の合羽に 縞の合羽に 雪が散る 「 おっ母さん 」
2017年11月23日
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第 二百六十一 回 目 ババもの 人物:四十才台の女性 と ババ 場所:女性の部屋の中 女性「ところで、お婆さんのお名前を教えて下さいな」 ババ「ババと呼んでください。それで結構ですから」 女性「それじゃあ、ババさん、私は忙しいので訪問の目的を、もう一度はっきり聞かせてくださいよ」 ババ「さっきも言ったように、あなたのお友達の一人から頼まれて、このババもあなたに負けず劣らずに大変に忙しい体なのですが、遠くから、青森からやってきたのですよ。わざわざ高い電車賃を払ってね」 女性「それは遠路ご苦労さまでした、とお礼を言うのが本当かも知れませんが、正直言えば、余計なお世話、ほっといて下さいよ。私は、超多忙な体なのですからね」 ババ「(一人言の様に捲くし立てる)こちらが下手から出ていると言うのに、ご大層に、偉そうに、高飛車に、自分を何様だと思っているのよ。人様から、意地悪で、お節介で、いびり魔だと毛嫌いされていると言うのに。全く、もう」 女性「おやおや、他人の家に勝手に押しかけて来ていながら、言うに事欠いて悪口雑言、飛んだ糞婆だ。とっとと帰っておくれ。ああ、けた糞が悪い! とっとと帰らないと塩を撒くよ」 ババ「塩を撒くって。いいでしょう、あんたさん、自分の身体に大量の塩をふりかけたらいいよ。あんたの体は、頭のてっぺんから足の先まで全部、汚れきっているからね」 女性「なんだとォ、この死に損ないが(と拳を振り上げて、ババを打・ぶ とうとする)」 ババ「上等じゃないですか、打ちなさいよ。このか弱い年寄りに暴力を振るって、あんたさんの勲章が又一つ増えるね。打ちなさいよ、さあ」 女性「(流石に打つことは出来ずに)婆さん、足元が明るい内に、とっとと帰りな(と、横を向く)」 ババ「そうは行かないよ。腹黒女の悪事の数々を暴き立てて、とことん反省させるまではね」 女性「(うんざりしている)この私が一体どんな悪いことをしたって言うのよ」 ババ「おやまあ、盗人猛々しいと言う言葉があるけれど、この悪党あまが、開いた口が塞がらないよ」 女性「一体この私がどんな事をしたというの?」 ババ「(突然、どこかに隠し持っていたメモ用紙を取り出して、読み上げる)一つ、ご近所のパン屋さんの女将さんについて、ある事ない事と言うけれど、ないことばかり言い立てて、ついにノイローゼに追い込んで、入院させてしまった。二つ、駅前に赴任してきた若いお巡りさんを、悪質な悪戯でいびり続けて、とうとう休職させてしまった。三つ、実直な市役所の課長さんに再三再四言いがかりをつけて、挙句に有りもしないセクハラ疑惑を捏造して、仕舞いには役所に居づらくして、退職にまで追い込んだ。四つ、……」 女性「(益々うんざりして)もう分かったから、それ以上言わなくてもいいよ」 ババ「そうは行かないね。小林さんからわたしゃ呉呉も宜しくって、念入りに頼まれて来ているのだから」 女性「一体、どうすれば気が済むと言うの(居直って、凄んでいる)」 ババ「全く、可愛げのない人だね。大勢の善良な人たちを根も葉もない事をでっち上げて、散々苦しめて置いて、どうすればいいかですって! へん、豆腐の角に頭でもぶつけて、死んでしまいな。この唐変木」 女性「死んでしまいな、だって。唐変木だって…。そりゃあんまりだわ」 ババ「何があんまりだよ。