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e-timeさんからミュージックバトンをいただいた。2~3ヶ月前にかなりはやって、私の所にも複数の方からいただいたのだが、書こう書こうと思いつつそのままになっていたので、これを機会に以下書いてみよう。1.コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量 たぶんゼロ。基本的にいつもCDで聴いていて、未だにPC系の再生機器を 使用していない。これはかなり遅れている方だと自分でも反省してます。 2.今聞いている曲 ヤルヴィの新シベリウス交響曲全集。非常に気に入っております。 3.最後に買ったCDは? アーノンクールのシューベルト交響曲全集。土日で聴いてみたいです。4.よく聞く、または特別な思い入れのある曲は? これは難しい。頻度で云えば、最近は映画「砂の器」のテーマ曲、「ピア ノと管弦楽のための『宿命』」をよく車の中でかけてます。年間を通じて だとマーラーの5番かチャイコの5番ですかね。 特別な思い入れはマーラーの「アダージェット」。初めて聴いたとき、こ んな美しい曲が存在するんだ、と呆然とした記憶があります。 それと、やはりチャイコの「悲愴」。私をクラシックの森に誘ってくれた 思い出の曲です。 5.バトンを渡す5人 私のページにリンクいただいている方はもうかなり回っているのは・・・ どうしましょうかね。 というところだろうか。いやあ、まあとにかく一曲だけに絞るのはかなり難しいものだな、というか不可能に近いな、と改めて思う・・・。
2005年08月26日
ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団による二度目のシベリウス交響曲全集が発売されている(国内盤は10月予定)。まだ1・2・3・4・7番しか聴いていないが、これが実に素晴らしい出来なのだ。 ヤルヴィは80年代に同じエーテボリ響とBISレーベルに全集を録音していた。当時はレコードで聞いたのだが、当時開発されたばかりのデジタル録音の鮮明さと、速いテンポで緊迫感のある演奏は非常に衝撃的だった。 私の「シベリウス交響曲全集」でも書いたが、北欧系(ヤルヴィは確か旧ソ連邦出身だと思ったが)の指揮者と西欧系?の巨匠指揮者たちの曲に対するアプローチは大きく異なっている。 カラヤンやバーンスタイン、デイヴィスらのシベリウスは、その壮大な部分やロマンティックな部分を十分に強調し、非常に聴き応えのある演奏を展開する。バーンスタインの2番など壮大すぎて人間業ではないみたいだ。 これに対し、北欧系の指揮者たち、例えばオラモやヴァンスカ、ベルグルンドらは、一見すると非常にあっさりとした演奏が多い。演奏時間も巨匠達に比べればかなり短いのだ。 だからといってつまらないのでは決して無い。シベリウスの曲には、彼の愛した自国の自然環境が描写されていると考えるべきであり、それはやはり森と湖、フィヨルド、雪、白夜などのイメージ、簡潔で凛とした自然のイメージなのだ。だからこそ、オラモ達は粘っこさとは無縁のさらりとした演奏を好むのだろうか。 そして今度のヤルヴィの全集。20年前の、強い使命感と激しさを兼ね備えた演奏から、角が取れて円熟味の増した、実にまろやかで余裕のある演奏に昇華していた。 なんというか、指揮者も演奏者もシベリウスを十分に理解し、敬愛している様が伝わってくる素晴らしい演奏なのだ。1番も2番も、激しすぎず、わざとらしくなく、さりとて押さえるところはきっちりと押さえて物足りなさは微塵も無い。実にマイルドで自然な演奏になっている。 驚いたのは4番。この曲はシベリウスの全交響曲中最も内省的で暗い雰囲気に満ちている。だからカラヤン盤のような冷気漂うひんやりとした演奏が似合うのだと思っていたのに、ヤルヴィはこの曲からさえも、どこかあたたかなぬくもりを引き出してみせているのだ。これはそうそう簡単に出来ることではない。 そしてSACD仕様による極上の音質が、演奏をさらに親しみやすいものにしている。私は普通のCDで聴いているが、非常にクリアで鮮明。素晴らしい、21世紀のスタンダードになるに違いない全集の登場だと思う。ジャケット画像は後ほどアップします
