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世界共通の文化とナショナリズムの関係について、文筆家の師岡カリーマ氏は、6日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 先月日本が主催したアフリカ開発会議に合わせアニメや漫画ビジネスのアフリカ進出を探るイベントが催された。登壇したアフリカ各地の「オタク」の中には、エジプト人コスプレーヤーも。言葉も宗教も異なる人々が日本のオタク文化を通じて繋がる。漫画やアニメが、日本発だからといって「日本人だけのもの」ではないことに、誰も悪い気はしないはずだ。 私は父がエジプト人だが、ピラミッドや壮麗な神殿を残した高度な古代文明には貢献していないから、それを「誇れる」とは思わない(世界中の人々が飛行機に乗って見に来る遺跡が学校の遠足で行ける距離にあったのは幸運だと思うが)。エジプト研究に生涯を捧げている日本の考古学者の方が、よほど私なんかより、その文明を「我がもの」と呼ぶに相応しい。 私は母が日本人だが、コスプレ姿でイベントに参加したエジプト人の仮装が、どの作品の、どのキャラなのかさえ知らない私なんかより、オタク文化は「彼のもの」だ。 異なるルーツを持つ2人の「オタク」が出会った時、彼らは、国籍の他はあまり共通点のない2人の日本人よりも気が合うだろう。そこでは、○○人と非○○人という区別も、その片方が優先されるべきだという発想も何ら意味を持たない。それを肌で知る実体験を、世界中の子どもたちに、たくさん積んでほしいと思う。(文筆家)2025年9月6日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-○○人の空虚」から引用 この記事は、年を取ってしまった私にとって、どこか焦点がぼやけているような、つかみ所の無い文章になっている気がします。例えば、記事の終わりの所で「異なるルーツを持つ2人の「オタク」が出会った時、彼らは、国籍の他はあまり共通点のない2人の日本人よりも気が合うだろう」と書いてますが、実際には、いくら同じ「日本のアニメ」ファンであっても、異なるルーツの2人は、会った瞬間から「同じアニメのファンだから」という理由で、すぐに気が合う友人同士になれるというのは、単なる「空想」に過ぎず、実際は、同じアニメのファンだということに気付いても、会話を交わして意思の疎通を図るには、かなりの時間が掛かるであろうし、会話が通じるようになってからも「やっぱり、同じアニメを見ても、感じ方や理解の仕方には、人によってかなり差があるものなのだ」ということに気付くとか、いろいろ紆余曲折に遭遇するのだと思います。師岡氏は何を言いたくて、このような記事を書いたのか。例えば、参政党の神谷氏が「日本のアニメは日本のものだ。外国人には渡さない」とでも言ってるのなら、こういう記事もそれなりに「議論」として存在意義があるかも知れないが、そのような状況ではないように思います。
2025年09月30日
中国がロシアと朝鮮民主主義人民共和国の首脳を招待して「抗日戦争勝利80年」を祝う軍事パレードを実施したことについて、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、6日付け朝刊のコラムに、次のように書いている; こんな光景は見たくなかった。中露朝3カ国の独裁的指導者たちが「抗日」を冠に頂く軍事パレードで談笑し閲兵する図。ヒトラー、ムソリーニ、東条英機の日独伊三国同盟首脳が一堂に会したら、こんな印象だったのか。 抗日戦争勝利80年? 政治プロパガンダのでたらめも甚だしい。 80年前、日本軍と戦った中国の主力は、後に内戦で共産党軍に台湾へ追われた国民党軍だ。 旧ソ連は、終戦1週間前に日ソ中立条約を一方的に破って旧満州(現中国東北部)と朝鮮へ侵攻。日本のポツダム宣言受諾後も南樺太・千島列島へ侵略を続け、60万人近い日本人を拉致、抑留し、強制労働させた。当時から国際法違反のオンパレードである。 朝鮮人の抗日闘争は実体に乏しく、大半は北朝鮮建国神話のための創作というのが定説だ。 第一、日本を倒したのは米国、日中戦争で中国を支えたのは英国だ。両国の参加しない戦勝記念などあり得ないが、歴史の偽造が現に国際政治を動かしている。 トランプ米大統領は自身のSNSで、戦時中の日本を「侵略者」と呼び、3首脳集結を「米国へ対抗する企て」とけん制しながら、自分は3人それぞれと話ができる関係だと誇示した。やっぱり「TACO」(トランプはいつもビビって退く、の頭文字)だ。 認めなければなるまい。第二次大戦後の米国主導による国際秩序や国際法の原則は、すでに壊れている。代わりがないので、専門家は「こんなのおかしい」と嘆くばかりだが、正しくない現実にも向き合わなければならない。 日本は何をすべきか。まず、こんな時「総裁選ごっこ」にうつつを抜かす自民党の解体。自民党は冷戦期の産物だ。「自由主義経済を守るコスト」として企業・団体献金を集めたが、冷戦後のグローバル経済で名目を失ったのに惰性で集めるから腐り果てる。「解党的出直し」ではなく、解党して政界再編に挑むべきである。 戦争と平和の見方も変わらざるを得ない。2週続けて惰性で続く戦後80年回顧への疑問を書いた。敗戦を平和と民主主義への希望と抱きしめ、米国主導の占領改革に身も心も投じて築いた繁栄。戦後の反戦主義も「アメリカの影」抜きには成り立たなかった。 今や米国は変わり、国際法も虫食い状態だ。歴史が「現在と過去との間の尽きることのない対話」である以上、歴史の見方には現在の世界の見方が映される。それでも過去からの声、死者たちの言葉なき沈黙に耳を閉ざせば、歴史の報いを受ける。(専門編集委員)2025年9月6日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-戦後秩序が壊れた後に」から引用 この記事は、冒頭で「こんな光景は見たくなかった」などと失礼なことを書いているが、1945年の夏に大日本帝国は中華民国を含む連合国軍に降伏したのは事実であり、現在の中国政権は日本の降伏の4年後に発足した新政権であるのは事実だが、かつて中国が日本の不当な侵略戦争をはね返して勝利したという「史実」を記念する行事を実施することは自然なことです。また、ロシアと朝鮮民主主義人民共和国が、ウクライナを侵略したり核兵器の開発を進めたりしているのは、アメリカ帝国主義がロシアと朝鮮民主主義人民共和国を封じ込める政策を継続して両国の経済活動を妨害してきた結果の「問題行動」なのであって、両国を世界のならず者であるかのように表現するのは片手落ちというものだと思います。しかし、その一方で、「こんな時に総裁選ごっこにうつつを抜かす自民党は解体するべき」というのは、確かにその通りです。日本の「失われた30年」は、世襲議員や裏金議員たちの政党が「立て直す」には、荷が重すぎるのだから、一度解体して、変な右翼思想に染まっていないまともな議員を集めて、新党を作るのが良いと思います。
2025年09月29日
今から102年前に起きた関東大震災の直後、日本軍や警察は日頃から朝鮮人や中国人を差別していた負い目から、こんな大地震で世の中が混乱したのを機会に彼ら(朝鮮人、中国人のこと)が暴動を起こしたりするんじゃないかとの恐怖心を抱いて、日本中の各地に「朝鮮人が井戸に毒をいれた」だの「徒党を組んで放火して回っている」というデマを打電したため、各地の住民が自警団を組織して、朝鮮人中国人を見つけ次第殺害するという蛮行に及び、数千人が被害を受けたものと考えられます。しかし、事件から102年も経った今も、日本政府は「確かな資料が存在しない」などと言って、実態を調べようともしません。そのような状況に対し、真相究明を求める市民団体が、東京都千代田区の連合会館で、集会を開いたことを、8月30日の神奈川新聞は、次のように報道している; 関東大震災直後、政府が流したデマと差別が引き起こした朝鮮人虐殺から102年を迎えるのを前に、虐殺の真相究明を求める集会が29日、東京都千代田区の連合会館で開かれた。レイシズムの現場で取材を重ねるノンフィクションライターの安田浩一さんが講演し、「『日本人ファースト』が叫ばれ、あらゆる外国人が差別のターゲットにされている。今こそ過去を認め、差別排外主義を一掃する責任を日本人が果たさねばならない」と訴えた。(石橋 学) 安田さんは戦時中、山口県宇部市の海底炭鉱「長生炭鉱」の落盤事故で亡くなった朝鮮人の遺骨が放置されている問題も長年追い続けている。海底坑道から人骨が見つかった25,26日も現地で取材。植民地支配と戦争遂行という国策が強いた犠牲に責任を取ろうとしない政府について「虐殺への対応と全く同じ。加害に向き合わず、犠牲者に冷淡な姿勢が歴史否定の波を起こし、レイシストを喜ばせている」と批判を強めた。 東京都の小池百合子知事は虐殺犠牲者への追悼文送付を2017年からやめ、群馬県では24年、朝鮮人労働者の追悼碑を山本一太知事が撤去するに至った。 ヘイトの刃(やいば)はニューカマーにも向かい、埼玉県川口市ではクルド人排斥が深刻化。かつて虐殺に走った民衆をほうふっとさせる「自警団」を名乗るレイシストも現れている。安田さんは「差別と偏見が虐殺を招き、あおったのは政府だった。いまも102年前と同じように治安を乱しているというデマが流され、クルド人を殺せ、たたき出せという憎悪が渦巻く。私たちの社会はヘイトクライムを起こす準備をしている」と警鐘を鳴らした。 集会は「日本と朝鮮を結ぶ全国ネットワーク」や「関東大震災朝鮮人虐殺を検証する有志議員の会」などが主催し、参加者一同でアピールを採択。「戦前戦後を通じて日本社会が払拭しきれずにきた植民地主義が、『日本人ファースト』を疑うことなく受け入れる人たちの認識の根底にある」として、植民地主義を克服して多民族・多文化共生を実現するため、日本政府に虐殺の真相究明と謝罪を求めた。【解説】関東大震災における朝鮮人虐殺 1923年9月1日の関東大震災直後、朝鮮人が放火や投毒をするなど暴動を起こしているというデマを内務省が各地へ打電。信じた軍警や民衆が組織した自警団などが朝鮮人や中国人を殺害した。内閣府・中央防災会議の2009年の報告書では震災犠牲者10万5千人の1~数%が虐殺されたと推計。背景について「日本が朝鮮を支配し、その植民地支配に対する抵抗運動に直面して恐怖感を抱いていたことがあり、無理解と民族的な差別意識もあったと考えられる」と分析している。虐殺は東京、千葉、埼玉、群馬など関東一円で起き、神奈川では現在の横浜、川崎、茅ケ崎市内で57件発生、145人が殺害されたと、当時の安河内麻吉知事が内務省に報告している。2025年8月30日 神奈川新聞朝刊 16ページ 「時代の正体・植民地支配責任を問う-過去認め、排外主義一掃を」から引用 「確かな記録が存在しない」という政府の言い分は、事実では無く、実際は国会図書館や防衛省戦史研究所などの書庫には、震災当時の軍の記録や各地の警察署の記録などは保管されており、一部は歴史研究者の手によって出版された例も存在するのであって、政府の言い分は虚構であることは分かっています。震災が起きた頃は、日本は朝鮮や中国に先駆けて国家体制の近代化に成功して、優勢な軍事力を持つことができたのであったが、それから102年も経って、今では中国も朝鮮も日本と対等な立場で外交や貿易を行う時代になったのですから、これからの日本は、朝鮮や中国に対して尊大な態度でやっていくことは、外交のマナーとしても疑問符がつくことは避けられません。かくなる上は、なるべく早く、対等な立場で過去の事実を確認することは、お互いの将来のためにも、必要なことだと思います。
2025年09月28日
SNSで切り抜き動画を多用した参政党と国民民主党が大きく議席数を伸ばした今回の参議院選挙について、朝日新聞記者の前田直人氏は、10日の同紙夕刊コラムに、次のように書いている; 「もしや、ショート動画の威力なのでは?」 そう直感したのは、SNSの威力が話題になった昨夏の東京都知事選と昨秋の兵庫県知事選でのことだ。 ピンと来る体験があった。私の趣味は音楽情報を追うこと。YouTubeやTikTokを、私用のスマホでよく見る。特に、指先でめくるだけでいいショート動画は便利だ。 興味をそそる場面が元動画から切り取られた1本60秒ほどのショート動画は、内容がおもしろければ一気に再生回数が伸びる。おすすめのアルゴリズムに乗って日常に割り込み、好反応なら、似た動画が芋づる式に後に続く仕組みだ。 視覚効果は鮮烈で、ついのめり込む。若者に人気のTikTokが特に使いやすく、認知への影響も大きい。音楽だけなら「楽しかった」で済むのだが、政治ネタが近年急に増えたことが気になっていた。 8月に「1議席のみらい SNS政治の新時代」という特集記事を展開した。その取材は、選挙の最前線に詳しい専門家や同僚記者とともに、この体感を確かめる作業となった。 結論から言うと、肌感覚の通りだった。 核心は、選挙関連動画の急増だ。選挙ドットコムを運営する「イチニ」社長の高畑卓さんが見せてくれたデータは衝撃的だった。昨年の衆院選期間中は3億回に満たなかった選挙関連動画の再生回数が、今回の参院選では17億5千万回にふくらんだというのだ。 「切り抜き職人」という言葉も多用された。自発的にショート動画を切り抜き、広める支援者たちのことだ。参院選で躍進した参政党や国民民主党は、この領域で優位に立っていた。 かくして「数%の得票率をかせぐ程度だったネット地盤が、数十%の影響力を持つようになった」(JX通信社の米重克洋さん)。もはや地殻変動である。 記事掲載後、旧知の政党関係者からも戸惑いの声が届いた。各党は今後、「切り抜き職人」育成に励むようだ。だが、それだけでは済まないだろうと思う。 一貫性が見えない「切り抜きポリティクス」の時代である。いかに格差と貧困、孤立化といった不満の奥底にあるものを読み取り、全体像を描き直せるか。それなしに政治課題の解決にはたどり着けない。 政治が大変革期に至ったことは間違いない。オールドメディアと呼ばれる私たちも正念場だ。腰を据えて役割を問い直し、アップデートを重ねるしかない。(編集担当補佐〈前政治部〉) *<まえだ・なおひと> 1992年入社。山口、福岡勤務をへて2000年に政治部。政治取材、選挙報道に長く携わり、16年から4年余り世論調査部長を務めた。25年参院選では政治部記者として主に比例区取材を担当。9月から編集担当補佐。2025年9月10日 朝日新聞夕刊 4版 5ページ 「取材考記-政治 切り抜きより全体像を」から引用 この記事によれば、参政党と国民民主党がSNSの切り取り動画の多用で大量得票に成功したので、今後は各党が「切り抜き職人」育成に励むことになるらしいと書いているが、私は、SNSの切り抜き動画によって各党の政策の訴えが、果たして正確に有権者に伝わるのかどうか、大いに疑問だと思います。今回、動画に釣られて参政党に投票した人たちは、参政党が主張した「日本人ファースト」が、「外国人は優遇されている」というデマを拡散する手段であって、「外国人が優遇されている」という事実はないのに、参政党はしつっこくそのデマを流し続けたことを、今ごろどう考えているのか、あるはまた、まだ気付いてもいないのか、そういう問題は脇において、ねこもしゃくしも「切り抜き動画」というのは、何か釈然としないものを感じます。