それはあんたの被害にあった善良な人たちが言う、セリフですよ。このお多福めろう」 女性「おたふくって、この私が醜女(しこめ)の代表だって言うの」 ババ「ああそうとも、あんたみたいに醜い女はわたしゃ見たことがないよ。鬼女、阿修羅おんな、魔女の死に損ない…」 女性「お婆さん、もうわかったから私をそんなに虐めないで下さい。こんな私でも人間の端くれなのですから」 ババ「そうかい、少しは思い知ったかい。あんたに悪さされた人達は、もっと悔しい、悲しい思いをさせられたのだよ、何も悪いことをしなかったのに」 女性「(両肩を落として、うなだれている)」 ババ「(まるで幼子を諭すように)分かったら、婆の懐に飛び込んでおいで。あったかいよ、優しくなれるよ」 女性「(しばらく躊躇していたが)ウワー」と泣きながらババの胸にすがりついた。
2017年11月21日
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第 二百六十 回 目 魂 詞 の 第一号 「 野 の 花 」 名もない草花たち、雑草などと十把ひとからげにされて、多くの人々からは無視され、時に乱暴に、無神経に、踏みつけにされ、時には鎌で刈り払われたりする、いじらしい、愛らしい野原に咲く、小さな草たちとその可憐な花々……。 或ものは春に先駆けて、黄色に、いかにも可憐に、その蕾を楚々として開き、そして或るものは、仲秋の名月の美しい光に照らし出されて、得も言われぬ色彩の、紫色の衣を、含羞のポーズで示す。 嘗て、イエス・キリストはいみじくも言われたと聞く、「 かの、栄華を極めたソロモン王でさえ、野に咲く白百合ほどの豪奢な衣装を、身に纏ったことはなかった 」と。 実に、実に、万物の霊長などと、自らを誇示し、驕り高ぶる人類は、その余りの心の高慢さ故に、謙虚で、素直な心根をすっかり失ってしまったがために、それまでは人の目に触れずに、隠されていた醜悪至極な一面を、自身の手で以て拡大し、思わず知らず顔を背けたくなるほどに、膨張・肥満させてしまった。自分たちをみずから苦境・窮地に追い込んでしまっている。 残念至極にも……。 無視され、蔑視され続けている、野の花、里の花たちは、ひたすらに沈黙を守りながらも、私達愚かな人間に、その厭わしい事実を、教え、諭そうとしている、かのように見える、感じられる、あたかも ―― その小さな、小さな、聞こえるか聞こえないか分からない程に微かな、密かな声に、心して耳を傾けようではないか、 どうだろう…。 第二号 「 善知鳥(うとう) の 空 」 その名にあるように、善き知識を人々に知らせ、告げる鳥・ウトウよ 空高く 飛べ。空高く飛翔して、ウトウよ、ウトウよ、 遥かなる紺碧の蒼穹の只中に、姿を消せ。 若者よ、そして老人よ、力強く生きてみずからの輝く明日を、希望に満ち満ちた未来を、その手に掴みとろう。 そしてまた、じょっぱり娘や、健気なオガサマ、アネサマだち、優しい心を全開にして、ワラサドを大切に育てよう。ホカノフトを向かい入れよう、ワ共の町さ。 身体は小さくても、敏捷で、賢く、めんこい、ウトウよ、ウトウよ 海を渡れ 北から南へ そしてまた 時が来たら 季節と共に南からふるさとの北の国に、帰れ、山を越え、青々と茂る緑深き連山・八甲田の山々を 目指して、飛べ、 飛翔しろ! 懐かしい 山背 の声を聴け、小蕪にエールを送り、陸奥湾でホタテやヒラメを育む風たちの、山背の元気いっぱいな声に、耳を澄まし、耳を傾けろ!
