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ミューザ川崎シンフォニーホール 14:00〜 3階脇 ベートーヴェン:プロメテウスの創造物 序曲 ピアノ協奏曲第3番ハ短調 <独奏アンコール>ショパン:マズルカ? メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調「スコットランド」 ピアノ:田部京子 東京交響楽団 指揮:飯守泰次郎 というわけで、徐々に各オーケストラ演奏再開しております.... 何処のオケも1席空けがどうやら標準になりつつあるようで、東響はこのスタイルで空き席があるので販売しております。丁度今日は予定もないし、と思って、行ってみました。 でも、やっぱり東響なんだよなぁ..... 世評では東響はいいオケ、なんだそうです。でも、そう言われるから、時々聞きに行ってはみるのですが、つまらないんですよね。大概。 あのですね、拡がらないんですよ。纏まろうとするんですよね。まぁ、それは必ずしも悪いことではないのだけれど、纏まっておしまいなんですよね。たまに、本当にごくたまに、10回に1回、くらいかなぁ、その先にちょっと出ることもなくはないけれど、それもあってたまに行くんですけれどね。でも、正直言うと、CD聞くのとあんま変わらない.....ミューザになってから、ここはお化粧度合いが結構激しくて、下駄履かせてもらえるので、「いい」と言われる度合いは少なくないと思うんですけれどね。でも、多分この纏まりの良さが評価されていて、私はそれだけなら生で聞く必要はあまりないと思っている。 週末朝のモーツァルト・マチネシリーズなんかは、割といいですけれどね。纏まってることそれ自体でそこそこ聞けちゃう面はあるし。割と「その先」が出る率も大きい。まぁ、でも、やっぱり、東フィルの方が断然いいよね、と。別の言い方をすれば、そういうオケなら、N響聞けばいいじゃん、というね。 じゃぁ行くなよ、って言われればそうなんですが、まぁ、博打狂いみたいなもんですからね.... で、今日はというと、はい、定常運行でした。但し、東フィルの時とは違って、どちらかというと悪い意味で。 東フィルへの身贔屓もあろうと言えばあるでしょう。でも、今日まず以っての功労者は飯守泰次郎、でしょうか。纏まりの良さが前に出る演奏ではあった。ただ.....それ以上の何か、は、なかったかなぁ、と。いい席で聞いたら違うんだ、というのもあるかも、というのは否定はしません。でも、お上手ですね、という以上の言葉が出て来ない.... お上手なのはいいんですよ。でも、それだけのことだったら、別に生で聞かなくてもいいよね、というのが本音。というか本音を言うと、集中力もたないです。退屈だから。こういうのが好きな人にはいいんでしょうけれども。 この演奏会、ニコニコ動画で配信したらしいですが、まぁ、そういう中継とかには確かに向いてると思います。ただ、それは私が聞きたいものではないなと。だから、じゃぁ行くなよ、って話なのはよーくわかるんですけれどね。ただ、一つ指摘するならば、ニコニコで無料配信したと、それで1万人とか聞いたかも知れないけれど、それはオーケストラを続ける上で糧になるんでしょうか。 いや、生配信が悪いわけではないんですよ。ただ、ね。こないだの木曜日に、サザンオールスターズが無観客ライブ配信して、視聴権が3,600円だとか。で、具体的な数字は調べてないけれど、それこそ数十万人だかがチケット買って聞いたわけでしょう?ジャズだって、Blue Noteが配信でライブを見せていて、先週末には小曽根真がやって、視聴権が3,500円ですよ。で、あれも数百人は聞いたんじゃないかな?私も遅れて見ましたけど。お金払って。正直、お金払って見るほどなのか...ってちょっと思いはしたけれど。でもとにかく何某かの金になる。 東響のこれは、金になったの?お捻りとかもあるのかも知れないけれど、基本、無料ですよね。 それは措くとして、とはいえ、確かに中継配信といった聞かれ方には向くような演奏ではあると思います。東響は。纏まって破綻しないようにするから、聞きやすいですしね。 まぁ、いいんじゃないでしょうか。皆さん東響はお好きなんでしょうから。私は、やっぱり、これだったら生で聞くほどではないなぁと。博打は続けるから、たまには聞きに行くでしょうけれど、ね。定期会員を辞めてしまったのは、やっぱり、正解なんだろうなぁ....モーツァルト・マチネは、復帰しても悪くないかもだけれど....... 