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小学館からクラシック音楽の入門用CDつきマガジン「クラシック・イン」が発刊された。隔週刊で全50巻。1号のみ490円、続巻は980円。 いわゆる「クラシック名曲集」的なものは2~3年に一回、どこからか出ていると思う。最近はこうしたマガジン+CDやDVDが流行のようだ。 娘が読んででみたいというので1号を購入してみた。第1号はモーツアルトで、P協奏曲第20番と26番「戴冠式」、それにトルコ行進曲。演奏はバレンボイム指揮のイギリス室内管弦楽団。演奏家は主にEMI系で固められている。 隔週刊のマガジンということで、作曲家基礎知識やCDガイド、池辺晋一郎の「名曲のからくり」や紫門ふみの「名曲ごちそうさま」といった連載があり、作曲家の出身地が美しいビジュアルで紹介されている。このあたりには「楽しく読ませる」工夫が見て取れて、入門ガイドとしては合格だと思う。 とはいえ、やはり疑問だったのが選曲。全50巻とはいえ、「作曲家が50人」ではないのだ。モーツアルトが5巻、ベートーヴェンが5巻、チャイコが4巻、ドヴォルザークが2巻。この感覚はいかにも古い気がする。マーラーとブルックナーなど2人で一巻。巨大な交響曲だからハイライトになるのは仕方ないとしても、内容が全く異なるのだから別々にすべきだろう。 モーツアルトとベートーヴェンは多少多くなるのは仕方ないとして、モーツアルトのP協で2巻も費やす必要があるのだろうか。(ちなみにもう片方は21番と27番) 個人的に入れておくべきだと思ったのは日本人作曲家。伊福部、吉松、武満など、そろそろ名曲選にいれてもいい日本人作曲家は随分いる。「クラシックは西洋のもの」という古い固定観念がある限りは無理かな。 エルガーもいつまでも「愛の挨拶」ではないだろう。「エニグマ」か「交響曲第一番」くらいは入れるべきだ。ブラームスも2巻で交響曲第1番と第4番。どちらか削ってP協2番を入れたほうが良かったのでは? 笑ったのはハチャトゥリアンの「剣の舞」が入っていること。やっぱりこれは外せないんだなあ。でもプロコイエフは「古典交響曲」もないし、スクリャービンの「法悦の詩」くらいはそろそろ入れてもいいんじゃないか・・・ イギリス音楽でいえばディーリアスも抜けているようだ。まあエルガーも「愛の挨拶」だけなんだから、ディーリアスの出る幕はないのかもしれないが。 などなど、選曲を言い始めるときりがないが、やはり感覚的に古い感じと、どうしても「癒しのモーツアルト」の名声に頼っているように見受けられる。でもまぁ読み物がきれいで面白そうだし、全巻集めればそれなりに名曲を聴いたことにはなると思う。これからクラシックを聴きたい、という方には無難でお勧めできる内容と言えるだろう。 蛇足だが、(当然ながら)演奏はEMI系中心なのでその曲のベスト演奏が必ず付いているわけ訳ではない。ベートーヴェンの5番をいまさらサヴァリッシュで聞かされても・・・などと思うのは私だけではないだろうなぁ、きっと。初心者の方にもラトルの演奏の方が良かったのではないだろうか。それにしても、これも楽天では売っていないんですなあ。クラシック・イン
2005年01月30日
昨日、たまたまネットで小林研一郎/日フィル定期を発見。シューマンP協とマーラーの「巨人」の組み合わせ。結局少し遅れて後半に間に合った。日フィルをはじめ在京オケは、後半から入るとかなり値引きしてくれるのがいい。「ビジネスマンの得券」とチケットにハンコが押されている。A席5500円が3500円になるのだ。 サントリーホールの入りは9割くらいか。さすがコバケン、やっぱ人気があるんだなあ。昨年聴いた5番はイマイチだったけど、今夜はどうか?と思って聴いたが・・・ 結論を先に言うと、やはり今夜もイマイチだった。理由は幾つかあるが、まずは全体のテンポ設計。私には遅すぎる。全部で1時間ちょっとかかっていたが、全体的に遅い。最終楽章の最後、金管が総立ちになって強奏する部分はプレスティッシモになって迫力があったが、面白かったのはそこだけだった。 前回の5番の時にも書いたが、コバケンのマーラーは、細かいテンポの起伏がない。楽章全体が早いか遅いか、なのだ。そして大抵かなり遅い。マーラーの感情の揺れ、神経質なまでのテンポの起伏が再現されないとマーラーの音楽の魅力は半減する。(それゆえオケの負担は大変なものだと思う) また、曲のテンポが遅いということは、奏者に相当の負担をも強いる。全員が音を同じタイミングで延ばすのは、かなりテクニックがいるはず。残念ながら、この点に関しても、オケはコバケンの要求に十分に答えられていると言い難かった。あちこちで色々ミスが聴いて取れた。 これでコバケンのマーラーを2回聴いたが、どちらもイマイチだったのが残念。チェコ・フィルとの「復活」のCDは素晴らしい出来だったということは、オケの技量の問題なのだろうか・・・
2005年01月28日
