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やっと読み終わりました。今日は一日何してたんだ?という日でした。 ルポライター前畑滋子のもとを訪れたのは、昨年交通事故で少年を亡くした中年の婦人でした。少年は絵の才能に恵まれていましたが、それとは別の特別な絵を描いていたのでした。その中に家の下で眠る少女の絵がありました。それは実の親が娘を殺して自宅に埋めていた事件と酷似しているのでした。 前編は絵を描いた少年や母親のの生い立ちを細かく描いていたため、なかなか話が進みません。後編になっても事件の家族については妹とその元夫とのことは描かれますが、それほど事件につながりません。やっと死んだ姉(茜)が当時どんな様子だったかと、絵を描いた少年が通っていたボランティア組織のつながりが明かされ、挿入されていた「断章」の小学生の女の子が見た怪しい家での事件との関連が出てきます。 そしてこれから、というときになぜか前畑滋子の「手紙」として事件は描かれ、一番のクライマックスはすでに終わっているという展開です。 宮部さん自身が、この前畑滋子のように「模倣犯」のあまりに残酷で特異な事件の疲れをひきずっていて、もう事件当時のことは正面から描くことができなかったのかと思われました。 何より、宮部作品にたびたび登場する「超能力」の存在を途中から全面肯定してしまうというのが、引いてしまうんですね。ここまで丁寧に少年や事件の家族のことを描いているのだから、一見超能力に見えた事柄を科学的に解明してくれる、と期待したいただけにねえ。 そういう意味でアンバランスな作品といえると思います。
2009年06月28日
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美術系の大学・学校のガイド誌にへこりんが載っています。4ページも。昨年の個展のときに取材されたそうです。やっと発行されました。実家とばーちゃんち用と3冊も買ってしまいました。 専門学校では彼だけみたいです。本人は写りが悪いとか言ってましたが、こんなもんです。 Zさんが、へこだけ貧乏人って感じだなあと言ってました。苦学生です。 それからTシャツコンテストの入賞式があったそうです。東京12チャンネルが取材に来たらしいですが、マイケルジャクソンのことでニュースではカットされた確率が高いです。 ぺぺりんのほうは、クリエーターのポートフォリオサイトに登録しようとした形跡がありますが、悲しいかな、機械音痴ゆえに画像をアップできていません。こちらもきちんと登録できたら、お知らせします。 地元展については、職場はもちろんのこと、行きつけの美容院にまで宣伝しております。小学生の頃の学童保育の先生にも話しておきました。みなさん「行きたい」と言ってくださっております。うれしいです。 あとは、すばらしい作品を描くだけですね。ね?
2009年06月27日
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西の魔女が死んだ どうして児童文学を今頃というと、へこりんが梨木さんの作品を読んだとかで「梨木香歩って有名な人だよね?」みたいなことを言ったからです。そういえば、題名だけで知らなかったなあと借りてきました。 まいは中学生ですが、学校に行けなくなっています。そこでおばあちゃんがひとりで住んでいる田舎で過ごすことになりました。おばあちゃんは外国人ですが、とても日本語が上手で、日本の土地を愛しています。野いちごをつんでジャムにしたり、毎朝雌鳥が産んだ卵を拾いに出たり、ラベンダーの花のじゅうたんの上で乾かしたシーツでベッドメイクしたり、とその生活はまいにとってとても居心地のいいものでした。単身赴任していた父のところに一家で引っ越すことになるまでのひと夏を描いた美しい自然が満載の物語です。 題名が変わっているので、てっきりハリーポッターみたいな魔法の国の話かと思っていました。映画化されて、とてもよかったと見た人が言ってました。これはおばあちゃん役の人がよかったからでしょうね。ときどき「にやり」と魔女の笑いを浮かべるおばあちゃんの魅力なくしてはこの物語ははじまりません。 繊細で美しいものを愛するまいのような女の子はきっとたくさんいて、その人たちの共感を生む作品です。でも、まあ、児童文学です。どぎついことも怖ろしいことも起こりません。当たりまえか。
2009年06月23日
