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これは長男が○年前に生まれてからすぐの時に記したときの日記そのままである。今日は宴会だったので、昨日11/29の夜に家族でケーキを食べながら、誕生会をした。本当にここまで無事に成長してくれたことを感謝。一旦過去を振り返り、これからも頑張ってほしいということでしたためておいた日記をここに記します。当時は不幸にして単身赴任の真っ只中でした。。。※但し、固有名詞だけは別名に変えておきます。〔長々の前置き省略・・・〕11月28日(金)はいつものとおり本社で勤務していた。この日は、欧州販社の面々がきていたので夜は、その会食でお付き合いをし、翌日の早朝にでも新幹線で家へ帰ろうと思っていたのである。前の晩、お客さんと馬鹿騒ぎをし、朝食も口にできないほど二日酔いが激しく、昼食は珍しく上長と、1Fのラーメン屋へ行って、帰って自分の席に着いた途端に家内から電話である。前の晩から、ちょっとした腹痛があって、日頃からお世話になっているO市民病院のT先生に相談したところ、今日から少し体を休める意味で今からすぐ2~3日入院をしたほうがよい、と言われたとか。家にいると、何やかやと体を動かしてしまうので病院のベッドで安静にしたほうがよい、とのアドバイスであった。そのとき、彼女曰く、「少し入院するだけ。今週は、何もできないから帰って来なくていいよ。」俺も、今まで毎週週末は、家へ帰っていたし、いつもどおり帰るつもりでいただけ。「とりあえず、今日の夜の外国人との会食はキャンセルして定時後帰るわ。」このとき、まさか翌日赤ちゃんが生れてくるなんて知るよしもない。時はまだ11月、出産予定日は12月21日なのである。初産は普通、1~2週間遅れるのが通例であり、3週間以上も早く出てくることはないだろうと思うのが当然だ。頭が、一月分大きく、足も長いらしいので、成長が早いのだなと認識していた位である。ともかく、定時後すぐ新幹線はとれず、20:00頃の東京発で京都へ向かった。家内の実家経由で家にたどり着くと、もはや翌日にさしかかる位の時刻であった。ひとりで寝るにはとても寂しいが、たまにはこんなこともあろうと床に就いた。(と同時に、今思い出してみると、軽い胸騒ぎがあったことは事実である。俺を急に帰らせた何かがある、と俺は思いたかった。) ぐっすり寝入っているところに、11月29日のAM4:40位であろう。入院中の家内から電話である。「お腹が痛くてしんどいから、すぐ来てほしい。」後で聞けば、彼女はこの時どんな会話を交わしたのかを全然覚えていないと言う。俺はその時、まだ生まれるなんて思ってやしない。ちょっと看病を、なんていう軽い気持で、先週買ったばかりの赤いジャンパーに身を包み、手ぶらで車を走らせた。いつ来ても、病院の雰囲気は好きになれない。あの匂い、あの空気を嗅ぐだけで自分の体までおかしくなってくるような気がするのである。産婦人科は、6病棟、エレベーターを上がって3Fのところである。家内は、既に陣痛室に居た。周期的に襲ってくる痛みは既に陣痛のようだ。当り前だ、陣痛室にいるのだから。昨日、前の晩に食べたものが悪かったとかまだ悠長なことを言っていたから笑える。本人は、「もう我慢できない。」を連発して、既に俺など眼中にないかのような苦しみようである。普段、彼女は色々な面で大変この俺に気遣ってくれるので、別人の如くである。助産婦さんに言われるまま、俺は彼女の背中からお尻の辺りをさすり続けた。「ひょっとしてこのまま午前中に生れるのですか。」午前中なんて、限定して質問した俺も俺だった。要するに、まだ生れてきてほしくない、父親になる心の準備が出来ていない、立ち会い分娩の際、俺はビデオカメラでその光景を撮ろうと思っていたのに、まだそのもの自体を購入していない。12月に入ってから、秋葉原か、寺町かの電気街の年末商戦で安く買えばいいなんて悠長に考えていたのである。とにかく少しでも出産を遅らせて、父親になる自覚を徐々に植え付けようとしたかった。しかし、助産婦さんの答は、「そんな午前中どころか、あと2~3時間かな。」「ちょっと待って下さい。」と俺は叫びたかった。今朝の睡眠時間は、ほんの2時間位であるが眠気など吹っ飛んでしまっている。自分の子供が生れるときなんてこんなものか、と極力事実を直視しようと努める。と同時に、昨晩、こちらへ帰っておいて本当によかったと胸を撫で下ろす。家内は、陣痛のうねりが益々パワーアップしている。たまらず、分娩室へ移動することとなった。「ご主人は少し、席を外して。」とのことで窓の外を見ればまだまだ外は真っ暗である。そう言えば、俺も生れたのは、午前2時頃だったとか聞いている。日が暮れている間に生まれるのが普通なのだろうか、などと頭の中を思い巡らせていた。家内は分娩室へ移っていた。俺も差し出された白衣をはおり、帽子を被って中へ入った。さきほどよりは、痛みがひいている感じ、助産婦さんによれば、「ここに来てほっとして、痛みが和らぎ、寝てしまうひともいる位なのですよ。」とか。家内も陣痛のうねりの合間をぬって、少し眠りに入った模様、でもほんの2~3分のこと。彼女は随分と寝たように感じているらしいが、ほんの一瞬であった。その寝ている格好は、大胆!過ぎて直視できないほどの体勢である。まづ最初に、「ご主人は、奥さんの肩の横辺りに立っていて下さい」と指導を受けた。俺自身も肩から先へ進むつもりはない。両足を全開にしているのだから。それから、助産婦さんから、「立ち会い分娩をされますか。」といきなりの質問。本来ならば、立会い分娩を希望するときは、旦那が、事前に病院から講習を受けてなくてはいけなかったのだが、俺はあいにく単身赴任の身で、平日は時間の都合がつかず、受講するかどうかを考える時間さえ与えられていなかった。ともかく、前から夫婦間で話し合っていたとおり、「立ち合い分娩をします。」と即答した。正しくぶっつけ本番である。時々、家内の手を握り締めながら、「頑張れ。」「大丈夫か。」と声を掛けるしか旦那のできることはない。改めて男の無力さを感じた。やはり、女性は偉大だ。6:00頃であろう。実際の先生も呼んでもらって、いよいよ出産の準備開始である。俺もこのことを家内の母には伝えておかなくては、と電話をしてとりあへず来てもらった。立ち合いは一人まで、と限定されており、家内の母も一緒に分娩室に入りたがっていたが、助産婦は、「ご主人ひとりでいいでしょう。ずっとあなたがそばにいて下さい。最後に頼るのは、ご主人です。」との忠告で、家内の母には申し訳ないが、ずっと俺だけ中にいさせてもらうことにした。結局家内も踏ん張りが効かず、一旦、先生にはその場を退いてもらうことになった。家内は、この状況に及んで自尊心丸出しで、ひたすら「うんこさんが出る-恥ずかしい-。」と連呼している。その都度、助産婦さんが、「そんな風に感じても、出ているのは赤ちゃんの頭よ。」と説明している。しかし、俺は見た、少しはうん○たるものが出てきていることを。それはさておき、絶叫を続ける家内を尻目に、赤ちゃんは着々と光の指す方へ前進している模様である。助産婦さんが、あそこに指を入れながら、赤ちゃんの頭があと10cm、暫くすると、5cmにまで来ている、と実況中継する。