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金華山の古木 古い歴史の中ですべてを見通している?!車を使いすぎると、歩く機会が少なくなって足腰が弱る、運動不足で太っちゃう。携帯電話に依存しすぎると、字は忘れる、手紙は書けなくなる。相手の顔を見て自分の意見を述べることができなくなる。コンビニの惣菜やカップ麺、チン!のレトルト食品ばかり食べていると、料理を作れなくなる。栄養が偏ってしまい健康に良くない。創意工夫して、限られた材料でおいしいものを、相手が喜んでくれそうな料理を作る努力をしなくなってしまう。化学調味料や添加物の取りすぎで、アレルギーや体調不全を起こす。上げたキリがありません。利便性を追求し続ける政府と企業、国民の幸せはそっちのけ。それに踊らされる国民。便利なものは表裏一体で、麻薬と同じようなものが内包されている。失うものは、もともと人間に備わっていたもの。忍耐力、創意工夫、コツコツと一つずつ積み上げてゆく努力などなど。最近のタバコには、吸いすぎると体に悪いという文字が義務ずけられたそうな。この便利なものを使いすぎると、こうなっちゃうということを自分でしっかり認識した上でそれを利用すればいいですよね。とらわれるという字は、囚われると書きます。”□”箱の中に”人”が閉じ込められている。まるで囚人のように。囚われてはまずいですね。”□”箱の外のことも認識した上で”□”箱の中にいるんであればいいのですが。皆がやってるから、常識だからと、ただそれだけでやっているとそこには大きな落とし穴にはまってしまいますので要注意、要注意!!
2006.03.31
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島にはお店もあまりなく、お金を使うところがないんです。お店がこっちの部落に酒屋が1軒、向こうの部落に2軒くらいかな。車にガソリンを入れたくても、ガソリンスタンドなるものもありません。(漁協で入れさせてもらうことができます。)あの諸悪の根源? のコンビニももちろんありません。今の時代って、便利なものが多いというか多すぎるというかあふれかえっていますね。携帯電話、TVのデジタル放送、エアコン、車のナビゲーター、、、、、上げたらキリがありません。人間って、それを使っていると最初は「へエー、これは便利だ」と思っているうちに、だんだん当たり前になってきますね。当たり前以前に必需品になってしまうんじゃあないでしょうか。100m先のタバコ屋に行くんでも車を使ったり、それでいて足腰が弱くなったとぼやきます。24時間営業のコンビニも今は当たり前。お金さえ出せばいつでもたいがいのものは手に入っちゃう。今、冷蔵庫の中にあるもので今日の晩御飯を作ろうとか、無ければ無いなりに我慢しようとか思わなくなちゃいます。便利なものや手っ取り早いものを使ってばかりいると、それに比例してすっごく大切なものが失ってゆく、、、、、それを解っていて使っているかどうか。続きは次回、、、、、
2006.03.30
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今は、まだ誰もいない海水浴場。水がキレイでしょう?うーーーん、まもなくあの忙しい夏がやってくる!こう書くと、夏がいやそうに聞こえるよね。確かにそういう面はあるけれど、今年はどんな楽しい素敵な出会いがあるか、大変楽しみでもある夏です。1年の中で、いつも遊んでばかりでは大変申し訳ないので、この時ばかりは経済活動なるものを真面目にしなくっちゃあと思ってます。今年の夏はすでに、満室の日が出てきています。ペンションの宿泊客の場合、前もってご予約いただくので、われらスタッフとしても忙しいならそれなりに心の準備ができているのですが、突然と来店される食事のお客様の対応に大あわてする時があります。満席状態で、尚待って頂いているお客様、その上入店しようとしていらっしゃる人達、スタッフ全員がパニクッてしまいます。当、晴耕雨読の基本的ポリシーは、来店されたお客様にはご満足して頂かなくてはならないというのがあります。不満足でお帰しするくらいなら、入店をお断りすべきと考えます。自分たちのキャパシティー以上の対応は無理が生じるので、不満足を与えてしまうんです。我がペンションは、食事の時間はお客様に合わせています。のんびりと寝ていたければ、支障が無い限りゆっくりしていただいて遅い朝食。早起きして釣りを楽しみたいお客様には早い朝食となります。それらのお客様に合わせた朝食をお出し終えて10時頃その後にランチの仕込み、午後は部屋のメイクと夕食の会席料理の仕込み、そして夕食という感じで休む間がありません。だから、スタッフの過労が心配です。でも、大変なつらいことばかりではありません。「料理、おいしかったよ。」とか「網地島って最高!」とか言われちゃうと、日頃の疲れもすっ飛びます。日頃、都会の中で緊張して生きている方々、そういうお客様が少しでも癒されて、エネルギーを満充電にして帰っていだだける、、、、、こんな素晴らしい役割をさせていただいている私達。ありがたいことです。この仕事というか、この役割は私の天職と考えています。
2006.03.29
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昨日釣り上げたアイナメ 43cmでした今は釣りもシーズンオフ。魚は変温動物で、水温が下がると体温も下がってしまう。詳しいことは、魚に聞いてみないと分かりませんが、本にはこう書いてあります。体温が下がると、胃や腸の働きが落ちて食欲はわかないし食べてもあまり消化されません。だから、この時期はあまり釣れないようです。でも、この時期にできる釣りがあります。それは穴釣りです。島では穴子抜きといってます。岸壁のテトラポットの間や、磯の岩と岩の間の魚の棲家と思われるところにいきなり竿を落とすんです。餌は、サンマやサバの切り身を使います。狙う魚は、自分の棲家でじっと春を待っているアイナメ、どんこ、ソイといった奴です。魚にしては、のんびりとくつろいでいるところに、目の前にいきなり食事が落ちてきたといった感じです。ガブッとくるんですね。冬の魚は脂が乗っていてうまいんだなー、これが。もう少しすると、大勢の釣り人が島に押し寄せます。特に、初夏から秋まではクロダイの磯釣りが盛んで、私のボートで陸からは行けない根に渡してあげます。磯渡しとか、渡船とか言ってますね。もう少しで釣りのシーズンです!