2025年09月27日
行き届いた社会福祉制度で有名なスウェーデンでも、近年は右派勢力が政権を握り、かつては容易に受け入れていた移民についても、それなりに「条件」を課すことになった経緯について、国際政治学者の鈴木悠史氏は、10日の朝日新聞夕刊に、次のように書いている; 「移民はスウェーデンにとって有益でなければならない」 2024年夏、右派の穏健党のクリステション首相らが新聞に寄稿した記事のタイトルだ。中道右派連合による現政府が進める移民・難民政策に通底する考え方といえる。 22年の政権交代で誕生した現政府は、移民政策のパラダイムシフトを掲げ、外国人の受け入れを制限する政策を次々と実施している。前政権で年間5千人だった第三国定住のしくみで受け入れる難民の人数枠は900人へと引き下げられた。他にも難民が家族を呼び寄せる際の扶養要件の免除を廃止し、呼び寄せのハードルを上げた。一連の政策効果は明白だ。厳格化したスウェーデンでの庇護(ひご)申請が敬遠され、昨年の庇護申請者数は1万人を下回り、1996年以降で最少だった。 「スウェーデンは人道大国だ」 14年夏、当時のラインフェルト首相は演説でこう述べ、押し寄せるシリア難民に対して「心を開いてほしい」と国民に訴えた。翌年には16万人以上の庇護申請者が殺到し、人道的観点から人口比ではEU(欧州連合)内で最大規模の難民を受け入れた。 * この10年間での変化はなぜ起こったのだろうか。 福祉国家スウェーデンでは経済格差が拡大している。住宅市場の高騰による資本所得の増大が格差拡大を引き起こした。また、大量の難民の流入は外国人の社会統合に影を落とした。一部は「ギャング」と呼ばれる犯罪ネットワークに加わった。「ギャング」同士の抗争が生じ、近年多発する銃撃事件や爆破事件に市民が巻き込まれることもあった。 そして、躍進を続けたスウェーデン民主党(SD党)の存在だ。その起源は反外国人や反ユダヤ主義を掲げる複数の極右集団だが、2005年以降党首を務めるオーケソンは党の穏健化を進め、スウェーデン人のための福祉国家の再建を訴えた。当初、既存政党は排外主義的なSD党に冷たかったが、14年にSD党が第三政党となるとその存在を無視することは不可能になった。21年にSD党は他党との予算協議を行い、ようやく議会に「受け入れられた」。22年の選挙で第二党にまでなった。 現在、閣外協力のSD党のために首相府内には調整事務局が設置され、SD党が掲げる政策が反映される仕組みが整えられている。SD党にとっては初の政権参加への布石だ。 * 他方で、第一政党で野党の地位にある社会民主党が、現政府の移民政策の大半を支持している点は興味深い。社会民主党の狙いは、外国人の数を減らし有権者の関心を社会統合に集中させることにある。社会統合の課題である孤立や格差の解消について社会民主党は経験豊富だ。 当然、現政府も社会統合を重視する。言語を基盤として、人権の尊重や民主主義、ジェンダー平等といったスウェーデン社会で共有される価値観に焦点が当てられている。クリステション首相は明確に訴える。 「定住するためにやってくる者は、社会の一員となり、言語を学び、自立し、スウェーデンの価値観を尊重しなければならない」 SD党がスウェーデンの政治風景を変えたのは間違いない。確かに軽々しい人道主義に陥るのは避けるべきだろう。だが、現に戦争や内戦で故郷を追われる者がいる。彼らの存在を無視してよいのだろうか。国際的な責任と国内の課題の間で、「人道大国」スウェーデンは葛藤している。 ◇<すずき・ゆうじ> 1989年生まれ。在スウェーデン日本国大使館専門調査員を経て、大阪大学非常勤講師。専門はスウェーデン政治外交史。共著に「スウェーデンを知るための64章【第2版】」など。2025年9月10日 朝日新聞夕刊 4版 2ページ 「にじいろの議-人道大国 葛藤の10年」から引用 スウェーデンほどの人権先進国でも、定住するためにやって来る者は社会の一員となり、言語を学び、自立しスウェーデンの価値観を尊重することを要求するというのは、少し厳しいような気もするが、考えて見れば当たり前のことです。日本の場合は、埼玉県にクルド人の人々が移住してきていますが、彼らは手に職を持ち、日本語を話し、日本社会の一員として暮らしているので、後は彼らに対し、不当に加えられるヘイトスピーチや差別を煽るデモなどを、行政の責任で取り締まって、誰もが平和に暮らせる社会を実現するという「責任」が、行政当局にあるのだと思います。
2025年09月26日
石破首相が退陣する羽目になったことについて、東京大学名誉教授の御厨貴氏は、9日の朝日新聞のインタビューに応えて、次のように述べている;――自民党内で総裁選前倒しを求める声が強まるなかで、石破茂首相が退陣を表明しました。 「当初から弱体だった石破内閣ですが、7月の参院選後もピリッとしない党内抗争の末、倒れました。しかし、いま目の前に広がっているのは、一つの内閣が崩壊しただけの景色ではありません」 「戦後80年のいま、日本政治が追い続けていた二大政党制への夢がついえました。自民党と社会党による1955年体制以降、大きなエネルギーをつぎ込んだ90年代の政治改革は政権交代可能な二大政党制を目指してきましたが、将来への展望も見通せない荒涼とした風景が広がっています」――7月の参院選で、国民民主党と参政党が躍進し、多党化が進みました。 「多党化よりも、第1党の自民党と第2党の立憲民主党の劣化が大きな問題ではないでしょうか。参院選で敗北して政権が倒れたことは過去にもありました。しかし、かつては自民党の中で選挙の最終盤には、ここでこの政権に区切りをつけて交代させよう、といった知恵が実力者から出ていました」 「今回は、石破首相は続投を表明し続け、政治そのものが迷走しました。かつてのような知恵も力の構造も存在しない自民党になっています。もう一つ指摘しておきたいのは、第2党で野党第1党の立憲民主党も目を覆う状態だということです。参院選前の国会会期中からですが、立憲民主党は第2党の立場を生かせないまま、まったく主導権を発揮できずにいます。中くらいの政党に勢いがあるという現象でなく、第1党、第2党に指導力がなくなっていることが問題です」――昨年12月25日には、首相官邸で石破首相と対談しましたね。 「石破首相が私に対して発した最初のひと言が『ここは静かで良いでしょう』でした。石破氏とは首相になる前に何度も対談してきました。自民党政権下でも民主党政権下でも、私は何度も首相官邸に行っていろいろな人に会ってきましたが、あんなに静かな官邸は経験したことがありませんでした。一国の最高権力者の館が静かで良いということはあり得ないのです」 「おそらく戦前から、どんな政権であっても、日本の首相官邸には、人が押し寄せ、アイデアと情報が集まっていたはずです。当然のことですよね。日本の各省庁の官僚たちやいろいろな人が、自分たちのアイデアや理想を実現させるために官邸に持ち込んで、大いに競い合うのが当然です。首相官邸には、そういう熱気があふれていたものです。それが昨年末の首相官邸にはまったく感じられませんでした。首相官邸が空っぽになってしまったように感じました。それは日本の政治にかつてなかったような種類の危機だと思います」――石破官邸には活気がなかったですか。 「若い頃からあたためていた自分なりの考えや政策もあり、石破氏には首相として実現したいこともいろいろとあったでしょう。政治改革のために声を上げ、自民党を離党した経験もある政治家です。何度も自民党総裁選に挑戦しましたが、ようやく首相になったのは、大変難しい時期でした。今月2日の自民党両院議員総会でも首相自身が『石破らしさを失ってしまった』と謝罪しました」――石破政権を後世はどう評価するでしょうか。 「少数与党に転落してから、それまでの自民党政権が経験したことのないような工夫を重ねて政権運営をしました。連立を組み替えるのではなく、当初は国民民主党から、後半国会での予算案をめぐっては日本維新の会からの協力を取りつけて乗り切っていました。新しい時代の政治秩序をつくりあげようとして、その途中で行き詰まったということになります。参院選後は、しっかりと国民にポーズを示すことができず、ずるずると今日に至ってしまいました」――日本政治はこれからどこへ向かうのでしょう。 「自民党総裁選でポスト石破が誰になるかという議論を超えて、政党の規模にかかわらず、あらゆる政治家、有識者や言論人、一般の国民が、これからの政治秩序を考える必要があります。これまでの枠組みや立場、それぞれの既成概念を乗り越えて、タブーなく模索することが求められています。このまま日本の議会制民主主義が根っこからダメになってしまうことだけは避けなければなりません」(聞き手・池田伸壹) *<みくりや・たかし> 1951年生まれ。専門は近現代日本政治史。オーラルヒストリーの第一人者。著書に「権力の館を歩く」「日本政治史講義」「平成風雲録」など。2025年9月9日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「交論-石破首相退陣に思う」から「熱気・人気なき官邸、政治迷走」を引用 御厨氏の見立てによれば、かつての自民党であれば「この選挙は負けそうだ」となった時点で、党内実力者が「負けた暁にはトップを代えて、こう反撃する体制を作ろう」という相談をしたものであったが、今はそのような動きはなく、なんとなく「負けたらトップが代わるのは当たり前だろう」と思っていたのに、当人は「いや、オレは続投する」というつもりだったので、時間の無駄が生じたということのようです。 しかし、遅ればせながら参院選敗北の責任をとって総裁を交代することになったとは言え、その総裁選に立候補した面々は、相も変わらぬ世襲議員と、靖国参拝のパフォーマンスが得意というだけで、さしたる政治的手腕があるわけでもない、こういう人材しかいないのでは、まだ石破氏のほうが「可能性」があるように見えるのは、私だけでしょうか。
2025年09月25日
参議院選挙で自民党が議席を減らしたのは、裏金問題をテキトーに誤魔化して終わりにしたことや、「ひめゆりの塔」に関する議員の失言問題が原因であったにも関わらず、その問題を起こした議員たちが「石破おろし」を言いだし、結局、石破総裁は辞任することとなった事態について、ジャーナリストの江川紹子氏は、9日の朝日新聞で、次のように述べている;――石破茂首相をめぐる動きをどう見ましたか。 「参院選の後から、自民党内で首相を引きずりおろすような空気になったことに違和感がありました」 「自民党の評価が下がったのは、裏金問題や議員の失言が大きかったはずです。それなのに、『ひめゆりの塔』の展示について事実に反する発言をして批判された西田昌司氏や、裏金や旧統一教会とのつながりが問題になった萩生田光一氏までもが首相に辞任を求めていた。評価を下げる原因をつくった人たちが、首相の責任を追及するのは奇異な感じです。マスメディアの報道にも疑問を感じます。選挙直後から首相退陣をめぐって前のめりの早出し競争となり、誤報が相次ぎ、メディアが石破おろしをあおっているようにも見えました」――参院選の大敗で、責任論が出るのは当然では。 「それは党内の論理で、国民の関心は別のところにあるのでは。8月の朝日新聞の世論調査では、首相は『辞めるべきだ』は36%、『その必要はない』が54%でした。過半数が辞任しなくていいと考えています。選挙結果をよく分析し、政治は何をなすべきか、冷静に考えることが必要だったのに、そうした議論もないまま、自民もメディアも、退陣ありきの空気になったのが、かなり気持ち悪く感じました」――この1年弱の石破首相をどう評価しますか。 「政治に倫理観や誠実さを取り戻そうとしていたと思います。森友文書の不開示を取り消した大阪高裁判決に上告しないと決めたことや、西田氏の『ひめゆり発言』について謝罪したことなどですね。事実は事実として大事にするという姿勢を感じました」 「一方で、選択的夫婦別姓を先送りにするなど、期待を裏切った部分も多々あります。イスラエルがイランを攻撃した際、非難する声明をいち早く出したのはよかったと思いますが、その後、主要7カ国(G7)首脳会議でイスラエル支持の共同声明に署名してしまった。腰砕けの感は否めません。よかったことより、こういう失望感の方が人々の心には残りがちです」――少数与党での政権運営はどうでしたか。 「安倍晋三政権は『数の力』で押し通す場面が印象的でした。石破首相は、民主主義は多数決だけではない、妥協や説得も重要という姿勢だったと思います。やむをえずかもしれませんが、予算案や法案を野党の意見を採り入れて成立させていた。安倍1強の時には忘れられていた民主主義の大事な側面を思い出させてくれたともいえます」――とはいえ、選挙では負け続けました。 「石破首相は何でも『そもそも論』から語るんですね。頭の中にきちんとした論理があるからそうなるんでしょうが、『タイパ』の時代には、まどろっこしい、何をやりたいのかわからないと思われたのではないでしょうか」 「参院選で議席を伸ばした国民民主党の『手取りを増やす』や参政党の『日本人ファースト』みたいな、短くて『刺さる言葉』は不得意なのでしょう。そこが選挙では弱みになってしまったのかもしれません」――政治のスタイルが、いまの社会には合わなかったのでしょうか。 「でも、『刺さる言葉』だけの政治は危険だと思います。参院選でも、パフォーマンス優先で、明らかに事実に反する主張をしている政党が支持されていました。石破首相や立憲民主党の野田佳彦代表のように、極論に走らず、事実を大事にして、じっくりと言葉で考えを語る政治家が評価されにくくなっています」 「今回の参院選で、メディアがファクトチェックに取り組んだのはいいことだと思いますが、その結果が必ずしも多くの有権者に届いたとは言えません。指摘するだけでなく、どう届けるかをもっと考えて、誤った情報で政治が動く状況を変える努力が必要です」――自民党総裁選へと向かいます。今後の政治をどう考えますか。 「岐路に立っていると思います。民主主義の強みの一つは、軌道修正ができることです。今回はある政党に投票しても、後から考えて失敗だったと思えば、次の選挙では別の政党に入れることができる。でも、政治がさらに不安定になると、修正や後戻りができなくなってしまう。そうならないように、国民に判断材料を提供する報道機関はしっかりしてほしいです」(聞き手 シニアエディター・尾沢智史) *<えがわ・しょうこ> 1958年生まれ。神奈川大学特任教授。著書に「『カルト』はすぐ隣に オウムに引き寄せられた若者たち」など。2025年9月9日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「交論-石破首相退陣に思う」から「誠実さ見えた一方、腰砕け感も」を引用 石破茂という議員は、はたから見ても保守の政治家で、間違っても革新派ではありませんが、彼の発言がリベラル派の発言のように聞こえるのは、周りがそれだけ腐敗した政治家に囲まれているからであろうと思います。参議院選挙の結果が出て、参議院でも与党が過半数を割ることが明らかになると、読売新聞などは早速「石破首相、退陣」などと「号外」を印刷して街頭で配布したのに、翌日は石破氏本人が「止めるなんて、言ってませんよ」と発言する始末で、それでも読売新聞は、誤報の「号外」を出したことを謝罪するわけでもなく、おそらく、その誤報の「号外」を書いた記者は、自民党内に潜り込んで、反石破の議員たちと一緒になって「石破やめろ」活動に精を出していたものと思われます。それで、結局石破氏は辞任を決断するわけですが、石破氏に取って代わろうとする次期総裁候補に出てきたのが、小泉進次郎とか高市早苗とか、「箸にも棒にもかからない」面々では、結局自民党政治の「悪政」は改まりそうも無いし、おそらく自民党はこのまま、ズルズルと「衰退」の坂を滑り落ちていくしかないのだと思います。
2025年09月24日
わが国政府が9月1日を「防災の日」と決めたことに関連して、文芸評論家の斎藤美奈子氏は3日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 9月1日はなぜ「防災の日」なのだろう。そりゃ防災は大切だが「各地で防災訓練が行われました」的なニュースを見ると、私はアホかと思ってしまう。それより今日は関東大震災に思いを寄せる日じゃねーの? 9月1日が防災の日に制定されたのは1960年だった。キッカケは前年9月26日の伊勢湾台風で、にもかかわらず防災の日が1日になった理由はいくつかある。戦後風化していた関東大震災の記憶を復活させる意図があったこと。さらに地震予知の可能性などが語られる中で「台風ではなく地震こそが特別な災害」と人々に認識させる必要があったこと。帝都復興祭(1930年)が開催された後、関東大震災は長く「終わったこと」にされていたのだ! 以上のようなことを私は水出幸輝『〈災後〉の記憶史』で知ったのだけど、防災の日のおかげで隠蔽された歴史もある。まず伊勢湾台風の記憶が失われたこと。そして朝鮮人などを虐殺した負の歴史が「防災」の陰に隠れてしまうことだ。もしこの日が「関東大震災慰霊の日」だったら事態はまた違ったはずだ。 いまだに政府は「記録が見当たらない」などを理由に虐殺の史実を認めていない。野党の国会議員有志が首相に求めているように、政府は虐殺の事実を正式に認めるべきである。102年前の悲劇に目を向けずに何が防災じゃ。(文芸評論家)2025年9月3日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-防災より史実」から引用 この記事が主張するように、関東大震災は単に大きな地震があって大勢の人々が罹災したという自然災害だけではなく、その自然災害に便乗したデマが、軍や警察を介して広まり、関東各地で朝鮮人や中国人、それらの外国人と間違えられた地方の放言を話す日本人などが、地元の自警団によって虐殺されるという大事件まで引き起こしたもので、そういう大事件の元となった日を、単に「防災の日」とするだけで、「朝鮮人虐殺」については「記録が見当たらない」などと言って「事件」を認めようとしない日本政府の態度は、あまりにも誠意に欠けるものであり、一国を代表する政府がそういう態度では、隣国との外交関係も信頼性に欠ける、空疎な「関係」になるのではないかと思います。民間では、震災時に起きた不幸な事件について、出来事を語り継いで毎年、追悼式典を挙行しているのですから、政府が「記録がない」などと言って無関心を装うのは、あまりにも大人げない態度と言わざるを得ません。
2025年09月23日
参政党が「日本人ファースト」を唱えて急激に議席数を増やしたことについて、弁護士の宮下萌氏は、4日の朝日新聞で次のように述べている; 参院選で躍進した参政党が掲げた「日本人ファースト」が、政治的に焦点化しています。ただ、この言葉の何が問題なのかが整理しきれていない気がします。ヘイトスピーチ解消法でいう「不当な差別的言動」にあたるかといえば、そうではないように思えます。 しかし「日本人ファースト」という言説の問題は、これが一部の人々の感情に訴える「犬笛」となり、SNSのコメント欄などをヘイトスピーチの温床にしていることです。SNSには、「外国人は帰れ」といった典型的なヘイトスピーチが蔓延(まんえん)しています。 自分たちの生活が苦しいのに、外国人が優遇されている。そう感じている人にとって、「日本人ファースト」は、差別ではなく日本人を優遇する「当たり前」の政策に映る。「普通の人」が抱く漠然とした不安に刺さったのではないでしょうか。 しかし、「ファースト」があるということは、「セカンド」やそれ以下があるということです。外国人という仮想敵を作り出し、支持を得ようとするやり方に危うさを感じます。 歴史が教えるのは、差別は人を殺すということです。日本では、関東大震災のときの朝鮮人虐殺の背景に差別がありますし、ナチスの人種差別主義はユダヤ人のホロコーストを生みました。差別の芽は早くから摘む必要があり、差別禁止法の制定や被害救済のための国内人権機関の設置が求められています。 もっとも、こうした法的な対応だけでは足りません。外国人という仮想敵を作っても、「自分たちの生活が苦しい」という問題は解決しません。人々の不安の背景に日々の経済苦があるとすれば、外国人をスケープゴートとして差別をあおるような政策を打ち出すよりも、経済対策を急ぐべきです。そして「差別は許されない」というメッセージを政府や政治家たちが毅然(きぜん)と発するべきです。 歴史が教えてくれないこともあります。インターネットやAI(人工知能)が登場したことで、オンライン上のヘイトスピーチや「AIによる差別」などが出てきて、「新しいテクノロジーの時代に差別をなくすためにはどうしたらよいか」という課題が生まれています。「正論」を言ってもだめだと言われることがあります。しかし、良識や常識が通用する健全な言論空間を作ることもあきらめるわけにはいきません。(聞き手 編集委員・豊秀一) *<みやした・もえ> 1992年生まれ。ヘイトスピーチなど差別の問題に詳しい。編著に「テクノロジーと差別」「レイシャル・プロファイリング」など。2025年9月4日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「耕論・排外主義を考える」から「差別許さぬ、政府が発信を」を引用 歴史が教えてくれるのは、差別は人を殺すということ、これは重要な指摘だと思います。特に、わが日本の近現代史において、政府も民間も朝鮮や中国を見下し差別するのが当たり前という社会だったことを、私たちは反省するべきであり、実際に民間では関東大震災の直後に虐殺された朝鮮人や中国人の追悼式典を、今もなお継承しているのに、政府や政治家が冷淡で、特に東京都知事などは小池百合子氏以前の知事は、みな式典に追悼文を送るのが慣わしだったのに、小池氏になって急に止めたのは、歴史の歯車を逆回転させようとの悪意が感じられます。そのような反動的な企てを排除し、良識や常識が通用する健全な言論空間を作る努力を積み重ねていきたいものだと思います。
2025年09月22日
今年の参議院選挙で、参政党がいきなり「移民規制」を吹聴して支持票を集めた現象について、社会学者の樋口直人氏は4日の朝日新聞で、次のように述べている: 排外主義とは、外国から来る人やものを自国にとっての脅威であるとみなす考え方のことです。 参政党の政策に排外主義との批判が出ている問題をどう見るか、ですか? 神谷宗幣代表は否定していますが、参政党の主張は、研究で使われるいかなる定義に照らしても排外主義としか言いようがありません。 参政党のホームページで政策を見ると、「日本国内への外国からの静かなる浸透(サイレント・インベージョン)を止める」との目標を掲げたうえで、「外国人の受入れ数に制限をかける」「帰化及び永住権の要件の厳格化」などの施策を列挙しています。 反移民の性格を明確に打ち出した、排外主義という言葉のあてはまる政治勢力が日本に現れ、選挙戦でそれを主要な争点として掲げながら存在感を示した。日本では初めてのことだと言っていいと思います。 中でも「外国文化や価値観の強要を禁ずる」という参政党の政策には、欧州の極右のレトリックに似てきたという意味での「先進性」がうかがえます。ポイントは、日本の外国人政策議論に「防衛」という発想が持ち込まれたことです。 これまでの日本の外国人政策は、権利を認めず放置しておけば結果として日本国籍への同化が進むだろうと期待する「放置」志向の保守と、「共生」志向のリベラルの二本柱が基本でした。そこへ参政党が「防衛」を持ち込んだ形です。 侵略や侵入の意味も持つインベージョンという言葉まで掲げながら、この脅威に対応しなければ社会を防衛できないと訴えている。欧州の極右政党の間で広がった脅威のレトリックを、日本でも公の政党が体系的政策として整理するに至った。予想より早く時計の針が進んだ感があります。 排外主義が広がる背景には人々の生きづらさや閉塞(へいそく)感があるという議論には注意が必要です。欧州各国で極右への支持がいつ伸びたかを調べた大規模な実証調査では、伸びたのは経済的な不況時ではなかったなどとする結果も出ているからです。ネットへの接触度合いの違いが支持に影響していないかどうかなども含め、幅広く調査を積み重ねていくべきです。 日本ではまだ、市民の反移民感情が他国より高いわけではありません。「まだ本格的に始まっていない」段階での排外主義の台頭を、今後に向けた練習の機会にしていく。そんな意識で取り組むべきでしょう。(聞き手 編集委員・塩倉裕) *<ひぐち・なおと> 1969年生まれ。早稲田大学教授。専門は移民研究。日本や欧州などでの排外主義の問題に詳しい。著書に「日本型排外主義」など。2025年9月4日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「耕論・排外主義を考える」から「持ち込まれた防衛の発想」を引用 この記事は、いかにも学者らしい重要なポイントを指摘してくれていると思います。西欧ではかなりのパーセントで移民が実際に流入した結果、社会に「反移民」感情が高まったという事実があるのに、日本ではまだほんの数パーセントで人々の「反移民」感情を刺激するような事態になってはいないのに、参政党が「移民のせいで日本人が不利になってる」とか「移民のせいで治安が悪化してる」などとデマを流すと、安易に同調する層がかなりの数、存在しており、これは大きな問題であると考えざるを得ません。外国人排斥を目的としたヘイトスピーチやヘイトデモを禁止する条例を制定し、行政が市民を啓蒙する努力を怠るべきではないし、国籍に関わらず誰もが安心して暮らせる社会の構築を目指すべきだと思います。
2025年09月21日
夏の参議院選挙で「日本人ファースト」という変な標語を吹聴した参政党が議席を大きく伸ばしたことについて、随筆家のサンドラ・ヘフェリン氏は、4日の朝日新聞で、次のように述べている: 参院選のさなかにあふれた「日本人ファースト」という言葉に違和感を覚えました。「日本人」を強調したいのなら、「日本人第一」では、と。私のような外国にもルーツのある人たちに居心地の悪さを強いる言葉の重さに比べ、発信する側の軽さを感じました。 私の父はドイツ人、母は日本人ですが、ドイツでは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が勢いを増しています。排外主義の動きは先進国で広く見られ、移民や難民流入の不満など様々な要因が指摘されています。しかし、難民の受け入れ数なども桁違いに少ない日本でなぜ、排外的な動きが起こるのか、よくわかりません。日本はずっと日本国内においては「日本人ファースト」だったのではないでしょうか。 日本の国籍法は、外国の国籍を取得すると日本の国籍を失う、としています。明治時代に定められ、今も11条1項として残っています。これは研究者など海外で仕事をする日本人や、国際結婚などにより外国に住む日本人にとって理不尽な規定です。 日本の社会は、人を「見た目」で「日本人」と「外国人」に分類しがちです。数年前に口座を作ろうと地元の信用金庫を訪ねた時のこと。日本のパスポートや印鑑を窓口で示し、手続きをしたのですが、窓口の職員は「地元にもっと近い信用金庫があるのでは」とライバル店の名を挙げ、口座を開設しようとしません。口座は作れたものの時間がかかったのは、私の見た目が「外国人ふうの顔」だったからかもしれません。 「踏み絵」を迫られることもしばしば。「あなたのアイデンティティーは」と尋ねてきた人に、「自分は日本人で同時にドイツ人」と答えてけげんな顔をされました。アイデンティティーは一つでどちらかを選ぶべきでは、と言いたげでした。 SNSに「外国人出ていけ」といった投稿をする人がいます。外国人との接点があるのでしょうか。どんな暮らしを送っているか知っているのでしょうか。よく知らず、自分の境遇への不満のはけ口として攻撃をしてはいないでしょうか。ヘイトを生む土壌には「無知」があります。 どんな属性だとかレッテルを貼るのではなく、相手を人として理解しようとする心が大切です。理解し、対話ができれば、自分も、相手も生きやすい。だれかを排除するのではなく、包摂する社会を作る努力がいま求められています。(聞き手 編集委員・豊秀一) * ドイツ出身。著書に「ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる」、共著に「国籍のゆらぎ、たしかなわたし」など。2025年9月4日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「耕論・排外主義を考える」から「ずっと『日本人』ファースト」を引用 日本人や日本文化を大切にしたいと言うのなら「ファースト」など外来語を使わず、「日本人第一」と正しく日本語を使うべきではないか、という指摘は、多くの人々から指摘されており、参政党の「日本人や日本文化を大切に」というポーズは偽物であり、単に有権者に迎合しただけなのだということが暴露されていると思います。西欧の社会のように、異民族と国境を接していて、場合によっては容易に異民族と接触できるという環境で長年暮らした民族と違って、周囲を海で囲まれた環境で2千年も暮らしていると、人はみな、目の色も髪の色も黒いのが当たり前で、そうでない人間は「変なヤツ」だという「先入観」をもつのは、自然と言えば自然かも知れないが、現代のように文化が高度に発達して社会にあっては、私たちは、そのような野蛮な時代の「風習」(?)を脱却して、知性と教養を身に着けた「現代人」になるべきであり、政府もそのための「国民教育」を考えるべきだと思います。