俺は、その壮絶な会話のやりとりを聞きながら、失神しそうになった。因みに、俺は中学・高校時代から、保健・体育の時間に、体のしくみたるものを講義されると、その内臓、またはとある病名ひとつひとつの固有名詞を聞くだけで、自らの体が痛くなってくる小心者である、よって俺は絶対に医者にはなれない、と当時思った。勿論、医学部へ入れる程の学力もなかったことは確かである。いよいよ、家内ももう堪られなくなってきたようで、助産婦さんが再度先生を呼ぶ。時に、7:20から7:30位であろうか。家内は、もう別世界に行ってしまっている程の苦しみようである。その様を言葉で書き表すことはできない。先生がアソコの何かを切ったのだろうか、(俺にはそう見えた。)家内の雄叫びならぬ雌叫びが最高潮になった。俺のアソコは最高潮に萎縮し、金玉は凍てついた。そうするうちに、助産婦が、家内のアソコから、赤ちゃんのアタマを抜き始めたのだ!アタマの形が出てきた。家内の叫び声は耳に入っていない。おおお、出てくる、出てくる、頑張れ、踏ん張れ、でも、アタマを締め付けるな、変形する・・・と思いきや、スルッと、赤ちゃんの全身が、羊水と血液と共に一瞬にして出てきたのだ。まさしく“スポッ”という感じである。と、同時に元気な産声が、「オギャーッ!!」とあがった。おお、生きている。こんなのが、家内のお腹に何ヶ月もいたんだ。しかし、何て神秘的な光景なのだ、と思うと、涙が溢れ出てきた。俺は敢えて拭おうともしなかった。その時、冷静に先生が、「男の子です。」と言った。少々、やっぱりか、と思ったもののそんなことは今はどちらでもよかった。家内に、「お疲れさん、よくやったよ。本当によくやったよ。」と声を掛けるとすぐさま、赤ちゃんの置かれた台のところへ飛んでいった。その途中で、家内が冷静に、「ちゃんと指は5本ある?」と聞いてきた。俺は、赤ちゃんを見ながら、実際、足と手の計20本を最後迄数えずして、「オーケー、ちゃんとあるよ。」と言った。そんなことより、ちゃんと声をあげて、“人間”が生まれてくれたことに感謝したかったのだ。思わず、顔を見てどちらに似ているかなんて考えたが、さっぱりわからなかった。生まれたてなんてしわくちゃなだけだ。目は細めかなと思った位でわかりっこない。(でも後々、この目はグングンと大きくなっていくのである。)分娩室の外で待っている家内の母(今となってはおばあさんである。)に、無事生まれ、男の子であったことを伝えた。とても喜んでいた。生まれた時間は7:45と記された。暫くすると、家内は、別の部屋で安静タイムに入っていたが、俺は分娩室の横の部屋に残って、助産婦さんの言われるままに、赤ちゃんをお風呂に入れたあと初めて抱いてみたのである。おっかないっていったらありゃしない。照れくさいが、一応、「お父さんやで。」と声も掛けてみた。父親としての実感はまだ湧くはずもない。流石に助産婦さんの目の前で、まだ“パパ”なんて言葉は、照れ臭くて口に出せなかった。同時に、体重も計った。3050gもあり、3週間以上も早く生まれてきてのこの体重は、流石我らビッグ夫婦の子供だと思った。因みに、後から聞けば、早産の扱いであったらしい。あと1日、遅く生まれれば通常出産の扱いになるらしいのだが、おかげで分娩費用も一部免除して頂けるそうな。助産婦さんも、「最初から親孝行なお子さんね。」家内の安静は2時間ほど必要とのことで、暫く家へ戻ったりして時間を潰してから、病院へ戻った。俺とおばあさんが見守る中、助産婦さんに引かれながら、分娩室の近くの部屋から、ママと赤ちゃんがふたりでベッドに横たわって姿を現わした。向かって、ママが左、赤ちゃんが右で、こちらに頭を向けている。家内に対して本当によくやった、と思う労いと、感謝の気持ちでいっぱいだった。また、赤ちゃんと並んでいるその姿を見て、あー、俺が、この10ヶ月間、待ち焦がれていたのはこの光景だ、と思うとまた涙が出た。母子の美しい光景であった。俺は、この光景を先程の、赤ちゃん誕生のシーンと共に、一生忘れないでおこうと本心からそう思った。 その時、後から聞けば、家内は、横で赤ちゃんを見ながら「タナゴ太郎(仮)」と連呼していたらしい。俺たち夫婦が、もし男の子が生まれるのであれば、名前の第一候補のひとつであったのだ。彼女にすれば、俺の“たなごって”から一字取って、俺の部分を受け継いでほしいとの思いがあったようだが、色々考えていくうちに、俺としては、やはり、この赤ちゃんは俺とは違う人生を歩むべきでは、と思うようになっていった。俺の血を受け継いでいるとはいえ、生まれた瞬間からから、俺とは別の人格をもっているのだ。親を引きずってはいけない。
2006.11.29
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このおっさん(大社長に向かってあえておっさんと呼ばせてもらう)面白すぎる。昔家内もお世話になったこのおっさん。吾輩の憧れでもある。著書は全部読んだ。今日は京都Oホテルで大講演会。初めて見るおっさんは素晴らしく輝いている。オーラがある。however、話し出すと「あらら」ホンマモノの関西のおっさんである。家内から聞いていたイメージそのまんま。声がデカイ。云っちゃ悪いが口が悪い。。。。話の内容はほとんど本で読んだ内容だが、生の講演はやはり凄みがあり含蓄があり心の奥底まで染み入るかと思えば、笑いを誘う。下手な漫才を聞いているよりよほど面白い。一語一句聞き漏らさず、完全にノメリ込んで講演に没頭した。本当に素晴らしかった。吾輩も生き方を変えようとまで思った。講演の中ではとにかく話の妙である例え話が多い。印象的な話を列挙すると・・・(思い出し思い出し、、、)・起業は過信からスタートするが、まずは作った雪玉は壊れる。小さな雪玉がまずは作れない。すぐ壊れる。ようやく玉らしいものが出来たと思ったらまた壊れる。そうしてしっかりした玉が出来るとそのまま雪の上を転がすとどんどん雪だるまは大きくなる。軌道に乗ったらどんどん大きくなる。・富士山は3日かけて上り下りる。ホリエモンはヘリコプターで「富士山行ってきたー」・・・社長の言動が会社の80%を動かす。ベルサイユ宮殿の池に鯉がいるが、スリムで軽快だった鯉が丸々肥えて日陰でノンビリ、動かなくなった。スリムでアクティブな状態に戻すのは簡単。ナマズを一匹入れるだけでいい。鯉は食べられまいと緊張の中で動き回り、そしてスリムになる。社長はナマズ。池の外でグリーンのフィールドや祇園で遊んでいると社員は動かない。・果物屋の奥にラップした高級なミカンやリンゴがある。雨ざらしになりそうな店の一番手前のおいしくなさそうなミカンがたくさん詰まった袋が安売りされているが、その中にも逆に美味いミカンがある。そしてそして名言もいくつか、、、・困難は必ず解決方法とともにやってくる。・大手に勝つためには、大手の倍働くこと。時間のみは皆平等に与えられている。・ハードワーキングの精神は今も明治時代も江戸時代もいつも一緒。・早メシ、早フロ、早グソ。これが出来る奴は仕事も速い。これで新入社員を採用し今や幹部。いやはや、恐れ入りました。本当に何度でも聞きたい心境デス。こんな凄いオッサンの元で働いていたうちの家内は凄い!
