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ウチナ-グチ、つまり沖縄の方言は、もともと奈良時代の頃の日本本土の言葉を使っていたと言われています。日本の言葉とずいぶん変わっていますが、それは沖縄方言が変わったのではなく、むしろ本土の言葉が室町、江戸、明治と大きく変化したのだそうです。特に興味深いのは、母音の減少です。これは沖縄の方が大きく変容。古代の日本語には母音が8つほどあったのですが、現代日本語では5つ。これが英語の出来ない大きな理由ともいわれますが、なんと沖縄方言ではたった3つです。日本語と沖縄方言は、スペイン語とポルトガル語よりも離れているそうですが、未だに日本語の方言なのか、別の言語なのか、学者さんの見解が分かれているようです。別の切り口で、人種的(遺伝的)には、ウチナンチュ-=沖縄人は、中国人や韓国人よりもかなり日本人に近く、古代の日本人もしくは共通祖先から沖縄人が分岐したと考えられています。その点では、日本語の方言とみなせるような気もしますね。(実はアイヌも同じようなお話なのですが、言語は、かなり日本語と離れています。韓国語よりは日本語に近いですが。)島では人の往来が隔絶されやすく、言語変化も速いと言われます。現在残る沖縄方言も、地域によってかなりちがうようであり、それは上記の学説と調和しています。まるで生物進化と同じですね。沖縄の唄、「てぃんさぐの花」です。沖縄方言と日本語との音韻変化が見比べておわかりかもしれません。
2008年02月29日
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沖縄本島最北端は、辺戸岬です。天気が良いと与論島が見えるそうですが、ちょっと海霧に阻まれてます。風が強くて、まるで竜飛岬のようです。復帰前にはこの与論島と沖縄本島の間には国境線がありました。北緯38度線ではなくて、北緯29度線です。それを取り払うために苦難の本土復帰闘争が繰り広げられました。その歴史的記念碑がこの地に建てられてあります。そのすこし下にある茅打バンタという名の景勝地。断崖絶壁の上から望む絶景です。今回はちょっと毛色が違いますが、天才ユ-ミンの「ベルベットイ-スタ-」見れる方は見てください。聴ける方は聴いてください。
2008年02月28日
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赤瓦屋根の上にシ-サ-がいます。ユニ-クですよね、大好きです。沖縄でシ-サ-は、魔よけや守り神と信じられています。その由来は、琉球王朝時代にガ-ナムイという人う食らう魔物を、中国伝来の獅子の置物が退治したからと伝えられています。そのル-ツはとても汎世界的な出来事で、古代オリエントのライオン=獅子がモデル。それがエジプトではスフインクスになり、シルクロ-ドを伝わってアジアに来て、中国の獅子となりました。シンガポ-ルのマ-ライオン、日本の狛犬、獅子、なまはげなどもおそらく同根なのでしょう。獅子=シシが沖縄読みでシ-シ-とかシ-サ-とか言われるようになったそうです。日本では神社などの参道に狛犬がありますが、民家にはありません。沖縄ではそれが民家にまで使われている点が面白いですね。、特に屋根の上のシ-サ-が有名ですが、これは実は明治以降のことだそうです。もともとシ-サ-は村の守り神として村の入り口に置かれていたり、家の守り神として、門柱や玄関に置いていたのだそうです。よく二つで一対になっていますが、日本の狛犬も同じですね。片方のシーサーは男で口を開けて幸せを呼び込もうとしており、もう一方のシーサーは女性で口を閉じて不幸を遮断していると言われます。仏像の阿吽(あうん)と同じですね。シシが歴史世界を巡ってそこここに独自の文化を花開かせたかのようではありませんか。千の風になってOKINAWAヴァ-ジョンです。見れる方は見てください。聴ける方は聴いてください。
2008年02月27日
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沖縄中部の中国側には、いくつか小島が浮かんでいます。そのひとつ、。古宇利島へは、長い橋が伸びています。人が歩けるような無料の橋では日本一長い橋なのだとか。バスで渡ると両側がアクアマリンの海で、竜宮城に行く気分のようです。橋の袂では珊瑚の欠片がひろえるというお話。私達も石拾いのような感じで、ついつい夢中になってしまいました。ここでも海の青さが美しいです!いい天気になってくれて感謝です。(添乗員さんが3日通して晴れたのはしばらくぶりとおっしゃっていました)グ-グルマップやグ-グルア-スが見れる方は是非沖縄中部をご覧ください。
2008年02月26日
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沖縄名産はここにもあります。さんぴん茶はジャスミン茶。結構濃くて、やや苦味が利いておいしいです。沖縄ではミネラルウォ-タ-のかわりにこればかり飲んでいました。塩せんべいも、やわらかい食感でおいしいです。もうさんぴん茶が恋しくなってきました。かんきつ類ではシ-クヮ-サ-が有名です。写真はないのですが、これにちょっと甘みを加えると、とってもすっきりした酸味でとってもおいしいです。原液を入手したので、あとでユックリ味わう予定♪
