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重いものを持ったといえば火曜のことである。たしかにちょっと無理をした。 それでも木曜までは普通にしていられた。フィットネスにも行った。その夜から腰が痛くて寝返りも打てなくて難儀した。 金曜は出張で、おまけに代理なので休むわけにはいかない。必死の形相で這い起き、歯を食いしばって歩いた。 いい姿勢でいると案外痛くない。幸い出張先では立っていることが多かったので予想よりはよかった。 でも、いったん座ってしまうと立つのに一苦労である。 昨日はずっと寝て過ごした。おかげでだいぶ楽になった。Zが飲んでしまうのでちょっと運転はした。 今日も楽になったと思って図書館まで出かけた。工事が多くてフットブレーキを何度も踏まなくてはならない。この姿勢が痛いのよ。バックで車庫入れするときにも痛かった。 おまけに少しばかり喉が痛い。金曜の密室がいけなかったのか。これだけインフルエンザが流行っているのだからいつ罹ってもおかしくない。 なんだかいっつもこんなことばかり書いているなあ。 ナンプレの難しいレベルに入ったとたん、まったく進まない。ただ時間だけが過ぎていく。 ベネッセの手作り手芸キットがたまっている。考えてみれば初回しかやっていない。こんなときにこそやろうと毛糸を網に通すのをやってみた。 細かい目を数えるだけでたいへんで、とても模様になっていかない。 Zが「たぶん死ぬまでできないよ」と言った。 悔しくて何回かほどいてはやり直したが、結局断念した。 死ぬ方が早いかもしれないと思った。
2009年11月29日
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玄侑氏の新刊です。これは書店で買いました。 解離性同一障害、いわゆる多重人格の主婦を治療する医師たちのお話です。玄侑さんらしく、ボードレールやランボーの詩を引用したり、阿修羅像と対比したりと興味深いです。 ですが、期待したほどではなかったです。多重人格の描写としてはダニエル・キイスの『24人のビリーミリガン』があまりに衝撃的で、それを越えるものは、たとえば医学的な進歩もなかったのが残念。 映像では1990年代の「存在の深き眠り」という大竹しのぶさんの熱演が有名ですが、あれとかなりだぶる設定になっていて、どうしても大竹さんの顔が浮かんできてしまいます。それでいて、あれほどのラストの緊張感はなかったのです。 それと、「中陰の花」でもそうでしたが、どうしても仏教的というか、非科学的な現象を否定しないというスタンスをとるので、なんだか腑に落ちないところが多かったです。 設定でいえば、冒頭の妻の豹変に怯える夫の構図のままいけばよかったのではないかと思います。 杉山という医師が担当するのですが、次第に杉山自身の妻とのできごととかがけっこう割り込んできて、それはつまり解離という現象は誰にでも起こり得るということを言いたかったと思うのですが、やはり読むほうとしては視点が一貫したほうがよかったな。 まあ、それも自腹を切って買った本ということへの期待が大きかったからでしょう。話題の阿修羅像の新解釈がなるほどと思わせるなど読むどころは随所にあります。ボードレールやランボーは分からなかったけど。。。。
2009年11月29日
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中陰の花 『阿修羅』を読む前に、8年前の芥川賞受賞作を借りてきました。 中陰とはこの世とあの世の中間のことで、人は亡くなると水蒸気のように広がっていくというのが仏教の考えなのだそうです。 若い住職さんとその妻のお話です。ウメさんという「おがみや」と呼ばれているお婆さんが病に倒れ、予言どおりの日に亡くなります。そのウメさんに、子どもが授かるかを相談にいったことがあると妻に聞かされます。妻もまた光が見えたり不思議な気配を感じる人なのでした。 総じて非科学的なできごとばかりが起きるのですが、即道という主人公がプラクティカルな人物として描かれているので、違和感はありません。非現実的な物事を包み込む優しさにあふれているからでしょう。 妻が編んだこよりの網が天井に吊るされ、魂の動きが見えるようなさまも美しい。 微塵の7分の1が極微という単位で、それがほぼ素粒子と同じくらいの大きさだとか、極楽浄土がある十万億土の彼方まで四十九日かけて行くには光と同じくらいの速さだとか、何やら怪しげながら興味深いお話もちりばめられています。 同時収録の「朝顔の音」は悲しいお話でした。きっと夢を見るだろうなと思ったら、やはりあまりいい夢は見ませんでしたね。
