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2025.01.21
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カテゴリ: 特撮全般





改めて ​​ 「海底軍艦」 ​​  2025/01/17開始





最新、最近のゴジラ映画をあれこれ語る人々は、難なく見つかるが、万能艦が縦横無尽に活躍する映画を語れる人は多くはない。
私はこのように流行を追ってしか怪獣、特撮映画が語れない者どもを頭の悪い輩だと見下しているが、本人たちも古今の特撮映画に広く関心を持つべしとは思っていないであろう。しまいには「興味の対象は人それぞれだ」と開き直る。開き直るくらいなら、初めから特撮をわかったふうな顔で語るな。

狭量な偏見と思われるのを恐れずあえて言うが、我が国の分けても東宝特撮を熱っぽく語っているふうな奴らに限って、世代特有の知識・経験の少なさが目立ち、特に軍事、外交が絡むような作品となると、核心と思しき箇所を見事に外して、わかったふうなことを語るから、うんざりだ。

あれこれ不満、愚痴を並べても、ラチがあかないから、ズバリ本題へ入る。
と言いはしたが、ズバリ「海底軍艦」と言っても、私の世代でさえ、日本海軍が絡む物語とわかるはずなのに、既に反戦反核思想に毒されたか、あるいは何も考えずに皮相だけながめてノホホンとしている頭の悪い要するにバカが多いのだろうか。私は昭和27年生まれだ。昭和22年から24年まで生まれのいわゆる団塊の世代ではないが、影響は色濃く表われて、現に私の同い年の男で、既に反戦左傾思想に染まって、恬として恥じぬバカ者がいた。なお、己れを「団塊の世代」と称して平然たる愚か者もいる。この用語は対象となる世代を揶揄(やゆ)こそすれ、好意的に呼んではおらぬ。自虐的にブログなどで自称するのは侮辱を自虐的なユーモアと思い違いしたバカ者である。ちなみに私は「ポスト団塊の世代」の末席に連なる。もちろん、わざとつかう時以外は断じてつかわない。

改めて言う。海底軍艦は日本海軍の神宮司大佐が敗戦を潔しとせず、ひそかに孤島で完成させた万能艦である。神宮司大佐は、その反乱と認めらるるをものともせず、好意的な上官、楠見少将の大いなる便宜、計らいにも救われて、伊号400型の最終艦伊号403潜に複数の意識高き部下と共に乗り、黄鉄鉱・マンガン・ボーキサイトなどが奇跡的に地上に断層を為して大量に存在する天然資源の宝庫を為す孤島で、轟天建武隊と称する組織を率いて超新型戦艦・轟天号を建造していた。

繰り返す。神宮司大佐が天野兵曹に愛娘(まなむすめ)真琴(まこと)の身辺、現況をさぐらせる任務を課したりする以上、大佐が日本の敗戦を知らぬわけがなく、大佐は、恩義深きかつての上官にあえて世迷言と承知で、祖国の降伏、戦後変遷を難じたに相違あるまい。思えば映画「海底軍艦」が公開された頃は、とんでもない屈辱の時代だった。

ひとことに軍歌と言っても、数多くの曲の歌の中には、好き嫌いが分かれるものがある。これは仕方ない。

私の場合は、例えば「愛国行進曲」を気に入った。この歌の中には死語となった言葉が複数出て来る。本曲一番からさぐってみると、次々出て来る。
どうせ読まるること少なきを察しているから、平気で書いてみる。
「一番
♪ 見よ東海のそらあけて 旭日高く輝けば
天地の生気溌剌(はつらつ)と 希望は躍る大八洲(おおやしま)
おゝ晴朗の朝雲に 聳(そび)ゆる富士の姿こそ
金甌(きんおう)無欠揺るぎなき わが日本の誇りなれ」
歌とは不思議な力があり、教育を受けていない私たちでも、歌詞に刻まれた難解な日本語を取り敢えず覚えることは可能である。歌を構成する要素をむしろこのような歌曲から知ることとなる。歌詞を覚えながら親しまないと、歌えないままだから、意味がわからずとも覚える。童謡、唱歌とは異なるある種の品格、迫力をも知ることとなる。
これは童謡、唱歌を侮ってのことではない。「スキー」という歌の三番に『♪ 空はみどりよ 大地は白よ』という歌詞があり、ごく普通に「空は青」で「大地は白」としか認めていなかった私は、「そう言えば交通信号は明らかな緑を青と呼ばせているなあ」と、警察大嫌いもあってか、緑と青とを同色と扱う日本語に何やら魅力を新たにしたものだ。

