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「石田君、誕生日おめでとう!」嬉しい言葉である。羨ましい言葉である。でも何故か冷や汗をかく当人と級友一同。若干名除く。「あ、ありがとう井上さん」「はい、これプレゼント!」そう言って織姫がかばんから取り出したのは、御馴染み「ひまわりソーイング」の紙袋で、何処となくほっとした空気が流れた。……これで中身が手作りだった日には、目も当てられないが。「石田君、今度はパッチワークやるって言ってたから、端切れを買ってきたの」「ありがとう、助かるよ」友人の祝い事のたびに、そのハイセンスで周囲をパニックに陥れてきた彼女にしては、信じられないほど尋常な贈り物だ。明日は雪が降るかもしれない。「啓吾、肩たたき券って……」「うっせー、金がなかったんだよ!それに眼鏡かけてる奴って、肩が凝るっていうじゃん!」別に凝ってないけど。まあ水色と一護に突っ込まれている程度で十分に思えるので、石田はありがたく頂くことにした。水色が寄越したのは某レストランの招待券。当然出所を聞かれたが軽くかわす。チャドは、「チャド、一月間違ってる」「え?」「瑠璃は十二月の誕生石」「……」物が指輪だけに一瞬寒々しい空気が流れたが、「関係ない」「え?」簡潔すぎる弁明に、水色が目を丸くする。「魔除けだ」「……ああ、プロポーズじゃなかったんだ。ごめんね、余計なこと言って」その一言こそ余計だ。全て計算済みで言っているからたちが悪い。「綺麗だね。ありがとう」「「青い石」とか、「天の欠片」とか言うらしい」「ああ、わかる気がするよ」濃い青の中に、ほのかに金色が輝いている。「そういえば黒崎、お祝いかわりに夕飯に呼んでくれるって話だけど」「ああ、たまにゃ人の作った飯を食うのもいいだろ。言っとくけど、うちの遊子の飯は結構旨いぜ」「期待してるよ」確かに、黒崎遊子は頑張った。黒崎夏梨も地味に頑張った。頑張ったのだが、石田親子がぎすぎすと会話を交わし、それを黒崎父が全力で混ぜっ返したその晩の献立がなんだったか、兄は正直全く覚えていない。
2007年11月06日
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(「いい加減終われ。」の続き)「じゃあ、色はどうするの?チャイナ服なら、カラフルなほうがいいよね!」おとなしくて男子が苦手な小川みちるが、これほど男子に恐れられた一瞬は、おそらく過去に一度もなかっただろう。大島ですら、報復を考えなかったほどだ。「赤・青・黄・桃・緑!」間髪いれず井上が答える。石田は少しだけ考え、「いや、黒は外せないよ。赤・黒・青・黄・桃でいこう」「あたしは白が欲しいな……赤・白・黄・青・黒がいい」「みちるちゃんて意外とマニアックだね」「織姫が王道すぎるんだよ」「流行を取り入れるなら、赤・青・黄・紫・橙か」「中間色って新しいけど、パンチが足りないよ」何のことやらさっぱりわからない。赤と桃は絶対外して欲しいが、下手に口を出すと、同意と見做されそうで恐ろしくて言えない。一同の顔を見渡し、似合う色を真剣に考えている石田の方を、実行委員の有沢がぽん、と叩いた。「あのさ。……家族も観覧にくるってこと、覚えてる?」「?当たり前じゃないか」「年寄りの寿命を縮める気?」「……」石田と井上が顔を見合わせた。「こっちの言い分はあたしからちゃんと鍵根先生に伝えておくから。やっぱりこの衣装でいこうよ」「ま……まあ……インパクトはあるけど好感度は高くないよね」もっと早く気づけ。一気にテンションが下がった石田たちはそれでも数分話し合った挙句、現在のチア衣装で行くことを決定した。一同が安堵した……否、正確には多少マシなところに落ち着いた程度だということに突っ込んではいけない。「たつき!」「何」「け、結婚してくれ!」「……」思い切りその場の勢いで口走った一護だが、幼馴染が全く相手にしてくれなかったため、放言で済んだのは恐らく互いのために幸運だった。
2007年10月02日
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(「7ヶ月ぶりかよオイ」の続き)「大変!大変だよ石田君!」普段はおとなしいみちるが、凄い勢いで教室に飛び込んできた。嫌々チア服?に着替えようとしていた一護たちはびっくりしたが、当人は全く気づかない様子で、石田と織姫に縋り付く。「あのね、1年4組も男子がチアガールをやるんだって!」「何ィッ!」教室の一同の声がハモる。みちるは興奮を抑えられない様子で、「それがね、すっごく可愛い子が揃ってるの!プリティでキュアキュアなの!どうしよう、うちのクラスの影が薄くなっちゃう!」いや、それはない。そうなったらむしろありがたいが、絶対自分たちのほうが目立つ。と生ぬるく喜ぶチア一同。とりあえず、自分たちだけじゃなくて良かった……!「ちょっと待ってくれ。衣装はどうしたんだ?あのクラスからは依頼を受けていない」「外注したらしいよ。ひょっとしたらうちに隠したかったのかも……正統派だけどいい出来だったよ。ミニスカートで、おなかを見せてて」「え?男子はスカート禁止じゃなかったの?」「だから、聞きに行ったよ鍵根先生に!そうしたら「可愛いから許す!」だって」「許すのかよ!」聞きにいくほうもいくほうだが、そう答えるほうがさらにどうかしている。「可愛ければよくて可愛くなくては駄目か!許せない差別だな」「その言い草が差別じゃねえのか」一護の非難など、石田は全く相手にせず「うちもやっぱりスカートで行こう!」と優等生とは思えぬ発言をかました。青ざめる男たちと色めきたつ部員二名(と、既に諦め顔のたつき)。「僕が自腹を切ってもいい!手芸部部長の誇りにかけて、外注には負けられない」「そっちかよ!」一護の突っ込みはまたしても無視され、織姫は目をぎらぎらと輝かせ、ぐっと両手を握り、「でも可愛さでは勝てないよ石田君!勝算は?」「おい」思わず(無駄と知りつつ)突っ込む一護。大島たちは既に教室のはしっこにしゃがみ込み、現実逃避モードに入っている。「こちらも王道で行こう。ずばり、スリット入りチャイナでセクシー路線!」本気ですか。もとい正気ですか。一応関係ない啓吾が、なぜが泣いている。「じゃああたし、見せ○○を作るよ!黒レース白レース赤レース、どれがいいと思う?」「白がいいよ織姫!」「僕も白かな……でも井上さん、せめてアンダースコートと言ってくれないかな……?」織姫は全く悪びれず、にっこりとかわいらしく笑った。「やだなあ石田君。レースなんだから直に決まっているじゃない!」「じ……おいチャド、お前もなんか言えー!」一護の声がひっくり返り、黙っていたチャドが、一歩前に踏み出した。「……井上」「なあに?」「その…………レースよりフリルにしてくれないか?」「それでいいのかチャド!」「……透けないから」そうじゃねえだろそういうレベルの問題じゃねえだろ!一護がオレンジ頭を掻き毟るのを横目にすら見ず、手芸部の面々は、「どうする?」「セクシーなのはレースだよね」「でもフリルも悪くないかも」などと、ひそひそと話し合っている。
2007年09月11日
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針供養……。かけてないー!石田マニアとしては、バレンタインより重要イベントなのに! (2007年02月08日 21時32分35秒)
2007年07月15日
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(「隠密会議」の続き)「……で、なんだよこれ」「何ってセーラー服」確かにオレは、(幼稚園児スモックよりは)セーラー(水兵服)がいいと言った。だからってなんだよこれは……。「ガクランと対になるのは、セーラー!これでギャラリーの視線を独り占めだね!」んなわけあるかああああああっ!ガクランで胸を張る織姫に、突っ込みが声にならない一護だった。この会話では何がなんだかわからないだろうが、体育祭の応援団の衣装合わせである。手芸部三名が魂込めた力作だが、女子はバンカラ風ガクラン、男子はセーラー服の上にモンペ。なんですかこれは。戦時中のカップルですか。大島その他は腑抜けのように座り込んでいる。スカートはなし、で安心していただけにダメージが大きい。チャドは戸惑ったように黙り込んでいる。何時ものことだが。手芸部のノリに一番慣れているとはいえ、内心困っているのは間違いない。実行委員(たつきと啓吾)はなにやってた。ちゃんと手芸部員を見張っとけ。やな意味で注目を集めそうだ。「保護者の分は……?」黙っているのも耐えがたく、一護は一番聞きたくないはずのことを聞いた。「何時でも着られるように、普通のチア服を作ったよ。安心したまえ」いや全然安心できない。大島が頭を抱えた。「あ、黒崎のお父さんのはスカートじゃなくて短パンだよ」「大して救われねえー!お前は自分の親父がチア服に短パンでも平気なのか。平気なのか?」「馬鹿を言うな。絶対ごめんだね」この返答に一護も頭を抱えた。
2007年05月15日
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(朽木隊長ハピバとか……色々と繋がっているなあ)「はい。黒崎テディベア」「ム」「えー、いいなー、あたしも欲しいなー」「当人に黙って作るんじゃねえ!」ちなみに、オレンジの熊が黒い着物を着ている。四人以外は微妙に納得がいかず首を捻っている。「てめえ設定で作ればいいだろ」「ああそれはクリスマスに」「作ったのか。本気で作ったのか」「ごちゃごちゃ煩いよ黒崎。これは力作だよ。目覚まし機能もついているんだ」「へえ、一護の声が入ってるの?」「中にタイマーと音源が入っているんだよ」水色はチャドからテディを取り上げると、着物を剥いでタイマーをあわせた。「受けてみよ正義の力!正義装甲ジャスティスハチマキ装着!」一瞬の沈黙。そして爆笑。チャドですら噴出している。啓吾など床に転がっている。(織姫だけは、「黒崎君かっこいいー!」と本気で賛美している)「起きるっ!誰でも起きるよこれ!」「あはは、僕も欲しいなあこれ」「いいい石田ーっ!」放課後浦原商店に殴りこんだ一護が、そこでも爆笑されたことは言うまでもない。
2007年04月07日