2006.11.28
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連日子供のスポ少のサッカーの遠征試合。今日は同市のK小学校。我が家族は遅刻して現地へ到着。二試合目が始まるところ。毎回毎回ボロ負け。我が息子も闘争心がないからいつもフニャフニャ。なんといっても同学年のメンバーが11人に満たないから全員レギュラー、イコールライバル意識なし。仲良しサッカー、悔しさなしサッカーの最たるもの。他の子供が頑張っているのに何故なんだ!!もっと気合を入れんかい!(とイライラ)正直見ていても面白くない。応援なんて来なけりゃよかったと後悔。応援のし甲斐がない。と何故かここで吾輩はイライラしのぎに屈伸運動を始めたのである。「吾輩がもし小学生だったら、こう攻めるだろうな。」サッカーの経験は小学校の体育の授業以降ないものの色々頭でフォーメーションなど初めて考えてみたりなんかしてた。そして試合終了。そこへ何故か降って沸いたように、コーチから「今からハーフ15分で親御さん参加の試合をしまーす。」「」屈伸運動したりフォーメーションを考えたりしたのは、胸騒ぎがしたから??まさか。「よっしゃ~!!」てなもので、他の同世代のお父さんがたと一緒に寒い中Tシャツ一枚になり、試合スタート。「腕がなるぜ。息子にご老体でも頑張れるところを見せてやろう。いけるところまでいくぞ!」絶対にゴールを狙ってやる一心でひたすらフォワードの役目。最初から飛ばしまくって、パスも決まりゴールを狙う。いきなりキーパーに楽々取られる。「今日は調子いいな。絶対にゴールを決めてヒーローになろう(^.^)/」でも走れていたのも束の間。5分ほどで「ゼーゼーゼーゼー」絶妙のパスにも拘わらず、詰めが甘くキーパーに止められること3度、ゴール前での最終パスミス2度、そして圧巻のヘディング。周りから「無理しないでくださいよ、眼鏡が!」と静止の声。そしてまたもやいいパスが飛んできた。くそー!!追いつかない、足がもつれる。前のめりでスッテンコロリンの宙返りで地べたに仰向け。まさに喜劇^^;家内に後から聞くと「傷害保険をかけたほうがいいよ」と云われる始末。子供らはシュートミスで悔しがり、スッテンコロリンで天を仰ぐ吾輩を見て大笑いしてたそうな。肝心の試合は最後に味方が最後にシュートを決め1-0の勝ち!しかし吾輩は試合後1時間は立ち直れなかった・・・・。完全に酸欠で気分悪い。ゲーしそう。この気分の悪さは、今年の食中毒と船酔いの時以来。昼食も喉を通らぬほどの辛さで、「もう先帰るわ。」と云って、3試合目を見届けずにチビと一緒に電車で帰路。また太股の付け根、ふくらはぎが恐ろしく痛い。一週間くらい続きそう。気分は悪く、体はいかれているが何故かとても清清しい気分。純粋に張り切るってことは面白い!子供らを笑わせただけでも収穫あり。しかしオッサンは自分をよく理解してほどほどにしておかねばなりませんな^^;<番外編>※子供らにはよほど観戦が楽しかったのか、上ふたりがその模様の絵を描いてくれました。なんとも微笑ましいもので^^;
2006.11.26
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今朝は謎例さんと二度目の投網修理講座にOさんのお宅に。今日のレッスンは吾輩の破りまくった網を教材にしながら進んだ。ある意味では凄くラッキー。Oさんや謎例さんの馴れた手つきでせっせと穴埋めをしてもらった!そこでOさんの一言が冒頭のお言葉である。「こんな網で獲れる鮎はアホや。」それほど吾輩の網は破れ放題というわけである!吾輩も損傷が激しいことは認識していたがそこまで云われると思わなかったので思わず吹き出してしまった。鮎は網にかかるととにかく網の外へ逃げようとする。網の下から潜り込むのが駄目なら網の目を掻い潜って脱出を試みる。でも瞬時のことだからよほどの破れでもない限り、鮎はそこそこ獲れる、と思うのが普通。マニュアル本にもそう書いてあった。吾輩の網でも現にそこそこ(?)は獲れる。でも賢い鮎はやはり持ち前のセンスでかわしていくのかもしれない。実は吾輩ももっと捕獲が出来たのかもしれない。シーズン最初の段階で早くもニゴイパニックでかなりの箇所を破ってしまっていたから、万全を保てばもっと収穫はあったのかも。。。と後悔するよりは逆に来年に対して明るい光が差し込んできた感じである。今日のレッスンは個人的には凄く収穫があった。基本方法はマスター。手癖がつくようになったらしめたものだが、なんとなく頭で別のことを考えていても少しは指が進むようにはなった。でも完全マスターにはあと数年はかかる?あくまでゴルフの打ちっぱなしで打てるようになったレベル。あとはコースに出て、応用編を如何にこなしていくか、とにかく経験しかないだろうと思う。この修理技術が「見えた」ことで、個人的には投網は一生の<お伴>になるかもしれないな、と直感的に思った。
2006.11.26