2006.03.28
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我が家は風呂も薪で焚きます3度目の暖かさいよいよ3度目の暖まり、最後の奴はもちろん火をつけてストーブとして暖まること。薪ストーブは、薪が燃えた時に出る熱が回りの囲いであるストーブ本体が熱せられ、その熱が輻射熱として暖房になる仕組みです。薪ストーブのやさしい暖かさを体験してしまうと、ファンヒーターなんか受け付けなくなっちゃいます。昔、学校の教室の暖房はあのダルマストーブ。仕組みはあれと同じです。よく、ダルマストーブの周りに集まって、ワイワイと騒いだり、お弁当を食べたりして楽しかった思い出があります。こう言うと年が知れますね。火を見ていると、本当に飽きないんです。何時間でも眺めていられます。焚き火とか、キャンプファイヤーも同じですね。火箸でかき回したり、おきを取り出したり。すごく幸せを感じます。最初に火をつけて着火させるのも工夫が要ります。へたくそだとなかなか火がつきません。私は慣れているせいか大変上手で、みんなから“火付盗賊改め方”と呼ばれています。今の暖房器具は、ほとんどが電気でしょう。停電になれば暖房ができませんよね。昨年の冬に、島でも長い停電がありました。東北電力の人達が数人来島して調べても、停電の原因がなかなかつかめず、暗くなり始めてやっと停電の原因が分かり事なきをえました。たまたま、その日は小雪がちらつく寒い日で、その間暖房が使えず、このまま停電が続くと凍死者が出るんじゃあないかと皆が気をもめました。この時、うちは薪ストーブがガンガンだから、島のお年寄りを我が家に連れて来ようと考えました。でも、心配は無用でした。後で聞いた話ですけど、夕方の4時頃から布団に入って寝てしまったそうです。さすが、島のジジババです。私たちは、文明の利器にどっぷりと浸って生きているため、その利器が使えなくなると大変なことになってしまいます。電気が使えなくなったら、水が出なくなったら、電話が、、、、、。今、灯油がすごく高いでしょう。まして、今年の冬は特に寒いから暖房費をまかなうのは大変だとよく耳にします。我が家の暖房費は限りなくゼロに近いです。(伐採や薪割りの手間を入れなければの話)夜、寝る前に薪をストーブに多めに入れてチョロチョロと火を細めておくと、一晩中暖かくなっています。ありがたいなー、 感謝、感謝。
2006.03.27
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昨年の11月はこれの5倍は積まれていた2度目の暖かさ木の伐採が終わると、山から切り出した木を軽トラに積んで我が家に運び込みます。軽トラの最大積載量、つまり荷物を積んでもいい制限重量は350kg。しかし、この時ばかりは2000kgくらい載せちゃう時もあります。都会では絶対できない芸当ですね。今度は薪割りです。適当な大きさにするのに、狙ったところに斧を振り下ろす。これもけっこう難しいんですよ。重労働で汗が滴り落ちますが、労働と思えば大変だとなってしまいますが、私の場合はシェイプアップのための運動だと考えています。だから、まったくつらいとか苦しいとかではなく大変楽しい作業です。木って、割りやすい所とそうでない所があります。特に割りにくいのは、木の根に近いほうと枝分かれしているところ。そういう所を人間の都合で“素性が悪い”と言います。素性なんて、人間だけかと思いましたが木にもあるなんて、、、、、私達って自分に都合が悪い場合は”悪い”、都合が良ければ”良い”と決め付けます。どこかに出かけようとしている時、雨が降れば悪い天気。空気がカラカラに乾燥しちゃっている時の雨は、同じ雨でも恵みの雨。スキー場の大雪は良くて、市中の大雪は混乱を招いて悪い雪、てな具合。なんて自分勝手なんでしょう。さすがに、NHKの天気予報は「天気が悪くなる」ではなくて、「天気が下り坂」と言うようにしているようです。我が家からの夕日 うーーーん、美しい!続きは次回、、、、、
2006.03.26