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「この中で、啓吾だけがいたってふつーの名前だよね」わざと意地悪く言ったのは当然水色だ。大袈裟に非難する啓吾を軽く無視、「僕の名前は、母親が好きな色をそのままつけたらしいんだけど、チャドと石田君は?」「……知らん」名前の由来など考えたことも無い。多分肉親の好む字を充てたんだろう。しかし石田は、「親の名前から一文字取るのが家の決まりらしくてね」と素っ気無く、それでも真面目に答えた。「戦国武将かてめえんちは」「武家に限った話じゃないさ」一護と石田がアカデミックな喧嘩を始めたため、それで名前の話は流れてしまったが、石田の表情が僅かに曇っていたのが気になった。「……どちらだ」「え?」どうしてもその話の続きがしたくて、部活が終わるのを待った。互いにバイトがない日で助かった。「名前」「ああ」どちらの字を貰ったのか。それだけの問いに、石田は歩きながら顔を顰めた。「竜の方だよ」「そうか」「父の名が竜弦。祖父が宗弦」「じゃあ、雨竜の次は雨が繋がるのか」単なる法則の確認に、何故か石田は溜息をついた。「いや。……僕でお仕舞いだ」「……」「何故僕の家が名前を繋げると思う?滅却師の血筋を絶やさないためだよ。でも僕は生憎、滅却師として相応しい能力を持たずに産まれて来た。だから父は僕に、自分の竜と、一番最初の滅却師の名から一文字取って雨竜と名づけた。僕で終わりにするために。道を伸ばすんじゃなく、ループさせたんだ」苦々しげに言い募る。「言霊だよ。僕の祖先は元々言霊使いだった。だから先祖たちは名前を利用して滅却師を続け、あいつはそれを逆用して終わりにしてしまったんだ」「……最後の滅却師」「そうだよ。僕は生まれたときから、最後の滅却師だ」どういったらいいんだろう。自分から水を向けたくせに、俺は正直途方にくれた。「……最初の滅却師の名前は?」「石田時雨。うちの祖先というだけで、世界初ってわけじゃないけど」時雨か……時雨。それは、確か。「降ったり止んだりする雨」「ああ、うん」「だったら心配ないな」「は?」たとえ石田で滅却師が終わってしまうとしても。雨がまた降るように、虚から人間を護ろうとする者はきっと現れるだろう。「考えてみれば……石田は俺のものだから、どうあれ此処で終わりだ」「……随分手前勝手な考え方だよ、それ」石田は俺をじろりと睨みつけたが。それでも表情は幾分明るく、それが俺の気持ちを軽くしてくれた。
2007年02月01日
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「石田、こういうの好きだろ?」黒崎一護がそう言って差し出したのは、「ブルーナ展」の無料招待券だった。「先週、部活の皆と見に行ったけど」その前にくれれば只だったのに。「妹たちの引率をやれって親父に言われたんだけどさ、俺全然興味ねえんだ。代わりに行ってくれねえ?これ、只でやるし、チャドも一緒だからさ」「うーん……」石田雨竜はあまり子供が好きではないし、ブルーナのファンというわけでもない。しかし黒崎の妹たちはしっかり者で気に障るところがないし、(見かけによらず)こういうものが大好きな茶渡泰虎が一緒なら、もう一度出かけても良いかもしれない。なんと言っても無料だし。「交通費とお昼代を出す」「し、仕方ないな、代わってあげるよ」……などと安請け合いした自分が馬鹿だった。「ミッフィーとボリスだね」「ほんとほんと」ぎゃははははっ。所構わず大声で騒ぐ。石田は眉が痙攣するのを自覚した。「妹たちの引率」。確かに黒崎はそう言った。日本語の文法としては別に間違っていない。ただ、「たち」に(その他大勢)が含まれている可能性に気付かなかった自分が鈍かっただけだ。黒崎に言われたとおり駅前に出てみれば、そこには十人近い小学生女子がたむろっていて、同じく引率の茶渡は所在なげに少し離れたところに立っていた。「石田さん、今日はよろしくお願いしますね」「ま、よろしく」大人しそうに見えて非常に図太い黒崎遊子は笑顔を振り撒き、勝気だがはるかに繊細な黒崎花梨はぽん、と石田の背を叩いた。「逃げたな、黒崎……!」間違いない。展示会が嫌だったんじゃない、これが嫌だったんだあいつは……!「そ、そう怒るな、石田」当てが外れたのはチャドも同じだ。黒崎の妹たちは少し放っておいても大丈夫だから、石田とのんびりと回るつもりだったのに、これでは自分が鑑賞するどころではない。しかし怒りの沸点の低い石田と付き合っていると、これくらいでは一々反応しなくなる。「大体ミッフィーとボリスってなんだよ、ミッフィーは女の子じゃないか!僕はうさこちゃんか?」「いや、色が白いからだと思うが……」そもそもミッフィーはこれほど情緒不安定じゃないだろうと思うチャドだった。「三十分後にお土産売り場に集合!飽きたからって先に出たら駄目だからね?中では騒がない、飲み食いしない、携帯での撮影も禁止!わかったかい?」はーい。気のない返事に、今時の女子小学生は、女子高生より扱い辛いと思う石田である。「茶渡君、君は回って来たまえ。僕は先週も来たからもういいよ」「付き合う」「いいよ。こんなところで男二人がウロウロしていたら、それこそ不審者と間違われるじゃないか」尤もである。が、身も蓋もない。チャドは、本音を言えば原画を見るより石田と一緒のほうがいいのだが、そう言われては仕方が無い。結局気乗りせず、少なくない画を十五分足らず鑑賞して販売コーナーに移った。三十分では短すぎるかと思ったのだが、最後の一人も二十分ほどで展示場を出た。子供料金とはいえ、勿体無いと思う石田である。十分ほど残っているが、今更鑑賞する気にもなれず、自分も販売コーナーに行くことにした。「お待たせ、茶渡君」「ム……」女の子たちはきゃいきゃいとお土産を選んでいるが、チャドはなにやら難しい顔で棚を睨んでいる。「何か買うのかい?」「いや……ボリスが」「ボリス?」「……少ない」「あ」ブルーナ展と銘打っても、実際にはミッフィーばかりである。ボリス、ブラック・ベアなどの他の商品は二割も無い。(日本での知名度を考えれば当然なのだが)殆どの商品に、無表情な兎の絵がついている。「……」「……」「僕には全然似てないよね?」「井上ならきっとそっくりだと言う」「井上さんの意見は一般論じゃない」「……」「……」チャドは普段、こういうつまらないことで大人気ない拗ね方をしないので、石田はここで言葉に詰まった。何を言っても薮蛇になりそうな気がする。「後で僕が何か作ろうか?」「著作権法に引っかかる」「……」「……」男子高校生二人がなにやら硬直しているのを、一般客が不思議そうに眺めている。翌日、黒崎一護が盛大に八つ当たりされたのは言うまでも無い。
2007年01月08日
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「ねえたつきちゃん、男同士の友情っていいよね」「ん、まあね」「昨日茶渡君ちに遊びにいったらね、茶渡君はいなくて代わりに石田君がいてね」「……へえ」「バンドの練習が大詰めだから、代わりに掃除洗濯と夕ご飯の準備しに来たんだって!」「……(通い妻かあいつは)」「あたしもお願いしたいなあって言ったら、女の子が男に掃除や洗濯頼むものじゃないっていうの」「下着とかあるしね」「筑前煮とキュウリ揉み分けてもらったんだけど美味しかったなあ」「そう……(この流れだと、あたしが織姫の家事を手伝うことになるのかな?)」「だから来週の日曜は、あたしがたつきちゃんちにヘルプにいくね!」「いやあたしは親掛かりだから!」「ヒメ、あたしヒメに是非助けて欲しいわ!」「え、そうなの千鶴ちゃん」「来週といわず今夜どう?」「うん、いいよ」「……」千鶴はその晩虫の息で救急車で運ばれた。見舞いに行った鈴たちの話によると、実に幸せそうな顔でうんうん唸っていたそうである。
2006年12月16日
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もうじき午前様とあって、たつきは一護、織姫はチャドが送り、後ルキア以外の女子はタクシーの相乗りをすることになった。「とっっっても楽しかったですわ!」というルキアと兄、ルキアの命令で頭巾を脱げない恋次が歩いて立ち去ったことについては、「車じゃないのか?」という当然の突っ込みがなされたが、まあ常識が通用しない一行だということであっさりスルーされた。一番常識がないのは、うっかり啓吾と携帯番号を交換してしまった朽木兄だが、この時点では当人たち以外気付いていない。「そういえばあんた、プレゼントはどうしたの?」ああやっぱり聞かれた。内心頭を抱えながら、一護は用意しておいた答えを言う。「……裁縫道具」「へえ」嘘はついていない。裁縫の道具には違いないのだから。一護が買ったのは、チタン製の指貫だった。結局裁縫関係がいいだろうと思って、夏梨に財布を渡して一任したところ、選んだのがそれだったのだ。硬質でクールで安っぽくなくて、流石俺の妹いい趣味してるじゃねえかと思ったのに、チャドが石田に指輪を渡してしまったため、渡し辛くなってしまったのだ。指輪と指貫は違う。しかし形状はそっくり同じだ。この後で皆の前で渡せば爆笑となることは必死で、思わず箱にイニシャルだけ書いて置いて来てしまった。せめて石田の頭が冷えるまで、それに気付かなければいいと一護は弱気なことを考えた。しかしよく考えてみれば、石田が貰ったものをその場に置きっぱなしにしておくはずがないのだ。「K?……小島君か朽木さんかな?黒崎じゃないよね。浅野君からは貰ったし、国枝さんじゃないだろうし……」送り主が特定できなかったのは、「K」がありふれた頭文字だったからで、別に石田が悪いわけではない。「明日の朝、学校で聞いてみよう」ちゃんとお礼を言わなければと、石田は他意なく呟いた。
2006年12月10日
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「そういえば、チャドのプレゼントは?」インパクトがありすぎるプレゼントが続き、とても人前に出す気になれなかった一護は、親友に話をふった。「ム」チャドは立ち上がり、風呂場に消える。(前もって用意しておいたのか)皆普通にその辺に積んでおいたのに、かえって恥ずかしくないのだろうか。一護は頭を捻ったが、風呂場においたのはちゃんと理由があったのだ。それはナマモノだった。「ああ、花束か。意外と普通だな」「でも綺麗だよ」「石田君、後で1本頂戴」「……花束って普通かな」「女の子相手ならな」女は素直にもてはやし、男は頭を捻る。チャドが持ってきたのは、豪華な白い百合の花束だった。「あ、ありがとう。……カサブランカだね」「11月6日の誕生花だそうだ。それと……」小さな化粧箱を取り出す。その中身は茶色い宝石のついた指輪で、これには女性軍も多少ひいた。男の誕生日プレゼントに花と指輪……。「一応、トパーズだ……色が悪くて売り物にならないのを、メキシコにいたとき知り合いに貰った。それをシルバーアクセを作ってる友達に指輪にして貰った」「あ、ありがとう」「本当はオパールがよかったんだが」「いや、11月の誕生石はトパーズだから、丁度よかったよ」誕生石の指輪って、おい……。しかも、結構本気で嬉しがっていないか?「……」水色に視線が集中したのは、「こいつなら気の利いた突っ込みをいれられるだろう」という信頼の現れである。「……どの指の指輪なの?」「小指だ。その、純銀にしたら、思ったより金がかかって」「裁縫の邪魔にならないからかえっていいよ」「石田君……嵌める気?」小島水色、撃沈。「……んじゃそれそろお開きといこうか!」啓吾の声が虚しく響いた。一護は、急いで箱に「K」と走り書きすると、ゼロヘルメットの中に突っ込んだ。
2006年12月09日