2017年11月18日
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方言で語る セリフ劇による地域活性化活動について 馬門自治会関係者各位 平成28年9月 提案者 草加の爺こと 古屋 克征 (ふるや かついく) 近い将来に於いて、プロとしての活動を目指しますが、今回皆様方に御協力を御依頼申し上げますのは、ボランティア的な「読み聞かせの会」の発起人、並びに発足メンバーとしてご協力をお願い出来ましたら、というお願いです。 念の為に前もってお断り申し上げておきますが、読み方が上手・巧みである必要は全くありません。必要なのは、優しい 心根 だけです。ズブの素人でよいい、と言いますより、読み聞かせなど全く経験がない。そういうお方の方が望ましいわけであります。何故なら、この 読み聞かせ会 の担う役割自体が、そういう性質のものであるからです。 ですから、新しくスタートする予定の「読み聞かせの会」のメンバーの資格としては、野辺地の方言が喋れて、町を愛している郷土愛のあるひとでしたら、どの様なお方でも結構なのです。年齢・性別は勿論のこと、才能の有無を全く問いません。 台本は、不肖私が作成したものが御座います。「わらしべ長者」から始まり宮沢賢治の詩、落語のネタ、「星の王子様」など、様々のものが用意して御座います。 又、対象者・聴き手は、読み手の各自・自分自身から始まって( ― 音読は、それを行う読み手自身を、健康へと導き、元気づける最良の手段でもありますから)、御家族、ご近所さん、保育園の園児、小学生、中学生、高校生、老人ホームの利用者、商店街の買い物客、町のイベントの見物客や参加者、などなど人数の多少にかかわらず、何処へでも、フットワークよくこちらの方から進んで出向いて、気軽で、楽しい交流・コミュニケーションを促進します。 この活動の展開を図る途中・プロセスで、野辺地町の人々の理解を深め、関心を高める。そして、出来るだけ大勢の方々の会への参加を、積極的に働きかけることが肝要です。 何故なら、更なるステップ、プロを目指したグループの構築・結成を、可能な限り大勢のメンバーの中から生み出して行きたいから、であります。ここまでが、今回御協力を呼びかける主要な、道筋の概要です。 これまでに、町役場の地域振興課の担当者とも、色々と相談を試みて参りましたが、どの様な方策を講じるにしても、先立つものは予算であります。が、町には予算がありません。私の個人的な力で可能なのは、限りなく予算ゼロで立ち上げるこのプロジェクトに限定されてしまうわけです。必要なのは町民の熱意を結集させることだけ。 申し遅れましたが、私草加の爺こと古屋は、60歳までテレビドラマのプロデューサーとして、主として在京キー局の大型企画や大作を中心に、数多くの番組を手がけ、多くの俳優、監督、脚本家、その他メインのスタッフを育成して参った実績があります。 今回は、テレビとは違ったジャンル、目的、対象としたプロジェクトなのですが、これまでの私の全人生の経験・知識・ノウハウを全て傾注して、町おこしの起爆剤として必ずお役に立てるとの、強い自信と覚悟を持って、あたうる限り持てる限り全ての力、微力ではございますが、を尽くしたいものと、満を持して居るところであります。 何卒、御理解・御協力を賜りますようお願い申し上げます。 尚、私たちがこれから目指す「方言を最大の特色とするセリフ劇」の持つ、一種革命的とでも称すべき、特筆しなければならない大きな 働き・効能 について簡略に御説明申し上げて置きたいと存じます。 病院の医師と看護師さんを始めとする、医療スタッフとの比較として、お話するのが分かり易いと考えます。医師たちは、病気と病気的様態を対象として、内科的及び、外科的な治療を施し病人を健康体へと回復させます。 一方で、セリフ劇では医療行為の対象ではない、普通の、それゆえに「健康な人々」を「対象者」とします。病気とは言えないが なにがしかの癒しや、励ましや元気づけを必要としている「未病者、いまだ病ならざる者」を相手として、繰り返し、繰り返し、激励・応援・エールの言葉を贈り、身体はもとより、魂・心・精神の元気や滋養、癒しという謂わば「別種の治療」を施すのです。 これが、演劇という行為の持つ カタルシス・浄化作用 なのですが、セリフ劇は方言という父祖伝来の貴重な宝物の、特性を最大限に生かして、この理想の形・姿・在り方を実現しようという、非常に野心的な取り組みであるわけです。 以上、非常に大雑把な解説・説明で恐縮ですが、必要の要請が御座いますなら御地に伺って、直接お話などをさせて頂けたなら幸甚です。 以上