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島に多いタブの林一度目の暖かさ山から木を伐採して,ストーブに入る長さの40cm~45cm位にチェンソーで刻みます。軽トラックが伐採した所まで入って行ける所はいいのですが、そうでない所の伐採は大変です。例えば、直径が40cm、長さも40cmくらいの生木(水分をたっぷりと含んでいるので大変重い)の重さは50kgくらいかな。それを、足場の悪い道なき道を一輪車で運び出すか、一輪車もきかない所ではかついで山出しします。一冬分といったらすごい量になりますから大変な量で、大汗をかきます。木が倒れる方向に、電線や家の屋根なんかがあると、その逆の方向に倒さなければなりません。ハンドウィンチで木の傾きとは逆の方向に引くんですね。こういう時はものすごい緊張で、喉がカラカラになります。失敗すれば電線を切ってしまうか家の屋根を壊してしまうので、弁償しなければならなくなってしまうから、はらはらドキドキです。弁償の心配よりも、失敗したら今までの信頼が薄らぎます。「難しい仕事はあいつには無理だな。」こう思われるのは、”島の与作”としては最大の屈辱です。これは何回やっても緊張する作業ですね。続きは次回
2006.03.25
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我が家の暖房は、この薪ストーブ一つです。今年の冬は、例年になく寒かったですよね。それでも、43坪の家をこのストーブは暖かくしてくれました。朝と夕方に火を入れます。陽が射さないでで寒い日は一日中焚いている日もあります。1階の天井裏が2階の床下になっているので、2階は床暖房となって、布団を敷きっぱなしにしておくとぽかぽかになっちゃいます。島は高齢化が進んでいて、私めの55歳は若手の中の若手です。人間は年をとって動けなる一方で、木はどんどん成長して大きくなる。風除けのために家の周りに植えた木が、大きくなりすぎて切ってくれとか、日当たりが悪くなったからとかの伐採の依頼の声がかかります。人からものを頼まれるって言うのは、実に気分のいいもんですね。自分が、周りの人達から必要とされていると感じると、自分に自信がつきます。そして、だんだん自分が自分で好きになります。いつだったか、女子マラソン選手で「自分で自分をほめてあげたい。」と言ってたのを思い出しますが、その小さいバージョンかな。“俺みたいな人間でも人の役に立っているんだ。”と思ってきて、ほほのあたりが緩んでくる。すると、“もっと役立ちたい。”“もっと役に立つ男にならなくっちゃア。”となっちゃう。「豚もおだてりゃあ木に登る」ってな具合で舞い上がってしまいます。「よっしゃあ、お任せください。」と相成る。まったく、単細胞な私です。近頃は“島の与作”と呼ばれちゃってます。伐採作業を頼まれたとき、それは基本的にお金は取ってません。だって、切った木は我が家の燃料になるのですからありがたいことなんです。よく、薪ストーブは3度暖たまることができると言うんですけど、さて、それは?続きは次回
2006.03.24
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ねこのロンちゃんです。チンチラの雑。こんなやくざな顔していますが、一応レディーです。仙台に住んでいた頃から飼っていて、12歳くらいになるかな。この島は野良猫がたくさんいます。外を歩くと、島民に会うよりも猫に会うほうが多いくらいです。ロンちゃんを島に連れてくるにあたって、一応ちょっとやばいので避妊手術なるものをいたしてきました。だからなのか、いつまでも子供のようにじゃれたりします。人間で言うなら60か70婆さんでしょ。仙台にいる頃よくマージャンをやっていたんですが、“ロン!”と言ってしまった後、間違いに気ずき 「ロンちゃん、おいでー」とか言っておとぼけする時のために銘々されました。島に来てから、だんだんと野生化してきてすっかりたくましくなっちゃって。お客様がいらっしゃると、うちのスタッフよりも早くお客様に駆け寄り スリスリしちゃって、何かごちになろうと必死です。「ロンの奴、また芸者してるよ。」と、スタッフもあきれて何も言いません。今では晴耕雨読のホール担当主任です。冬になると、フサフサしていた毛が毛玉になってゴロゴロです。それを春先になるとみんなカットして丸坊主にします。夏のシーズンには毛が生えそろって又スリスリ始まります。昔から、洋の東西にかかわらずねこ族は神のしもべで、人間界に降り立ってはいろいろとチェックしてあるき、神に報告する役目だそうな。エジプトのピラミッドから発掘されたパピルスとかにも多くのねこ族が描かれていますよね。ライオンなんかもそうですね。だから、猫をいじめたりしてはいけないんですって。さて、真偽の程はいかに!!