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「いやあ、思ったより票が割れまして!やっぱり猫が一番人気だったんだけど、猫派の中にも色々派閥があるでしょ?困ってたら黒崎君が「全部作ればいい」って助言してくれて」いや、助言した覚えはない。うんざりして会話を投げただけだ。そんな目で見るな石田!一護はその視線を恐れチャドの影に隠れた。「でも全部別のお人形にするのは大変だし、つけ耳と尻尾だけにしようと思ったの。で、どうせなら石田君が直接つけられるサイズにしようと思って、でも尻尾は間に合わなかったの!」……何時もながら凄い論理展開である。「結局間に合いませんでした!」というオチがつくのがまた凄い。いや、間に合わなくてよかったが。「ああっ、安心してヒメ!あたしが尻尾を買ってきたから!」千鶴が叫び、織姫は素直に眼を輝かせた。「え、本当なの千鶴ちゃん!」「肌にやさしい総シルク仕上げ!しかも電動式なの」「わー、尻尾が動くの?」「そう、中で」「中で?」「……って成人向けかー!」たつきの正拳が唸りをあげた。如何わしいプレゼントが披露されることは免れたが、今時の高校生たちには何となく正体が知れたらしく、微妙な雰囲気となる。「げ、もうこんな時間じゃねえか!」一護はわざとらしく声を上げ、ゲームを終わらせようとしたが、「えー、石田君にねこみみつけるまでやりたい」と織姫は頬を膨らませる。「井上さん、明日も学校があるから!」「絶対つけたくない」と正直にいうことは、石田には出来なかった。普通、王様ゲームにこういう付け耳を持ち出されると人間怯むものだが、本日の面々はそれくらい進んでつけそうな者が多いので、内心必死だったのだが。「おい、タクシー呼ぶ奴いるか?」石田以上に必死な一護だった。
2006年12月08日
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時計は既に十時を回っている。死神を除き未成年だし、明日も学校があるし、近所付き合いもあるのでいい加減お開きにしないとまずい。石田はちらちらと時計を見るが、殆どの者は時間など忘れている。「おおっ、またあたしが王様だ!」織姫は嬉々としてヘルメットを被り、びしっと部屋を一角を指差した。「井上織姫が命じる!2番、そこのピンクの包みを全力で開けなさい!」「ああ、あんたが持ってきた奴ね」2番のたつきはピンクの包み紙をべりべりと破り、ぴしっと固まった。「織姫……人形を作るとか言ってなかった?」「うーん、そのつもりだったんだけど」人形だったら王様ゲームに出番はなかったろうな、と石田は気の遠くなる思いでそれを見た。
2006年12月07日
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「おしっ王様役!セーラームーンの主題歌を」「歌はダメ!時間を考えろ」啓吾は一瞬考え、「じゃあ6番が小川さんのプレゼントを着る!」「だあああっ!」悲鳴をあげたのは……恋次だった。この場で石田よりサイズが大きいのは半数以下なのだが、こういうのは駄目な奴のほうに当たるものである。「無理無理無理無理!」恋次の事情なんてどうでもいいが、みちるとルキアに恨みがましい目で見られて、啓吾は再び命令を取り下げた。「じゃ、うさぎの頭巾被りっぱなし」「それも御免だ!」「法には従え」嫌だからってスルーされては王様ゲームは成立しない。上司に睨まれ、恋次は渋々ファンシー頭巾を被った。「やっと王様ゲームらしくなったね」水色がにっこりと笑った。「わーい、王様だ!」織姫はぶんぶんと手を振り、「命令です!この後の王様は全員、命令のときゼロヘルメットを被ること!」「そんなんありか!」一護が突っ込んだが、「命令といったらゼロだよな」「僕もそう思う」何故か啓吾と石田のフォローが入った。「どうして詳しいんだお前ら」「女子と話を合わせるため」「あーなるほど」実に啓吾らしい話である。石田は、「番組は見てないけど同人誌は部員に借りて読んだ。……主人公受けばっかりだったけど」「邪道だ!というかホモ同人誌貸すな女子!」「え、借りたの男の先輩からだけど?」「余計おかしいわ!」「男性向けは持ってこないんだよね」「うん、別に気にしないのに」……命令されるのも嫌だがあのヘルメットを被るのも嫌だ。もし王様役が回ってきたら、問答無用でゲームを打ち切ろうと一護は思った。
2006年12月06日
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「じゃ、王様ゲームでもしようか?」「冗談じゃない不謹慎な!」一体何を想像したのか、水色の提案に、石田は本気で噛み付いた。「あはは、やだなあ石田君。僕はこれをダシにして、誰かに買出しに行って貰おうと思っただけなのに」「絶対違う」多方向から突っ込みが入ったが、「僕って信用がないな」と笑うだけだ。「なんだ、王様ゲームって」「えっとね……」恋次が聞き、織姫が説明する。珍しくまともというか一般的な内容だったが、恋次はあまり気乗りしない顔で、その代わりルキアが食いついた。「面白そうではないか。私はやりたい」「あたしもやりたいな」「やってもいいけど、キスとかハグとか言い出した奴は殴るから」なんで女のほうが乗り気なんだよ、と一護が呟いた。「最初の王様は?」「私だ」初対面の朽木兄が王様だというので、自然に場が静まり返る。既に「何を言い出すかわからない人」というイメージが定着している。「命令をどうぞ」司会?の水色が水を向けるが、普段から他人に命令しなれているので、別に楽しくない。「……1番、茶を淹れろ」「う、俺か」一護が茶を淹れる。案外普通の命令で、どこか間の抜けた空気が流れた。それから数回王様が選ばれたが、セクハラ系はたつきが絶対許さないということで、「肩を揉め」とか「お握り買ってきて」とか「コーラ一気飲み」とか比較的穏当なものが続いた。
2006年11月28日
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「わー、かっわいー!」ああああああああああ。石田は頭を抱えた。コスプレ用ヘルメットの次はうさぎ?耳型ヘッドドレス付メイド服。しかも手作り。投げ返すわけにもいかない。自分は一体どういう目で見られているんだ?啓吾もからかえないほど落ち込んでいる石田とは逆に、天まで舞い上がっている者もいる。「い、いいな、これ!」「朽木さん、兎好きだもんね」「だからって握り締めんな」朽木ルキアは、みちるの仕立てたクロミメイド服をがっちり握り締めていた。石田から取り上げる気、満々である。石田は別に構わない、というか熨しつけて差し上げたいところだが、恐ろしいのは作った当人(と井上織姫)がどう思うかだ。どうしよう……。とにかく今日を無事乗り切ることだ。今日さえ凌げば、少なくとも小川みちるは「着て見せて、でなければ証拠写真を見せて」とは言い出さないだろう。(井上さんについては……考えないことにしよう……)
2006年11月28日
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「いっしだー、これプレゼント!」気を取り直したのか、空腹にハイになったのか、啓吾は満面の笑みでそれを差し出した。正方形の大箱、黒い包み紙とリボンで飾られている。比較的軽い。「フンパツしたんだぜ!」「ああ、ありがとう」「俺の誕生日は4月1日だからよろしく!」ぐっと親指を立てる。かなり自信があるんだな、と石田は素直に感心した。「浅野君、何を買ったの?」満腹でにこにこ顔の井上に、笑顔で返す。「ギアスのゼロヘルメット」その後頭部に、無情にもプレゼントが投げ返された。「僕はレイヤーじゃない!」いや、石田も、出来ればせっかく買ってくれたものにけちなどつけたくない。しかし自信満々で持ち出されたものがソレ系玩具では、ちょっと言わずにはいられない。「だってお前、よくコスプレでそのへんうろついてるじゃねえか」「コスプレじゃない!」「じゃあなんだよ」石田はきっぱりと言い切った。「魂だ!」さいですか。滅却師云々の話を知らない人間でも、そう言われては納得するしかなかった。
2006年11月27日
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「じゃあ、お鍋の用意をはじめよっか!」おー。気合の入りまくった井上の声に、今ひとつテンションの低い声が被さる。浅野が100円ショップで購入したカセットコンロに鍋をかけ、とりあえず水をいれて電気を消す。「……で、どうしてあたしがチャドと水色の間なわけ?」「セクハラ防止」「で、どうして足を縛られなくちゃいけないわけ?」「五月蝿い。黙っとれ」この会話が、誰と誰の間で交わされたかわからない?程度には暗いが。「おお、これが闇鍋か!何を入れても美味しく食せるという奇跡の鍋料理!」「違う」「好きなモンを何でもいいんだろ?」「あってるけど違う」「少々突飛なくらいが良いそうだが」「その通りです師匠!」「その通りだけど違う!つか黙ってろ啓吾!」「騒ぐな、黒崎!」思わず叫んだ一護を石田が窘める。小声で、「今更仕方ないだろう。向こうには闇鍋なんてないだろうし……」楽しそうだからいいじゃないか、と本日の主役に言われては仕様がない。それに一護も、ラッキョウとか乾燥無花果とか、わざと外したものを持ってきている。あまり人のことを言えた立場ではない。「はいはい、皆入れて入れて!」小島がぱちぱちと手を叩き、石田と井上を除く全員が、次々と鍋にぶち込む。とたんに広がる甘ったるい匂い。間違いなく、白玉あんみつと鯛焼きが入っている。……喰いたくない。少なくとも、ふやけた鯛焼きはいれた当人に当たって欲しいと、一護は全く信じていない神仏に祈る。「ねえ、もう食べていい?あたしおなかすいちゃった」「そだな」菜ばしが回され、全員が一つずつ鍋の中身をつまんでいく。「なにかどきどきするな!」朽木さんが喜んでくれてよかった、と石田は闇の中で笑う。……ただの現実逃避かもしれないが。「そんじゃ、いっせーのせーで!」浅野が音頭を取り、威勢良く獲物を口に入れる。……次の瞬間、ほぼ全員が危うく吐きかかった。「か、辛っ!」「口が痛い……」「何が入ってんだこれ!」鍋の中からは甘ったるい匂いが確かにしているのに、舌は何故か辛味を伝えてくる。一体何の味が移ったのか、自分の口に入っているのがなにかわからないほど辛い。素材の味が完全に殺されている。「びゃ、白哉……」啓吾や水色はここまでしない。となると、一護には一つの名前しか思いつかない。「てめ、何入れた……?」妹がよそってくれた食材を黙々と食していた男は、さらりと返した。「ハバネロの酢漬け1瓶だ。このためにわざわざ、阿散井を東京まで買いに行かせたのだぞ」「ありがたくねえ!」赤い髪の部下は、辛い辛いと呟きながらせっせと食べている。ルキアも井上も、甘党の筈だがもう立ち直って食べ始めている。チャドも大丈夫だったようだ。が、残りはかわるがわる台所で水を飲むばかり。「慣れるとけっこういけるよね」「うむ、趣があるな」「……」一口で逃げ出した主役は、鍋が空になるまで壁と向かい合ってひたすら耐えていた。
2006年11月22日