先日十数年ぶりに大学時代の友人N氏と会い、クラシック談義で盛り上がった。 おさるのクラシック音楽熱はかなり遅いスタートで、高三の秋から。大学に入ってようやくベートーヴェンやブラームス、ブルックナーの全交響曲に手を出し始めたのだった。 N氏とは大学のクラスが一緒で、クラシックが好きと云うことでウマがあった。というより、当時N氏は一人暮らしをしており、家で夜間LPを鳴らせない私が、頻繁に彼の家に通って聴かせてもらったのだ。 夜、食事もそこそこにビールなど持ち寄ってLPを聴き始める。当時、CDはまだまだ出始めで、数は少なかったし、新譜はまだLPが主流だった。フルヴェンのベートーヴェン第九など随分聴いた気がする。 なにせLPだから、CDのように楽章呼び出しなど出来ない。「この辺かな?」などと言いながらレコード針をおろす。突然音が飛び出るとスピーカーに悪いというので音量を落としておき、徐々にあげていくのだ。そういえば、マニアのK君からLPを借りたときには、「真ん中の穴のまわりにひげを付けないでね!」と注意された。 今のCDも真ん中に直径2センチほどの穴が空いていて、そこに駆動輪がはまってお皿を回すのだが、LPはターンテーブルの中央の棒に、直径5ミリほどのLPの穴を通し、お皿を固定して、ターンテーブルが回るのだ。その際、LPの方の穴にピタっと中心棒を通さないでガシガシやってしまうと、穴のまわりに傷が付く。これを「ひげ」と呼んでいたのだ。K氏いわく、「ひげが付いたLPは価値が下がる」というのだが、最初から転売するためにLPを買っているわけではないのに、変なことを云う人だと思っていた。まあ何本もひげがついたLPは確かに「傷んだ」雰囲気になってしまうのだが・・・ それにしてもN氏宅ではホント、夜通し曲をかけまくった。「この演奏がいい」「ここが好き」「この部分を他の指揮者はどうやっているのだろう?」などととめどなく議論が続き、その度にLPを取っ替え引っ替えした。酒も入っているからそのうち眠くなり、明け方まで聴いて倒れ込むように寝てしまう、というパターンだった。N氏はピアノも弾けたので夜中に弾きまくり、近所から注意されたこともあったっけ・・・週一回はそんなことをしていたような気がする。 学生時代というのは、一部の例外を除いて金は無いが時間はある。だから翌日の心配もせず、あれほどのめり込むことが出来たのだと思う。 クラシックを好きになり始めた頃、N氏宅で朝までLPを聴きまくれたことが私のクラシック音楽好きの礎になってくれている。いい音楽と共に、素晴らしい友人に恵まれたことに心から感謝したい。またいつか、是非あの時のように(今度はCDで)夜通し大音量で聴きまくってみたいものだ。
2005年01月27日

今年はアウシュビッツ解放60周年ということで、ポーランドで記念式典が挙行される。米副大統領も出席するらしい。またぞろ記憶を風化させてはならない、ドイツ人は反省せよ、というメッセージが発せられるのだろう。しかし、真に発信されなければならないのは、アウシュビッツに代表される絶滅収容所がドイツの敗戦ギリギリまで稼働し得たのは、他の国の「見えざる協力」があった、という隠された事実ではないだろうか。 例えば「解放者」としての米英ソは、敗戦までアウシュビッツを一度も爆撃していない。米国のユダヤ人協会は何度も米軍に対して絶滅収容所の爆撃を要請した。しかし驚くべきことに、それらの要請はことごとく無視されている。英軍にしても然り。すでに1942年の後半から制空権は連合軍側にあり、精密爆撃によって都市を灰燼にする能力は十分に備えていたのに、爆撃していないのだ。(連合軍は情報が未確認だったとか優先順位が低かったとかの言い訳をしている)。せめて施設に向かう鉄道線を爆撃していたら、犠牲者の数は桁違いに減っていただろう。 ソ連軍も狡猾さでは負けてはいない。1944年にワルシャワ蜂起が起きたとき、ソ連軍は街のすぐ側まで進撃していたのに、ユダヤ人の抵抗を見殺しにした。反乱は、ソ連軍がわざと侵攻してこないと理解したドイツ軍によって鎮圧され、多くのワルシャワ市民の命が失われたのだ。 ドイツ以外の占領国におけるユダヤ人狩りは、もっぱらその国の警察機構を中心に密告や告発に基づいて実施された。フランスなど、「レジスタンスの国」みたいな顔をして威張っているが、数万人のユダヤ人を絶滅収容所に送っているのだ。 占領国におけるユダヤ人狩りは占領ドイツ軍だけでは到底実施出来ず、その国の官僚機構、国民の協力で初めて可能となる一大事業?だった。オランダ(アンネの日記で有名)・ルーマニア・チェコスロバキアなど、相当数のユダヤ人を送り込んでいるはずだ。 これに対しイタリアやフィンランドは国を挙げてナチスの邪魔をしたらしいのがせめてもの救いか。しかし、当時のローマ法王(確かピウス6世)でさえナチス非難の声明を出さなかったのだから、今の常識では全く考えられない。 しかし戦後、そうした事実の多くは語られなかった。すべてはナチスの狂気のせいにされ(それはもちろん事実だが)、他の国々の(影の)協力事実は闇に葬られてしまった。 「過ちを二度と繰り返してはならない」という言葉は、ナチスの狂気を忘れてはならないのは当然として、全世界の人間誰もが、あのような行為に荷担する恐れがあるということを知らしめる言葉であって欲しいと切に願うのだ。ナチスの所業、ご存じない方は是非お読みください。夜と霧新版 ( 著者: ヴィクトル・エミール・フランクル / 池田香代子 | 出版社: みすず書房 )絶滅収容所でどんなことが行われたのか?シンドラーのリスト スペシャル・エディションワルシャワ蜂起、ゲットーを知らない方に戦場のピアニスト
2005年01月25日

