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みなさんは、日高義樹さんという方のお名前を聞いた事があるでしょうか?日高義樹さんは、NHKの出身で長らくアメリカに滞在・業務をこなした後、定年後にハーバード大学客員教授として教鞭をとられ、現在、米国保守系シンクタンクのハドソン研究所首席研究員として、ホワイトハウス及びアメリカ海軍のためのアジア・西太平洋における日米関係の将来に関する調査・研究の責任者を務めている方です。その日高さんが企画・制作をされた『日高義樹のワシントンレポート』という番組が先週の日曜日、25日にテレビ愛知(東海地方なので。キー局ですとテレビ東京になります)にて放送されていました。この番組は、毎月1回日曜日に、日高さんがワシントンを中心に、アメリカの現共和党政権を支える政治・経済・軍事のキーマンをインタビューしたり対談したりして、アメリカの政策がどの方向へ向かうのかを分かりやすく解説しているという、政治や軍事に関心がある素人にとっては大変ありがたい番組です。ただ、テレビで放送されるということが前提の番組なので、インタビューや対談の受け答えについては「オイオイそれはリップサービスだろう」とか、「明確な発言が出来ないので、上手く逃げたな~」的な会話があって面白いです。何しろ、本とは異なり発言者の仕草や表情と会話を見比べる事が出来るのがこの番組の面白いとこれであります。ただ、インタビュー・対談は全て英語で行われるので、私みたいな英語オンチは字幕の助けががないと辛いのが泣き所です。英会話をキチンと聞き取る事ができれば、会話の微妙な表現のニュアンスも感じ取る事ができて、さらに面白いのでしょうがね。さて、日曜日もお出かけしていた私は、ようやく今日になって25日放送分を見終わりました。実はこの25日放送分は、海軍大好きに人間にとっては逃す事ができないホットな話題が取り上げられていたのです。その御題とは「中国潜水艦隊にどう備える」というもので、新任の米国太平洋艦隊司令官ゲイリー・ラフヘッド大将との対談・インタビューだったのです。このブログを覗きに来る方の中では、よ~くご存知な人もいるかと思いますが、昨年、中国海軍の原子力潜水艦が南西諸島の我国領海内を潜水しながら通過し、海上警備行動が発動されたにも関わらず、なんら適切な対応、対戦哨戒機から対戦爆弾(警告の為ですよ)を落として強制浮上させるなど、を取ることなく逃走させたという苦い事件を覚えているかと思います。ちなみに、潜水艦は国際法により他国の領海を航行する際には浮上し、国籍を示す旗(軍艦旗)を掲揚しなくてはいけないのです。それを、無視して領海を潜行したまま通過するとは・・・。撃沈されても文句は言えない行為なのです!「中国潜水艦隊にどう備える」の中でも日高さんがこの事件を例にして「現実問題として太平洋では彼らは国際法を学ぼうとしません」という質問をラフヘッド提督に問いかけたところ、提督は「世界中の海軍は国際海上法に従って行動しなくてはならない」と述べ、あらゆる海軍は何をしているのか誤解がないようにする必要性と活動に対する透明性を維持し、誤解を与えないようする必要があるので、「我々は世界や地域規模で開かれるシンポジウムに参加し国際法や海軍活動に関する参加するように中国海軍に奨励している」という答えを返しています。このやり取りは海軍の相互理解という問題が絡んできます。冷戦期、米国海軍とソビエト海軍は双方が大西洋上で核ミサイルを搭載した原潜を使ってパトロールをして、にらみ合っていました。ところが双方、機会があるごとに両海軍は国際会議や相互の艦艇訪問などのあらゆる機会を使って徹底的に話し合い、相互理解を深めてきたと、ラフヘッド提督は述べています。しかし、現在の中国にはソビエトと行ったような相互の意思疎通が出来ていないと指摘されているのです。例えば、中国は何故海軍力を、特に潜水艦作戦能力を増強しているのか、その能力をどんな目的で使うのかが全く不透明である(ソビエトの場合は単純明快でしたからね)。そのため、アメリカ海軍は自分たちが理解できるように中国海軍に対して透明性を持ち情報交換を求めているのです。ところが、日高さんは次に「国際法を守らすには力が必要です」と言って先に述べた中国原潜の領海侵犯についてラフヘッド提督に質問されています。これに対してラフヘッド提督は、「海軍同士が接触するような状況になる場合、事前の合意が極めて重要だ」「非常に大事なので海軍は度々、会合を開くのだ」「活動上の問題や国際法に従って行動する責任などを話し合うために・・・」と解説されています。この表現、分かりにくいですよね?つまり簡単端的に説明すると、お互いが些細な事でズドンッとやると18世紀みたいにしまった~、血気盛んな艦長の独断専行で~、ごめんなさい!という言い訳が通用しないのと、今では即核という物騒なものが出てくるので、軍事行動1つ取るにしても、事前の極めて外交的で綿密な情報のやり取りが必要になってる、と言う事なのです。そして、このようなアレコレと情報交換すると中で相互理解を促進するという手法は米海軍の優勢な海軍力も手伝い、冷戦期ではソビエト側が敗北(消滅ですか)する形で決着しました。他にも中国は、これも覚えてない人が多いでしょうが2004年に尖閣諸島沖で海自のP3Cが領空内を飛行中に中国海軍の艦船からミサイルで狙われたのです(照準レーダで捕捉・ロックオンされたのです!)当然、非武装のP3Cは逃走しかできなかったのですが、領空飛行中の軍用機に対して明らかなる国際法違反を犯した前科があります。日高さんも「確かに問題の地域ですが、先進国では相手をミサイルで狙ったりしません」と言っています。これに対してラフヘッド提督は「領海や尖閣列島について中国と日本が話し合う事が極めて重要だ」「問題を理解し、見極めるために・・・」「同時に海軍同士が艦艇や航空機、兵器などをどう使うか話し合っておく事が大事だ」と述べられています。ラフヘッド提督はこの後、自らが体験した米ソ冷戦下の両国海軍のにらみ合いについて、互いに接近して行動する時、誤解や計算違いをしないために「われわれがやったのは話し合いだった」と語っています。その理由は、「計算違いはしばしば大事につながるからだ」として「お互いに接近して行動する時の手続きを理解しそれに従う事が重要だ」と強調して、軍事衝突の危険性を減らす方策を紹介しています。ですが日高さんはラフヘッド提督に対して「中国の人々は強力な軍事力を尊敬します」「彼らは「話し合いたい」と言いいますが尊敬するのは軍事力だけです」として、「米海軍の空母ロナルド・レーガンがマラッカ海峡や太平洋を航行する事は中国の尊敬を得る為に極めて重要である」と指摘されています。これには、全く同感ですね。このような、米海軍の示威行為についてこれからも継続するのか?と言う問いに対してラフヘッド提督は「我々は今後も太平洋とインド洋の平和と安定に貢献する為、活動を続ける」「危機が起きそうな地域だけではなく(これは重要な指摘ですよ)海上の安全保障に対する脅威に備える」として海賊・麻薬対策・環境破壊(これを聞いたときエッ!と思いましたね)・テロリズム等などに対して「地域と世界の海軍はともに活動し、情報を分け合う必要がある」として、安全保障や地域の安定が脅かされた場合に一緒に行動する事ができるとして、太平洋地域での活動継続性の重要さを強調していました。ただし、例えばマラッカ海峡のような政治的にも経済的にも重要な海域について、米海軍が直接的行動を起こすような事はせず、この地域に責任を持つ海軍を支援し他国の海軍とも協力して「地域の安全保障を守る為に必要な情報と支援を提供したい」と述べられています。今回は、『日高義樹のワシントンレポート』の「中国潜水艦隊にどう備える」より第二部、「国際法を守らない中国潜水艦隊」から、日高さんとラフヘッド提督の対談を引用する形で、以前からこのブログで取り上げているテーマの1つ我国を取り巻く海洋の危機について、訳の分からない国、中国に対して日本の防衛の頼みの綱、アメリカ海軍の太平洋艦隊司令官がどのような対処法を用いようとしているのか、紹介してみました。この番組では他にも、中国を封じ込める為に増強される太平洋艦隊の姿や太平洋の軍事情勢、そしてこれが気になる日本の海上自衛隊の実力について現役の太平洋艦隊司令官が語ってくれているのです!私たちは、米国の政・経・軍の要人の発言を新聞記事やニュースの一部と言う形でしか情報を入手する事ができません。さらに、それらは細切れにされた断片的で製作者・編集者の主観が入ったものです。しかし、『日高義樹のワシントンレポート』は、それらの主観や編集が極めて少ないと感じて見ています。そんな、米国政治中枢部からの情報をダイレクトに伝えてくれる『日高義樹のワシントンレポート』、少なくとも軍事を語りたい人は月毎の番組の内容をチェックしておいた方が良いと思います。本当に、面白いネタがいっぱい出てきますのでね。最後に、日高義樹さんの著書を紹介して終わります。では!
