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7/7にクラス会の案内71通を出した返事の締め切りは9/15現在返信が届いたのは19通出席6名、欠席13名(本人死亡2名)困ったのは差出人の名前が書いていない3通一人は郵便番号が書いてあって差出人を特定できた〈お名前〉という欄をつくらなかったのはこちらの落ち度
2015/07/31
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昨29日、所要があって箕面市の多文化交流センター・小野原図書館を訪ねました。外観施設利用者一階にコムカフェ(comm cafe)という世界の家庭料理を楽しめる店があります。外国人留学生がボランティアでシェフをやっているそうです。昨日のランチはベトナム料理でした。ランチクセがあるのかと思いましたが味付けは日本食と変るところがありません。ランチメニュー他にも日替わりでいろんな国の料理を楽しめます食後にはベトナムコーヒーを注文コップがいっぱいになると上部を外して底にある固形のミルクと混ぜて飲みます。ベトナムに行った経験のある人ならわかるでしょう。ボクは初体験ですがおいしく飲みました。 このコーヒーを入れる道具?カミさんが行った時に買って来てなんと我が家にもありました。しかし家では、コーヒー飲むならビールをというボクなので縁がありませんわ。
2015/07/30
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英会話教室の月末の集まりはレッスン終了後のお楽しみがあるそれは各自飲み物持参でのおしゃべり昨夜は先生のベンが好きだというラム酒のカクテルを楽しんだ。ラム酒を飲むのは多分初めての経験テキーラやウォッカのようにアルコール度数の高い酒である。西インド諸島が原産地と考えられているサトウキビの廃糖蜜または絞り汁を原料として作られる蒸留酒であるラムはそのまま、あるいはカクテルベースとして飲用に用いられる以外に、ケーキ、タルトなど焼き菓子の風味づけにも多用されレーズンをラムに漬け込んだラムレーズンの形で用いられることも多い紅茶の香り付けに少量加えることもある(ウィキペディア)作るのはラム酒が好きというベン先生にお任せ以下の三種類のカクテルを作ってくれた。ティポンシュ(Ti-punch)フランス語で小さいパンチ(混ぜる)という意味ラムをベースに、ライム、砂糖を混ぜ合わせたとてもシンプルなカクテルキューバ・リブレ(Cuba libre)1902年、スペインからのキューバ独立戦争の際に生まれたカクテル。独立支援のアメリカ軍人がたまたまラムにコーラを落としてみたら、うまかった!という偶然の産物。そのときの民衆の合言葉が“Viva Cuba Libre!(自由なるキューバ万歳!)”独立闘争の際にキューバを後押ししたのがアメリカ。キューバ産のラムとアメリカのコーラ2つの国の連帯感をあらわしたのがこのカクテル政治的メッセージの濃い生い立ちである「クバ・リブレ」はスペイン語名英語名は「キューバ・リバー」モヒート(MOJITO) 夏を思わせるミントの鮮やかな緑色ライムのさわやかな風味、そしてラム酒の甘い香りが三位一体となって出来上がる涼感をたっぷりと身にまとった、さわやかなカクテル(以上、WEBからのコピー&ペースト)カクテルは味もさることながら名前やその由来なども話題にして味わうといっそう楽しい酒になる三種ともそれなりに口当たりがよくおいしく飲んだ。中でもモヒートはこの春から朝日新聞で連載中の『春に散る』で主人公がモヒートを頼むシーンがあった。以来モヒートという飲み物のことが頭の片隅に残っていたので昨夜の出会いは特に印象的であった。今日もまたうれしいことにさきほどから夕立になった雷様もゴロゴロ
2015/07/29
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月に一回のエッセィサークルの帰り午後四時、空が急に曇って夕立になった一番望んでいる現象で実にありがたい!庭の散水からも畑の水やりからも解放される。雷鳴も少し聞こえた。子どもの頃は夏によくあった夕立最近は少なくなったような気がする。自然現象に感謝のひととき
2015/07/28