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本日のメイン、闇鍋は後回しになった。まあ皆覚悟は決めてきたし、一番爆弾を投下しそうな井上織姫を「胃薬係」として隔離したのだが、それでもなんとなく「明日の朝日を無事に拝めるだろうか」という漠然とした不安があったのだ。「じゃあとりあえずカラオケでも!」ちゃっ、と宴会部長浅野がハンディカラオケを取り出したが、「集合住宅で出来るわけないだろう」本日に主役に叱り飛ばされて撃沈した。「じゃあカラオケしに行かない?思いっきり騒げるし!」と本庄が提案したので、体裁は保たれたが。駅前のカラオケボックスで、死闘一時間。何故戦うかといえば、マイクの奪い合いに決まっている。マイクが回ってこないので、石田などはかえってほっとしていたが……。「あの、わたくし、マイマイクで歌って宜しいかしら?」ルキアが、今更ながらのお嬢様口調で笑顔を振り撒いた。「はいはい、どうぞどうぞ」浅野が音声を切り、ルキアは(チャッピー型の)マイマイクで歌い始めた。……「わかめ大使」のテーマ曲を。ルキアの歌は3分ほどで終わったが、拍手をする気力があったのは井上と恋次の二人だけだった。(兄は、聞き惚れていたので、しない)チャド作曲なのでリズムやメロディーラインは普通のロック調だが、歌詞はスーパーや百円ショップでかかる類、といいたいが珍妙な方向にオーバードライブしている。なんというか、胃に、クる……。「……おい、石田、お前一曲くらい歌えよ」「何故君に言われるのかわからないが……いいよ」あまりこういう場に縁の無い石田は、殆ど必死で流行歌を歌い終えたが、まともに聞いていたのは、三、四人だった。「では、次は私が歌おう」ずっと黙りこくっていた朽木兄が立ち上がったのは、時間終了5分前。(歌いたかったのか)ほぼ全員が心の中で突っ込む。「では兄様、どうぞ」ルキアが恭しくマイマイクを差し出す様子を見て、(また電波な歌か)とやはりほぼ全員が突っ込む。そして始まる、なんだか特撮系のイントロ。「「ウサミミ仮面だー!」」井上と小川が絶叫した。上手い。かなり歌いこんでいる。モノローグにもシャウトにも、全く照れが入らない。だが。キャラに全く合ってない!どう考えても二十歳すぎ、タキシードをびしっと着こなしたクール系美青年のイロモノ曲熱唱に、部下は無表情で手拍子をとり約三名の女性は黄色い声援を送るが、残りはイワユル「点目」になっている。しかし朽木白哉は満足だった。ルキアの嗜好にあわせて習得した曲だが、宴席で歌ってみても喜んでくれたのは十・十一番隊の副隊長くらいのもの。(残りはドン引き)だが、ここには、100%理解した上で喜んでくれる観客が(二人だけだが)いるのだ。自然、拳に力が入る。「俺は俺は 俺は俺は ウサミミ仮面だ!」「きゃー、お兄さんかっこいい!」「隊長さん日本一!」「流石です兄様!」「ささささささ最高ですお兄さん!」おい。周囲の目も気にせず、浅野啓吾は初対面の「男」に縋りついた。「恵まれた容姿に胡座をかかず、さらにウケを狙うその姿勢!俺はまだまだ甘かったっス!」「そうか」よくわからないが相槌を打ってみる朽木兄。(妹の前なので振り払ったりはしない)「貴方こそは宴会キング!エンタメ界の帝王!是非是非ワタクシめを、弟子の末席に加えてください!」「……好きにするがいい」「ありがとうございます、師匠!」浅野は感動の涙を流しつつ土下座した。
2006年11月09日
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「おめでとう石田!」「…………ありがとう朽木さん」井上さん、なんて伝言したんだろう。石田の疑問は、そのまま出席者全員の疑問だったに違いない。ルキアは黒のカクテルドレス、連れの男二人はタキシードだ。古ぼけたアパートの一室から、思いっきり浮いている。ちなみに連れとは、六番隊の隊長と副隊長である。小島と浅野の二人は、初対面の彼女の兄が渋い二枚目なのに反応していたが、幸い、本日の女性出席者の中には、「きゃーお兄さんかっこいい!紹介して!」などというある意味真っ当な根性の持ち主は一人もいなかった。「今日は贈り物が必要だということでな、ちゃんと持ってきたぞほら!」……地で喋っちゃ駄目だよ。石田は注意したかったが、どう考えてももう手遅れなので放っておくことにした。出席者の半数は、朽木ルキアは上品なお嬢様だと思っていたのだが、「ああ、猫を被っていたのか」とそれなりに納得している。が、「わかめ大使ふりかけにわかめ大使茶漬け、わかめ大使カレーにわかめ大使魚肉ソーセージ!」「結構庶民的だね……」「ていうか営業じゃねえか」「わー、面白いね!」「ム……」まとも?なりアクションがとれるのは、前情報のある面子だけで、面白がりの浅野ですらコメントに詰まっている。「で、これがわかめ大使着せ替えシリーズの印税だ!」「わーっ!」視線が突き刺さる。こんなところで、「わかめ大使」に関わっているとばらして欲しくなかったが、これはもうどうしようもない。「お前、そんなバイトしてたのか……」「貧すれば鈍する、って奴だね」「う、煩い」笑ってからかってくれればまだ救われるのに、空気はただただ冷たい。「あ、それとこちらは、わかめ大使のテーマ曲の印税だ」「ム」「お前も共犯かー!」
2006年11月09日
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準備が出来るまで外にいるようにと言われたので、椿台公園で待つことにした。近くの公園にしなかったのは、柊の木があるのはここだけだからだ。柊は目立たないが、純白のとても綺麗な花をつける。そしていい香りがする。この木は、師匠のお気に入りの木だった。(綺麗じゃのう)(でも、葉っぱは痛いです)(だから、魔除けの木と言われておる)(こんなに尖っていたら、魔物じゃなくても近づいてきませんよ)(……そうかもしれんな)この木の下にいると、他愛もなく幸せな気持ちが蘇る。(この木はな、歳をとると葉っぱが丸くなる)(え?どうして?)(さあな。自分で考えてみなさい)(刺で身を守る必要がなくなる、ということかな……)でも、歳をとってもこの木の価値が下がるとは思えない。花も、綺麗なままだろう。(僕も、随分角が取れた……と思う)この一年で。たった一年で。(まだそんな歳じゃないのに……)くすりと笑ったとき、井上さんの呼ぶ声が聞こえて、僕は笑い顔のまま振り返ることが出来た。
2006年11月07日
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「石田君って、花は何が好き?」「え?……山茶花とかかな」水色は苦笑いした。「山茶花を花束にしろっていうの?」「そ、そうか、すまない」小島水色が知っているのは、花束に多用される花だけだ。花木は専門外。「でも生け花にはいいよね」「だからってふつー見ず知らずの家から貰ってくるか?」「ちゃんと奥さんにお願いしたよ」「だから余計腹立つんだあっ!」相方は何時もの如く喚きたてた。別にいいじゃないか、と水色は笑った。僕に山茶花は全く似合わない。寒風の中ひたむきに咲く赤い花は、多分石田君みたいな人でなければ様にならないと思う。でも気にはならない。赤い薔薇は、彼より自分のほうが断然似合うと思うから。「じゃ、鍋の材料を買いにいこっか」「そだな」
2006年11月07日
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「石田、柿食うかー?」「あ、ありがとう」浅野君は、誰が見ても僕より浮かれていた。「旨いだろ、隣のおばちゃんから貰ったんだぜ」「ああ」「ム」「美味しいね」「こらこら、勝手に手を出さないように!」文句をつけながら笑っている。「今日は闇鍋だからね、昼間の内に食べとかなくちゃ」「そんな後ろ向きでどうする!れつご闇鍋!大丈夫!井上さんは胃薬担当だ!」「そうだな、たつきより頼りになる奴は俺は知らねえ……!」黒崎の表情がぱっと明るくなった。だが、僕より楽しみなわけじゃないだろう、きっと。僕は中学校まで、殆ど友達付き合いというものをしなかった。性格的なものもあったし、家庭環境もあったが、なにより僕は「特別な、特殊な人間」という意識が強かった。そして、他人を巻き添えにしてしまうことが怖かった。師匠を見殺しにしてしまった僕は、誰かとともにあることが出来なかったのだ。だから、彼が「お誕生会をやろう」と言ってくれたときは、「高校生にもなって」という言葉も出ないほど嬉しかった。やっぱり「別にいいよ」と言ってしまったけれど。大袈裟だけど、人生ががらりと変わってしまうような気すらしていたんだ。「闇鍋」という、普段なら馬鹿馬鹿しいと思うだろうイベントすら今では楽しみでならない。……多分、変わってしまったのは人生でなくて、僕自身なんだろう。
2006年11月07日
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「何であんたが参加するのよ。石田と口きくのなんて月に一度のくせに」「あら、闇鍋なんて美味しいシチュエーションを逃すわけには行かないわよ!そのため「だけ」にプレゼントも用意したわ!」「大声で言うな」まあ話をふったのはあたしだけど。欲望に眼を輝かせている千鶴が、ふっと声をひそめた。「……で、織姫と石田ってどうなってるの?」「知らない」知ってたって教えるもんか。「本命の黒崎の前でああ仲良くするなんて、計算でも天然でもぞくぞくしちゃうわね!黒崎が食いつかないのが残念だけど」一護をおとすなら既成事実を作るところから始めるしかない。……とは、こいつの前では言えない。「黒崎と石田じゃ当然プレイ内容も違うわよね」「具体的に妄想するな」「でもどちらも、公開プレイは好きそうじゃないわ」「見せてどうする」「織姫が好きそうなものを選んだつもりだけど!石田が石田のくせに拒否したらどうしよう!」「当人が喜ぶものを選べ!ていうか何を買ったんだあんたは!」「それは今夜のお楽しみ……ぐほっ」とりあえず、腹に一撃入れて黙らせた。こいつ……マジで朝まで起き上がれないようにしといたほうがいいかもしれない……。
2006年11月06日
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住所は知っていた。訪れたことはなかったけれど。コンコン。朝なので慎重にドアを叩く。「石田、起きてる?国枝だけど」少し前を置いて、出てきたのは家主じゃなかった。「え、茶渡?」「ム。どうした」……いや、気にするのはやめよう。あたしの知ったことじゃないし。「ケーキ持ってきたんだけど」「ム」上がれということらしい。警戒するのも馬鹿馬鹿しいのでついていく。「おはよう、国枝さん」ひょっとしてまだ惰眠を貪っているのかと思った石田は、台所に立っていた。味噌の匂いがする。「朝ご飯は?」「済ませてきたわよ」バナナとミルクセーキだけど、と心の中で付け加えていたのに、なぜか三人分食器が並べられる。「ちょっと」「朝はきちんと摂ったほうがいいよ。小川さんも心配してた」嫌だな、筒抜けなのか。しかもこの量はなに?ご飯に吸い物に鯖の味噌煮、白和えと漬物。朝から一汁三菜?「放課後は部活で来れないから、ケーキを持ってきたわ」「ありがとう」茶渡が買ってきたんだろう箱の隣に置かれる。チーズケーキにしてよかった。多分被らないはず。「朝ご飯の後にしよう」と今日の主役が言うので、渋々手を合わせようとしたとき、ドアががんがんと叩かれた。「おい石田、起きてっかー?」黒崎だ。三人の視線が交錯し、結局あたしが席を立った。「おはよう黒崎」「え、えーっと……」眼を白黒させてるオレンジ頭。ひょっとしてまだあたしの名前覚えてないわね。「プレゼントを持ってきたとか?」「あ、ああ、ケーキを」「だったらあたしもそうよ」「な、なんだそうなのか」あからさまにほっとした声。ああ、そうか、朝から石田の家に女がいたから驚いているのか。そんな常識忘れてたわ。遠慮なく黒崎も上がりこみ、ケーキの箱が三つになった。今日は闇鍋パーティだと浅野が言っていた。鍋の中に放り込まれるより、朝のうちに胃に収めて欲しかったけど、これはちょっと厳しいかしら?朝食は4人分に盛りなおされるみたいだけど……。しかし男連中は別に気にする様子も無い。やっぱり胃の大きさが違うのかと考えていたら、またドアが叩かれた。「おはよう石田君、ケーキ持ってきたよっ」……よく見ると、朝食は4人分でなく5人分に分けられていた。ケーキは、結局半分以上織姫が食べた。
