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「指揮台の神々」コーナーを再編成してみた。最近HPをご覧いただいたとある方から、「ラトルの顔写真が載っていませんでしたね」という指摘を受けたのでチェックすると、まさにその通り。おまけにアフィリエイトのリンクも切れまくっていて、見苦しいことはなはだしい。 さらに、考えてみると有名な指揮者は数多くいるのに、一コーナーに全部入れると読みにくいし、紹介文も短くなりがちなので、今回一人ひとり別々のコーナーに再編し、多少文章も修正してみた。 手を入れる前の状態では、7人紹介していて小澤とラトル以外は皆亡くなった方ばかり。文字通り「神」になられた方が多かった訳だが、少しづつ現役の指揮者を増やしていきたいと思う。クラシック音楽の歴史をこれから作っていくのは、やはり現役の方たちなのだから。 もしよろしければ、お好みの指揮者をリクエストいただけると幸いです。全員を紹介できるかどうか分かりませんが、できるだけ載せていきたいと思います。
2005年06月26日
「指揮台の神々」コーナーを再編成してみた。最近HPをご覧いただいたとある方から、「ラトルの顔写真が載っていませんでしたね」という指摘を受けたのでチェックすると、まさにその通り。おまけにアフィリエイトのリンクも切れまくっていて、見苦しいことはなはだしい。 さらに、考えてみると有名な指揮者は数多くいるのに、一コーナーに全部入れると読みにくいし、紹介文も短くなりがちなので、今回一人ひとり別々のコーナーに再編し、多少文章も修正してみた。
2005年06月26日
昨年さんざん迷った末にキャンセルしたベルリン・フィルが今秋も来日する。主催のフジテレビから先行発売のパンフレットが届いた。 日時・曲目は以下の通り。○11月20日(日)/NHKホール・ベルリオーズ:海賊序曲・ラヴェル:マ・メール・ロワ・ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」○11月21日(月)・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲・アデス:アサイラ・R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」 今年はこの二公演だけ。確か極東ツアーの一環なので、回数が少ないようだ。そして料金はS/36,000 A/31,000 B/27,000 C/22,000 D/17,000 E/12,000ユース席/7,000 おいおい、NHKホールのS席が36,000円ですかい!きっと普段はA席なのが大量にS席に鞍替えするんだろうなあ。CとD席は4階5階とかだろうから、きっと演奏者も米粒程にしか見えなければ、音も酷いんだろうなあ・・・いやあさすがフジテレビ!二回しか公演がないなら、大箱のNHKホールで(座席数約3,600、ちなみにサントリーホールは約2,000)で稼がせてもらいましょうという訳か。 ただ、今回はラトルとBPOの要望で、次世代を担う若者に是非公演を聴いて欲しいと云うことでユース席なるものが設けられた。この席の設定が面白く、S席からE席に混在するということになっている。どこに座るかは運次第、というわけだ。 このユース席の応募資格は11歳から25歳までの人。「年はくってるけど今学校に通ってる」「退職して学校に通っている」「自称学生」は通用しないので念のため。この価格で聴けるなら、年齢詐称でもしてみたいものだがどうみても無理か。さすが若年層への教育プログラムに熱心なラトル、WPOとはひと味違う。 「英雄」は聴きたいがNHKホールじゃあ嫌だし、サントリーホールでのメインも「英雄の生涯」かぁ・・・ところでこのアデスって誰だ?全く知らない作曲家だ。調べてみると、 『アデスは71年生まれのイギリスの作曲家、本国ではかなりの注目度らしい。前衛やら擬古典やら多彩な書法を巧みに織り交ぜ、様々な楽器構成からイメージを喚起する力の強い響きを作り出して聴き手の感覚を遊ばせる。その言語明瞭さ具合がいかにも今様だ。(文責:CDジャーナル)』 と出ている。さすがラトル、思い切った選曲をするものだ。 しかしWPOと同じく、この曲目ではS席への食指は動かない。内容では20日の方が気になるが、まあNHKホールは最初から音質面で問題外だから、21日のC席(それでも22,000円ですよ)でも狙ってみて、サー・ラトルのご尊顔を拝してみるというのが妥当なところだろうか?