2006年06月29日
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はい、楽天の期限付きのポイントが切れそうだったので、毛利志生子さんの『風の王国』シリーズの未購入分、『風の王国(女王の谷)』から『風の王国(朱玉翠華伝)』まで楽天ブックスにて購入しました。そこで、今日は文庫サイズなのに「小説+まんが」と主題の前に記入されている、雑誌『コバルト』に連載された毛利さんの短編と、本編のイラストを描かれている増田メグミさんのマンガが楽しめる『風の王国(朱玉翠華伝)』から私が気に入った短編小説「花の名前」についてご紹介していきたいと思います。この「花の名前」は、主人公李翠蘭(りすいらん)が時の大唐帝国の皇帝であり翠蘭の叔父でもある太宗・李世民より、偽の公主(皇帝の娘の称号です)として、唐の西方にある吐蕃(とばん:現在のチベット地方)へ政略結婚を命じられます。そしてこの物語は、行儀作法や吐蕃の言葉を習得して、吐蕃への輿入れの準備をするために後宮である掖庭宮(えきていきゅう)へ入っていたときの出来事を描いたものです。物語のあらすじとしては、皇帝から下賜された鸚鵡(オウム)を逃がした侍女・春英(しゅんえい)とその主、郭宝林(かくほうりん:宝林とは皇帝の妃の身分のひとつで称号でもあります)に対する処遇について、郭宝林に鸚鵡を持っていかれて不満たらたらの皇帝の公主・紫明公主(御年十二歳)と公主に仕える武才人が、翠蘭の房室にやって来て翠蘭の友であり、宮ではお抱えの占い師である劉朱瓔(りゅうしゅえい)に鸚鵡の行方を占じさせようとする場面から始まります。実はこの鸚鵡、郭宝林が何気なくつぶやいていた故郷の想い人の名前を覚えてしまったいたのです。後宮の妃が、皇帝以外の男性に思いを寄せることは、皇帝への叛意と捉えられ死を賜ることになりかねません。それを知る春英は主君の命を守るため鸚鵡の口をふさごうとしていた所に、紫明公主が突然あらわれ、鸚鵡を逃がしてしまったのです。そこで、後宮お定まりの陰湿な足の引っ張り合いが始まります。公主は鸚鵡を逃がしてしまったことで、春英に怒られ鸚鵡が自分のものにならなかった腹いせもかねて、春英を罰して郭宝林に心痛を与えようと画策します。一方、公主付きの女官、武才人は春英をかばい事を穏便に済ませるために翠蘭と朱瓔を利用しようとするのですが、話はこれだけに収まらず・・・。続きは本で読んでください。説明するにはあまりにも緻密で複雑な設定なので、さわりを少し解説するだけで大変です。そこが、面白いのですがね。さて、この短編で一番興味を引かれたのが武才人(才人も女官の地位を示す称号です。この時代、女性は姓に称号や誰々の奥さんと言う風にしか呼ばれていませんでした。)です。この女官の本名は武照(ぶしょう)。この作品にも晋王治(ち)として登場する皇帝太宗、李世民の三男で後の三代皇帝高宗の皇后となり、高宗の死後、息子の中宗を廃し中国の歴史上、唯一の女帝となる則天武后その人です。この武才人と翠蘭の作品の中でのやり取りが面白いのです。その中から、とくに私が気に入ったのがこのセリフです。雪見の席で皇帝に詩を献上し、その詩の内容によって、郭宝林を宮中から一切の不名誉を背負わすことなく故郷へ戻す事に成功した武才人に対して翠蘭が「あなたは、想像だけを頼りに、皇上に進言する危険を犯したのか?」という問いに対して武才人が「そうね。想像が主体よ。でも、その想像は、情報と観察の上に成り立っていたものだわ。(後略)」というものです。魑魅魍魎の巣食う後宮。その中で生き抜く的確な術を端的に言い表しています。また、武才人の「私は、国を動かすほどの権威がほしい。自分の力を試したいの。いま国を動かしているのは男だけど私は男より優れているもの」という言葉。そして、彼女の機転や、詩作の才能や(詩作は科挙の試験となるほど、役人にとって必要な技術の一つでした)、勇気は大抵の男よりも優れているけど、女は官吏にもなれず(『彩雲国物語』では、主人公・紅秀麗は官吏になれましたが、そちらは純粋なまじりっけなしのファンタジーですからね)、女が才能を生かそうとすると、学士や女官として宮中の雑事のために働くしかなかったのです。そこで、女性が国を動かす立場に手っ取り早くなるには、皇帝の正妻、皇后になるのが一番の近道だったのです。武才人は「名目なんて、どうでもいいわ」と言っています。そして、現皇帝、李世民の好み(楚々として影のある美人だそうです。毛利さん、そのネタの元はどの史書からですか?)に自分が合わないけど、皇帝に進言した事により「(皇帝の)印象を強める事が出来たわ。語るに足る女だと認識されれば、私は皇上のお側にいられる時間が長くなる、そうすればもっと多くのことを学べるわ。そして、いつかその知識を生かす場所を見つけてみせる」と語っています。事実、彼女は皇后になった時に政治に口を出して(夫である高宗が年下で、おっとりとした性格だったためです)高宗の朝鮮半島制圧作戦、新羅と組んでの百済侵攻(日本は、百済を支援し白村江の戦いでボロ負けします。この結果、対馬から瀬戸内海一帯に朝鮮式山城を設置し、大宰府に水城を築き、挙句には朝廷を近江大津宮に移して防衛を固めるのです)を行い、百済を滅ぼし、ついで、隋の時代からの仇敵、高句麗も滅ぼしてしまうのです。そんな、武才人・武照の才覚の一部が垣間見れるような楽しいやり取りがこの短編の魅力です。そして、翠蘭が武才人に対して「華やかな美しさと、凛とした態度、皇帝と対峙したおりに見せた勇気」に対する感銘(これに、十二歳の皇子・治が深い感銘をうけたとあります。この辺りが上手いですよね。史実にさりげなく彩りを添える手法が)を受けています。そいして、武才人の「苛烈さ(彼女は皇帝に即位したとき、容赦の無く反対派を弾圧しました)と鮮烈さには魅せられてしまう。だからこそ逆に、心配にもなる。彼女の内なる炎は、いつか彼女自身を焼き尽くすかもしれない(事実、彼女は皇帝即位したものの老いに勝てず、反対派に担がれた中宗が復位して唐が復活、彼女はその年の内に病死してしまいます。まさしく、燃え尽きたのでしょう。)」と心配もしています。その後、翠蘭は吐蕃へ輿入れをし、武才人は唐の皇帝の皇后となります。そして、時は流れて吐蕃の国太となった翠蘭と、皇后武照は互いの国政を担う立場で、再度の公主降嫁について意見を交わすのですが、交渉は決裂して、両国の関係は悪化の一途をたどるという、史実と武照が帝位についた事を記して、筆が置かれています。今日はこんな感じで、史実の間隙を実に上手に使って創り出された小説『風の王国(朱玉翠華伝)』より「花の名前」を紹介&解説してみました。いや本当に、唐の時代の太宗の後宮で吐蕃に嫁いだ悲劇の公主と、中華を治めた唯一の女帝、武照の人生がこのように交差して物語が生み出された事に、正直、感服します。この『風の王国』シリーズ、本当に各種資料にあたって書かれているので、凄いリアリティのある内容となっています。コバルト文庫という、一部の人間に誤った偏見をもたれている処から出版されているのが惜しいです。本当に、この作品は上橋菜穂子さんの『守り人』・『旅人』シリーズと同列にしても(チョッと持ち上げすぎかな)良い位の内容だと思います。そして、手法としては浅田次郎さん(『天切り松闇がたり(第1巻)』)や田中芳樹さん(『纐纈城綺譚』)などの時代小説と同じものなので、偏見を恐れず図書館や本屋さんで1回手に取って読んでみてください。ただ、読者層がアレなのでその辺の覚悟or寛容さをお持ちになって読んでくださいね。
2006年06月28日
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先週後半は、激務と夏風邪による体調不良により家に帰ってからは、食事をして風呂に入って寝るだけ、という生活をしていたのでブログ関係はコメントを書くだけに終わってしまい、日記記入率が下がってしまいました。でもまあ、日曜日の夜にしっかりと寝たためか、目の疲れによる肩こり・頭痛対策にサルメチール(臭いがキツイので、風呂上りにしか塗れないのが辛いです)を寝る前に塗ったのが良かったのか、今日は調子が良いので久方振りの更新と相成ったわけです。という次第で、今日は前から延び延びになっている機関銃話にするか、アニメ化進行中の『少年陰陽師』シリーズにしようか、はたまた今月号の『コバルト』の巻頭を飾った『風の王国』シリーズでもいいな~、と(振り返ってみると、何と尻切れトンボの多い事か・・・)何を書こうか考えていたのですが、ここは1つ過激で且つ、愛知地球博関連のネタで(ニュースで「サツキとメイの家」についてやっていたのでね)、エルジェ著、川口恵子訳『タンタンソビエトへ』(福音館書店、2005年9月)を取り上げてみます。この本、実はどこの図書館へ行っても児童書の、しかも場合によっては絵本コーナーに置かれていることがあるのですが、それは間違いだと思います。この『タンタンソビエトへ』は『タンタンの冒険旅行』シリーズの最新刊なのですが、私が「過激!」と表現したように絵はノホホンとしているのですが、中身はかなり濃く(後で説明しますが、GRUやらチェキストが登場します。知っている人はコレだけでウワァーッ、と思われるでしょう)、シリーズの他の本はともかく、配置でいくと児童書のEや9分類ではなく、一応コミックなので7分類あたりが妥当だと思われるような内容です。さて、そんな本と愛地球博がどういう関係があるのかと言いますと、先ずはこの本の著者エルジェ、本名ジョルジュ・レミ(1907-1983)の紹介から。