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わかりやすい話、聞きやすい話というのは、話し方のテクニックがあります。「聞き手がどういう話になるか察知できる言葉を、早めに言うこと」です。そして、あとでもう一度言うともっとわかりやすい。例えばこんな言い方。----------------------------------------------------------------------------------それでね、話すときに大事だなと思うことがあるんですけれど、それは先にこれから何を話すかというのを話して、聞き手に「これからどういうふうに話が展開するのか」ということを予測させておいて、それから最後にもう一度重ねて同じことを言うというのが、話すときに大事なことだと思うんです。 決して、原稿をそのまま読めばわかりやすいかというと、決してそうではないんです。 ----------------------------------------------------------------------------------機知に富んだ楽しいお話を起こしました。その方の話し方は、最初から最後まで全部これ方式でした。このまま原稿にすると今ここに書いた文章だけでも、言語感覚の高い人なら「ん? なんか文法がおかしい」と引っ掛かってしまいます。書き言葉にするには修正が必要。でもそれだけでなく、くどいというか、厭味ったらしい印象を与えます。話し言葉をそのままそっくり書き言葉にしているのに、「楽しいお話をされる朗らかな方」から「ぐいぐい迫ってくる強気な人」というキャラクターの変化が起こる。 そのまま書かないほうが正しく伝えられることもある。もう少し追究したいテーマです。 人前で話す人は、これの仕組みを逆に使うといいと思うんですよね。原稿をこれ方式で書くんです。原稿を使わずに話すときも、頭の中で考えて、わりと簡単にできますよ。私も、余裕があるときはやっています。
2017年03月15日
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講談社校閲局が出している『日本語の正しい表記と用語の辞典』。現在出ているのは2013年に改訂された第3版です。主に文芸書を出版する出版社の校閲の目的は「読みやすさ」なので、表記と用語の不正解についてははっきり提示しているけれど、正解は一つではない、というようなものになっています。テープ起こし者が使用する用字辞書は表記の正解を一つ強制するものなので、タイプの違う用字辞典ですね。考え方が顕著に違うのは漢字含有率です。対象読者の問題もあるけれども(児童書だったら難しい漢字は使用しないとか)、一般書でも「漢字の含有率は多すぎないほうが読みやすい」という考え方。明確に「何%がよい」という指定はないけれども、漢字含有率25.7%と37.9%の例示が出ています。「あまりにも漢字が多かったら、少し平仮名を増やそうね」ということですね。『日本語の正しい表記と用語の辞典』の用字用例集は、こんなふうに見ます。・ABどっちでもいいよ → A B (例 たんけん 探検 探険)・できればAにしてね → A/B (例 だいたい だいたい/大体)テープ起こし業界の表記辞書には、「ABどっちでもいいよ」というのはありません。どちらかに指定されている。(しかも、表記辞書ごとに微妙に指定が違うという……。だから、詳しい人が見れば、どの表記辞書基準で書かれた文章かということがわかるわけです。ああ恐ろしや)でも、一種類の表記が決まっていると漢字が続きすぎたり、平仮名が続きすぎたりということが起こります。読みにくいことこの上ない。そういうときテープ起こしは、せいぜい「、」を入れて区切るくらいしかできません。だけど、そもそも「漢字含有率」という校閲項目自体がないのです。ちなみに、私は表記の指定をされている仕事がないので、主に副詞で「漢字/平仮名」を変更してしまいます。これは一つの文書の中で表記の統一をしないということなので、テープ起こし業界では本当は御法度です。そんな感じでちょこちょこ違うところもあるけれど、全体的な印象としては『記者ハンドブック』や『用字用例辞典』とだいたい一緒ですね。読みやすい日本語というのは、誰が作ろうと、何の目的だろうと、そう大幅に違うものにはならないのだなあと思います。面白かったのは(←「面白い」は平仮名推奨でした)「カ/ケ」問題で、「数詞の場合は、原則として「ヵ」を小さく使います」となっていました。(例 数ヵ月 一ヵ所)新聞・速記では、外来語以外ではまず仮名の小文字(ぁぃぅぇぅぉ等)を使わないので、オーマイガッな気分です。その外来語については「書き表し方」はあるけれども、個別な語例集はありませんでした。第2版まであったものを第3版で削除したとのこと。「新たに生まれてはすぐに消えたり形を変えたりといった変化が激しいため」というのが理由だそうです。まあ、新聞は「メード喫茶」なんて表記で叩かれていますからね。(『記者ハンドブック』は第13版でとうとう「メイド喫茶」に改訂されました)------------------------------------------------------------英語の語末が-dy, -ty, -py などは、普通は長音と見なして「-」をつけて書きます。ただし、特にしゃれた感じを出したいとき(あるいは原音に近く書き表したいとき)などには、「-」を省いて書くこともあります。 アイデンティティー → アイデンティティ トレンディー → トレンディ------------------------------------------------------------しゃれた感じ……。この「しゃれた感じを出したいとき」という発想はテープ起こし者にはないですね。あと、豊富な「間違いやすい言葉・慣用句・表現」はとっても勉強になるので、一通り読むのをお勧めします。でも、ここに出てくる表現は主に書き言葉で、話し言葉としてはあまり見掛けない。辞書としてカバーしている基本単語の選定基準が違うなあというのも思いました日本語の正しい表記と用語の辞典 第三版 [ 講談社校閲局 ]