2006年11月06日
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「ね、ねえ織姫、石田君のサイズって知ってる?」「勿論、スリーサイズから指輪のサイズまで知ってるよ」「(流石にちょっと複雑……)あのね、お誕生日にこれ、どうかなって思って」そういって渡したのは、何故か手芸誌ではなくグッズ系の雑誌。「わっ、何これ可愛いー!メイド服?」ぴしり、と家庭科室の空気が固まる。「クロミメイド。すっごく可愛いでしょ?」「いいなーあたしも欲しいなー」「織姫にはマイメロの方が似合うよ」百歩譲って井上上級委員に似合うと認めても、石田部長には全く似合わないだろう。というか可愛いだけなら自分用に作ればいいだろう。男へのプレゼントの選択基準が明らかに間違っていないか?(ほぼ)全員が心の中で突っ込む。「あ、ひょっとして石田君人形にうさ耳つけなかったの残念だった?」「残念は残念だけど、織姫の作るものに文句言ったって仕方ないし。あたしも手芸部なんだから、自分で補完するよ」「そうだねみちるちゃん、頑張ろうねっ」「うん!」「……」今月一杯は部室でマイメロの話題は避けよう、部員たちは良心に誓った。
2006年11月05日
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それはプレゼントの入手、もしくは作成だ。一護は迷っていた。当日の放課後に誕生会をやろうと言い出したのは啓吾だ。前後の休日でもいい、というか別にやらなくてもいいと当人は言ったのだが、彼が騒ぐチャンスを逃すわけが無い。(しかも、女友達の多い人物の誕生会なのだ)一護も当然のように頭数に入れられていたが、プレゼントがどうしても決まらずにいた。「じゃあこれ持ってくか?産地直送ギフトセット」「お歳暮をそのまんま流用か!んなケチくさい真似が出来るかよ!」「石田は、息子んとこに歳暮を全部転送したらしいぞ?」「……つくづくおかしいよあの親父……」「一兄は何貰ったわけ?」「……参考書」「じゃあこっちも本にしたら?手芸の本とか料理本とか」「買えるかー!」「だったら、あたしがお菓子を作るよ?」「……駄目」「え?」「闇鍋パーティなんだ……持ち込んだ食い物は全部鍋に突っ込まれる……」「駄目だ、わかんねえ!」「……誕生日に参考書寄越すような奴に、そんな手の込んだプレゼント贈る必要ないと思うけどな」「インパクトだったら、絶対井上さんや浅野さんに負けるよね」「父さんはやっぱり、実用品が一番だと思うけどなあ……」
2006年11月05日
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古文の先生がお休みだったので、自習になるのかと思ったら越智先生がやってきた。「小テストだ。好きな歌人を一人と、そいつの和歌を一首書け」えー、と声があがったが、普通百人一首(の内一部)くらい覚えているもんじゃないのか?僕は少し考えて、「小野小町」と書いた。「色みえでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける」百人一首を選ばなかったのは、学年主席の意地というか見栄だ。提出後は、騒がなければ好きにしていいという話のなので、読みかけの本を開く。やはりあっさり出来たらしい、井上さんと国枝さんが何か小声で話している。黒崎も早かった。茶渡君は少してこずったようだったが、それでも30分くらいで提出した。最終的な提出率は、およそ60%というところだろう。「何で皆書けるんだよ!」最後までかけなかった浅野君は半泣きになっていた。「オレんち、正月には毎度カルタやるし」「基本だよね」「うちにそんな高尚な習慣はなああい!」「で、皆誰って書いたの?あたし軽太郎女!」話題を強引に変えたのはいいけど、その人選は正直どうかと思うよ井上さん……。実の兄と心中した人じゃないか。「清少納言」これは国枝さん。僕の彼女のイメージそのもので驚いた。「泉式部」本庄さん。「在原業平」小島君……は、結局歌が別人のものだったらしい。「源実朝」百人一首じゃない。そういえば黒崎は国語は強かった。「石田は?」「小野小町」皆がぷっと吹き出し、浅野君が抱きついてきたので振り払った。べ、別に絶世の美女だからじゃないぞ!純粋に、彼女の歌を愛しているんだ!「そういえば、茶渡君は誰の名前を書いたんだい?」その後散々からかわれて時間切れになってしまったので、聞いたのは翌日だ。茶渡君はレタスのチャーハン(彼のリクエストだ)を食べながら答えた。「文屋康秀」……イメージと違う。正直、それほどの歌人とは僕は思っていなかったので、少し驚いた。「花の木にあらざらめども咲きにけり古りにしこのみなる時もがな」そんな歌は知らない。必死で現代語に訳そうとしたら、あっさり教えてくれた。「花の咲く木ではないのに花が咲いた。古い木の実のような自分にも、何時か花が咲く日が来るだろうか」「……」咲くはずのない花が咲いて欲しいと彼は歌った。でも僕は。「……色みえでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける」「ム。……わからん」わからなくて良かった。(花の色は目に見えて褪せるけれど、目に見えず色褪せるもの、それが人の心の花だ)花なんてすぐに駄目になるんだと僕は歌った。同じ花を詠んでいるのにどうしてこう救いが無いのかと、僕は少しだけ悲しくなった。
2006年11月03日
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(「これも一種の恐怖政治」の続き)「井上さん、何かいい案ない?」石田雨竜は迷っていた。自業自得といえないことも無いが困っていた。「キューピットさんでいくんじゃなかったの?」井上織姫は可愛らしく小首を傾げたが、怯える五人の男たちには可愛い女悪魔にしか見えない。「鍵根先生が、男のスカート姿は公衆に晒すもんじゃないって」(ありがとう鍵根先生!)どちらかというと嫌われ者の体育教師、鍵根の決して短くない教員生活の中で、これほど真摯な感謝の念を抱かれたことはいまだ無かったに違いない。「そうだね、もっと草葉の陰の花のようにひっそりと楽しむもんだよね」うんうん、と頷いた井上は、部室から持ってきた「古今東西制服図鑑」をぱらぱらと捲り、「半ズボンとか……提灯ブルマ?全身タイツとか……それくらいしかないよね」「タイツは苦情がこない?」有沢たつきが心配そうに突っ込む。流石に、手芸部だけに任せるのには不安を感じるらしい。「じゃあ南瓜パンツの王子様スタイルで行こうよ!」「布地が多すぎるよ。やっぱり半袖でないと」「これって、チアガール服の話じゃなかったっけ?」浅野啓吾が恐る恐る突っ込んだが、当然無視された。「水兵さん、ボーイスカウト、お坊ちゃまスタイル……なんだか今ひとつだよね……」「うーん、捻りが無いっていうか、パンチが足りないっていうか」「執事さんはどうかな」「小川さん、半袖半ズボンでは執事さんの魅力が一割も出ないよ!ガクランと色が被るし!」「ごっごめん石田君」(何でもいいから早く決めてくれ)会議に出席を求められたものの、発言権を与えられなかった面々はもうとっくにダレている。水兵さんやボーイスカウトなら、比較的まともに思えるせいもある。「あ、いいの見っけ!」怪しげな図鑑と睨めっこしていた井上が大声をあげ、黒崎一護は全身が汗で濡れるのを感じた。大体ろくなパターンじゃない。「幼稚園児スモック!」「流石だよ井上さん!」「フザケんなあ!」石田の賞賛にかぶせる様に黒崎は叫んだ。「絶対御免だ、それにするならもうお前らとは一生口きかねえぞ!」「どうして、可愛いのに!」「恥ずかしいから嫌だ!」魂からの叫びに、井上も一瞬困ったように眉を寄せたが、すぐに「じゃああたしも一緒に着る!だったらいいよね?」「嫌だってんだろうが!」相変わらず会話が成立しない。話せば話すほど袋小路に入るような気がする。「水兵で決まりだ!」「え、水兵さんがいいの?」いや、ベストというよりベターだが。「ガクランと対になるのは、セーラー(水兵)に決まってるだろうか!」「ああ、なるほど!」ちょっと微妙な理屈だが、井上は素直に手を叩いた。「流石黒崎君、論理的な意見だね!じゃあ水兵さんに決定!」「……まあ、井上さんがそういうんならいいよ」「材料費も安く上がるしね」「うん、いいと思う」「良かった良かった、これで視界の暴力は免れた」……GJ俺。黒崎は久々に、確かな満足感を感じていた。
2006年10月28日
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(「一部製作者に還元されます」の続き)「今日の放課後から応援団の練習に入るから。全員集合厳守!」「ふざけんな!」何故か何の権限も無いはずの石田が、朝のHRで厳命し、ブーイングが上がった。無論、彼にチア役を押し付けれれた面々によるものだ。「10教科30点」「は?」「無事体育祭を勤め上げれば、全教科で計30点が加算される。僕が先生たちに言質を取って回ったんだよ、有り難く思いたまえ」大島その他二名はちらりと視線を交し合った。練習も本番も絶対御免だが、中々魅力的な条件だと認めたのだ。「俺とチャドは成績上位だぜ、こう見えても」「甘ったれるな黒崎一護。君たちは進学しないのか?国立を目指すため、成績は少しでもいい方がいいに決まっているだろう!」……まあ、それはそうだ。黒崎には妹が二人居るし、茶渡はそもそも進学資金を自分で出さなくてはならないのだから。少しでも学費を下げるため、内申書を嵩上げできるならしたほうがいい。「けど、写真が残るじゃねえか」「……大島くん」尤もな反論に、何故か石田が笑った。アルカイックスマイルという奴だ。何処か恐ろしさを感じさせる笑み。「ご母堂からまだ何も聞いていないのかい?」「ごぼどー?」「君たちのご両親にね、昨日連絡をとらせて貰ったんだよ。「お子さんが学園祭で大役を勤めることになりましたが、どうにも乗り気でなく当日ばっくれる危険があります。どうかご協力頂けないでしょうか」ってね」「協力?」さっぱりわからない。昨日母親は妙に機嫌が良かった。少なくとも、お説教なんかされていない。黒崎の仏頂面も明らかに引きつっている。そして石田は言い放った。「お子さんが逃げた場合、保護者の方の代役をお願いします!」「何いいいいっ!」これは恐ろしい。自分がチアも嫌だが、いい年した母親がチアガールなんて嫌すぎる。しかもひょっとしてノリノリ?「大島君のご母堂は是非一度やってみたかったと仰ってね。練習に参加したい、衣装も作って欲しいって、ほら、もう仕立て代受け取り済みだよ!」「ぎゃああっ!」満面の笑みで一万円札を見せる石田に絶叫する。「お、おい、うちは父子家庭……」「ああ、黒崎のお父さんからももう料金徴収済みだよ」あの馬鹿親父。きっと喜んで引き受けたんだと思うと、背筋が寒くなる。「俺はともかく妹たちが学校に行けなくなるだろうが!」「君が真面目に務めればいいことだ」「て、てめえ……!」「ム……」残り一名、保護者のいない茶渡は目を白黒させていたが、「茶渡君は、ご褒美や脅しをちらつかせなくても、僕のいうことなら聞いてくれるよね?」「……」「聞いてくれるよね?(笑顔)」「わ、わかった」(それは脅しだろう)クラス中が思ったが、無論誰も口には出さない。放課後、全員が唯々諾々と命令に従ったのは言うまでもなかった。
2006年10月28日