2009年11月24日
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半分は布団の中にいたのだから仕方ないか。。。 今日はけっこういい天気だったので、朝から飲んでしまったZさんを誘ってばーちゃんちへ行く。玄関の鍵が壊れたとかで、業者を呼ばねばと思っていたらしいけど、Zさんが直した。「まあ、うれしい。一万円浮いたわ。あげようっか?」とばーちゃんは言っていたが、断ってきた。当たり前だけど、息子が役に立つのって母親は嬉しいんだよね。この人はとくに。 それからたまには、と水車小屋に行く。この前一人で行ったときは水車は回っていなかったけれど、今日は順調に回っていた。 車を停めて、不動の滝まで歩く。野鳥の声と川のせせらぎを聞きながらのんびりと。 ゆうべの雨は小雨だったので、予想より水量は少なかった。 水滴が草の間を流れるさまがたいへん美しい。「葉緑素が溶けてるみたいだね」とZさんが言う。 滝つぼのところに地蔵さんなどが並んでいる。 その反対側に小さい箱(祠?)があって、竜の絵が描いてあった。 写真はいまいちですが。 途中、小学生や散歩の人たちに何人か出会った。近くにあるんだもの。もっと頻繁に散歩しようと、あれ、去年も同じこと言ったような気が。。。。
2009年11月23日
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ジェネラル・ルージュの伝説 なあんだ、これだけかい。 というのが感想ですね。読者サービスのためのご本でございます。 ドクターヘリの速水センセイが若かりし頃、ジェネラル・ルージュという異名を持つに至った経緯を書いています。まあ、それだけです。 あとはこれまでの著作解説。ご丁寧に海堂さんの経歴も、学会でのあれこれも書いてあって、ノンフィクションで書いたほうが面白いかもと思うような内容です。編集部はカルトクイズまで作ったみたいで、ここまで行くと身びいき過ぎませんか?まあ、私もちっとはやったけど(笑)。 今日は一日一歩も外に出ませんでした。ほんとは沈まぬ太陽を見に行こうと思っていたのですが、1800円と駐車料金を考えて二の足を踏みました。 明日も寒そうです。玄侑氏の本を買ったのと借りたのとあるからそれを読んで、後は少しだけ持ち帰り仕事があるのでそれで連休終わりそうです。まあ、いつものことだけど。
2009年11月22日
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画像が出ませんね。楽天アフェリエイトでは「無理なくダイエット・・」みたいなのばかり並んでいます。 久々の奥田作品。初期の『最悪』とか『邪魔』とかの系列だとのふれこみでした。私は『インザプール』とか『空中ブランコ』よりこっちのほうが好きなのです。500ページを超える長編ですが、話はテンポよく進むので長さは感じません。 北海道のある地方都市で記録的な寒さの中、たいへん寒いお話です。 ゆめの市の市役所で働く生活保護課の職員、新興宗教に加入しているスーパーの保安員の女性、二世市会議員、女子高校生、点検商法会社の社員の5人のそれぞれの生活が細かく描写されています。どれも今の日本のあちこちで起きている話ばかりです。「地方にはインテリ層がいない」たしかに。 地方はもうどんどんすたれていて、はびこるのは新興宗教と暴力団関係の仕事ばかりです。連載開始が2006年とありますが、それからも世の中は景気が悪くなるばかりです。 みんなそれほど悪い人ばかりではないのです。それが、それぞれの生活がよくなるどころか、どんどん最悪の状況に転んでいき、ラストは・・・・となるわけですが、どこにも救いはありません。 ほんとに今の世の中どこに救いがあるのでしょう。「無理!」と叫びたくなる人も多いことでしょう。 欲を言えば、もう少しそれぞれを関連付けてもよかったのではと思いました。もしかして、はじめはそうするはずだったのが、「無理」だったから題名を変更したりして。
2009年11月21日