彼は、ベルギー出身の作家で「ヨーロッパ・コミックの父」と呼ばれるほどの欧米の各ジャンルのアーティストに影響を与えた人物です。その中には、映画監督のジョージ・ルーカスも含まれていて、「インディ・ジョーンズはタンタンの冒険物語をコンセプトにしている」と云わしめるほどのインパクトのある作品を創り出したベルギーが世界に誇るアーティストです。そんな理由で、愛地球博のベルギー館にはベルギーの風景を描いたよくわからない、綺麗だなーと言う位の印象しかないパノラマや絵画の他に、ベルギーご自慢のビールが飲めるレストラン(人が多くて、ビールの1杯も飲めなかった・・・)と、タンタンのグッズを扱う専門店が併設されていたのす(でも、グッズの値段が高くて、何も買いませんでしたがね)。そんな、ベルギーどころかヨーロッパの誇るアーティスト(コミックを描いているのでマンガ家でもよさそうなのですが、なんだか違和感があるので)エルジェが描いた『タンタンの冒険旅行』シリーズの第1作がこの『タンタンソビエトへ』なのです。この『タンタンソビエトへ』は、長らく本国でも「幻の作品」とされ、初版以来長らく絶版状態でした。これは、著者エルジェ氏の意向、他の『タンタンの冒険旅行』シリーズが主人公であるルポライター、タンタンの訪れる国について、政治や歴史・風土や文化等を綿密に資料を調査して、正確に描写したのに対して、処女作である『タンタンソビエトへ』は、連載された雑誌『プチ20世紀』が保守を地盤とするカトリック系の政党が主催する新聞であったこと。次に、資料として渡されたのが『ヴェールをはがされたモスクワ』というロシアに領事として赴任にしていたベルギー人が書いた共産主義を危険視し、警戒感を煽り立てるような内容の本、1冊だけしか使わなかったことの2点により、他の『タンタンの冒険旅行』シリーズとは異なる作品、つまりエルジェ本人とっては「若気のいたり」で描いた納得のいかない作品であった訳でして、1930年の初版以降、1981年まで再版されなかったのです。このように作者、エルジェが反省するような内容だったこの作品。ですがこの時代、 第1次世界大戦と第2次世界大戦の間、1920~1930年代の「戦間期」は第1次世界大戦の余波が色濃く残り、ロシア革命により社会主義国家ソビエト(ソ連です)が誕生して、欧州各国は共産主義革命の影響に戦々恐々としていた時代でした(日本も同様でした)。しかし一方では、ヨーロッパの著名な知識人たちは平等な社会を建設するという「ユートピア」的社会の実現を目指すソビエトに憧れ、活発な協賛活動を行っていました。作中にも、ソ連共産主義の素晴らしさを見せつけられているイギリスのコミュニストたちのご一行が登場します。最も、その理想はスターリンによるボリシャビキ(共産党)政権がロシアの全てを支配するという非民主主義的な国家への形成で裏切られるのですがね。その共産党一党独裁の尖兵となったのが悪名高き秘密警察・GRU(ゲーペーウー)後のKGBで、この『タンタンソビエトへ』の中でも、革命以降、一種の鎖国状態となっていて、ヨーロッパの人々に「謎の国」となっていたソビエトの悲惨な実情を記事にしようとしたタンタンを、執拗に追い掛け回して始末しようとしています。また、この本ではソビエトだけではなく、ベルギーからロシアに向かう通過国のドイツについても描かれていて、これも前半部分はかなり印象が悪い、タンタンがボリシャビキの過激派よる爆弾テロの容疑者に勘違いされて、ドイツ警察に捕まり脱走して追いかけられる、という内容となっています。これは、第1次世界大戦中にベルギーがドイツに占領されていた事による影響でしょう。最後に、この『タンタンソビエトへ』の「訳者あとがき」から私が前々から思っていた事を端的に解説してある一文を紹介したいと思います。(前略)しかし彼(エルジェ)は、天性のジャーナリスト的直感によって、コミュニズムとファシズムにはよく似たところがあることを見ぬいていました。それは「個の否定」ということです。コミュニズムにとってもファシズムにとっても、ひとりひとりの個人はまったく意味をもたず、全体に従属するために否定されねばならない存在でした。この文章、「個の否定」という意味では、われわれ日本人にとっても耳が痛いお話ではないでしょうか?そんなこんなで、歴史が好きな人にはヨーロッパの同時代人の目から見たソビエトの姿を知るユーモラスな作品としておススメする一品です。ただし、唯物史観万歳!という方は見ない方が良いかと・・・。まぁ、今時共産主義を盲目的に信奉する人なんていないでしょうがね。あと、他の『タンタンの冒険旅行』シリーズとは異なり、この作品は全篇モノクロで絵の印象もずいぶん違うので注意してくださいね。
2006年06月26日
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はい、昨日に引き続き今日も課題図書で戦争話をやってみたいと思います。取り上げる本は、昨日と同じゲイリー・ポールセン著、林田康一訳『少年は戦場へ旅立った』(あすなろ書房、2005年)です。昨日は、南北戦争時のアメリカの軍事情勢について長々と書いてしまい、肝心の本の内容まで踏み込めませんでした。そこで今日は、この『少年は戦場へ旅立った』の本文を引用する形で南北戦争時代の戦争と北軍の部隊の様子がどのようなものであったかを紹介していきたいと思います。さて、昨日も書きましたがチャーリー少年は政治家や役人、新聞のプロパガンダ「戦争はすぐ終わるぞ~」(常套文句です・・・。第一次世界大戦でも「クリスマスまで家に帰れる」というスローガンで前線に兵士が送られました)に乗せられ、一人前の男として認めてもらうため、また、戦争がどのようなものかをこの眼で確かめるために、第1次ミネソタ義勇団(訳のまま。どうも表現がおかしいです。戦争モノを翻訳したものの中には、よくこのような微妙な間違いが多々見られます。戦争や軍隊に対する一般知識が無い日本人だから起こる現象でしょうね。ちなみに、私は文中から推測するに、連隊、若しくは旅団だと思います。せめて義勇兵団ぐらいにして欲しいですね。)に紛れ込むため故郷を離れて、ミシシッピー川上流のスネリング砦で志願・入隊をします。ところが、軍隊に入って支給されるはずの軍服が支給されず、代わりに渡されたのが、黒いズボンとグレーのソックス、黒いフェルト帽(安物で、小雨に当たっただけでふやけてしまったそうです)だけでした。さらに、食事は腐りかけの牛肉に茹でても硬い豆だけ。おまけに、豆は茹でた後余った物は翌日スープになり、その次にも余ると、今度は乾燥させて砕いて代用コーヒーにして飲んだそうです。文中では「食料係のやつらを縛り首にしてしまえ」なんて言っていて「冗談だろうけど、目が笑っていないやつもいる」と書いてあります。食い物の恨みは恐ろしいですからね・・・。最も、この時代はどこの国の軍隊でもまともな食事がほとんど出ませんでした。英国陸軍でも英本国に駐屯する部隊ですらパンと、牛肉を茹でたものと、その茹で汁から作ったスープ、そしてジャガイモの食事しか支給されませんでした。それから、当然軍隊に入隊したのですから先ずは新兵さんは軍事教練に兵器の取り扱いの訓練を受けるのですが・・・。これがなんと、訓練を担当する将校・下士官も全て民間出身者で軍事教練片手に兵士と一緒に勉強をしていたと書いてあります。でも、これはいくらなんでも昨日も書いたように民間人をコネや名誉職として任官した将校や下士官が多かったとしても、少々オーバーでしょう。多少は正規の訓練を受けた将校やたたき上げの下士官がいたはずです。でも、この当時兵士の訓練は単純なものでどこの国でもほとんど同じ。執銃訓練、「担え~銃」とか「構え~銃」とかいう銃を使った一連の動作を体に叩き込み、それと同時に部隊としての行動、歩調を合わせての行進や横隊から縦隊への転換、散開して移動する等々の訓練に最後は射撃練習と、相場が決まっていたのです。その射撃訓練ですら満足に練習するだけの弾薬がなかったと書いてあります。いかに、泥縄的に動員をかけたかが理解できますね。ところで、チャーリーが支給された銃についてですが、本文には正式名称が出てこないのでわからないのですが、「銃身が長い58口径のライフル銃」、「弾は発明者のフランス人の名前にちなんでミニー弾(ミニエー弾とも言います。フランス語読みです)とも呼ばれるHB弾(弾底部に穴が開いていて、発砲の際のガスの圧力によってガスが穴を押し広げる事により、弾底が膨張して銃身のライフル〔線条〕に食い込み、弾丸に回転を与えて弾道を安定させる弾丸)だった」と書いてあることから、アメリカ製のミニエー銃(スプリングフィールド工廠製か?イギリス製ならエンフィールド銃で、こちらは南軍が使用していました)でしょう。ちなみに、チャーリーは執銃訓練は部隊の誰よりも上手くできると自負していて、銃も当時の西部開拓民に必要な狩猟の経験があったので大丈夫だろうと、高を括っていたのですが自分が使用している小口径の猟銃とは異なり「銃声は耳をつんざくばかりで」、「3回に1回ほどは、弾がぐるぐると回転しながら飛ぶような感じがした」(的確な表現です)と叙述しています。訓練では400メートル先の標的を狙って撃ったのですが、チャーリー少年は50メートル先の標的に命中させるのが精一杯だったそうです。実際問題として、狙撃兵でなければ100メートル先の標的に命中させる事など不可能でしょうがね。あの当時の軍用銃で50メートル先の標的に命中させられる事自体が、かなりの腕前だと思います。