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庭のあちらこちらでオニユリが咲いています毎年梅雨明けごろに咲くので夏の太陽と青空とがセットになって記憶に残ります。我が家のオニユリ、この二、三年で急に増えたような気がしています。といっても特別困るわけでもないのでどうということもないのですが・・・。オニユリ(鬼百合)、別名:テンガイユリ(天蓋百合)多分、ここが宗家でしょう相当古くから咲いています。葉の付け根にはむかごと呼ばれる小さな球根のようなものができますこれが地面に落ちると根を伸ばして新たな株となるようです。塀の向こう側にも咲いています人が通る所ではおしべの花粉が衣服に付くので大変手入れ不要で季節が来ると勝手に芽を出して花が咲く有難い花です。玄関のオニユリおしべは切り取っているようです。
2015/07/27
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小倉山展望台からの眺望先日来の大雨の影響で川はにごっている真夏を思わせる暑い一日山を登る会の例会に参加暑さをものともせず90余人のメンバーが集まった。コース:嵐山駅→小倉山(286m)→落合橋→JR保津峡→林道松尾谷線→鉄塔→(昼食)→高瀬山(341m)→明智越え→JR亀岡駅(15Km)コース説明の後、暑さに負けないようにしっかり水分を摂りましょうとの注意水量の目安=体重×歩行時間×5例えば体重60kgの人が5時間歩くと仮定すると60×5×5=1,500CCを持参ボクは2リットルを用意したのでリュックが思い。落合橋へ向かう途中の展望保津峡沿いにアスファルト道を歩いた後亀岡へ向かうハイキングコースに入るこれは涼を撮ろうとした一枚鉄塔の少し上で昼食これで登りは終わり、あとは尾根道の多少のアップダウンだけというコースリーダーの説明にホッとする有難いことにコースの大半は木陰の道明智越えハイキングコースの案内板尾根筋から開ける景色、空の明るさが印象的同上今日は二つの山を歩いたはず?なのに小倉山も高瀬山も標識を確認せず。まことにお粗末ですが、これも暑さのせい?そして撮った写真もたった9枚いつもと勝手が違うがどうしたんだろしかし無事亀岡駅にゴールして冷たいビールにありついてホッと一息電車バスを乗り継いで17:00前に帰宅帰宅後、シャワーを浴びて近所の方のお通夜に参列8:30帰宅、遅い夕食となった。〈参考〉小倉百人一首のこと鎌倉初期の詩歌集。藤原定家が古代から鎌倉初期に至る百人の歌人から一首ずつ計百首の歌を撰した。定家の別荘のあった嵐山の小倉山の山荘の障子に張った百枚の色紙に定家が撰した百首を書いたので「小倉」という地名が冠せられた。江戸初期から「歌がるた」として遊ばれたが明治期に黒岩涙香が競技的なものへと発展普及させた。現在、八坂神社では1月3日のかるた始に競技大会を行っている。
2015/07/26
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スマホを持っていると電話の他にメールやお知らせの着信が頻繁にある。電話は仕方がないけれどその他の着信はその都度いちいち見ることはしないで行動が一段落した時にまとめてチェックする。ところがたまにではあるが家人からの急ぎのメールを見落として文句を言われることがある。そんなに急ぐなら電話にしろと言いたいところだが相手を責めても始まらない。最近そんなことが何度か続いたそこでふと思い付いたのが特定の相手からの着信音を設定することこれでまずはひと安心!何をいまさらと笑われるかもしれないでもボクの利用度はこの程度だから仕方がない。
2015/07/25
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先日の虚空蔵山登山の時JR・藍本駅を出発して間もなくこの神社に遭遇しました。ホー、珍しい名前やなあと思いながらいつもの通りとりあえずパチリで通過帰宅後調べるとこのほかに同じ名前の神社が豊岡市(兵庫県)と石川県にもあることがわかった。酒滴神社(兵庫県三田市)(酒垂とも書く)額束の上に鉄板屋根のある珍しい二の鳥居在銘石製鳥居で県指定の重要文化財また、随身門に掛かっている算額は藍本住人で 近世和算の碩学下垣内市左衛門が文化八年(1811)に奉納したもので三田市指定の文化財となっている。同上、本殿同上、説明板読みにくいので下記をどうぞ貞観年間(860ごろ)、国内で悪疫が蔓延したとき「われは素戔鳴尊なり」という一童子のお告げで 山へ登った村人が、天然の霊窟から垂れ出る酒を発見した。これを飲んだ人たちはたちまちのうちに 病が癒えたため神まつりをし、岩山大明神として崇拝した。