今日の演奏は、なので、そういう意味で定常運行。あの、流石に飯守泰次郎ですからね、それなりに良かったですよ。でも、纏まっちゃってるんだもん。とにかく。協奏曲は代役で田部京子、これもまぁ悪くないけれど、「ええ、そうですね。ベートーヴェンの3番ってこういう曲でしたね」という感じ。聞き慣れ過ぎてる?いやぁ、それいったら先週の東フィルの「新世界」なんてもっと退屈する筈ですよ。だから、そういう問題では、多分、ない。 アンコールは、多分ショパンのマズルカだったと思うのだけれど。これは良かったですよ。 後半はメンデルスゾーンの「スコットランド」。こちらの方がまだ良かったかなぁと。ただ、やっぱり纏まってしまっているのは変わらない。それが俄かにいけないとも言えないけれど....破綻するよりはそりゃいいですからね。でも、そういうものを求めて聞きに来ている訳ではないのですよ.... 響きとか。旋律の歌わせ方とか。デュナミークの迫り方とか。それが具体的なホールという空間の中で、ただ楽譜を具現化するだけでないその一歩先の何かを求めて生で聞く理由なのですけれどね.... 公平に言って「いい演奏」なんだろうと思います。でも、私はこれだったらN響聞きに行きます。勿論東フィルの方がいい。別に共感は求めないけれど、やはり、「あれは確かに整っているけれど、でもあれは本当はつまらないんだよ」ということは言っておきたいと思うのですね。 それはそれとして、これはお小言。プログラムの「スコットランド」の解説がおかしいのですよ。 まぁ、なんでスコットランドくんだりまで行ったのかとかいった話はともかく、こういう一節がありまして。「当地で訪れたホリールードハウス宮殿の朽ち果てた礼拝堂にて、彼はシラーによる戯曲の題材にもなったブラッディ・メアリの異名をもつ女王メアリー・スチュアート(1516〜1558)に思いを馳せ、...」(Symphony 2020年6月号 8p.より) あのですね。ググってWikipedia見れば一目瞭然なんですが(Wikiを信じるかどうかはともかく)、生没年が1516年/1558年なのは、イングランド女王になったメアリー1世です。このメアリー1世はスコットランドとは縁もゆかりもないない人で、ヘンリー8世の娘として、ヘンリー8世逝去後に即位したエドワード6世の後を継いで即位した人。「ブラッディ・メアリー」の異名は、このカソリックゴリゴリ(実はこれは問題で、何故ならこの時には既にイングランド国教会が出来ているので)の女王がプロテスタントを迫害したから、と言われているのですが、この時はまだイングランドとスコットランドは別の国。 で、スコットランドのメアリーとは、メアリー・スチュアート(1542-1587)。この人は幼少の砌にはフランスに逃れてフランス王妃だった時期もあるのですが、その後夫であるフランソワ2世がさっくり逝去してしまったのでスコットランドに戻って、王位に就くのですが、その後色々ちょっとえげつない昼ドラ+火曜サスペンス劇場 x 10くらいのゴタゴタの末に廃位されて、最後はイングランドに逃れて、エリザベス1世の庇護下で、エリザベス1世庶子(事実)なので王位正当性が無くて自分の方がイングランド王に相応しい(継承権を主張出来る血筋はあった)から王位寄越せ運動を散々に起こした挙句にとうとう処刑されるという、そりゃもうすんごい御仁。ところが多分プロテスタント「迫害」なんてやる暇なかったんですよ。もうこの時期にはスコットランドは貴族ですらカソリックとプロテスタントが入り乱れていて(但しイングランド国教会ともまた違う)、そんな簡単な話ではなかった上に、メアリー自身が男出入りが激しくてそれどころじゃなかったという.....当然、敬虔なカソリック教徒だったメアリーは苦しめられはしましたが。 なんかこの解説はとにかく「メアリーが主題!」って言いたいらしいんですが、そもそもこの人誰のことか分かってるんだろうかというね。因みに、英国史、或いはスコットランド史としては、メアリー・スチュアートは、どちらかというと「愚かな恋多き女性」といった認識ではないかと。物騒な話は無いではないですが、ドイツ農民戦争みたいな宗教戦争の首謀者的な扱いとはちょっと違うかなと。 メンデルスゾーンは、勿論知っていたと思いますよ。 個人的には、メアリー・スチュアートが主題って訳ではないとは思いますけれどね。彼女の悲劇的な生涯それ自体は着想の内にはあるとは思いますが.....無論、私は研究した訳じゃないし、根拠はありません。ただ、全然違う人を引き合いに出して解説しちゃうようなのよりはよほどマシだとは思いますけれどね。
