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私がなぜこの「八甲田山」にかくも注目しているかと言うと、これが「橋本プロダクション」という独立プロの制作で、しかも「砂の器」と並んで日本映画の歴史に残る名作だからだ。 二作品とも原作があるから、もちろんその力は大きい。しかし、私は両作品ともに読んでいるが、これは映画のほうが原作を超えている稀有な例になっていると思う。 「砂の器」は悲しき人間の宿命に迫った力作だった。そこに日本人の機微に触れる日本の四季の美しさを盛り込んで、多くの観客の心を掴んだ。 これに対し、「八甲田山」のテーマは「人間と自然の闘い」である。来るべき対露戦争に備え、酷寒の環境下での訓練を必要とした帝国陸軍。別々の部隊がその困難な任務に挑んだ。 弘前歩兵31連隊は徳島大尉(高倉健)以下一小隊40名。対する青森歩兵第5連隊は神田大尉(北大路欣也)以下四小隊200名。徳島隊の行軍距離は200キロに対し神田隊は50キロ。徳島隊は兵員を必要最小限にし、徳島大尉が全責任を負い、土地の住民を積極的に道案内に雇い、困難な任務を完遂する。対する神田隊にはお目付け役として山田少佐(三国連太郎)が同行し、指揮命令系統が混乱、結局これが神田隊全滅に至る要因となる。 徳島隊は自然の驚異に畏怖し、力づくで克服するのでなく、綿密な準備によって妥協点を探し、一人の犠牲も出さずに任務を遂行するのに対し、神田隊は自然の猛威を侮り、零下30度の吹雪の中で198名もの死者を出してしまうのだ・・・ 神田隊が雪の中で一人、また一人と倒れていく描写が凄まじい。ある者は凍り、ある者は寒さに気がふれて、着ている服を脱ぎ捨て狂死する。合成も特撮も無いから、役者は吹雪の中で監督のOKがでるまで何時間も立ったまま待つ。だから倒れる演技はもはや演技ではないほどの極限状況で撮影されているのだ。 監督をはじめ、エキストラを含めた全スタッフの恐ろしいほどの情熱がひしひしと伝わるのと同時に、とにかく人間の介入など絶対に許さない冬の八甲田の恐ろしさが、これでもかこれでもかと嫌になるほど迫ってくる。時折、雪に埋もれた場所の春や夏の様子がカットインされる。季節を変えて同じ場所を撮影したものなのだが、それがまた自然の美しさと厳しさの両面を瞬時に理解させてくれるのだ。 「人と自然」の関わりは近年ますます重要な問題となっている。この映画はその古くて新しいテーマに真正面から挑み、大変な労力を結集して成功した作品として長く歴史に残る存在となったのだ。本当にすごい作品だと改めて感じた。一見の価値があります!八甲田山 完全版【SVBP-7】 =>20%OFF!《発売日:00/02/19》不朽の名作!砂の器 【DA-129】 =>20%OFF!《発売日:02/02/21》
2005年04月29日

先日偶然TSUTAYAで映画「八甲田山」の中古DVDを見つけ、懐かしくて購入してみた。 「八甲田山」は1977年に公開され、当時の日本映画界空前の大ヒットとなった作品。明治35年の1月に起きた、陸軍青森第5連隊198名が八甲田山で遭難、全滅した事件の映画化である。 この映画の公開時、私は確か中学生。映画館で見たし、その後TVでも見てストーリーは知っていたが細かいところはだいぶ忘れてしまっていた。北大路欣也が吹雪の中で「天はわれわれを見放した!!」と絶叫するシーンがTVスポットで流されたので、覚えておられる方も多いと思う。 このDVDには非常に詳細なライナーノーツがついていて、これを読んで初めて分かったのだが、なんとこの八甲田山と「砂の器」は全く同じ制作集団「橋本プロダクション」の制作だったのだ。しかも両作品は公開時期は異なるものの、実は全く同時期に構想されていた。 名脚本家である橋本忍が「八甲田山」の脚本を担当したことは知っていたが、制作全体に深くかかわっていたのは全く知らなかった。 「橋本プロダクション」は昭和48年、橋本忍、野村芳太郎、森谷司郎、大山勝美(TBS)、佐藤正之(俳優座)、宮本進(電通)の6人で結成された。邦画界の現状に飽き足らず、メジャーの映画造りでは出来ない作品を作ることを目標とした。この集団が、今も日本映画史に燦然と輝く二大名作を世に送り出したのだ。 当時の邦画界では、ベルトコンベアー式に映画が量産され、時間をかけて良質の作品を作ることが困難になっていた。 「砂の器」の重要なファクターである、主人公親子が日本全国を旅する映像は、独立プロならではの少人数ロケ隊(たったの6人!)が一年以上をかけてロケした成果であった。そして「八甲田山」の製作期間はなんと3年を要したのである! CGも合成もほとんど無かった時代の映画である。主人公はもちろん人間だが、厳冬の八甲田でのシーンがこの映画の最大の見せ場となる。そのシーンをどう撮るか?でこの映画の成否が決まるといっても過言ではなかった。様々なカメラチェック、ロケハンを繰り返した結果、他の場所での撮影は一切やらず、本当の雪が降り積もる青森県内で撮影することが決まった。 当時の俳優の拘束期間は最大で連続40日。殆ど全てが天気頼みのロケだから、撮影には膨大な時間がかかった。そして完成までに3年という歳月がかかったのである。 八甲田山 完全版【SVBP-7】 =>20%OFF!《発売日:00/02/19》 ~この項 続きます~