それから約百五十年後の長暦二年(1038)春またもや悪疫が大流行した。ときの後朱雀天皇は痛く心を悩まされていたところある夜夢枕に仙人があらわれて、ここの霊水を奨めた。早速、都に取り寄せ病人たちに飲ませたところさしもの流行病いも治ってしまった。かくして霊験あらたかな神をまつる社号を「酒垂神社と改めよ」と 仰せられ神領を寄進されたという。これが、酒垂神社の縁起である。兵庫県豊岡市の酒垂神社は祭神が酒の神で酒美津男命(さかみずおのみこと)と酒美津女命(さかみずめのみこと)を祀るまた石川の酒垂神社の由来は以下の通り伝承によれば、この神はアイの風のまにまに酒樽に乗って漂着したと伝えられている。であるから春祭りには往時をしのんで必ずアイの風が吹くのだと聞く。県内でも漂着神伝説で最も著名な神社である。「往古酒樽に乗りてこの磯に寄り給ふ」神としてこの神社名も名付けられたのである。酒好きが、酒が滴るなどという名前の神社に出会ってうれしかったというお話でした。
2015/07/24
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直径1~2センチくらいの可愛らしい実カミさんが種をもらって育てたオキナワスズメウリです。この青い実がそのうちに赤く変色するらしい。こんな風に育てました。ところでこの植物の名前ですがネットで調べると実にさまざま沖縄スズメウリ沖縄カラスウリ琉球スズメウリ琉球オモチャウリ琉球カラスウリスズメウリなのかカラスウリなのかはたまたオモチャウリなのか頭には沖縄がつくのか琉球なのかこういうのもちと珍しいですね。
2015/07/23
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8月26日に予定している神君伊賀越えの道第3回その下見に近所の○須さんと出かけました。今回は前回ゴールのJR・津田駅から京田辺の草内の渡し跡まで家康がどの道を通ったのかについては歴史家や郷土史家などが研究しているが決め手がなくわからないらしい。それでも尊延寺や普賢寺を通ったというのは事実らしい。というわけでその道までは特定できないけれど土地を点で結んで歩いている。第3回のコースJR・津田駅→三ツ池→尊延寺→普賢寺→飯岡→草内の渡し場跡→近鉄・新田辺駅(18Km)JR・津田駅を出発、津田の集落を歩く何度も通っている道だがこの標識は初めて津田春日神社大きな溜池・惣喜池の横の道を通り穂谷川に出る川に沿って歩くとやがて尊延寺の集落つまりわが住まいするところである。大塩中斎遺跡碑大塩平八郎の乱の際、平八郎と親交のあった尊延寺村の深尾才次郎が村人ら60人を引き連れ出発したが、途中大塩の敗走を知り逃亡するも家族や参加した村人は厳しい処分を受け深尾家は断絶したが、この碑は1947年顕彰のため深尾家ゆかりの人が建立した。家康とは関係ないけれど歴史ウオークということでこういう所も案内するつもり尊延寺の集落を通り過ぎて宇津木越の道を普賢寺へ向かうこの道は幼少の頃、普賢寺出身の祖母に連れられて何度か歩いたなつかしい道である普賢寺の道の駅で巻き寿司を買って昼食祖母の実家にちょっとだけ顔を出して普賢寺川沿いに木津川へ向かう。途中、少し回り道をして普賢寺川を離れ家康と同行していた穴山梅雪の墓がある飯岡集落へ立ち寄る。墓は、この立札の向かい側の墓地にあった。墓地の入り口に穴山梅雪の墓という立札がある立札の後ろが墓かと思ったがそうではなく○須さんが墓地の中ほどに見つけてくれた。飯岡車塚古墳遠景、本日は立ち寄らずこのあたりはお茶どころ、緑が美しい飯岡から木津川に出たところに飯岡の渡し場跡の石碑後方に見えるのは玉水橋ここから木津川の堤防を山城大橋へと向かう先ほどまで歩いていた普賢寺川を渡るこの先で木津川に注いでいる木津川の堤防をしばらく進むと草内の渡し場跡小さな石碑が一つ、ぽつんと立っている。家康一行はここで川を渡って宇治田原へ向かった。ここから新田辺駅までもどりウオークは完了。以下おまけ新田辺に向かう途中にあった檜皮葺の寺院同上説明板普賢寺川で見かけた、空き缶で作った風車本日はこれでおしまい最後までのお付き合いいただきありがとうございました。
2015/07/22