2020年06月29日
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昨日聞いてきた東フィルですが、今年中の定期演奏会の組み替えが発表されていました。 東フィルは今年度から1月から12月をシーズンとしていて、残りは7月、9月、10月。加えて、8月に、延期になった3月公演を繰り延べ予定だった訳ですが… まず、7月は、チョン・ミュンフン の予定が来日中止で、佐渡裕で、演目もベートーヴェンのコリオラン序曲と7番。 8月には3月公演予定だったミハイル・プレトニョフ指揮の「我が祖国」。但し、渡航制限が解けない場合は中止、だそうです… 9月には、アンドレア・バッティストーニ。本来は「フランチェスカ・ダ・リミニ」をやる予定だったのですが、こちらも演目変更して、ベートーヴェンの献堂式序曲、レスピーギの「鳥」、シューマンの2番。フランチェスカ・ダ・リミニは後日再演予定だそうです… そして10月は、チョン・ミュンフン 。本来はマーラーの3番の予定でしたが、こちらは本来の7月の演目を横滑りで、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と英雄。(独奏も一緒で服部百音) 少なくとも来月は、今月同様休憩無しでしょうね。「我が祖国」は元々休憩無し。9月のバッティストーニは、どうなんだろう。 夕べブログ書きながら、TVを観ていたら、バッティストーニがメッセージを寄せておりまして。うん、早くバッティストーニの八面六臂の指揮が見たいなぁ…
2020年06月22日
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オーチャードホール 15:00〜 3階中央 ロッシーニ:セヴィリアの理髪師 序曲 ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 op.95 「新世界より」 東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:渡邊一正 いやぁ.......エントリーとしては、11ヶ月ぶりです.... つか、前回復活って書いてから1ヶ月経ってるし.......まぁ、書くことなかったですからね..... コロナでコンサートの類が次々とキャンセルになったのが3月から。新型コロナ感染者が次々増える中、4/7には政府の緊急事態宣言が出て、もうコンサートどころじゃなくなって、それが解除されたのが、東京は5/25。そこから、感染者が2桁レベルで行ったり来たりしながらも、徐々に自粛要請の解除が進んで行く中で、コンサートも復活させる動きが出る中でのこのコンサートです。 コンサート、特にオーケストラのそれはいわゆる「三密」(密接、密集....あとなんだっけ?あんみつ?)が舞台上も客席も避け難いぞ、どうするんだ、という中での再開です。今週ようやっとお客を入れてコンサートをやる動きが出てきた中での、大手のオーケストラではこれが初めてではないかなと。昨日(6/20)に大阪センチュリーだかがやったらしいですが、東京ではこれが口切でしょう。ネット中継とか、室内楽レベルはあったらしいですが.... いや、いろいろくどくど書いてますが、正直、今の状況が今後どうなるか分からない中で、後々どういう環境だったのか、わかんなくなっちゃいますしね...... 緊急事態宣言解除から暫くして東フィルからアナウンスされたのは、出演者変更、演目変更、払い戻しか席再配分のどちらか選んで、ということ。 そもそもをいえば、東フィルの定期演奏会の場合、2月のチョン・ミュンフン指揮の「カルメン」はやったんですね。その後、3月のミハイル・プレトニョフ指揮の「わが祖国」のコンサートは、今のところ8月に延期。4月は佐渡裕のバーンスタイン・プロが中止。そして6月公演はというと、元々はプレトニョフが再来日して、シチェドリンのカルメン組曲とチャイコフスキーの組曲第3番をやる予定だったのですが、プレトニョフは来日出来ず、演目も上記の通りにして、約1時間の休憩なし一本勝負の公演。指揮は渡邊一正。 今のところ、当面の東フィルのサイトでの定期公演等のチケットは、8/4の平日の午後のコンサートまで表示されていて、全て予定枚数終了の表示が。この辺については今日プログラムにも今後の予定の説明チラシが入ってましたので、改めて書こうと思います。 