2005年04月28日
ナクソスの日本作曲家選集の新盤、黛敏郎作品集を聴いた。正直言って私は黛の音楽はよく分からなかった。私の「ワースト交響曲」コーナーにも氏の「曼陀羅交響曲・涅槃交響曲」をランク・インさせている。これって交響曲っていえるの?という思いが強かったからなのだが、今回のナクソス盤では世界初録音も含まれているので期待して聴いてみた。 その初録音、「シンフォニック・ムード」(1950年作曲)と「ルンバ・ラプソディー」(1948年作曲)は結構面白かった。原始的・野性的リズムは師である伊福部譲り、西洋的音楽理論で語る東洋旋律、とでもいうべきか。思うにこの辺りまでは「西洋+東洋」という、当時の日本人作曲家が誰しも目指した方向を指向していたのではないか。 だが、あくまでも自分のオリジナルをどん欲に、徹底的に追及した結果、彼は独自の音響世界を指向し、梵鐘の音色を起用、仏教・密教の世界を音楽的に表現する曲を作っていく。そしてそれらの作品は国内よりも海外で高く評価された。 数年ぶりに「曼陀羅交響曲」を聴いたがやはりよく分からない。この曲を理解するにはこの「梵鐘のコード」の意味、更に仏教・密教に関する知識がどうしても必要なのだろう。果たして私にこの曲が理解できる日が来るのだろうか、と改めて考えさせられた。 ところで、この「日本人作曲家選集」の解説を一貫して担っている片山杜秀氏のテキストが今回もまた大変素晴らしい。このシリーズは今までに・矢代秋雄(1929-1976)・大栗裕 (1918-1982)・橋本国彦(1904-1949)・松平頼則(1907-2001)・山田耕筰(1886-1965)・芥川也寸志(1925-1989)・大澤壽人(1907-1953)・諸井三郎(1903-1977) ら8人の作曲家を取り上げているが、いずれも解説が非常に詳細で、どこからこのような資料を集めたのか?と本当に関心してしまう。これらの解説を一気通巻して読めば、ある程度日本のクラシック音楽史に通じることが出来るのだ。本当に素晴らしいシリーズであると共に、今後の発展がますます楽しみなシリーズだと思う。
2005年04月24日

来週の連休4月29日~5月1日の三日間、東京で面白い音楽祭が開催される。タイトルが「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2005」。 フランスの港町ナントで95年に始まったクラシック音楽祭。「ラ・フォル・ジュルネ」とはフランス語で「熱狂の日」という意味で、「冒険と発見に満ちた音楽の旅へ」をテーマとし、毎回10万人以上を動員、しかもその6割以上がクラシック初心者で、子供達も大勢含まれているという。 その型破りな音楽祭が今年のGWに有楽町の東京国際フォーラムの各会場で開催される。全館三日間でなんと150公演!。出演アーティストは約1000人、料金は一公演平均1500円程度で3歳以上の幼児もOK。これはなかなかすごい規模だ。 今年のテーマは「ベートーヴェン」。ある会場では交響曲が、隣ではピアノソロが、そしてオープンスペースでは室内楽が、という具合に、東京フォーラム五つの会場で切れ目無くベートーヴェン・プログラムが開催される。 聴き方もそれぞれに、自由に組み合わせられる。交響曲やピアノ協奏曲全曲演奏を楽しむも良し、お気に入りの曲を聞き比べるも良し。ヴァイオリン協奏曲など、実に5人のソリストの競演が聴けるのだ。またこの機会にベートーヴェンの名曲を一気に聴く、ということももちろん出来る。「英雄」「運命」「皇帝」「田園」「春」「クロイツエル」「月光」・・・改めて書き出すとなんと表題がついている曲の多いことか・・・それでけ万人に親しまれている、ということなのだろう。 これは今までになかった規模の開かれた音楽祭だと思う。GWにお時間のある方は、ふらりと覗いてみるだけでも面白いのではなかろうか。私もこの「熱狂」を是非体験したいと思っている。 ※詳しくは http://www.t-i-forum.co.jp でどうぞ。運命と7番は、先ずこれを聴きましょう!【音楽CD】ベートーヴェン:交響曲 第5番 ハ短調 作品67《運命》(1)交響曲 第7番 イ長調 作品92(2)古いですが、気に入っている録音です。ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲すごい演奏!しかも安い!【音楽CD】バックハウス/ベートーヴェン:四大ピアノ・ソナタ集鍵盤の獅子王の技を聴け!ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番・第5番「皇帝」ひとつのスタンダードといえるでしょう。【音楽CD】《カラヤン/ベートーヴェン:交響曲全集》こんな映画もありましたね~不滅の恋 ベートーヴェン デラックス版【PIBF-7553】 =>20%OFF!《発売日:03/09/26》