その理由は「400メートルなんてばかげている」と書いてありますが、これはその通りで、当時の米軍の弾丸は12.5mm弾を使用していてその反動は凄まじきものでした。最も当時の戦術、というか戦闘方法は、1列の兵士が銃を発射すると地面にひざをつき、後列の兵士が立ち上がって銃を発射し、終わると地面に片ひざをつくという繰り返しで、別の列が発砲している間に、自分たちは薬包の隅をを口で噛み切り、火薬を銃身に注ぎ込み、その上から弾丸を装填、鉄の込め矢で奥まで押し込み、雷管をセットして撃鉄を起こして、発射!するという18世紀以来の旧態依然なものでした。つまり、命中率の悪い滑空式銃の時代と同じように弾幕を張って命中率を上げようとしたのですから・・・。戦場では凄まじきことになったのです。ちなみに、教練ではこの動作を1分間に3回行うように指示されていたそうですが、チャーリーはどうがんばっても二回でしかできなかったそうです。これは仕方が無いでしょう。15歳の少年がくそ重たい銃を使ってやっているのですからね。そうして、延々と砦にて訓練ばかりを行い、戦闘へ行く事もなく、フロンティア警備のための砦に展開している正規軍と交代させられるのではないか?という噂が飛び交う中、ついに指令が出て前線と移動することになるのですが、これからのお話は、依然コレもブログで紹介したマーチン・ファン・クレフェスト著、佐藤佐三郎訳『補給戦―何が勝敗を決定するのか』(中央公論新社、2006年)と絡めて前線への移動や戦場の様子を書いてみたいと思いますので、続きはしばらくお待ちください。あ~、それにしても鉄砲が出てくるとツイツイ熱を入れて余計な事まで書いてしまいます。どうしようもないですね。
2006年06月21日
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はい、今日は課題図書で戦争話をやってみたいと思います。取り上げる本は、以前「図書室の選書のお話 その3です。」で紹介したゲイリー・ポールセン著、林田康一訳『少年は戦場へ旅立った』(あすなろ書房、2005年)です。このお話は、掻い摘んで内容を紹介しますと、時はアメリカの南北戦争勃発の1861年。北部・合衆国側(リンカーン大統領)のミネソタ州ウィノアに住む15歳の少年、チャーリー・ゴダード少年は、南部連合のサムター要塞攻撃の報に接し、戦争開始という周囲の大興奮の熱狂が伝染or取り付かれ、年齢を偽り15歳で軍へ志願をします。そして各地を転戦し、激戦(ゲスティバーグの戦いなど)にも参加、その結果、戦争で負った心の傷(戦闘神経症、つまり心的外傷後ストレス症候群・PTSD)が原因で戦後、1868年に23歳の若さで亡くなってしまったという実話を、現在のアメリカで最も優れた児童文学作家の1人であるゲイリー・ポールセン氏が描いた作品です。ちなみに、ポールセン氏の出身地もミネソタ州で、氏も家庭の事情から15歳で自立をし、様々な職業を経て27歳の時に作家としてデビューをしたそうです。さて、ここで南北戦争前のアメリカの軍事力について簡単に解説してみます。今や、世界に敵無しという凄まじき軍事力を保持するアメリカ合衆国ですが、この時代、19世紀の中ごろの合衆国正規軍の内容はさびしいものでした。なぜなら、この時代までアメリカは1823年に時の大統領、モンローが出したナポレオン戦争後の世界秩序(注:ヨーロッパ体制の再構築)のためのウィーン体制とそれを支持する欧州諸国のラテン=アメリカへの干渉を封じるための「モンロー宣言」により、欧州諸国との相互不干渉の外交政策が孤立主義へと変化していき、外征軍や防衛軍の必要が極めて薄くなっていた時期でした。一応は、このブログでも紹介したアラモ砦の戦闘で有名なアメリカ・メキシコ戦争が1846~48年まであったのですが、これもほとんど義勇兵(ディビー・クロッケットもその1人です)や独立したテキサスの軍隊がほとんどドンパチをしたので、合衆国陸軍は大した働きをしていなかったのです。最も、海軍はこの機会を目ざとく逃さず、メキシコ湾沿岸での作戦のために蒸気軍艦を購入し近代化を進めたのですがね。その先頭に立って海軍の汽走化を推進していたのが、あの黒船来航のペリー海軍准将だったのです。もともと、アメリカでは市民一人一人が国家(州)を守る兵士である、という認識が高くて(だから銃器の保持が国民の権利でもあり義務となっているのです)独立戦争以来、一朝有事の際には健全な成人男子は自宅からケンタッキーライフルを片手に飛び出して即、戦争へ、というような認識で軍隊を動員しようとしていたのです(このような兵士のことを、即座に応酬出来る民兵という意味でmiunteman:ミニットマンと呼びます。ついでにこの名称はICBN:大陸間弾道ミサイルの名称ともなっています。桑原クワバラ)ですので、正規軍は専門職、騎兵・砲兵・工兵などが主体で軍隊の規模が小さかったのです。また、国内のフロンティア(辺境)が広大で国境線が長いという地理的要因からも、動きが鈍く拠点防衛に向く歩兵より、小規模でも機動力がある騎兵が重宝されたという側面もあります。ですから西部劇の主役は騎兵隊なわけですよ。そんな理由で、南部諸州が連合を組んで北部合衆国へ喧嘩を売った時、北部にはまともな軍隊がありませんでした。なぜか、それはもうお分かりですよね。歴戦の勇士は南部側のテキサス州やフロンティアに面した南部諸州に固まっていましたし、職業軍人もヨーロッパ式の大農場経営者で上流階級を自負していた南部富裕層が正規軍の大半の将校を務めていたのですから・・・(ほとんどの将校、例えば南軍の名将、リー将軍も開戦と同時に南部へ行っちゃいました)。という次第で、サムター要塞攻撃のすぐ後、リンカーンが慌てて議会に正規軍の大動員の許可を取り付けても、まともな軍隊が動員できる訳がありません(おまけに、軍を召集・編成するにも議会の承認が必要な北部は、議員のご機嫌伺いのため軍歴も何も無い各州の有力者やその子弟を臨時任官で将校に任命、指揮を執らせたのですから・・・。惨状は推して知るべし)。ですので、戦上手な将校に指揮された南軍が初戦どころか開戦後2年間、北軍を翻弄し続けたのです。でもそんな優勢な南軍に対してなんで北軍が2年間粘れたかといいますと、それは海軍力のおかげなのです。幸い、海軍のほとんどが北軍に味方し、リンカーンは工業生産力のほとんど無い南部を海軍力で海上封鎖をして国外からの武器弾薬その他の物資の補給を止めたのです。そのため、南軍は武器弾薬、ひいては兵士に支給する靴までも不足し、交戦能力が失われていったのです。話を戻しまして、そのような、泥縄式の軍隊の編成状況がこの『少年は戦場へ旅立った』にも描かれています。で、その内容を滔々と書いていきたかったのですが、字数の制限に引っかかってしまったので、明日に回します。では、次回をお楽しみに! 世界各地の軍装をを知りたいならコレ!新紀元社より発刊された『オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ』の邦訳版より『南北戦争の北軍』と『南北戦争の南軍』の2冊を紹介します。この表紙を見てお気付きでしょうが、北軍のカラーはブルー、南軍のカラーはグレーです。最も、南軍は説明したように物資の補給が思うように運ばず、結局はそれぞれ自宅から着てきた服装のまま、とくに物資が底をついた後半では戦争をしていたそうです。
2006年06月20日
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日本VSクロアチア戦、絶対に勝たねばならない試合だったのに、0対0の双方無得点での引き分けに終わりました。勝てそうな試合だったのですがね~。これで日本は1敗1分で、勝ち点1となりました。これで、日本が決勝トーナメントに進出するためには、ドイツ時間で22日のブラジル戦で勝つことが最低条件となりました。でも、勝ったとしてもほかのチームの結果と、得失点差の勝負になるので、正直な話、相当厳しいでしょう・・・。初戦で、オーストラリアに3対1で敗れたのが得失点差で響いてくるのでね~。19日に書いたように、日本代表にとって「ドイツワールドカップもお仕舞いですね」状態です(ずいぶんとキツイ表現ですがね)。それにしても、今回もゴールキーパーの川口能活選手は活躍しましたね。前半22分のPKを好セーブ!でも、守備は良くても得点をもぎ取らなくてはいけなかったのにヤッパリ得点力不足・・・。後半開始早々の高原直泰選手と加地亮選手のワンツーで生まれた最大の決定的チャンスも柳沢敦選手がフリーになりながらゴール右に外してしまいました・・・。で、あとはオーストラリア戦と同様、段々運動量が落ちて判断力が狂い始めてそのまま終了。攻撃的な布陣をひいて、中村俊輔選手と中田英寿選手のMFコンビが活躍してこれだけ得点を挙げる機会を作りながらも、無得点。やはり、前回も書いたように強烈なストライカーがいないとワールドカップのゴールは破れないのでしょうか?と言う次第で、前回は自棄酒に任せてかなり過激な事を書きましたので、今回はおとなしくこの位で。あまり長々と書きますとまた、要らない事まで書きそうなもので・・・。 図書室にあるワールドカップ関連本の中で、本日活躍したMFコンビの本を取り上げてみました。困った事に、川口能活選手の本がないのですよね~。
2006年06月18日