2005年06月24日

2000年にN響の首席チェリスト藤森氏を中心に4名で結成された「La Quartina」による5枚目のアルバムがこの「Symphonic Quartina」。恥ずかしながらこのグループについては全く知らず、このアルバムがお初となった。というのも一曲目にマーラーのアダージェットが入っていたからなのだが・・・曲目は、1.マーラー:アダージェット2.マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲3.シュトラウス:美しく青きドナウ4.トーマス:WPOのニューイヤー・コンサート5.バッハ:クーラント6.バッハ:サラバンド7.バッハ:メヌエット8.ビュッシー:小さな黒人9. ショパン:ラルゴ10.ファリヤ:アストゥリアーナ11.サン・サーンス:エア12.シューベルト:アヴェ・マリア13.フォーレ:夢のあとに14.グノー=バッハ:アヴェ・マリア という名曲揃い。私は普段滅多に室内楽や器楽は聴かないので、大変新鮮なラインナップだ。個人的には、チェロという楽器の音色は多少悲しげな雰囲気の曲に合うような気がするので、9番以降の曲目が非常に面白かった。 アダージェットはもともとマーラーの第5交響曲の一部分だから、数十人の弦楽パートが息を合わせて演奏するところが醍醐味なのだが、たった4人の合奏も十分に曲の魅力を引き出していて愉しめる。録音もワンポイント・マイクによる自然な音が心地よい。チェロによる「名曲アルバム」として聴くのも楽しいのではないだろうか。こちらですシンフォニック・クアルティーナ ~4本のチェロのための作品集~MEISTER MUSICMM-1180 3060円2005年4月発売チェロ1本のスタンダードな名曲集ですマイスキー/チェロ名曲集
2005年06月19日

もう二ヶ月以上前に購入したエルガーのピアノ協奏曲。といっても多くの人が知っているとおり、エルガーは生前ヴァイオリン協奏曲とチェロ協奏曲しか完成しておらず、これはロバート・ウオーカーという学者による補筆完成版。 イギリス人はホントにエルガー好きなんだなあ、交響曲第3番も補筆しちゃうし、今度はピアノ協奏曲もかい、ということで(私もエルガー好きなので)聴いてみた。 結論を先に言うと、まぁ随所にエルガーらしい旋律や響きは存在するものの、「誰の曲だと思う?」と聴かれて初見でエルガーと答えられる人は稀だろう、という作品。 1913年に作曲が開始され、以後エルガーが亡くなるまでの21年間、あーでもないこーでもないと試行錯誤したものの、結局完成できなかった作品。第一楽章・第三楽章に交響曲第3番からの引用(転用?)が見られ、同時期に作曲を平行していたことがわかる。一応作品としては完成されており、終楽章も12分かけて終局はそれなりに聞かせるものの、エルガー本人ならもっと壮大にやるでしょう、なんでこんなあっさり終わるの、と思わず毒づいてしまう。(エルガー本人が完成できなかったのだから、この批判は当たらないのだが・・・) エルガーの作品は日本では「威風堂々」と「愛の挨拶」が異常にポピュラーなわりに、協奏曲はまだまだ玄人好みだし交響曲など解説本に載っていないことも多いが、本当に名曲揃いである。特に二つの交響曲は旋律の美しさ、気高さにおいて全ての交響曲の中でも特筆されるべき傑作であり、もっと聞かれても良いはずなのだが・・・ エルガーは晩年の10数年間、創作力が急激に衰えて作品が書けなくなってしまった。ピアノ協奏曲と交響曲第3番はそうした時期の作品であり、補筆完成版を聞くとその辺の弱さが露呈して悲しくなってしまうのだが、ファンとしてはそういう現実を目の当たりにしつつも、是非聴いてみるべき曲だと思う。こちらですEPOCHCDLX-7148D.O.NORRIS (Piano)D.LLOYD-JONES 指揮BBCコンサートオーケストラ2150円 傑作交響曲も是非お聴きくださいデイヴィス/エルガー:交響曲第1番&序奏とアレグロ
2005年06月18日