2005年04月23日

最近はホントにクラシックのコンピレーション・アルバムというか、ライトクラシックのアルバムが多くなってきているような気がする。先日川井郁子の「オーロラ」というCDをいただいて聴いてみた。川井郁子/オーロラ 川井自身の作曲した曲と、ホルストの「惑星」から「木星」や、クライスラーの曲などをちりばめてあり、肩の凝らないライトクラシックの「王道」のような演奏。我が家の子供達も「これってクラシックなの?」と聞いてくるほどの「軽さ」なのだ。アルバムタイトルの「オーロラ」はそう云われればそんな感じかな、という曲。 私が音楽で「オーロラ」を強く感じる曲は、フィンランドの現役作曲家ラウタヴァーラの交響曲第7番「光の天使」。この第一楽章が非常に幻惑的な響きで、まるでオーロラが目の前で変化していくような、他の作曲家では聴いたことがない旋律なのだ。キーンとした北欧の寒い夜、どこからともなく現れたオーロラが、さまざまな色彩の変化を繰り返しながら消えていく、そのさまをまるで音楽にしたような、不思議な不思議な曲なのだ。 もし機会があれば、この曲をヘッドホンステレオで聴きながら、オーロラを見てみたいものだ。 ラウタヴァーラ 交響曲第7番「光の天使」(1994)[L.SEGERSTAM指揮/HELSINKI PO ’95 ONDINE]
2005年04月21日

カラヤンとワイセンベルクで演奏したチャイコフスキーのピアノ協奏曲DVDが発売されたので購入してみた。カラヤンはすでに15年前に亡くなっているが、ワイセンベルクは今どうしているのだろう?この組み合わせの演奏で初めてラフマニノフのP協を知った身としては思わず懐かしくなって買ってしまった。 まず、演奏がどうのこうのという前に(1967年の収録なので)カラヤンが若い! 現在ソニーから発売されている「カラヤンのレガシー」シリーズの収録年がほぼ1980年代なので、この映像での彼はずいぶんと若く見える(そうは言ってもすでに59歳だったのだが)。まだまだ腕も肩より上まで上がっているし、身振りも後年の映像に比べてずいぶん激しい。 このころまだ家庭用ビデオなどというものが無い時代に、ほぼ無名に近かったワイセンベルクを起用して音楽ソフト制作を敢行したカラヤンの先見性は、やはりたいしたものだといわざるを得ないだろう。 映像は60年代ということもあって、背景がいきなりピンクやブルーのサイケ調になったりして変な部分もあるが、概ねその後のカラヤン・スタイルに近い。各楽器パートの大げさなアップとカラヤン自身がかっこよく撮られる造りになっており、通常よりもなぜかワイセンベルクのピアノがオケとちょっと離れたところで演奏している。ワイセンベルクの手だけがアップで映され、その超絶技巧をクローズアップする箇所などは、思わずこの曲の難易度の高さを感ぜずにはいられない。 演奏はそれ以前のリヒテルとの競演とは異なり、明らかにカラヤン流の音作り。どちらかというとシンフォニックな面が強調され、ワイセンベルクは与えられたパートを正確無比に演奏するマシンのようにも見える。まぁそこがカラヤンのお気に入りの理由だったのかもしれないが・・・ とはいえ1980円という価格で(多少歴史を感じさせる映像だが)この名曲の壮大さを十分堪能させてくれる演奏。カラヤン好きなら見ても損はない。カラヤン壮年の激しい指揮が見られます。
2005年04月18日
カラヤンとワイセンベルクで演奏したチャイコフスキーのピアノ協奏曲DVDが発売されたので購入してみた。カラヤンはすでに15年前に亡くなっているが、ワイセンベルクは今どうしているのだろう?この組み合わせの演奏で初めてラフマニノフのP協を知った身としては思わず懐かしくなって買ってしまった。 まず、演奏がどうのこうのという前に(1967年の収録なので)カラヤンが若い! 現在ソニーから発売されている「カラヤンのレガシー」シリーズの収録年がほぼ1980年代なので、この映像での彼はずいぶんと若く見える(そうは言ってもすでに59歳だったのだが)。まだまだ腕も肩より上まで上がっているし、身振りも後年の映像に比べてずいぶん激しい。 このころまだ家庭用ビデオなどというものが無い時代に、ほぼ無名に近かったワイセンベルクを起用して音楽ソフト制作を敢行したカラヤンの先見性は、やはりたいしたものだといわざるを得ないだろう。 映像は60年代ということもあって、背景がいきなりピンクやブルーのサイケ調になったりして変な部分もあるが、概ねその後のカラヤン・スタイルに近い。各楽器パートの大げさなアップとカラヤン自身がかっこよく撮られる造りになっており、通常よりもなぜかワイセンベルクのピアノがオケとちょっと離れたところで演奏している。ワイセンベルクの手だけがアップで映され、その超絶技巧をクローズアップする箇所などは、思わずこの曲の難易度の高さを感ぜずにはいられない。 演奏はそれ以前のリヒテルとの競演とは異なり、明らかにカラヤン流の音作り。どちらかというとシンフォニックな面が強調され、ワイセンベルクは与えられたパートを正確無比に演奏するマシンのようにも見える。まぁそこがカラヤンのお気に入りの理由だったのかもしれないが・・・ とはいえ1980円という価格で(多少歴史を感じさせる映像だが)この名曲の壮大さを十分堪能させてくれる演奏。カラヤン好きなら見ても損はない。