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夏の兄弟展の下見にやつらがやってきた。昨日夜の10時過ぎだった。魚センターでイサキを買ってZさんが塩焼きにした。おいしい。 今日は駅ビルに下見に行った。ぺぺりんが免許を取ったので、私は助手席だった。残念ながら息子らは私に似たようだ。Zさんは免許をとってすぐにすいすい乗っていたもんなあ。 今やっている写真展を見せてもらって、いろいろとアドバイスをいただいた。けっこう広いので、奴らも相当気合入れて描かないと、という気になったらしい。やはり実際に会場を見ると違うねえ。 まずはDMの作成とメインの絵をどんどん描いていくことだ。 お昼を食べながら、来年の話などもする。奴らはまるで就職活動をしていない。このご時世なので諦めているのもあるのだろう。でも、それなら自分の絵の売込みとか、いろいろと動きはとるべきだというようなことを進言しておく。 でもね、実のところ、たった一年半でよくここまでやったなと思うところもあるのだ。昔の大学生なんてただ遊んでいただけだったもんなあ。ひどいやつなんて授業も出ないで授業料を3回も仕送りさせてそれで留年の挙句に退学したのもいたなあ。誰とはいいませんけど。 自分だってアルバイトと某サークル活動に明け暮れてあまり勉強をしたとはいえない。だからこんな体たらくなのだけれど。 とにかく、今やれることはやってくださいね。親としては見守るしかありませんからね。
2009年06月21日
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職場でちょっと嫌なことがあったのは、おそらく先日のある友人との会話が関係しているのだろう。 これまでも数々の失言履歴をもつ自分であるが、言った内容に後悔するものはほとんどない。私はおそらく間違ったことは言っていない。ただ、言うべき状況ではなかったということ、もっと言うと、相手がその提言(だと自分では思って言っているのだが)に見合う人物ではないことに気がついていないというのがトラブルの原因である。 昔、父親がよく言っていた。「世の中の人間が自分と同じレベルだと思ってはいけない」。 相手が当然理性的に解釈してくれると思い込んでしまう癖は、なかなか治らない。なぜそこで感情的になるのかが、私には理解できなかった。 前にも書いたかもしれないが、ずっと前に自治会の朝のアナウンスがうるさいという苦情が文書で自治会長(当時)宅のポストに入れられていたことがあった。その苦情の文書を自治会側は回覧で回し、「こんなことをいうやつがいる」というような内容で、まるでさらし者のような扱いをした。だから私はその回覧に対して文書をしたためた。投書の文章は自治会批判をしているようには思えない。お願いをしただけなのに、こんな風に回覧させるのはひどいのではないかという内容である。 問題の文書は匿名だったが、私はちゃんと組と名前を明記した。そしたらある夜、自治会幹部に外に出るよう呼び出された。ぐるっと周りを囲まれて、「前の投書もお前だろう」とか「俺たちはボランティアでやっているのに文句をつけるとは何事か」というようなことを集中砲火で言われた。 とにかく内容云々には目もくれず、自分たちのやっていることにケチをつけたとしか思わない人種というものがこの世にはいるのだということを私は知った。ああ、父の言っていたのはこのことだったのか、と。 それからもう十年以上はたっている。以前勤めていた会社の社長にパートの分際で思ったことを言い過ぎて、めったに怒ることのない彼を怒らせてしまったことがあった。しかし、今その会社は従業員を大幅に削減し、経営状態は悪化している(らしい)。あのときこちらから見切りをつけて辞めて正解だったと思っている。 あるサークル活動をしていたとき、幹部クラスの人に「このやり方では会員は増やせない」と言ったところ、「あなたがいなくても私たちはやっていける」と言われたので、もう付き合いをやめた。今、そのサークルは風前の灯である。 もちろん時代がバブルの頃と今とでは状況が違う。でも、その困難な状況を打ち破って今尚伸びている企業なり団体なりは、きっと私のような存在の意見を受け入れるだけの器量を持ち合わせた団体なのだろうと思うのだ。 さて、話が長くなるのは悪い癖で、はじめに言った友人のことである。彼との会話は実にスムーズで現在の問題点は何で、次に何をすればいいかが明確に見えてくる。久しぶりに前に進むという言葉を実感したのだった。 その心地よさに味をしめてしまったのだよなあ。 ちゃんと相手を選んで会話しなくてはいけませんね。はい。
2009年06月18日