2006.03.23
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60分走っても誰ともあわないジョギングは最適の、最短のダイエットと思われているようです。実際私もやってみて、5kgから10kgくらいは難なくダイエットできます。それは、全身運動でしかも有酸素運動だから。目的がダイエットや生活習慣病の改善といったものが目的なら、歩くようなゆっくりとしたジョギングが言いといわれています。運動量は、太く短くよりも細く長くのほうがいいようです。一生懸命息を切らせてやるよりも、のんびりと長い距離をなるべく毎日走るんですね。島は、アップダウンがけっこうあるので、きつい登りは無理せずにウォーキングに切り替えます。心拍数を時々チェックして、100から125くらいで走ります。その時に、心拍計があれば便利ですね。私は腕時計式のやつを使っています。気分が乗らなかったり、足が重かったりすればすぐにウォーキング、又走りたくなったらランニングに切り替えるてな具合。ラン&ウォークです。私の走る時間帯は朝食前にしています。胃の中が空っぽの時、走るエネルギーを何から調達するかというと体内の糖や脂肪を燃焼させます。通常の時間帯と朝食前では脂肪の燃焼が150%アップするそうです。できれば、週に5日くらい、最低30分、そして週末は60分くらい走れれば上出来でしょう。走るって瞑想しているのと同じですね。道路の一点を見るとはなしに見つめながら、心は瞑想状態です。考え事をまとめたり、今日やることを確認したり、昨日の自分は正しかったのか反省したり、宇宙との一体感を感じたり、精神の集中や統一が容易にできます。島でのランニング環境は、信号はないし車もほとんど通らないし最高です。島に来てからは、人と競ったりはしなくなりました。爺さんになった証拠でしょうか、競うということがいかに愚かしいことなのかに気ずかされちゃうんですね。スポーツとかゲームとかは別として考えます。人と競うことが、争いごとを引き起こす元凶だと思われます。優劣を競って自分が、自分の組織が、自分の国や地域が優になるために無理をしたり、あるいは争い、ひいては戦争まで引き起こしています。人間である以上、自分や自分の家族の幸せを願うのは当たり前のことで当然でしょう。しかし、そればっかりじゃあ寂しいですよね。少しは回りの人達に愛を注ぐことができる人間になれたらいいですね。私のジョギングやウォーキングは、タイムを競ったり順位を競ったりしません。もちろん大会にも出る気はないです。自分の心の中でのキャッチボールみたいなもんです。えっ、誰とキャッチボールするかって?偉そうなことを言うようですけど、それはもちろん大宇宙の真理です。
2006.03.22
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向こうに見えるは田代島昨日、今日と暴風警報が出ていて海は大荒れです。網地島は巡航船も欠航し、孤島となってます。海とか月とか、あるいは星とかを語るとき、科学的な解釈で測るとあまり面白くなくて、どちらかといえば、民話とかに出てくるような表現を使ったほうが楽しいですよね。たとえば今日の荒れた海。低気圧が三陸沖で急速に台風並に発達して風が猛烈に強いというより、今日の海は怒っているよ、アップッだよ、明日になれば気分が落ち着いて穏やかになってくる、なんてね。風が強くて風速8mを超えると白波が立ってくるんですが、ヨット仲間ではこれを“ウサギが跳ね出した”と言います。見ていると、ちょうどそんな感じなんです。逆に静かな海は、凪いだ海、油を流したような海、べた凪、ってな感じです。こういう日は、本を読んだり映画を見たり、山に入って“春”を探したりとそれなりに楽しい日になります。
2006.03.21
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私の場合、島に大変スムーズに仲間入りすることができました。島の家は当時は別荘として使っていて、その庭に広くウッドデッキを作ってみんなでバーベキュウをやったり楽しんでいました。そんな時、仲間の連中が「こんな素敵な場所を我々だけで独占しちゃあ世間様に申し訳ないから、もっとみんなに開放しろ!」ということになり、保健所でレストランの許可をもらうことになったんですね。そして、島民に料理の出前をするようにしたんです。島で出前を取ることができるなんて島始まって以来だそうで、これまたテレビ取材のネタになってしまいました。そんなことともあり、島民との距離がだんだんなくなっていったんでしょう。漁業権なるものも、案外楽に取得させていただきました。その漁業権なるものは、漁業権をとりたいと思う人が、ある一定の条件を満たし、その上に資格審査委員会というものにかけられて、この人なら問題ないと認められた人に限ります。でも、たいがいは OK みたいです。その権利があって漁業協同組合の組合員になれるわけですね。こうなって始めて磯に行ってワカメを採ったり、あわびやウニが捕れるんですね。組合員じゃあないものが磯に行くと“監視員”と言う腕章をつけた人に怒られてしまうんです。観光客が夏の海水浴場で、浜から少し離れた磯で潜っているだけで「そこで潜っていると窃盗とみなされますのでおやめ下さい!」というマイク放送されてしまいます。もはや、日本の海辺は国民のためのものではなく、漁民のものらしいです。そして、我が家は、、、、、?相変わらず外人部隊の溜まり場みたいなもんです。