2017年11月17日
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短編の舞台劇 の試作の下書き 「 結 婚 」 ○ 小さな居酒屋 季節は初冬、場所は東京の新宿駅に近い、ビルの地下にある飲食店街の一隅。六七人の客で満員状態になる狭さの、カウンター席だけの店内。 E(女性) は 二十歳、K(男性) は 二十九歳。 = 若い二人の出会 = 店の外に客たちを見送りに出る店主の E 。最後に、革の手袋をしたままで E と握手をする K 。客達が去った後で、K が手渡した名刺を帯の間から取り出し、唇を押し付ける E 。[ 溶暗 ] ○ 結婚した二人のデート (二三年後) 声「いらっしゃいませ。はーい、いつもの別嬪さんが、お見えになられました」 店主「奥様、お幸せでいらっしゃいますね。こんなにお優しいご主人がいらっしゃって…」 店外に出た途端に、プリプリと怒っている E 。 E 「なんであの人たち、あんな風にしか言わないのかしら。どうして、この様にお美しい奥さんがいらっしって、御主人、とてもお幸せですねって、何で言わないのかしら!」 ○ 上野駅・夜行列車のプラット・ホーム 青森の実家に夏休みで帰省する E と幼い男の子二人を、見送りに来ている K 。 男の子二人「お父さん、可哀そう…」 K はテレビドラマの制作の仕事で忙しい。 ○ 浅草・老舗の料亭での E の大活躍 お店の宣伝係として、テレビの名店紹介番組の出演などで、大忙しの E 。 ○ ホスピス・ケア病棟の病室・個室 末期のガンで K に付き添われて、ベッドに横たわっている E 。 ( 臨終 = 魂の結婚として、本当の二人の結びつきを表現するシーンとして )
2017年11月17日
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悦子の兄弟・妹たちへの アピール ( 草案として ) 悦子がこの世を去った今、思うこと など 古屋 悦子 を偲ぶ 会 に際して 平成28年4月13日、12時31分に息を引き取った悦子。私は意外なほどに 冷静さ を保っていた。悦子が死亡直後に投函するように遺言していた通りに病院前のポストに十通近い封筒を先ず、投函した。次は、アイバンクに電話して角膜提供の為の連絡をして、それから、取手御廟に連絡して住職のスケジュールを確認する…。 ――― 殆んど苦しまずに、安らかな臨終だった…、最後の瞬間、病室には私一人きり。きっと悦子が思い描いていた 理想の形 だったろう。最後の表情には 苦悶の痕跡 は皆無で心なしか微笑みの様な、満ち足りた人の穏やかな表情があった。見開いたままの左目に大粒の真珠の如き涙の粒があったので、私はそっとその粒を傍に置かれてあったタオルで拭ってあげ、両の目蓋をそっと閉じてあげた。あの涙は、右目の方は手術して詰まりを直したが、左目の方はそのまま放置したためであって、苦しみや、悲しみの涙ではないことは承知していたが、何故か心に残った―― 、あれは私への感謝の印だった様な気がして…( この話をしたとき、貴信(克征の長男)は「感謝の涙だった」に相違ないから、そう信じれば良いではないか、そう言ったものだ )、しかし、夫である私にすれば、感謝したいのは私の方なので、「わたしの死を、どうか悲しまないで。だって、十分満足できた、幸せな人生だったのだから…」と言い、ドクターから「貴女の様に、末期ガンの告知を平静に受け止めた患者さんは、これまでに誰ひとりとしていませんでした」と半ば呆れられたくらいだから、心の底から、本心で「これも運命なのだ」と素直に、そして実に謙虚に、受け止める事が出来たのだった。これぞまさに 人生の達人 と、私は、そして息子二人も、心底、感嘆し、深い感動さえ覚えたものだ。その人間業とも思えない 覚悟 のほどは、最後の、最後まで揺るぎのないもので歴史上の偉人たちでさえ、ここまでは悟りきれなかったのではないかと思わせる、実に見事の一語につきる、あっぱれさ。 