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(「本番は未定」の続き)「えー、チャイナにセーラー、スッチーにナース、婦警さんにメイドさん、ロリータにゴスロリ、定番が二種、全て標準サイズ型紙作成済み!流石っスね石田部長!」「部長としてこの程度は当然だよ。年に一度のかきいれ時だしね。井上さんも小川さんも、ちゃんとノルマを達成しているじゃないか」「いやあ、女の子の夢と男の子の妄想を見事に融合させる石田君の豪腕にはとても敵わないよ!ね、みちるちゃん」「本当だよね、これ高く売れるよ絶対」「……褒め言葉として受け取っておくよ」「織姫はハロウィン仕様?」「当たりっ、吸血鬼とミイラ男とジャック・オー・ランタンだよ。みちるちゃんはアーミー系を狙ってみたんだね」「う、うん、意外性があって面白いかと思って……」「たつき、何やってんだあいつら」「ああ、手芸部でチア服を作って売るんだって。型紙はオークションで落として、作成も依頼するなら一着一万。既製品より断然目立つから、結構需要があるってさ」「……うちのクラスは?」「石田が、ノルマ達成した後で書いてくれるって言ってる。せっかくだから色々リクエストしたら?あんたたちの勝負服」「スカートハ イヤデス」「却下」「リクエストに応じろー!」
2006年10月18日
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高校生ともなれば、体育祭など「ダルい」で済まされがちになる。しかしこの2-3では、実行委員にクラス一の武闘派・有沢竜貴と、クラス一のお祭り男・浅野啓吾が任命されたということで、それなりの活気を持って迎えられようとしていた。「まず応援団員を決めようと思うんだけど。チアガールとガクランが五名ずつ。誰か希望者は?」「やりまーす!」威勢良く手を上げたのは、実行委員有沢の親友で、クラス一の悩殺ボディを誇る井上織姫である。この瞬間、教室の気温が一気に数℃上昇したが、「あたしガクランって一度着てみたかったんだ!」の一言に一気に冷めた。(ちなみに空座高校では一年置きに文化祭と体育祭をやるので、去年は文化祭だった)「ガクランも悪くないわね、あたしもやろうかしら」何時も織姫に纏わりついては破廉恥な発言を繰り返す本庄千鶴は、意外と好意的だったが、その意見に頷く男子は若干三名にすぎなかった。(うち一人が、井上の本命である黒崎一護であったことは、多少問題だが)「わたくしも着てみたいですわ!」「チアガールは嫌だけど、そっちならいいわ」「じゃああたしもやろうかな」おしとやかな朽木ルキアが目を輝かせ、才媛国枝鈴がクールに述べ、実行委員有沢が立候補すると、あっさりガクラン枠は埋まってしまった。……おいおい。「ちょっと待って君たち!チア枠はどうするの!」慌てて浅野が突っ込んだのは、決してよこしまな理由のみではない。応援団は着替えるので、拘束時間が長い。男女五名ずつなら問題ないが、女子のみとなってしまうと、前後の競技に女子がたりなくなってしまう。「そんなの簡単じゃない」井上が輝くような笑顔で言った。「男子がチアをやるのですよ!」……やっぱり。およそ一年半、この笑顔と感覚に付き合ってきた面々は、内心で溜息をついた。「じゃ、チアの希望者は?」有沢が当然のように聞いたが、手を上げたのは、「唯一似合いそう」と自他共に認める小島水色一人。当然である。井上のように「一度チアガールの服を着てみたかったんだ!」などと言えば、残り一年半の高校生活、彼女が出来る可能性は限りなく零に近づく。「じゃああたしが、適当に選抜するから」本庄がやはり当然のように言い、小島以外の全男子が青褪めた。実行委員でもない彼女にそんな権限がある道理がないのだが、そんな道理が通じるタマではない。「あ、石田君を忘れないでね?」「おっけーヒメ」「ちょっと待ってくれ二人とも!」あっさりと話が進み、チア服の製作委員長に内定している石田雨竜は慌てて席を立った。有沢は全く動じず、黒板に「石田」と書き込む。「僕は体育祭まで物凄く忙しいんだ!練習時間の長い応援団なんて出来ないよ!」嘘ではない。石田は手芸部部長で、イベント前には例外なく忙しいのだ、この部は。しかし。「大丈夫、あんた頭も運動神経もいいからすぐ覚えられる」「……有沢さん、僕君に何かしたかな?」「一緒に応援しようよ、石田君」「だから無理だよ井上さん!」「ずべこべ言ってんじゃないわよ、ヒメのご使命なんだから有り難く思いなさい!」……念のため断っておくが、有沢も本庄も、別に石田のチアガール姿が見たいわけではない。「まあこいつならそこそこ見られるだろう」という理由で賛成しているだけだ。「ねえ、黒崎君も茶渡君も石田君のチアガール見てみたいよね?」井上は当然のように同意を求めたが、黒崎は「俺に話を振るなあっ!」と叫ぶことも気恥ずかしく机に突っ伏した。その親友である茶渡泰虎のほうは、「俺は反対だ」「どうして?見たいでしょ?素直になろうよ」「見たいが見せたくない」……正直すぎだ。ほぼ全生徒が机に突っ伏した。当の石田は椅子にへたり込んだ。恥ずかしくて顔が上げられない。「井上」「なにー?」茶渡は井上を呼ぶと、内緒話をするように耳に口を寄せた。「ふん、ふん。了解、それで行きましょう!」井上はぐっと拳を握ると、「たつきちゃーん、石田君はやっぱり無し!」「……ああ、そう」有沢は理由も聞かず黒板から石田の名を消す。石田が大きく溜息をつく。何だか自分だけが理解できてないような気がして、黒崎は前の席の石田にこっそり聞いた。「なんだ、今の裏取引は」「……多分、二人の前でだけ着て見せるとかそういうことじゃないかな……」「………………お前、シェアされてんの?」「余計なお世話だ!」否定するかと思ったら、自分でも薄々そう感じていたらしい。ばっと手を上げると、「提案!」「どーぞ」白けきった浅野が促す。「チアは、黒崎とか茶渡君とか大島君とか、いわゆる不良と呼ばれる人たちにやってもらうのがいいと思います!」「ちょっと待て!」いきなり話をふられて、一応本物の不良である大島とこの子分たちがドスを聞かせるが、一見おとなしそうな石田が一歩も引かない。「いいじゃないか。人間関係にも成績表にもプラスになるよ」「なってたまるかー!」「じゃ、決まりね」「たつき!勝手に俺の名前書くんじゃねえ!」「いい加減決めないと、他の競技だってあるんだからさ。この際ウケ狙いもいいかもしれない」「楽しみですわ、黒崎君のちあがーる!」「ルキアーっ!」そんなこんなで、応援団選出の時点で皆気力を大方使い果たしてしまったため、一般競技の選出はかなり時間がかかることとなった。
2006年10月16日
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(「その肩に咲くのは何の花」の続き)「……うっす」「おはよう黒崎君、突然ですがアンケートでーす!」「朝っぱらから元気だな井上」「あのねあのねあのね、石田君には猫耳と犬耳と兎耳、どれが一番似合うと思いますか?」…………すいません先生気分が悪いんで帰っていいですかー?一瞬意識がフェードアウトした。「何だその痛い企画」出来れば聞かなかったことにしたいが、無視しようが怒鳴りつけようが動じるような奴じゃないことはよく知っている。「来月石田君のお誕生日があるでしょ?石田君人形を作ってプレゼントしようと思うんだけど、せっかくだから、可愛い耳と尻尾をつけて石田君の可愛さをグレードアップさせようと思って」ああなるほど、それで石田が教室にいないのか。居たたまれずに逃げたな。……どうしてこんな変な女と関わっちまったんだろうな、俺もお前も。「ちなみに現在の投票数は22、猫8票、犬とうさぎが各4票、狐3票、リスとあらいぐまとこまねずみに1票ずつとなっております!」さいですか。朝からこんな阿呆な話題を振られて、教室内の空気も何処と無く澱んで……もといピリピリしている。「たつきの奴、なんか機嫌悪くねえ?」「うん、たつきちゃんは猫に投票したんだけど、同じ猫派の鈴ちゃんたちと意見が分かれちゃって」「?」「たつきちゃんは三毛猫、鈴ちゃんはロシアンブルー、真花ちゃんはシャムネコで一歩も譲れないって」「石田関係ないだろそれ!」たつきは元々日本猫が好きだろうが!「失礼な、ちゃんと石田っぽいのを選んでるわよ!」げ、女たちの矛先がこっちに向いた!と思ったら、「そうそう、可愛いだけならスコティッシュブルーが一番だって!なんたってあの耳が!」「……アビシニアンの方が可愛いわよ」「あんたら血統書つきしか猫と認めないタイプか?」「誰もそんなこと言ってないでしょ!」……もう勝手にやっててくれ。「ちなみに浅野君がこまねずみで、小島君はあらいぐまだって」微妙に真面目に答えてるなあいつら。「チャドは?」「……保留だ」「……」こいつのことだから、お題を聞いた途端に脳内トリップして、ありとあらゆる可愛いもののパターンを考えて収拾つかなくなったんだろうな……。「そうだ、何時かみたいに熊のぬいぐるみ作って、それにあの変な服着せればいいんじゃねえの?」キメラな石田より少しはましな気がする。「あ、それならもう石田君が作ってるよ」「作ったのか!」「うん、茶渡君の部屋に茶渡君ベアと黒崎君ベアの間に置いてあった」「俺のもあるのかよ!」「あたしと朽木さんのもあるし」「……」もう勘弁してください。「で、黒崎君は何がいいと思う?」「……全部作ればいいだろ……」もうなにがどうでもどうだっていいです。俺は自分の交友関係を本気で後悔していた。
2006年10月15日
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「おい」いつもどおりの仏頂面で、何か差し出すから何事かと思った。「何?」「……誕生日おめでとう」「……」井上さんがちらりとこちらを見た。でもフォローしてくれる気はないらしい。「黒崎……」ほんの少し嬉しい自分が悲しい。「僕の誕生日は11月6日だ!」「何ーっ!」いや、君が僕の誕生日を調べてくれたらしいことは嬉しいんだけどね!何がどうして一月フライングするかな。「まあ、くれるというならありがたく貰っておくけど」「冗談じゃねえ。返せ」「でも、匂いからしてそれはなまものだろう。一ヶ月取っておくつもりなのか?」「うー……喰いもんが一番後腐れなくていいと思ったのに……」「皆で食べれば確かに何も残らないね」小島君が容赦なく突っ込み、黒崎は鬼のような顔でリーフパイを齧った。僕の為にあまり甘くないお菓子を選んでくれたんだな、と気付き、僕は素直に嬉しがることにした。
2006年10月06日
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「石田、顔色が悪い」「君のせいじゃないか」僕は罵った。そうだ、君が悪いんだ。君が僕を庇って、そんなに血を流して、だから僕は血の気がひく思いなんだ。「馬鹿じゃないのか」どんなに頑丈だって、傷つけばやっぱり血が出るんだ。「カンナの花が咲いている」「もう散ってしまったよ」それは君の血だ。赤い血が草の緑の上に飛び散って、涙が出そうなくらい綺麗だと僕は思った。
2006年10月06日