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指揮者のカルロ・マリア・ジュリーニが14日亡くなった。1914年生まれ、WPOやシカゴ響で名演を残した人だった。 確か10年程前から引退しており、現役ではなかったと思う。私がクラシックを聴き始めた20年程前が全盛で、リズム感というよりも曲の美しさを全面に押し出すタイプの指揮者だった。カラヤンの派手さやバーンスタインの熱情とは一線を画した、いわばバルビローリ系の静かな情熱を燃やす、品のいい指揮が特徴ではなかったかと記憶している。 印象に残っているアルバムは、ミケランジェリと共演したベートーヴェンの「皇帝」(確かWPOだったかな?)とマーラーの第九。 「皇帝」はとにかくミケランジェリとの共演ということで何度も聴いた。堂々として光り輝くような演奏だった。 マーラーの第九は、日本でのマーラーブーム到来以前の時代の名演。第一楽章に30分以上をかけた、当時としてはかなり耽美的な演奏で、シカゴ響の実力をまざまざと見せ付けられた記憶がある。 私にとっては決してのめりこむほど好きなタイプではなかったが、70年~80年代を代表する指揮者の一人であったことは間違いないだろう。最後は故国イタリアで息をひきとられたようだ。心よりご冥福をお祈りいたします。 これも名演ですジュリーニ/ブルックナー:交響曲第7番
2005年06月17日
久々に自分のフリーページをチェックしようと思って見てみると、アフィリエイト用リンクのリンク切れが多いのに驚いてしまった。 もともとクラシックCDやDVDのアフィリエイトはやるまえから壊滅状態、ホントに商品が無い。「最大のアフィリエイト」という自画自賛はことクラシック分野においては全く看板倒れだが、その中で少しでも商品を紹介しようとリンクを貼っている。 これがとにかく切れている。なんでなんだろう?やはりクラシックCDなぞは売れ行きが悪いから、いの一番にカットの対象になってしまうのだろうか。これじゃあせっかく覗いてくれた人に失礼だよなあ。 まぁユニヴァーサル傘下レーベルのクラシックCDは最近少しづつ増加しているので、ちょっとこれからリンク設置のやり直しに取りかかってみようと思う。
2005年06月14日

早川書房から復刊された「パリは燃えているか」を読んだ。同名の映画があることは知ってはいたが、まだ観たことがなかった。 この本は第二次大戦中、ドイツ軍に占領されていたフランスの首都パリがどうやってほぼ無傷で解放されたのかを描いたノンフィクション。アメリカ人とフランス人の記者による共著で、数百名の連合国軍・ドイツ軍人からのインタビューを元に、1944年8月25日のパリ解放をめぐる両陣営の数日間を実に緻密に描いている。 描かれている人々は双方の最高司令官(ヒットラー、パットン)から名もない一平卒まで老若男女の区別がなく、それぞれの立場でパリ解放にかかわっていく様が描かれる。数百人の聞き取りに三年の歳月をかけたというだけあって、登場人物の多さには驚くばかりだ。これ程の規模の戦争絵巻となると、私は他にトルストイの「戦争と平和」くらいしか思いつかない。もっとも「パリは燃えているか」はほぼノンフィクションであり、哲学的考察や恋愛悲劇などは登場してこない。 ところで、私はこのタイトル「パリは燃えているか」とは、作者がつけた表題であるとばかり思っていたのだが、実はこれはヒットラーの言葉だったのだ。 もはや敗勢濃い状況の中、ヒットラーはパリの死守を命じ、それが不可能な場合はパリを徹底的に破壊、完全な廃墟にせよとの狂った命令を出す。それを受けてパリ防衛司令官に任命された歴戦の勇士、フォン・コルティッツ将軍は、軍人として命令を死守するか、世界でもっとも美しいと評される花の都パリの景観を守るのかというぎりぎりの選択を迫られる。 結果的にコルティッツ将軍は命令に背き、パリの要所に爆弾を仕掛けはしたものの(その中には無論リュクサンブール宮殿や全ての官公庁、ホテル、そしてあのエッフェル塔も含まれていた!)連合軍に対しほぼ無抵抗でパリを明け渡す。彼の孤独で高潔な決断がなければ、パリはスターリングラードのような廃墟になっていただろうといわれているのだ。考えただけでも恐ろしい。 連合軍の先鋒舞台がパリに到達し、コルティッツ将軍が最終決断を下そうとしていたまさにその時、1500キロ離れた総統大本営ではヒットラーがわめきたてていた。 「パリは燃えているのか?」「ヨードル(参謀総長)、私は知りたいのだーパリは燃えているのか?今この瞬間、パリは燃えているのか?イエスかノーか、どうなのだ、ヨードル、どうなのだ!?」ヒットラーを囲む全幕僚は沈黙し、誰も声を上げられなかったという。 