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奈良方面に子供のサッカーの遠征試合があったので「!」ということでその合間をぬって久しぶりの奈良観光。家内とふたりの頃は何度か行ったが、家族で行くのは初めてかも。紅葉シーズンで市内の道路は大混雑。奈良公園にやっとのことで到着すると、ところどころに色とりどりの紅葉スポットが。今年は暖かいせいか「紅葉真っ盛り」とは云えないが。公園の中心部に到着するとそこは鹿・鹿・鹿。早速150円で名物・鹿せんべいを買って子供らが餌付けしようとすると、もう周囲は鹿だらけ。鹿も賢い。目ざとく全員攻撃で突進してくる 逃げ惑う子供ら。もうキャーキャーと騒ぎたてること騒ぎたてること。一番下のチビもすっかり鹿の虜になったようで、鹿に出会う度に背中をナデナデしまくり。よほど気に入ったようです^^※春日大社付近の紅葉。風情があります。※川のせせらぎに紅葉がフィット。「さあ、奈良の大仏さんを見に行こう!!大きいよー。」と吾輩。すると娘が、「奈良の動物(!)ってどんなの?」「ガクっ」聞き間違えたようでした(苦笑)※大仏さんの背中から哀愁を感じます。東大寺の中の柱のひとつが刳り貫かれて直径40-50cm位の穴がある。丁度大仏の鼻の大きさらしいのだが、要はこの穴をくぐる位の体格であることが健康である、とそんな意味があるそうな。(寺の売り場のかた曰く)恐らく吾輩の図体では駄目でしょうな。家内も?そんなことを知ってか知らずか一番下のチビが何度も長蛇の列(来訪者は皆並んで待っているほどなのです)に並んでまで、三度もくぐって得意げに遊んでました。あのねー、ここは遊園地ちゃうで(笑)
2006.11.25
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朝、畑でSさんから玉葱や赤玉葱の苗を30本程頂きました。本当にいつも有難うございます薩摩芋の跡地が折角の80cm幅が3分の2くらいに縮まってかさ高になっていたので、少し平坦にしてから、子供らと3本ラインで根の上1cm程度にして植え付け。霜が降りると苗が地上に押し出されるとあって、少々キツ目に苗の周囲の土を押し込んでおきました。何から何までご指導深謝申し上げます。玉葱はなかなか冬の間は、遅々として生長が目に見えて感じることがないらしい。来年春から夏にかけての収穫らしいが、ゆっくりと見守ってあげるしかないようだ。大きな玉葱(昔こんな唄もあった)が出来てくることおおいに期待します。※モロヘイヤは種がワンサカ出来てしまいました(数十年分とか!)。種のひとつに何故かバッタの頭が刺さっていました。(上写真のど真ん中。ボケたのが残念!)Sさん曰く鳥の仕業。食事の後の仮置きとか。お見事!※Sさんから立派なネギを頂きました。有難うございます!今日の収穫はレタスの間引き分のみ。モロヘイヤの後にはこれもいただいた菜の花の苗をチョイと5本程度植え付け。来春にはこれも楽しみ
2006.11.25
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最近キッチンに立つと何でもかんでも「肥料に使えるのでは?」と思うようになってきた。野菜の皮、果物の皮・芯、魚の頭、骨・・・等等。捨てるのがまさに「勿体無い」感覚。実はこれらを何度か畑に持ち込もうとしたことがあるが、夏場等余りに臭く日持ちがせずに、かつ車で運搬となると車内も臭いが充満することもあって結局断念。以前Sさんのご指導で堆肥作りをしたことがあったが、もう一度やり直してやろうとよふやく一念発起。精米所で米ぬかを入手、そして腐葉土。ダンボールケースを作ってかき混ぜて発酵床作り。米ぬかを養分として、好気性菌が増殖してCO2と水分、熱が発生する。数日で5-60℃にまで上昇し、このままベランダに放置しておいたあと生ゴミを都度入れて分解、ローリングしていく仕組み。そして〆は、土と水で熟成。実に簡単なこと。これを三日坊主にならないよう毎日シコシコともう一度やってみようかと。今年は菜園初心者ながら、大きな失敗がなかった。これはSさんをはじめ諸先輩のご指導があったことと、前任者が肥沃な土を作ってくれたお陰。正直来年はどうかわからないのだ。なんといっても今年は、無知な吾輩がテキトウに仕上げた土だけに、来年は本当に真価が問われるのである。「勿体無い」気持ちとともに、大事に土を世話してやる気持ちも少しは持ちながら来年はステップアップせねば、、、ということで。※昨日収穫の里芋と先週収穫の薩摩芋。里芋の土を落としてベランダで干し始めました。※休暇の今日は一番下のチビと色々なところを自転車で戯れ。幼稚園に行ってしまうとパパとはこういうことも出来なくなるもんね。湖畔での一こま。好きなスポットです。
2006.11.24
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予報では雨だったが、夕方なんとか耐えそうだったので家族で急遽畑に。今年最後の芋類の残り物、里芋の収穫に。霜が降りてしまってはマズイ、今しかない、と。里芋は夏の初めから、傘を思わせる大きな葉でずっと楽しませてくれた。今日も小さなスコップで収穫する前に、子供らが茎から「グキっ!」とへし折って、傘をさす格好で遊んでた肝心の収穫は、大きな葉から想像もできないような小さな芋が根っこから肉団子のようにたくさんへばりついていて、採るときには、「ボリっ!」って感じで、一度に10個くらい束ねて収穫できる。サツマイモやジャガイモみたいにどこにどう根っこが連なって埋まっているかさっぱりわからない状態とは違って、里芋は根元にたんこぶみたいに密集しているので、子供らにとってもわかりやすかったみたいである。お陰様で、全部で50個程は採れたと思う。里芋さん、本当に長い間お疲れ様。お世話になった「傘」は耕した跡地に感謝の意をこめて添えておいた。※ホウレン草は処狭しとボウボウ状態。家内から「間引き不足で小粒」と怒られる^^;※里芋を全部、ホウレン草を7割がた収穫、そして大根、葱、パセリを摘み取り今日は大量の持ち帰りとしましたさあこれでいよいよ今年の最終列車である玉葱とエンドウマメ類の植え付けを週末にでもやりますか!