ラトル/BPOのカルミナ・ブラーナ、年末のジルベスターコンサートで中継されたと思ったら二週間程度でCD発売!いやはやEMIの期待の高さが分かろうというものである。 今までライブから2~3ヶ月でCD化された録音が「緊急発売!」と銘打って発売されたことはあったが、二週間程度というのは聞いたことがない。新譜の少ないラトルだから、レーベルも力が入りまくっているようだ。逆に言えばそれくらいの期間で技術的にはCDの発売が出来るわけで、ほんとにすごい世の中だと思う。 演奏はライブ収録独特の高揚感に包まれた、激しい熱気に溢れたものとなっている。あまりに有名な開始部と終結部の激しいこと激しいこと。ラトルの指揮はとにかくリズムを際立たせて、打楽器の音が非常にくっきりと浮かび上がってくる。だからと言って弦パートが押されて聞こえない、てなことにはなっていない。そこはさすがBPOといえようか。「野蛮な迫力」を世界最高の技術で聴くとこうなる、という面白い演奏だ。 ただ、残念ながら私はこの「カルミナ・ブラーナ」という曲を論評するほど聞きこんでいないので、今回のラトル盤が他と比べてどう、と論評できるほどの知見がない。唯一言えるのは、私が持っているデュトワ/モントリオール響に比べれば、格段に野蛮ともいうべき原始エネルギーに満ちた録音だということだ。この曲の一つのポイントには間違いないので、そのような演奏がお好みの方には「買い」の一枚だと思う。 野蛮な迫力! 東芝EMI TOCE55700
2005年01月24日
先ほどふと気がつくと4万アクセスになっていました。キリ番はゲストさんだったようですが、ご来訪くださっている皆様、いつも本当に有り難うございます。11月20日に3万アクセス御礼の日記を書いていますので、ほぼ2ヶ月で1万アクセス増えたことになります。 たまに漫画や映画、さらに無責任な時事放談に飛ぶこともありますが、基本的にはクラシック音楽のページです。このようなページに多くの方々が毎日来てくださるのは、クラシック音楽の衰退が叫ばれる時代に、まだまだ美しい音楽を愛する人達が数多くいる証左であると非常に嬉しく思っています。 正月に宣言した今年の目標に向かって、段々とこのページも改善して行きたいと思います。ますますご意見をいただければ幸いです。 それから・・・5万アクセス達成時にキリ番を踏んでくださった方には、このページ初の記念品?を差し上げたいと思っています(それが何であるかはこれから考えます)ので、どうぞ宜しくお願いいたします。ぎゃぽ~!
2005年01月22日
NHKホールの話題に関連して、東京の音楽ホールについて。 20年前、東京の音楽専用ホールといえば、先ず上野の東京文化会館が挙げられただろう。その後、ここ10年程の間に続々と音楽専用ホールが建設された。 サントリーホール(赤坂)、東京芸術劇場(池袋)、オーチャードホール(渋谷)、東京オペラシティホール「タケミツ・メモリアル」(新宿)などの大箱を筆頭に、室内楽専用ホールは10以上作られたのではないか。オペラ専用では新国立劇場も出来た。 私は演奏会ではほとんど交響曲ばかり聞いているので上記の大型ホールは全て行っているが、正直サントリーホール以外はそんなに素晴らしい音がするとは思えない。特にオーチャードホールなど、後ろの席になってしまうと音の立体感が失われること甚だしく、「なんでこんなの建てたのだろう?」と思ったほどだ。 NHKホールの音のひどさはとにかく論外として、私は上野の東京文化会館の音響が結構気に入っている。もう築30年以上になると思うが、S席かA席でなら、ほぼどこでも素晴らしい音を聴くことが出来る。よくよく考えてみると、欧州の著名な音楽ホールの多くは100年程度の歴史を持っている。ようするに築年数の問題ではなく、建てたときのポリシーの問題なのだろう。コンセルトヘボウ、ドレスデン歌劇場、ウイーン楽友協会、・・・私が行ったことがあるのはコンセルトヘボウだけだが、確かにいい音だった。 国内外のホールで、音響が素晴らしいのはどこなのだろう?皆様のご意見を頂戴したい。
2005年01月21日
仕事の打ち合わせが突然発生したりすることが多いので、最近は予め演奏会を予約せず、もっぱらその日に時間が空くとサントリーホールなどに駆けつけて当日券を求めることが多い。海外オケも超メジャーでなければ完売、ということもそんなに多くはないので、意外に聴けるものなのだ。(BPOやWPOは無理です) しかし国内オケでも例外がある。それは「N響」のサントリーホール定期。これはいつ見ても殆ど完売である。今日もモツ・レクがあるのでサイトを覗いたがやはり完売。 すごい人気だ、と思ってNHKホール定期の方を見てみると、こちらはSからDまで結構空席が残っている。やはり聴衆は正直だ。誰もあのNHKホールでなどクラシックの演奏を聴きたくないのだ。 なにしろNHKホールというのは紅白歌合戦のために立てられたような巨大な箱で、しかも二階・三階席が一階にぐぐっとせり出しているのだから音響的にはむちゃくちゃだ。私もかなり昔に一度だけ行ったことがあるが、あまりの音のひどさに閉口した。そして、N響の実力も大したことないと長い間思ってしまっていた。 それが劇的に変ったのは7年ほど前にサントリーホールで聴いたモーツアルトのピアノ協奏曲。ソリストは大したことがなかったが、オケ全体の水準は非常に高いと感じ、それ以来N響に対する自分の評価も一変した。やはり演奏会場の音響の影響は非常に大きいと思う。 N響はNHKの専属団体で、その給料の何割かは受信料に依っているはずだ。だとすれば、演奏会はなるべく満席にして収益を上げるのは当然だろう。この際、空席の多いNHKホールでの演奏は全部辞めてしまって、サントリーホールに全て移管した方がいいのではないだろうか。その方が観客数も増加し、収益も改善し、しかもファンも喜べるという構造が出来上がると思うのだが・・・どうですかね、アシュケナージ様?