2025年09月20日
毎年出生率が低下し、人口がどんどん減っていく日本は、何が原因なのか、有効な対策はあるのか、日本総研主席研究員の藤波匠氏は、3日の朝日新聞で次のように述べている; 少子化に歯止めがかからず、改善する兆しも見えない。そもそも少子化対策はなぜ必要なのか。必要だとすれば、それはどんな対策なのか――。「なぜ少子化は止められないのか」などの著書がある日本総合研究所主席研究員の藤波匠さんに聞いた。■子が欲しくても断念、日本社会の問題 賃上げと雇用の正規化は企業の役割――国内で2024年に生まれた日本人の子ども(出生数)は約68万6千人。1人の女性が生涯に産む見込みの子どもの数を表す「合計特殊出生率」は1・15と過去最低でした。加速度的に少子化が進んでいると指摘されています。 予想されていた数字で、大きな驚きはありません。少子化の最大の要因は若い人たちが減っていること。少子化が劇的に改善することは、しばらくないでしょう。 私は、こうした数字は社会の状態を表す「指標」だと考えています。――どういうことでしょう? 「若い人たちが将来に希望をもてているかどうか」の指標です。 自らの選択で「子どもは望んでいない」ということであればよいのです。でも実際には、希望しながら子どもをもてない人が多くいるのではないでしょうか。雇用が不安定で、経済的な不安がある、仕事が忙しすぎてタイミングを逃した……。だとすれば、そこに日本社会の問題があるのではないか。放置していてはいけないのではないか。これが、私が少子化対策が重要だと考える理由です。 たとえば、正規雇用の女性に比べ、非正規雇用の女性のほうが結婚や出産に後ろ向きだとする調査結果もあります。子どもをもつ世帯が低所得層で減り、中高所得層に偏ってきています。 結婚や出産の意欲の低下を時代の変化や価値観の変化で片付けてよいのか、という問題意識があります。――保育所の整備など、すでに子どもがいる世帯向けの「子育て支援」だけでは少子化対策としては不十分で、結婚支援が必要とする指摘もあります。 日本では結婚したカップルから子どもが生まれ、婚姻関係のないカップルから生まれる「非嫡出(ちゃくしゅつ)子」は少ない。このため、まず結婚を後押ししようという発想は理解できます。 ただし、「結婚支援=婚活」という考え方には疑問を感じます。若い人が結婚に前向きになれるような支援が重要で、つまるところ、それは経済成長や雇用の安定です。 ドイツでは、2010年から16年にかけて合計特殊出生率が上がった時期がありました。その時期、欧州のなかでも唯一と言ってよいぐらい経済がよかった。そうした環境のなかで、結婚や出産を前向きに捉えられたということもあるのではないかと思います。――そういう意味では、日本はバブル崩壊以降、「失われた30年」でした。 私の研究では、大卒の男性正社員で比べると、団塊ジュニア世代の生涯年収はバブル世代に比べて2千万円ほど低い可能性が示されています。これは子ども1人を産んでから大学卒業までにかかる費用に匹敵します。 若い世代が上の世代より貧しいことはあってはならず、少子化は当然の帰結です。30年にわたり低成長に有効な手を打たなかった歴代政権、低賃金に抑えて派遣労働を拡大させた事業者の責任は免れないと思います。――どんな少子化対策が必要でしょうか。 児童手当などの現金給付は否定しませんが、すぐに効果は出ないでしょう。多子世帯に手当を厚くする対策が目立ちますが、それによって、終戦直後のような5人も6人も子どもがいたような時代に戻れるとは到底思えません。それよりも、第1子にたどりつけない人たちを支援することが重要だと考えます。 若い世代が夢をもって生きていける社会をめざすべきで、賃上げや非正規雇用の正規化などを担うのは企業の役割です。 日本社会の構造的な問題にもメスを入れる必要があります。職場での残業や、休日などの自己研鑽(けんさん)を美徳とする風潮が依然としてあります。若い時期から、仕事と家庭生活を並行して送れるような社会をつくっていくべきです。そのためには「男性は仕事、女性は家庭」といった性別役割分業に根ざしたジェンダーギャップの解消も欠かせません。(聞き手=編集委員・武田耕太) *<ふじなみ・たくみ> 1965年生まれ。99年、さくら総合研究所(現在の日本総合研究所)に入社。2025年から現職。「なぜ少子化は止められないのか」「『北の国から』で読む日本社会」などの著書がある。2025年9月3日 朝日新聞朝刊 13版S 19ページ 「(少子化を考える)若い人が希望をもてているか」から引用 この記事が主張するように、日本の出生率の低下、少子化の原因は「失われた30年」であり、それは「高度に発展した資本主義経済」と「阻害された労働運動」によってもたらされた若年層の「経済的不安定」「雇用不安」が原因です。これまでの30年間、政府は「大企業優先」の政治に全力を挙げ、一般国民には「高齢者福祉の財源にする」などとウソをついて消費税を値上げし、それを財源にして「大企業・富裕層の減税」を実施した結果、大企業の金庫には現金が貯め込まれ、富裕層は「我が世の春」を満喫している一方で、一般国民は結婚も子育ても諦めるしかない、という生活に追い込まれている。新聞は、そういう「世の中の真実」を広く報道することが「使命」のはずなのに、何故かそういう面には触れようとはせず、当たり障りの無い記事でテキトーに誤魔化すばかり。これでは少子化問題の解決は無理だと思います。
2025年09月19日
かつて日本の新聞は侵略戦争を煽って、日本軍が中国大陸で戦果を挙げるたびに購読部数を伸ばして、朝日も毎日も帝国軍隊の躍進と歩調を合わせて社業を拡大したのであったが、そのような歴史を鑑みて、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、8月30日の同紙コラムに、次のように書いている; 人気評論家が、戦後80年に絡め「なぜ新聞は戦争を止められなかったのか」と問いかけていた。 ん、と引っかかる。問い方を変えてみよう。「新聞は戦争を止められるか」。ノーである。評論家は、1970年代にアメリカの新聞がベトナム戦争の内幕や大統領の陰謀を暴いた栄光から、いつの世の新聞にも同じ力があると幻想を抱いているのではないか。 日本の新聞は戦争とともに大きくなった。売れるからだ。戦争に反対すると売れなくなる。新聞も商品である。経営が成り立たなければ、言論の独立はない。 明治の新聞は旺盛な政府批判で激しい弾圧を受けたが、日清戦争では主戦論一色になった。朝野挙げて戦勝気分に浮かれた。 日露戦争への論調は、東京朝日など主戦派と大阪毎日など非戦派に割れたが、毎日は部数急減で開戦直前に旗を降ろした。万朝報(よろずちょうほう)も経営難で主戦論に転換。退社した幸徳秋水らは平民新聞で非戦論を続けたが、1年余で廃刊した。 日露講和のポーツマス条約では賠償金がなく、怒った群衆は条約賛成の国民新聞社などを襲撃した(日比谷焼き打ち事件)。 忘れられた時代もある。大正後期の新聞は大いに軍縮の旗を振った。世論も軍隊に冷たく、軍人は社会で肩身が狭かった。昭和初期の軍部の増長は、そうした論調・世相への反動でもあった。 転機は満州事変。発生前から多くの新聞が武力解決をほのめかす軍部支持へなびきだす。軍縮論を貫いた東京朝日は、在郷軍人会の不買運動に屈し、柳条湖事件が起きると主張を変えた。 その後の新聞の大罪は、一切弁明できない。ただし記憶すべきは、相次ぐテロに同情した世論の力だ。首相官邸で犬養毅首相らが射殺された5・15事件は「義挙」と称賛され、実行した青年将校らの減刑嘆願書が100万通も届いた。新聞は萎縮し迎合した。 新聞は権力の他に、常に世論と相対している。世論を形成する力と責任は大きいが、世論に左右される面も非常に大きい。権力監視を担わないメディアが主流となった現在はなおさらである。 民衆は、受け身一辺倒の無力で純粋中立な被害者ではない。誤解を恐れず書くが、民衆は戦争が嫌いではなかった。軍隊には一般社会と別の権力階層があり、そこで成り上がるうまみがあった。それに、戦争はもうかる。どう言い繕おうと侵略、つまり他国からの収奪は、一時的に物が豊かになったと錯覚させた。何より「愛国」という名の熱狂は、興奮と充実感を与えてくれた。(専門編集委員)2025年8月30日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-戦争反対はなぜ敗れたか」から引用 この記事には呆れるほかない。読売や産経なら、普段から自民党や極右をヨイショする記事を書く新聞だから驚かないが、普段から世間の良識を代表するような社説を掲載する毎日新聞が、非戦論を掲載する新聞は売れなくなって倒産するしかないのだから、経営を維持するためには「主戦論」を掲載することも必要だ、という断定は、如何なものかと思います。戦前の「万朝報」が経営難のために「非戦論」から「主戦論」に転向し、それを潔しとしなかった幸徳秋水が「平民新聞」を創刊して非戦論を続けたが、一年あまりで廃刊になったというのは事実かも知れないが、それはたまたまその頃の日本国民の民度がその程度だったというだけのことであり、そういう民度の低い国民に迎合して、その場は販売部数を伸ばした新聞も、結局は国民を不幸な戦争に導くという大きな「失敗」をしたことを、謙虚に反省するべきだと思います。 ”「新聞は戦争を止められるか」。ノーである。”という文章からして、間違っていると思います。国家権力が引き起こす「戦争」を、新聞がそんなに簡単に止めることはできない、というのは誰でも理解できる「事実」ではあるが、だからと言って、「新聞は戦争を止められない」から、だから便乗して金儲けに走る、というのは間違いであり、新聞の役割は、過去の戦争が一般国民を如何に不幸に陥れたか、事実を伝え、そのような不幸を二度と繰り返さないためには「非戦論」の考えを広めることが大事だ、という「啓蒙」が、ジャーナリズムの使命であることを自覚してほしいものです。幸徳秋水のように、やみくもに「非戦論」を主張して自滅するのではなく、「敗戦」という大失敗を教訓にしている国民も多くいることを考慮し、地道に「非戦論」派を増やしていく努力が、必要なのだと思います。
2025年09月18日
ある日の東京新聞に、昔なつかしい、次のような投書が掲載された; 少し前まで連日コメの話題だった。生産者、消費者、関連業者もコメについて考える良い機会になった。 近くの田園を見渡し豊作を願いながら、70年も前の記憶を懐かしく思い出した。 春と秋の農繁期は「猫の手も借りたい」と農村の小学校高学年(4~6年生)は3日ほど一斉に休みになり、家の仕事に従事することとされた。農地改革で2反歩余の田を得た週末農家の父を手伝う。田植えは近所の人たちが集まって1日で終わる。6年生の私が、おにぎり、漬物、煮物、魚の煮付けを重箱につめた母の作った昼食を背負い籠に入れて運び、4年生の妹がお茶を入れたやかんを地面に届いてしまいそうになりながら運ぶ。あぜ道で食べる昼ご飯のおいしかったこと。 中学校は農業指定校で、職業・家庭科の時間は田畑の作業。げた通学の時代だから素足で、田植え、稲刈り、脱穀とすべて先生と生徒で行う。生徒は収穫の収入で希望の備品を買ってもらう目標があった。 「君たちは幸せ者だ。瑞穂の国、日本に生まれて。日本の国の美称、瑞穂の国というのだ」と、先生が作業をしながら教えてくれた。 70年を経て、日本も世界の情勢も変わり、平和な国になった。広々とした青田、山あいの棚田、わずかなスペースも稲田があるのを見ると、主食のコメを愛する日本人の心が感じられる。「瑞穂の国」を忘れることなく、子どもたちにも語り継ぎ、主食はコメの日本を愛し、感謝です。2025年8月27日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ミラー 『瑞穂の国』忘れることなく」から引用 私も、生まれてから高等学校を卒業するまでは農村で暮らしていたので、自分の家は農家ではなかったが隣近所は農家が多かったし、この投書を読んで思い出したが、確かに田植えや稲刈りの頃になると小学校は休みになるのであった。しかし、今どき日本を「瑞穂の国」などと言う人はいない。それは、韓国も中国もその他のどこの国も、食料生産は自国で自然に行われてきた、という「事実」が、世界の常識として知れ渡っているからだ。そして、戦前の日本政府が、わざわざ自国を「瑞穂の国」などと言って持ち上げて見せたのは、「お前たちは、このように立派な国に生まれた幸運な人間なのだから、その立派な国が他国の侵略に脅かされた時には、命を捨ててでも国のために戦わなければならないのだ」という、いわゆる軍国主義教育の「入門編」だったことが知れ渡ったからであり、80年前に天皇がポツダム宣言受諾を国民に告げた後では、政治・軍事・教育等それぞれの分野の責任者が断罪されたはずであるが、それも形ばかりであまり大げさにならないような配慮(?)があったせいで、結局はうやむやで、辛うじて毎年8月15日だけは戦没者を追悼する式典が挙行されているだけだ。 我々が小中学生だったころは、3月~4月に雪が溶け出すと、農家は「苗代」と呼ぶ田んぼに水を入れて、冬の間倉庫に保管した種籾を蒔くのであった。それが発芽して20センチくらいに成長すると、一旦苗床から全部抜き取って束にし、それを今度は3~4本ずつを一株として、しっかり耕した田んぼに等間隔で植えていく、いわゆる「田植え」をするのであった。しかし、それも今では昔の話で、現代では農協が、一定程度成長した「苗」を個々の農家に販売するのだそうで、「苗代に籾を蒔く」などという作業をする農家は、今はないのだということを、このブログに書かれたコメントで教えられた記憶がある。今は、政府の農業政策の結果、農家といえども農業収入だけでは生活が成り立たない時代になっており、そのような状況では親としても子に「農業を継承しろ」とは言えず、家と田んぼを見捨てて都会に出てサラリーマンになることに反対意見も言えない、というのが現状です。