2006.11.23
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鮎の禁漁期間も晴れて明けたので、3ヶ月ぶりに謎例さんと朝5時半から某川2拠点で投網打ちに行ってきた。漁果はゼロ。鮎はいない。鮎はどこに行くのだろう。上流?それとも既に落ちた?謎例さん曰く、解禁後は獲れた経験がないそうなのでやはり今後も期待薄か。一匹でもかかると期待が持てるのだが。今後も続けるかどうか未定。駄目なら来春のコアユまでお預け。鮎の一生は短い。春に孵化して、夏に活性化して秋には子孫を残して死に絶える。年魚と呼ばれる所以。季節の移ろいを振り返ると鮎とともにあったなと感傷的な気分。ハエジャコは大漁。謎例さんは全部ハエ鮨にする予定。先日もその作品を戴いたが実に巧い。美味い。創造するバイタリティに感服。
2006.11.23
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今日は完全に二日酔い。終日頭ガンガン!定時後にジムで頭を下にして腹筋に勤しむと、血液が全部頭に行ってしまったか、より一層頭ガンガン。割れそうなくらいに痛かった。本当に馬鹿な吾輩。こんなときはやめておけばいいのに。トレーニングの最後には必ずあんまをするのだが、今日は流石に厳しい。いつもは心地よいバイブレーションも今日に限っては、頭にビンビンと振動がモロにきて余計に頭がおかしくなってしまった。こんな腐った体を誤魔化す(?)為に、またもや同僚と呑んで消毒。既に忘年会モード?!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!閑話休題、雨の多い週末のために少し読書でもしようと、一昨日2週連続で図書館へ行ってしまった。昔はしょっちゅう通っていたものだが、このところご無沙汰だっただけにとても新鮮。図書館のメリットはなんといっても当たり前だが「タダ」で本が読めること。決して長居はしないが、手当たり次第になんとなく読みたいと思う本を5冊ほど抱えて、そそくさと退館。吾輩の図書館とのお付き合いはいつもそんなもの。そして就寝前に一人で読む。(皆既に眠っている)これが最近の至福の楽しみ。時として失敗もある。昨夜など酔っ払っているのに無理したお陰で夜中の3-4時までとうとうと明かりをつけていたようだ。朝家内から怒られた。手当たり次第に手にとった本で面白かったのは下記(本当に支離滅裂ですが)「地球と遊ぶ」「琵琶湖・水物語」「釣戦記」 ※他にもありますが、ブログで公表は恥ずかしい。よく考えたらナチュラルな本ばかりであります。特に写真集等は見応えあります。ヨシ原を背にしながら、投網を撃つ漁師が表紙。回顧主義になってもいけないが数々の写真から、水辺の生活のリアルさを感じ取れます。古きを知って新しきを知る。当たり前のことですが、そういう気持ちで鑑賞すると凄くせつない。そんな日常の中にありながら、色々な場所へテレポーテーションする<非日常的な>気持ちにさせてくれる本に今後も出会えること、大いに期待します。
2006.11.21
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事務所で吾輩の前の席に座っているのは、なんとK大野球部出身の元捕手でまだ新入社員。それもただの元捕手ではない。なんと今をときめく阪神タイガースの昨年のドラ1のI投手の球を受けていた元同僚なのである!!今夜呑んでいるさなかにすっかり野球談義になったところで、I投手の話題で話題沸騰。I投手と是非話をしてみたいということになり携帯電話で会話することに成功。流石の吾輩ももうドキドキもの「もしもしはじめまして!虎キチのたなごってです。」「はじめまして!」「いつも応援してます、井川投手の抜けた後の貴重な左腕として是非来年頑張ってくださいね!応援してます。。」「有難うございます!」この程度の会話だったが、吾輩としては嬉しい限り。来年は本当に井川の抜けた13-15勝を本当に穴埋めしなければペナント奪取はない。本気で頑張ってほしいと思っているのだ。本当にいい後輩を持って良かった良かった。今年は一度も甲子園に行けなかったけど、来年I投手が左腕のエースになった暁には是非久々に観戦に行ってみたいものである。
2006.11.20
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市内のPホールで子供の若竹会日本民謡の発表会。今回は娘と一番下のチビが出演、、、の予定だったのだが・・・。吾輩が出演30分前に楽屋裏に行くと、、、あらら、チビが「出たくな~い。」と。駄々をこねている。着物がチクチクするのが嫌みたい。「おいおいこの期に及んで・・・。こりゃだみだ^^;」家内に預けて吾輩はビデオ担当のために観客席に座った。「期待せんとこ。」さあ出番、司会者「チビは残念ですが欠席となりました。」観客席からどよめきが。でも何故か吾輩は勿体無いとも惜しいとも何とも思わなかった。逆に笑えてきた。「チビだからこんなこともあるだろうな。仕方ない。」と。ま、これも思い出。次に登場の娘は、立派に熱唱!といきたかったが、三味線&尺八の演奏とのコンビネーションがうまくいかず2回も中断、謡い直しする羽目に・・・^^;でもまあよく頑張りました!子供のステージは、ご年配のかたが多い中で本当にオアシス。これからも気張らずに楽しくボチボチやろう。K先生、これからもよろしくお願いいたします
2006.11.19
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めっきり寒くなった。おまけに週末はいつも雨。明日も雨とか。つまらないなぁ。たまには陽の光でも浴びたい。なにか体が光合成されていない気がして不健康な気分。昼から小雨もぱらつく中、畑で二週間ぶりの第二回の芋掘り大会。「あった!」「折れた!」「取れない!」ワイガヤと子供らに泥まみれになりながら掘ってもらい、持参の魚籠(!)もいっぱいになってこれで収穫完了!春先にS様に苗を頂いてからというもの、長い長い期間に渡ってのサツマイモも育成はよふやく終わりました。めでたしめでたし蔓も前回同様、折角なので副茎部分をひとつひとつ子供らにちぎってもらいお持ち帰り。自然の恵みはとことんまで大事に、ということでまた胡麻油で炒めて食べることにしますか。また蔓の中からまたまたゴマの香りが。ルッコラが思いがけずに出来ていたのでこれもお持ち帰り^^※サツマイモの跡地。今迄有難う。耕して来週以降の玉葱に備えます。※10日前に植えたキャベツも発芽?雑草?わからないのが悔しい。畑って本当に年中我々を楽しませてくれる。終わりがない。次から次へと並行して動くから、息つく暇がないというところが面白い。年中ローリングしている感じ。これからもこんな意外性があって実益のあることはやめられないだろうな。これも畑の皆様のお陰です。
2006.11.18