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桃を買いに行った帰りに立ち寄った高野山標高が1000mというだけあって涼しい駐車場に車を止めて奥の院まで往復涼しいといっても多少の汗はかきました。奥の院への参道はいつ来てもいい杉の大木と苔むした墓碑が古を呼び覚ましてくれる温度差のせいでしょう、アジサイが美しい下界で見るより色合いが深く澄みきっているように見えた金剛峰寺でお目にかかったアート作品同上説明しろあり対策協会の「しろあり やすらかにねむれ」ナントナクオカシイ我が家でも以前に被害に遭って駆除している手を合わせておかなくてはいけない休日とあって結構な人出でした白装束のお遍路さんも多数お参りに来ておられました結願のお礼参りでしょうか。外国人観光客も多いですね宿坊でお泊りの団体さんも見かけました。奥の院ではヒグラシがにぎやかでした。
2015/07/21
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JA紀の里ファーマーズマーケットめっけもん広場娘夫婦の誘いに乗って和歌山へ桃を買いにドライブ昨年の7/12にも同じことをしている。↓こちら行った先も同じ、紀ノ川市の〈めっけもん広場〉他の野菜もあるにはあるがなんといっても今は桃、桃、桃売り場はスゴイ熱気こんなに買いました帰途、娘の知り合いの家へ配達試食もないので、おいしかったらいいのですが・・・紀ノ川は先日の雨の影響が残って濁流久し振りの高野山経由で帰りました。
2015/07/20
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山を登る会の例会で虚空蔵山(592m)へ集合地へ向かう途中は予想外のかなりの雨自分の天気運を信じて集合場所のJR・藍本駅へ出発時には願望通りピタリと止んだ天候のせいか、参加者は少なく54名コース:JR・藍本駅→登山口→虚空蔵堂→役行者石像→丹波岩→虚空蔵山(592m)→鉄塔1→八王子山(496m)→鉄塔2→ピーク417(大谷山417m・昼食)→山上山(390m)→油井→JR・草野駅(10Km)表参道から正面に見えるのが虚空蔵山かと思ったがそうではないらしい美しい田園風景が広がっているあぜ道に咲いていたカンゾウの花登山口からは川に沿って登って行くいつも思うことだが山を登るのはやっぱりしんどいなんでこうしてくるのやろ?やがて虚空蔵寺へ説明はこちらで役行者石像やがて尾根筋の道に出る風が通って気持ちがいいこうなるとしんどさを忘れてしまう陶の里への分岐山頂手前の丹波岩、天気が良ければ有馬富士、六甲が見えるはず虚空蔵山山頂、592mという表示もある八王子山(496m)、標識が見当たらず三等三角点の写真で間に合わせておきます昼前には少し眺望が開けてきた同上同上ピーク417(大谷山)、ここで昼食山上山近くのくさり場、山上山には標識があったらしいが気づかす通過ゴールのJR・草野駅には13:25に到着参考:虚空蔵山(こくぞうさん)は兵庫県篠山市・三田市にある標高596mの山である加古川水系と武庫川水系の分水嶺登山道の途中には虚空蔵寺が現存しているふるさと兵庫50山に選定されている。
2015/07/19
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吹田クワイ(慈姑)を植えたことは5/21のブログに書きました。クワイの栽培は初めてですが花が咲くのは聞いて知っていました同じ時期に慈姑を植えた友人たちは一か月以上も前に花が咲いたといいます。我が家のはどうして咲かないのかと気をもんでいましたが、今日一つの株に白い花が咲きました。休耕田の片隅で水は湧水これで八株植えています外出と雨で二日間見ていなかったのでこの花は二日の間にこのような茎を伸ばして咲いたことになる花びらが三枚の清楚な花いま咲いている緑色の球のようなものをつけたのが雌花で、黄色いしべをつけた雄花は同じ軸の先の方で咲くらしいいま蕾のものが雄花かもしれません咲いたらわかりますね。7/21追記雄花が咲きました。次に登場するのは葉が枯れて収穫の時です12月になるのかな、8株からどれだけ採れるかお楽しみに
2015/07/18