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向日葵の咲かない夏 やっと読み終わりました。 小学五年生の一学期の終業式に、休んだS君のところに届け物をしたミチオは、S君の首吊り死体を発見します。でもその死体は消えていました。S君は蜘蛛になってミチオのところに現れ、僕の体を捜してほしいと頼みます。そして、犯人は担任の男性教師だと告げるのです。 ミチオの妹のミカがなんだか怪しい存在であることを最後で明かしたり、母親の尋常ではない態度の説明がなされたり、終盤の展開がちょっときつかったのです。もうどうでもいいって感じでした。 道尾氏が描くホラーはまるで梅図かずおの漫画みたいです。普通ありえないだろ、という設定が堂々となされるので、そういうのが好きな方にはいいかもしれませんね。まあ、お子ちゃま向きですね。 小学生の話ですので、子どもの語りや推理で話が進みます。それが信頼できる情報なのかというところから読者は疑問をもっていなければなりません。 文句を言えば限りなくあるのですが、考えてみればホラー映画なんてこんなものですね。よくできたホラーなんてあまり見たいことがないです。だから、よくできているほうといえるかもしれません。 ただこの作品で注目されたというのはなんとなく分かります。あっちの女優からテレビで活躍する女優になった人、みたいな。はじめはこれくらい奇抜なことをやらないと誰も注目してくれないのかもしれません。問題はその後のトーク番組でも面白いことを言えるかどうかってことですからね。道尾氏の場合、それが成功しているってことでしょう。 最新作「龍神の雨」はもっとレベルアップしていることと思ってます。
2009年06月18日
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へこりんが、国際交流基金が主催するTシャツデザインコンテストに入賞しました。 入賞とはいっても、学内で選ばれればそのままデザイン化してくれるというものです。 でも、全国の有名美術館などで販売してくれるそうです。 彼は青山とか銀座のギャラリーめぐりをしているそうです。昨日もコンペに出展してきたと言ってました。 ぺぺりんにも電話しましたが、奴は彼女と居酒屋でした。 だいじょうぶか? 夏の地元の兄弟展までもう2ヶ月もないぞ!
2009年06月16日
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土日は大学の同窓会でした。Zさんといっしょです。我々夫婦が出会った寮で同じときを過ごした人々が千葉で民宿をやっている人のところで25人集まりまして、明け方近くまでしゃべり続けておりました。 場所は磯なぎ荘といいます。九十九里海岸が目の前で、サーファーたちが波乗りをしています。 写真はこれくらいしかないのですね。あとで実行委員の人が送ってくれるそうで、楽しみです。 卒業してからもう30年近く経つんですね。年をとるはずだあ。それぞれいろんな分野で活躍しておられる方々と話ができてよかったです。あちこちで息子たちのアピールをしました。 この同窓会の前に、上総一ノ宮に住んでいる後輩の家にも行ってきました。 広い庭があって、うらやましい限りです。このカエルはドイツ人みたいな名前がついていました。 このワンちゃんはムックリといいます。10年ほど前にいっしょに拙宅に来たことがあります。そのときも大人しく賢いワンちゃんでしたが、年をとった今もおりこうさんでした。 この後輩はリズムミュージシャンでありますが、このときは絵本を描いてました。多芸なのです。 で、次の日は東京で息子たちとお昼を食べました。 我々の家族では心もとないので、ツアーガイドを雇いました。やはり大学の友人であります。彼のおかげで神田のおいしいお蕎麦やさんに迷わず行くことができました。 藪そばとかいうらしいです。いいタイミングでほとんど待たずに入れましたが、その後、たくさんたくさんお客が並んでました。 神田の町並みは古風でいいですねえ。 これって、もしかして『20世紀少年』に出てきた家でしょうか? この友人は我々よりもずっと熱心に息子たちに語ってくれまして、ほんとにありがたいことであります。 静岡に着いて、この前、近所の人に聞いた駅ビルのギャラリーを見てきました。 なんとタダで貸してくれるそうなのです。事務所で手続きを聞いて、私が息子に電話していると、Zさんが出てきてしまいました。後で連絡するから、と。 息子たちはOKを出したのだから、今すぐ手続きしたほうがいいのではと言うと、後でも構わないと言います。 何でもそうやって後回しにするんだよなあ、だいたい、切符買うのだってわざわざ500円も高いことしたし、とぐちぐち言っていると、「うるさい!」と怒られました。それから帰りまでずっと口をききませんでした。 でも、まあ何とか予約はできました。やはりあの友人の影響でしょうか。親として、やれることはこれくらいですが、できることは応援していきたいですね。Zさんは今日はせっせと息子たちの絵を印刷してファイリングして、がんばってました。 というわけで、8月のお盆過ぎに、兄弟展をやることにしました。地元なら、親戚の人たちも見に来てくださるでしょう。個展の練習にもなるし。