2005年08月25日

千秋のデビューアルバム?のブラームス一番は、この世に存在する全ての交響曲中で必ずベストテンに入ってくるであろう傑作だ。せっかくなのでこの曲についてちょっと触れてみたい。 ベートーヴェンが不滅の交響曲9曲を書いた後、交響曲の分野でこの9曲を凌駕する作品はなかなか現れなかった。ブラームスは先人のあまりの偉大さに敬意を抱き、交響曲第一番を世に送り出すまでに悩みに悩み、第一番を世に送り出したときにはすでに43歳になっていた。 悩み苦しみ、数年にわたり推敲に推敲を重ねただけあって、この第一番は本当にすごい。がっしりとして雄々しく、一音の無駄の無い作風はまさしくベートーヴェンの第10番と綽名されるにふさわしい威容を備えている。 初めて聴く人は第一楽章冒頭、ティンパニの重々しい連打で始まる重厚な開始の動機に心を奪われるだろう。なんという悲劇的な開始、これぞドイツ交響曲のお手本だ!そして重苦しく始まった曲は第四楽章で圧倒的な勝利の凱歌を放射して終わる。一気呵成に聴いてしまう、実にドラマチックな曲でもあるのだ。 名曲中の名曲だけに、録音は星の数ほどあるのでとても全ては聴けていない。私の「私家版・ブラームス交響曲全集」コーナーでは、ミュンシュ/パリ管弦楽団の、火の玉となって突進するような一枚と、小澤がサイトウ・キネンを結成し、満を持して世に放った録音を推薦盤としているが、無論この他にも名演は数知れず存在している。 カラヤンでは数度ある録音の中でも、63年録音盤がいいと思うが、もちろん悲劇性で云えばフルヴェンが一番だろう。しかしバーンスタイン/WPOの盛り上がりも素晴らしいし、ベームの古武士のような雰囲気もいい。有名指揮者たちは皆それぞれ、素晴らしい録音を残してくれているのだ。 ということで千秋?盤は一体どのような録音になるのか?クールな千秋の雰囲気からすると、やはりカラヤンのようなスピード感溢れる演奏になるような気がするが、それはそれでオケに相当な腕前を要求するもの。どんな演奏が飛び出してくるか、本当に楽しみである。 これはカラヤン最後のブラ一ですブラームス:交響曲第1番 ハイドンの主題これも味わい深い【音楽CD】ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68、ハイドンの主題による変奏曲 作品56a熱き小澤の思いを聴いてください!【音楽CD】ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68ハンガリー舞曲 第1番 ト短調、第3番 ヘ長調...
2005年08月24日
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いやあ、HMVのクラシックページにも大々的に載ってますね、千秋の「デビュー盤」。ちょっと長くなりますが以下がセールスコメントです。 『のだめカンタービレからデビュー! 千秋真一「のだめカンタービレ」からデビュー! 千秋真一&R☆Sオーケストラ「刊行部数累計500万部を超え、赤丸上昇中の講談社コミック「のだめカンタービレ」。そのメインキャラクター、千秋真一とその仲間たち、R☆S(ライジングスター)オーケストラが、なんとブラームスの交響曲第1番を録音、緊張感、熱気あふれる奇跡の名演でCDデビュー!」実はこのCD、ベストセラー・コミック「のだめカンタービレ」に登場する架空の指揮者とオーケストラをイメージ・キャラクターとした、一種の企画アルバムなのですが、単に既存の音源を用いた安直なものではなく、マンガで描写されている「千秋真一」のアプローチを徹底的に研究し、実際に演奏・録音したという、まさに前代未聞のアルバム。しかもそれが、ブラームスの交響曲第1番という大曲なのですから、マンガのファンならずとも少なからず興味をひかれるところです。 余白には、ドヴォルザークの交響曲第8番の第1楽章が収録されていますが、これもマンガに登場する「プラティニ国際指揮者コンクール」における課題用の「間違い探しスコア版」なるものを再現・演奏したものと、通常のスプラフォン版の2種を収めるという凝った内容です。 