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昨日のビールウオークで立ち寄った茨木童子の像なにか愛くるしい顔に見えるが説明を読むと人の血を吸うのを好むという相当強烈な話です。しかしこの様に像にして残すというのは何か愛すべきところもあるのでしょう。『後世の説話集や能謡曲、歌舞伎などで語り継がれている』というがその方面には不案内でいまひとつ消化不良ウイキペディアの説明を以下に転載興味のある方はご一読を!茨木童子は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人茨城童子と書くこともある。酒呑童子の最も重要な家来であった。出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾または兵庫県尼崎市富松)という説と越後国という説がある。生まれた頃から歯が生え揃っていた巨体であったなど周囲から恐れられ鬼と化した後は酒呑童子と出会い舎弟となり共に京を目指した。酒呑童子一味は大江山を拠点にし京の貴族の子女を誘拐するなど乱暴狼藉をはたらいたが源頼光と4人の家臣たち(頼光四天王)によって滅ぼされたという。しかし茨木童子は逃げ延びたとされその後も頼光四天王の一人である渡辺綱と一条戻橋や羅生門で戦った故事が後世の説話集や能謡曲、歌舞伎などで語り継がれている。美男子で知られ娘たちから山ほど恋文を送られていた外道丸こと酒呑童子同様茨木童子も美少年として多くの女性に言い寄られ、将来を案じた母親に弥彦神社に送られることになった。ところがある時弥彦神社から実家に帰ると母が行李の中に隠した「血塗の恋文」を見つけた。その血を指で一舐めするとたちどころに彼は形相が変わり鬼となり梁をつたい破風を壊して逃げていった。そのころ外道丸こと酒呑童子は恋文の返事が来ないと悲観して死んだ娘のことを聞き読まなかった恋文の入ったつづらを開けてみると異様な煙が立ち昇って気を失い、気づくと鬼へと変わり果てて寺から逃げて悪の限りを尽くすようになっていた。酒呑童子と意気投合した茨木童子は舎弟となり共に周囲の村々を襲っていたがそのうわさを聞いた母が彼の幼い頃の産着を着けて茨木童子の前に立つと茨木童子は急に子供の頃の想い出が甦ったか「二度とこの地を踏まぬ」と約束して酒呑童子とともに信州戸隠などを経て京へと向かった。
2015/07/17
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ビールを飲まない歩友の○田さんが段取りしてくれるいつものビールウオークあいにく台風が接近する日に当たったが皆さんの精進よろしく雨は降らなかった逆に台風の余波で涼しい風が吹いて曇り空で陽が照らないと来ては絶好のウオーク日和多少蒸し暑かったのは梅雨のこの時期仕方がないコース:阪急茨木市駅→茨木神社・天石門別神社→梅林寺→茨木城址(茨木小学校正門)→JR茨木駅→立命館大学(学食で昼食)→モノレール宇野辺駅→伊射奈歧神社→古志部神社→片山神社→アサヒビール吹田工場(13Km)大学の学生食堂で昼食をとって最後はビール工場のうまいビールで仕上げまことに結構なるウオークでありました。立命館大学茨木キャンパスは今年の3月に竣工したばかり同・学生食堂同上食後に図書館を見学させてもらった大学は勉強するところだとあらためて認識2~5階が図書室になっている同上アサヒビール吹田工場の試飲会場最初の一杯は氷点下2.2度に冷やしたス-パードライEXTRA COLDみなさん、異口同音に何度で飲んでもうまいねえ同じビールでも継ぎ方ひとつで味が変わりますと、注ぎ方の見本を見せてくれる帰宅は七時過ぎ、周辺は相当降った模様しかし朝、家を出てから帰るまで傘がいらなかったのはまことにラッキー。
2015/07/16
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世界遺産、そんなにありがたいのか今日の朝日新聞にこんな見出しを見た声の主は文化庁文化部長だった寺脇研さん昨日の産経新聞でも曽野綾子さんの同様の文章を見た。決まるまで新聞紙上は大きな見出し少し騒ぎ過ぎではないかと感じていた。韓国が邪魔をして怪しからんとかとにかく大騒ぎであった。そう、問題の本質は世界遺産がそんなに重要なのかということである。昨日今日の両氏の主張を読んで胸のつっかえがとれてすっきりした。マスコミに振り回されないようにしたいものです。
2015/07/15