2006.03.21
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少し開き始めた水仙島には、田舎暮らしを夢見て第2、第3の居住地としてこられた方がけっこういます。私が島に住むようになってか11年ですが、その時にはすでに何世帯か移り住んでいました。別荘組も含めて5,6世帯くらいかな。関東あたりからこられた方が多かったようです。私のところでレストランをやるようになってから、徐々に増え始めてました。私が島にきた時は40代の半ばくらいで、隠居する年でもないのにこんな寂しい島に移り住んでいるから、けっこうテレビや新聞なんかが取材にきたんです。「テレビで見ました。」といってやってくる方が多かったですね。お客様として来られて、島が気に入ってしまってすぐに物件探し。永住の地として、あるいは当面別荘でいずれは移り住むつもりで古家を探すんですね。よく、「いい物件ありますか?」と言う問い合わせも多いです。外部から来た我々のような人達を外人部隊と言ってます。よく、田舎暮らしで山がいいか、海がいいかという問いかけがあります。山は農耕民族、海は狩猟民族と海洋民族と言う具合に分けた場合を考えてみると。農耕は、春に種をまいて秋に収穫する。100蒔いた種が100の収穫が普通とした場合、気候の変化や外部からの影響で、収穫が減ることが多々あります。収穫までは草を刈ったり虫がつかないように世話したりで大変です。収穫の秋までは収入はありません。だから、外部から来た人間を見るとき、自分にとって悪い影響を与えるかどうかチェックしちゃうんですね。海洋民俗は、適当な時期に適当な捕獲道具をセットして待っていれば、大漁が期待できます。自分が食べきれない分は喜びを分かち合うといった意味合いで隣近所に惜しげもなく分け与えるんですね。そして、なくなれば又とればいいと考えます。「江戸っ子は、宵越しの銭はもたねえ!」 とまではいきませんけどね。外部からよそ者が来たって何の影響も受けません。だから、外部からの人間を受け入れる素地を持っているとも言われます。私が島を選んだから言ってるわけではありませんが、けっこう山間部は部落の付き合いが厳しいって聞きますね。続きは次回、、、、、
2006.03.20
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岸壁につながれたままになっている久丸島は、本土の鮎川から4kmくらいしか離れていないのにわざわざ船に乗り換えなければなりませんが、定時の巡航船のほかに久丸という臨時船があります。しかし、その久丸の船長がこの正月に病気で倒れてしまい、今は運行されていません。みんなが困ってしまいした。島における久丸の貢献度は絶大で、こうしてなくなってみて、島の人達はあらためてその重要性に気ずかされています。公共性の高い久丸をながいこと運行してきた阿部文男船長には敬意を表するとともに、病気からの一日も早い回復を祈ってやみません。でも、多くの島民の久丸復活の思いが大きなエネルギーとなって動き出しました。久丸がまもなく再び運行されるようなんです。あらたに、阿部敏明船長がその任を受け継ぎ、4月1日から正式にスタートする運びになりました。これを受け、海上交通安全のためのお払いを受けに金華山黄金山神社に行ってきました。よかった、よかった。
2006.03.19
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島の西に突き出た立ヶ崎、沈み行く夕日が素敵で最高です高齢化のワーストに入る網地島。一時は、島の人口が2000人を超えていた時もあるとか。今の人口は、網地地区100人、長渡(ふたわたし)地区500人というところでしょうか。面白いのは、島の人達の8割くらいが阿部さんなんです。電話で「はい、晴耕雨読です」 「ああ、雨読さん? 阿部だけんども」「あのー、どちらの阿部さんでしょうか?」「おらいだー、長渡の阿部だー」こんな感じがちょくちょくあります。お墓に行くと、やはりほとんどが“阿部家之墓”です。先祖をたどってゆくと、そう遠からず血縁でつながっているようですね。だから、一族の団結たるやすごいもんですよ。いつでも助け合い、協力し合って生きてきているようです。そして寛容です。コミュニティーの理想のような姿でしょうね。一族から笑われるようなことは絶対にしたくないと思っているのでしょう。だからというんではないでしょうが、不義理をすることはまったくといっていいくらいないんです。台風が来そうだと、みんなで船をかたずけ、夏の海水浴シーズンの前の砂浜の清掃も皆でする。病院の草刈もそう。皆が総出でやるんですね。これが、自発的か、やらないと何か言われちまうからやっているのかはわかりません。島の人達は、素朴で正直で人にやさしいです。金儲けは下手だしインターネットも知らないけど、人間としての原点に近いんじゃあないかとふと思います。きっと、深い愛を持っているのでしょう。
2006.03.18