2005年01月20日

「ファスト風土」はファーストフードの変換間違いではない。」「ファスト風土化する日本」(三浦展・洋泉社)という本で著者が作った造語だ。 なぜ不可解で残忍な異常犯罪が地方で続発するのか?を題材に、現代日本の病理に迫った作品。戦後日本がひたすら道路を造りまくったあげく、かつて独自の文化・特色を持っていた地方の独自性は破壊され、全国どこでも同じような風景、ファミレスとマックとジャスコとパチンコ屋が軒を連ねる「ファスト風土」国家が出来上がってしまったという指摘は非常に的を得て刺激的だ。 もともと東京に代表される都会は「危険」であり、それに反してのどかな地方や農村は「安全」だという一般認識が存在した。しかしそれはもはや完全に過去の話。犯罪発生率はもはや地方の方が遙かに東京を追い抜いてしまっている、と様々な調査が物語る。では何故そうなってしまったのか? それは日本全国をくまなく覆い尽くした道路網に原因がある、と著者は指摘する。あまりにも道路が発達した結果、犯罪者は軽々と県境を越えてやって来る。車があれば子供の誘拐も簡単だ・・・ 更に著者は驚くべき指摘をしている。ここ数年の重大事件、例えば佐世保小六殺害事件、柏崎市の女子監禁事件等の発生地域には、必ずスーパーの「ジャスコ」があるのだ。これらの事件と「ジャスコ」はどう関連づけられているのか? ネタばれになるのでこれ以上書かないが、最近読んだノンフィクション作品の中で非常に驚かされた作品だったので、ちょっと取り上げてみました。地方に住まわれている方にはあまり面白くない本かもしれませんが、日本の抱える問題を相当鋭くえぐっていると思いますので、興味のある方には是非呼んでいただきたいと思います。ルポライターといえばこの方でしょう狭山事件 石川一雄、四十一年目の真実( 著者: 鎌田慧 | 出版社: 草思社 )
2005年01月19日
3月7日のサントリーホール、インバル指揮ベルリン交響楽団の演奏でマーラーの交響曲第9番のチケットを確保した。この価格はS席1万4千円。これは感覚的には結構お安い。というか、非常にコストパフォーマンスが高く、購入して満足感が高い金額だと思う。 先ず指揮がインバルだということ。日本におけるマーラーブームを先導した指揮者の一人として必ず名前があがる人だと思う。バーンスタインはマーラー演奏で神のごとく崇められているが、残念ながら日本でのマーラーの演奏回数はそんなに多くはない。 来日して実際に数多くマーラーを指揮した指揮者は、インバル、シノーポリ、ベルティーニあたり、少し離れてブーレーズ、小澤、という感じではないだろうか? そのインバルが音楽監督について三年が経過したベルリン交響楽団の実力はどうなのだろう?こればかりは聴いてみないと分からないが、インバルが無為に三年過ごしたとも思えないし、意思疎通などもかなりスムーズになっているのではないだろうか。 いずれにせよ、蒸し返しても仕方ないがBPOの3万6千円という超高額チケットに比べれば、(オケの実力には開きがあるにせよ)かなりの値頃感を感じることが出来る。あとは実際の演奏が良いことを祈るばかりだ。
2005年01月18日
インバル指揮ベルリン交響楽団が3月に来日し、マーラーの交響曲第9番を演奏するようだ。久しぶりにチケットを予約したい組み合わせがやって来た。 私のマーラー初体験は20年以上も前、バーンスタインの旧全集だったが、残念ながら当時大学生だった私には理解できなかった。マーラーを「いいなあ」と感じられるようになったのはインバルの全集と、シノーポリの演奏に接してからだ。 インバルのマーラーは、デンオンのクレストシリーズで一枚僅か千円で手に入る。録音・演奏共に現在でもマーラー演奏の代表たり得る名作だ。ブリリアントレーベルでは全集が僅か三千円くらいで買えるはずだ。もはや驚愕すべき超お買い得盤なのだ。 彼の全集でとにかくびっくりしたのが4番。とにかく耽美的で美しい演奏で、このCDのおかげで4番が好きになった。特に最終楽章が絶品。 そしてシノーポリ。20年近く前に、初めて日本でマーラー全曲演奏会をやってのけた。あの熱気、あの気迫。マーラー演奏の神髄を存分に味あわせてくれた。でももう彼はこの世にいない・・・ 私のマーラー体験の礎を作ってくれた二人のうち、すでに一人は鬼籍に入ってしまった。だからといっては変だが、インバルには過剰に期待してしまうのかもしれない。ベルリン交響楽団からベルリンフィル並の音を要求してもせんないことだが、音楽監督として丸3年経ち、インバルとの呼吸もかなり良くなってきているのではなかろうか。どんな9番を聴かせてくれるのか、今からとても楽しみだ。
2005年01月17日