なお、演奏はあくまでも「千秋真一&R☆Sオーケストラ」ということで、実際の演奏者名は明かされていないという、実に徹底したアルバムです。ブラームス:・交響曲第1番ハ短調 op.68【ボーナストラック】・ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調 op.88 ~ 第1楽章(1)プラティニ国際指揮者コンクール課題B「間違い探しスコア」版(2)スプラフォン版[オリジナル] R☆S(ライジングスター)オーケストラ 千秋真一(指揮)』 と言うわけでかなり気合が入っている様子。先日CDアルバムの話題を掲載したときは、どこかの旧録をそのまま使うのか、などとも考えておりましたがさにあらず、史上初?の覆面指揮者と覆面オーケストラでブラ1を収録してしまったんですな~。 のり2さんの読みでは、オケは桐朋か国立を使うのでは、とありましたが私も同感。学生オケらしい勢いを出そうとするならやはり実際の学生オケが一番いいだろうが、ある程度CDにして恥ずかしくない技量と言うことになると結構限られてくるだろう。 漫画の中ではとにかく熱い演奏になっているから、通常ではちょっと恥ずかしいくらいの超感情移入モードの演奏なのか、それとも千秋らしい?クールさも随所に入れた演奏になるのか、興味は尽きない。 ブラームスの一番も随分色々なタイプの指揮者を聴いてきたが、やはり曲の構造からして最後は劇的に盛り上がるので、今回の千秋盤?もそこはしっかり演奏して欲しい。学生だからこのあたりでまあいいや、というのは千秋らしくないもんね。こちらです!千秋真一(指揮)、R☆Sオーケストラ /ブラームス: 交響曲第1番ハ短調 作品68<2005/9/22>作品をまだ読んでいない方は是非!のだめカンタービレ(1)現在12巻まで出ていますのだめカンタービレ(12)
2005年08月23日
HMVのHPによると、この秋はマーラーの交響曲の新譜が目白押しのようだ。(以下HPより抜粋です)マーラー注目盤続々登場! ハイティンク、シャイー、ムーティ、アバド、ラトルといった指揮者たちのリハーサルやトークを収めた「マーラー指揮者たち / 私はこの世に捨てられて」という注目の映像作品のほか、初のピリオド・アプローチとなるノリントンの『巨人』、初期稿5楽章版による非常に面白いハマルの『巨人』、アバド&BPOの交響曲第4番最新ライヴ、同じく4番のテンシュテット1976年ライヴ、オラモの交響曲第5番、インバル&都響の第5番、テンシュテットの第5番ライヴ、イヴァン・フィッシャーの交響曲第6番、ジュリーニの大地の歌ライヴ、室内アンサンブル版交響曲第4番、ハイティンクの第5番ライヴ、ベルティーニの全集、ノイマンの全集など話題作が目白押しです いやあ、確かにマーラー好きにはよだれがが出そうなラインナップ。「マーラー指揮者達」というDVDには、シャイーによる第九全4楽章の詳細なスコア検討があるらしい。私はシャイーのマーラーは格別好きではないのだが、これはちょっと見てみたい。 今回の新譜ラッシュの中で最も興味のある一枚は史上初のピリオド・アプローチによるノリントンの「巨人」だろうか。すでに昨年の来日演奏で実演済みらしいが、これは是非聴いてみたい。ノリントンはこの演奏を実現するために6年もの歳月を研究に費やしたとのこと。マーラーが作曲した頃の楽器の音を徹底的に再現した演奏になっているらしく、非常に興味をそそられる。 そして私が若手指揮者の中で最も注目する一人、サカリ・オラモの5番も楽しみ。昨年、実に素晴らしいシベリウス全集を送り出し、実演でも十分にその実力を認識させてくれたオラモが、5番をどう聴かせてくれるのか?9月下旬の発売が待ち遠しい。 また、初期稿5楽章版によるハマルの『巨人』も面白そうだ。ところでハマルって誰?まぬけなことにこれが最初の出会いになりそうな指揮者だが・・ブルックナー程ではないが、マーラーの作品にもいくつかの異なる楽譜が存在しており、ファンにとってはその違いを聴けることも楽しみの一つなのだ。 ということで今年の秋は、世のマーレリアンにはたまらない季節になりそうだ。
2005年08月22日