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この島は、なぜかよくわかりませんが雨が少なく日照時間が長いんですね。天気予報では、たった40kmしか離れていない仙台で雨となっていても島は晴れることが多いです。だから、今日は貴重な雨、恵みの雨かな。でも、早朝ランニングはできそうにないかも。海鵜とかもめが仲良くたそがれています我がペンションの名が晴耕雨読。普通は、晴れたら畑仕事をして雨が降れば本を読む、何事にも縛られずに自由に生きる、てな解釈だと思うんですが。私の考えている“晴れ”と“雨”はお天気のことだけではないんです。心の状態がON! であれば、天気が雨でもやるんです。本を読むのもON状態でないとやれません。心がOFF!であれば、外は晴れていてもグダグダ、ダラダラ、ほとんど何もしません。本読みすら集中できません。義務感でやらなきゃあならないからやるというのは私にはなく、やりたいからるんであって、やりたくなければやりません。でも、青空でスカッとした日は家の中にはいたくないですよね。こんな素敵な日に家の中にいるなんてもったいないとか言って。今の私は、無理をしてでもとか、頑張るとかという言葉は死語になってしまいましたね。あるがままに生きる。それができるから島は最高です。
2006.03.17
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2年前、忘れもしません 2004.08.24 AM7:40、不覚にも我が家で火事を出してしまいました。その家は、網地島に住むことになって初めから建っていた45坪の民家風の家でした。火災の原因は、私のベーコンを作るスモーカーらしいんです。当時は、その棟は倉庫、アトリエ、寝たきりの私の母の部屋でしたが、幸いにも母は網小医院に入院していたため難を逃れました。そうでなければ、完全に決まり! でした。その時、私は何とかしようと水道のホースで初期消火を試みましたが、けっこう煙を吸ってしまったんですね。火事が一段落したときには一酸化中毒で倒れてしまいました。一酸化炭素中毒って、後で先生から教えてもらったのですが、血液中のヘモグロピンに酸素がくっついて体内を巡るのが、その酸素を押しのけて一酸化炭素がくっついてしまい体内を巡るため、脳が無酸素状態になって死に至ってしまうらしいです。すぐに網小医院にかつぎ込まれて即入院、かなり危険な状態らしかったのですが、高酸素治療なるものを施され、事なきをえました。家は全焼、中にある衣類、作業道具、ステンドグラスを作る道具も買いだめしておいたステンド用のガラスも全部燃えました。入院していた病院のベットの中で頭の中は真っ白でした。この家事で、失った物は大きかったけれど、それ以上に得たものがたくさんありました。この世に偶然はないとよく言いますが、すべてが必然で、起こる必要があったから起きたんですね。この火事で、私に何を学べと言っているのか、その時点では愚かな私の浅知恵ではまったくわからず、何でよりによって我が家が、と思っちゃいました。しかし、時間がたつにつれ、そのことが少しずつ雪がとけだすように解ってきたような気がします。島の人たちの無償の後かたずけや炊き出しやお見舞い、お会いしたことのない方々からのお見舞いや励ましの声、それらが、大勢の方々に支えられて、生かされて生きていると言う ともすれば忘れがちになっていた自分に心からの感謝を忘れてはいけないという教えでした。一生、返しても返しきれない恩を受けました。少し落ち着いてから、これからどうするかを考えているときに、お金を貸してくれる方がポンと現れました。しかも、無利子でいいという。ペンションをその焼け跡に建てました。家族4人で。これまでは、レストランしかやっていませんでしたが、これからはより付加価値の高いペンションという新しいフィールドでやっていくきっかけになったのも火事です。新しい上着を着るには、古い上着を脱がなければ着ることができません。私の場合は、火事と言う少し強制的な方法で古い服を脱がされたんですね。
2006.03.16
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居間から海が一望できる日本人ってすっごく真面目で、家族のために一生懸命働いて、たまの休日はのんびりと過ごしたいと思いますよね。連続して一週間くらい休みが取れるなんてめったにないかもね。私が今自宅にしている建物を自作したのは7ヶ月かかったわけですが、今の日本で仕事を7ヶ月も休んだら、職場での自分の椅子がなくなっちゃう人が多いんじゃあないでしょうか。連続して仕事を休めないため、週末と盆正月だけで5年かけて自宅を作った人もいるそうです。私の例ですと、43坪の家作りにかかったお金はだいだい700万円位です。これを建築業者に頼んだ場合、坪単価50万円としても2150万円かかります。(けっこう木にこだわって無垢材を多く使ったので割高だと思います。)2150万円かかるところを700万円で済ませたということは、差し引き1450万円得したと言うことですよね。これを言い換えれば、7ヶ月でこれだけ稼いだというふうに考えられないでしょうか。会社に行って稼ぐのも、こういう方法で稼ぐのも、同じ生産性を上げるということだと思いますが、皆さんいかが。続きは次回、、、、、
2006.03.15