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5月の30日の日記「私の回りの家電が・・・」にて、DVDレコーダーが壊れて泣きの涙です、と書いたのですが、今日(と言っても、もう昨日か・・・)、ようやく修理から戻って参りました。でも、遅かったです!ワールドカップの日本の初戦に間に合いませんでした。仕方が無いので、古いビデオデッキで試合を録画したのですが、如何せん画質が違います。おまけに、このビデオの映像をDVDに写すとなると・・・。まぁ、仕方が無いのですけどね。それにしても、約3週間は長かったです。おかげで私が定期的に録画しているドラマとアニメがパアッになりました。基本的に、続き物は一回録画に失敗すると「もうイイや」と投げ出し、レンタルが出るのを気長に待つクチなのです。最も、熱狂的にはまり込んだ作品については、広範囲に及ぶ交友関係を通じて、何が何でも失敗した回を手に入れてしまいますがね(チョッと、色々諸問題があるのですがね。まぁ、その辺は捨て置いて)。では私が普段、どのような作品を録画しているかと言いますと、月曜日 NHKBS2のER11 緊急救命室。これは初回からズーッと撮っています。火曜日 テレビ愛知(東海地区なので)のARIA The NATURALとメ~テレ(名古屋テレビ)のBLACK LAGOON。木曜日 WOWOWのErgo Proxyエルゴプラクシー。土曜日 NHKBS2の衛星アニメ劇場。これは彩雲国物語が目当てです。それからこれもWOWOWのCSI:5 科学捜査班に、親のご要望でNHKの宮廷女官チャングムの誓い。日曜日 またまたWOWOWのCSI:ニューヨーク。と、まぁ、こんなところです。BLOOD+も撮っていたのですが、これは土曜日の夕方と時間枠のため途中で断念しました。この一覧を見てお気付きでしょうが、私の見るドラマは海外モノばかりです。日本のドラマは、正直軽薄なものが多くて見るに耐えられないものが多すぎです。NHKの大河ドラマですら、最近は見る気もおきません。昔の『飛ぶが如く』のような作品をやってくれないかな~。でも、最近ようやく日本のドラマも奮起して『海猿』のようなシッカリしたものを作り始めたのですが、日本のテレビは視聴率の良い番組を映画にしてしまうので、それが気に入りません。しっかり、テレビの枠内で完結しろ!と大言壮語を吐いていますが、アニメの方の『鋼の錬金術師』の劇場版征くが私のツボに見事に嵌まってしまったので、説得力は皆無ですね。実は私、ハウスホーファー教授について少々、院時代の研究繋がりで調べているのですよ。ですので、作中に「大日本帝国の国防力と世界的地位についての考察」らしき本が出てきたときには、オッ!良く調べているな、と思いましたね。そんなこんなで、DVDが無事に戻ってきた喜びついでにテレビ番組に関する雑感を書いてみました。さて、今日はErgo Proxyエルゴプラクシーの14話があるので、早速録画です。本当は、土曜日が本放送で、木曜日は再放送になるのですが、土曜日の夜7時はJリーグをよくやるものでね・・・。 録画してあるものを、ずら~りと並べてみました。ちなみに「シャンバラを征く者」はWOWOWで放送したものを録画したものです。一応、念のためにね・・・。
2006年06月15日
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今日は、図書館で目に留まって読み始めた本を紹介してみます。その本は、坂井洲二著『水車・風車・機関車』(法政大学出版会、2006年)です。この本、分類は530の機械工学になります。いつも図書館へ行くと先ずは新着図書の書架を確認してから、図書館学の010、歴史の200番台の書架、政治関連の310、国防・軍事の390、そして兵器・軍事工学の559の書架を巡って本を漁るのですが、この本は兵器の書架へ行く途中にフッと目に留まった1冊です。ちなみに軍事工学の後は、900番台の文学を一巡して、児童図書のコーナーへと行くのがお決まりのパターンです。さて、私のような典型的な文学畑の人間が理系の機械工学の本を手に取ったかと言いますと、これは、学部・院と先行してきたテーマ「総力戦」に関連があるのです。「総力戦」とは文字通り国家の持てる全ての力、鉱物資源に農工業などの生産関連、そして人的資源に技術力等々を、戦争遂行に注ぎ込む戦争の形態の事を指します。で、我が日本は先の太平洋戦争で資源を無尽蔵に保有する大工業国家、アメリカと戦争をしてモノの見事に負けました。第一次世界大戦で誕生した総力戦体制が確立していなかった日本にとって、負けて当然の戦争だったのですがね。そんな理由で、工業の分野にもある程度の関心がある訳なのですよ。最も、背の題名に惹かれて手にとって頁を捲って見ようと思ったのは、この表紙によるところが大きいのですがね。この本の内容ですが、未だ読み始めたばかりなので詳しくは書けませんがレビューによりますと、「製粉水車、風車、製材水車、水力による工業化、畜力…。産業革命以前のヨーロッパにおける、水と風と家畜を動力とし、木を主要な素材とする高度な機械文明の時代を描く東西文化論。」と紹介されています。なんでも、米と麦の主食の違いから何故、西洋では小麦を粉に挽いて食用にしなくてはならなかったのか、という疑問から始まり(麦の粒にある茶色の薄皮を剥がして食べないと食べ難かっため、石臼で麦を挽いてふるいにかけて粉と薄皮を分離して食用に用いるようになったそうです。)、製粉水車についての諸解説に入っていきます。この本の面白いところは、題名にもある水車や風車、機関車といった動力源が機械の発展・進化にどのような影響を与えたのかについても触れられているところです。例えば、製材方法。イギリスの前に海洋の覇権を握っていたオランダの強みは風車を利用した製材所の生産能力と技術力に支えられた造船産業によるものでしたが、その風車を利用した製材所の仕組みや、なぜ、風車を動力源として製材する技術が生まれたのか、などについて豊富な資料・図や写真を用いて解説されています。まぁ、ざっと、本当にザッと目を通しただけなのですが、この本を読んでみると、如何に西洋が主食である麦を食用にするための製粉するための技術を発展させる過程で、木を加工する技術(水車を効率的に使うための木の歯車を作る技術など)がどのように発展し、応用され(時計とか旋盤など)、そこから鉄の文化が花開き、西洋・ヨーロッパの機械文明の礎となったのが理解できますね。例えば産業革命以前、蒸気機関が用いられる前には鉄を加工するさいには、鍛冶屋は水車の動力を利用した鉄を加工するためのハンマーや炉に空気を送るふいご、圧延機などを使用していました。このように、あのドイツのルール川沿いに工場が発達した要因の1つが、水を利用する動力で鉄を生産・加工するための動力源である大量の川水を利用できる事だったそうです。最も、学校で習ったように、ルール地方がヨーロッパ最大の工業地帯となった最大の理由は近くにヨーロッパ有数の鉄鉱石や石炭(コークスが製鉄に利用されるまでは、木炭が使用されていたので、豊富な森林資源も必要でした。)の埋蔵地があって、さらに動力源であった河川が産業革命後、川船を使った輸送路として見直された事などが、あのルール大工業地帯誕生の秘密だったそうです。こんな感じで、つまみ読んだところを紹介して見ましたが、この他にも何故、西洋で機械文明が発展し日本では西洋のように動力を用いた機械文明が発展しなかった理由についても、それぞれの機械や動力源、応用された機器ごとにその理由を解説してあるこの『水車・風車・機関車』、私たちがお世話になっている機械文明の原点がどこにあるのか、どのように発展してきたのかについて興味のある方は手にとってみると良いと思います。
2006年06月13日
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日本vsオーストラリア戦、大切な、本当に大切な初戦なのに、オーストラリアに3対1で逆転負けをしてしまいました。ドイツワールドカップもお仕舞いですね。日本が最大の番狂わせだ~!とかなんとか言われていましたが、蓋を開ければこの有様。なんとなく嫌な予感はしてはいたのです。日本のスポーツは、マスコミが煽れば煽るほどとんでもない結末を迎えるパターンが多いので・・・。それにしても、後半25分ぐらいまでは見ていて心臓に悪い試合でしたが、まさか負けるとは思いませんでした。ただ、最初から不安要素が多々、私のような素人が見ても分かるようなものがあったのですがね。まずは、誰が見てもおかしいでしょう!あのエジプト人の主審!!!どんな基準で笛を吹いてんだ!ファールでイエローを出さず、明らかにレッドを出すところでイエロー出しやがって・・・。前半の試合のジャッジの様子からも、この審判はヤバイな~、と思ってみていたのですが案の定・・・。最も、エジプト人と聞いて頭の中では、エジプト=旧イギリス植民地=第二次世界大戦中、オーストラリア軍がロンメル隷下のドイツ・アフリカ軍団と戦うためエジプトに駐屯=つまりオーストラリア寄りか?という方程式が作り出されたのですが、戦後はナセルがスエズ運河国有化の際にイギリスと喧嘩しているしな~、と思ってまぁ、大丈夫でしょう、と思っていたのにあの主審は~!(全然、サッカーとは関係が無いことなのですがね)重しを付けてスエズ運河に沈めてやりたい心境です。次は、あのやたら背が高くて体格のよろしいオージーどもです。あいつらのプレーのいやらしいこと。平気で日本の選手の服を引っ張ったり、足をかけたり・・・。まぁまぁ、とてもサッカーの本場、イングランドから移民した連中の末裔とは思えません。でも、移民するような連中は大抵は社会の底辺、オーストラリアは流刑地でしたからね、にいた連中ですからね(失礼!)