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昨日ようやく11巻をゲット、今回も大いに笑わせていただいた。とうとう千秋が「プラティニ国際指揮者コンクール」(もちろん架空:ブザンソンコンクールをもじってる?)で優勝! 今回は駄目かと思ったが、ここでの優勝は千秋にとっての次の災難、ミルヒ・ホルステインとの三ヶ月間指揮者武者修行に繋がっていくのがやっぱりよく出来ている。コンクールはどうしてもまじめなシーンが多くなってしまうので、ミルヒとの修行旅行でお笑いのバランスを回復させるわけだ。 実際、指揮者コンクールの内容は詳細だ。1~3次予選があり、それらには初見演奏、間違い探しも含まれる。最終予選ではソリストとの調整も要求される協奏曲が課題となる。これらの予選を突破するのは千秋様ならずとも大変なのは読者にも納得が行くだろう。 11巻の構成は・千秋の指揮者コンクール優勝・千秋、強制的にミルヒ事務所と契約させられ、武者修行(単にミルヒの付き人とも思えるが)の旅に出発・一人残されたのだめは言葉もわからんし勝手が違うコンセルヴァトワールで七転八倒 てな感じなので、展開がまじめ→お笑い→まじめ(でもかなりお笑い)という感じで起伏があり、大学生活でのちょっとだらだらした?お笑い路線とはまた変わってきていて面白かった。 よくよく考えてみれば、世界的指揮者コンクールだのコンセルヴァトワールだのを舞台にしたら、そうそうお笑いだけだとストーリーが成り立たない。でも「こんなに笑えるクラシック音楽があったのか」(コミック帯より)がウリだから、マジな展開だけでは初心者ファンが離れていってしまう。そこを絶妙な笑いのセンスでつなぎとめていくのが作者(二ノ宮知子)の腕の見せ所なのだ。 私自身はクラシックを題材にした漫画といえば「ニジンスキー寓話」や「ロンド・カプリチオーソ」「変奏曲」「オルフェウスの窓」など、かなりシリアスなものばかりが頭に浮かぶのでその方向でも一向に構わないが、せっかくクラシックを知らない人たちにも楽しんでもらっているのだから、この絶妙なバランス感覚をずっと持続させていって欲しい。 ちなみにこの巻で紹介される曲は・バルトーク:舞踏組曲・ラロ:スペイン交響曲・チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲・ドヴォルザーク:チェロ協奏曲・R.シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番・リスト:超絶技巧練習曲・ロッシーニ:セビリヤの理髪師より「私は町の何でも屋」・ブラームス:交響曲第3番・スカルラッティ:ソナタヘ長調K525と名作が目白押し。早く「のだめコーナー」にアップしたいのだが遅れています・・・お待ちいただいている方々、もう少々お時間をくださいませ~ぎゃぽ~!なんで楽天には最新刊がないのだろう!?のだめカンタービレ(10)私はこれも素晴らしい作品だと思いますニジンスキー寓話 全5巻 有吉京子/作それにしても、新刊がなんでないのかなぁ竹宮恵子作品(サンコミックス) 「七階からの手紙」「ウェディングライセンス」「ロンド・カプ...バックハウスも登場します!でも楽天にはダウンロード版しかないようで・・・オルフェウスの窓 (1)
2005年01月16日

「ベルリン・フィルと子供たち」をようやく見ることが出来た。250人の子供達がBPOの演奏する「春の祭典」に合わせて踊る様子を記録したドキュメンタリーだ。 この「ダンスプロジェクト」は、2002年からBPOの音楽監督に就任したサイモン・ラトルの、「音楽を通して子供達が持つ可能性を伸ばす手助けをしたい」という強い希望で実現したもので、BPOの新たな教育プログラムの一環として2003年から開始された。 8歳から20歳までの、国籍も言語も宗教も異なる250人の、殆どダンス経験のない子供達が集められ、6週間の指導によって見事な舞台を形作っていく様は感動的だ。 子供達の殆どは「春の祭典」や「ストラヴィンスキー」など知らない。最初は「変な音楽」に合わせていやいややっているのだが、段々と振り付け師ロイストン(ダンス・ユナイテッド)の真摯な語りかけに反応し、やる気を出していく。 ロイストンは繰り返し「君たちはやれば出来る。可能性は無限にある」と叱咤激励する。ただ、練習は妥協が無く厳しい。「厳しいことが必要なのだ」とも説く。安易な妥協はせず、子供達一人一人に未来への可能性を信じさせながら、厳しいレッスンを施し、才能を開花させていくのだ。 子供達の中には、両親を殺されてドイツに逃れてきた難民の少年や、成績不良の少女もいる。どちらかというとあまり学校生活になじんでいない子達が多い。だから最初の三週間くらいは練習にも全く身が入らない。ダラダラ、私語、不真面目・・・日本の学校と同じような光景が広がっている。 しかし、一つのことを真剣にやってみよう、自分にもきっと出来る、という事実に気付いたときから彼らの態度は一変する。練習に集中し、一気にレベルが上昇するのだ。 学校というシステムが多くの落ちこぼれを作り出していくのは世界中どこも同じらしい。最初のうち、子供達は「何に対しても自信が無く」「2-3人でまとまって」「失敗を恐れて何もしない」ただの群れだ。でも、一流の振り付け師=教育者の熱心な指導が、「やれば出来る」「自分だって上達する」「自分にも可能性がある」というふうに意識を変革させ、見事な「ダンス集団」に昇華していくのだ。 この映画を見て強く感じたのは「教育」の難しさ、困難さと素晴らしさだ。始めに集まったときの子供達の無気力さは絶望的だ。一体どんな教育を受けていたのだ?そんな子供達が6週間で自分の可能性に目覚める。