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11年前は立派な松の古木だったのですがたまにですが、昆虫とか植物を調べに島に来る方がいらっしゃいます。今回、2泊でマイマイカブリという昆虫を調べにこられたお客様がいました。島の松は、松くい虫の被害にあってけっこう全滅状態で市や町では被害を最小限に抑えるために、今はやっていませんが以前殺虫剤を空中散布しました。(松枯れの原因は松くい虫だけではなく、酸性雨の影響が大きいと言う学者もいるようですが)そのために他の昆虫達が大量に死に、その昆虫や虫を食べる野鳥も餌が少なくなり減っちゃいました。今回の昆虫採集はあまり期待できないと言ってましたが、まあまあ捕れたようです。今では枯れた松は森林組合で伐採するか、そのまま放置するかしています。島の松は全滅かと思いきや、その脇から新たな松の幼木が確実に、たくましく育ってきているんですね。新旧交代と言った感じです。自然の大きな流れの中で、松枯れの被害を止めようとあがいても歯止めは効かず、そのそばからその環境に順応する若い松が育ってきている。傍で見ていると、市や町はずいぶん無駄なことをやってるなーという感じ。瞬間瞬間には変化とか不都合とかあるけど、大きな自然の営みの中ではほとんど変わらないのではないか。私も都会で生活していた頃、何かをやってやろうとか、がんばって名前や金を残したいとか、とずいぶんあがいてきましたが、、、、今この島の自然に抱かれて生きてゆく時、ずいぶん遠回りしたもんだとも思います。今は、あるがままを受け入れて生きてゆきたいと考えてます。
2006.03.14
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走るコース脇にあるお地蔵さん走ることって、糖尿病を克服するために始めたけれど、今では体の健康だけでなく心の健康、そしてダイエットにすっごくいいという事に改めて気ずかされます。やせると言うことは、体内の脂肪を適切に少なくすることでしょ。サウナとかで体の水分をとったって、一時的に減るけど水分補給すれば元に戻ってしまう。効率よく体脂肪を減らすには有酸素運動、中でもジョギングが一番です。ジョギングは、早く走っては駄目で、ゆっくりと歩くような感じでななるべく長い距離を走るのが痩せるコツらしい。私の場合、年齢が50代なので心拍数110から120くらい。最低30分は走る。朝食前の走りは通常の150%くらい脂肪を燃やすらしいです。朝起きて、朝飯前の走りは 「うーん、脂肪が燃えてるぞ!」って言う感じかな。そして、大切なのは無理をしないで疲れたら歩く、ウォーキングもやり方一つでぐんぐん痩せます。続きは次回…
2006.03.13
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さて、どうすれば糖尿病を克服できるか。いや、糖尿病だけではないはずだ、血液はドロドロで生活習慣病の極みと言える。まずは、例によって糖尿病に関する本をどっさりと買い込んで、最良の方法を考えました。好きなアルコールはやめたくない、食事制限もいや、、、、、それでは有酸素運動を徹底してやろうと思い立ち、その日からウォーキングをはじめました。網地島のメインストリート網地島は、南北のはしはしに部落がありその距離片道5k往復10km。これを毎日2往復、尚マウンテンバイクを買ってきてこれまた1往復。ウォーキングと言っても私の場合は速歩で、分速100mから110mくらいのスピードでけっこうはや歩きです。半年くらいたってから血糖値が下がってきて、先生から飲んでいた薬を止めてもいいという許可がおりました。ウォーキングよりジョギングのほうが、効率よく糖や脂肪を燃やすことができそうなので、薬を飲まなくなってからは10kmのジョギングを毎日やるようにしています。(実際は、お客様がいらしたり雨や大風の日は休むこともしばしばあります。)今では血糖値は正常、体脂肪も少なくなり、血液はサラサラ、腹が引っ込んで体が軽い、と言うところです。この島は、都会と違って信号機はない、人とあまりすれ違わない、車もあまり通らない、空気がうまい、野鳥のさえずりを聴きながら走れると言った最高のロケーションです。ジョギングという素晴らしいものに出会えて糖尿病さまさまと言った感じです。走るコースの道路わきで春を待つのびる続きは次回、、、、、
2006.03.12
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網小医院島の小学校が廃校になって、その後にその小学校を改装して病院ができました。4年位前にその病院で血糖値を測ってもらったことがありましたが、その時の数字がおどろくなかれ、550でした。私は、血糖値550と言う数字の意味がよくわからなかったのですが、先生が口から泡を飛ばしながら説明してくれました。それによると、いつ昏睡状態におちいってもおかしくないこと、失明のおそれがあること、合併症があれこれ、、、、、その先生は院長で専門は内科ですが、医者になってからこの数字は初めてであること、無論この病院始まって以来はじめてだとも言ってました。私は、病院と薬は大嫌いで今まで余りこれらの世話にはならぬように生きてきました。人間には、誰もが等しく自然治癒能力が充分備わっていて、たいがいの病気や怪我は自然界の動物たちと同じように、充分な安静と適切な食事でなおすことができると信じてきました。自分のその能力を信じることができず、薬や病院に頼りすぎると自然治癒力が低下してしまうと考えてます。糖尿病って、聞くところによると完治する事は少なく、一生薬の世話にならなければいけないとか、、、。それどころか、毎日インシュリンの注射を自分で打たないと死んでしまうとか、、、、、。ううううう、、、、、どうしよう!薬大嫌い人間にとっては大事件です。さて、これからどうするか。続きは次回、、、、、
