あっしだけの日記★★GP2型インプレッサに乗る男

あっしだけの日記★★GP2型インプレッサに乗る男

PR

×

カテゴリ

どうせ一度しかない人生・・・

(34)

これは、もう趣味のクルマ!

(145)

愛車はSUBARUです!

(102)

クルマが趣味です

(85)

これはクルマという芸術品

(82)

乗ってみたいクルマ

(81)

これこそ、一度は乗ってみたいクルマ!

(73)

★★★★★★六連星(SUBARU)永遠なれ

(69)

SUBARU記事

(61)

モーターカーレース

(61)

そばにいて欲しいクルマ

(53)

お散歩

(53)

鎌倉のこと

(50)

欲しいクルマ

(50)

Greenエコロジーの視点で・・・

(48)

横濱あれこれ

(47)

MUSIC~音の神々

(46)

旅に出ました

(45)

お出かけ記

(45)

SUBARUって言えば・・・

(45)

横濱って言えば

(43)

湘南のこと

(43)

これはもう、クルマの王者といえる一台

(44)

たまには文化の香り漂う・・・

(42)

グルメ 横浜!

(42)

横浜を お散歩

(42)

ことクルマのこととなると・・・

(43)

時の過ぎ行くままに・・・

(39)

クルマに関するメディア・ウォッチング

(39)

これは、おススメです・・・

(39)

お酒の話は、謹んで・・・

(38)

季節を感じるとき

(38)

クルマのお話

(35)

徒然なるままに・・・

(33)

感想、男の吐息です

(32)

クルマ選びは!

(32)

ヨコハマの片隅で

(32)

独り言

(30)

あっしのオピニオン

(28)

こうして、日々が過ぎていく

(28)

横浜街角ウォッチング

(28)

やっぱ! 横濱じゃん

(27)

あっし自身のこと

(24)

横濱!バンザイ

(23)

スポーツ系のニュースは こちら!

(23)

見た映画・テレビ番組

(23)

ヒトとクルマ

(21)

期待の新車デビュー!

(20)

これこそクルマの中のクルマ!

(18)

my hometown横濱

(14)

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月

プロフィール

マッシィー

マッシィー

コメント新着

背番号のないエースG @ 原由子 伊藤つかさ「夢見るシーズン」に、上記の…
たく31450761 @ Re:6代目となる新型「スバル・レガシィ」発売(記事)(10/25) インプレッサめっちゃかっこいいです!! イ…
ジャガラー @ マツダが新型「ロードスター」を公開(記事)(09/12) なかなか良い感じですね☺ はやく見たいで…
ジャガラー@ 【デトロイトモーターショー14】スバル WRX STI 新型、デビューが確定(記事)(01/05) 明けましておめでとうございます。 相変…
JAZZY86GT @ ブログ立ち上げのご報告 いよいよこのあっしも「俺だけの日記」を…
86GT@ 俺のハチロク論 人生の宝ものについて考える編 いよいよ今日から12月。午後の陽射しのあ…

お気に入りブログ

横濱の写真、英語、… ジャガラーさん
Fastest Lap Strikes Back!!さん
大好き!ヨーロッパ… ヒデオ1999さん
殿上人日記 夢穂さん
King of Lazy Swimme… KLSwimmersさん
殿上人日記(仮) 殿上人夢穂さん
北海道札幌市から観… スナフキーさん
横浜泥酔 mouda0915さん
ボタンダウンクラブ アイビーおじさんさん
石原ママのホームペ… B4さん

カレンダー

サイド自由欄

本当にご愛顧いただき、ありがとうございます。とりわけ、毎日見ていただいている方には、格別の感謝を申し上げます。貴方方の存在が、あっしのやる気を支えています。これからも、よろしくお願い申し上げます。
「あっしだけの日記」は、「自分探し」を綴る日記です。あっしは何処から来て、何処へ行こうとしているのか。この日記には、一つひとつテーマがあります。引用文を含めて、全てあっし中心に構成しています。あしからず、ご承知おきください…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2007年12月31日
XML