。それにしても、今回の試合でのオーストラリアの選手のプレーは、見ていて気分の良いものではありませんでしたよ。で気分を取り直して、この試合の良いところを見てみますと・・・。今回の試合で一番の殊勲者はまず間違いなくゴールキーパーの川口能活選手でしょう。ファインセーブの連発!後半の39分に点を入れられるまで日本のゴールを死守した功績はぴか一です。さすがは、日本の守護神です!そして、前半の26分に1点を入れた中村俊輔選手!オーストラリアのキーパーが日本と味方の選手に挟まれ運良く動けなかったところに見事に入ってくれました。その瞬間、明日学校へ行ったら図書室の掲示板に俊輔の本についてのポスターを作って貼ろう、と思ったのですが・・・。今は、そんな気は吹き飛んでしまいました。ハァ・・・。その反対に試合中、三都主アレサンドロ選手は全然効いていませんでした。さっさと交代させれば良かったのに。どうも、ジーコは三都主を重用したいようで、なんで三都主、というような事が多い気がします。ついでに、前々から思っていたのですが、ジーコは選手の交代が下手ですね。後半の25分ぐらいに選手を交代させて流れを変えるべきでしたね。という事でありまして、本日は予定を変更してワールドカップの初戦で、日本が無様な逆転負けをしてしまった事に対する、やり場の無い思いをサッカーについてたいした知識も無いくせに独断と偏見を交えて書いてみました。でも、それにしても、それにしても~。キィー・・・、悔しい。無念。明日朝、一番で面出し・コメントカード付きで紹介しようとした本です。
2006年06月12日
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久方ぶりに、図書室のお話をしてみましょう。今回は、小中高の各学校の毎年度繰り返される恒例行事、課題図書の購入についてです。この課題図書は青少年読書感想文全国コンクールの課題図書、という意味で使われています。昔は、帯やら表紙やらに金のメダルに座り込んだ男が二股に分かれた笛を吹いている姿(だと思うのですが)が付いていて、それが課題図書の目印でしたが、最近はそんなものは付いていないようです。少なくとも、去年と今年、発注した本にはそんなものは付いていませんでした。話を戻しまして、この青少年読書感想文全国コンクールは社団法人全国学校図書館協議会と毎日新聞の主催で、当然至極のことですが文科省と内閣府の後援がついています。ついでに、協賛はサントリーさんだそうです。で、このコンクールの趣旨なのですが「子どもや若者が本に親しむ機会をつくり、読書の楽しさ、すばらしさを体験させ、読書の習慣化を図る」、「より深く読書し、読書の感動を文章に表現することをとおして、豊かな人間性や考える力を育む。更に、自分の考えを正しい日本語で表現する力を養う」(青少年読書感想文全国コンクールの応募要項より)というようなものだそうです。で、このコンクール、課題図書なるものが指定されているのだから主催者側が指定するこの本でしか出せない、ということは無くて、自分が自由に好きな本を選んで書いてもかまわないのです。つまり、課題図書を使わなくても良いわけなのです。そして、そこが頭の痛い問題なのですよ。この課題図書、小学校の小・中・高学年と中・高校の5つの部に分かれていてそれぞれ3~4冊づつ課題図書が指定されます。そこで、学校としては最低学年に1冊ずつ行き渡るように、中学校ですと3冊ですので最低9冊、購入することに相成るわけです。でも、私が赴任したとき目にしたのは、「課題図書」と帯が付いている未装備の本、約30冊!が準備室から出てきました。お分かりでしょうか?課題図書だから絶対使う、若しくは足りなくなると困る、という浅慮から全クラス分、つまり各クラスに1冊ずつ買っちゃったわけです。でも、こんなことを言ってしまっては失礼ですが、課題図書には当たりはずれがあり、また、各種事情などでナカナカ課題図書で書く!という殊勝な生徒がいないのですよ・・・。で、副本は増える、予算は減る、挙句に装備までされていない本が出てくる、という状態になるわけです。最も、最近の課題図書はかなり読み応えのあるもの、内容が深いもの、時代に合ったもの、というように「面白い」本、「手に取ってみようかな」と思う本が増えてきているのですがね。その傾向が端的に出たのが今年の課題図書です。その今年の中学校の課題図書を紹介しましょう。まずは、梨屋アリエさん(この方の作品はしっかり書かれているのに、どこか「感覚」で読む本なので、昨今の中学生には受け入れやすい作風だと思います。この課題図書の作品を読むまで、ファンタジー系の方かな、と思っていたのですが)の『空色の地図』(金の星社、2005年)次が私の一押し、アメリカの南北戦争時代に年齢を偽り北軍に志願し、各地を転戦し、激戦(ゲスティバーグの戦いなど)にも参加、その結果、戦争で負った心の傷が原因(戦争神経症)で戦争後、若くして亡くなった実在の人物、チャーリー・ゴダードの体験を小説化したゲイリー・ポールセン著、林田康一訳『少年は戦場へ旅立った』(あすなろ書房、2005年)そして最後が、上泰歩(ウエヤスホ)文、ピースボート編『走れ!やすほにっぽん縦断地雷教室』(国土社、2005年)です。でも、このような良い本を課題図書に選んでいただいても、生徒が手に取ってくれないと意味が無いわけでして、ここで学校図書館司書の出番となるわけです。という事で、今年も作りましたよ、課題図書のコーナーを。去年は見事玉砕しましたが、今年は去年より手馴れた所為か、ハタマタ、課題図書の選書が良かったのか、結構コーナーの本を手に取り借りていってくれる生徒が多いです。女子は『空色の地図』、男子は『少年は戦場へ旅立った』をよく借りていきますね。でも、課題図書も所詮はその年、しかも夏休みまでの季節モノです。せめてもう少し、副本1冊の各2冊ずつに減らしてもらえないのでしょうか?1冊約1200円、他にも良書がいっぱいあるのに、課題図書というだけで大量購入(昔ほどではありませんが)するというのもねぇ・・・。図書費をその分、配慮していただけるのなら話は別ですが・・・(だって、夏休みの課題で読書感想文が出るのですよ。国語科の教材費で落とせないのでしょうか?)。(あと、役場からの寄贈本もヤカッイですね。郷土の歴史とか郷土の偉人などの本を毎年、3冊ずつ持って来るのは如何なものかと・・・。書架も準備室もそんなに余裕が無いことは、分かっているでしょうに・・・)
2006年06月10日
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たまには、本以外のモノも紹介してみましょう。今日は、一風変わった音楽を取り上げてみたいと思います。それは、カテリーナ古楽合奏団の『「宮崎駿の雑想ノート5」オリジナル・サウンドトラック』です。この『「宮崎駿の雑想ノート5」オリジナル・サウンドトラック』は、昔々、高校生の時にラジオドラマでやっていた『宮崎駿の雑想ノート』のサウンドトラックです。ラジオドラマを聴いていた時から、この音楽は良いなあ~、と思っていたのですが、当時は貧しい高校生・・・。お金が無いので買うの諦め、ラジオで録音したカセットテープで時折、ドラマと一緒に聴いていたのですが・・・。ご存知、カセットテープという代物は使えば使うほどテープが劣化していって、音が悪くなるのです。で、ソロソロ限界かな~、と思っていたところで、先月、楽天ブックスから「ゴールド・シルバー会員様はポイント最大5倍!」とのお知らせが!本とCDをあわせて5千円以上購入すると、ポイントが3倍となるということだったので、早速、『少年陰陽師』シリーズの後半『天狐編』5冊に短編集を購入することを決意したのですが、まだ5千円には足りません。そこで、頭に浮かんだのがこの『「宮崎駿の雑想ノート5」オリジナル・サウンドトラック』だったのです。以前、Am●zonさんで暇つぶしに検索をかけた際に2004年に再版されていたのを発見していたので、これ幸いと発注しました。こういうモノは、このような何かつまら無いきっかけがないと、ナカナカ購入できないものです。さて、このサウンドトラックの演奏はカテリーナ古楽合奏団という楽団が担当しています。「古楽」と名称にあるのですから当然、古い楽器を使って演奏しているのですが、この楽団の使用している楽器というのがナント、中世ヨーロッパandルネサンス期に使用されていた、文献でしか見たことも無いような楽器を使用しているのです。さらには、この楽団が使っている楽器、なんとなんと当のヨーロッパの人々さえ忘れてしまっているというのですから驚きです。そんな、中世ヨーロッパの楽器のレプリカを使って演奏しているという、大変に珍しい合奏団がなぜに宮崎監督のラジオドラマの音楽に決定したかと言いますと・・・。CDに付いている解説によりますと、このドラマの脚本の担当さん(宮崎監督が「吉祥寺の怪人」と呼んでいるお方)が、吉祥寺のレストランでカテリーナ古楽合奏団のCD『ドゥクチア』をたまたま聴いて、「そのホルスやナウシカのような世界観にハマッてしまった」のがきっかけで、ラジオドラマの企画が立ち上がった時に迷わず推薦して、決まったそうです。そんな、カテリーナ古楽合奏団の奏でる旋律は、時としてコミカルであったり、もの悲しくもあったりと、とても味わい深い曲ばかりです。似たような音はシンセサイザーで作れそうですが、この合奏団は全て手作りの復元楽器で奏でているので、音に温かさや味があります。