そして、この公演に関しては、払い戻しか、席の再配分を受けて聞くか、寄付して下さい、とのこと。そりゃぁまぁ苦しいでしょうからねぇ。で、再配分を受けて聞いてきました。結果、元の席とそう変わらない所でしたが、さて、それはともかく、どんな様子なのやら? 席を知らせる葉書には、推奨入場時刻が書いてありましたが、なんと14時.....いや、それは、さすがにちょっと.......で、申し訳なくもボツボツと、それでもいつもよりは早めに行きました。場内では、ミニコンサートみたいなのをやったりしていたようですが、あまり客席に行くのもアレだなぁと思って、ビュッフェへ。ビュッフェは営業休止で、給水器も停止中ですが、カウンターなどで持ち込んだ飲み物は飲めるので。 そもそもの入場は、葉書を見せて入るだけ。体温測定もあり、なるほどこれは時間がかかるだろうと。プログラムはいつもは手渡しで配られるのですが、今日は入った先のテーブルに置いてあって、自分で取る......要は最近のLFJ方式ですね。LFJも昔は手渡ししたものですが...... 3階席でしたが、右手は誰もアサインされておらず。左手はそこそこ入ってましたが、基本は1席開けるスタイルのようでした。ただ、その上で結構空席はあって、実質2, 3割の入りといった所だったかと。 舞台上は、何せ3階から見ていたのであまり細かくは分かりませんが、編成は12-10-8-8-6だったかと。これを、オーチャードホールの舞台幅を使い切る感じに配置していました。といって、ヴィオラ側はそこまでではないし、見た目もそれほどの違和感は無く。ただ、第1ヴァイオリン12本だと、普通は5プルト入って、その後ろは指揮者や独奏者が通れるようになってるところ、舞台端まで使い切ってる、という程度。 弦楽器の間には特に仕切りのようなものはなし。ただ、最後方の金管群(トランペット、トロンボーン、チューバ)はそれぞれの間に仕切りがあった様子。そして、その前に居る木管群の席に透明な板を足す、というスタイル。これは、弦の最後尾も同様にしていました。一方、舞台下手にホルンが配されていましたが、ホルンの後ろに打楽器がいて、その間に大きな透明板の仕切りが伸びていました。ホルンはベルが後ろ向きますからね..... オーケストラが入ってくると、途端に拍手が、全員入るまで続きました。ちょっと異例といえば異例。でもいつも通りでないのは、まぁ、言えばこのくらい。 演奏は、普通に良かったです。 何しろ3ヶ月以上、うっかりすると4ヶ月ぶりの演奏ですから、どうなることかとも少しは思っていましたが、変更が決まってからなのかどうか、相当練習はしたのでしょうか。普通にちゃんと、通常運行な感じです。えーと、アインザッツが合わないのも含めて通常運行(苦笑) でも、良かったですよ。ロッシーニもだけれど、ドヴォルザークも、特に。言えば安全運転なのかも知れないし、逆に結構タメるところがあって、でも、それも含めて普通にいい演奏。 そう、普通、でした。通常運行。この4ヶ月空いての定期演奏会で久々に演奏してのこれが、なんというか、拍子抜けするくらいに通常運行。もちろんこの通常運行をやる為の準備たるや大変だったと思いますが、この通常運行感が頼もしい。 聞いてる側としては、格別の感慨とかがあるかといえば、正直言うと「ほっとした」といった感じでしょうか。あの、元々、そうそう感動したりする人じゃないんで、というのはあるんですが、思いの外「ほっとした」という感じでしたね。 「新世界より」は、実は、東日本大震災の時、翌々日の2011年3月13日にチェコフィルで聞いたのが、経験としては如何とも忘れ難いのですが、正直あの時に比べると、余程落ち着いてるよなぁ、と。あっちとこっちと較べて云々、ではなくて、ただ、今回は、ある種特別な感情、というなら、やはり「ほっとした」という感じなんですよね。何にほっとしたのかはよく分からないけれど、敢えて言えば、「ああ、ちゃんとそこにあるべきものがあるなぁ」といったところなのでしょうか。 いや、演奏は良かったですよ。イングリッシュホルンも素晴らしかったし。 聴衆は皆マスク装着。終演後は入場券がわりの葉書に住所氏名を記載して箱に入れて帰る。 東フィルの定期は、明日と明々後日、初台とサントリーで同じプログラムをやる予定ですが、まぁ、きっと上手く行くだろうと思っています。
2020年06月21日
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