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夜明けが遅い。6時過ぎてもまだ暗い。10日以上も放置した畑が気になって仕方なかったので、珍しく早起きして見に行った。夏と違って、少し空けてもあまり進歩なし。放置したままのダイコンも全く成長が見られないため、4本引っこ抜いた。他のダイコンは正直あまり育っていない。地上にこんもり出てきている姿がない。これでシーズン終わりなのだろうか。どうも勢いが見られないな。前回植えたキャベツの種。発芽を期待するも何にも出てきていない。まだ早いのかもしれないけど。替わって同じところからジャガイモの芽がぐんぐん育ってきていて立派な葉をさらしている。こちらのほうに全部栄養分を持っていかれているかもしれないな。何か引っこ抜くのも勿体無いし、移動させる勇気もないからこのままにしておいた。ほうれん草とレタスは遅々として成長。間引きして食べる分として少々お持ち帰りしたが、正直「勿体無い」精神が災いして、もう少し早い段階で間引きを加速させておくべきだったと後悔。どうも発育が遅い。このままでは収穫物が小さくなるのは目に見えている。初心者ならではの失敗。来年はもう少しうまく出来るかな。ほんの20分の慌しい時間を過ごして超特急で帰宅し出勤。とりあへず確認してほっとした。
2006.11.16
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いじめや自殺やエライひとたち不祥事のオンパレでなんとも嫌な世の中。どこがどう間違って、3人の子持ちのお父さんが郵便局の強盗なんぞに手を染めてしまうのだろうか。吾輩にはさっぱりわからない世界だ。いじめもそう。何がいじめだ。人間は感情を持った生物ゆえに、どこでも<いじめる行為>は出てくるのは当たり前。そのことを前提に議論をせねばならぬのに、「いじめ撲滅!」だとか、「予知できなかった。謝罪!」とか、この期に及んでいつまで優等生発言を続けているのだ!!お役人さんたちは頭でっかちだから正直困る。いじめは、スポーツの世界でも芸能の世界でも会社生活でもどこでもある。そして今も昔もいじめはある。減りもしないし増えもしない。感情生物である<人間社会>では必ずストレスとして噴出する。それを如何に制御するか。この制御装置が正常に働かなくなってきているだけである。特に感情をコントロールできない子供ならなおさらのこと。ちょっとした行き違いからいじめは発生するもの。いじめに如何に対処するかあるいは逃げるか、これを自ら考えて行動するのも処世術のひとつだ。これを学ぶ第一ステップとして学校に行っている、というくらいに考えておいたほうがいいと思う。吾輩の子供もそうだが、最近の学校教育は極めてフラットな平等主義だ。運動会では順位はないし、勉強の成績でも評価がアバウト。こんな教育ばかりしているから、ちょっとしたことに過敏に反応していじけたり、傲慢になったりするのである。例えば昔なら、運動会で走るのがやたらと速いヒーローなら皆から一目おかれるし、とんでもない秀才であれば、これまた別の意味で一目おかれる。喧嘩の強い餓鬼大将だって一目おかれる。「この分野ではアイツには自分にはとてもかなわない。でもこの分野は俺様のものだ!」みたいなところから、お互いを敬い、嫉妬し、そしてなにくそと頑張る精神を養うわけだ。この青臭い精神そのものが、社会人になってから十二分に活かされるわけである。この過程を踏まずに大人になってしまうと、ちょっとしたことですぐにくじけやる気を失い、目標を見失い、自分など世の中では不要な存在だ、、、なんてネガティブ思考に陥ったら最後、負のスパイラルに陥ってそのまま沈没人生なんてことになりかねない。そういう意味で、如何に子供時代に、いじめ、そしていじめられ、そして反省、あるいか反骨精神でその逆境を跳ね返す精神を養っていくことが重要と考えるわけである。何故文科省はそんなこともわからずに、いじめがあったかどうかなんでアンケートをとっている。吾輩には理解出来ぬ。どの学校でもいじめはある。100%あるはずだ。我が母校でもあった。いじめはある、教師の暴力はある。生徒の暴力もある、なんでもあるのだ。そんなものだ。はっきり云おう、ゆとり教育など全く不要だし、そんなことよりもっと競争精神を植えつけるようにもう一度、時代を逆走したほうがいい。そのほうが成人してから健全な社会を運営していける可能性は高い。但し、繰り返して云うがいじめはなくならない。いじめに巧く対処できる人間が増えるというだけだ。少々乱暴だったけど、一応今日の日記として記しておきます。
2006.11.15
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東京日帰り出張。体調がいまいち優れないので新幹線で寝ること寝ること。行き帰りでなんと合計3時間も爆睡した。少しは回復したか。帰りも夕刻に東京を出たので帰宅時間が普段より早く。お陰で子供らと一緒に夕食、お風呂、そして寝かしつけの本読み、そのあとはなんとDVDに溜まった映画を2.5本も見た!●まずはハリソンフォード主演の「エアフォース・ワン」。一度映画館で観たことありますが手に汗握ります。安倍首相にこれは期待できない?(笑)●二作目は、一世を風靡した「スピード」。MATRIX出演のキアヌ・リーヴス、デニス・ホッパーのタッグ競演にこれまた手に汗握る。エレベータの籠、バス、そして地下鉄・・・のアクションの数々。もうお腹は満腹!●そして三作目はロバート・デニーロの「カジノ」。世の中には悪い輩はたくさんいるということです。毎日こんな平和な生活パターンだったらいいのにな。昼寝、家族で夕食、そして映画鑑賞・・・そんなうまいことが続くわけないか。。。
2006.11.14
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今や希少価値となった投網師。ましてや投網の修理師となるともっと希少価値は高い。幸運にも謎例さんに連れられて、同じ街に住む「投網修理師」のご自宅でその修理作業の<手ほどき>を一緒に受けることになった。別に修理師を志しているわけではないが、少し破れた箇所を補修メンテが出来れば、という目的。今年は投網一年目とあってとにかくよく破った。いきなり大量のニゴイに侵されたり、無理やり引っ張ったりで小穴多数、20-30cmクラスの大穴も多数。これでも鮎が獲れるから不思議だ。師匠は吾輩は初めてお会いするので興味津々。7●のお歳とは思えないようななんともお元気なおかた。いきなり講習のお部屋に案内いただいたところ、いきなり飛び込むは投網の数々と多数の補修用器具。あとから出てくるは、自家製のモリ。川に潜って鮎や鮒、そして海ではチヌなどを射撃するそうな。マニアックな世界に吾輩もついて行けるか案じたものの、なんとか1時間位かかってよふやく基本作業だけはマスター。少し出来るようになると多少面白くなってくるが、大穴の応用問題が入ってくると、いきなり頭の中はパニック状態。まだまだ奥は深い。師匠と謎例さんの手つきは鮮やかなものだが吾輩のは少し時間がかかりすぎ。自分の投網を本気で100%修理しようと思ったら、恐らく週末を潰して丸々1-2ヶ月はかかるだろうという、、、くらいに酷い。朝9時から昼すぎまでお世話になったが、だんだんと集中力は薄れ、まずは第一回の講習会は終了。その後、お弁当を頂きながらまた色々なウンチクと雑談、、、これはここでは書けないが、ともかく聞く話聞く話、皆サプライズものの「ほぉ~!」ってなもので、投網の堅気なイメージから師匠のイメージがブレることブレること。貴重な時間を堪能致しました最近の投網は安い。吾輩のものも1.7万円。消耗品だし毎年新調すればいいやと思っていたのが今日は少し恥ずかしくなったかも。投網を粗末にしていたら、いずれ天罰が下るというものだ。大事にするマインドが魚を大事にすること、イコール大漁にも繋がり自然の恵みを謳歌、、、とこういう図式になるのかな。出来る範囲で頑張ってみよう。!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!今週末は第二回芋掘り大会(里芋&前回の薩摩芋の残り)を実施すべく、学校仲間の餓鬼どもを昨日から我が家で待機させていたにも拘わらず、ずっと不規則な雨続き。まことに残念。珍しく週末にも拘わらず畑に行けずという事態に陥った。仕方ないので今日は家族で室内プールでスイミング。ジャグジーとサウナにも入ってノンビリとした。泳ぐのは、夏の終わりの湖水浴以来だったが、やはり海や湖で泳ぐほうが好き。室内プールはつまらない。だって日差しはないし魚がいないから(笑)