大人気らしい?「のだめカンタービレCDブック」を購入、早速聴いてみた。 このCDブックは漫画「のだめカンタービレ」(11巻まで絶賛発売中)のクライマックス画面で流れた(とされる)音楽のさわりを10曲収録、各曲に作品中に登場する音楽評論家が解説を加えたもの。その他にのだめのカラーイラストが多数収録されており、ファンにとっては結構楽しめる内容になっている。(収録曲は以下の通り)1 ベートーヴェン / ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13《悲愴》より 第2楽章:アダージョ・ カンタービレ 2 ラフマニノフ / ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18より 第1楽章:モデラート(前半部 分) 3 ガーシュウィン / 《ラプソディ・イン・ブルー》より 4 リスト / メフィスト・ワルツ 第1番《村の居酒屋での踊り》S.514より 5 モーツァルト / オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314/285dより 第1楽章:アレグロ・アペルト 6 ドビュッシー / 喜びの島 7 ラヴェル / 亡き王女のためのパヴァーヌ 8 交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》作品28より 9 ベートーヴェン / 交響曲 第7番 イ長調 作品92より 第1楽章:ポコ・ソステヌート~ヴィヴ ァ ーチェ 10 海老原大作 / ロンド・トッカータ もちろん10曲目の海老原大作氏は架空の人物で、当然ながら「ロンド・トッカータ」は漫画のシーンをイメージして書かれたオリジナル曲。これがかなり難しいというか、難解な曲なのだ。 ご覧いただいて分かるとおり、クラシック音楽の名曲揃いなのだが、ああ悲しいかなキングレコードの音源を使用しているので録音も古いものが多く、はっきり云って演奏はちょっとぱっとしないような・・・。 せめてユニバーサルの音源を使えなかったのか、という気もするが、相当版権関係の料金が高額だったのだろうか?それとも作中のイメージを壊さないため、わざとマイナー音源に絞った・・・なんてことはないよなあ。(ラフマニノフのP協を弾いている舘野さんは決してマイナーではありませんが) さらに驚いたのは8曲目の「ティル~」。なんと作曲者のリヒャルト・シュトラウス自作自演音源、当然モノラル!いやあ~いきなりモノラルですかい?これって一応クラシック初心者向けのものだと思うのだけど、そういう人には最近のステレオ録音(デジタル録音)の方が聴きやすいと思うのだが・・・これはナゼなんだろう? そして決定的に??なのが、楽曲解説。作品に出てくる音楽評論家が解説をする、という設定は秀逸なのだが、いかんせん懲りすぎていて解説が高度すぎ、とても初心者には理解できないレベルになっている。これでは初心者が読む意欲を失うのではないか。 「のだめ」の読者層は、クラシック初心者からマニアまでかなり幅広いと思うのだが、メインはやはり初心者だろう。CDブックの構成に凝ったのは理解できるが、そうした人達にもう少し優しい楽曲解説があった方がよかったのではないか、と思うのだが・・・ それと最後にもうひとつびっくりしたのが、千秋率いるR☆Sオーケストラ(学生オケ)が作中で演奏するブラームスの交響曲第一番が9月22日に発売されるという告知!当然冗談かと思ったが、なんと楽天でも堂々予約受付中ではないか!驚いたなあ。一体誰の音源を使う気なのだろう?正直、同じキングレコードからリリースされるとなるとちょっと不安が・・・このあたりの情報を知っている方がいらっしゃったら是非教えていただきたい。 とまあ今回のCDブックに対しての総合評価はちょっと辛めなのだけれど、楽曲解説はある程度音楽を勉強した人には理解できると思うので、その方たちからは好評なのかもしれないし、色々サプライズが含まれていたのでこれはこれで面白かったのかも!?って、どっちなんだよーと怒られそうですが・・・まぁ次のブラ一がどうなるのか、期待と不安を抱きつつ待ちましょう!こちらです!「のだめカンタービレSelection CD BOOK」そして謎の?ブラ一がこれです!千秋真一(指揮)、R☆Sオーケストラ /ブラームス: 交響曲第1番ハ短調 作品68<2005/9/22>