2025年09月17日
愛知県のとある地方議会に、小中学生のスマホ操作時間を1日2時間以内とする「条例案」が提出されることになったというニュースについて、元文科官僚の前川喜平氏は、8月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 22日の本紙によれば愛知県豊明市が、市民のスマートフォン、タブレット、ゲーム機器などの使用について、1日2時間以内を目安とするよう促す条例案を議会に提出するという。小学生以下の使用は午後9時まで、中学生以上は午後10時までと求める内容も盛り込むそうだ。2020年に香川県が制定したゲーム条例によく似ている。 確かにスマホなどの長時間使用は視力の悪化や睡眠不足の原因になるだろうし、家庭生活にも影響するだろう。20日の本紙社説が指摘したように学力低下への影響も懸念される。家庭でのルール作りも大事だろう。 しかしそれは条例で決めるべきことなのか? 努力義務で罰則がなくても、個人の生活に法的な義務を課すことに変わりはない。さらに条例という権威の下では必然的に同調圧力が生まれる。その同調圧力を利用して個人の生活を誘導するのが条例案の目的だろう。問題なのは個人の自由への公権力の干渉だ。 市は「スマホの利用を考えるきっかけにしてほしい」として、適正使用の啓発を進めるという。啓発は大いにやればよい。同時に、デマや中傷の拡散を防ぐ適正使用の啓発も必要だ。学校や公民館で、子どもや保護者を交えた学習と議論の場を設けてもいい。市民が自ら学び、考えることが大切なのだ。そのために条例は必要ない。(現代教育行政研究会代表)2025年8月24日 東京新聞 11版 19ページ 「本音のコラム-条例で決めることか?」から引用 この記事の主張は、もっともなことだ。条例というものは、犯罪の取り締まりとか、市民生活の中で発生することが予想されるトラブルについて、未然に防ぐための「決まり」とか、そういう類の分野に適用されるべきもので、個々の市民生活について「こうしましょう」「ああしましょう」というレベルの「標語」とは別次元の「強制力」があるものだから、それを「条例」としてしまえば、その結果として同調圧力が生まれ、その先には「密告社会」というものが出てくることは、私たちの歴史が教えてくれているところである。小中学生の長時間のスマホ、タブレット、ゲーム機等の操作は、心身の発達に悪影響が心配されるのは確かに事実であるが、そういう「心配」を解消するために出来ることは、町中にポスターを張り出すとか、小中学生対象のイベントでも開いて呼びかけるとか、そういう企画を検討するのが一般的な方法だろうと思います。
2025年09月16日
自公政権は衆参両院で過半数を割ったにも関わらず、政権交代は話題に上らず、自民党内の総裁選が話題となっている状況について、東京大学教授の宇野重規氏は、8月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 奇妙な夏である。お盆を過ぎても35度以上の猛暑日が続き、40度という数字を聞いても、もはや驚かなくなってしまった。しかし、酷暑も毎年のこととなり、暑さだけなら例外的とは言えない。奇妙というのは政治情勢のことである。 ◇ ◆ ◇ 7月に行われた参院選の結果は、与党の自民・公明が過半数を取れず、昨年の衆院選に続き、少数与党となった。与党が衆参両院で過半数を取れないというのは異常事態であり、通常であれば「政変」となる。野党による政権交代が王道であるが、与党側か連立政権の組み替えによってなんとか凌ぐこともありうる。しかしながら、参院選からひと月がたった現在、いずれの事態も起きず、石破茂首相の政権が続いている。 それどころか日々、報道をにぎわすのは、自民党総裁選を前倒しするかを巡る国民そっちのけの空騒ぎである。参院選敗北の総括が出る前から、次なる総裁選出馬の話題が聞こえてくる。なぜ与党が敗北し、それをどう立て直すか、骨太な議論は見えてこない。議員たちも、敗北の大きな原因となった自民党裏金問題に真剣に取り組むどころか、当の疑惑議員たちが総裁選の前倒しに奔走している。国民たちは白けるばかりで、ついには選挙に敗北した石破内閣の支持率が回復するという珍妙な事態になっている。 このような状況を許している責任は野党にもある。与党が信任を得られなかった以上、まずは野党の側か新政権発足に向けて汗をかくべきであろう。ところが野党第1党の立憲民主党は、横ばいの22議席獲得にとどまり、新たな政権をつくり出す機運に乏しい。投票率が上昇する中、与党が大きく議席を減らしたにもかかわらず、現状維持に終わったのは事実上の「敗北」である。特に比例代表で野党3位になったことは、この党の現状に対する厳しい不満の表れと受け取らねばならない。 他の野党についてもそれぞれに課題がある。現状ではいずれの党も野田政権をつくる連立パートナ-となるわけでも、自らが中核になり野党連合を形成するわけでもない。事実上、自民党の総裁選待ちであり、主体的に状況をつくり出せずにいる。 ◇ ◆ ◇ 世界を見れば、トランプ関税によって混乱が続く中、8月15日の米口首脳会談は大きな進展もなく閉幕した。侵略した側であるロシアのプーチン大統領への厚遇が目立ち、侵略されたウクライナは蚊帳の外であった。 このように世界の状況は改善されているとは言い難いにもかかわらず、世界的な株高が続き、日経平均株価も上昇が続いてきた。とはいえ先行きは不透明である。一説には「TACO(Trump Always Chekins Out)卜ランプはいつも尻込みする」と言われるように、トランプ大統領は口ほどには強硬策は取らないという楽観に支えられた現在の好況は、いつまで続くのだろうか。 世界も日本も今後の見通しは不透明であるが、その合間にあって、しばしの「判断停止」、あるいは無根拠な楽観に支えられた「好況」を貪っているのが、この夏ではないか。暑い夏はしばらく続くようだが、政治状況については、突如冷え込んだり、大嵐が起きたりする可能性もある。風待ちではなく、自ら状況を切り開く政治勢力が期待される。2025年8月24日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「現代を読む-政治の『奇妙な夏』」から引用 自公政権が過半数を割ったとは言え、野党が過半数を超えたわけではないという「現状」が見えていないから、「奇妙な政治状況」に見えるのだと思います。議会で過半数を制して政権を握ったのが「与党」で、それ以外は自動的に「野党」と見なすという大雑把な見方では、奇妙にしか見えないが、内実は「野党」としての「自覚」を持っているのは立憲民主党と共産党、令和新選組くらいのもので、国民民主党と参政党は、形の上では「野党」であるが、心情は「与党」であり、なんとかして自公政権の一角に加えてもらいたくて仕方がない連中なのだから、そういう状況では、少しばかり議席が上回ったからといって、易々と政権交代など出来るわけがありません。自公政権では駄目だと思った有権者が、政権交代を意図して野党に投票するというのであれば、立憲民主党と共産党に投票を集中するべきであるが、日本の有権者は残念ながらそこまでの「政治感覚」を持ち合わせておらず、街頭演説を聴いても、その内容など理解せず、なんとなく格好いいから、といった雰囲気で目新しい参政党に投票する、というのが「現実」であり、投票権を駆使して「政権交代を実現」するなどという「ハイレベル民主主義」は、まだ遠い先の話だと思います。
2025年09月15日
80年目の「終戦の日」に、メディア各社は「戦争」をどう取り上げたか、ジャーナリズム研究者の丸山重威氏は、8月24日の「しんぶん赤旗」コラムに、次のように書いている: 戦後80年の8月、メディアは先の戦争をどう取り上げたのか。各紙の8月15日付の社説をみてみました。 「戦争をめぐる歴史を直視することは・・・他国に武力を用いず、国際協調主義を歩んできた戦後日本の大事な原点」(「朝日」)、「問われているのは、戦後日本の歩みを踏まえ、自ら平和を創出する構想力」(「毎日」)などと、多くが歴史の教訓を踏まえ、平和を訴えました。 他方、「国内総生産(GDP)比2%」の防衛費について「防衛努力はどうあるべきか」「議論を深めていく必要がある」(読売)、「平和を守る抑止力を高めるには防衛力増強だけでは足りない」「『戦後平和主義』では平和を守れない」(「産経」特別主張)などと、歴史を踏まえるどころか、大軍拡の主張は突出しています。全体として、日本の大軍拡、核抑止力論を正面から問うものはほとんどありません。 原爆の日の6日、広島市の平和記念公園で行われた平和記念式典で湯﨑英彦知事は「核抑止はフィクション」と喝破。子ども代表の「被爆者の方々の思いを語り継ぐ」との発言が胸を打ちました。15日の戦没者慰霊式では首相が久しぶりに戦争への「反省」をのべましたが、その内容は語っていません。 テレビではTBSの「報道特集」が治安維持法100年の特集。描いた絵のことで特高につかまり投獄された「最後の生き証人」103歳が証言。「死ぬまで平和と自由を叫び続ける」と話したのが印象的でした。 必死の思いで伝える「証言」をどう読むか。その意味と理解を広げるのがジャーナリズムです。「核兵器禁止条約に署名し、非核の旗を掲げる」「北東アジアの平和構築に向けて、関係各国の協議を呼びかける」「戦争はどんな場合でも反対」-いまメディアは正面から訴えることが必要なのではないでしょうか。(まるやま・しげたけ=ジャーナリズム研究者)2025年8月24日 「しんぶん赤旗」 日曜版」 31ページ 「メディアをよむ-8・15 何を語ったのか」から引用 朝日新聞は、戦後の日本が国際協調主義を歩んで来たと言ってるが、その「表現」だけで実情を100%表現出来ているのかと言えば、答えは「否」です。実際には、朝鮮戦争やベトナム戦争を戦った米軍に基地を提供し、米軍が必要とする物資の供給で利益を上げるという形で、当時の朝鮮民主主義人民共和国やベトナムに敵対した「史実」を無視してはいけないし、近年は憲法9条の条文解釈をねじ曲げて「集団的自衛権の行使は合憲である」などと「武力行使」を肯定し、長年守ってきた「原則」を捨て去っている「現実」を反省し、ねじ曲げられた憲法解釈を正常に戻すための努力を促す「宣言」を発することこそが、「終戦の日」に期待された「発言」だったと思います。
2025年09月14日
新興勢力として急激に議席数を伸ばした参政党について、東京新聞・佐藤裕介記者は8月20日付け同紙コラムに、次のように書いている; 「日本人ファースト」を掲げ、7月の参院選で議席を伸ばした参政党。選挙期間中、党代表や候補者による排外主義をはらむ危うい主張は強い批判を巻き起こした。 参政党の神谷宗幣代表は、朝鮮人を意味する差別表現を使ったり、「高齢女性は子どもを産めない」と発言。東京選挙区でさや氏こと塩入清香氏にいたっては「核武装は安上がり」とまで述べた。 本紙を含む多くの報道機関がこういった党幹部や候補者らの言動を批判的に報じた。選挙期間中に参政党を取材していた私も、「これまでの勢いが大きくそがれるのではないか」と考えていた。 ところが、実際には参政党に関する報道が過熱するにつれて、報道各社の世論調査で参政党の支持率は上昇傾向が強まっていった。結果、参政党は14議席を獲得。比例の得票数は742万票を超え、野党では国民民主党(約762万票)に次いで2番目に多かった。 神谷代表は参院選2日後の7月22日、都内での記者会見で「バッシングによって認知度がより高まって、終盤までいい形で持っていけた」と指摘。選挙期間中の党に対する批判的な報道が躍進につながった、との持論を展開した。 この主張には大いに疑問を感じた。会見の場で時折、笑みを浮かべながら話した神谷代表。その表情は、開き直っているようにも、強がっているようにも見えた。 参政党はこの日の会見で、党に批判的な報道をしていた神奈川新聞の記者を正当な理由がないまま退出させ、排除した。 一方的な記者の排除は到底受け入れられるものではない。そもそも、批判的な記事のおかげて認知度が高まり「いい形」に持っていけたというのならば、批判的な記者を排除する必要はないはずだ。 参院選の期間中、参政候補者の街頭演説を取材した。演説に耳を傾けていた男性大学生はこんなふうに話をしてくれた。 「SNS(交流サイト)でみた(参政が訴える)減税政策はいいと思うけど、メディアの報道をみていて(参政も)いくつかおかしいなと思うところもあった。(参政に投票するかどうかは)悩んでいる」 男性は新聞を購読していないが、SNSだけでなく、新聞社がネット配信する参政党に批判的な記事もチェックしているという。 今やSNSの影響力は、新聞やテレビなど「オールドメディア」をしのぐとされる。だが、多くの有権者は男性のように、新聞やテレビ各社のネット記事など幅広い情報を確認し、悩みながら投票先を考えているのかもしれない。 一方、SNSには真偽の不確かな膨大な情報が拡散されている。それゆえ、オールドメディアが伝えるファクト(事実)に基づく正確な情報の重要性は増している。 選挙は民主主義の根幹だ。有権者の選択の根拠となる情報は正確であるべきだ。SNSが隆盛を極める時代、有益で正確な情報をどう伝えるのか-。試行錯誤に終わりはない。(デジタル編集部)2025年8月20日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「視点・私はこう見る-重み増す『ファクト』の報道」から引用 この記事で、筆者が力説しているように、参政党は民主主義を否定する政党なのだから、新聞・テレビは大いに批判して民主主義社会を否定する勢力と闘い、私たちの社会を守るべきであるのは当然なのだが、この記事は、参政党と戦うには少し力量が不足しているように思われます。例えば、「批判的な記事のおかげて認知度が高まり「いい形」に持っていけたというのならば、批判的な記者を排除する必要はないはずだ」と書いているのは、「良い形」に持っていけたと発言した神谷氏の意図を正確に理解しておらず、単に揚げ足を取った格好になっているが、実質なんの批判にもなっていない。参政党や神谷氏にしてみれば、色々とオールドメディアからは口うるさく批判をされたが、どれもこれも自分たちにとって取るに足らない些細な事柄ばかりだったから、「我々はそんな批判で尻尾を巻いて逃げ出すような弱虫ではない」と強がって見せれば、それで自分たちの支持者を十分満足させることが出来た、その結果、「良い形」に持って行けた、というのが真相なのであって、「批判してくれたメディアはウェルカム」などという単純な話ではないのだ。 また、この記事では参政党に投票するかどうか悩んでいるという学生にインタビューしているが、悩むほどの人ならある程度の常識を持っているまともな人物と思われます。問題は、「参政党の問題部分」をさほど気にもせず、単に世の中の体制に異議を唱えることを面白がるたけの野次馬気分の有権者層に対して、「危ない政党に投票するのはやめろ」というメッセージをどのように届けることが可能か、という点ではないかと思います。