2006.11.12
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今日もよく呑んだ。定時後からぶっ通し6時間。これだけ呑んでいると吾輩の頭どこかイカれてきていると思うのが正常だ。呑んでフラフラ、最近お陰で寝不足、口内炎多発、そしてアレルギーかなにか知らないが咳き込む。咳き込むのはここ数年秋の恒例行事になってしまった。あまりよろしい現象ではない。今年から畑仕事を始めてよく感じる。収穫野菜も結局構成されるのはその土と水。この土と水がイカれていては病気のもと。川で獲る魚も同様。魚の環境がイカれていては、単なる人間へ悪影響を及ぼす食材。水俣病と変わらない。いかに有機的な安全なものを口に入れなければという気持ちが最近強くなってきた。先日出張に行くさいにコンビニで慌てて、サンドウィッチとオニギリを購入し、新幹線で美味しくパクついたはいいが、ふと思った。構成物を見るとロクなものがない。怪しげな添加物、保存料に汚染されまくっている。はたと食べるのをやめた。これから時間がないからとついつい手が伸びるコンビニ弁当などは一切やめておこう。まだ街の定食屋に入るほうがマシだ。吾輩が5年前花粉症とやらにかかり、ここ数年秋になるとむせるのも、なにか食事がおかしいせいじゃないかとふと思った次第。そんな矢先たまたま某氏の雑誌の記事で同じような内容を昨日読んだ。化学添加物をはじめとする食害や人命軽視の娯楽作品が、キレやすい子供を生み世の中が荒むというもの。かなり推論が多いが、大部分で頷ける非常に驚愕の内容。確かにハード面でのセキュリティは徐々に世の中に浸透はしてきているが、肝心要の諸悪の根源である「人」の「内面」に起因する「食」に関しては本当の意味でノーガードかもしれない。生きていればいい、と思っていると何年後、何十年後かにとんでもないしっぺ返しが来るかもしれない、と本気でそういう気分にさせられた。
2006.11.10
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会社でUSO800(古!)の審査が迫っており今日は書類棚の整理に明け暮れた。50冊くらいあった我がセクションのキングファイルを見事に半分にしてやった。云っちゃ悪いが書類なんて、本当に重要なものはほんの一握りであとはほとんど資料のための資料。誰も見ることがない。まさしく無用なペーパー。作成&出力するほうが勿体無い。最近つくづく思うのは、仕事というのは<リアルタイム>で<流れもの>ということ。新鮮な情報の賞味期限は極めて限られている。来週になれば、そんな60%の書類は不要になる。一ヶ月経てば、90%は不要だ。そして、一年間見なかった書類は恐らく永遠に見ることがない。我ながら「いい資料が出来た」と思うことはよくある。でもその<作品>は実は、演奏会と一緒で、その場限り。まさにリアルタイム、LIVEな資料。会議が終われば、スクラップ同然。いわゆる使い捨てだ。実はそんな無用な書類が事務所にはいっぱいある。吾輩はそんな主義なので、自慢ではないが(と云いながら凄く自慢になっているかもしれないが)、吾輩のデスクは恐ろしく綺麗。恐らく会社で1,2(云いすぎ?)を争うくらいに綺麗。仕事をしていない(?)せいもあるが、兎に角机の上に何もない。書類が溜まるのがとにかく嫌なので、書類棚に置かれた書類は即ゴミ箱かファイルするか他人の机に即転送。机がちらかっているのが嫌なので仕事は併用しない。ひとつ終わったら次、終わったら次という感じ。帰宅のときには書類棚を必ず椅子の上に置いて帰る。よって机の上にはPCと電話のみ。PC持ち帰りのときには、無人の机のよふになる。そんな習慣をもう5年も続けている。誰か同じことをしないかな、と思っているのだが誰も追従してこない。デスクが書類や空き缶で散らかっていたり、色々なオブジェや書類を積み上げて穴熊みたいになっている人がいるが、吾輩の感覚でいえば本当に信じられないな。気持ち悪くないのだろうか。心配性なのかな?はたまた吾輩があまりに楽天家?
2006.11.09
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三人も子供がいるとよく「へ~、この少子化なのに凄いね。」と云われる。別に凄くもなんともないけど。うちの子供らは一番下のチビを除いてどちらかというと引っ込み思案なところがある。でも性格ばかりは大人になるまでわからない。これは吾輩が長年生きてきて感じるところ。全然おとなしい人が大人になってその反動でとんでもなくはじけたり、あれほど早熟だったのが萎れたりと、長い人生どう転ぶかほんっとにわからないなというのが実感。この間の七五三で思ったが、親ばかの吾輩としてはとにかく子供たちは人様に迷惑を掛けずに元気で育ってくれればいいやと単純に思うようになった。それはともかくふと「子供の一番可愛いときは一体いつかな」ということ。吾輩はひょっとしたら「今かな。」と。子供の笑顔を見ることが文句なしにこの世の一番の楽しみだ。これは大げさではない。もし子供がいなかったら、今の楽しみはあるのかな?という感じ。きっと別の楽しみが吾輩のことだから色々あると思うのだが、きっと至福の楽しみは得られなかったのでは、と思う。それほど子供というのは、かけがえのない天使のような存在だ。稀に子供の起きている時間に帰宅すると飛びついて来てくれる。これはとても嬉しいものだ。これはなついているかどうかのひとつの基準になりえるかも。(一番上はもう飛んでこないが。)あとは一緒にお風呂、そして寝るときの本読み。これはいい。じっと聞いてくれる。ひょっとすると、親になって、一番子育ての時間の中で楽しいひとときかもしれない、とふと思う。余裕のあるときは二冊。幼稚園から借りてきた好きな本をせがまれる。読んでいて吾輩も「この話の筋がちゃんと理解できているのだろうか。」とふと思うが、そんなことより一緒に空気を共有できる喜びを感じる。以上すっかりノロケ話のようだが、こんな無邪気を感じていられるのも恐らくもう数年?だから今こそ貴重な時間でもある。
2006.11.07