でももしここにこなかったら?彼らは一生あのままなのか?才能ある一握りの教師にしか子供達は任せられないのだろうか・・・ 途中で、生徒の引率役の教師がロイストンに「何時間も練習させられてもう子供たちは限界です」と抗議するシーンがある。ロイストンは「今妥協してはいけないのだ。この子供たちには厳しさが必要なのだ」とその抗議を一蹴する。 大半の教師はこの引率者と同じなのだろう。ダレた子供に迎合し、瞬間的には物分りがよく見えても、結果的にはこどものやる気や才能は育てられない・・・ここにこられない殆どの子供たちの未来は? BPOの見事な演奏、ラトルの高い理想には本当に感心する。ただ、観劇後に教育の質というもについて、解決されない命題がが残ったのも事実だった。「春の祭典」を知りたい方に。ストラヴィンスキー 3大バレエ・ハイライ
2005年01月14日

ともさんとのやり取りの中でノイマンの白鳥の歌がマーラーの第九であることを思い出し、本日しばらくぶりに聴いてみた。ちなみに私は(今まで聴いた)すべての交響曲の中で、構成の緻密さ、編成の大きさ、内容の深遠さ等における最高の曲はこのマーラーの第九だと思っている。ノイマンのCDは95年に緊急発売されたものを購入していたようだ。 ノイマンはこの録音を95年8月28日に終え、その僅か5日後の9月2日に亡くなった。文字通りこの録音が最期の録音であり、彼の遺言ともいうべきものなのだ。 演奏は文句なく素晴らしい。EXTONレーベルの質の高い録音技術は、おそらくピークにあったであろうチェコ・フィルの美音を完璧に収録しているといっても過言ではない。特に優れているのは管楽器セクションだと思う。マーラーの音楽は管楽器と弦楽器の織り成すポリフォニック(融合的な)な響きが最大の特徴であり、どちらかの技術が劣っているとすぐにそれが露見してしまうのだ。 その点、この録音におけるチェコ・フィルの管セクションの音は最強奏時でもなお十分余裕を感じさせ、ヒステリックになりがちな箇所においても音は崩れない。あくまでも輪郭の美しい音が続いていくのだ。これは相当レベルが高くないと出来ないことであり、殆ど出会えないものだと言ってもいい。 ノイマンは本来収録が予定されていなかったこの曲を突然、録音したいと申し出て、急遽セッションが組まれたらしい。その録音過程はいつになく緻密を極め、特に終楽章については、「これ以上のアダージョはありえない。完全に満足した」と言って立ち去ったという。 演奏は、バーンスタインのように思いのたけを吐露するパターン、カラヤン流の徹頭徹尾音を磨き抜くパターンのどちらにも属さない。三楽章までは丹念で力強いが、最終楽章は過度ではないにせよ別れを予感させる、寂寥感のある作りになっていると思う。私の好みは終楽章のクライマックスを盛り上げる方なのだが、この演奏は節度を保ってあまり耽溺しない、凛とした威厳を感じさせてくれる素晴らしい演奏だ。 思えば人はその生を終えるとき、誰しもが最期の思いを伝える手段を持っている訳ではない。指揮者の中でも、ノイマンのように最期の録音を撮り終えて数日後に亡くなる人は稀だろう。最期の仕事を終えて永遠の眠りに就くー。多くの人が理想とする去り方だろうし、自分もかくありたいと思う。多くのことを考えさせてくれたこの録音に心から感謝したい。ノイマンの「白鳥の歌」です V.ノイマン指揮/チェコ・フィル 1995年録音CANYON Classiks PCCL-003053000円(95年当時) 私のベスト盤ですH.V.カラヤン/ベルリン・フィル 1982年録音DG 439024-2
2005年01月13日

先日、デンオンの廉価盤シリーズ「クレスト1000」の内容が非常に充実していると書いた。先月末発売の第4回発売分にノイマン指揮「新世界」が入っていたので購入してみた。 このディスクは1993年12月11日に行われたドヴォルザーク「新世界交響曲」初演100周年記念コンサートの模様を記録したライヴ盤。演奏はチェコ・フィル、指揮は22年間音楽監督を務めていたヴァーツラフ・ノイマン。 確か10年前にも聴いたことがあったはずだが、今回改めて非常な名演だと思った。よく「曲に共感する」という評があるが、この演奏はこの曲を160回指揮したというノイマンの揺るぎない自信と、作曲者への畏敬の念が大変高いレベルで融合し、共感溢れる演奏になっている。 聴き所は随所にあるが、第二楽章のラルゴが特に美しい。慈しむようにゆっくりとしたテンポ設定が絶妙で、遠い昔に通っていた小学校の帰宅時に流れていたことが懐かしく思い出された。しかも真っ赤な夕焼けの情景を伴って。 ライナーノートにノイマンの言葉がある。『「新世界交響曲」が誕生してから一世紀を超える歳月が流れました。けれども、知り合ったのがつい最近のことのように思えるほど、「新世界交響曲」はその若さを保っています。私はこれまでに160回以上この曲に出会いました。この数々の出会いに感謝を込めて』 これを読んで、評論家の小林秀雄氏が、研究対象を「研究する」といわずに「つきあう」と述べていたのを思い出した。彼は最初にモーツアルトと「つきあい」、晩年は20年近く本居宣長と「つきあって」いた。尊敬する対象と長くつきあい、その本質を学んでいく・・・人生全てに共通する学びの姿勢だと思うが、ノイマンの演奏がそんなことを思い出させてくれた。彼とチェコフィル、そして「新世界交響曲」に感謝したい。この超名演が1000円は絶対に買いです! デンオン COCO-70706 1050円映像はこちらで。100周年記念コンサートが収録されています永遠の巨匠ノイマンライフ・オブ・ア・コンダクター