上巻で、パリ爆破の命令を受けたコルティッツ将軍に向かって翻意を促すテタンジェ・パリ市長の発言が感動的だ。 「将軍たちは往々にして破壊する権力はお持ちですが、建造する権力はほとんどお持ちではありません。いつの日か、あなたが観光客としておいでになったっとき、このバルコニーに立って、もう一度私たちの喜びと苦しみの目撃者である記念建築物を見て、こういえる日が来るかもしれません・・・『かつてこの私、コルティッツ将軍はこの建物を全部破壊しようと思えば出来たのだが、人類への贈り物として保存しておいたのだ』と。将軍、これこそ征服者の無上の光栄ではありませんか?」 それを受けてコルティッツはしばらく無言のままだったが、やがて言った。 「あなたはパリのためには実に有能な弁護士ですな、テタンジェさん。あなたはご自分の義務を立派に果たされた。私も同じく、ドイツ将軍としての義務を果たさなければなりませんな」 なんとウイットに富み、深遠な会話なのだろう。この瞬間、パリは救われたのだ。そして我々は今もなお美しいパリを見ることができるのだ。加古隆の「パリは燃えているか」は名曲です!加古隆/アニヴァーサリー
2005年06月11日

マーラー演奏史に新たな地平を切り開く名盤が誕生した。今月の新譜、クラウディオ・アバド指揮BPOによるマーラー交響曲第6番「悲劇的」がすごい。 この曲は表題の「悲劇的」が示すとおり、最終楽章が劇的に暗い。通常の交響曲セオリーだと、人生に歓び悩み苦しんだ主人公が、最終楽章で苦しみを克服して勝利に向かう(運命型)のだが、この曲ではなんと最後の最後に主人公がハンマーで叩かれて倒れてしまい、そのまま終わってしまうのだ。 この曲は表題とは全く無関係に、マーラーの私生活上では非常に幸福な時期に書かれたといわれており、この曲は苦難と幸福のはざまを行き来する人間の本質は悲劇的であるというマーラー独自の厭世的哲学が色濃く反映された作品。 私は今までどちらかというとこの曲が苦手だった。バーンスタイン、バルビローリ、カラヤン,テンシュテット達の演奏を聞いていると最終楽章の悲劇に向かって真っ逆さまに落ちていくような気がして、気が滅入ってしまったのだ。 だからこの6番の新譜を購入したのはかなり久しぶり。そんなに期待しないで聞いてみると、これが嬉しい誤算。このアバドの新盤は実にすばらしい。 結論から言うとちっとも「悲劇的」に聞こえない。それどころか、マーラーのオーケストレーションの素晴らしさがひしひしと、そして美しく伝わってくる録音になっている。 実は諸説あってこの「悲劇的」というタイトルはマーラーがつけたものではない、とも言われているのに、このタイトルが一人歩きして聴く者に暗い先入観を植えつけている。これは非常に残念なことなのだ。 アバドの指揮は細部まで非常に明晰であり、マーラーの交響曲が実は室内楽的精密さの集大成なのだということを教えてくれる。テンポは基本的に速く、メリハリが効いているが、アンダンテ(アダージョ)楽章のゆったりとした美しさには思わず息を呑むほどだ。 この録音はラトル盤と同じく、最近国際マーラー協会が示した見解に沿って、第二楽章にアンダンテ、第三楽章にスケルツオを配置しており、大半の録音とは順序が逆になっている。これは初演時及びその後も数回マーラー自身が試していた配置だということだが、この盤で聴いてみると、改めてこの配置の方がしっくり来るような気がする。 ようするに、今までの並び方だとアレグロ~スケルツォ~アンダンテ~アレグロなので急・急・緩・急という配置であったが、今回のだと急・緩・急・急となって、第二楽章をゆったりと聴き、続いて三・四楽章の連携を楽しむことが出来るのだ。以前の配置だと三楽章でいきなりテンポが落ちるので、音楽の流れが寸断されるような印象だったが、これで合点がいった。 最終楽章はBPOの名人芸が炸裂する。明と暗、光と闇が交錯する様が劇的に、しかしあくまでも美しく再現される。この交響曲のタイトルが持つ悲劇性を遥かに凌駕する、純音楽的な美しさを十分に堪能させてくれる素晴らしい名演だと思う。こちらです。録音も超優秀!!マーラー:交響曲第6番「悲劇的」C.アバド指揮:ベルリン・フィルDG 00289 477 5573(輸入盤) UCCG-1250 (国内盤)こちらはまさに「悲劇的」演奏の最右翼!クラウス・テンシュテット/EMIクラシック決定盤2CD マーラー:交響曲第6番 イ短調 「悲劇的...