2006.03.11
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巡航船の入港 その手前に見える家がペンション晴耕雨読現在、自宅として使っている家は7年位前に自作したものです。延べ床面積43坪で、少し友達に手伝ってもらいましたが、約7ヶ月で完成しました。12月31日の大晦日も夜6時頃までトンテンカン、翌日の元旦も朝からトンテンカン、島の人達からすればよほど変人に見えたことでしょう。ちなみに、一軒の家を建てるには大勢の職人さんたちが携わらなければなりません。大工さん、基礎屋さん、左官屋さん、タイル屋さん、水道屋さんに電気屋さん、ペンキ屋さんに屋根屋さん てな具合。どうしても自分でできそうもないものはプロに任せなければなりませんが、なるべくお金をかけないで建てるにはやはり自分でこなすのが一番です。業者に建築を頼む場合、始めに間取りを決め、壁は何、床は、窓は、照明器具は、屋根材はと一つ一つ取り決めて見積もり金額を出し、それでよければ契約してGO!となります。建築が始まれば、あまり変更はできません。(別途工事ということになってしまう。)セルフビルドはアドリブでできるところがいいですね。壁を作っている最中に窓を予定よりも大きくしたいと思ったらそれができる。トイレを広く取りたいというような間取り変更もできやすい。(すぐに、うちのかみさんが口をはさんで注文をつける。)基本的に、私のやり方は図面と言うものがほとんどないと言うことかな。続きは次回、、、、、
2006.03.10
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春なんですね。南に面した暖かい斜面の梅のつぼみが少しだけ膨らみはじめ、その梅の小枝には野鳥がさえずりはじめています。この時期は、バードウォッチングのお客様がよく泊まりにいらっしゃいます。私は野鳥のことにあまり詳しくないので、その人たちによるとわが網地島は野鳥がたくさんいるそうです。よく見かけるのはジョウビタキ、ベニマシコ、うぐいす、ウソ、珍しいものではキレンジャクやオオルリ、名前はわからないけど猛禽類の何か、そのほか山に入るとけっこういろんな種類に出くわします。山に入って下のほうを見ると、春蘭が花をつける準備しているようです。これから島は、山菜も豊富です。
2006.03.09
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島での建築材料の調達は、2割くらい割高になります。建材屋さんが船に手積みして、島では手降ろし。船代がかかります。トラックごと船に乗せると片道13000円かかり、往復で26000円の運賃がかかります。だから、いろいろと工夫しなければななりませんがそれも楽しみの一つかな。金槌を持つようになったのは島に来てからで、初めから家が建てられたわけではありません。まず、10坪くらいの物置を作ってみました。無論、本を片手に。ふむふむ、、、、、なるほど、、、、、うーん、これが2×4工法なんだ、とやっと入り口にたどり着きました。夜は、ビールを片手に建築の本読みでした。次に、5坪くらいのガゼボ(六角形の形で、よく庭先でお茶したりする建物)に挑戦しましたが、これはすっごく難しかった。後で聞いた話ですけど、六角形の建物は本職の大工さんもあまりやりながらないそうです。難しさゆえ、プロがやって失敗でもしたら大恥をかいてしまいます。そして、いよいよ43坪の自宅にかかりました。続きは次回、、、、、
2006.03.08
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昨年の夏にペンションをオープンさせ、厨房が狭すぎることに気がつき只今増築中です。お金はあんまりないけど時間はたっぷりとあるので自分達で建てています。バックにある建物も自分達で建てました。お客様から良く聞かれることが「以前大工さんだったの?」です。私は、まったくそれ系の仕事についたことはなく、本で勉強しました。欧米では、自分の住む家を自分で建てるのはそんなに珍しいことではないらしいですね。自作の家に自分が住み家族が住む、いいですよね。
2006.03.07
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網地島に移り住んで、はや11年。私も一応漁業権なるものを取得させて頂いて、漁師の真似事のようなことをやらせて頂いてます。春は、山の山菜と海の海藻採りが楽しみです。今はまだ早春なので、ふのりや岩のりを摘みます。私の家族は、かみさんと次女とその亭主の4人で、潮時を見て2時間くらいでけっこう採れます。自分たちで採ってきたものを天日干しをしてその夜の食卓にのります。”うまい!”と、うなる味です。ふのりのレシピはそのまま味噌汁に放すのと、生姜ポン酢これまたとってきた赤ちゃんワカメ、きゅうりのスライス、鰹節とねぎのみじん切りを混ぜていただく。やめられません。これ全部 うに ですもう少したつと、ワカメやヒジキが採れるようになります。初夏にはうにが開口になります。採る楽しみもさることながら、おにぎりを持っていって磯の岩の上で食べるのも格別です。
2006.03.06
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