2005年01月09日

昨年の没後50周年を記念して、フルトヴェングラーの代表的な録音をSACD(スーパーオーディオCD)化したシリーズが発売された。SACDとは現行のCDの何倍もの情報を蓄積できるCDの発展形で、最近段々と録音数が増えてきたのだが、まさか50年以上も前の録音がこのフォーマットで発売されるとは思っても見なかった。 音質は確かに向上している。CDではカットされる超重低音が復元されており、特に「運命」の第一楽章は今までのどのCDよりも迫力が増したと思う。 音源は1943年6月30日の名演の誉れ高い演奏で、長い間フルヴェンファンの間でも最高の演奏とされて来た録音。今年初めての推薦盤としてトップページに挙げたので、詳細はそちらをご覧いただきたい。 いくらSACD化されたとは云ってもモノラルがステレオに変化するわけではないが、生々しい音の迫力はDG盤を遙かに凌いでいる。是非その迫力を聴いてみていただきたい。SACDの迫力! 楽天で手にはいるのはこちらベートーヴェン:交響曲第5番「運命」/シューベルト:交響曲第8番「未完成」
2005年01月08日

昨日の日記「ロボット・スーツ」に多数の期待・共感のメールを頂戴した。「ロボット」という単語からは、「人間を模した機械」がまず頭に浮かぶと思う。haruさんのご意見通り、特に日本人は「アトム」の影響で二足走行(ヒト型)ロボットの開発に熱心なようだ。ソニーやホンダが相次いでヒト型ロボットの開発に乗り出しているのも、単に技術開発の必要性からだけではないだろう。そこには果てしなく拡がるロマンがあるのだろう。 NHKで十年以上前からやっている「ロボコン(ロボットコンテスト)という番組がある。高専部門、大学部門があって、毎年あるテーマに沿って全国の学生達が独創的なロボットを造り、その機能の優劣を競う。最初は国内だけだったが、最近はアジア大会や世界大会まで開かれる盛況ぶりで、世界の学生達の発想がぶつかり合う決勝大会などは見ていて本当に面白いし、その独創性にはいつも驚かされる。 これに対し、昨日の「ロボット・スーツ」は、生身の人体の機能を一部または全補完する技術だ。人間の体の一部を強化するという設定は、現在のSF映画・漫画ではあまりにもポピュラー過ぎて驚かないが、現実に目の前で見ると本当に驚いてしまう。 人体の能力補完をテーマにしたSF映画を挙げていくと結構暗い物が多いが、そうした予測を乗り越えて、人類の未来に貢献する技術であって欲しいと願うのだ。<このテーマで思い出す映画や漫画作品>日本人の「ロボット」の原点ですねアストロボーイ・鉄腕アトム Vol.1こんな映画もありました・・・ロボコップ プライム・ディレクティヴ DVD-BOX ◆20%OFF!<DVD> [GNBF-1053]ここまでいってしまうとやばい?未来世紀ブラジル スペシャル・エディションこれもすごい話でしたね~AKIRA DTS sound edition(通常版)
2005年01月07日
昨日のNHK「クローズアップ現代」で、「ロボットスーツ」なるものを取り上げていた。これは、簡単に云うなら、例えば歩行の不自由な人の足に装着すると、その人の筋肉の動きや脳波からでる微弱な電波によって歩行を助け、健常者の足の運びに近い動き方にまでもっていく、というもの。 たとえて云うなら、SF漫画でよくある設定だが、ロボットに載った主人公の思い通りにロボットの手足が自在に動く、ということ。ガンダムを操縦するアムロ・レイやシャア大佐らはサイコミュ(精神エネルギー)でモビルスーツを動かしていたが、それらの設定がすでに実現化される段階に来ているのだ。 番組では、交通事故により足に麻痺が残ってしまった方に「ロボットスーツ」を装着してもらい、その効果を検証。杖をつき、ゆっくりでしか歩けない人が、きちんとした足通りで歩いていけるようになるのだから驚いた。 言葉だけではわかりにくいかもしれないが、例えば、スカイダイビング選手がパラシュートをまとっているが、あれと似たように、いくつものセンサーが体にベルトで固定されている。そしてブーツを履くようにして足に機械部分を固定する。「ロボットスーツ」というとごついイメージだが見た目には長靴かブーツを履いているようにしか見えない。 番組に出ていたタイプはリュックサック大のコンピューターパックを背負っていたが、すでに現状でその部分もポシェットくらいの大きさに出来るという。 もしこの技術がきちんと実用化され普及すれば、お年寄りや様々な障害によって手足の不自由な方々の生活が一変する、世紀の発明なのだ。番組では筑波大学の研究グループが紹介されていた。 ゲストの立花隆氏は、無限の可能性を秘める技術だと称賛しつつ、兵器技術への転用によっては恐ろしい武器にもなり得るとして、技術の厳重な管理の必要性を語っていた。確かにその通りだが、とにかく一刻も早く実用化段階に達して欲しい、久々に見た科学技術の大いなる夢であった。