また、本当に中世ヨーロッパの絵画の中でしか見たこともなく、当然、聴いたことがないような特別な楽器、例えば、プサルティー:中世の箱琴でカラスの羽などでつま弾くそうです、とか、リュート:ルネサンスを代表する撥弦楽器、瓜を立て半分に切った胴が特徴です、などなど、見ているだけで楽しい楽器を使って演奏しています。私が、この合奏団の音楽に惹かれる理由なのですが、それはたぶん「音」にあると思います(ふつうは、旋律や歌詞で音楽を選ぶ人間なので)。中世ヨーロッパの未成熟な生楽器を使っているからでしょうか、このサウンドトラックには現在の完璧な音階を奏でる楽器とは異なった微妙な、曖昧と言うのか音に微妙な幅があるというのか、なんとなくまた~りとした感じがあって、聴いていると非常に癒されるのですよね。 う~ん、使われている楽器がわかるでしょうか?カテリーナ古楽合奏団による『「宮崎駿の雑想ノート5」オリジナル・サウンドトラック』。ドラマを聴いたこともない人でも十分に満足できる名曲揃いです。それから、民族音楽がお好きな方にもお薦めですね。郷愁感漂う不思議な音色で奏でられる舞曲の数々は「癒し」効果があると思います。本当に、心地よい不思議な音楽集です。宮崎駿の雑想ノート増補改訂版 宮崎駿の雑想ノート6「多砲塔の出番」変なモノを見つけてしまいました。『雑想ノート』の第3話『多砲塔の出番』に出てくる巨大な多砲塔戦車(普通の戦車は主砲1門に同軸機関銃×1と車長用ハッチに機関銃を1丁で終わりですが、第1次世界大戦後の軍事技術と戦略・戦術論の迷走の中から、大砲と機関銃を車体に一杯積み込んで敵陣を突破する、という思想のもとに作られたのがこの「多砲塔戦車」です。ちなみに日本でも『のらくろ』のマンガに出てくるような九二式重戦車という代物を制作しましたが、重すぎて道路は凹むは、橋は落ちるは、おまけに重過ぎて船の起重機では積むことができない、という事が作ってから判明してお蔵入りとなりました。)です。その名も「悪役1号」!なんで、こんなもの作るかな~(笑)。
2006年06月08日
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本日の御題は「飛行機乗りと児童文学」です。なんだ、これは?と思われるかもしれませんが、この御題はナカナカ興味深いものなのですよ。さぁて、昨日紹介した、ロアルド・ダール氏の『マチルダは小さな大天才』(評論社、2005年)のあとがきに、ダール氏の生い立ちが書かれていました。それを読んでみますと、氏は1916年9月13日にグレート・ブリテン(大英帝国)の南ウェールズ地方のランダフという所でノルウェー人の両親のもとに生まれます。英国で教育を受け、パブリックスクールを卒業後、シェル石油に入社して東アフリカ支社に勤務します。第二次世界大戦勃発後、RAF(王立空軍)に入隊し戦闘機パイロットしてアフリカ各地を転戦。ところが、リビア砂漠で敵の対空砲火により撃墜されて頭蓋骨と脊椎に損傷を受ける重傷を負い九死に一生を得ます。リビア砂漠での英連邦軍の戦いについては、このブログでも取り上げた事のあるアラン・ムーアヘッドの『砂漠の戦争』(早川書房、1977年)を読まれると、当時の雰囲気が良くわかります(それからおすすめなのがパウル・カレルの『砂漠のキツネ』と、戦争劇画家、小林源文氏の『アフリカ軍団』がおススメです)。しかし、戦闘機パイロットとして北アフリカで戦っていたとは。乗機は、ハリケーンだったのでしょうか?それともアメリカからレンドリースされたP-40とか?ともかく、ルフトバッシェ(ドイツ空軍)のエース、機体番号黄(ゲルブ)の14、通称“アフリカの星”、ハンス・ヨアヒム・マルセユ大尉(ダイヤモンド剣付き柏葉騎士十字章受賞者!)に落っことされなくて良かったです。でないと、私たちはダールの名作を読めなくなるところだったのですからね。 その後、1942年にアメリカ駐在の大使館付武官としてワシントンにて任務に就きます。この年、空軍に勤務していた経験からRAFの飛行機に取り付いて不可解な故障を引き起こす小悪魔たちの物語『グレムリン』を執筆し、著作活動を開始します。ダールの作品は、時のアメリカ大統領、ルーズベルト一家のお気に入りとなり、ダールは大統領の別荘に招かれるなど、親密な関係を築いていたそうです(うーん、駐在武官としてはおいしい立場だ)。そうして、ダールはアメリカに腰を落ち着けて執筆を進めていたのですが、最初は大人向けの短編小説を書いていたそうです。その後、アメリカ・ミステリー作家賞を受賞したダールは、お決まりのパターンで1953年、女優パトリシア・ニールと結婚します(そして、これも常道、1983年に離婚)。そして、その後生まれてきた子どもたちのために、毎晩寝るときに語って聞かせた物語をきっかけに児童書を専門に書くようになったそうです。このようにかなり破天荒な人生を送ってきたダール氏ですが、このような凄まじき飛行機乗りとして、そして作家としても有名な人物がいます。それは昨年、丁度没後50年となったので、その方の名著の著作権が切れて、各出版社から次々と新約・新装版が出た『星の王子さま新版』の作者、アントアーヌ・ド・サン・テグジュペリです。サン・テグジュペリはフランス人で、生粋の飛行機乗りでした。黎明期の郵便飛行機のパイロットしてフランス・スペイン・北アフリカで活躍し、その時の体験から『人間の土地改版』、『夜間飛行』、『南方郵便機』(『サン=テグジュペリ・コレクション(1)』に収録)を書いています。ちなみにこの作品たち、宮崎駿監督の愛読書の1つだそうです。『紅の豚』万歳!ちなみにサン・テグジュペリは、第二次世界大戦中、ド・ゴール将軍の自由フランス軍に参加し、終戦直前、P-38に乗って偵察飛行に出撃したまま行方不明となっていました。ところが、これも確か昨年でしたか、フランス・マルセイユ近くの海の中からサン・テグジュペリの乗機が発見されたそうです。 という事でありまして、このように世界的に有名な作家が2人とも飛行機乗りだったというのは、ナカナカ面白いお話でしょう?そして、2人とも自分の作品の中に飛行機乗り時代の体験を取り入れた作品を書いているというのも、当然のことながら面白い一致です。ただ、ダールはサン・テグジュペリほど、自分の体験を表に面と出した作品を書いていませんが。ダールの空飛ぶ代物の作品としては、『おばけ桃が行く』があります。そして、余談ですがドアルド・ダールは映画の脚本も手がけたことがあるそうです。それがなんとあの007シリーズの『007は二度死ぬ』なんだそうです!あの丹波哲郎(どうしてあの頃はあんなにかっこ良かったのだろう?)がボンド役のサー・ショーン・コネリー(スコットランドの貴族に叙勲されました)と共演して、あの国宝、姫路城の白壁にロケ中、手裏剣で穴を開けたという伝説を作った怪作です(だって、日本がみょうちきりに表現されているんだもの。あの時代、昭和40年代にもなって人力車が東京に走っているか!相撲の取り組みもやったらめったら長いし・・・)。ちなみに、ダール自身も撮影に立ち会うため1966年に来日しています。そんな、多彩な才能を持った身長196cm大男!(よくパイロットになれたな~)で、生涯子どもたちの目線から虚飾と偽善、そして抑圧に対するAntithese(アンチテーゼ、ドイツ語「ある理論・主張を否定するために提出される反対の理論・主張」三省堂「大辞林 第二版」より)をブラックユーモアを用いて世に問いかけてきた児童文学の巨匠ドアルド・ダールは、1990年11月23日、イングランドのオックスフォードにて永眠しました。享年は74歳でした。さて、彼は今頃あの世(と、いうものがあれば)で何をしているのでしょうかね。性懲りも無く、飛行機を操っているのか、ハタマタ、サン・テグジュペリとかルーズベルトような彼と馬の合いそうな連中と一杯飲みながら談義しているのか、それとも彼の読者たちに自分の作品を面白おかしく読み書きかせ、さらには新作を披露しているのでしょうかね。ただ、あの捻くれてチョッと背筋に冷たいものが走るブラックユーモアだけは健在でしょうがね。
2006年06月07日
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今日は、先週本屋さんより届いた今年度最初に発注した本の登録・装備を行いました。届いた本が40冊程度なので、水曜日までには作業が終わりそうです。でも、今週は試験期間なのでそう急いで配架しなくても良いのですがね。気が急くと、本をコーティングする時に失敗してしまうので、なるべくゆっくり落ち着いて装備を行うようにしています。図書館の本にしてあるコーティングフィルムを綺麗に貼るのは、本当に手間がかかってテクがいります。失敗すると、しわが寄ったり気泡が出来たり・・・。強力な粘着力があるものを使用しているので、失敗しても剥がすことも難しく、慣れるまで苦労しました(涙)。そんな、新着本の中であ~面白い、と思って配架する前に家まで持ち帰って読んでしまったのが、映画にもなった『チョコレート工場の秘密』(評論社、2005年)で有名なロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』(評論社、2005年)です。実は、このダール氏の本たちは『ロアルド・ダールコレクション(全10巻)(part 1)』というセットで購入しました。私はあまりセット本を購入しないようにしているのですが、これはシリーズもので作者も同じ人なので発注しました。セットものは注意していても、すでに購入してある本が紛れ込んでいて「アッしまった!」