2005年06月07日
NHK芸術劇場のフィラデルフィア管弦楽団来日公演の映像を観ている。(まだ現在進行形) 指揮はクリストフ・エッシェンバッハ。ここのところブルックナーのCDなどでは結構いい感じの演奏を聞かせてくれている。今日のマーラー5番はどうだろう? 第一・第二楽章はややゆったりめの演奏。マーラー音楽の特徴である神経質な緩急をよく再現している。それにしても金管のミスが耳につく。第一楽章中盤でちょっとフライング気味の部分まで聞こえたが・・・ ああしかし!そんなことを帳消しにしてくれるほどアダージェットが美しい!!これはしばらくぶりに聞く美演・美音だ。分厚い弦楽パートの一糸乱れぬユニゾンが天国的なまでの美しさを聞かせてくれる。たっぷり11分はかけている。最近このアダージェットをさらっと流す演奏が多い中で、時代錯誤ともいえるこの甘ったるさ。でも私は誰がなんと言おうとこの楽章はこういう演奏が好きなのだ!! 演奏(番組)終了。改めて感じたのはやっぱりアメリカの楽団なんだな、というフィラデルフィア管の明るい音色。5番の最終楽章にはこういう音色がよく似合う。エッシェンバッハのマーラー、全体的にはなかなかいい演奏だった。それにしても弦パートの充実に比べると金管のミスが多すぎやしませんか、エッシェンバッハ殿。 そしてブラボー屋のうるさいこと。まだ最後の音が残っているのに、早すぎる。あれじゃあ最後にぶち壊しですよ。ホントにブラボー屋は来なくていいから。
2005年06月05日

以前から興味があったザンデルリンクのブラームス交響曲全集を購入、聞いてみた。 クルト・ザンデルリンクは旧東ドイツでの活躍が長かった指揮者。1940年から60年までムラヴィンスキーのもとでレニングラード・フィルの副指揮者を勤めた。1912年生まれだから今年で93歳。まだご存命なのだろうか。内田光子がこの老巨匠に心酔し、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集で共演している。奇をてらわない堂々とした演奏が印象的だった。 この全集は90年の録音で、オケはベルリン交響楽団。4番から聴いたのだが、これが実に素晴らしい。ゆったりとしたテンポ、深い呼吸のように弦の音が伸びる。最初のH音の入り方も絶妙。カラヤンのように劇的ではなく、フルヴェンのように起伏に富んではいないが、「ああ、こんな演奏もあったのか」と思うほど自然で伸びやかな演奏。まるで大河の流れのごとく、音楽はゆったりと流れる。あまりの美しさに、思わず二度続けて聴いてしまった。 ただ、悠揚迫らざるこのテンポ設定が他の三曲には正直合わない気がした。1番はもっと劇的なメリハリが欲しいし、2番・3番も4番のようなゆったりさではちょっとかったるくなってくる。まあこの全集録音時にはすでに齢80歳、もはや細かいことは気にせず、ひたすらブラームスの音楽を美しく鳴らすことを目標にしたのかも知れないが・・・ 4番以外はちょっと不満足だが、この美しい4番にだけでも出会えて、私にとって十分価値のある全集だ。ちなみにCD4枚組で価格は3500円前後(輸入盤)。4番が好きな方は、是非聴いてみて頂きたい。こちらです。<CAPRICCIO 08-10 600>このカラヤン盤との相違を聴くのも楽しいですブラームス:交響曲第4番 悲劇的序曲これも永遠の名盤ですね【音楽CD】ブラームス:交響曲 第4番 ホ短調 作品98
2005年06月04日
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