2008年02月25日
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沖縄本島中部の名護市にあるナゴパイナプルパ-クは、パイナップル園であり、お土産店になっています。説明員に同行して、パイナップル園をめぐり、パイナップルの栽培を見学できます。みるとまるで熱帯植物園。そこで初めてわかったのですが、私の好きなグズマニア(観葉植物)は、パイナップルの親戚でした。でも実が成ってるのを見たことがない;;こんな風に実が成っています。この姫パイナップルは、実を採って、残りを植えると、また時期が来れば実をつけるのです。ここから直送できるというので、早速実家へお土産を送りました。帰宅してから電話があり、とっても喜んでいました。THE BOOMによる名曲「島唄」です。見れる方は見てください、聴ける方は聴いてください。
2008年02月24日
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夕食後、ホテルの一画でやっていました。気が付くと最後には、私達も舞台の上で、手を右に左に動かす踊りを踊っていました。舞踊のあと、時間があるので、酒処にて泡盛を飲みながらライブ三線を楽しみました。声量があり三線テクもすばらしいものがありました。http://youtube.com/watch?v=e_65TFH_BJQ&feature=relatedこれは、沖縄のグル-プビギンの名曲「なだそうそう」です。見れる方は見てください、聴ける方は聴いてください。
2008年02月23日
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珊瑚が砕けてできた白い砂浜、その先の珊瑚海底の色を透かして、空の青色が海の色をアクアマリンに染めています。やさしい色合いに心から癒されます。珊瑚棚の先はやや深くなり、藍色に変化しています。途中、海草を映して緑色の部分もそこここに見えます。本当に美しいです。珊瑚礁が波を打ち消して、白波は遠くで騒いでいます。珊瑚の欠片が集まった部分がありました。中央に貝殻があります。沖縄の東側に見ている海は、沖縄トラフと言って実は今も広がりつつある海でもあります。かつて日本海が次第に拡大した現象が、今も沖縄近海で継続しているのです。そして左側で広がっているために沖縄の右側には海溝が出来て、フィリピン海プレ-トが沈みこんでいます。こういうプレ-トの関係で沖縄は隆起しているといわれます。その隆起した珊瑚礁石灰岩で首里城石垣は作られたのですね。その海溝を延長すると、台湾の内部に入って行きます。台湾には陸上の海溝があるんです。おっと、書いているととまらなくなるので、この辺で・・・。最後にhttp://youtube.com/watch?v=StMZxCpre-k&feature=related見れる方は見てください。聴ける方は聴いてください。「芭蕉布」by 夏川リミ
2008年02月22日
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宿は恩納村の東シナ海に面する、大きなリゾ-トホテルリザンシ-パ-クホテル谷茶ベイ。ここに2連泊でした。最高級というわけではありませんが、眼の前が東シナ海に面した白い砂浜、レストランなど設備も充実。部屋も大きくて快適でした。このリザンという名の由来は、 かつて 琉球が島津藩に征服された際 最大の反逆をした英雄リザンなのだとか。ホテルのある谷茶ベイをさらに南へ進むと、読谷村のビ-チすなわち、沖縄戦で米軍が上陸した地に到ります。いまもなお ホテルの道路の反対側には 米軍訓練場キャンプハンセンが居座っています。沖縄は地政学的に大変重要な位置にあるため、昔から現代に到るまで、中国、日本、米国と強国の侵略にさらされてきた歴史なのです。写真は那覇空港から恩納村へ来る間に、車窓からあちこちで見えた米軍基地です。まだ戦争が終わっていないような、まるで植民地のような、複雑な沖縄の一面を垣間見ました。
2008年02月21日
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川は流れて どこどこ行くの人も流れて どこどこ行くのそんな流れが つくころには花として 花として 咲かせてあげたい泣きなさい 笑いなさいいつの日か いつの日か花を咲かそうよ涙流れて どこどこ行くの愛もながれて どこどこ行くのそんなながれを このうちに花として 花として むかえてあげたい泣きなさい 笑いなさいいつの日か いつの日か花を咲かそうよ花は花として わらいもできる人は人として 涙もながすそれが自然のうたなのさ心の中に 心の中に 花を咲かそうよ泣きなさい 笑いなさいいつの日か いつの日か花を咲かそうよ喜納 昌吉&チャンプルーズ 作詞・作曲:喜納 昌吉 琉球旋律のゆったりした流れにのって、人生を歌い上げていますね。「涙そうそう」も素敵な唄ですが、この唄は特に心に染みこみます。写真は、琉球村で撮影したハイビスカス。http://youtube.com/watch?v=biruXqLnSvs&feature=related見れる人は見てください。聞ける人は聞いてください。石嶺聡子の「はな」