2005年04月18日

先日、ショスタコ自身が自作の交響曲第7番「レニングラード」についてどう考えていたのだろう、と書いた。そういえばソロモン・ヴォルコフ編の「ショスタコーヴィチの証言」ではどのように触れているのだろうと思って書棚から引っ張り出して読んでみると、やっぱりあった。 このあまりにも有名な「証言」は、ショスタコが自分の死後西側で出版することを条件に、親友であったヴォルコフに託した遺言のようなもの。彼は75年に69歳で没し、この本は79年にニューヨークの出版社から発売され、それまでのショスタコの音楽評価を根底からひっくり返す大騒動に発展した。 なにせスターリンや共産党の連中は当然として、ソ連体制下の音楽関係者をけなす、けなす。プロコフィエフやグラズノフ、その他多くの作曲家が実名で登場し、辛辣な批判にさらされる。 もっとも凄いのは、ショスタコの交響曲の多くを初演し、「ショスタコ音楽の最大の理解者」と自他共に認めるムラヴィンスキーを「彼はまるで理解していない。私が交響曲5番と7番で歓喜の終楽章を書きたかったなどとは全く間違っている。あれは抑圧された音楽であり、それが理解できないのは耳がないのも同然」・・・大指揮者ムラヴィンスキーの面目丸つぶれである。 この本の中で彼は「レニングラード」に関して大体このように述べている。『7番は戦争が始まる前に構想していたので、ヒトラーの攻撃とは関係ない。「侵略の主題」は実際の侵略とは全く関係がない。これは人間性に対する別の敵のことを考えていたのだ。7番が「レニングラード交響曲」と呼ばれることに反対はしないが、それはスターリンが破壊し、ヒトラーがとどめの一撃を加えたレニングラードのことを主題にしているのだ』 この「証言」の内容が、それまでのショスタコの内外での発言とあまりにも異なっていたため、内容の信憑性を巡って大論争が起きた。しかし、独裁者に逆らえば即殺されていた体制の中での発言に一体どれほどの意味があったろうか。 彼は『私の交響曲の大多数は墓碑である』とも述べている。だからと言うわけではないが、私にはまだ彼の殆どの交響曲が理解できないでいるのだ。 中公文庫版・水野忠夫訳
2005年04月16日

昨日今月の新譜はどうもイマイチ、などと書いてしまったが、一週間ぶりにHMVに寄ってみたらそんなことはなかった!この数日のうちに続々と面白い盤が店に並んでおり、ついつい購入してしまった。 内容は、・ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」 スヴェトラーノフ指揮(93年ライヴ録音) [DAPHNE]・ボリス・チャイコフスキー:セバストポル交響曲/シベリアの風他 フェドセーエフ指揮 ※もう一人のチャイコ! [CHANDOS] ・E.BOEHE 交響詩集 アルバート指揮 [CPO]・バーバー&メイヤー ヴァイオリン協奏曲 ハーン(ヴァイオリン) ※新譜ではない [SONY]・ブラームス:交響曲第1番 オールソップ指揮 (女性指揮者) [NAXOS]・マーラー:交響曲第5番 飯守範親指揮 [EBS]・黛俊郎:バレエ音楽「舞楽」/シンフォニック・ムード他 湯浅卓雄指揮 [NAXOS]・スメタナ:「わが祖国」全曲 クーベリック指揮(91年ライヴ録音) [ALTUS] なんと最後のクーベリックを抜かして全て輸入盤。最初に聴いたスヴェトーノフのレニングラードが期待に違わず凄い演奏。最終楽章終結部のコーダをあそこまで引っ張りまくった演奏は未だかつて聴いたことがない。さすがロシアの誇った重戦車だけのことはある。 試聴した限りでは女流指揮者オールソップのブラ1もなかなか期待できそう。 黛の音楽は決して好きではないが、ナクソスの「日本人作曲家」シリーズは全て集めてあるので半分仕方なく購入した。 ということで週末はこれらのCDのレビューをしてみたい。今から楽しみだなあ。 (追記) ショスタコーヴィチの交響曲で一番有名なのはやっぱり第5番「革命」だろう。反社会主義の作家としてレッテルを貼られかけ、命の危険を感じたショスタコが起死回生でぶち上げた傑作交響曲だ。これを聴いたスターリンをはじめとする共産党幹部は狂喜乱舞、昨日までの冷遇は吹っ飛んでいきなりスターリン賞授与、国民的英雄に祭り上げられる。しかし今日では、この曲は「勝利の凱歌」などではなく「恐怖におののきながら無理やり楽しそうに踊る犠牲者の哀歌」という解釈が多数を占めるようになった。 