それにつけても思うことは、ただ一つ。 何故、柴田悦子 という聡明な女性が、古屋克征という実に 偏屈な 変わった男になぞ「一目惚れ」し、終生 強烈そのもの、人間離れのした 愛情で愛し続けて、止まなかったのか?!大きな、容易には解けない、実に大きな謎であります、実際。 結論から申し上げたい、悦子は 神様の使い だったのだ、と。 そして、その目的は何だったのか?これも、結論だけ端的に表現しましょう。克征を教育して、ある目的に役立てる為に――― 。 或る目的とは何か、これは簡単には要約できないのですが、人類史上で稀に見る危機的状況に際して、エポック・メイキングな使命を遂行すること。少なくとも、その礎を揺るぎないものにする役割を果敢に実行する事。そのような大それたことが、今の、もうすぐ73歳の誕生日を迎えようとしている老い先の短い、無名な老人に可能なことなのか? 神の御意思は明らかに、可能だと判断し、この私だからこそ、他の誰でもない 克征 だからこそ可能であり、その為の準備段階も十分に踏ませた筈である、と明確に指し示しておられる、明瞭に、紛れようもなく! しかし、しかしである、この一大難事業は克征一人だけの力で成し遂げられるわけでは、勿論ない。大勢のそれに相応しい協力者が必須である。その人選に当って、くれぐれも誤りがあってはならない。神の啓示はそうもおっしゃられている。 そんな風に 神様 からの謎を解きかけていた、おぼろげながらも。そして、最後の二年間が開始した。 貴信に引きずられるようにして ぼんやりと やってきた「野辺地のまちおこし」に向けての試行錯誤の数々…、方向性は間違っていない、との確信のようなものは、しっかりとした手応えはあったのだが…。 「悦子が死んでしまう! そんな滅茶苦茶なことが――、でも、それは確実に、近い将来にやって来る事態であることは、間違いのない事のようだ」、と受け入れたくはないが、間違いなく、悦子のこの世での最後の時は、一歩、また一歩と、足音を高めながら近づいて来ている、否定のしようのない、宿命そのもの。 そして最後の 啓示 が下されたのは、「偲ぶ会」を野辺地で開催する計画がある旨の連絡を電話で光子(克征の義理の兄嫁)さんと、累子(義理の妹)さんとにしている最中であった……、最高の役者達が、その候補がこんなにも身近に居たではないか、と。悦子は貴信に「親戚に迷惑をかけることだけは、しないこと!」と言明していたらしい。そしてまた、「あなたと、お父さんの考えは一致しているのだろうね?」とも念押ししたと、言う。 貴信は、ただひたすら「大好きな野辺地の町が、このまま廃れてしまうのが、残念であり、悲しい」という一念だけを胸に抱いているだけのこと。それ以上でも、それ以下でもない。そして私・克征は「その思いは我が息子ながら、なかなか感心である。あっぱれである」と、当初はただ傍観者のような、たあいのない態度でいた。それがいつの間にか、主客逆転で、野辺地の町興しこそ、その難事業の遂行こそ、克征がこの世に生を享け、生きて来た目的だったのだと、明瞭、明確に自覚させられた。そして、悦子の逝去によってダメ押しされ、尻を強烈に押されている。しっかりしろ、これからが真の勝負の時だ、と。 因みに、私が悦子を通じて 神 から命じられたと感じ、計画している 遠大な計画 はローカル色の最たるもの『方言の持つ魅力』(―― そうです、方言には秘められた偉大な、無限のエネルギーが備わっているのです)を最大限に引き出し、町民自身が「方言に依る語り」「方言を用いた語り聞かせ」で先ず自分たち自身を元気づけ、町民の多くに直接、心に響く働きかけを行い、心を和ませ、疲れて活力を失いつつある心身にダイレクトに届く活動を、一種のヴォランティアとして行いながら、同時に、次のステージ(つまり、プロとして外部から客の呼べる質の高い舞台活動への展開)への土台をしっかりと固める。 それには核となり、中心となって活動を野辺地の町に根付かせる、発足メンバーが、呼びかけ人が、どうしても必要なのですが、これまではその人材が、全く見つからずに行き悩んでいたのでした。 最初に、登( 悦子の兄 )さんに申し上げます。 登さんのお父さん(つまり、私・克征にとっては義父の慶吉氏のことですが…)の葬儀の際の挨拶の言葉についてですが、あの語り口に私は大いに感動させられました。