2009年06月15日
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まだ上だけしか読んでいませんけどね、とりあえず記録しておきます。 去年予約を入れようとしたらあまりにたくさんの先約があったので躊躇していたのでしたが、今回は待たずに借りれました。昨日腹が痛かったのでずっと横になって読んでいました。 おかげでたいへん変な夢を見てしまいましたけど。 『模倣犯』の連続殺人事件から9年の月日がたち、フリーライター前畑滋子はまだ立ち直れずにいます。そこに交通事故で息子を失った中年の婦人が訪れ、息子に予知能力があったのかを調べてほしいと頼みます。 上巻だけで、事件はほとんど進みません。この膨大なページを何に割いていたのかというとこの婦人の家族についてとか、少年の学校のこととかが、それはもう細かく書かれているのです。気がついたら上巻が終わっていたという感じです。 模倣犯を読んでいないと、前畑滋子が何をして何に苦しんでいるのか分かりません。それでまた文庫本を少し読み返したりしました。 宮部さんはいろんなジャンルを書き分けていますが、私はこういう事件ものを書くときのタッチが一番好きです。なんでこんなに見ているかのような描写ができるのでしょうね。文章にリズムがあるからでしょうか。 内容については下巻を読んでからにします。この週末は千葉に出かけるので読むのはその後ですね。旅には文庫本のほうがいいです。今日道尾氏の『向日葵の咲かない夏』を買いました。
2009年06月10日
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今日は検診だったので朝から保健センターに行った。例年はだんなの扶養家族だったから、会社の検診(人間ドッグ)をただで受けさせてもらっていたのだが、今年は自分の保健ということで初めての受診である。 会社のに比べて簡単な検査項目である。自分は採便が苦手である。朝から何も食べていないのに出せってどうよ?と毎回思う。しかも昨日から下痢気味で夕べのうちに出てしまったし。 でもまあ、なんとかそこはクリアした。検査は採血と心電図とレントゲンとバリウムである。だんなの方はこれに超音波と骨密度もつく。バリウムも細かいところまでやる。それでもバリウムを飲む量は同じ。ゲップの我慢なんてやはりできんぞ。 ちょっと左を向いてください、といわれたので見ると、「撮るのは胃ですから、体ごと向いてください」と言われた。たしかにそうだよな、きっと「この馬鹿」と思っていただろうと思うと笑いがこらえて、我慢するのがたいへんだった。 でも何よりたいへんなのは、その後の下剤である。下痢気味なので2粒もらったが、一つにしておいた。その後の問診のときに尋ねると「飲まなくてもよかったかもね」と言われた。 案外早く終わったのでいったん家に帰ってパンと野菜ジュースを買って食べた。すぐトイレに行った。う~ん、なんかいやあな感じ。。。。 職場に行って、5分もたたないうちに、きた。 職場のトイレは遠い。これでは間に合わない。 そんなわけで、年休をとった。 考えてみれば、例年も検査のあとはずっと寝ていたんだっけ。 みんなすごいなあ、そのまんま仕事しているもんなあ。今日は幸い迷惑をかけるほどの仕事ではなかったのでよかった。 見かけよりナイーブなんですぅ。お腹だけ、ね。
2009年06月09日
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アイシテル~海容~(前編) 職場で知り合った人から借りました。前後編の2冊です。 小学一年生の男の子の行方が分からなくなり、無残な姿で発見されるという最悪の結果となります。溺愛していた母親は自分が家を10分間家を空けたことを後悔し続け、気が狂いそうな日々を過ごします。 加害者は隣の小学校に通う6年生の男子でした。その母親は自分は決して子育てを手抜きしたのではないと、その事実の重大さを受け止めきれません。なぜ少年は男の子を殺してしまったのか。真相を知った両方の家族は。。。。 子どもはいつまでもかわいいままではない。