さて愛国行進曲に戻る。フルコーラス書くのはさすがに疲れるので、二番以降は拾い出してみる。例えば二番。「起て一系の大君を」、「御稜威(みいつ)に副(そ)わん大使命」「往け八紘(はっこう)を宇(いえ)となし」「四海(しかい)の人を導きて」などすさまじいばかりの難解日本語の羅列となるが、メロディーと共に歌うから、ともかく歌詞を覚えた。


少し前のブログで、己れを居丈高に繕う愚かな行為は慎まねばと、特に相棒・サイエンスレディの前で語ったつもりだったが、その舌の根がかわかぬうちに、かかる暴言にも近いことをつづっている。
他人のせいにするつもりはないが、むしろ私より若い世代に、映画を透徹した目で見つめられる優れた人がいたので、本領返上で書いている次第。
物事をきちんと見ている賢明な人は世代に関わらず存在する。ただ、その優秀さが我々に伝わるかどうかは、メディアによるところが大きいので、その見識の高さを知る機会に恵まれる確率は高くはない。
なおのこと、テレビなどのメディアで衣食して来た人間は、少なからず左傾思想に染まっているので、遭遇出来る確率はさらに低くなる。

元フジテレビアナウンサーの笠井信輔氏は、その確率低きの中で巡り会えた貴重な存在である。甘いマスクゆえか、還暦60代に達したとは思えぬ端正な容貌である。かなり有名な人と思うので書いてみるが、笠井氏は重い病気の一つである悪性リンパ腫を患ってなお、寛解に達して、仕事復帰まで果たして見事である。

まず何が心呻らせるものだったかというと。
笠井氏は『海底軍艦』とのタイトルに言い及んだ。なぜ海底軍艦なのかと。これを話題の一つとして大きく取り上げた知識人は笠井信輔さんが初めてである。


















今さら言うまでもなく、軍艦にはその役割によって、戦艦・空母・巡洋艦・駆逐艦などの艦種がある。これらをまとめたものを軍艦と呼ぶ。「海底軍艦」は明治の作家、押川春浪(おしかわ・しゅんろう)氏が描いた、当時では間違いなくSF小説である。明治時代、世界を見ても、海戦の一つの大きな戦力となる潜水艦は皆無に等しかった。わが国明治時代に、佐久間勉艇長が訓練中の事故で殉職する痛ましい潜水艇事故があったが、潜水艇にも改良の余地が充分あった。ただし、佐久間艇長の神業としか思えない立派な軍務魂の記録は、持ち場を最期まで守って殉職した部下のかたがたの冷静な対応と共に特筆されるべき見事なものである。
まだ艦種として潜水艦はなかった。その明治時代に押川春浪氏は海底軍艦シリーズを執筆、刊行の運びとなり、これは大ヒットを飛ばす。その第一弾『海島冒険奇譚 海底軍艦』は人気を得た。
明治時代と聞くと、いわゆる純文学作品ばかりで、その道の大家、文豪のみの活躍が連想されがちだが違う。

我が日本という国家は、存外創造力豊かな人々が活躍した時代を持つ近代国家でもある。
何しろ「海底軍艦」というタイトルが魅力である。既に戦艦という艦種も存在した時代でもあるにもかかわらず、「軍艦」という言葉を小説のタイトルに使う発想力が見事だ。
実は小学五年生ながら私は「海底軍艦」の名前に魅せられた。この時私は小難しい小理屈をこねたのではなく、この名前に得も言われぬ迫力と、これに比肩する魅惑的な題名、艦名を連想出来ようはずもないほど、圧倒されていた。
事実は既に小松崎茂氏デザインの轟天号にも魅了され、ともかく早く映画を見たいと気が逸(はや)っていた。無論、小松崎氏デザインなぞとは想像もしなかった。