いえ、決して口先だけのお世辞などではありません。誠実な人柄が直に聴く者の心に響いていくる、まさに真心からの言葉、そのものでした。(孔子の言葉に「巧言令色、少なきかな仁」というのがありますが、正にこの事かと首肯させられました。この一事からだけでも、感謝、感謝であります) 笠 智衆という俳優さんがいました。黒澤 明と並び称される名匠・小津安二郎監督の作品には絶対に欠かすことのできない、個性的で、味のある俳優さんです。が、笠さんは元来が ど下手 で大根役者の典型のような方でした。小津監督との運命的な出会いがなかったならば、あの数々の世界的に評価の高い名画の数々は、この世に誕生していなかったかも、知れませんよ、ひょっとしたら。 で、私は、語り手、または、俳優としての資質を考えた時に、登さんは笠 智衆に通じるものがあると感じています。もとテレビドラマのプロデューサーとしての直感ですが…。 次に、累子さんに申し上げますよ、悦子の最愛の妹ですからね。 累子さんは、とみよお母さん譲りの、芸事に対する豊かな才能を十分に受け継いでいると、お見受けしています。かつて、常磐ハワイアンセンターで示した踊りでの活躍は、その一端を垣間見させてくれました。 次いで、悦子の兄嫁であり、従姉妹でもいらっしゃる光子さんに、申し上げます。 光子さんは、そのお料理の腕前も然(さ)ることながら、年輪を重ねる毎に、女性としての美しさと人間としても魅力を一段と輝かしている点で、私が以前から密かに敬愛し、憧れているお方です。そして、その会話の優しさ溢れる感じが、文句なく素晴らしいと思います、本音ですからね。 昭治さんに申し上げます。累子さんの夫して、素晴らしさを発揮されていることは、妻である彼女が益々、女ぷりを上げている一事からも、明瞭に見て取れます、実際。また、私は佐藤昭治さんの声と語り口が大好きで、隠れファンであります、実は、はい。 あさみ ちゃん ( ― 本当は さん 付けで呼ばなくてはいけないのは、十二分に承知しているのですが失礼を顧みずに、こう呼ばせてください)、貴女は覚えていないかも知れませんが、恐らく四歳か五歳くらいの頃かと思われますが、十符ヶ浦の海水浴場で、突然に何を思ったのか悦子に向かって「おばちゃん、今日からアタシのことを ハサミ と呼んでちょうだい…」と言ったのです。ガリガリに痩せたちっちゃな女の子が、私の記憶に鮮明に残っていますよ、なぜか。すごい個性、際立ったタレント性、と今の「野辺地 町起こし」プランナーとしては高い評価を与えております。 最後になりましたが、守(悦子の弟)さんと尚子(守さんの妻)さんに申し上げます。 昔、一度だけ「舟膳」(八戸の割烹料理店)を訪れたフジテレビの能村さんが、「気に入ったよ、近所にあったら毎日でも通いたくなるようなお店だね」と、私に言ったものです。私には本音しか言わないお方ですから、感じた侭をおっしゃったのでしょう。 町興しを成功させるのには、様々な試みが必要でしょうし、私がプランを練っている事柄もその一つであります。実は、私の企図しているプロジェクトの成功如何が町興し策の切り札であると強く信じているのですが、町の外部からの客が大挙して野辺地を訪れる時が到来するには、多大な時間と労力が必須であり、多彩な魅力を引き出し、根気強く育て上げる必要があることは論を待ちません。とりわけ、食文化の大切さは何度でも強調しないわけにはいきません。 料理のプロと接客術の名人のご夫妻には、野辺地の食文化の育成と発展に、可能な範囲でご尽力賜りますよう、宜しくお願い申し上げます、衷心より。 さて、このように書いて参りますと、協力を強制しているように、お感じになられるかも知れませんが、決して、断じて、無理押しをして、一方的に困難な事柄を押し付けようと言う、考えではありません。皆さん、銘々の生活の中で、もしも少しでも余裕があるならば、そして、ご自分たちの毎日の生活の励みになり、生きていく張り合いになる可能性が見えるようでしたら、許される範囲でお力添えをお願いしたい。その様に、ごく控えめな御提案と受け止め、ご検討いただければ幸いです。憚りながら、私のこれまでの人生の全てを賭けて、人類の新時代に向けての希望の光となる、エネルギッシュな活動を目指して、責任を持ってご指導、ご教授申し上げる所存であります。
2017年11月17日