2025年09月13日
戦争が終わってからの80年間を、日本人はどのように生きてきたのか、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、8月23日の同紙コラムに、次のように書いている; 8月15日の新聞で、「次は戦後100年を目指そう」「永遠の戦後のために戦争報道を続けたい」という表現が目に付いた。 誰も反対できない正しい標語。その正しさに戦時中の戦意高揚ポスターと同じ「こころの型」を感じると言ったら、どれだけの人に分かってもらえるだろうか。 そこには、何だかんだ言っても戦後は良かった、総じて間違っていなかったという肯定感がある。「戦後」が表す多くの価値観のうち、平和・不戦・非核が最も高位に置かれている。 そして、その裏側には、恩恵として享受してきた経済的繁栄と、日本人の戦死者を80年間出さなかったという伝説を誇り、祝賀するおごりが張り付いている。 だが、戦後も日本はずっと戦争国家だった。朝鮮戦争・ベトナム戦争は日本が米軍の出撃基地だった。イラク戦争やアフガニスタン戦争、ウクライナ戦争にも日本は深く協力している。 米軍基地列島を米国の核の傘で覆い、その下で続けた平和・不戦・非核への後ろめたさ、居心地の悪さ抜きに、戦後を振り返ることは難しい。胸の底には戦争放棄と引き換えに護持した戦後天皇制への屈折した感情も横たわる。 戦後の尊さを訴える手っ取り早い方法は、戦前・戦中の悪と悲惨の強調に傾きやすい。戦争の語り方は、戦後的価値を守りたい目的に沿って潤色されがちだ。 体験者の証言はなおさらで、真正(神聖)な特権性は侵しがたい。必要な経験であり、無二の資料性は言うまでもないが、戦争の継承の仕方は、受け手が変われば変わっていかざるを得ない。 2日放映のNHK・ETV特集は、故高畑勲監督のアニメーション映画「火垂るの墓」(1988年)の製作過程を丹念にたどっていた。創作物だが、戦争の伝え方の今や古典的な見本だろう。 「これは反戦映画ではない」。生前の高畑氏の言葉が紹介された。極限の戦火と周囲の無慈悲を必死に生き、飢えて死ぬ兄と妹の短い生涯が、「反戦」の戦後概念に回収されることを拒む意志。それが戦争の本質を伝える。 原爆の惨状を直接描かず批判も多いアニメ映画「この世界の片隅に」(2016年)。被爆前の戦時下とは見えない美しい町並みと暮らしが正確に表現され、それが観客の思考を喚起した。 戦後イメージが平板だと、戦争の理解も単純化する。戦後80年は、メディアこそが手法の転換に自覚的であるべき節目だった。戦争の語りは、証言から作品の時代へ移っている。(専門編集委員)2025年8月23日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-これは反戦映画ではない」から引用 戦争に負けた日本は、戦後憲法を変えて、国家が軍隊を持つことを禁止したので、平和国家になったような気分だったが、実際は朝鮮戦争やベトナム戦争で米軍が日本の基地から出撃するので、その米軍が必要とする資材を供給することによって日本の経済環境は改善し、戦争特需で潤ったのであった。しかし、これまでは世界のあちこちに軍隊を派遣して、世界の警察官役をしてきたアメリカが、次第に「体力」が衰えて、今後は「世界の警察官」はもう無理、と言いだし、「警察官」役を日本の自衛隊にやらせようとしているように見えます。日本政府は、いつでもアメリカの肩代わりが出来るように、従来は「集団的自衛権の行使」は憲法違反だから出来ないと言ってきたものを、安倍政権のときに「いや、集団的自衛権の行使も、合憲である」と、勝手に閣議決定してっしまい、国会での論議を抜きにして、防衛予算を倍増し、沖縄県の離島にミサイル基地を増設している始末で、とても「平和国家」と言えた代物ではありません。これから、「戦後100年」を目指すというのであれば、自民党を政権の座から引きずり下ろして、平和主義の内閣を発足させて、「集団的自衛権の行使は憲法9条に抵触する違憲行為である」という閣議決定をし、国会決議をするべきだと思います。
2025年09月12日
8月15日は昭和天皇が国民に対し、日本が連合国軍に降伏する旨を告げた日なのだから、「敗戦の日」と呼ぶのが正確な呼び方だと私は思うが、東京新聞は読者から「終戦の日」と「敗戦の日」をどう使い分けるのか、との質問を得て、8月23日の紙面に、次のように書いている; 戦後80年の節目となる今年の8月15日、東京新聞は社説「終戦の日に考える 戦い終わらせる難しさ」で、終戦時の首相、鈴木貫太郎を取り上げ「鈴木は表向き(軍部の)徹底抗戦論を排除せず、軍部の暴発を抑えつつ、戦争終結の機会をうかがうことになります。このことは、いったん始まった戦争を終結させることが、いかに難しいかを意味します」と指摘しました。 いったん始まった戦争を終えることに困難が伴うのは、昔も今も変わりません。 ウクライナやパレスチナ自治区ガザで続く戦闘でも停戦交渉は遅々として進まず、この間、軍民を問わず犠牲が増え続けます。 戦争を始めない、始めさせないことは、かつて戦争をあおる側にいた新聞社に今、身を置く者にとって最も大切な役割です。その揺るがぬ決意を社説をはじめ本紙の紙面から読み取っていただければ幸いです。 「終戦の日」を巡っては、読者から「貴紙では『終戦』と『敗戦』をどのように使い分けていますか? 終戦というのは本質を見ない言い方ではないでしょうか?」との問いかけが寄せられました。 本紙を含めて各新聞は8月15日を基本的に「終戦の日」と記述しています。かつては「終戦記念日」と記すことが多かったようですが、記念日という語感から極力避けるようになったようです。 日本は1937(昭和12)年に日中間で始まり、41(同16)年には米英との間にも拡大した戦争に降伏したわけですから、戦争の勝敗を指す場合には「敗戦」を使います。一方「終戦」は「開戦」に対応した戦争の始まりや終わりを指す言葉であり、状況に応じて使い分けています。 「終戦の日」と表現しても敗戦の事実や戦争により失われた命、多大な損失から目をそらす意図はありません。 読者の問いかけは「より大切なことはなぜ戦争をしたのか、だれに責任があり、どうしたら戦争を避けられるのかを考えること。政治に日ごろから関わることが大切だと、貴紙として警鐘を鳴らしてください」と続きます。 日本国憲法前文が言う「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」ために、新聞が権力監視の役割を果たし続けなければ、と考えています。(と)2025年8月23日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ぎろんの森-戦争を起こさせないために」から引用 この記事で特筆して評価できる点は、筆者が「新聞社はかつて戦争をあおる側にいた」という「自覚」を持っている点だと思います。その「自覚」を出発点として、本来のジャーナリズムはどうあるべきか、を考えた上で、一党一派に偏らず、資本家に奉仕することなく、世の中に何が起きているのかを客観的な立場から報道するのが、本来の報道の「使命」であるとの認識に立つ。そのような理念を持って従事していることが伺われるのは良い点ですが、しかし、実際には、現在の日本政府はアメリカの言いなりで、これまでの「集団的自衛権の行使は憲法9条に違反する」との認識をかなぐり捨てた安倍政権以来、防衛予算を倍増し、沖縄県の離島に、住民の意向を無視してどんどんミサイル基地を増設し、弾薬庫も新設しているのが現状で、何時戦闘が始まってもおかしくない状態になっている。この「憲法違反」を、何故新聞各社は見て見ぬふりをしているのか、実に重大な問題だと思います。
2025年09月11日
石破首相が8月の全国戦没者追悼式の式辞で「反省」という言葉を発したことに関連して、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、8月20日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 全国戦没者追悼式で石破茂首相が13年ぶりに式辞に盛り込んだ「反省」の2文字がここまで話題になるなんてね。失敗したら反省する。当たり前である。一方、天皇のおことばに「深い反省」が入ったのは2015年からだそうで、今年もそれが踏襲された。 反省という語が一部で注目を集めたのは19年だった。戦後の初代宮内庁長官となった田島道冶氏の拝謁記(昭和天皇との対話を記録した手記)が公開され、そこに「反省」をめぐる一件が記されていたのである。それによると、サンフランシスコ講和条約発効の記念式典(1952年)で天皇はおことばに「反省」を入れることにこだわったが、退位論の再燃を危惧した吉田茂首相が強く反対。象徴天皇としての立場上断念したという。結果、昭和天皇は生涯反省を語らなかった。 石破発の「反省」にはアジア諸国への謝罪がないなどの批判はもっともだけれど、右の一件からもわかる通り「反省」には戦争責任の意味が含まれる。つまるところ、安倍・菅・岸田時代、政府は国の戦争責任から目をそらしていたわけだ。 15日、高市早苗氏、小泉進次郎氏、小林鷹之氏はこぞって靖国神社に参拝した。反省がない証拠である。「反省だけなら猿でもできる」(某CM)からこそ反省は不戦の誓いへの第一歩。反省から出発しないでどうするのだ。(文芸評論家)2025年8月20日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-反省をめぐって」から引用 昭和天皇が公の席で発言するときに、戦争を反省するという一語を入れるつもりだったのに、時の首相であった吉田茂が強行に反対したために、天皇の意向は実現しなかったとのことであるが、それは残念なことであった。吉田は、昭和天皇が「戦争を反省する」などと言い出せば、世の中には「反省するなら、責任を取って退位するべだ」という「声」が大きくなり、戦争中の政府高官であった吉田茂自身にも「責任を取れ」という声が出てくることを危惧したものと思われます。昭和天皇が公の場で「反省」を表明したかったのであれば、本人の気の済むようにさせてあげるべきだったし、それがきっかけで吉田が心配するような「退位せよ」との世論が盛り上がったときには、退位させるべきだったと思います。それが、吉田の個人的な「保身」の思惑から、昭和天皇の「反省」を封じ込んでしまったのは、その後の日本の進路に大きな「暗い影」を落とし、「東アジアの平和」を心許ない状態にしている。また、「侵略戦争への反省」が蔑ろにされたことによって、あの戦争は間違いではなかったとか、日本は侵略戦争などしていないというような、偽りの「歴史」を「真実」だと主張するような輩がのさばる「原因」になってしまっているのは、残念なことで、このようないびつな社会状況を克服するには、さらに長い年月が必要となってしまっており、下手をすると同じ失敗を繰り返すことにもなりかねず、これからの人たちにはしっかり勉強してもらって、国の進路を誤ることのないようにしていってほしいと思います。
2025年09月10日