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謎例さんから「釣りキチ三平」の茜屋流小鷹網の本を借りて読んだ。紀ノ川で300年も続く茜屋流の漁法。「鬼手仏心(きしゅぶっしん)」という言葉が出てくる。小鷹網で、鬼の如き正確さをもって鮎を捕らえる。決して手荒に乱獲はしない。乱獲し、資源が底をつけば代々受け継がれる茜屋流が終焉するからだ。自然に対する畏怖の念とともに、紀ノ川を永久のものにしていこうというその時代を生きる気持ち、そして伝承する技術。これが見事なまでにディテールが描かれた素晴らしい作品。鮎獲りは日本人にとってはひとつの大きな文化。そんな鮎師の足元にも及ばないが、今年は謎例さんから投網を教わり色々川を経験させてもらった。コンクリートの三面張りの川が多く、正直残念な気持ちはするが、近代日本の生きてきた歴史なので仕方がない。これ以上悪くならないことを祈るとともに、この川で暫くは遊ばせてもらおう。小ぶりな湖産鮎だが、獲れて持ち帰るときは気持ちいい。鮎は淡水魚の中でも、吾輩にとってもやはり特別な存在。香りがいいだけではなく気品がある。投網はこのためにある、という感じ。また家族のためのまさしく「おかずとり」になる。そういう意味では本当に謎例さんには素晴らしいことを教えてもらった、と改めて感謝。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^でも今年は本当に竿を振らなくなった。これほど釣行の少ない年は、釣りを始めてから初めて。バス釣りも全くやらなくなった。投網を始めて何故かバス釣りに興味を失ってしまった。南湖で投網をうてば、バス&ギルのオンパレード。本当に情けない湖に、バスを釣る行為にすら罪悪感を覚えるようになってしまったのだ。駆除するにはあまりに小さな存在でありどうしようもない・・・。琵琶湖で竿を振る目的が見出せない。。。でも今日ふと思った。 畑作りの飼料にしたらいいのだ。簡単なようで考えたこともなかった。何故もっと早く気づかなかったのだろう。そうすれば一石二鳥だったのだ。夏は過ぎ、惜しいことをした。
2006.11.06
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ドライブ後、子供らはサッカー行ったり習い事行ったりとお出かけ。夕方は一人で畑いじり。今日も少しメンテナンスをしこしこと。・まずはほうれん草とレタスを間引きし、今更ながらに領域を拡大。いくら手元にあってもいい両者だけに果たして今から大収穫となるかどうか。・四季キャベツの種植え慣行。獲らぬ狸の皮算用ながら春に4-5個収穫できればいいかなと。湿気をキープするために新聞紙を被せて暫し様子見。・一昨日のサツマイモの場所の耕し。少し残り物を収穫。・少し窮屈そうなダイコンを3本収穫。すっぽり抜くときは実に気持ちいい。・最後に酸性がキツイかと思い、芋以外には石灰をパラパラと。 ※(左)新聞紙を敷いているところがキャベツの種を植えたところ。(右)今日の収穫。※前回の収穫とともに今夜はまたギョーザ大会と相成りました。懲りてません^^;だって美味しいものですから!上記の写真:サツマイモの蔓は捨てるのも勿体無いので、子供らが皮をむきむきの大作業。いつもよく頑張ってくれますね ゴマ油で炒めて明日のおかずにでもしましょうか。
2006.11.05
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子供のヴァイオリンの発表会。吾輩も二度ピアノ伴奏で出演しなければならないとあって、リハの段階からドキドキ。仕事がら大勢の前は結構慣れているはずだが、こういう日だけは別。どうもお母さまかたがたに負い目があるからかな。男の伴奏は吾輩ひとり。何故女の人はあれだけ堂々としていられるのだろうといつも不思議に思う。 自分では今日は、他のお子さんの演奏を聴きながら瞑想し、特に心のコントロールを努めて冷静に施したつもりであったが、娘のリュリ、長男のヘンデルともに心の動揺を隠せずにボロボロになった・・・やはり練習は嘘つかない。当たり前だけど練習時に出来なかったことが本番で出来るわけがない。先日ドラゴンズの落合監督も云ってた。子供ふたりのヴァイオリンは、緊張もせずにうまくいったとも駄目だったとも何も思わないポーカーフェイス。あのねゑ・・ おまけに最後の親御さん代表挨拶でまたボロボロになった。。。何か緊張しちゃうんだよね。仕事での<営業言葉>は割りと型にはまって簡単なのだが、どうも子供相手、プライベートだと難しい。この感覚わかる人いますかね・・・^^; ・・ということで大した労力でもない一日だったがヤケに疲れた。 昔はこんなに演奏で硬くなることなかったのになと思いながらも、まあこれからも適当に<適度な緊張>を楽しみながら続ける所存。子供から引退勧告されるまでやり続けますか。
2006.11.04
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朝からヴァイオリンの先生のお宅でヴァイオリン&吾輩の下手くそピアノのレッスンを受けていたので、だいぶん遅れて昼過ぎから、家族全員でSさん主催の畑仲間の「焼き芋大会」に参加!畑の前では既に準備万端。15~20名位のかたが来ておられました。すみません、お手伝いも出来ずに。でもそこは図太い吾輩。秋晴れの中、畑の前のアウトドアの食事となればお腹がすかないわけがありません。パクパクと大自然の恵みをたらふく頂きました焼き芋に加え、焼き玉葱、収穫のお芋さんタップリの豚汁、サラダ、枝豆、韮芋焼き・・・そしてフォンデュー。「フォンデューって何?」と吾輩。「えっ!知らないの?」と他全員。「知らない。そんなの聞いたこともない。」「うっそー、信じられなーい。」と散々コケにされて多少悔しかったものの、きっと他にも知らなかった人がいるに違いないと思いつつ「まっいいか」と思いながらも、口にだけは、チーズフォンデューを専用フォークでついからついと。※トロトロチーズが実にいけます。スイス版チーズ「しゃぶしゃぶ」とでも云いましょうか(^.^;)家族ごとの出し物も楽しく、我が子供らは屋外ヴァイオリンコンサートもしまして アルコールなんかなくても完全に酔えます。これがわかったね。※宴の後には、我が畑でもついに芋掘り(サツマイモ)大会開始!!「あった!」「出た!」 ※サツマイモは日没コールドで半分だけ。残り半分は後日の楽しみに。ダイコンは一番大きいものを引っこ抜きました!!ドデカ!サツマイモの茎をたくさんお持ち帰り。ダイコン、レタス、ほうれん草の葉の間引き、韮、葱、そしてSさんからウマイ菜を少々頂きました。とてもテカテカ。おひたしに出来るとのこと。明朝から色々楽しめそうかなと。今日はたくさんの人と楽しく食事し、たくさんの収穫。とてもハッピーな一日でした。お天道様に感謝。お土様に感謝。皆に感謝。
2006.11.03
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二日間、社内でちょっとした展示会があり来客三昧だった。こういうときは迎える側は完全にホスト役。最近久しく会っていない、疎遠な人にもご足労頂き会合する。これがこういうイベントの重要な部分だ。二日間、実に本当に楽しかった。同窓会ではないが、こういうときはもう一度自分を見つめなおせる。そして気のおけない仲間と午前様のお付き合い。お店を選ぶのも楽しみのひとつ。「最近行ってないなぁ^。」とか何とか云いながら実は自分も行ってみたい店だったりして^^;まさしく営業の醍醐味p.s. 街はクリスマス一色??何?この資本主義社会は??近年いつもこうですね。紅葉もないのにジョンレノンのクリスマスの曲とはお笑いもいいところ。外国人が笑ってますよ。日本人として恥ずかしい。
2006.11.02
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