2005年08月16日
終戦記念日というと靖国神社に参拝する閣僚や代議士達でごったがえし、それがまたニュースになる。A級戦犯も合祀されているから、これを参拝するのはけしからん、と中国・韓国が騒ぐので小泉首相もさすがに今年は諦めたようだ。 はっきり云って、一国の首相がどこに行こうが近隣諸国の知ったことではない。自国内で騒ぐのはいいが正規の外交ルートでなんやかや言ってくるのは内政干渉だ。 正確に言えば、中国と韓国は置かれた立場がかなり異なる。中国は確かに合祀されている戦犯たちが指揮した軍隊で国土を蹂躙されたが、韓国は1910年に併合されて後、日本軍と大規模な軍事衝突を起こしたことは一度も無いのだ。一口に中韓の抗議と云ってもその背景は全く違うことを、どれだけの日本人が理解しているだろうか。 他国からの抗議が多すぎるためか、日本人自体が忘れがちだが、いわゆるA級戦犯達が(広田外相のような、どうみても事実誤認の人も含まれているが)外国はもとより日本人300万人以上を殺戮した(されることになった)原因を作っていることを忘れてはならない。 太平洋戦争は、米英に対する義戦であった、という主張には僅かにうなずくべき点はある、と私は思っている。しかし、だからと言って日本の国を滅亡の淵まで追い込んでしまった責任は絶対に贖罪されるものではない。 戦争とは政治の延長であるから、国力において数十倍の差がある超大国に向かって戦争を挑むという手段は、無謀ではあるが存在するだろう。しかしそのとき一番大事なのは、「どうやって戦争を終わらせるか」を決めておくことなのだ。戦争突入の過程において、日本の為政者達は誰もそのことを考えていなかった。 ナチスドイツにでさえ、それはあった。フランス占領時点で英国に講和の打診がなされている(もちろん拒否されたが)。 山本五十六大将が、「開戦劈頭半年や一年は存分に暴れてみせる。しかしその先はわからない」と述べたのは有名だが、駐米経験があった彼は、当然勝利の見込みが無いことを知っていたはずである。なのに知性派の彼でさえ、戦争突入を回避することは出来なかった。 愚かな指導者達を選んだ悲劇は、十分現代でも起こりうる。歴史を学ぶことは決して無駄ではないと思うのだ。
2005年08月15日
今年は終戦60周年と言うことでメディアでの戦争特集がいつになく多い。広島・長崎での慰霊の模様や、当時の被害の状況も改めて新聞等で大きく報じられていた。 朝日新聞でも長崎の被爆の模様を見開き二ページで紹介していた。ただ、どこを見ても、「ナゼ終戦ぎりぎりの段階で原爆を落とされたのか」という分析が無い。 アメリカ人の多くは、「原爆があったから戦争終結が早まった」として良心の呵責を感じないと言うが、これは大きな間違いだと思う。なぜなら、日本がすでに瀕死の状態で継戦意欲も戦力も無く、必死になって和平工作を展開しようとしていたのを、彼らは暗号解読によって全て知っていたのだから。 日本の暗号は「紫」と言われ、開戦当初はアメリカ軍の全能力を傾注しても全く解読できなかった。しかし解読できない暗号など存在しない。全くの偶然で暗号端末機が入手され、さしもの無敵暗号も次第に解読される。ドイツ軍「エニグマ」暗号と同じ末路を辿ったのだ。 問題は日本側が、終戦まで暗号解読されていることに全く気づかなかったことだ。戦争末期になると、前線への指令はもとより、在外公館との訓令類に至るまで全て解読されていたのだ。これでは作戦も戦略もあったものではない。 45年7月になると、日本軍の集団継戦能力はもはや消滅していた。陸軍はなお本土決戦を叫んでいたが、その戦力が無いことはもはや誰の目にも明らかだった。ソ連を交渉役にした和平交渉が行われ、さらに欧州の在外公館を舞台に真剣な和平交渉が画策されていた。 日本政府・軍部が戦争終結に踏み出せなかった大きな理由は、ポツダム宣言にある「無条件降伏」が国体護持(天皇制の維持)を否定しているのかどうか、その確証を掴めていなかったからだ。連合軍はわざとそこを曖昧にしていたが、もはや日本側に選択枝があるわけでもなかった。 