5番は「ショスタコーヴィチの証言」の中でショスタコ本人が解釈を述べているが、7番はどうだったんだろうか? 歴史的には、ナチスのレニングラード包囲戦中に「勝利を祈る」ために書かれ、レニングラード解放と同時にトスカニーニがアメリカで初演した。演奏には80分から90分程かかる超大作。ナチスドイツの祖国への侵入と荒廃した国土、傷つき倒れた者たちへの鎮魂、そして最後の闘争から輝かしい勝利へ、という大音響絵巻が繰り広げられる。 レニングラードはドイツ軍によって一年近く包囲されていたから、その様子を描く音楽も長いのかも・・・と思えるほどにとにかく長い。数年前にゲルギエフの指揮で聴いたことがあるが、さすがの彼をもってしても中だるみを感じてしまった。 名盤として名高いのがバーンスタイン/シカゴ響。シカゴ響でなければついていけないのでは、という程の、マーラー演奏ばりの入魂演奏だ。そしてお国物だから当然、スヴェトラーノフやフェドセーエフの演奏は凄まじい。 昨日購入したスヴェトラーノフ盤はスエーデン放送交響楽団、93年のライブ録音。彼の四種ある同曲録音中、最高の出来と言われているらしい。とにかく彼の演奏は非常に個性が強く、楽譜なんか関係あるかー!みたいなところがあって(それも魅力なのだが)、この演奏も最終楽章のねちっこさは天下一品。最後の和音ってあんなに伸ばしていいの?って改めて驚いてしまった。 この作品は一般的に「レニングラード戦勝利」の祝典曲、ということになっているが、実際その制作意図には、隠されたものはないのだろうか?実演はちょっと中だるみしたけど、CDは問題ありません【音楽CD】ショスタコーヴィチ:交響曲 第7番《レニングラード》
2005年04月15日
CD業界の新譜は大体月の中旬~下旬に発売されるので正確には3月の新譜というべきなのかもしれないが、今月は不作。先月ラン・ランのラフマニノフ、ティーレマンのブル5が輸入盤で出ているので、今月はその国内盤が出ているものの、それ以外に食指が動くものが無い・・・ 先日シヨップに寄ったものの、結局ピアソラのライブ編集物とフォーレの管弦楽曲集(既発売物)を購入したにとどまった。 それにしてもフォーレの曲は、春の宵に聴くのにぴったりだな、と感じている。日本の春の宵には、西洋音楽であるクラシックは(たとえ静かな曲でも)どうもうるさいと感じてしまうことが多いのだが、フォーレは別格。あの寂しげな、たおやかな美しさがなんともいえなく心地よく響く。彼の薫陶を受けたショーソンやフランク、ロパルツ達の音楽も美しいが、静謐な美しさではやはりフォーレにはかなわない。私はそんなにフォーレを聴く方ではないが、今の時期、桜を眺めているとふと、彼の音楽が頭をよぎるのだ。
2005年04月14日
先週の中国における反日デモはひどかった。しかしそれが詳細に映像に捉えられていたおかげで、そのデモの性格も非常にわかり易かった。 デモの参加者は皆顔を隠そうともせず、笑いながら投石をしていた。若い世代が非常に多かった。彼らは幼少より徹底的な愛国教育・反日教育を受けて育った世代。中国の国旗を掲げ、自国の敵に対して正義の鉄槌を下すのは当然、と教えられて育ったはずだ。まるでスポーツを楽しむような表情で投石やシュプレヒコールをしていた。 若い世代を洗脳するのには10年あれば事足りる。かつてヒトラーの第三帝国は徹底的な思想教育で「愛国者」を仕立てていった。その教育を受けたものは、ダビデの星の末裔たちに暴力を振るい、石を投げる行為を何とも思わなかったのだ。あの光景を見てそうした歴史の記憶に思いをはせたのは私だけではあるまい。 中国が繰り返し指摘する「日本は歴史を歪曲化し、謝罪しない」という点については、日本にも落ち度はある。太平洋戦争は、米・英・蘭に対しては自衛戦争だったが、中国に対しては侵略戦争だった。この点はきちんと分けて考えるべきだと私は思う。時代がまだ帝国主義の時代だった(正確にはもう終焉近くだったが)とはいえ、また、当時の中国が明確な政府を持たない混乱状態だったことを差し引いたとしても、遠く中国本土まで攻め込んだ行為は侵略以外の何物でもなかった。その部分をも正当化しようとする人たちの歴史認識は間違っていると思う。 しかし、戦後中国との国交を回復する過程で日本は時の中国政府に謝罪している。それに対して「戦争を起こしたのは軍閥であり、日本人民ではない」と戦時賠償を放棄したのは時の周恩来首相である。当時の日本人はその高潔な発言に驚き感謝したものだ。中国人はあの周恩来の発言を忘れてしまったのか。 さらに、異なった形の戦後賠償として日本は中国に対し、30年以上にわたってODAという形の援助をしてきた。しかしこの膨大な金額の援助事実も、一般の中国国民には全く知らされていない。そうした事実を全く伝えず、中国政府は自らの政権維持のために過去の亡霊を煽り立てている。 双方共に言い分があり、問題があるのだ。しかしその主張を暴力で正当化するのだけは許されない。それはなんの解決も生まないからだ。 どちらかといえば日本側は今まで具体的な事実を挙げて反論するのを控えてきた。今度の外相会談では徹底的な話し合いが行われることを望みたい。