社会に存在する「外国人差別」や「女性差別」を新聞が維持し助長する役目を果たしている状況について、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、8月17日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 7月28、29日の複数の新聞で、佐賀県の殺人事件を報道する際の見出しに、容疑者の外国籍が記載されていた。容疑者を報道する時になぜ国籍を見出しにつけるのか? 参院選後とりわけ気になった。国籍を見出しにつけるルールがあるなら、日本人も書くべきではないだろうか。 日本における外国人の割合は総人口の約3%で、犯罪率は減っている。それなのに日本の問題は外国人のせいだとする政党が出てきた。その3%がいなくなると、日本は劇的に良くなるのか? 無理がある。 犯罪報道に外国籍だけ書くことで、外国人犯罪が多いように錯覚させている。書くなというのではない。日本国籍も書くべきだ。その方が印象と実態の差がなくなる。差別は日々の積み重ねだ。関東大震災では多くの朝鮮人や中国人、それらの人に間違われた日本人が殺された。日常の差別が災害の不安で引き出された。今回の選挙結果も、日本の凋落による不安感を差別で消し去りたい人々がもたらしたものだろう。 ◇ ◆ ◇ やはり7月24日、もう一つ気になる報道があった。東京都新宿区における性売買女性の摘発で、4人の女性の顔や名前、年齢、逮捕の様子が撮影され報じられたのだ。日頃から多くの女性が逮捕されている。売春防止法第3条には「何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない」とある。「その相手方」も、法律で禁じられているのである。 しかし第5条で売春側に罰則規定があり、買春側に規定がないために逮捕できない。このおかしな法律を改めねばならないのだが、まずはその前に、買春も違法なのに、報道が買春側を違法者として報じないのはなぜだろうか? この法律を支えている構造的な差別こそを、報道すべきではないだろうか? 7月25日、一般社団法人Colaboは「性売買女性の摘発と報道の在り方に関する声明」を出し、記者会見した。代表は、女性たちがなぜ売春を繰り返したのか、そこにある構造的差別を丁寧に説明した。それでも「女性たちに売春しないように言わないんですか?」と、男性記者が質問した。偏見が理解を妨げる典型事例だ。 そこで列席していた3人の理事がそれぞれ「売春防止法の欠陥」、「買春が人身取引にあたる」こと、そして国の女性支援新法が、「性的な被害、家庭の状況」などさまざまな事情により「困難な問題を抱える、あるいは抱えるおそれのある女性」に「寄り添いつながり続ける支援」を目的にしていることを、さらに丁寧に説明した。 ◇ ◆ ◇ 女性はいまだに数百年にわたる売春構造の中に位置付けられ、搾取されている。そこには、性搾取にとらわれやすい障害者や性暴力被害者の姿も見えてくる。最も重要なのは「体を売らなくても生きていかれる」と思えるようになるまでの自立支援なのである。その支えが必要な女性たちを犯罪者として報道する行為は、女性たちの人生を奪っている。そのことを理解してほしい。 「男消し構文」という言葉を聞いた。報道では見出しに「女」だけが記載され男が消される。ここに実は「日本人消し構文」もある。差別する側は姿を消して差別し続けるのだ。それを無意識に行うから罪悪感もない。新聞がそういう存在でいいのか?2025年8月17日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-報道と差別」から引用 容疑者が外国人のときだけ国籍を書くことにしている新聞記者は、この記事を読んで、多分「日本人容疑者の場合は、名前を見れば日本人だと分かるが、外国人の名前をカタカナで書いても何処の国の出身か分からないから、わざわざ国籍を確認して書いているのだ」と弁解すると思います。しかも、そのように弁解する当人は「それが正解であり、差別の片棒担ぎとして批判される筋合いではない」と信じているであろうとことは容易も想像がつきます。しかし、現時点での私たちは、目の前に存在する「差別」をなくす努力をするべき立場であることを、先ずは自覚する必要があり、さしあたってどのような「努力」をするかと言えば、先ず目につくのは、上の記事が指摘している「犯罪報道」の記事です。外国人容疑者だけ国籍を書くのでは、上の記事が指摘するように「弊害」があるのですから、長年続いてきたこの「弊害」を無くすために、これからしばらくの間は、日本人も外国人も必ず国籍を明記するという「ルール」を作って、新聞各社は犯罪報道の「ルール」とするよう努力してほしいと思います。
2025年09月09日

私がときどきコンビニで買う東京新聞は、読者モニター「東京新聞パートナーズ」という組織を運営しており、現在5232人が登録しているという。その登録者に定期的に記事に関するアンケートを実施しているらしく、ときどき「こんな回答がありました」という「紹介」があったりして面白い。ある日の「紹介記事」には、次のような記事が掲載された; 東京新聞は産経新聞などと比べると、リベラルな論調の記事が多い印象であるが、読者は必ずしも全員がそういう「論調」を気に入って購読しているわけでもなく、何か特別な人間関係(?)から渋々購読している人もいるらしく、ときどきは「与党批判も大概にしてもらいたいものだ」という主旨の投書が掲載されることもあるが、上に貼り付けたような「意見」は、いかがなものかと思います。この(50代男性)は、東京新聞の「参政党批判」を「『出る杭は打たれる』を実践している」と理解しており、問題の「本質」がまったく分かっていない。まるで、デビューして間もない新人芸能人を見るような「つもり」で参政党の候補者を見ている。これはとんでもない心得違いというものだ。 わが国憲法は「人は法の下に平等である」と決めており、この精神は古くは福沢諭吉が「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」と本に書いたこともある私たちの社会の基本ルールである。それを参政党は否定し、日本の社会においては日本人を優先し、外国人は二の次、三の次にしよう、と主張しており、これは民主主義の否定である。参政党の主張は、我々が目指す「民主主義の社会」を否定しているのだから、私たちの社会は全力を挙げて参政党を政治の世界から排除しなければならない、という時期に差し掛かっていることを自覚するべきであり、「温かく見守るべき」というのはとんでもない勘違いであることを自覚してほしいと思います。
2025年09月08日
参政党が議席を増やした社会にあって、私たちはどのように行動するべきか。前文科官僚の前川喜平氏は、8月17日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 外国人差別や排外主義の克服と多文化共生教育の実現を目指す全国在日外国人教育研究協議会(全外教)が9日、「言わない・言わせない『日本人ファースト』」と題した声明を発表した。極右政党・参政党が勢力を伸ばしたことに強い危機感を持ったのだ。 声明は言う。「子どもたちは大人たちの姿を見ています」「『日本人ファースト』という言葉と差別的な言動等が街にあふれ、連日報道されたことにより、子どもたちは『ああ、こういうことを言ってもいいんだ』と学習してしまいました」「それは刃(やいば)となって他者を傷つけるということを子どもたちに訴えなければなりません」「正しい知識に基づき差別を見抜く目を養う教育が、今こそ求められています」「排外主義に立ち向かっていきましょう」 差別は家庭にも地域社会にも根強く存在する。それをきっぱりと否定し、人間の尊厳と平等を子どもたちの胸にしっかりと刻み込むことは公教育の使命である。日本の学校には同和教育を人権教育に発展させた歴史と実績がある。今こそ教師は自信と勇気をもって人権教育を行うべきだ。 もし生徒が親から「外国人には犯罪者が多い」「外国人を日本から追い出すべきだ」などと言われたのなら、教師は「あなたの親が言ったことは間違いだ」と教えなければならないのだ。(現代教育行政研究会代表)2025年8月17日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-反『日本人ファースト』教育」から引用 この記事は大変示唆に富む記事だと思います。私たちは社会を形成して生きていくのであり、その社会は健全に発展するべきであるから、親は子がそういう健全な社会の一員として生きていくための「常識」を身につけた成人となるように教育する「義務」があるわけですから、間違っても属性の異なる人間を差別するような習性を身につけさせるべきではありません。したがって、子どもが参政党議員の真似をして「日本人ファースト」などと口走ったときは、親は「それは間違った考え方だ」と教えるべきだ。当たり前の「常識」というものだと思います。
2025年09月07日
イギリスでは超人気のサッカー・プレーヤーなのに、何故かイスラエルによるガザ侵攻について、チームメイトがイスラエル批判の発言をしているのに、当人は沈黙したままだったので、サッカー・ファンの間で評判を落としていた選手が、この度ようやくイスラエル批判に繋がる発言をしたことについて、文筆家の師岡カリーマ氏は、8月16日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 世界七不思議の一つ、ギザの三大ピラミッド。地元エジプトで「四つめのピラミッド」と呼ばれた男がいる。イングランド・プレミアリーグのリバプールで活躍するサッカー選手モハメド・サラー。昨季得点王など数々の賞に輝き、チームの地元リバプールでも絶大な人気を誇る。様々な慈善事業に携わり、英国で敬遠されがちなイスラム教徒のイメージ向上に貢献した。祖国エジプトでは、候補者でもないのに大統領選で2位の得票率という逸話も。でも最近、ピッチ外でのサラーの評判は芳しくなかった。2023年10月以来、ガザについて投稿をほぼ控えていたからだ。チームメートは発言しているのに、なぜ彼が黙るのか、と。 そのサラーが沈黙を破って話題を呼んだ。かつて「パレスチナのペレ」と呼ばれた名手で、ガザで支援物資を待つ間に殺害されたS・オベイドに関し、死因に触れずに哀悼の意を表した欧州サッカー連盟の投稿を引用して「彼がどこで、どのように、なぜ殺されたのかは言わないのですか」と書いたのだ。イスラエルに甘い欧米のメディアや組織に対する事実上の抗議とも取れる投稿は、大スターのこれまでの沈黙が強いられたものだった可能性を示唆する性格のものでもあった。沈黙を破る著名人は欧米人の中からも続出している。次は実際にイスラエルを止める手段を持つ為政者たちが動く番だ。(文筆家)2025年8月16日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-沈黙を破った大スター」から引用 この記事によれば、欧州サッカー連盟という国際的な組織も、ガザでホロコーストを実行しているイスラエルを批判できないという事態を、我々に示してくれているのだが、欧州諸国の政府や大企業が何故イスラエルの蛮行を批判できないのか、まったく理解が出来ません。80年前にナチスドイツによって「民族皆殺し」の目にあった可哀相な民族だからと言っても、それが理由で、現代社会において彼らが自由に他民族の「皆殺し」をすることが許される訳がありません。例えば、アメリカの政治家がイスラエル批判をしない理由なら、それは、世界でも屈指のユダヤ人大富豪が、アメリカの名だたる政治家に潤沢な政治資金を握らせているからだろう、というのは素人にも想像できる、あり得る話ですが、いから大富豪がいるからと言って、欧州サッカー連盟の要人にまで「カネの力」が及んでいるとは考えにくいように思われます。しかし、そのような状況下でも、イスラエルの蛮行を許しておいてはいけない、という機運が少しずつ芽生えつつあるのは、かすかな「希望」なのかもしれません。
2025年09月06日
7月の参議院選挙で参政党と国民民主党が議席を伸ばしたのは既成政党を批判する票がこの2党に集まったからであり、似たような現象は戦前にもあったと、歴史家で学習院大学教授の井上寿一氏が、8月16日の毎日新聞コラムに書いている; 7月20日に実施された参院選の結果の特徴は、既存政党の不振と新興政党の躍進と表現することができる。自民党と公明党は大幅に議席を減らして、参院においても少数与党内閣となった。対する野党の方でも、立憲民主党の増減ゼロ=実質的な敗北であり、100年以上の歴史を持つ共産党はわずか3議席の獲得となっている。その共産党の約5倍、17議席を新たに獲得したのは、5年前に結成されたばかりの国民民主党である。さらに同じ年に結成された参政党の議席数は、前回の1から14へ大きく伸びている。 変動する今の日本の政党政治は、今後どうなるのか。歴史的な類推を試みようとすれば、視線は戦後よりも戦前へ向かう。戦前昭和の政党政治と類似点があるからである。 1932(昭和7)年に起きた5・15事件によって、犬養毅首相の政友会内閣が崩壊する。私たちはここに戦前の政党内閣制が終焉(しゅうえん)を迎えたと知っている。しかし同時代においてはそう思われなかった。政党内閣制は中断されたのであって、復活の可能性があった。テロに倒れた首相の後継は、「憲政の常道」に基づけば、衆院多数派の政友会から選ばれるはずだった。 ところが元老、西園寺公望の選択はちがった。高齢で政治的な魅力に欠ける司法官僚出身の鈴木喜三郎・政友会総裁では国内外の難局を乗り切れそうになかったからである。代わりに海軍「穏健派」の斎藤実、ついで岡田啓介の内閣が成立する。これら二つの内閣は、政党からも閣僚を迎えた「挙国一致内閣」、あるいは政党内閣でも超然内閣でもない「中間内閣」だった。 36(昭和11)年2月20日に総選挙が実施される。政友会は前回より130議席減の171議席で大敗を喫した。対する民政党は、205議席で第1党になったものの、前々回30年総選挙での273議席と比べれば、圧勝と言い切れなかった。両党を「既成政党」と批判した無産政党(社会大衆党)の議席は、前回の5から18へと3倍増以上である。 翌年4月30日の総選挙でも第1党は民政党だったが前回より26議席減った。政友会も4議席増にとどまる。対する社会大衆党は、倍増の37議席だった。 この「既成政党」の不振と社会大衆党の躍進は、今日の政党政治の状況と類似している。さらに以下のように社会大衆党と参政党を比較すれば、類似性はより強くなる。参政党は海外のメディアの一部から「極右政党」と呼ばれ、交流サイト(SNS)上では党の代表の愛読書はアドルフ・ヒトラーの「我が闘争」であると真偽不明な情報が飛び交っている。 対する社会大衆党は、党勢の拡大に伴い党の幹部がドイツに渡り、ナチスの党組織を研究して、「国民の党」を党是とするようになる(渡部亮「昭和新党運動の重層的展開」)。社会大衆党は階級政党から国民政党へと変貌を遂げる。国民をこぞって組織し政治に参加させる。このような政治参加の拡大志向は、参政党の党名の「参」と「政」と歴史的に共振する。 関連して、参政党の国会議員18人の半数が女性であることは、注目に値する。党代表の女性差別的な発言や家父長制的な社会秩序観からすれば、意外な数字である。さらに「子供1人あたり月10万円支給」を掲げる参政党は、政治イデオロギーとは別の観点から支持を広げることにつながったと推測できる。 ここで戦前昭和にもどる。36年の総選挙で比較第1党になった民政党は、連立を模索する。