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花と流れ星 道尾氏の新しい本が回ってきました。 真備・道尾・凛シリーズです。真備心霊現象探求所を訪れる人々との出会いが語られる短編集です。 道尾氏の本は児童向けでもいいかもしれませんね。ホームズばりの小さな謎解きが面白いです。もちろんワトソンは道尾氏です。 まあ、楽しめたかな。マジシャンの話が得意ですね。 あ、確定申告と仏像最中が最後まで分かりませんでした。誰かわかった人、教えてください。 ほんとは奥田氏の『無理』を先に読み始めたのですが、どうも予約日まで間に合いそうにないのでこっちを先にしました。短時間で読めます。
2009年11月19日
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へこりんが以前に描いた絵を持ってきてというので東京まで出かける。 とはいっても、運転はZさんのみである。ETCをつけたおかげで私は長距離は運転しなくてよいことになった。こういう抜け道のない状態だとZさんはがんばるのだった。 朝からかなり雨が降っており、そのせいか事故が相次いだらしい。沼津あたりでかなりの渋滞と聞いて、いったんバイパスに迂回。それでも蒲田まで3時間はかからなかった。 強風のせいか、あちこちにゴミが飛んでいた。それでなくてもこぎれいなとは言えない街である。しかも路地の狭いこと。 へこりんの学校では本日一年生保護者相談会があったらしく、ほんとは学生は登校してはならなかったらしい。そこを特別に許可してもらえたという特別待遇である。 今は卒業制作のため連日描いている。さんざん迷った挙句、例によって名画をアレンジしている。 これはゴーギャン。蒲田祭で描いたんだっけかな。 これが今製作途中のクリムト。あまりに有名なので、どうやってアレンジするか返って難しいようだ。 これは蒲田祭で描いたやつですね。 3人でラーメン屋で昼食をとり、そのあと往年の喫茶店という感じのお店に入る。 ずっと線ばかり描いていたから、今は色が面白いらしい。ほんとはもっともっと描いていたいようだった。 お金もちなら美大に編入という手もあるのだなあと思うけれど、悲しいかなであります。 このご時勢なので、無理やり就職しろとは言わないが、なんとかやっていけるのかと聞くと、「まあ、貧乏には慣れてます」みたいなことを言っていた。考えてみれば、奴らは無理なおねだりをしたことがなかったなあ。 若いうちの苦労は買ってでもしろといわれるから、きっと今にいい日が来るだろう。まあ、その日まで我々が健康でいられるかどうかだけれど。 このまま帰るというと、「なんかわざわざこのためだけに来てもらって悪いですね」と殊勝なことを言う。今更ですけどね。 いいんだよ。どうせ朝からビールの缶が増えるだけだから。何か用事があればそれに越したことはないのだよ。 で、今さっきまでまたまたナンプレをやっていた。星3つともなると、なかなか解けない問題が多いのだ。 早くやらねばならないことがあるのは私です、はい。
2009年11月14日
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実家の父の法要に行ってきた。 Zさんが最近ETCカードを買ったので高速料金は片道1000円だ。けれど、朝が苦手な私はぼーっとしたまま乗ったので、喪服を忘れてまた戻ることになってちょっと無駄にした。まあ、500円ほどね。おかげで朝3時に起きたのに9時半に着いた。 四十九日のときと同様、自宅にお坊様を招いての法要。こちらは浄土真宗の根強いところなのでお経が長い。お坊様が帰られたあとも親族と村の親戚とでもう一度お経を読む。しかもこっちの人はみんな教本を持っているのだ。大合唱となる。 な~もあーみだあ~ぁんぼー と節をつけるのだが、教本にはレ点のような印がついていて、はじめてでもなんとか唱えることができる。しかし、長い。ふだん我慢強い姪っ子たちも、さすがに参った様子だった。 そのあと料亭で祓いの席。村のおじさんたちもすっかり年をとった。顔を見ても分からない人も多かった。 ほんとはぺぺりんも行くはずだったが、インフルエンザのため欠席。まあでも5時間もかかるから無理しなくてよかったかも。 双子展のビデオも持っていった。母親はなんやかんや忙しそうだったのであまり見ていないかな。姉がしきりにぺぺりんの彼女はどれ?と聞いていたっけな。絵を見てくれよ、絵を。 帰りに今はケアハウスに入っているおばさんのお見舞いに行く。 このおばさんにはたいへんたいへんお世話になったのだが、今は施設で暮らしている。「ほんとは家に帰りたいんだよね」とさびしそうに言っていた。でも思ったよりは頭もしっかりしているし、体も以前よりいいみたいだった。 ほんとはこのおばさんから聞きたいことが山ほどあるのだ。戦争中従軍看護婦として内地を離れ、帰還したときは頭を刈って男装していたという。直接戦争の話を聞いたことはないのだが、いちどゆっくりと話を聞いてみたいと思っている。 久しぶりに地元の方言で会話した。でもいろいろあったからね、懐かしいとは言えないね。