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ハンバーガーを食べたことがないといったら奢ってくれた。パンだけで千円と言われてひっくり返りそうになった。「え、百円とかじゃないのか?」「俺もこれは初めてだ」サラダセットとデザートをつけたら一人二千円近くになり、僕は小声で「やっぱりいい!」と訴えたが、無視された。どれも思っていたよりずっと美味しかったけど、これは本来の彼の何日分の食費なんだろう……。僕はそれからしばらく二人分お弁当を作った。数ヵ月後、井上さんたちとその店に入ったら、もうあの馬鹿高いハンバーガーは売ってなかった。売れ行きがよくなかったんだろうか?それ以来ファーストフード店には入っていない。僕がハンバーガーを食べたことがないのは、師匠も竜弦もファーストフードが嫌いだったからだ。体に悪いと散々言われていたので、僕も食べる気になれなかった。あの日、奢りとはいえどうしてその気になったのか、彼がわざわざ一番高いものを食べさせてくれたのか、突っ込んで考えると結構頭痛ものなので考えないことにしている。ただ、今でもその店の前を通るとそのことを思い出して、せっかく収入のある大人になったのに、あのハンバーガーをもう一度食べられないのは残念だな、と思う。そして彼の為に、豪勢なハンバーガーを作ってみたりする。
2006年09月29日
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石田は朝から機嫌が悪い。どうも、また父親とやりあったらしい。「石田君のお父さんってどんな人?」水色が軽い調子で尋ね、一護は少し仰け反った。気持ちはわかる。……怖いからな。「象牙みたいな奴」石田は文庫本を片手にむっつりと答えた。「象牙?」「白くて硬くて冷たくて若作り。僕が子供の頃と殆ど変わらないんだよ。古参の看護婦さんたちに、「人魚の肉でも食べたんじゃないか」って噂されてる」「あたしお兄さんだと思ったもん」井上が話しに混ざった。「石田君も歳取らないの?」「いや、取るんじゃないかな……?」「えーっ、勿体無い、あやかろうよ!」「いや、僕は人間だから」「……石田の親父は人間じゃないのか?」啓吾はなんだか冷や汗をかいている。象牙か。何度か対面した(してしまった、が正しい)冷ややかな面を思い出す。顔の造作は石田にそっくりなのに、石田のような体温や感情が感じられなくて、石田の白い顔の中に赤い血が巡っていることを逆に意識した。石田も、何時かこんな風に何かを凍りつかせてしまうのかと怖くなった。俺があの人に感じたのは、そういう意味での恐ろしさだった。(一護はもっと単純な恐怖を覚えたらしい)そうか、象牙か。「石田は、父親を嫌っているわけじゃなかったんだな」「はあ?」石田は眉を顰めた。「今の話を聞いてどうしてそう思うんだ」「象牙は有機物だから」「……わからないな」白くて硬くて冷たくて、でもそれは確かに体温を残している。不変のわけもない。「にぶいなあ茶渡君は!あたしずっと前からそう思ってたよ?」「「ええ?」」石田と一護が同時に叫んだ。「そうなのか石田?」「違う違う断じて違う!」石田は真っ赤になって否定する。その様子がおかしいと啓吾と水色が笑う。俺も笑った。お前はあの象牙のような父親とは違う。その証しを眼にすることが出来て、幸いだと思った。たとえ何時か石田が冷たい象牙になっても、この色を忘れまいと思った。
2006年09月29日
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「結婚はしなくていいのか」食事中に急に聞かれてむせ返った。問題は配偶者でなく子孫だとわかっているから、別に怒りはしないけれど。「しないよ」石田家は僕で終わりだ。師匠が死んだ時から、そう決めている。たった二百年前には沢山いたはずの僕たちは、死神に殺され滅びてしまった。ここにいる僕は、生きた化石だ。滅却師という異物を内包した小石にすぎない。燃やせば跡形もなく消えてしまう。茶渡君は不機嫌に黙り込んだ僕の頭を、大きな手で撫でた。食事中なのに、僕は子供でも猫でもないのに、何がしたいのかわからない。「一人にはしない」「……」そうだね、僕が琥珀なら、君も琥珀かも知れない。何も残せない僕の孤独を、君の褐色の手が包んでいる。僕は君に内包されて眠りにつくのかもしれない。遺伝子情報は、残せないけれど。
2006年09月26日
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隣の部屋が空いた。実家に帰るのだという。家具や電化製品、食器など、持ち帰れないものはただでくれるということで、有り難く参上することにし、ついでに茶渡君と井上さんを誘ったら流石に呆れた顔をされた。ちょっと恥ずかしくなって、お礼にお昼とお弁当(夕ご飯)を作った。……井上さんの笑顔のほうが効いていた気がしたけど。茶渡君は二人分の戦利品を運んでいき、井上さんは掃除を手伝ってから帰っていった。僕も掃除に加わり、部屋に戻って4人分の食器を洗った。そう、僕の部屋にはいま、4人分の食器があるのだ。これはちょっと凄い。昨日までは精々2人分だったのだから。遮光カーテンは井上さんとじゃんけんして、僕が負けた。でも布団乾燥機の時には勝った。MDラジカセは茶渡君と井上さんがじゃんけんし、茶渡君が勝った。結婚式の引き出物だという大皿も2人で争い、今度は井上さんが勝った。普通の食器を欲したのは僕だけで、ハンガーは全部部室に持っていくことになった。僕と茶渡君は傘立てを競い、茶渡君が勝った。目玉商品である炬燵は全員が希望し、結局僕が勝ち取った。でもサンセベリアの鉢植えを茶渡君に取られてしまい、結局炬燵と交換した。(傘の形の傘立ても貰った)茶渡君は音楽誌、井上さんは漫画を根こそぎ持っていった。炬燵は逃したけど、僕は十分ご機嫌だ。観葉植物の鉢を、僕は部屋で一番日当たりのいい場所に置いた。マイナスイオンを発生させるというので、ずっと欲しかったんだけど、身分不相応だと思っていたんだ。虎の尾に似ているという葉っぱをひっぱり、「虎のしっぽってこんななのか」と逆に考える。こんもりしていてなんだか納得する。鉢植えを背に僕は少し眠った。眼がさめるともう日は落ちていて、急に寒気を覚えた。寒いと同時になんだか淋しくなってきて、僕はとりあえず肉厚の葉を掴んで口付けた。のろのろと立ち上がったが、あの炬燵にあたりたいとばかり考えていた。
2006年09月26日
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台風が過ぎた後の空は綺麗だけど、地上は大抵酷いことになっている。例えば近所の公園では、花壇のコスモスが全部なぎ倒されていた。可哀相に。こんな細い茎では、ひとたまりも無かったに違いない。無残な光景だった。「石田」「茶渡君」ぼんやりコスモスを眺めていたら、茶渡君が走ってくるのが見えた。「大丈夫だったか?」「ああ」僕は一晩、安全な部屋の中に閉じこもっていたから。「コスモスは折れてしまったけど」「心配ない」「え?」「コスモスは強い。また立ち上がって花をつける」そう……なのか。だったらいいのだけれど。「花は見かけじゃわからない」「なるほど。……でも、僕も見かけほど弱くないからね?」「自己評価ほどじゃない」へええ。「じゃあ君は、この花ほど僕を信用していないってわけかい?」「そういうわけでは」ああ僕は本当に性格が悪い。君は一晩中ボランティアに走り回っていたというのに。恐らく一睡もしないまま僕の様子を見に来てくれたのに。僕の助力を断ったのも、ただ僕のウェイトが軽すぎるというだけだったのに。「朝ご飯、食べていくかい?」「え?」「そろそろ停電も終わりだろうし、電気が無くても何か作れるよ」「……頼む」本当に空が綺麗だ。地表はぐちゃぐちゃだけど。でもコスモスはもう一度立ち上がるし、僕たちはちっともへこたれてなんかいない。この町はすぐに秩序を取り戻す。アパートの玄関を空けたら、もう停電は終わっていた。
2006年09月24日
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茶渡君が珍しく食後のデザートを提供した。深紺色の葡萄。巨峰かと思ったら違うらしい。(巨峰は、100g45円では売らないだろう)巨峰より少し小粒だけど、甘くてとても美味しい。ぷちぷち。皆で一生懸命食べる。「葡萄って旨いけどさ、食べるのが面倒だよなあ」「文句があるなら食べなくていいよ、啓吾」「有り難く頂きます、はい」一房を男五人で食べてるんだけど、なかなか減らない。ぷちぷち。何となく黙って食べる。(時間がないから)ひょっとして。食べるのが遅い僕が十分食べられるよう、わざと食べにくい物を選んだのかい?他に理由が見つからない。僕は強がりで見栄っ張りの狐だ。葡萄が手に届かないからといって、「どうせあの葡萄は酸っぱいのさ」と言い捨てた狐だ。でもお人よしの葡萄は自分から僕の元に下りてきて、僕はその甘さを堪能した。
2006年09月24日
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「石田、今度の日曜空いているか?」「空いているけど」「料理を作ってもらえないか?」料理なら年中作っている。君が今つまんでいるきんぴらも僕の作品だぞ忘れたのか。……そんな真剣な顔で頼むようなことじゃないだろう。「リクエストは?」「家庭料理」「大雑把すぎるよ」「華やかな……いかにも女の子が作ったという感じがするのがいい」華やかな家庭料理ってどんなのだよ。っていうか、君もやっぱり見栄を張るんだね……。僕は溜息をついた。茶渡君の音楽関係の友人にお祝い事があったそうで、彼の家で簡単なパーティーをするらしい。料理の予算は、一人二千円。「それだけあれば、仕出しを頼めるんじゃないか?」「味気ない」まあね。オードブルと幕の内って感じだ。豪華だけどちょっと淋しい。「皆一人暮らしだから、手の込んだものは普段食べていないんだ。牛丼とかコンビニ弁当とかカップめんとか、そんなものばかりで」……聞いてるだけで気が滅入ってくるよ。「わかった、引き受けよう」「助かる」ここまではどうってことのない普段のやり取りだ。でも僕は、一般的にお料理をするのは女の子だってこと、茶渡君がその誤解を解くには余りに口が重いってことをうっかり忘れていた。そして僕は早朝に料理を作り、早々に退散するというあまり嬉しくない状況に追い込まれた。作り置きできて、家庭的で、しかも女子高生が作りそうなものでないといけない。予算だって高いとはいえない。救いは台所がある(温め直せる)ところだろうか。きのこご飯と肉じゃが、キャベツのスープ、温野菜のサラダ。鯖の味噌煮を作っていいだろうか。味が濃いから冷めても大丈夫かな。茶碗蒸を作りたいけど容器がない。揚げ物はどうしよう。カロリーが高いけど、ないと物足りないかな。デザートは前もって作っておこう。とにかく量がないと。前日茶渡君の部屋に泊めてもらい、一時間早起きして下ごしらえをしてもらった。(指示は夜のうちにした)それでも十人分(よりちょっと多め)の料理を作るには、二時間以上かかった。盛り付けが終わったのは八時すぎ。気の早い客なら半にはくるだろうという事で、僕は挨拶もそこそこに家に帰り、朝食をとった。僕も混ぜてもらって、料理の感想を聞きたかったのに。料理は女の子がするものなんて、誰が決めたんだろう。もう一度料理する気になれなくて、パンを途中で買ってそれで済ませた。二度寝しようと布団を敷いていたら、茶渡君から電話がかかってきた。「一人欠席の連絡があった。代わりにこないか?」労力の提供者ではなく、あくまで消費者としての招待だという。僕の料理(三分の一は茶渡君だけど)は大好評だった。ただでご飯を食べたってことで、僕が洗い物をすることになった。まあ、大体紙の食器なんで大した手間じゃないんだけど。「どうだった?」洗ったものを拭きながら茶渡君が聞いた。「おかしかった」僕は苦笑した。酷い言い草だが事実だから仕方ない。お客たちは料理と、それを作った女子高生料理人を大絶賛していた。茶渡君は何時ものポーカーフェイスだけど、僕は笑い出さないよう必死だったんだ。料理が上手いから、きっと可愛くて性格のいい子なんて、男って本当馬鹿だよね。(僕も男だけど)ここで僕が名乗りを上げたらどうなるんだろうって、考えずにはいられなかった。「すまなかった」「なにがだい?」別に、自分の手柄にしたかったわけじゃないんだ。女の子と決め付けられたこともどうでもいい。僕は、ただ。「これだけ大量に料理したのなんて初めてだよ。結構、面白かった」「そうか」「結局批評も聞けたしね」そう、今日の僕は一介の料理人として動き、考えた、ただそれだけなんだ。「晩飯は俺が作ろう」そして僕たちは日常に立ち返る。