どらく

反戦、反核など国際的な市民運動に取り組んだ作家で、「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」元代表の小田実(おだ・まこと)さんが7月30日、胃がんのため東京都内の病院で死去した。75歳だった。                                                           1932年大阪市生まれ。45年の敗戦前日の8月14日に大阪大空襲を体験、そこで目の当たりにして後に「難死」と呼んだ「無意味な死」への怒りが言論活動や市民運動の源泉となった。                                                                東京大文学部卒業後の58年、フルブライト留学生として米国ハーバード大学へ。このときの体験とそれに続く欧州・アジア巡りをつづった1日1ドルの貧乏旅行記「何でも見てやろう」(61年)がベストセラーに。飾り気のない文体と世界の人々と同じ高さの目線で向き合う姿勢が共感を呼んだ。                                                             65年、ベトナム戦争に反対して哲学者の鶴見俊輔さん、作家の開高健さんらとベ平連を結成。ワシントン・ポスト紙に日本語で「殺すな」と大書した反戦広告を掲載するなど、運動の支柱となった。                                                                             ベ平連解散後も、執筆の傍ら政治問題と正面から向き合い、市民の側から発言を続けた。76年には北朝鮮を訪問して当時の金日成主席と会見。87年の東京都知事選では当時の社会党から立候補を打診され、断った。                                                                  95年の阪神大震災は自宅で被災。公的支援の貧弱さを体験、被災者を支援する法律の成立に尽力した。04年6月、作家大江健三郎さんや評論家加藤周一さんらと、憲法を守る「九条の会」の呼びかけ人となった。                                                                 小説では庶民の生活に根ざした素材と言葉で、心のひだへ分け入った。「HIROSHIMA」で88年、第三世界最高の文学賞とされるロータス賞を受賞。97年に川端康成文学賞を受けた「『アボジ』を踏む」は演劇にもなった。07年春に末期がんがわかり知人に手紙で病状を明らかにしていた。

二番目は、稲尾和久さん

「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた投手で、プロ野球の西鉄ライオンズの黄金期を担った稲尾和久(いなお・かずひさ)さんが11月13日、悪性腫瘍(しゅよう)のため福岡市内の病院で死去した。70歳だった。                                                                      大分県別府市出身。56年に別府緑丘高校(現芸術緑丘)から西鉄(西武ライオンズの前身)に入団し、21勝(6敗)を挙げて新人王を獲得。翌年もプロ野球シーズン最多タイの20連勝を達成した。58年には、33勝でリーグ3連覇に貢献、巨人との日本シリーズではチーム3連敗後に自らが4連勝。第5戦では延長10回、日本シリーズ初となるサヨナラ本塁打を放ち、逆転優勝の立役者となった。                                                  1年目から8年連続で20勝以上を挙げ、61年には戦前のスタルヒン(巨人)に並ぶシーズン最多42勝(14敗)。プロ14年間の通算成績は276勝137敗、防御率1.98。93年に野球殿堂入りした。69年に現役を引退してからはロッテなどの監督を計8年務めた。

三番目は、木原光知子さん

16歳だった64年の東京五輪で競泳に出場、引退後はタレントとしても活躍した木原光知子(きはら・みちこ=本名美知子)さんが10月18日、くも膜下出血のため死去した。59歳だった。                                                                       岡山県出身。中学時代に頭角を現し、高校になって自由形などで日本記録を樹立。「ミミ」の愛称で人気を集めた。日本代表に選ばれた東京五輪では400メートルメドレーリレーの最終泳者で4位に入賞した。背泳ぎや個人メドレーを得意にしていたが、64年東京五輪直前の日本選手権では、専門外の100メートル自由形で日本記録を作るなど、たぐいまれな素質を持っていた。日大在学中に現役を引退。モデルやキャスター、ドラマ出演などさわやかなキャラクターでお茶の間に親しまれた。                                                                    05年、日本水泳連盟の理事に就任、今年からキッズ育成プロジェクトを担当。また女性スポーツの地位向上に努めた。                                                          今年10月6、7日に11回目を迎えた女性のための水泳大会「ウーマンズ・スイム・フェスティバル」で指揮を執ったばかりだった。

小田実さん。「何でも見てやろう」は、わが青春時代のバイブルの一つ。ここには書いてないが、ソ連との関係などいろいろ言われた時期もあったが、スタンスの取り方を崩さなかった人だ。それと政党や既成組織に組しないこと。批判も多かっただろうが、自らの生き方を貫いた人だった。                                                                稲尾さん。とにかく昭和33年の日本シリーズは記憶に残る。それまで巨人ファンだった9歳の少年は、その日から西鉄ライオンズ・ファンになっってしまった。年間42勝するなんて、現代のプロ野球じゃ考えられない。神さま、仏さまも病気には勝てなかった・・・                                                木原さん。一学年上の人だから、親近感がある。しかも、同じ頃に水泳をしていた。向うは日本のトップクラスではあったが。いつまでも若々しい人だろうと思っていたら・・・

他にも、阿久悠さん、宮沢喜一さん、植木等さん、山口小夜子さん、黒川紀章さん、塩沢ときさん、羽田健太郎さん、そして横山ノックさんや宮本顕治さんも、今年、亡くなった。 合掌






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008年08月15日 21時48分20秒 コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: