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昼下がりの光は鉛を混ぜたように少し重くて、ダイニングにゆるゆるとさしこんでくる。レース編みのテーブルクロスの上に、ほとんど空になった塩の瓶がひとつ。 フリマで見つけた昭和の思い出。買ってきたその日は、わざわざ塩を市販の瓶から移して使っていたのに、いつの間にか純白の結晶は底をついて、それを待っていたように、僕は一人置かれた。 空になった瓶をテーブルクロスの上で滑らせて、あいまいなシルエットの輪郭が、もやもやと変化するのを見つめている。終わるんだ。
Feb 28, 2006
街を離れ、光のなき山の頂より星空を見上げる。満天、星は大小さまざまに輝き、近く遠くに見え、瞬くさまに目は欺かれる思いがする。怖い星空がこんなに怖いもとは知らなかった。いつも見上げる暗い夜空がこれほどに明るく、星に満ちていたとは、気づかなかった。黒いベールを剥ぎ取られ、その向こうに見える別世界。怖い自分がなにか違うものに変容しそうな、そんな気分に襲われてしまう。怖い、怖い、怖いようやく満月が現われ、星の光を霞ませていくと、ようやく心落ち着いて夜空を見上げることができた。だが月の光に隠された場所に、星は今も輝き、この世界を見下ろしている。
Feb 27, 2006
雨に浸された日曜日静かな午後ゆっくりと満たされていくブルーそして心は透明になる
Feb 26, 2006
夜空はちょっと異質だ。夜空を飛ぶこともあったけれど、それは別の世界を飛ぶようなものだった。けれど、地に降りて今は、やすやすと夜の世界を歩き、日付を越えてまだ起きている。身をくるむものは、古い毛布。それがただ唯一、懐かしい肌触りがする。糊のきいたシーツは、肌がすれて痛い、羽毛布団はあまりにも皮肉で、とてもじゃないけど、それにくるまるなんてできない。残酷だ。夜空の星の輝きは、いちいち胸に刺さってくる。これほど空に思い乱されているのに、僕を見放した空はそ知らぬふりをしている。アトリエに忍び込んで、翼を取り戻せば、少しはきに掛けてくれのか。夜風の女王は無慈悲というけれど、僕のような存在には興味を持つかも。夜風の中に飛ぶ夢遊人を見る。朝になれば戻ってしまう存在だが、それでもうらやましい。パジャマにひっかけたコートの裾が、心なしか誇らしげにはためいているように見える。かりそめでも……。
Feb 22, 2006
日陰にいたってまぶしいほどに青い空。手にしたガラス玉を通して見ると、空に中に泳ぐ姿が見える。ほら白い翼も。なにもない空の中で、でも満たされて飛びまわる姿。以前アトリエの主人に連れられて行った教会の、ドーム型の天井で見た風景に似ている。ただあの絵には多くの人物が描かれていたけれど、本当はあれほど集まるなんてことはない。天空の高みは広く、怒涛のごとく流れる気流に分断されている。風に流されて永遠に空をさまよう者もいる。気流をものともせずに渡り来る者も。でも多くは雲の中にいる。だからこんなに晴れ渡った日の空は、とても寂しい。はぐれた雲のように青空を飛ぶときには、緑の髪、青い鱗のまぶしい随伴者がほしくなるんだ。いまはこんなに周囲を人に囲まれているのに、どうして寂しいのだろう。誰もが空を見上げないここは、なにもない青空よりも寂しく、荒涼として風が吹き抜けていく。
Feb 21, 2006
夢を見るようになった。目の前に広がるのは、青空と白い雲の峰々。そして轟々と耳に響く風の音。懐かしいはずの風景が、夢の中ではとても寂しく、殺伐としたものに感じる。僕は、そこにいた。激しい気流も人間ならば到底耐えられない冷気、酸素の薄い大気。だが雲の中には、地上では知られていない世界がある。影がうつろう風の回廊、地上を見下ろす中庭。緑色の髪。帰りたい、そう思えるはずの場所が、今では過酷で近づき難い場所になってしまった。肩の後に残る痕すら、日に日に薄れていくように思える。でもそれは、僕自身の存在自体が薄れていくことも示している。灰色の翼は相変わらず閉ざされたままだった。こじ開ければきっとおぞましいものを目にするだろ。けれど僕らの体も地の者と同じように、腐るのだろうか……。
Feb 20, 2006
見上げるたびに天は遠くなる。ときどきアトリエを訪ねて、僕は自分の翼を見つめる。このアトリエで落とした翼、アトリエの持ち主に、差し出した翼、受け取ってほしいと言い出したのは僕。彼はそれを無言で受け取って、壁に掛けたガラス張りの箱の中に翼を入れた。まるで自然博物館の標本のような、白く、けれど生彩を欠いた僕が置いていった翼
Feb 19, 2006
それは大きな貝のように見えた灰色の大きな二枚貝。けれど近づけば、ふくらみを帯びたそれが、貝殻などではなくて、繊細な羽毛の重なりだとわかる。僕が地に降りるはるか前、同じように降りてきた彼は、いつの間にか翼にわが身を包んで沈黙してしまった。空では彼のことを忘れているし、地上では誰も知らない。ほこりで汚れ固まった翼の中で、彼は眠っているのか、僕にもわからない。扉のようにノックをしたが、灰色の閉じた翼は動きもせず、音も返さなかった。
Feb 18, 2006
空にあったとき、背中の翼は僕を軽々と支え僕に飛ぶ自由を与えてくれたけれど地に降りた今、背中の翼はひどく重く、かさばっているいっそうのこともぎ取ってしまえばいい、そうすればいいと、近頃思う
Feb 17, 2006
あぁ、そんなところにあったのかと、手を伸ばせば、自分の手の影に入って、見えなくなってしまう。そんなものを大事に思う。いつも見失うのに。
Feb 16, 2006
あのひとは葉の落ちた街路樹のトンネルの中を大きなコートに包まれたなで肩を揺らして光さすほうへ歩いて行った旅行鞄をひとつ提げて細身の傘を脇に挟んでつばの狭い山の高い帽子を頭に乗せてあのひとは街路樹のトンネルを光さすほうへ歩み去った
Feb 15, 2006
せんでもよい戦をして、挙句このざまか。なぁ、すっかり白く丸くなって、のう、こうなるまでどれほどの歳月がかかったか。斬られて、突かれて、野垂れるままに晒されて、犬に食われたか、烏についばまれたか。虫にたかられ、風雨に洗われ誰に葬られることなく、こうしてされこうべになってやっと吾が手に落ちた。鬼神とも阿修羅とも呼ばれたそなたが、いまは白くて丸いされこうべ。どこにも角などないではないか。そなたも人の子、吾もまた人の子。ただ、願うもの、生きる道が違っただけ。さて、帰ろうぞ、道はたがえども生まれた所は同じ。さぁ、帰ろう。
Feb 14, 2006
ふと電車の中で奪ってしまった時間を想い激しい後悔にとらわれる久々の感情私のために消費させた時間を私は返すことができない忘れてくれればと思うが私は忘れてはならないもし過去へ戻れるのだとしたら私は私を押しとどめるか階段から突き落とすだろう*******************************************これまで生きてきたことを罪とするならばこれから生きていくことは罰となるたとえ今ここで胸にナイフを突き立てぬとて命もかけぬ軽い想いとはお考えめさるるな魂の緒を切るだけが証立てでございますまいこの生涯を通じて誓うことこそ真の命がけとそうであると申せましょう*********************************************時のはつる忘却の岸辺に永遠に吹き荒れる風の中に暗き岩やのその影に嘆く声を聞けども見えずそは、何者と**********************************************なにもかもが壊れてしまえすべてが消えてしまえばこの痛みも消えてしまおうというもの私が作ったこの世界想いに任せぬというならばいっそ、この手で破壊して***********************************************列車が駅に入り私は動転したまま改札へ向かうまだ生きてなくてはならない命運は自分の随意ならざるものいつかこの心臓を冷たい手で握りしめられ白い息を最後に吐いて止まるまで
Feb 13, 2006
俺はここからぬけ出したかった。この街から逃げ出したかった。この街の外に広がるのは闇ばかりではない。そう教えてくれたのは、最も深いところにいる奴だった。もう忘れられた地下街の最下層にある、むかしは警備室だった小部屋にモニターにずらりと囲まれて奴はいた。 一番上にいる奴と同じように肘掛つきの椅子(こっちは壊れかけた事務椅子だが)に腰をかけて、街のいたるところに配置された監視カメラの映像を見つめている。同じモニターの中で、映像はいくつも切り替わり、ぞれがいくつも並んでまたたいているのだから、こっちはめまいがするほどなのだが、奴はせわしなく目を動かして、すべての映像をチェックしているようだった。 すべてライブだという、違法にデータをハッキングして流しているのだ。そこでなにが起きたとしても、奴はなにも行動を起こさない。誰が殺されても、奴は通報もしない。 「この街から出ようと思うのは、お前だけじゃないさ。このモニターにだって、時々映るけどな。成功した奴は見たことがない。だいたい失敗した」 奴は並ぶモニターを見る目と同じ目で俺をちらちら見ながら言葉を続けた。 「お前はどこへ行く。この街を出て。ビルの上から見てたろう、あいつといっしょに。この街の外は真っ暗だ」 奴の目は見ている、俺も、奴も。だがたまたまだろう、無数の映像は意味をなさない。奴はなにを見ているのだろう。 「あぁ、知ってるんだな。知ってるのか、真っ暗でない外があるのを知ってるのか。行くのか、行くか、やめとけ、やめとけ、やめとけ」 奴のろれつが次第におかしくなってきたが、俺はたじろぐどころか、奴のほうへ一歩踏み込んだ。奴が知っていることを確信したからだ。
Feb 12, 2006
夜の街の東端。影に潜むように生きる者すら近づかない、夜の影が深く沈むところ。立ち入り禁止の柵が立つ向こう側に、一本金色の線が道路を一直線に横切っている。 線は糸のように細かったが、キラキラと輝いて小さな光の粒が薄い煙のように、夜の中に立ち上って消えていく。その光はほんのわずかだけれど、夜の街にあるきらびやかな光のどれよりも、まばゆくそして暖かい。時々そのぬくもりを求めるように、街の滞在者がやってくるが、柵に近づく前に闇に飲まれてしまうか、柵を乗り越える前にがっくりと動きを止めて、そのあとは人知れず静かに運ばれて行った。 その線がなにを示しているのか、知っているのはごく少数。夜の街のもっとも高いビルの最上階にいる奴と、もっとも深い場所に隠れる奴、そして俺だ。俺は最上階にいる奴から逃れるために、深い場所に隠れた奴に聞いてやって来た。その線を越えれば、夜の街から出られる。そう聞いている。 この街は深いが狭い。奴の部屋から見下ろせばよくわかる。街の明かりはビルを中心に広がって、闇の中に消えていく。闇は広大に果てが無く広がってゆくが、この街はその中でほんの一握りの砂をぱらぱらとまいただけの存在でしかない。あとは息苦しい闇が広がっているようだ。 「この街に街の外を見渡せる場所は少ない。どうしてかわかるだろう。もしこんな景色を見せられたら、正気でいられる住人は少ないだろう。お前は絶えられるかな。」 奴は馬鹿にするように、その一方で期待するかのように俺に言った。奴の部屋は意外にもシンプルで、奴が牛耳るこの街とは、ある意味対極にあるようだった。厚いカーペット、重厚で俺ですらそこに歴史の重みを感じる机と、それと対になった背持たれの高い椅子。調度品はそれぐらいで、合板ではない木目の美しい壁には絵のひとつも掛かっていないし、観葉植物もない。それはこの部屋の壁のすべてが、スイッチひとつでガラス張りに変わるからだ。壁がすべて消えたとき。俺とヤツは街の上に、浮かんでいた。
Feb 11, 2006
ふと空を見ていなかったことを思い出した。風を感じようともしていなかった。ただ月に挨拶はしたけれど、心許して見つめることをしなかったのだ。もう残り少ない冬の大事な1週間を空しく過ごしたことを今日気づいた。人と会話のない1日よりも、天候をしらず、風を読まず、昼夜の明るさを知らずに過ごすことがどれだけ空しく、悲しいことだろうか。頭の右上が少し重い、融けだしているようだ。
Feb 10, 2006
風に乗ってささやきのように聞こえる口笛風と音は私を包んで吹き去って行った口笛はわずかなぬくもりを風は大きなむなしさをそれぞれ残して
Feb 9, 2006
見上げる月浮遊感あの場所は故郷だと懐かしい声が胸の奥に響く私の体が弧を描いて夜空へと見上げる月に私は落ちていく
Feb 8, 2006
懐かしい顔ぶれにカウンターも華やぐ。今夜はマスターの怪しげな新作カクテルはなし。それぞれ自分の好みの定番を手に乾杯を繰り返す。 ガスランプ風の柔らかな明かりの中、笑い声が温かな空気の中に交じり合っていく。その雰囲気に呑まれて、いつもより酔いが早くまわりそうだ。こうして懐かしい顔を見ていると……。懐かしい、それは懐かしいはずだ。これは僕の顔。カウンターに座った全員が、僕自身。それぞれこれまで飲んだことのあるグラスを手に座っている。話が弾むのも共通の話題しかないから。同じツボで笑う、気心のしれた自分たち。僕が怪訝な顔したのがわかったのか、左右に座る自分たちも黙って僕の顔を見た。僕は助けを求めるようにカウンターのマスターを見たが、そこには付け髭をした自分が、なれぬ手つきでグラスを磨いて立っていた。そして無理に微笑んで言う。 「もう一杯いかが? 