この総選挙の前までの政民(両党の)連携構想は、衆議院で300余議席を得ていた政友会が単独内閣をめざしていたことから破綻した。そこで民政党は社会大衆党に接近したものの、社会大衆党からすれば、「既成政党」民政党の現状維持志向は容認できなかった。いたずらに時間が経過する。政党内閣の復活の代わりに成立したのは、近衛文麿内閣だった。 近衛は政治指導力の強化をめざして新党運動を展開する。倍々ゲームで議席を急増させたが単独では政権を担えない社会大衆党は、解党を辞さず、新党運動に参加していく。しかし新党運動がたどりついたのは、強力な一国一党制にほど遠い大政翼賛会だった。こうして戦前昭和の政党は、新しい枠組みでの政党内閣の復活を求めた国民の期待に応えることなく自滅した。 今日の日本においても国民は、政権交代可能な新しい政党政治システムを求めている。すべての政党はこの期待に応えなくてはならない。石破茂内閣かどうかはともかく、しばらくは少数与党内閣が続きそうである。早急な連立再編による政権の安定よりも、個別の争点を巡って国会で本格的な政策論議が展開されるようになれば、野党の側も責任感覚を強めるだろう。そうなれば新しい政党政治システムが確立するはずだ。(学習院大教授、第3土曜日掲載)2025年8月16日 毎日新聞朝刊 13版 4ペー 「井上寿一の近代史の扉-参政党と社会大衆党 『既成政党』批判の共通点」から引用 戦前の社会大衆党と現在の参政党は、どちらも今の価値観から見れば「極右政党」という分類になるが、政党としての「レベル」を考えると、社会大衆党は曲がりなりにも「国民をこぞって組織し政治に参加させる」という志をもっていたようであるが、参政党にはそのような「志」は感じられず、単に流行のSNSを駆使してテキトーなデマを流して、政治に無関心な若者を扇動して「まとまった票」に仕立て上げただけのことで、たまたま今回は成功したが、次回の選挙も同じ手を使ってうまくやれるという「保障」はどこにもない。真面目だった社会大衆党でさえ、うまく行かなかったのに、それよりレベルが下に感じられる参政党に、社会大衆党の上を行くなどということは、まったく望み薄というものではないかと思います。
2025年09月05日
先月、アメリカ・アラスカ州で行われた「米ロ首脳会談」は、事前に大口を叩いたトランプ大統領の思惑通りにはいかず、停戦に向けたはっきりした「結論」のようなものは達成できなかった模様であるが、専門家はどう見るのか。アメリカ外交問題評議会研究員のリアナ・フィックス氏は、8月17日の朝日新聞で、次のように述べている; ロシアにとっては明らかな成功だ。ロシア側は国際的な孤立状態から再び表舞台に戻ったことを喜んでいた。 共同会見を見る限り、会談の前後の状況は何も変わっていないようだ。「ディール(取引)」を発表するのが大好きなトランプ米大統領が会見でディールを発表せず、「ディール」という言葉に慎重だった。望んでいたほどの成果を得られなかったようだ。 会談は、米国がロシアのわなに陥った会談の一つとして歴史に残るだろう。ロシアにとっては、(停戦協議をめぐる)トランプ氏のプーチン氏に対する焦りやいらだちを紛らわせ、ロシアの勝利に向けて前向きな状況に変えるための試みだった。さらに時間稼ぎをして、ロシアに対する追加制裁を阻止しようとしており、成功している。 今後、米ロが何らかの二国間のビジネスについての合意を発表する可能性もあるだろう。この後に重要な会談結果が明らかにならない限り、今回の会談は米側には失敗として記憶されるだろう。(聞き手・ワシントン=清宮涼)2025年8月17日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ 「考論-ディール発表なし、わなに陥った米」から引用 リアナ・フィックス氏のコメントに対し「ディール発表なし、わなに陥った米」という表題をつけたのは朝日新聞編集部であるが、プーチン大統領にしてみれば、別にトランプ大統領にわなを仕掛けたつもりはないのであって、攻勢に戦争を継続している立場のロシアにしてみれば、「ここで戦闘を停止する条件」は、1.ウクライナが自発的にロシア軍攻撃を停止する2.これまでにロシア軍が制圧したウクライナ領土は無条件でロシア領とするこの2つの条件をウクライナが受け入れることに尽きる。しかし、いくらトランプ氏でも、当事者のゼレンスキー大統領が同席しない場所で、勝手にそんなことをアメリカ大統領が決めるわけにもいかない、という、その程度の常識はトランプ氏も持っていたようで、辛うじて「混乱」は避けられたという状態のようである。しかし、ウクライナ紛争の「元」はと言えば、アメリカ軍にそそのかされたNATOが冷戦終結のときの「約束」を破って東側へ勢力を拡大したことが原因であり、前職の賢い政策を覆してウクライナ国内に米軍基地を建設することに同意したゼレンスキー氏の浅はかな政策判断が引き起こした「災難」なのだから、ウクライナはそれなりの「損害」を甘んじて受け入れる以外に、この紛争を終わらせる手段はないものと思います。
2025年09月04日
毎年8月15日になると靖国神社の境内はいい年をした大人が戦時中の日本軍のコスプレをして大挙して押しかけるのであるが、靖国神社とは如何なるものなのか正しい認識を得るために、8月16日の「しんぶん赤旗」は、次のような記事を掲載している; 靖国神社は、戦前・戦中に侵略戦争推進の精神的支柱となりました。戦後も、日本の侵略戦争を「自存自衛の正義のたたかい」「アジア解放の戦争」と美化する「靖国史観」を世界に発信している運動体で、一般的な宗教法人でも戦没者追悼の施設でもありません。 前身は1869年設立の「東京招魂(しょうこん)社」で、幕末の内戦で戦死した新政府軍の将兵をまつり、79年の明治天皇の勅命で「靖国神社」に昇格しました。 当初から陸軍省・海軍省など軍事当局が管理。天皇・国に忠義を尽くし「名誉の戦死」をした軍人などを「護国の英霊」としてまつることで、天皇のために命をささげることを美化し、侵略戦争を正当化する役割を果たしました。 1882年に境内に開館した軍事博物館「遊就館」は、現在も「英霊の『みこころ』と『ご事蹟』を知る」施設として、靖国史観を宣伝する特異な展示を行っています。 A級戦犯を合祀(ごうし)しているのも大問題です。靖国神社は1978年、東京裁判で戦争指導者として死刑になった東条英機元首相ら14人を、戦争犯罪の“ぬれぎぬ”を着せられた「昭和殉難者」として合祀しました。
2025年09月03日
戦後80年という節目を迎えながらも、党内の支持基盤が脆弱な石破政権は、反対派に遠慮して「石破談話」を発表できずにいることに関連して、70年目に当時の安倍首相が発表した談話が如何にデタラメな「談話」であったか、8月15日の「しんぶん赤旗」は、次のように論評している; 戦後70年(2015年)に安倍晋三首相(当時)が出した「安倍談話」は、「植民地支配と侵略」への反省を過去のものとし、歴史の事実を乱暴に歪曲(わいきょく)する内容でした。 同談話は「侵略」「植民地支配」に触れています。しかし、誰が行ったのかを明確にしていません。「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も・・・」「圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は19世紀、アジアにも押し寄せました」と言うように、日本が「侵略」し、日本が「植民地支配」を行ったとは述べていませんでした。さらに、「反省」と「お詫(わ)び」も過去の歴代政権が表明したという事実に言及しただけで、安倍首相の言葉としては語らないという欺瞞(ぎまん)的なものです。 「村山談話」(1995年)は、日本の「国策を誤り」「植民地支配と侵略」を行ったという歴史認識を示し、「痛切な反省」と「心からのお詫びの気持ち」を表明。「日韓パートナーシップ宣言」(98年)には、「日本の韓国に対する植民地支配への反省」という表明が日韓共同の公文書で初めて書き込まれました。 日本軍「慰安婦」問題については、「河野談話」(93年)で軍の強制を認め、「心からお詫びと反省」を表明していましたが、「安倍談話」は一言も触れていません。「安倍談話」はこれら“三つの重要文書”からの重大な逆行でした。 「安倍談話」は、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけた」と日露戦争での勝利を評価しました。 日露戦争は、朝鮮や中国東北部(満州)の支配権をめぐる日露双方からの侵略戦争でした。その帰結として、朝鮮半島の植民地化=「韓国併合」が行われたのです。 日露戦争直後に、ロシアの敗北を帝国主義の抑圧に苦しむ諸民族が歓迎したという事実はありますが、すぐに真実は明らかになりました。インドの独立・建国の父の一人、ジャワハルラル・ネールは『父が子に語る世界歴史』で「その(日露戦争)直後の成果は、少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をくわえたというにすぎなかった。そのにがい結果を、まず最初になめたのは、朝鮮であった」と指摘しています。2025年8月15日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「歪曲と欺瞞の『安倍談話』」から引用 安倍首相(当時)の発言は、一から十まですべてがデタラメであったが、日露戦争で日本が勝利したことは多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけた」というのも典型的なデタラメの一例であり、日本の勝利が世界に報道されたその一瞬は「もしかしたら」と希望を持ったアジア人も、何人かはいたかも知れないが、結局、日本が勝利した結果、それまでロシアが持っていた朝鮮半島や中国大陸の権益を日本が引き継ぐことになっただけで、アジアに対する植民地支配の「構造」は何も変わることはなかったのが現実だったのであり、上の記事が紹介しているジャワハルラル・ネール氏が指摘している通りだったのだ。したがって、そういうウソばかり述べた「70年談話」をそのまま放置するのは、日本の恥であると自覚し、少しでも「史実」に基づいた誠意ある「談話」を、8月15日に発出することが出来なかったのは残念であるとしても、年内の別の日に「石破談話」を出すことが、大いに意義ある仕事になると思います。
2025年09月02日
7月の参議院選挙で、参政党候補者への支持率が高まる様子を取材した朝日新聞・杉山あかり記者は、その印象を8月1日の同紙夕刊に、次のように書いている; 「日本人ファースト」を掲げた参政党が伸長した参院選。初議席を得た6月の東京都議選から60人以上の支持者を取材し、見えたことがある。 街頭で飛び交う言葉は日に日に過激になっていった。抗議をする人と支持者は「帰れ」とののしり合う。記者も「何人(なにじん)なの?」と聞かれた。SNSも含めて攻撃的な文言に日々接すると心がすり減った。同時に差別的な発言に鈍感になっていく自覚もあった。 思いがけず救われた言葉もあった。「きらきらしながら働く女性のあなたがうらやましい。つらいこともあるけど、がんばってね」 励ましてくれた主婦(50)は結婚を機に、続けたかった仕事を辞めた。不妊治療をしたが子どもに恵まれなかった。「高齢の女性は、子どもは産めない」などの神谷宗幣代表の発言は「配慮に欠ける。言ってほしくない」。それでも「物価が高い。おかしな世の中になっている」と党にひかれるのは、生活への危機感がそれだけ強いからだろう。 党の主張と同じフレーズを冗舌に語る支持者に「理想の暮らしは?」と尋ねた。会社員の男性(63)は数秒考えると「理想はない」。そう答えた上で「30年前の日本は『もっとよくなる』という期待があった」。別の男性は「安心安全に暮らしたい」、ある女性は「増税はやめてほしい」と、いずれもささやかで率直な願いを語った。 演説には幅広い世代が集まった。ビラ配りをする女性(71)は「自分が動かなければ日本がだめになる」と焦りをにじませた。参政党をきっかけに政治に興味を持った男性(27)もいた。 怒りの矛先を向けるべきは外国人ではない。ネット上の情報をうのみにし、生活保護などで「外国人が優遇されている」といった事実に基づかない認識は問題だし、差別は許されない。それでも、支持者が口々に吐露した不満や不安は、社会全体が向き合うべき課題を示しているように思う。 東京・歌舞伎町の無料案内所で働く男性(32)は「参政党は、僕らの訴えに耳を傾けてくれる心の広さがありそう」と党を応援する理由を語った。 自分たちの方を向いていない既存政党への不信が、新興政党への期待をかき立てた。メディアもまた、既存政党と同じ側にいると見られているのかもしれない。「日本人ファースト」を支持する奥にある一人一人の思いを見誤らず、不安の根源を冷静に見極めていきたい。(ネットワーク報道本部) *<すぎやま・あかり> 岩手県出身、2021年入社。前任の神戸総局で兵庫県知事選を取材しSNS時代の選挙の難しさを痛感した。「モーニング娘。」のファン。「ザ☆ピ~ス!」の歌詞の通り、参院選では投票(に)行って外食をした。2025年8月1日 朝日新聞夕刊 4版 7ページ 「取材考記-口々に吐露 参政党支持、奥に社会への不安」から引用 参政党の主張と同じフレーズを叫ぶ60代の男性は、30代の頃は日本はもっと良くなるという期待があったと語ったそうであるが、私なども就職したばかりの20代のときは、経済の高度成長で初任給が4万円だったのに、2年目は5万円になったので、正に「日本は良くなりつつある」と実感したのであったが、しかし、その後、石油ショックとか、色々な「山あり谷あり」の人生であったが、「アタマに来たから参政党に入れてやれ」みたいな気分になることはなかったと思います。私たちの時代は、国鉄労組とか全逓と言われた郵便事業従事者の労働組合も、毎年春闘ではストを打って賃上げ交渉をして、それなりの成果を勝ち取っていた時代で、その影響を受けて我々の中小企業も、それなりの給料を出す時代だったのですから、これからの若い人たちは、自分たちの暮らしを立て直すためにやることは、参政党への投票ではなく、まともな労働運動を「再起動」することだと思います。
2025年09月01日
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