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こんにちはだいぶ怠けていました古代史妄想くんです今回も古代最後の女性天皇=称徳天皇の話題です称徳(孝謙)天皇についておさらい妄想しますと1.奈良の大仏建立した聖武天皇の娘とされるが、実は皇后である2.実の母親は元正天皇。でした。追加すると、2.の父親ですが、私は聖武天皇の1代前の男性天皇だと妄想しています。つまり42代文武天皇(683~707)です。719年生まれの称徳天皇の父親であるはずがないのですが、かねてより言及しているとおり、記紀や三国史記の年代は不安定であり、どちらかというと、古いほうへもっていくクセがあるからです。文武天皇が新羅王=文武王(神文王?かも)であることは、だいぶ前に妄想しました。壬申乱で敗れた大友皇子は一旦新羅へ逃げ、その子神文王が体制を立て直して、日本へ戻ります。藤原不比等を中心とする旧百済倭国(ホ・セイ・ワ・ラ)勢力を取り込んだ神文王は日本で天皇位に返り咲き父の名乗りを継ぎ文武天皇となります文武天皇はいとこにあたる元正天皇の婿になります日本書紀は大友皇子=文武天皇(実は息子の神文王)であると示唆し、両者の享年を25歳としました結局、聖武天皇も文武天皇の皇子(母親は藤原宮子)ですから、称徳天皇とは異母兄弟になります。聖武天皇の死後、藤原仲麻呂(恵美押勝)は日本書紀責任者である舎人親王の皇子大炊王を擁立(淳仁天皇)。称徳天皇はここで、大炊王を婿(男性天皇)とすることを拒否。弓削道鏡を婿(男性天皇)とすべく画策しました。このことが、倭国伝統の女帝上位の伝統に終止符をうつ暴挙となったわけです。おそらく暗殺された称徳天皇の後継者は、はじめから白壁王(光仁天皇)だったと思います。臣籍降下していた、文屋浄三・大市兄弟を皇位争いのデキレースに参加させたのは、吉備真備を更迭するためのワナだったとしか思えません。光仁天皇即位は、あたかも天武系天皇から天智系天皇への移行と位置づけられていますが、事実はめんめんと天智系女帝が仕切っていたのです。つまり天武系から天智系という移行でなく、天智系女帝から天智系男帝オンリーへの移行であったと思います。
2009/06/19
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こんにちは古代史妄想くんですしばらく、怠けていました今月初です日本の女性天皇についてまとめたいと思います日本書紀はその時代背景から、発起人の天武天皇の意向から、編纂時の権力者、藤原不比等の意向を色濃く反映していると思われます。日本書紀編集長の舎人親王は天武天皇の皇子なのに、めちゃ藤原よりです。ということは、日本書紀上の女性天皇の記述は藤原氏に都合よく編集されている可能性は大です。日本書紀上は天武天皇までですから、持統天皇以降は記載されていません。奇しくも、「日本書紀」というネーミングでありながら「斉明天皇までは倭国の大王」なのです。そして、日本書紀が正式に女性天皇として認定した女性天皇は、推古・皇極(斉明)のたった2人なのです。ここで妄想ですが、倭国伝統の女帝は文字通り「皇族」である必要があったことでしょう。藤原氏はこの女帝制度を破壊しました。それは、自分の娘を天皇の正妃=皇后にするための策略だったのではないでしょうか?では、藤原自身が天皇家をのっとって、自分が男性天皇・一族女性を女性天皇にすればいいじゃないか?って?そこなんです。しかし現実問題、藤原氏はNO.1になることを避けました。あくまで、NO.1に寄生することで、リスク少なく、おいしい汁を吸うシステムを確立したのです。たしかにNO.1の座はいつか追い落とされるものです。日本の天皇とは諸外国と比べよくできたシステムで、絶対君主ではなく、話し合いの議長のようなもの、悪いことばでいうとおかざり、おみこしにすぎないからです。天智・天武といった専制君主の時代は短期間で終了し、藤原氏は長い年月をかけて、天皇の象徴化に成功しました。ですから、天智以前の女帝と、天武以後の女帝とは、その権力から政治構成までがらっと変わるわけです。天智以前の女帝は、男帝とペアで、おそらく女帝はまつりごと、男帝は諸軍事を担当していました。差別のない社会だったはずです。藤原不比等は、まず持統天皇をはじめ女帝を持ち上げ、巧みに幼帝を即位させ、男帝の傀儡化をはかりました。文武・聖武はその好例です。おそらく不比等のころは、そのシステムを継続するつもりだったことでしょう。病弱な天武系天皇が聖武で断絶すると、藤原百川は方向転換し、どちらかというと長命な天智系白壁王に目をつけ、王朝の存続に尽力するわけです。結局、白壁王(光仁天皇)の皇后最後の天武系井上内親王も謀殺され、天武系女帝は断絶。皇后は藤原氏からのみ輩出され、平安時代へと突入するわけです。そういえば、悠仁親王誕生以前は愛子内親王即位問題がにぎわっていました。日本人のDNAにはどこかで、女帝復活の望む潜在意識があるのではないでしょうか?
2009/06/09
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