2009年11月08日
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ああ正妻 姫野カオルコ第2弾。これはけっこう面白かったです。少しだけ姫野さんの特徴が分かってきたような気がします。 何回も「これは事実です」と訴えているから、おそらく実在する方のお話です。編集者ですから姫野さん自身と思われる女性も登場します。 その優しい小早川氏の奥様が絵に描いたような悪妻なのです。その悲劇を面白おかしく書いています。 我儘で派手好きで何かと癇癪を起こす奥さんはきっといるのでしょう。 でも、ちょっと一方的過ぎるかなあ。そんな奥様でもきっと娘たちのために料理はしているだろうし、お部屋も掃除しているだろうけれど、そういう描写はいっさいなく、夫に出勤前にマッサージをさせるとか、やたらに引越しするとか、犬にオムツを嵌めたままにするとか、まあ、悪口ばかりかかれているのですね。 面白かったのは、大学教授がこれらの人間を座標軸上のどこに位置するかを考えるところですね。こういう発想は好きです。 この前の「ツ、イ、ラ、ク」に対して角田さんまでもが絶賛していたのがショックでした。 どこが純愛か分からんのですが、ある特定の人にはものすごく感じ入るものがあるらしいです。 この「ああ正妻」はコメディに主力を置いて、第3者の目から見ています。はっきり言って、どうでもいい話なので、楽に笑えます。 あと一つぐらい読んでみるかなあ。この人はずいぶん文体を変えることで有名らしいです。 でもきっとギリシャ悲劇ばりの大風呂敷を広げるやり方は変わらないんだろうな。そういう意味では『もう私のことは・・・』はずいぶんとストイックに書いたんだなと思います。
2009年11月04日
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ツイラク やっとやっとやっと読み終えました。ここのところ気分が悪かったのは、このせいではないかと思われます。 姫野さんのことを知るためという条件がなかったら、途中でやめていたと思います。 小学2年生のイジメのことから始まって、その少女たちの成長を描いているといえばいいのでしょうか。中学生になったらとたんに禁断の恋みたいなことになって、ほとんど官能小説になっていて、その少女を中心に置けばそれでもなんとか読めたのですが、また突然視点が他の人物に移ってしまうのです。 一番困ったのは、書かれる場面でその主人公らしい少女の形容が違っていることです。いったい「きれい」なのか「普通」なのかそれとも「不細工」にはいるのが、それすらはっきりしない。それがいつの間にか男の誰もが意識していたセックスシンボル的な女性になっているのです。なんだこれ?と何度も怒りました。 文章中、突然作者の「世の中の男たちよ!」などの煽動的な発言が飛び出して、性描写の最中に数学や哲学的な知識をひけらかしたいだけの挿入があったり、もう勘弁してよと思いました。 こういうのに好感をもつ男ってまずいないと思います。 その上、みんなから愛された綺麗で優しい女の先生が実はすごくいやらしい人物であったみたいなことまで暴露しておいて、その先生の葬儀にはみんなが悲しんだとだけなんですね。いったい何が言いたいのよ。 感じるのは、さして美人でもないのにやたらに男に持てる同級生に対する図書館お宅的な女性の嫉妬ですかね。それだけを言いたいのにずいぶん長いこと無駄なおしゃべりを聞かされました。疲れるのよね、この手の女性って。 なんというか、文章修行をするときの「こういうことをしてはいけない」ということばかりがなされている気がしました。もし何かの応募だとしたら、一次で落ちるのではないでしょうか。一度世に出てしまうと、こんなものでも出版されてしまうのですかあ、へえ、そうですかあ。 申し訳ないけれど、「この本はお勧めできません」ランクの上位ですね。
2009年11月01日
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