確かにアメリカ軍は9月以降、本土上陸を意図した「オリンピック作戦」「コロネット作戦」を計画していた。その企画上で、日本側の捨て身の抵抗により数十万単位の死傷者がでるという予想が出ており、それを原爆投下により回避できたではないか、という学者連中は多い。 しかし日本側にはもはや継戦意思すらも尽きかけていること、和平の糸口を必死に探っていることを、暗号解読により彼らは全て知っていたのだ。日本側の僅かな防衛拠点など、B29の無差別精密爆撃によっていかようにも粉砕できたはずである。 その命脈が8月には尽きそうだと知って、さらにソ連の火事場泥棒的参戦が近いと分かり、開発したばかりの原爆の使い道がなくなることを恐れて、あわてて広島・長崎に使用した。 百歩譲って一発目の原爆使用は仕方なかったとしても(私は絶対にそうした意見を認めないが)、それを非戦闘員の住んでいる街中で使用する意味がどこにあっただろうか。その威力の凄まじさは一発で十分日本側に伝わっているのに、さらに二発目を使用する意味はさらさらなかったはずだ。 私は太平洋戦争の意義について決して右派の意見に同調するものではないが、米軍の原爆投下だけは決して許されない行為であると思っている。日本軍も南京大虐殺やバターン死の行進をやったではないか、という輩がいるが、それは程度と中身を無視した愚かな論理である。 米軍の原爆使用は、その後に控えていた米ソ冷戦を有利に戦うためのパフォーマンスと、その威力を測る為の実験だった。戦争終結はその副産物に過ぎない。 そのために彼らは非戦闘員を一瞬にして30万以上殺し、そして何世代にも渡って原爆症を残した。 この憎むべき事実を、日本政府はアメリカに対してもっと声高に追求していくべきではないか、と常々私は思っている。人類史的にアウシュビッツと並ぶ程の許されざる行為として。
2005年08月10日
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松竹110周年記念行事の一環として、映画「砂の器」のデジタルリマスター、ニュープリント上映を銀座の東劇で観た。 この映画の素晴らしさについては度々ここで言及しているが、映画館の大画面で、しかもデジタルリマスターを施した鮮明な画像で観ると、何度も見たシーンなのに、まるで初めて見るような感動を覚えた。 この映画を初めて見たのは高校一年か二年の時。あまり大きくない映画館で、同じ松本清張原作の「鬼畜」と併映だった。当時「日本映画でもこんな素晴らしい作品があるのか」と大きな衝撃を受け、以来TV放映があれば何度も見たし、ビデオにも撮って見た。おそらく回数は軽く20回を超えていて、自分の中では黒澤の「七人の侍」と並んでもっとも感銘を受けた映画だと思う。 しかし、この「砂の器」は、自分が年を経るに従って感動が大きく募ってくる種類の映画だった。何故なんだろう、自分も年をとって涙腺が緩くなっているのだろうか、と不思議に思っていたのだが、今日その謎が解けたような気がした。 この映画のテーマは人間の「宿命」。一人で生まれることは出来ない。一人で生きていくことも出来ない。人間と人間の関係は所詮、宿命なのだ、とこの映画は語っている。そしてそれを親と子の宿命に凝縮させて描いている。この映画で描かれる「親と子の宿命」は、父と息子の宿命なのだ。 私の父は10数年前に他界した。そしてその後私自身が息子を授かった。映画で奏でられる父と子の情愛が、息子を持つ自分自身の感情を激しく揺さぶっているのだ、と今日まざまざと感じた。 らい病のため、6歳になる息子を連れて故郷を捨てるしかなかった父親。暑い日も寒い日も、ひもじくても寂しくても父と共に歩まざるを得ない息子。そうした悲しく切ない親子の旅路を、高校生の頃には映画の一シーンとだけ見ていた自分だが、実際に息子を持ち、いつの間にか同じシーンに深く感情移入するようになっていたのだ。 館内には年配の方々も多くいらっしゃって、クライマックスではあちこちですすり泣きが聞こえた。何度も見ている私も、涙が溢れて止まらなかった。年輪を経てますます深く感動できる映画・・・「砂の器」こそは名画である。まだの方は是非一度ご覧ください砂の器 ◆20%OFF!