2005年01月06日

デンオンの廉価盤シリーズ「クレスト1000」の内容が凄い。2年前から発売が開始され、一枚1000円という超お値打ち価格ながら、その内容が他社の廉価盤シリーズを断然突き放して素晴らしいのだ。 今回の第4回シリーズから加わったのが、・ノイマン・チェコフィルの「新世界より」初演100周年コンサート。・クーベリックが民主化した祖国に40年ぶりに帰って指揮をしたスメタナの「わが祖国」。・インバル指揮のベルリオーズ「イタリアのハロルド」 そしてすでに発売されている中には、インバルのマーラー全集、ショスタコの交響曲。さらにマタチッチのブルックナー5/7/9番。さらにいぶし銀、ザンデルリンクのブラームス交響曲全集・・・殆どがデジタル録音で、80~90年代の名演奏がきら星のごとく揃っているのだ。この内容の高さにはただただ感心するばかり。 他社で同価格帯のシリーズは殆どが相当昔の録音で、下手をすると40年くらい前の録音、しかも必ずしもいい状態では無い物が混じっていたりする。廉価盤といえばいわば「玉石混合」の代名詞なのだが、この「クレスト1000」には「石」が極端に少なく、間違いなく1000円という価格帯では最強ランクのシリーズだと思う。近頃国内盤でこれだけコストパフォーマンスを感じたことは無かった。 ただ、デンオンも近頃は新譜がめっきり減った。同社の録音はシンプルなワン・マイクによる自然なサウンドが特徴で、この伝統を守り、今後も良い録音を制作していって欲しいものだ。たとえばこのフルート協奏曲集もいいですよCREST 1000 155::モーツァルト:フルート協奏曲集
2005年01月05日
月刊「レコード芸術」1月号で毎年恒例の「レコードアカデミー賞」の発表があった。2004年の1月から10月くらいまでに発売された国内盤ディスクから交響曲部門・協奏曲部門・管弦楽曲部門など12部門を設定し、その部門賞の中から大賞を選ぶ方式である。 今年の交響曲部門トップで大賞がゲルギエフ指揮のショスタコーヴィチ:交響曲第4番。銀賞がツイマーマン/小澤のラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番・第2番。 私は各々の受賞をどうこう云うつもりはないが、問題だな、と感じたのは受賞レーベルの方。なんとユニバーサルミュージック関連レーベルで、12部門中8部門を占めているのだ。 ユニバーサルは現在、グラモフォン、デッカ、フィリップス、アルヒーフの4つのレーベルを傘下に持っている。この四つのレーベルで今回は8部門を受賞しているのだ。これはあまりにも多くないか? 各々の最終選考に残ったディスクをみても、他のレーベルのものが部門賞になっておかしくない物が数点あった。なのに、選ばれているのはいずれもユニバーサル系。恣意的な感触を感じるのは私だけだろうか?つまり、レコ藝への広告掲載量が多いレーベルから意図的に賞を選んでいないか、ということなのだ。 ここ数年、確かに発売枚数の一番多いユニバーサル系の受賞が多いのは仕方ないとしても、今年はちょっと偏りすぎのような気がするのだが・・・昨年もそうだったのだろうか。これは調べてみる必要がありそうだ。
2005年01月03日
皆様、明けましておめでとうございます。昨年1月4日にこのページを開設して以来、あっという間に一年が過ぎてしまいました。全く独断と偏見に満ちたページながら、その間皆様の暖かいお言葉に支えられて徐々に内容を拡大することが出来ました。 このページの目標は「クラシック音楽の楽しさを、初心者の方にも分かり易くお伝えしたい」というものです。新年にあたり、この目標に少しでも近づくために、今年は更に手を加えていきたいと思います。 具体的には、・トップページでの新譜紹介は毎月気に入った物一・二点だけを紹介してきましたが、購入したディスク全てを簡単に紹介、その中で特に気に入った物を詳細解説します。・現在、マーラー・ブルックナー・ベートーヴェン・フルトヴェングラーの交響曲全集コーナーがありますが、ここに更に少なくてもあと10人以上の交響曲作家コーナーを増設し、資料としての充実を図ります。・同じく「知られざる作曲家」コーナーの充実も図っていきます。・各レーベルの情報などとのリンクも充実させ、新譜情報が簡単に手にはいるようにしていきます。・ご質問等は保存し、後からご訪問された方にも読みやすくします。・最後に、メルマガを発行準備中です。こちらは発行時にお知らせしますので、改めて読んでいただければ幸いです。 などなど、思いつくまま書いてきましたが、「一年の計は元旦にあり」と云います。取り敢えず目標を高く掲げて、一歩一歩近づいて行きたいと思っております。他にも、「こんなことをやってみたら?」というご意見をいただければ幸いです。 皆様、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2005年01月01日
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