1963年、昭和38年の年末は、ほぼ毎年恒例の如き、両親の不和が原因で、母と私たち兄弟は、富士市吉原のある親戚のお宅にお邪魔していた。年末年始をたとえ親類とはいえ、人様の水入らずを妨げて母子共に過ごすなぞ、非常識きわまると思えるが、当時これは年中行事化していた。今となっては、母もずいぶん悩み抜いたと思うにやぶさかでない。さらに父にも思うに任せぬ夫婦仲だったと認めぬわけにもいかない。
のちに賢兄愚弟の見本と言うべき利発な兄が、両親の不仲について言及し、二言目には暴力で家族を恐れおののかせる父のかんしゃくをものともせず、本人に面と向かって批判したというほどの度胸の持ち主であった。
私が小学生ならば兄もせいぜい中高生に過ぎないが、理論武装が見事で、しかも生身のしかも今にも拳(こぶし)をぶつけて来ようかというかんしゃく持ちの父を眼前に、一歩も譲らずひるまぬ度胸の持ち主だった。

もっとも、のち、家庭内やや平穏なとき、高校生ぐらいだった兄が父と腕相撲であっさり負けていた。ケンカとは必ずしも基礎的体力に負うものでもないことを、兄は既に体現していた。ここでまた結論を言うが、女房に明らかに非がある場合を除き、夫たるもの、必ず暴力に訴えざるべしが、私の持論だ。夫婦の会話の一日語数、夫七千に対して妻二万語。大差である。口でかなわぬを暴力に訴えるは卑劣、横暴なり。女人にたっぷり言わせておいて耐え、時が過ぎると不思議や妻は言い過ぎたかと冷静になることが少なくない。なお、迷惑をかけるお宅はほかに富士宮市杉田にいたおばさんのご本人名義のお宅を頼ることも一再ならずだった。このお宅では、近所の人々も集まって、年末恒例となっていた餅つきを行ない、突きたてのお餅を白・緑二色突いてこねて、早くもその場で大福を作って、出来立ての美味しい大福を惜しげもなくごちそうしてくれて、舌つづみを打った思い出がある。
家族一単位で鉄壁の牙城の如く身固めして他を排斥するを当然と心得るお宅ばかりではなかった。

閑話休題。あるYou Tubeネットで「海底軍艦」を改めて見た人が、神宮司大佐をずいぶん論難していたが、やはりと人それぞれの思いを知った。世界的に「多様化」が叫ばれている昨今、問題視すべきは、多様化がもたらすその先にあるのは「共産主義化」である。この人は初めて見た時かっこよく見えた神宮司大佐が、改めて見た時には小さく、哀れな人間に見えたと批評しているが、つくづく私は人と人とが議論、話し合いだけで何んとかなるものではないと痛感した。
笠井氏の慧眼(けいがん)に驚いたのは、笠井氏が大人になった目で改めて見ると、(今日的な世界情勢への見解も相まって、)轟天号とその建造者、神宮司大佐の国家観に思いを致すようになったということだ。いい加減な御託を並べる俗物とはやはり違うのだ。戦争はいやだ、戦争は何ももたらさないと当然のように言う輩が多すぎるのが、殊に戦後価値観が妙な方向にそれてしまった我が日本だからこそ考えるべきなのだが、世界情勢を見て、結果「戦争は何ものももたらさない」とは是非もなしか。くどいが反戦は思想であり、人間皆根本には「戦争はいやだ」という思いはある。これを厭戦思想という。

さらに軌道がそれるかも知れないが、最近私はオカルト畑で糊口する人の中には少なからず中庸または保守的思想の持ち主がいるのではないかと思った。ズバリ月刊誌「ムー」編集長の三上丈晴氏だ。私はスカパー618チャンネルの「エンタメ~テレ」放映の「超ムーの世界」を多分開始早々から視聴していたはずだが、まずやや驚いたのは、岩手県盛岡市の報恩寺の五百羅漢像を交えた蒙古襲来に関わる話を三上氏が語り出した時である。
フビライ・ハンはチンギス・ハンすなわち源義経の孫であり、じいちゃんの仇とばかり鎌倉時代の日本を攻めて来たが、云々という語り方にユーモアがあり、別にチャイナ王朝のかたを持っているのでもなく、見事に笑わせる。

