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弊社の商品は、お年寄の購入者が多く、年間に必ず、『親が亡くなりましたので、カタログの送付を停めて下さい。』といったご連絡を多数頂戴します。次世代に購入層を移行をさせていくのが、課題である弊社にとっては、断を下されての連絡は正直辛いです。しかし、亡くなられた事実を告知して、故人の連絡関係を清算するのは、残された子供らが当然、すべき手続きであります。亡くなった母親を、誰にも知らせないで、押し入れで放置して、腐敗してくると風呂場で洗ってあげ、それが母親への供養だと60歳半ばの息子の話を、今朝のニュースで見ました。この種の問題が表面化した事の発端は、東京で、故人の意向との事で、20数年間、ミイラ化した死骸がある部屋を、一度も開けないでいたと事件でありました。年金を受け取りたいという経済的な問題が、全てに共通していますが、葬儀の大小でなく、供養の意味を履き違えた常軌を逸した行動をする年輩者が多いのが、底深い問題を呈していると思います。日本の国から、宗教観が遠ざかっていく現実をくい止めて、国政含めて出直さないと、日本国が日本国でなくなってしまう危機感を感じます。
2010.08.23
夏の甲子園大会は、興南高校の春夏連覇という偉業達成という形で終わりました。本土に復帰する前は、甲子園の土を持ち帰る事が叶わず、船上から海に撒いたと言う悲話もありました。当に、夏の大会を全国制覇して、深紅の大優勝旗を沖縄の地に持ち帰るのは、県民の悲願だったと思います。戦中、戦後と、そして現在も辛い事を沖縄に押し付けている事実は確かであり、今後の米軍基地問題においても、沖縄県民の総意を反映した進展は困難なのは、誰もが知るところです。今回の優勝は国民が、心からのお祝いの気持ちを捧げるべき偉業だと思います。
2010.08.21
先日、父と共に寝泊りして暮らしている実家で、レトロなちっちゃなアルミ製のお弁当箱を発見しました。それは、私が幼稚園の時から、遠足になると母が、鶉卵とソーセージときゅうりを爪楊枝にさして詰めたりして、持たせてくれた思い出のお弁当箱でした。成人して行くにつれて、小さくて用度がなくなり、数十年は使われる事もなくて、3回は引越しをして捨てるかどうか母も迷ったと思いますが、子供時代の思い出の詰まったお弁当箱を捨てずにいてくれたのだと思います。けして裕福な子供時代ではなかったですが、遠足や運動会とか特別な日は、朝早くから特別メニューで、用意してくれた母心が、その当時から嬉しく思ったものでした。今のご時世は、何でも無駄無駄と言いますが、場所とらずのちっちゃな思い出詰まったモノは、捨てずにいたら幸せな気持ちを連れて来てくれます。
2010.08.18

盆休みは、何処にも行かず、仏壇のお花の水の入れ替えに心する、穏やかな休日となりました。そんな中で、ある学生の夏休みの宿題のお手伝いに、子供時代に戻って、久し振りに絵具を使いました。下書きから、慎重に取り組みました。間違いなく、自分の学生時代の時よりも、張り切ってました。お墓参り以外の唯一の外出は、ロータリーでご一緒の細見美術館の館長さんの誕生日会に行ったぐらいです。ご本人の8月15日の誕生日に、同じ8月生れの友人知人を招いて、美術館の中にあるホールで、ジャズの生演奏あり、お酒あり、ワインありで楽しい会でした。今年で、お邪魔したのは、昨年に引続き2回目ですが、ご縁があるかぎりは伺いたい会であります。昼に、久し振りに横浜ベイスターズが、快勝したので足取りも軽く外出しましたが、この休みは、とにかく暑い毎日でした。皆様も体調維持に、気を付けて下さい。今日は社員一同が、元気に顔を揃えてくれて、何よりでした。
2010.08.17
今日は暑さが幾分かましですね。会社の供養塔のある墓地に、ある建設会社の供養塔があります。その供養塔の墓標に刻んである倶会一処の文字が気になっていましたので、調べてみました。阿弥陀経の中に出てくる、諸上善人、倶会一処の経文です。お浄土へ生まれたものは大涅槃のさとりをひらいて、一生補処という菩薩の最高位の聖者や、観音、勢至という大菩薩とともに、衆生済度の活動をする人たちといっしょに会うことができるという意味ですが、さらに、先に浄土へ往生された肉親や師友たちと会うことができるということだそうです。 浄土にいったら、共に汗して働いた者同士が、お会いできるようにとの願いをこめてられるんだと思います。今現在、共に汗して頑張ってくれる社員たちとの絆を大切に、時間を無駄にしないで頑張って行こうと、お盆休みを迎える寸前に決意を述べさせて頂き、13日から16日まで休ませて頂きます。
2010.08.09
極暑の中、会社の供養塔と母のお墓のある天竜寺に墓地清掃に参じました。汗だくになりました。除草作業の間に、『菩提心とは何やろ。』と考えていました。一月ほど前に除草したのに、長く続いた梅雨の間に伸びた草の成長に驚きながら。一つの答えが浮かびました。この季節、夕方に急なゲリラ雨にあったりすると、『部屋の窓を閉めたかな。』とか、家の事のみが気に掛かり、お墓の事は気には留めない自分があります。菩提心は、住居と同じように心の中に、お墓の事を気に留める事が、第一歩とつくづく感じました。心すっきりして、今晩は美味しいビールが飲めそうです。
2010.08.06
昨晩のニュースで、感動する出合いがありました。出合いと言っても、テレビを通して、私が存じ上げた次第ですが。戦時中に、日本軍の歩兵隊として、中国大陸に行かれていた山崎宏さんは、日本軍の兵隊が、若い母親から、3歳の子供を奪い取り、その子を絞め殺した残虐な光景を目の当たりにしました。山崎さんは、日本軍にいる身を恥じて、脱走を企てて山中を彷徨います。飢え死にしそうになったので、中国人に食べ物を強請ると、必ず食べ物を与えてもらえたそうです。敵国の日本人に対する慈悲の心が、山崎さんには、理解出来なかったそうです。その恩情に報いる為に、戦後、帰国しないで中国に留まり、中国語も理解出来ない身でしたが医学の道を目指して、見事に診療所を立ち上げられました。文化大革命の嵐の時は、子供に石を投げられても耐えて、日本人であるのを隠さずに医療を続けられたそうです。日中国交正常化が締結された後に、一度は帰国をされて、日本で暮らす選択肢もあられたのですが、中国に戻られて、101歳の現在も、故郷に思いを馳せながらも診療を続けらています。神の医師と称される今も、『まだ、これから。終りはありません。今からです。』と、しっかりと話されるお姿を拝見して感動しました。山崎さんが揮毫された明日有光 人有情 の書は見事なものでした。老いる事の素晴らしさを感じて、山崎さんの理屈でなく、黙々とさらりと実践されるお姿に禅を感じました。たまには、夜に家で過ごすと、良いお出会いがあるものですね。
2010.08.03
昨晩の夕食後に、コンビニでアイスクリームを、家族で買いに行きました。帰宅後、次女の『当った。でも、もう一回行かなあかんし、あんまり嬉しないんやけど。誰か、一緒に行かへん。』という興奮した一声。アイスクリームの棒に当りの表示があったのです。子供の頃に、当りを期待して買っていたのを思い出しました。すると、私のアイスクリームも当りでした。真夏の夜に、笑いに包まれた我家でした。月初めに、良い事があったので、8月は良い月になりそうです。
2010.08.02
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