2008年02月20日
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首里城公園を6時半に出て、向かうシ-フ-ドレストラン♪ステ-キもおいしそうですが、やはりシ-フ-ド(^^)。それにしても沖縄は夕方6時30分過ぎに暗くなるので、ちょうど東京と一時間の時差があるようななんだか変な感じです。台湾は一時間の時差ですから考えてみると当然ですよね。したがって朝も一時間ほど空けるのが遅い感じです。今回さらにオプションで伊勢海老半身にウニソ-スを掛けた絶品料理もいただきました。沖縄、おいしい国ですね~(^^)。
2008年02月19日
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守礼門を入ってその先に、首里城公園があり、世界遺産の表示があります。そして、赤い首里城が石垣の中に復元されています。石垣は琉球石灰岩で出来ています。角がなめらかに飛び出ているのが特徴ですね。でもこの首里城自体は世界遺産ではないそうです。首里城の創建年代は14世紀末と推定されています。沖縄は日本の歴史と似ていて、豪族が群雄割拠した時代から、その中でも秀でた3者がすみ分け三山時代に入り、最後に一つに統一されました。首里城は、三山時代か、その前に創建され、琉球王朝の成立後には、王家の居城として用いられました。いわば皇居のようなものですね。薩摩藩(島津氏)が攻め入る以前には、日本、中国などと交易し、最も栄えた時代でした。2枚目の写真は、首里城の中にあった模型。在りし日の栄光を語っています。これまでも首里城は何度か焼失しては再建されてきました。第二次世界大戦でも、日本軍が司令部をおいたため、米軍の攻撃により徹底的に破壊されてしまいました。それが2000年にようやく復元されたというわけです。ウチナ-の悲願成就ですね。それにしてもヤマトンチュウ-はウチナ-に対して、搾取以外に一体何をしたのか?歴史を紐解いていくと、そういう日本人の汚さが見え隠れしてきます。
2008年02月18日
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今回、沖縄は那覇空港に到着後、最初の観光がここ守礼門でした。門の中央に掲げられた「守禮之邦」の額は、当時の中国(明?)より、琉球王国が礼を守る国だと評価され、いただいたという話が伝わっているそうです。戦前は国宝でしたが沖縄戦で焼失し、今から50年前にようやく復元されたものです。一緒に破壊された首里城も今は復元されていますが、復元されるまでは、眼の前には道路が走りあまりぱっとしなかったと聞きました。日本三大がっかり名物のひとつだったとか。いまは、道路は離れ、首里城も復元されて、日本を代表するりっぱな門ですね。でもこの建築様式、明らかに中国伝統ですよね。台湾や中国でおなじみの形です。いかに琉球が日本よりも中国の影響を受けたか、守礼門自身が語っている様です。そして写真にある沖縄伝統衣装も、明らかに中国の影響を深く受けていますね。まるで国内旅行というより海外旅行の気分です♪
2008年02月17日
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寒い関東から、つかの間暖かい南国沖縄へ飛んで行きました。初めての沖縄です^^。そこは南国極楽でもありますが、中国、日本、そして米国に踏みにじられた歴史を残すかつての琉球王国でもありました。滞在前は天気が優れず、曇後雨を予想していましたが、なんと3日間とも太陽がでて沖縄の人たちもびっくり感激^^。写真は日本海。さらに進むと、東シナ海です。白砂とアクアマリン色の海を乞うご期待。
2008年02月16日
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今年もかわいらしく咲いてくれました。我家の早春花スノ-ドロップ(^^)。
2008年02月15日
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この花、確か「冬知らず」とかいう花。これも我家の春告げ花です。雪にも霜にもびくともせず、綺麗なオレンジの花を咲かせています。さ~て、16日土曜日朝から、暖かい島へ出かけてきます~~~。
2008年02月14日
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我家の庭の片隅で早春を告げる花の一つ。小さな紅梅です。
2008年02月13日
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球顆流紋岩といわれるものです。新潟県、東蒲原郡とかかれてあります。以前ミネラルマ-ケットで購入したものです。ひとつではなくて、いくつかが合体している事が外観からもわかりますね。珪質に富んだ流紋岩マグマが降圧して上昇する際に溶け込めなくなったガスが泡となり、その中に形成された珪質球が、次々と合体してできあがるのだとか?よくわかりませんが、サンダ-エッグの仲間のようです。見ていると、イ-スタ-島のモアイにも見えてきました。一部薄赤い部分もあって、切断面を見てみたいものですね。なんだかダイヤモンドカッタ-が欲しくなってきました^^;;;。