そして極め付きは、聖徳太子と彼が書いたと言われる大阪は四天王寺に秘蔵されているという未来記に言い及び、三上氏一流のひき付ける話法で、未来記はモーツァルトの「魔笛(まてき)」につながり、疑義を起こす余地も知識もない私などは、聖徳太子の時代7世紀とモーツァルトの18世紀とがあっけなくつながり、さらにオカルト界の重鎮と言われる並木伸一郎氏がさらりと「日本は世界の中心だという伝説が事実になる」ととどめをさすように言うと、妙に感心してしまう。もちろんネットをながめると、必ずアンチがいて、「こじつけ」と一蹴しているが、私は夢のない退屈な奴らとみてしまう。いや、また言葉遣いがまずかった。

真偽はどうあれ、三上丈晴氏が、かなりの知識を持ち、国家観にもある意味偏りがないか少ないのは間違いあるまい。
三上氏は今世界中を覆っている多様性、あるいはマイノリティーが言論空間に広まりつつある現状を鋭く指摘していて、かつてのソ連に見られたようなイデオロギーはもはや通用しない代わりに、SDG’sなどが発言力を持つ現状を「共産主義化」と明言する。
米国でみれば、民主党の主張はいずれ共産主義に傾くという。
私もこの指摘に同感である。では世の中は何が最も良いかというと、例えば資本主義にも欠点がある。バランスが肝要で、国家が共産化すると、人類の営みは挫折、失敗の結果に終わる。完璧な国家運営はないとも言える。いやしくじった。笠井氏の話からどんどん遠ざかってしまった。
ここは無理にでも軌道修正するしかない。

笠井信輔氏は、「海底軍艦」が公開された1963年当時、まだ生まれたての赤ちゃんだった。私の経験だと、映画に軍人が登場する時、まず十中八九、反戦思想で見る観客がほとんどだ。特にGHQが徹底して言論統制を行なった大東亜戦争は、海軍のとんでもない暴挙から始まった。当時、子供だった私でさえ、「何んでハワイを奇襲したのか。山本五十六は米国の生産力を熟知し、周囲にも説明していたはずだ。それなのに、開戦劈頭(へきとう)、ハワイを攻撃するとは何事か」と既に疑問だった。

ところが、当時の山本五十六評はすこぶる高い称賛のムードばかりで、大学時代だったか、TBS系列の月曜ロードショーで解説の荻昌弘氏は「連合艦隊司令長官・山本五十六」放映を前に、一冊の英語書籍を掲げ、「アメリカでは最も優れた日本軍人は、山本五十六だと言っています」と説明していたが、この時ようやく20代に達していた私は、「こんな危険なカケのように戦端を開いた男をアメリカが称えるのは、何か裏がある」と思った。こんな私でさえ疑問を抱いたのだから、全国には首を傾げた人がおおぜいいたと察する。そして、海軍はハワイのあと、つまり東へ進む東進策のあと、さらに南進し過ぎ、ガダルカナルへという愚挙に走った。
一方、陸軍がまだ力が不足していたソ連を討つ北進策か、あるいはインド洋へ侵攻して制海権をとり石油を確保し、それからさらに西進侵攻して軍事力の弱かった英国をたたくという、しかもそろそろ国力衰退しつつあったドイツとスエズ運河あたりで合流して一気にイギリスをたたけばという案は、かなり納得出来るものだった。
ひどい脱線となった。急ぎ笠井信輔氏に戻る。
笠井氏は今でもフジテレビを家族のようなものと公式ブログにつづる心優しい人である。神宮司大佐を時代錯誤の寂しい人物と酷評しても不思議ではない。