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先週の金曜日から昨日までの4日間知人の不幸があってカミさんが千葉に出かけた。日ごろやり慣れない炊事、洗濯をしたといっても限られた期間だけのこと。炊事と洗濯は一仕事増えるのだから厄介といえば厄介であるがそれほどのこともない。洗濯は洗濯機が勝手にやってくれる干したり片づけたりに多少手間がかかる炊事だって大したことはない朝はトーストだから、野菜ジュースを作って生野菜のトマト、キュウリを添える果物はバナナやグレープフルーツなどカミさんが買っておいたもので間に合わせる昼食はここ3年、食べていないからこれも問題なし、あとは夜の食事これも、ご飯は炊飯器が炊いてくれるおかずの方は便利なものがあるたとえばこれこの袋に入ったスープに豆腐、タマネギ、豚肉、シメジなどを加えて数分煮れば完成味付けも不要である食後の食器洗いがちょっと面倒食器を洗いながらふと考える奥さんを亡くした友人たちのこと彼らは毎日こういうことをやっているんだ・・・・・・・と。数日だけのことなら辛抱というよりどうかすると楽しみでもあるしかしこれが毎日となるとまったく違ってくるだろう。ボクにもやがてそんな日が来るのだろうかそれとも先におさらばしているのだろうか。
2015/07/14
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敷地の隅にあった百日紅がダウンしたボクが子供のころからあった老木だ。無くなってしまうのは惜しいしだいいちご先祖様に申し訳がない。根元から出ているひこばえを一本伸ばすことにした。幹はまだ直径5センチくらいしかないけれどこんなにたくさんの花をつけている。幹の中はがらんどうで皮だけになっていたこんな状態でよく立っていられるなと感心した。倒れることはなかったが、もう時間の問題二年ほど前に根元からのこぎりで伐った。親木のような太さになるまで何年かかることでしょう?蘖(ひこばえ)とは樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと太い幹に対して、孫(ひこ)に見立てて「ひこばえ(孫生え)」という。 こんな漢字、初めてお目にかかりました。
2015/07/13
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いらだちを抑えられなくなると、自宅の裏庭に行く。100円ショップで買った皿を数枚土囊(どのう)用の袋に入れ一気に地面へとたたきつける。 大津市の中西義一さん(70)は8年ほど前から認知症の母善子さん(96)を介護してきた。母が同じことを何度も言いひとりで外に出ようとするたび認知症のせいだとわかっていても腹が立つ。こうして月に何度か皿を割り気持ちを鎮めている。以上は本日の朝日新聞『特集:認知症社会』の書き出しです。よくわかるなあ、この気持ちボクも皿こそ割らなかったけれど何度も同じ気持ちを味わった。怒ってもダメということはよくわかっているので怒鳴りたいのを喉もとで止めるこのストップが効かない時はボクの場合、精一杯大声を上げた。5年の間に数回はあったかもしれないその度にカミさんになだめられたそして母の相手を交代してくれた。しかし今となっては懐かしい思い出である。
2015/07/12
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梅雨空の蒸し暑い一日今日はこんな行事に参加しました。訪ねたところは下記の通りです小楠公墓所→四条畷・大東市境界→四条畷神社→住吉平田神社→和田賢秀墓小楠公墓所南北朝時代の南朝の将、楠木正行の墓墓所のある場所は、楠木正行が1348年四條畷の戦いで戦死した地。正行の父楠木正成が明治政府によって「大楠公」として神格化されたのに伴い遺志を継ぎ命を落とした嫡男・正行も「小楠公」として崇められるようになり「忠君愛国」の象徴のひとつとされた。敷地内には、「楠公父子訣別之所」と記された“墓石”「贈従三位楠正行朝臣之墓」と記された碑と、そしてクスノキの巨木(樹齢600年、大阪府指定の天然記念物=府文化財)がある。(ウイキペディア)墓石は、高さ4.8mで1.5m角と巨大ですJR四条畷駅北にある境界表示駅は大東市に位置することを知りました。四条畷神社に咲いていたキキョウ両方とも10年ほど前に建立された像忠孝両全や貞仁両全の文字が見える忠孝両全は、君主への忠義と両親への孝行のどちらも果たすこと。君主へ忠義を尽くすことと、両親へ孝行することは全く別のものだが、どちらも両立させるという意味貞仁両全、こちらは辞書には見つかりません現代人に理解できるのかなと・・・。最後に訪ねたのが和田賢秀の墓同上楠木正季の五男(末男)で、楠木正成の甥。楠木一族の中でも武勇の誉れ高く正行に従い常に参戦している。討死の際に敵将の首に噛み付き睨んで放さず本宮太郎左衛門はそれが元で死んだとされており土地の人々は賢秀の霊のことを歯噛様(はがみさま)転じて歯神様として祭っている。(ウイキペディア)大阪特有のイチビリではないかと想像した。同上葉かはクスノキの大木のそばに