2005年04月12日

先日の野村芳太郎監督逝去に鑑み、今日改めてDVD「砂の器」を久方ぶりに見た。 改めて思ったのは、この作品はミステリーではあるものの、「旅の映画」の要素が非常に強い映画であるということ。 今西刑事(丹波哲郎)は犯人の手がかりを追って東奔西走する。秋田の羽後亀田、鳥取の亀嵩、伊勢、金沢、大阪・・・それは犯人である和賀英良(加藤剛)が、かつて父親と二人で歩いた辛い道のりそのものだった。脚本を担当した橋本忍氏が、「この作品を父子の旅の映画にしようと考えた」と言っているとおり、四季を通じて日本列島を縦断する壮大なロケを敢行している。 観ていてふと思ったのが、映画のキーポイントになる鳥取の「亀嵩」駅がまだあるのだろうか、とうこと。結論から言えば昨年のTV版でもロケに使用され、全く健在なのだが、ネットで探しているうちに東京紅団さんのページに出会った。 このHPは、芥川や太宰ら日本文学の名作の舞台を旅し、現在の姿を訪ねて歩くという非常に面白いページになっている。「砂の器」のコーナーも存在し、作品の舞台を訪ねている。 文学作品を読んだ者は少なからず、作中に登場する場所が実際はどういうところなのか、一度は目にしたいものだと思う。それが大都市ならば偶然行くことも出来るだろうが、山奥の小さな小さな駅となると実際は不可能に近い。それをこのHPでは丁寧にやっているのだ。きっと主催されている方は大変旅の好きな方なのだろう。私もいつか、「砂の器」の舞台を歩いてみたいと改めて思った。作中の「ピアノと管弦楽のための組曲・宿命」はこのCDで聴けます ワーナーミュージック CPC8-3042 1470円
2005年04月10日
先週サントリーホールのオープンハウスイベントに行った際に知った「こども定期演奏会」に小5の娘と出かけた。 この催しは、東京交響楽団とサントリーホールが共催する日本初の本格的な「こどものための定期演奏会」。指揮者の大友直人が曲の構造や歴史をやさしく解説してくれる。今年ですでに4年目になる。 この「こども定期演奏会」は年4回。チケットは4回分一括で、大人も子供も一万円(一回分2500円)。残席が出た場合は1回券3000円だそうだ。定期会員券は4回とも同じシートがリザーブされる。 今年のテーマは「音楽の町」。・4月9日 パリ・7月2日 ロンドン・9月3日 ウイーン・11月26日 サンクト・ペテルブルクという世界四箇所の町にゆかりの深い作曲家の作品を演奏していく。本日は今年度一回目の「パリ」。曲目は・ベルリオーズ 「ローマの謝肉祭」・サティ 「ジムノペディ第一番(ドビュッシー編曲)」・ドビュッシー 「交響詩 から第三曲」・サン・サーンス 「序奏とロンド・カプリチオーソ」・フォーレ 「レクイエム よりピエ・イェズ」・ラヴェル 「ボレロ」 といった、こどもにも親しみやすい曲が並んでいる。「ローマの謝肉祭」と「ジムノペディ」では、大友氏が曲の終結部の秘密を丁寧に解説。大人でも十分楽しめる内容だった。演奏ももちろん、通常の演奏会並みに力が入っており、決して手抜きなどではない。 また、今年のテーマ曲を一般公募の小6男子の曲(もちろん編曲はしているが)にしたり、サン・サーンスではヴァイオリン独奏に高1の長尾春花を迎えてみたり、様々な工夫を凝らしている。子供も楽しめたようだ。 前回のオープンハウスの時にも書いたが、こうした催しは是非どんどんやってほしい。クラシック音楽に親しむということは、音楽の美しさに触れることはもちろん、他国の文化や歴史に親しむ大きなチャンスになる。そうした体験は、将来必ず子供の役に立つはずだ。 東京には多数の楽団があるのでこうした催しに触れる機会は多いが、現在では地方にも立派なホールが数多くある。あとはそのホールを使って、是非こうした催しを普及していって欲しい。
2005年04月09日
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野村監督が亡くなった。 多作家で「拝啓天皇陛下様」のような喜劇や、「事件」「鬼畜」といった松本清張物、「八つ墓村」「キネマの天地」など多くの秀作を残しているが、私にとっての同監督の映画といえばとにかく「砂の器」だ。 この映画に関しては何度も書いてきたのであまり言及しないが、練りに練った橋本忍の脚本に、一年以上をかけたロケで撮影した四季折々の美しい映像、さらに芥川也寸志監修の不滅の音楽が見事に融合した、日本映画史に残る映画だ。 最近の日本映画には見られない、時間をたっぷりかけた映像は、何度見ても素晴らしい。私は高校一年のころに初めて見たが、「日本映画にもこんなすごい作品があるんだ!」と、邦画全体を見直すきっかけになってくれた一本だった。 確か晩年は、911にちなんで世界の映像作家が作品を提供した映画祭に作品を出品していた記憶がある。米軍のイラク侵攻に対しても強く反対していた。激動の昭和を経験した映像作家がまた一人、去っていった。合掌。テレビ版とは次元の違う素晴らしさです砂の器 【DA-129】 =>20%OFF!《発売日:02/02/21》法廷物の草分けですね事件 デジタルマスター修復版