酔ってしまったほうがラクになる」 僕はグルグルまわり始めた頭の中で、必死に思い出す。マスターの言葉、唯一彼が出した救いの手、それは……。 「忘れるな、そうだ、忘れるなだ」 「カクテルの名を、教えてください」 カウンターの自分が口元だけで笑っている。これが自分、自分なのか。左右に座った自分たちも、片手にグラスを持って口元で笑っている。みんな自分なのか……。 「自分を忘れない、僕は僕を忘れない、自分を、自分を忘れない。forget、no、いや、not、not……あぁマスター忘れていないよ、そうだForget "ME" not! それを」 「そうですか、わかりました。ではそれを」 グラスが出るまでもない、柔らかな光が僕の視野を満たして、僕はカウンターからずり落ちて…… でも忘れてないよマスター、Forget "ME" not、「"我"を忘れるな」。そう忘れてなんかない、忘れてなんか……。ああ、また日記が遅れてしまう。
Feb 7, 2006
休日の雨を嫌うものではないさ湯気のたつコーヒーカップが窓際にひとつ小さなハーブの鉢植え湿った風が部屋に流れ込んでコーヒーの香りを漂わせる休日の雨を嫌うものではないさ誰もいない部屋の窓際に湯気のたつコーヒーカップを置いて今は会わない人を思う
Feb 6, 2006
「あなたは、心から大事に思う人を死の床から蘇らせるために、この世のすべてを犠牲にすることを了承できますか」雲の回廊の奥、輪郭の定まらない玉座に、霞のように揺れるおぼろな女神の影が問う。「肉体を去った魂を戻すことは、それだけ多くの犠牲を必要とするのです。この世界の摂理をさかさまにしてしまうのだから、ひとりの人を蘇らせることで、この世界のすべてが崩壊することになっても不思議ではないのです」「さぁ、答えなさい。あなたは世界のすべてを犠牲にしてでも、あなたが大事に思う人を蘇らせることを望みますか。瓦礫と化した世界にたったふたり、それであなたは幸せかもしれない。けれどその罪の重さに相手は耐え切れるのか、そのことも考えて答えなさい。世界が崩壊すれば、私もまた存在しなくなるでしょう。そう、神ですら不変ではないのです」窓から吹き込む風が強くなり、女神の揺らめきがひどくなる。時間はない、大事に思う人を蘇らせるためにここまできたのだ。雲から見た広がる世界は、余りにも広大で、思う人を失った者には、ひどく孤独だった。だが、女神の問いにうなづけば、すべてが終わり、再びはじまる。ならば答えは……ならば答えはどうなのでしょう? 女神の問いにうなづけば、世界は崩壊し、一人の人間が蘇ります。無言のうちに部屋を去れば、あの人の面影は永遠に失われるのです。さぁ、女神が風の中に消えてしまう前に、心を決めなくては……。
Feb 5, 2006
五月雨に降る紅玉の鋼にあたる音がする澄んだ音詰まった音結晶と金属の響きが幾重にもなって……夜明けの片隅まどろみの中で聴いた音
Feb 4, 2006
呼ばれたような気がして振り返る黒いコウモリ傘にぼそぼそと雨粒があたってなにかささやいているよう耳を傾けてもわからず聞くとも聞かぬともしないようにしたとき初めて言葉になる呼ばれたような気がして振り返った
Feb 3, 2006
黒い山が、夜空を揺すって立ち上がる。地響きひとつ立てはしなかったが、空に上った星がぐらぐらと揺らいで、いまにもバラバラと流れ星になって夜空を焼きながら地面に落ちてきそうだ。山をねぐらにした鳥たちも声ひとつ上げるでもなく、獣たちも寝静まっているようだ大きな山かげがゆらりゆらりとゆれてせり上がり、ほかの山よりも頭ひとつ高くなり、それからずりずりと夜の中を這って湖にわずかに近づいた。そのとき誰かが足をひっかけたのか、山は前のめりにつんのめって、そのまま夜の底に腰を落としてしまった。途端に天の川か星がこぼれ、驚いた鳥や獣が一斉に鳴いて夜空に幾万もの羽が飛び散った。腰を落とした山は、痛むのか恥ずかしかったのか、もう二度とぴくりとも動かなかった。周囲の山がわずかに体を揺すって、小さく笑ったようだ。
Feb 2, 2006
深い緑に暗い緑が混じりあうような暗い森の雨にゆがんだ景色の中でひとり踊る白いバレリーナ苔の上、落ち葉の上で舞うというのに汚れのひとつもなく白いチュチュゆっくりとなんども回るくるりくるりと数え切れぬほど回り続ける私が夢から覚めるまで
Feb 1, 2006
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