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「 悦(よろこ)び の会 」(仮称) 設立の趣旨 悦子 ーー ご両親に大きな 喜び をもたらした子供。それが、悦子の名前の由来です。 悦子は高校卒業後、東京に出て来て、克征(かついく、自分に勝ち、それから相手、敵に勝つ)にも大きな喜びと、最高の幸福を与えた。 そして、平成28年4月に、神様に召されてあの世に逝った。 その魂だけは、その限りなく優しい精神だけは、此の世に残して…。 克征は、悦子の限りなく優しい愛情と心とを、受け継いで、悦子の生まれた土地・野辺地の町に大きな、大きな福音 ーー 土地の神様の祈念された、限りなく大きな慈愛の御心を、実現したいと決意した。固く誓った…。 ( どうして、そうしないでいられようか、どうして…… ) 途轍もなく大きな課題を前にして、怯み、たじろいでいる克征に、優しい悦子は既に、確かな手掛かりと道筋とを、明瞭に指し示してくれていた。 「 躊躇する必要などはないのです、ベストを尽くして、かついく さん が信じた道を、真っ直ぐに進んで下さいね! 」 現在では完全に私の心の一部となっている悦子が、今、耳元で囁き続けている ―― 。 ( どうして、行動を起こさないで、いられようか。どうして… ) 頑張るよ、えつこ 根は意気地なしの かついく だけど、頑張るよ精一杯 力の 気力の続く限り…… 悦子の優しい心根に報い 兄弟や 親戚や野辺地の人々の為に、延いては 世界平和の一助として 死してしやまんの気概を強く胸に秘めて…
2017年11月17日
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神慮に依る「野辺地ものがたり」の番外編 として 「 悦子の唄 」 1952年・昭和27年1月29日に生まれ、2016年・平成28年4月13日に逝去した悦子は、世間で言う 死亡 したわけではない。ただ、それまでの生き方を変えただけにしか、過ぎない…。そう、生きる形式を、変化させただけ。より輝かしく、より美しく、そしてより優しく魅力的に、生きる為に―。 従来の生き方をギアチェンジして、もっと、もっと高次の、人間らしい生き方へと、昇華させたのだ…。そう、昇華させたに過ぎない。そう、そう、昔の人が天女と称していた “こころの貴族” へと、階級を、ステージを上げ、より温かく、より慈しみに満ちた、ハートウォーミングで豊満な眼差しを、地上に向けている、現在只今も、向け続けているのだ。 無論、その優しい眼差しの中央・中心には、私、克征が居る。だから私は少しも孤独なんかではない、当然ながら無い、寂しくなんかない、悲しくなんかない。勿論、無いのさ…。当然じゃないか、当たり前すぎるじゃないか……、 でも、でも、これは内緒の話なのだけれど、ときどき、ひとりっきりで部屋の中に居たりする時に、心無い涙の奴がさ、ぽとりとばかり両の目から流れ落ちたりするのだ。本当に、仕様のない、気の利かない奴さね。 えつこ、悦子、君も先刻承知しているように、能村さんが亡くなったよ、それも奇しくも四月の次の月の13日の夕刻にだ。 何か胸騒ぎがして、スマホで 能村庸一 氏を検索したら、フジテレビのプロデューサー逝去と記事になっていたので、奥さんに電話したら、悲しげだがしっかりとした口調で、最後の様子などを教えてくれた。入院の際に僕に奥さんが連絡しようとしたら、この前会ったばかりだから、電話しなくてもよいと止められた由。 そして、6月3日の土曜日に練馬区の成増駅近くの居酒屋で、能村氏の雅子夫人と二人で 偲ぶ会を行ってきたよ。つまり、飲み会をささやかに、慎ましく、残された同士で開催したのです。 奥さんのお話では、何でも10月の3日か4日(結局、五日に青山のアイビーホールで行なわれる運びになった)に能村氏自身が生前に希望されておられた、正式な偲ぶ会が盛大に、賑々しく挙行される手筈になっているとか。だから、そのほんの予行演習の真似事をやったわけだね。その会場になったお店が、能村さん好みと言うか、しもた屋風の、外見からすればごく普通の民家と言ったお家で、内部も、昭和レトロの雰囲気を醸し出した、良い感じの内装。店主は年輩と言っては失礼かも知れないが、中年の女性がお一人で切り盛りしている。 