2005年04月08日
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今朝の天声人語が、60年前の今日、九州南端坊の岬沖で沈んだ戦艦大和について触れていた。 戦艦大和。日本が生んだ、当時世界最大・最強の軍艦。当時の仮想敵国アメリカの戦艦に勝つために、また量的劣勢を補うために、当時の造船技術の粋を集めて建造された。所詮人殺しの兵器であると言ってしまえばお終いだが、その建造を可能にした技術は世界最高水準であった。 私がローマの小学校に通っていたころ、イタリア人たちが知っていた日本についての数少ない単語が「大和」「ゼロ戦」「ホンダ」「カミカゼ」であった。好むと好まざるとにかかわらず、戦争における優秀な兵器の名前は歴史に残るものなのだ。 もちろん私は戦争を否定するものだが、日本人がアジアで唯一「大和」や「ゼロ戦」という機械工学の粋を作ることが出来たという事実は、世界史的に見ても賞賛されて良いことだと思う。それは明治以来、先達の方々が血のにじむような努力をして西欧諸国の先端技術を学び、研究した成果なのだから。 中でも大和という船は(兵器とはいえ)美しい。私は刊行されている資料を数種類持っているが、知れば知るほどその技術力には圧倒される。 しかし、いくら美しくても、戦艦として生まれた大和の末期は悲惨だった。航空機の直掩がないまま300機にのぼる米軍艦載機の攻撃を受け、僅か二時間の戦闘で「不沈戦艦」はあっけなく沈んだ。3721名の将兵が共に沈んだ。これに対し、米軍の損害は僅かに戦死者14名である。「光輝ある栄光を後世に伝へんとする」大義のもとに行われた水上特攻の犠牲はあまりにも大きい。 「戦艦大和」こそは、大日本帝国の栄光と悲劇の歴史を見事に体現した建造物だった。その最後は悲惨だったが、今でもその名前は日本人のみならず、世界中の人々の記憶に残っている。今日はそんなことを考えた。当時大和に乗り組んでいた吉田満氏不朽の名作、「戦艦大和ノ最後」を読むことが出来ます鎮魂戦艦大和(上)
2005年04月07日

昨年のカンヌ映画祭グランプリを取った「オールド・ボーイ」をレンタルで見た。原作は週刊漫画アクションで連載されていた同名の漫画だが、制作は韓国。監督・脚本・音楽・出演者に至るまで全て韓国勢で固められているので、純然たる韓国映画。タランティーノが「完璧だ!」と称えたとかで、すでにハリウッドでリメイクが決定しているとか。 荒筋は簡単。ある男が拉致され、なんと15年間も倉庫の一室に監禁される。一切外出は出来ないが、TVは見られるし食事は運ばれる。就寝時間になると催眠ガスがでて「規則正しく」眠りにつける。眠っている間に髪も切ってくれるのだ。 ただし、「なぜ、誰に監禁されているのか」という説明は一切ない。主人公は毎晩悪夢にうなされ、自問自答を繰り返すが、他者とは一切接触できないまま15年間の時が流れる。その間、主人公の妻子は殺され、彼がその犯人ということにされてしまうのだ。 そして15年後、突然彼は解放される。その時から、犯人をめぐって執拗な復讐劇が始まる・・・ 恐ろしい物語だ。まったく架空の話なのだが、リアリティがありすぎて「ひょっとしたら身近に起こりうるのかも?」などと思わせる程の作り。なによりも主人公をはじめ登場人物たちの演技が秀逸。これは日本で作らなくて良かった、と唸らせる出来だ。 数ヶ月前に同じく韓国映画の「殺人の追憶」を見て感動したと書いた。両作品に共通するのは凄惨な暴力シーンとむなしさなのだが、フィクションとしての映画のクオリティとしてみた場合、両作品の出来は非常に高いと思う。 人間の絶望感、悲しさ、その合間に見せる優しさ、そして時折はさまれる韓国の田舎の風景の美しさ・・・それがすべて高度な計算の上に成り立っているのが分かるのだ。そしてなんといっても主人公を演じたチェ・ミンシュク(シュリの北朝鮮コマンド隊長の役)の演技のすごさ。彼は韓国の実力派トップスターとのことだが、今の日本にはあんな質感のある俳優はほとんどいない。殺気を放っていた若きころの山崎努、と言ったところだろうか。韓国映画の質の高さをまざまざと見せ付けられたような気がした。 はっきりいって鑑賞後の後味が良い映画ではないのだが、ハリウッドでのリメイクなど全く必要のない、強烈な魅力を放つピカレスク・フィルムである。鬼気迫る迫力です!オールド・ボーイ プレミアム・エディション-DVD-〔送料無料キャンペーン中〕これもすごい迫力です!殺人の追憶【ASBY-2609】 =>20%OFF!《発売日:04/08/27》
2005年04月06日
