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ユン坊もおかげさまで今日で2歳の誕生日をむかえることが出来た。たった2年の間だったが、子を持ち、父親となることで学ぶ事も多かった。若夫婦の子育ての方針は、『奔放過ぎず、束縛し過ぎず』、つまり子供を押さえつけず、伸び伸び育てると共に、叱るべきは、1歳だろうと2歳だろうと、厳しくしつける。といえば聞こえはいいだろうが、実際の子育てはそうそう甘くはない。ユン坊は2歳になっても言葉を覚えず、落ち着きがない。外が大好きで手を離すと、凧の糸が切れたように何処に行くかわからない。協調性がなく人と交わるよりも、自分勝手に遊ぶことを好む。親の声にもほとんど反応をしない自由奔放ぶり・・・これはこの子の個性なんだ・・・まだまだ2歳だから今からだよ・・・押さえつけて育てるよりもこっちの方がいいんじゃない・・・天才と馬鹿とは紙一重・・・人から言われたり、自分自身で納得しようと試みたが、子育てのこの2年、何かを間違えたのかと自問自答を繰り返す日々。そして2歳の誕生日をむかえた今日、山田ホルモンの女将からこう言われた。・・・今日知り合いの紹介で、ある先生に会ったんだけど、耳が悪いか、テレビの影響が強いかもしれんよ。対策としてはテレビを消して、親の膝の上で絵本を読んであげるのが一番かも・・・耳は悪くない。好きなことは反応するし、特に好きなテレビのCMの反応は隣の部屋に居ても飛んでやってくる。テレビCMに対する集中力は恐ろしく高く、CMの1分間程は呼びかけても反応がない。いつのまにかCMに脳を奪われているのだ。よくよく考えてみると、テレビのCMや電話音、電子レンジの音など機械音には恐ろしく反応する。にも関わらず親の声はもとより人間の声に対する反応が少ない。泣き止まない時、好きなDVDを見せて紛らわしたり、携帯の音楽で心を和ませていた。もしかしたら私達は知らず知らずの内に、テレビや機械音に子供の躾を頼みこみ、任せていたのか!? 私達は反省をすると共に、当分は生活からテレビ音を一切消し去り、絵本の読み聞かせで、親の声で子育てをしようと心に誓った。CMや機械音に心を奪われるのではなく、親の声に反応し、親の声で育てよう。そう誓った子育て3年目の始まりである。
2007年07月24日
仕入れに行く途中、いつものコンビニでコーヒーを買うのが日課である。このコーヒーはセブンイレブンにしかない、ジョージアの砂糖無しのカフェオレ。これに今流行りのカカオ入りの苦いチョコレートを合わせて食べながら、1時間弱の道のりを過ごす。今日はちょっと急いでて、コーヒーを買って、いつものカカオ多めのチョレートを買って、すぐに支払いを済ませようとすると、店長らしき男性の方から、今ならポイントが多く付きますよ、という理由で『nanaco』なるカードを勧められた。急いでいたが、ちょっと興味があったし、最近山田ホルモンに勤務する若い従業員に、たまにジュースをおごる時にちょっとカッコいいかな?とか、思わないでもないけど、セブンイレブンだけに縛られたくないな、とか、落としたら現金は戻らないやろうな、とか色々頭の中を駆け巡った。しかし、セブンイレブンの店長さんが、『このカードを財布に入れたまま、ここにかざすと、ホラ、お会計ができちゃうんですよ』、といった瞬間、思わず申し込みます!と言ってしまった。とりあえず\1000分だけ、お金をチャージして、いつものコーヒーとチョコレートの会計をする。後ろで牛乳を買いにきたおじさんが面倒くさそうに順番待ちしていたが、あえてカードを財布にきちんと仕舞い込み、専用のレジに財布をそっとかざした。『ぽよ~ん』となんとなく頼りない音だが、はじめての『nanaco』音に、『いいね~♪』と思わず店長に笑みを投げかけてしまった。ま、店長からすれば、なんて単純な客なんだろうと、ちょっとびっくりした顔をしていたが、おつりを貰う煩わしさもないので、ちょっとは便利かな。さっそくその日のうちに、若い従業員を誘ってセブンイレブンに直行!! お会計はこれで、と慣れた手付きで財布をレジにかざす。さっきの『ぽよ~ん』音に若い従業員が、『それ、なんですか?ハイテクですね!』と興味津々。さっき読んだパンフレットのネタをあたかも知っていたかのように、延々と若い従業員に語るのでした。MEET MEATSでのショッピングはここから
2007年07月07日
何年履き続けただろうか?もう4,5年は履き続けているのではないだろうか、お気に入りの靴がある。ナイキの茶色の革靴で、カジュアルだが、しっかりとした皮なのでフォーマルでも使えるし、ソールの溝が結構深いので、そのままちょっとしたトレッキングにも使える優れものである。ここ4,5年はほとんどこの靴一本で過ごしたといっても過言ではない、お気に入りの靴がとうとうゴムのソールと皮の部分が剥げてしまったのだ。最近雨降りが多いし、30にもなって破れた靴を履くのも恥かしいので、靴を修理しようと思い立った。少し前だと靴の修理屋さんとか、鍵屋さんは、商店街やショッピングセンターでも奥まった目立たない場所でしているのが常識だったが、私がいつもいっているショッピングセンターには入り口付近の一番目立った位置に陣取っていた。さっそくショッピングセンターに行き、靴の修理を頼むと、『う~ん、それは、直りませんね。』と一言。靴はソールと皮が剥げているだけである。接着剤を使えば簡単に直りそうなものをわざわざ靴の修理屋さんにもっていってるのである。私は、『直りませんね、ってどういうことですか?自分で接着剤を着けてもよかったんですけど、靴屋さんやったら、うまいこと直してくれると思ったんですけどね・・・』というと、『多分気休めにしかなりませんよ。』とぼやく。もともとソールと皮は接着剤のようなもので張り付いていたのだ。それが5年履き続けて剥がれたんだから気休めでもなんでも接着剤くらい付けてくれれば、気持ちよくお金を払って帰るのに、修理をしてもすぐに剥がれますよ、一点張りである。靴の修理屋さんというので職人気質をイメージしていたのだが、大変残念である。できるだけのことをやって言うならまだしも、自分の経験上の話だけで判断し、サービスを怠った。まだまだ消費社会の真っ只中、靴なんて一人何足ももっている時代に、靴を直しに来た希少な客に対し、少しの誠意も感じられない対応で追い返した。せっかくいい場所に陣取っているのにね・・・
2007年07月03日
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