夕方の六時に駅前で待ち合わせていたのだが、武蔵野線の遅延で5分程遅れてしまった。お店に入ると既に常連と思しき御夫婦がカウンター席に、並んで座っておられた。このお店は、木・金・土の三日間限定での営業だと、前もって奥さんから伺っていた。あまり醜態は演じたくないと可成用心したのだが、常連客と後からお店に顔を出された店主のお母様との会話など、余りに楽しかったので、例によって後半は余りよく覚えていない為体(ていたらく)振り。支払いも、トイレに私が立っている間に、能村さんの奥さんが済ませてしまっていた。 ( 遺産を、たっぷりと頂いております ) との、奥さんのお言葉でしたが、私のつもりではこの払いはこちらでしたかったが、まあ、成り行きで仕方がない。
2017年11月16日
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第 二百六十九 回 目 今回は、一休宗純の続編と言いますか、名言集を取り上げてみます。 門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし。 釈迦といふ いたづら者が 世にいでて おほくの人を まよはするかな 秋風一夜百千年(秋風のなか あなたと共にいる。それは百年にも千年の歳月にも値するものだ) 花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの 女をば 法の御蔵と 云うぞ実に 釈迦も達磨も ひょいひょいと生む 世の中は 起きて箱して(糞して) 寝て食って 後は死ぬを 待つばかりなり 南無釈迦じゃ 娑婆じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ どうじゃこうじゃと いふが愚かじゃ 大丈夫だ、心配するな、なんとかなる。 自心すなわち仏たることを悟れば、阿弥陀願うに及ばず。自心の外に浄土なし。 この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし、踏み出せばその一歩が道となる、迷わずゆけよ、ゆけばわかる。 生まれては、死ぬるなり。釈迦も達磨も、猫も杓子も。 渇しては水を夢み、寒ずれば衣を夢み、閨房を夢見る、すなわち、余の性なり。 袈裟が有り難く見えるのは、在家の他力本願。 詩を作るより、田を作れ。 たとえば人の父母は 火うちの如し。かねは父、石は母、火は子なり。 一休宗純という室町時代に生きた破天荒な禅僧の言葉は、解説し出したらキリがないほど奥が深く、又普通に生活している常識人の理解を、遥かに超える懐の広さを秘めています。ここで、私・草加の爺流の俗に砕けた 風変わりな 一つの解釈例をお示ししてみましょう。大正、昭和、平成の演歌の源流は 一休の「狂雲集」であると…。 一例、三船和子「他人船」 別れてくれと 云う前に 死ねよと云って ほしかった ああ この黒髪の先までが あなたを愛しているものを 引離す 引離す 他人船 二例目、野坂昭如詞の「黒の舟唄」 男と女の 間には 深くて暗い 川がある 誰も渡れぬ 川なれどエンヤコラ 今夜も 舟を出す Row and Row Row and Row 振り返るな Row Row 三例目、吉 幾三の「雪 國」 好きよあなた今でも今でも 暦はもう少しで今年も終わりですね 逢いたくて恋しくて泣きたくなる夜 そばにいて少しでも話を聞いて 追いかけて追いかけて追いかけて… 雪國 四例目、千 昌夫の「望郷酒場」 おやじみたいなヨー 酒呑みなどに ならぬつもりが なっていた酔えば恋しい 牛追い唄が 口に出るのさ こんな夜は ハーヤイ / 田舎なれどもサー 南部の国はヨー / 風にちぎれてヨー のれんの裾を 汽車がひと泣き 北へ行く 呼べばせつない あの娘の面影(かお)が 酒のむこうに 揺れるのさ ハーヤイ / 酒に溺れてヨー やつれてやせた 故里(くに)へ土産の 夢ひとつ 北はみぞれか しぐれる頃か やけにおふくろ 気にかかる ハーヤイ お分かりいただけたでしょうか、いずれも人間としての 本音 真実の情感を吐露している。気取りもなければ、虚栄もない。説明などする必要もないくらいに明々白々。
2017年11月05日
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