2015/07/11
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隣の芝生は青いThe grass is always greener on the other side of the fence. の訳だというから外国の諺らしい。近所に住む弟の家、二軒を覗いた感心したのは両方とも庭の芝生がきれいなこと梅雨の雨に濡れて美しい緑に輝いているマメに雑草を抜いている成果が顕れている。それに引き替え我が家の庭は・・・もともとは我が家の庭をお手本に二人とも芝生を植えたはずだ。というわけで少しは手入れをしよう!という気になった今日この頃(笑)少しでも成果が出たら写真も載せられるのですが今はとても無理
2015/07/10
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クラス会の案内を出したところ翌々日に第1号の返信があったそれは担任の先生からだった。元気なみなさんにお会いできるのを楽しみにしていますと書いてあった。4日目の今日も3通が届いた。クラス会は二クラス合同で71人に案内状を出したさあ出席者は何人になるかな。
2015/07/09
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現在地元では新しい公民館の建設計画が進行中先日、5社から基本プランの提案を受けた。5社のうち4社がプロジェクターを利用しての説明であった。6人のメンバーで比較検討して1社のプランを選んだ。この選定の経緯を建設委員会で説明するのにパワーポイントを使うことにした。初めてなのであまり高等なテクは使えないがなんとかスライドショーで説明できるものが出来た。パワーポイントは難しいものと勝手に思い込んでいたがワードが出来ればそれほど難しくないということもわかってホッとした。以前に買ったプロジェクターが宝の持ち腐れにならないように機会を捕まえて利用しないといけない。
2015/07/08
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さすがは梅雨?このところ雨が多い雨の合間を縫って畑の野菜を収穫しているそうしないとキュウリなどはお化けになってしまう成績のいいものもあればあまりよくないものもあるズッキーニ、インゲンは好調ナス、キュウリはいまひとつインゲンが終わってミニトマトが採れ始めたゴーヤはまだ少し先今日、ミョウガが一個採れたモロヘイヤも収穫した我が家の食生活はまるでベジタリアン
2015/07/07
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オキザリス ・トライアングラリス別名:ムラサキノマイ(紫の舞)、インカノカタバミカラスバオキザリス、サンカクバオキザリスムラサキノマイ(紫の舞)はボクの好きな花のひとつところがいつの間にかボクの頭の中ではムラサキカタバミという名に変わってしまった。今年もひと月ほど前からキレイな紫の葉とかわいい花を楽しませてくれている上の写真は残念なことに最盛期を過ぎてしまった。たまたま先日、しろうと自然科学者さんのブログにムラサキカタバミの花が紹介されていてそれを見ると葉は緑でボクの考えていたものとはまるで違う。そこで改めて調べるとボクがムラサキカタバミと思い込んでいた花はムラサキノマイであることがわかった実は三年前の自身のブログで紹介している。物忘れというか、思い違いというか健康や命、家計には関係がないこととて嘆く必要もなくあっはっはと笑って済ませばこれもまた楽しいですわ。しょうもない話に最後までお付き合いいただき有り難うございました。
2015/07/06
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6月23日、沖縄戦終結から70年の慰霊の日沖縄全戦没者追悼式に安倍首相も出席したその挨拶の時に「帰れ」などのヤジ怒号があったことは新聞で読んで知っていた。テレビを見ないボクはテレビのニュースがその事実を報道したのかどうか知らないそんなことに関心がないから。ところが、たまたま今日読んだ毎日新聞コラム「週刊テレビ評」安倍首相への怒号が報じられない理由メディアが自発的隷従に進むとき=金平茂紀によると、当日のNHKテレビのニュースはこの怒号のことをまったく報じなかったという。このことを知ったボクは実にイヤーな気分を味わっている。事実は事実としてありのまま報道しそれに対する評価は視聴者に任せるそういう姿勢を貫いてほしいものである。