2005年08月09日
4日は誕生日だった。40も過ぎると誕生日も特段有難いものではないのだが、今年は一味違って楽しいものになった。 3日夜、仕事を終えていつもの六本木のバーに行くと、もうすぐ24時だというのに珍しく他に客がいない。ビールをいただき一息ついていると、マーラーのアダージェットが店内に流れ始めた。「お誕生日ということですので」とマスターがかけてくださったのだ。 演奏はカラヤンの73年録音盤。私が二週間ほど前に持参し、マスターにも気に入っていただいて店に置いてあった「アダージョ・カラヤン」に収録されている。 マーラーの5番の全曲演奏ではインバル・ラトル・アバド・シノーポリ等名演が多く、カラヤンはベストには入ってこないが、このアダージェットだけは彼の演奏がとにかく好きなのだ。 ああ、これは最大のプレゼントですね、と感謝しつつ葉巻をいただく。今夜の一本はSaint Luis Rey(サンルイレイ)。1940年キューバで誕生したブランドで、ハーブとほのかな木の香りが絶品、非常に優雅なテイストの一本。ロングサイズで、ゆっくり吸えば一時間半から二時間くらいは愉しめる。 ゆったりとしたアダージェットを聴かせていただき、まだ他にお客さんがいないので、その時偶然持っていた吉松隆のピアノ協奏曲、「メモ・フローラ」をずうずうしくもかけていただいた。深夜のバーに響く田部京子の繊細なピアノの調べはこのうえなく美しい。お酒と葉巻をいただきつつ、好きな吉松の調べを聴けるとは、なんという幸運な夜だったのだろう。 「メモ・フローラ」を聴き終わるまで他のお客さんが来ることはなく、ゆったりと幸福な時間を味わうことが出来た。マスターも、これが現役の日本人作曲家の作品だということに驚かれ、感動されていた。自分も心地よく、そして人と一緒に感動を分かち合うことが出来る。クラシックの恩恵を改めて感じた、素晴らしい夜だった。明日は改めて吉松隆の音楽について書いてみたい。
2005年08月06日
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昨日ご縁があって評論家の立花隆氏の講演を聞いた。立花氏といえば「田中角栄研究」で田中内閣を崩壊させたジャーナリストとしてあまりにも有名だが、実は彼は政治評論家ではない。余人を圧倒する知識と知識欲が赴くまま、10年間隔程度で興味の対象を変化させてきた。70年代から80年代の活動領域は「政治」であり、そのあとは「宇宙開発」を追いかけた。そして現在、氏の関心は人体、さらにいうなら「脳」の研究に集中しているらしい。 昨日のお題は「サイボーグの時代」。人体のあらゆる部位の研究が進み、今までは治療不可能だった病気や、事故などで動かなくなってしまった器官を人工物に取り替えることが可能になってきた、という現状報告がメインだった。 たとえば、不治の病といわれるパーキンソン病に対しては、アメリカで主流になりつつあるDBS(Deep Brain Stimulation)療法という治療法(対処法)がある。これは大脳に電極を入れ、小型発信機によって一定のパルスを大脳に送り、刺激する。そうするとパーキンソン病の症状である震えや歩行困難、会話困難などに劇的な効果があるという。 びっくりしたのは、立花氏がインタビューしたパーキンソン病患者(本人はこのDBS療法を行っている)が、目の前でその装置を止めて見せた、という話。止めて約20分ほどで痙攣が始まり、表情が変化し、会話も出来なくなってしまったという。そしてもう一度電源を入れると、やはり20分ほどでごく普通に会話できる状態に戻ったらしい。まさに患者にとって、生死を握るに等しい装置なのだ。 他にも大変興味深い話が多々あったが、氏の話の根幹は、脳研究の現状はすでに基礎から応用に来ており、前述のパーキンソン病などの不治とされる病気や、手足の不自由な状態の是正、さらには思い通りに動かせる義手や義足の開発がもう目前にまで来ており、これは産業革命をもはるかに凌駕する技術革命となりつつある、ということだった。 そうした技術革新の波はあらゆる産業に及び、その波及効果は社会に計り知れない変革をもたらすだろう、という話を熱く語る立花氏の表情は、知識の吸収が楽しくて仕方ない、永遠の学生のように輝いて見え、よい刺激を与えられたひと時だった。執念を感じるルポルタージュです巨悪vs言論(上)これもすごい内容です人体再生驚愕する読書量・読書論です!ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術
2005年08月02日
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