ところが、笠井氏は映画公開年はまだ終戦から20年ほどしか経っておらず、神宮司のような旧軍人がいても何も不自然ではないとハッキリおっしゃっているし、神宮司の祖国への思いに理解を示している。
さよう。神宮司を戦争キチガイとかさび付いた鎧を着る亡霊なぞと平然と言い放つ旗中進のほうが、礼儀知らずだし、戦後生まれとも思えぬ年齢にもかかわらず、思想に柔軟性が全くない。
笠井信輔さんが海底軍艦に言及してくれなかったら、このブログ下書きも存在しなかった。

さて、最後になるかどうか、私がこの映画に見た優れたシーンをつづってみる。
早々と思想中庸にまとまってしまった神宮司に対し、ムウ帝国皇帝は最後まで威厳と誇りを保って遂に、大爆発で逆巻く故国の海へ身を投じて消えて行った。かつて、1956年、昭和31年「空の大怪獣ラドン」がラストシーンで怪獣ラドンに感情移入する映画として注目されたが、私にはこの1963年、昭和38年「海底軍艦」も、ムウ帝国皇帝陛下に得も言われぬ哀切、哀感を禁じ得ず、「願わくは配下の者たちと共に、安らかにお眠りあれ」と鎮魂の意を捧げたい作品である。



旗中の機転でムウ帝国皇帝を人質に脱出、轟天号に救出された一行に交って、ムウ帝国皇帝が物おじせず、神宮司と対等に言葉を交わすシーン。二人の会話を再現してみる。
ムウ皇帝「神宮司、無駄な抵抗はやめよ。ムウ帝国に勝てるつもりか」
神宮司「無駄な抵抗はあなたのほうだ」



ムウ皇帝「ムウ帝国は必ず勝つ。世界を支配するのはムウ帝国じゃ。たとえ余は殺せても、ムウ帝国の心臓は滅びぬ」
神宮司「ムウ帝国の心臓 ? 」
旗中「ムウ帝国の心臓と言える神聖なところで、地熱を利用した動力室です」
神宮司「場所は ? 」
新藤技師「はっ。ムウの宮殿よりさらに地下10キロのところにあります」
ムウ皇帝「その通りじゃ。あきらめて降伏せよ」
神宮司「そちらがあくまで降伏を迫る以上、我々は絶対に攻撃を中止せん。ただし、平和な話し合いならお受けしよう」
ムウ皇帝「無礼なッ ! 」




もしもムウ大陸が一万二千年前に太平洋に没したのが真実で、ムウ帝国が実在したのなら、その皇帝はちっぽけな一国家のそれとは異なる風格を持っているはずで、広大無辺な帝国の皇帝としての矜持(きょうじ)も大いに持ち合わせているはずで、例え神宮司が万能戦艦の建造者であっても、ひるむことなき威厳を湛えていて当然である。
以上の会話シーン分けても「無礼な」と鋭く言い放つ皇帝の一言(ひとこと)の場面は、制作期間の制約著しき条件下の作劇とは思えぬ整然たる完成度を思わせ納得させるものだ。

最後に、笠井信輔氏は、我々リアルタイムで鑑賞出来た者たちが言葉でうまく語れない「海底軍艦」の見どころを見事に巨細に語ってくれた。改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。前途のご健勝とご多幸をお祈り致しております。






















☆編集後記☆
比較的最近、神宮司大佐をほうふつとさせる戦記漫画が大ヒットした。『沈黙の艦隊』である。世界情勢は何も戦い無き平和な世界へ移行すべく推移しているものではない。海江田四郎二等海佐は、さび付いた鎧を着た亡霊なぞではなく、原潜やまとはキチガイに刃物でもない。確かな基本知識無しに映画を語るべからずと言っておく。これもまた慧眼の持ち主、笠井信輔さんが指摘していたことで、私は全く思いつかなかった。なお、戦記ものは、小説、漫画を問わず、なかなか厳しい批評が寄せられぶつけられるものだが、これも仕方あるまい。実は私は巷間名作漫画と評価されている、と思われるちばてつや氏の『紫電改のタカ』を恐らく作者とは別の意味で失敗作と断じている。機会を改めてつづってみるつもりだ。





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最終更新日  2025.03.18 19:32:29
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