2015/07/05
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リュウノヒゲを植えた我が家の進入路いつの間にか芝がはびこってリュウノヒゲを覆ってしまった。すっかり掘り返して芝の根を除いたのが2年前の9月のことでした。それから2年、ようやくグランドカバーらしくなりました。ちょうどいま花の時期小さな花がたくさん咲いています立ったままの目の位置からでは小さなゴミのようにしか見えませんが近くで見るとこんな花です。こんなきれいな実がなります(2010年12月撮影)ジャノヒゲ(蛇の鬚)またはリュウノヒゲ(龍の鬚)
2015/07/04
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『花の写真が絵になりました』のシリーズです。けん家持さんのブログ第162回智麻呂絵画展でビッグジョンの花の写真を描いた絵 3点が紹介されています。ヤマモモ(山桃)、ヤマモモ科の常緑樹ハギ(萩)、マメ科ハギ属の総称。落葉低木シロヤマブキ(白山吹)バラ科絵は写真と違ってまた一味違う趣があります。今回の花3点は枚方市を流れる船橋川を歩いた時のものですここ以前に書いていただいたもの白いヒガンバナリンドウスノウドロップムラサキハナナユキワリイチゲミズバショウこれで過去のものと併せて9点の写真を絵にしていただきました。智麻呂さんの目を引きそうな絵を選んで印刷して届けてくれるけん家持さんそれを絵に描いてくださる智麻呂さんブログの取り持つ縁のおかげでこんなうれしい体験をさせてもらっています。
2015/07/03
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ITの用語はカタカナが多く閉口するその一つに『アーカイブ』というのがあるわからない言葉にぶつかったらその都度調べればいいことはわかっているしかし、よほど必要性に迫られないとなかなか調べないものだ。使用しているGメールにしょっちゅう登場するアーカイブもその一つであった。気にはなりながら放っておいた言葉のひとつどういう風の吹き回しからか今日、そのアーカイブの意味を調べた。アーカイブするとメールは受信トレイに表示されなくなりますがアカウント内には残っているので、後から見つけることができます。アーカイブの処理は、メールをゴミ箱に捨てるのではなくファイル キャビネットに移して安全に保管するのに似ています。メールを(アーカイブするのではなく)削除するとそのメールは約 30 日後に自動的に完全に削除されます。(Gmail ヘルプより)Gmailでいうアーカイブはこれでよくわかった。一般的な意味では以下のような説明があった。アーカイブとは、保存記録、公文書、公文書館記録保管所、書庫などの意味を持つ英単語。一般的な意味は、将来に残すために保存された記録物や文書類、また、それらの保管設備・施設などのこと。IT関連の分野では、すぐに使わないが失いたくないデータを長期的に保管するため、専用の保存領域や記録装置に移動させることを指すことが多い。また、そのように保管されたデータやそのための保存領域などのことをアーカイブということもある。(IT用語辞典 e-Wordsより)ここまで書いてところで『IT』ってなんだった?という疑問が生じた。情報技術(じょうほうぎじゅつ英: Information technology、IT)とは情報処理特にコンピュータなどの基礎あるいは応用技術の総称。(ウイキペディア)こんな世界についていくのは大変なことですわ、トホホ。
2015/07/02
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玄関の花が入れ替わりましたモナルダ、しそ科の宿根草)別名:ベルガモット、ビーバーム、ホースミントタイマツバナ(松明花)、ヤグルマハッカ(矢車薄荷)アジサイ(紫陽花)アジサイ科の落葉低木モナルダもアジサイも宿根草毎年、庭の決まった場所で咲きますアジサイは剪定するだけモナルダは何もしないどちらも手間いらずで有難い花です。
2015/07/01
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