ということがあるからです。もっとも、映画化され時に『チョコレート工場の秘密』と続編『ガラスの大エレベーター』は購入してあったのですが、春休み中に羽が生えて飛んでいったのか、はたまた足が生えて走っていったのか、図書室から消えてしまったのでシリーズ丸ごと購入と相成った次第であります。 さて、この本のあらすじですが、昨今、日本でも急増している子どもに関心を払わない不誠実な両親の元で育っていた純真な少女、マチルダ。彼女は3歳で新聞を読んでしまった天才少女です。ところが、愚かで(父親は犯罪者!)自分たちの生活しか考えない両親はマチルダのことを娘を「かさぶた」あつかいして、小ばかにした態度ばかり取ります。そんな両親ですので、マチルダが4歳のある日、突然読書に目覚めて「本を買って」と父親にお願いしても「テレビがあるんだ!いいかげんにしろよ!」と怒鳴れておしまいです(なんという親だ!)。でも、賢いマチルダは親たちが遊びに行ってほって置かれる時間を利用して村の図書館へ出掛けて本を読み始めます(イギリスはどんな小さな村でも図書館があります!見習え日本!!)。そこで出あった、優しく思慮深い図書館の司書、ミセス・フェルプスの案内で子どもの本をアッと言う間に読破し、続いて大人の本まで読み始めます。ところがそんなマチルダが気に食わない父親は彼女が図書館から借りてきた本に八つ当たりして破り捨ててしまいます(本当に教養の欠片のない人間です。こんな人間が小説の中だけなら良いのですが・・・)。そこでマチルダはその「鋭敏な頭脳」をつかって父親に仕返しをするのですが・・・。そんな「小さな大天才」マチルダが、悪どい大人たちを相手に、痛快無比な頭脳大作戦を家では父親に、学校では傲慢で子ども嫌いで生徒をぎゅうぎゅう痛めつけているあり得ないほどの巨大な女好調、ミス・トランチブルに、お見舞いしていく痛快な仕返し物語。登場する悪役は徹底した悪人で、そこがまた笑いを誘います(この本を書いている時は、登場する悪役たちはフィクションの世界だけの存在でしたでしょうが、今ではノンフィクションの世界にもいるようになっているのが悲しいですね)。お話は、自宅&図書館編と小学校編(勝手に2部に分けました)という前後、2部に構成になりますが、後半のマチルダの小学校でのクラス担任、ミス・ハニーのマチルダや他の子どもたちに対する愛情と彼女の不幸には、チョッと共感の念を持ちました。抑圧者である大人vs被抑圧者である子どもの戦いを描いた『マチルダは小さな大天才』。「あとがき」によりますとダール氏は、読書をすることの重要性、高圧的・画一的教育や体罰に対する批判、そして何より「児童文学は面白くなければいけない」という持論を、この小説の中で訴えています。1988年に出版されて以来、イギリスで児童文学史上空前の売れ行きを示し、映画化もされているこの痛快な作品。子どもは、威圧的な大人達に対してどうしたらいいのか? と悩んだ時に読んでみて心の慰めにして、大人は、子どもは決して愚かでも未成熟でもなんでもない、1人の人間であることを思い出すために読んでみると良いかもしれません。しかし、ダール氏の手にかかると、どんな悲惨な話でもブラックユーモアになるというところが、何とも・・・。
2006年06月05日
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今日のニュースで少々嬉しい出来事がありました。日本政府が、武器輸出三原則を緩和してインドネシアの沿岸警備隊にテロ・海賊対策のための巡視船を3隻、供与することが決定されたのです。このブログでも度々取り上げていますが、日本を取り巻く海は最近かなり物騒です。インドネシアは、日本近海ではない!とおっしゃる方、日本に輸入される物資の大半はインドネシアのスマトラ島とマレーシアに挟まれた、細くて浅い(最近の大型船は喫水が深くて、満潮時の一定の時間しか航行できないそうです)マラッカ海峡を通ってやって来ます。で、このマラッカ海峡が海賊の巣なのですよ。馬鹿でかい商船が座礁や衝突の危険を避けるため、海峡をノロノロと進んでいると、小船が近いづいて来て、舷側に竹梯子や縄を引っ掛けてAK自動小銃を肩にかけて乗り込んでくるわけです。現地の漁民が臨時収入的に襲った場合は、金のものを奪い取るだけで済むのですが、組織的な海賊、犯罪集団となると船と積荷ごと奪い去り、船は塗装と船籍書類を偽造して積荷共々売却、乗組員は・・・、運がよければアランドラ・レインボー号事件のように救助されますが、下手をすればお魚さんのご馳走となってしまいます。この辺りの話は以前にも紹介した山田吉彦著『海のテロリズム』(PHP研究所、2003年)に詳しく紹介されています(ついでに同じく山田氏の『日本の国境』(新潮社、2005年も読んでみてください)。さて、この巡視船を供与されるインドネシアですが、この国の海上の治安を守る組織は、海軍と沿岸警備隊(名称は少し違うかもしれません)です。インドネシアはその国土の特殊性、大小数百の島々から成り立っている他民族国家、という条件のために、ASEAN諸国の中では量的にはタイと並ぶくらいの軍備を保有しています。最も、質は何とかやっていける程度のレベルです。インドネシアの現在の主力艦の大半は、旧東ドイツが潰れてドイツ連邦共和国になった時に、当時のドイツ政府が東ドイツの軍備を一掃するためのガレージセールで、まとめ買いした艦船が大半です。当然、北海・バルト海仕様の装備から、インドネシア向けの仕様に変更されて、武器もフランス製(ミストラル対空ミサイルとか)、スウェーデン製(ボフォーズ57mm砲など)に変換されていますが、如何せん、艦の使用年数がだいぶと経っているので相当ガタがきている船もあるはずです。おまけに、年中どこかでドンパチが起きている国ですので、どれだけ艦があっても足りません。そこで、日本政府が巡視船を供与して、しっかりとマラッカ海峡周辺の治安を維持して頂戴、ということになったのです。これまでも、南シナ海には海上保安庁のPLH(ヘリコプター搭載巡視船)が毎年、出掛けて各国との合同訓練や警戒活動をしていたのですが(私は、実際に作戦を行っているのでは?と疑っています。誰の目も届かない海の上ですからね。)、それでは、手間もお金も掛かるので、恒常的な対策として巡視船が供与されることになったのでしょう。そもそも、インドネシア沿岸警備隊には日本から訓練など指導のために海上保安官が派遣されていますし、インドネシアからの留学生も海上保安大学校で受け入れているので、そういったパイプがしっかり出来上がっている訳です(この辺りの事情は、小峯隆生著『海上保安庁特殊部隊SST』(並木書房、2005年)に紹介されています)。日本は外交下手ですが、少なくとも東南アジアでの海上交通の維持のための治安対策では、旗振り役を立派に努めています。さすがは、大日本帝国海軍のDNAを受け継いだ海上保安庁、軟弱で近視的発想しかできない外務省とはえらい違いです(最近は、少しマシにはなってきましたがね)。この供与される巡視船ですが、どのくらいのものになるのか大いに楽しみですね。PL(大型巡視船)は無理でしょうが、PM(中型、南西諸島、奄美大島沖で工作戦と銃撃戦を展開した「あまみ」がこのサイズ)かPS(小型巡視船、対北用高速警備船「つるぎ」がこのサイズ)クラスになると思います。私的には、「つるぎ」クラスになると思います。このくらいの方が、狭い海域では使い勝手がよさそうですので。政府は、この供与を予定している巡視船が防弾ガラスを装着し、一般の船に比べ厚い装甲となっていることから「武器」に当たると認定しました。まぁ、妥当ですね。ひょっとしたら20mm機関砲や照準装置、レーダーなども装備して「供与」するのかもしれません。そして、予算は政府開発援助(ODA)からです。ODAから外国に武器を供与する初のケースとなるそうです。役立たないダムやら無駄なパソコンを送ったりするより、ずっと効率的な使い方で、且つ、日本の造船業界も助かる、一石二鳥の効果があります。日本は馬鹿らしいことに、これまでの武器輸出三原則は外国への武器の輸出を事実上禁止していたのですが、「テロ・海賊行為の取り締まりなどに用途を限定する」こと、「日本の同意なしに第三国に移転しない」ことを条件にインドネシア政府と合意して、供与となったそうです。これも、アメリカがタリバンにばら撒いたスティンガー地対空携帯ミサイルのように鞄につめて持ち運べるような代物ではなく、訓練された組織化されたプロでないと運用できない武器ですので、しっかりと監視は出来るでしょう。曲がりなりにも船です。あんな大きなものを如何こういようと思っても、偵察衛星があるのですからそう簡単には悪用されないでしょう。むしろ、インドネシア側がテロ・海賊行為の取り締まり以外に用いる事の方が怖いですね(まぁ、余った艦船はそっち方面に流用されるのでしょうが)。そんなこんなで、「インドネシアに巡視船供与」について簡単な雑感を書いてみました。次は、中古の護衛艦を供与してみては如何でしょかね。それがダメなら、昔の海上自衛隊がアメリカから艦船を貸与されていたように、インドネシアに貸与するとか。耐用年数が過ぎる前に練習艦籍に入れて、その後はスクラップでは艦が可哀想ですからね。 それから、『海上保安レポート(2006)』が発売中です。日本を取り巻く海の状況を的確に知りたい方は、目を通されるとよいと思いますよ。
2006年06月02日
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