2008年02月12日
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水晶の上に、左に蛍石がついて、さらに上には方解石がかぶさっています。比較的低温で出来るこの3つの結晶がどういう順番でできたのか見てよくわかる標本です。実は裏には金色に輝く黄銅鉱もついています。中国産です。茨城県高取鉱山でもそれらが全部採れましたが、4つすべてがついている標本はまずないですね。
2008年02月11日
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モロッコといえば、まずはリン鉱石で有名ですが、他にも沢山の鉱物が採れます。これはその中で有名産地ミブラ-デンの真っ赤なバナジナイト。バナジウムを含む鉱物で最も代表的なものです。赤い色は含まれる鉄分によるもの。バナジウム発色ではありません。2004年の大阪石不思議で購入。今から思えば懐かしい時期です。どの石も美しくて光輝いていた頃でした。
2008年02月10日
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明るい水面に踊る光気の早いサーファーと軽い潮騒遠くにかすむ九十九里浜かすかに感じる春の風
2008年02月09日
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これが銚子の背黒いわしです。生き生き鮮やかですね。
2008年02月08日
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おおばいわしの大漁だ。・・・金子みすずの童謡詩を思い出すような、そんな感動を覚えました。まわりにはたくさんの海鳥が飛んでいます。袋をいただいて、それを見せたら、なんと、そのビニル袋いっぱいに背黒いわしを入れてくれました。もちろんただ。氷は近くの道に白くあったものをつめました。発泡スチロール箱も近くのお店からただでいただきました。多分市価では5千円以上にもなる量。ありがたや~。でも、たくさんのいわしのとむらいがうみの中では行われたことでしょう。
2008年02月07日
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犬吠崎のある銚子に先日行きました。その途中でたまたま立ち寄ったのが、この大杉神社です。昔「あんば様」という面白い名前で知られた由緒ある神社だそうです。そこで良く厄年の説明を見ていたら、星(九紫火星など)は、2月4日で切り替わるとかかれてあり、その結果私の星は一つずれてしまいました。その結果最高の運勢が小厄に変貌。信じていませんが、ちょっと残念(^^;;;.入り口の天狗様が印象的でした。
2008年02月06日
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メキシコはチワワ産のカルサイトです。当初犬牙状結晶した不透明なカルサイトにまわりからさらに透明結晶が成長して不思議な姿になっています。カルサイト露頭の最上部にだけ出てきた物だそうです。おなじものをミネラルショーで一度だけ見たことがありますが、別産地からはでないと思われます。カルサイトは鉱物の中でももっとも多様な結晶形をあらわす鉱物として知られています。現在、犬牙状結晶は、実は水晶でいう先細りと同じ機構ではないかという説も出ているようです。まだまだ不思議がいっぱいですね。
2008年02月05日
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買ってきたせりを切って、残りを水栽培しておいたら、ほら、このとおり延びてきました。せりの生命力ってすごいですね!
2008年02月04日
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赤い羽毛瑪瑙の中にうっすらぼんやり青白く光る幻影・・・
2008年02月03日
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その名もアストロフィライト。和名=星葉石です。その名の通り、星の光や爆発のような放射状に長い光芒を思わせる姿。金銀銅鉄の金属光沢が光ります。古い大陸のクラトンに出るもので、日本にはまず出ないでしょう。これも雲母のような層状構造です。このため、薄くはがれますので、葉という名前になっています。こうしてみてくると、様々な結晶系の鉱物が球状に結晶するのですね。それは異方性のない成長形が三次元空間では球になるっていう単純な原理からですね。
2008年02月02日
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チャロアイトといえば、いまやロシアを代表する美しい石ですね。この標本は特に美しいと自画自賛しています。その中に咲いているエジリン(錐輝石)の放射状結晶はまるで黒光りする花弁のようです。
2008年02月01日
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