いつかは母親の手を離れて、ときにはうっとおしいと思うようになる。いい母親とは何だろう?という問いかけです。 この話は現在テレビドラマ化されています。途中からですが、この前も見ました。う~ん、どうにも話を引っ張りすぎですね。何より加害者の母親が美しすぎて(稲森いずみ)、被害者の親に感情移入しにくいドラマとなっていますね。原作とはだいぶ印象が違います。 子どもと親の相性というものはあるということが最近よく言われます。妊娠したときのタイミングとかも親子関係にはたいそう響いてきます。子育てなんて初めてですから、みんな必死で余裕がないのです。これだけのことを犠牲にしてきたのに、と子供に見返りを求めてしまうという気持ちもよく分かります。 前に知人に「子育てだけは自信がある」なんて言ったことがありました。でも我々は数少ない相性のよい組み合わせだったのかもしれません。何かが少しでもずれていれば、「まさかうちの子が」と思う事態に陥ったかもしれません。子育ては一生もんです。まだまだ軽々しく「成功した」なんて言ってはいけませんね。そうでしょう?キミたち。
2009年06月08日
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龍秘御天歌 この前読んだ『百年佳約』があんまり面白かったので、その前の話を借りてきました。 百婆恐るべし!朝鮮式の葬儀を断固とりおこなおうとする百婆と倅の十蔵や日本人陶工たちのつばぜり合いです。死者の扱いについてこんなに考え方が違うのですね。朝鮮から来た渡来人が語る理屈もなるほどと思われます。 現代では日本式の葬儀でさえ、おそろしく簡略化されています。なんとか祭典とかで、出たり入ったり、ちょこっと焼香して終わりです。もちろん喪主にとっては、それだけ手がかからずありがたいのでしょうが、どこか淋しいものですね。 朝鮮式では土葬のほうが位が高い葬式だそうです。亡骸は死んでも形を残し、子孫の繁栄を司る拠り所となります。果たして名字帯刀まで許された名工、十兵衛の亡骸はどうなるのか?最後まで目が離せません。 葬式の顛末を描いた作品なのに少しも感傷的なところはなく、日本と朝鮮の文化の違いにただただ感動し、その磊落な行いに敬意も称してしまうこのお話。どこかで舞台化されていないのかしらん。今は亡き北林谷栄さんが百婆を演じたらきっと韓国の人々にも大絶賛を浴びるだろうなと、想像してみました。 それにしても朝鮮人々は憤死という自殺の方法をもっているんですって。このシリーズを読むと、きっとアノヒトは朝鮮の人の血を受け継いでいるに違いないと思いました。だってその母はあまりの屈辱に怒った挙句亡くなったというのですもんね。 あれ、ということは自分にもその血は流れているってことかあ。どうりで「クラッシャー」なんて渾名を拝命することになったわけだ。
2009年06月07日
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魔欲 今年4月に出た山田氏の最新作。例によって膨大な参考文献が巻末に並んでいます。 今回はある広告代理店のクリエイティブ・ディレクターが主人公です。冒頭のプレゼンで登場人物の特徴を明らかにしつつ、熾烈な業界の獲得競争の現場を描きます。いつもながら、現場で採用されてもおかしくないレベルのキャッチコピーや企画をもってきます。ここを濁さないのがすごい。 ところどころで挿入される「男」の存在はすぐ判明しますが、この偶然を「そんなことありえねえだろ」と思わせることはありません。必然的な出会いだったと納得します。 魔欲というのは自殺衝動のことです。死にたいと思うことなしに自殺衝動に駆られることはありえるのか。潜在意識というものはまだまだ未開拓な分野で、奥深いです。 後半業界の話からは遠ざかり、ほとんど内面の苦悩に終始していきます。人間の良心に訴えかける問いかけがどんどん突き詰められて、スリリングな展開は事件の連続がなくてもなしえることを実現してくれました。 山田氏を支えるのは人間の良心の存在への確信です。だから悪い人は登場してきません。ここが少し物足りないといえば物足りないです。でも逆を言えば、山田氏の作品を読むことでほっとするというか、こういうものを書き続ける人がここにいるということで安心できるような気分になれるのです。 ここでちょっとブレイク。業界のまねしてコピーを作ってみました。 いつでも待ってる山田宗樹 デスク脇には山田宗樹 山田宗樹はそこにいる あ、やっぱりだめ?失礼しました~。
2009年06月06日
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