2006年09月23日
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駅前まで買い物に出たら、喫茶店の中に茶渡君がいるのを見つけた。見覚えのない、大人たちと話していた。買い物を終えたところで、茶渡君に声をかけられた。僕が見ていることに気がついていたらしい。「さっきの人たちは?」「帰ってもらった」「そうじゃなくて、どういう人なのか聞いているんだよ」「テレビ局のADだ」「え」音楽関係かと思ったら、格闘番組の人たちらしい。それにしたって凄い。「スカウトかい?」「断ったが」「どうして!」茶渡君の趣味は格闘ではなく音楽だ。僕は格闘はまだしも音楽は全然わからない。でも、実力だけじゃない、運が重要だってことは知っている。格闘のほうが確実性が高い。「有名になりたいわけじゃない」「それはそうかもしれないけど……」勿体無いと思ってしまうのは、僕が貧乏性だってことだろうか。「……有名になってしまうと、人を殴れないだろう」「え」一瞬、耳を疑った。「……君は、人を殴るのなんか嫌いじゃないか」「だが、それが必要なこともあるだろう」それはそうだけど。「いざという時、お前を護れないのは困る」……背筋に、冷たいものを感じた。「僕がその辺のチンピラに不覚を取ると思うのかい」僕の声は、多分皹を隠しきれていなかっただろう。「保険のようなものだ」保険?ただ、安心感を得たいがための、保険?君の人生を掛け金として。「……それじゃ君は永遠に掘り出されない金塊か……金山みたいだ」「別に掘り出されなくていい」確かに掘り出されて利を得るのは他の人々だろう。しかし掘り出されなければ光り輝くことはできない。「テレビ局の人たちには「金の卵」と言われたが、石田は例えが大きいな」茶渡君は笑ったが、僕は笑うところじゃなかった。ただ、僕たちの関係に打ちのめされていた。
2006年09月22日
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「滅却師をさして「人間の上位種」なんて、本当に馬鹿にしている」一護に届かないようにだろう、石田は小声で呟いた。「僕たちは所詮、人間の中に生まれた異物だ」だからこそ弾き出された。でなければ、存在が許されなかったはずがない。「真珠だな」「……綺麗な例えだね」石田は嘲り笑った。「何が不満なんだ?」真珠は母貝の色をそのまま移すという。白、黒、虹色、そしてコンクパールの例えようもなく美しいピンク。石田を生み出した世界は、きっと白銀色に違いない。白蝶貝のように。「だけど僕たちはつまみ出されたんだ」「それはお前たちが一つの完成された存在だからだ」独立して初めてその価値を認められる。真珠も、お前も。それを「悲劇ではない」と言い切ることは、俺にもできないが。
2006年09月20日
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「古代ペルシャでは、大地はサファイアで出来ていて、空の青さはサファイアの光が作り出していると考えられていたんだって」「ム。凄いな」青い大地と青い空。輝く世界。「僕はルビーは嫌いだ」凄惨な赤い霊絡を拒絶し、透き通るように青い霊絡だけで満ちた国がどこかにあればいい。ルビーもサファイアも同じコランダムなのに、石田はルビーだけを頑なに拒絶する。色が違うだけだと思う俺が間違っているのか。青、桃、黄、透明。そして赤。様々な色があった方がいいだろうに。例えば色を調整したサファイアを見て、石田は美しいと思うのだろうか。たとえ空は灰色で、大地に泥しかなくても。お前一人いれば、それだけで世界を染められるものを。
2006年09月18日
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百円ショップで揃えたんじゃないかというくらい質素な台所に、一つ不釣合いなものを見つけた。小さな銀杯。「どうしたんだ、これ」「実家からくすねてきた」「……」くすねるという単語の真意は置いておくとしても、何故こんなものを必要としたのかが気になる。「銀には殺菌作用がある」「そういえば、消臭剤にも使われているな」「昔は、毒味に使われたんだ」「……」ああ、そうか。だからか。「滅却師が銀を好むのは、魔除けのためだと思っていた」「それもあるけどね。悪いものを判別できるなら、それが一番じゃないか」銀の杯で、ただの水道水を啜る。「僕はそうなりたい」だが、毒を受けた杯は醜く変色してしまうのではなかったか。美しく貴重で有能で、しかし余りに銀は柔らかく脆い。そんなものになりたがるのは、あまりに危険だと思う。「他の合金を混ぜたほうが強い」「やっぱり純銀が一番だよ」俺たちの意見は何処までも交わることがなかった。
2006年09月16日
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「凄く綺麗だ!」石田が興奮して叫んだ。季節が合わないとか、食べ物のほうが良かったとか言われずにすんで心底ほっとした。ひのもと。シンプルな白い百合。「カサブランカのほうが良かったか」「僕はオリエンタルよりこっちのほうが好きだ」ああ、それが正しいような気がする。石田はいささか質素な花束を大事に抱えて、石段を登っていく。「純潔、甘美、威厳」「……何だい?」「鉄砲百合の花言葉」「意外なことに詳しいね」「稀少」笹百合。「子としての愛」透かし百合。「強いから美しい」姫百合。確かにこれは、お前のための花だろう。完璧に清められた小さな墓の前で、白い花が静かに額づいた。
2006年09月15日
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「何を話していたんだい?」「淋しいそうだ」石田は眉一つ動かさなかった。「話してやってくれないか」「僕が振り返ったら、多分、泣く」「……」一護は毎日のように、送ってやっている。井上は行き先々に知り合いがいる。どうして石田ばかりが恐れられるのか、俺にはわからない。「人殺しの目をしているからだよ」赤黒い顔の女の子が追ってくる。ただ、淋しがって。石田が逃げた。「明日、また来るから」それだけ告げて俺も走った。この子は石田より弱いだろう。それでも俺はこの子を見捨てた。「おかしい、こんなの違う、こんな筈じゃない」「おい、石田」「僕が死神より役立たずのわけない、そんなことはない……」「石田!」俺の声は石田には届かなかった。俺という影を引き摺りながら、何所までもただ歩き続けた。
2006年09月14日
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「茶渡君、明日手芸部の皆でシュタイフ展に行くんだけど、一緒に来るかい?」「ム。……行こう」「オイ待て石田、何でチャドだけ誘うんだよ?」「ひいきだひいきだ!」僕の代わりに、小島君が笑いながら引き受けてくれた。「二人とも、シュタイフってなんだかわかってる?」「……いや」「映画とか?」「世界一のぬいぐるみメーカーだ」茶渡君が答え、黒崎と浅野君が顔を見合わせた。その顔がおかしくて、僕も笑った。結局浅野君と小島君もついてきた。黒崎は、「ぬいぐるみなんて見飽きてる!」そうだ。二人は多分女の子(と女性客)目当てなんだろうな。「可愛いね」「ム」シュタイフは例に洩れずテディベアが主体だけど、他にも色々なぬいぐるみをつくっている。無論男性客は少数だけど、手芸部のむさい先輩たちが一緒なので、茶渡君だけが目立ってしまうことはない。安心して鑑賞できる。ねこ、ぶた、きつね。かめ、こうもり、あざらし。「いいよね、ぬいぐるみ。あったかくてやわらかくて」「ム」茶渡君は可愛いものが大好きだ。連れてきてあげてよかった。「……朽木が喜びそうだ」「ああ、」うさぎのぬいぐるみたち。「買うのは無理だけど、作ってあげようかな」「ム」朽木さんはうさぎのどこがあんなに好きなんだろう。耳かな、しっぽかな。今度聞いてみよう。井上さんや小川さんたちはきゃあきゃあと騒ぎ、携帯で写真を撮っている。ここのはかなり高価で、買うのは大変だ。そして僕たちは手ぶらで、しかし大満足で帰途に着いた。(浅野君たちはぐったりと疲れていたけど、そんなこと知ったことじゃない)「朽木さんの後で、君にも作ってあげるよ」「別にいらない」……あれ?「どこかで飯にしよう。奢る」えーと。「……ひょっとして、あまり楽しくなかったのかい?」「いや。最高だった」じゃあなんで僕の有り難い申し出を断るんだ。納得いかないぞ。「君って時々壊滅的に言葉が足りない」「すまん」茶渡君は少し考え込み、結局「言葉に出来ないことは、無理にしないことにした」「……何だそれは!」「また見に行こう」まるでパズルだね。君の言葉を繋ぎ合わせて、答えを作れっていうのかい。「ぬいぐるみより僕のほうがいいってことかな」意地悪のつもりで口にしたら、茶渡君が立ち止まった。「……」何故か僕のほうが赤面した。
2006年09月14日
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「石田君、あたしたち日曜に動物園に行くんだけど、一緒に行かない?」「行かない」それが印象に残っているのは、石田は普段井上のいいなりだからだろう。「動物園、嫌いなのか」「ああ」動物園を嫌う人間は多い。あれは結局、自然を切り取り、動物を切り離した檻だから。「コアラ、見たくないのか?」「……頼むから止めてくれ……」見れば、石田は脂汗まで流していた。井上たちは、予定通り東京までコアラを見に行った。石田は、朝から拉致される危険性を恐れ前日俺のアパートに泊まった。目の前のアパートから井上が出陣するのを見て、役得だと思った俺が甘かった。「コアラって、凄くストレスに弱くって、外国に送られると大抵すぐに死んでしまうんだって」「……ム」「でもオーストラリアにとっては、貴重な外交カードの一つなんだって」「……そうか」「自然破壊でユーカリの木が少なくなって、鳴き声が人間に似てるから面白ずくで殺された時期もあって」「……」ストレスに弱いのは、石田も同じだ。だからこうやって、時々俺に当たるんだろう。「誰も、本当は、大して悪気なんてないんだろう」俺の耳元で囁いたのは、一体誰だったんだろう。
2006年09月14日
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