今日はサントリーホールがオープンハウスとなり、一日中出入り自由となるイベントがあったので小5の娘と出かけてみた。 「オープンハウス サントリーホールで遊ぼう!」というイベントで、ホール前のカラヤン広場にはさまざまな屋台が出ており、家族連れでかなり賑わっていた。 普段は勝手に出入りできないホール内を自由に歩き回ることができ、学生オケのコンサート、オルガンコンサートや指揮台での指揮者体験など子供が楽しめるイベントが盛りだくさん。小学生以下の幼児たちも楽しそうにホールの中を駆け回っていた。 サントリーホールはこれまでもこどもの日等にちなんで子供向けコンサートをやったり、ホールの中でイベントをやったりしてきたが、今日のように一日中出入り自由のオープンハウスにしたのは初めてではないだろうか。このような催しは、通常足が遠のきがちなクラシック初心者の方たちにホールを気軽に体験してもらい、その中で音楽に親しむ機会を作れるので大変有意義だと思う。 オケの演目は「運命第一楽章」・「愛の挨拶」「ニュールンベルクのマイスタージンガー前奏曲」という名曲だが、やはりホールで聴く生の音は、CDなどとは比べ物にならないと思う。 それにバッハのトッカータとフーガ、やはり生で聞くパイプオルガンのすごいこと。周りの子供たちも度肝を抜かれていたようだ。 ヨーロッパは各地に大小のホールがあるうえに、さらに教会まであるから、子供たちがクラシック音楽に接する機会は日本に比べて当然ながら高い。これは長い間の歴史と習慣によるものだから仕方ないが、日本でも税金を投入して各地に相当数のホールが出来たのだから、今日のようなオープンハウス的な催しをどんどんやって、音楽の楽しさを知らしむべきだと思う。サントリーホールも、一年に一回といわず、こうした催しを複数回開催してほしい。 それにしてもサントリーという会社は、サントリーホールを作ったという一点において企業の社会的役割を立派に果たしたといえるだろう。不祥事ばかり起こす企業が圧倒的に多い中で、稀有な成功例だと云えるのかもしれない。
2005年04月03日

鈴木秀美が10年ぶりにバッハの無伴奏チェロソナタを録音した。1570年クレモナ製のチェロ、「アンドレア・アマティ」をひっさげての旧録音は素晴らしい出来。昨年廉価版が出て購入、あっという間に我が愛聴盤となってしまったので、今回はどのような変化があるのだろうと期待しつつ聴いてみた。 一聴して気づくのは、アマティの音色の変化。旧録よりもたいそうなめらかで、甘い音に変化している。そして驚いたのは、なんというか肩の力を抜いたというのか、非常に穏やかな演奏になっていること。旧録の組曲第一番、あまりにも有名なプレリュードの演奏時間が30秒以上違い、新盤の方がゆったりとしている。他の楽章にはこれほど大きな差異は見られないが、この音の絵巻の冒頭がこれだけ違うとびっくりしてしまう。 旧盤は、挑戦者としての鈴木の意気込みが伝わってくるような、力のこもった演奏だった。それに比べこの新盤のなんと穏やかなことか・・・と思いつつライナーノートを開いたら、鈴木のこんな記述があった。 『世の中でこの組曲は特別に扱われ、ややもすると神聖視されているようにさえ感じられる。(中略)バッハはこれを晩年に書いたのではなく、およそ30代の半ば、まだ若くエネルギー溢れるときにかいたのだ。一生の集大成、総決算のような姿勢でこの曲に向き合うのは、必ずしもこの曲に近づく最良の道といえないのではないか。そんなことを思い、作曲当時のバッハと同じ年頃の間に弾きたいと考えて行ったのが第1回目の録音であった』 それでも私には、初めて臨んだ旧録は、やはり力の入った演奏に聞こえた。上記の考え方は、あれから10年経過したこの新録においてようやく、非常に分かりやすい形で顕在化したのではないだろうか。録音も今回の方はSACD仕様で、「より原音に近い」と鈴木本人も大変納得しているようだ。 私自身の好みはどちらかというと旧盤のアプローチなのだが、確かにこの曲を神聖視し、必要以上に厳かな演奏を好んできた気もする。この機会にこの新盤をじっくり聞きこんでみたいと思った。穏やかで美しい演奏です <BVCD 34028-29><追記> 夜中に帰ってみると、BSで昨年のゲルギエフ・WPO来日演奏を放映している。演目はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。終楽章しか観られなかったが、このイェンフィム・プロンフマンというピアニストの超絶技巧がすごい。というかこのプロンフマンって誰?私は全く名前を知らなかった。100キロはあるであろう堂々たる体躯から繰り出される圧倒的でダイナミックな音。HMVで検索しても全くヒットしない。日本では全く無名の人だと思うが、なんで無名なのか?どなたかご存じならば教えて下さいませ。
2005年04月01日
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