2017年01月18日
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レギュラーのインタビュー。頭脳明晰な上、いつも事前の準備をきちんとされる話し手の原稿は、直しが少ない。その真面目さゆえに、 私の話そうとしていることは、こうこうこういうことで、それが私の話したかったことです。という構造の話し癖がある方。そういうところだけ、すっきりするように整える。ところが、今回は思うところがあるのだろう話題で、珍しく荒れたお話しぶりになった。現場で聞いていたときは、ちっともそんなふうには思わなかったけれども、文字にして文章整理していると手にとるようにわかる。普段と全然違う。テープ起こし者だけが察知する変化かもしれない。文章整理をしても、内容的な熱量はちゃんと残る。でも、「話しぶりがいつも違う」というところは文章整理の段階で消してしまった。「私が消した」というやましさは小さいけれど、確実に自分の中に残る。納品時にクライアントに、「今回のお話しぶりは、整えてしまったけれど、いつもとは随分違っていました」と伝えておいた。
2017年01月10日
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ホームページを作り直しました。オンラインのウェブサイトビルダーに登録して、そちらで作成。さくさく堂の新シナプスな存在まだいろいろ決めていないのですが、「営業サイト」ではなくて、「さくさく堂の情報発信場所」になるかなあと思います。今主流のSNSは現在の情報の発信や交流には向いているけれど、情報の蓄積には向いていないんですよね。こことか、SNSとかで延々と書いてきたことの整理もできたらいいかなあとか、ライター業の話とか、フラメンコの話とか、まさにホームにできたらいいかなあ。新サイトにブログ機能もあるので、新ブログも開設してみたのですけれど、本格的にお引っ越しするのかどうか、まだ検討中です。ちょっと使いだしたら楽天のほうが使いやすいので、ムムム、と思っているところ。当面はダブルポストですね。
2017年01月08日
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人さまに堂々と言える話ではないのですが、OSがいまだVistaだったのですよ。親指シフトを使っていると、なかなかOSのバージョンアップできなくて……。でも、さすがにGoogle Chromeとか、「もうVistaの人はアップデートしないよ」とか言ってくるし、あかんと思って、やっとWindows7になりました。パチパチパチ。テープ起こし用音声再生ソフトOkoshiyasu2とWordが一緒に動かないとか、フットスイッチが反応しないとかいろんな問題を(夫が)乗り越えて、無事にWindows7で、親指シフトで、IMEはJapanistとATOKの兼用で、音声再生ソフトをフットペダルで動かしながらエディターを動かせる、という環境になりました。途中、なかなか音声再生ソフトが動かなくて、ええい!と買っちゃったのがオリンパスの純正フットスイッチ。OLYMPUS フットスィッチ RS-27H RS27HこれだとUSBに差し込むと、ドライバーインストールなしで、いきなりオリンパスのICレコーダー付属の再生ソフトOlympus Sonorityがフットスイッチ仕様になります。オリンパスのウェブサイトから「フットスイッチ設定ツール」をダウンロードすれば、別ソフトにも対応できる。例えば、Okoshiyasu2の「再生・停止」を「scrolllock」に割り当てているとき、それを RS-27Hに割り当てることができます。ほかの用途でもいろいろ活用できそうです。所詮オンオフのスイッチだけで1万円は高いように感じますが、使い勝手のよさ、汎用性、堅固なつくりで、これは買いです。
2017年01月05日
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フラメンコ雑誌の記事を書くとき、アーティストに敬称をつけるかどうかという問題があります。一般的に芸能人には敬称をつけないんですけども、なにせ狭い世界でして、取材していけばいくほど皆さんと直接の知り合いになってしまう。内心ファンだったり、先生筋の方だったりということもあるし、呼び捨ては心苦しいんですよねえ。ここで、『記者ハンドブック』ルールを確認しておきます。1.敬称をつける場合は、「氏、さん、君、ちゃん」。2.後ろに肩書をつける場合は「氏」などの敬称略。(例:~王、~大臣、~社長)3.敬称略は、スポーツ選手、芸能人、辞令・立候補者、歴史上の人物等。 (ただし、死亡、事故などの場合は呼び捨てとしない)もうちょっと細かく書いてあるので、気になる方は記者ハンで確認してください。「記事のフォーム」の中の「人名、年齢の書き方」にあります。感覚的に、あんまりにもスターだと呼び捨てですよね。「マイケル・ジャクソンさん」なんて言わない。それが、彼が亡くなった瞬間に「マイケル・ジャクソンさん亡くなる」という記事になって、ものすごい違和感がありました。なんだかその瞬間にマイケルが天空のスターから地上の人類に落ちてきてしまった感じがありました。フラメンコ・アーティストも芸能人というカテゴリーで、「記者ハンルールで呼び捨て」でよいと思うのですが、心情的にはそれよりも「スターだからこそ呼び捨て」と、そんなふうに思って呼び捨てで記事を書いています。
2016年12月21日
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もう10年以上前のメーリングリスト「テープ☆おこし太郎会」の仲間との飲み。テープ起こし会社の人、テープ起こし会社のスタッフの人、私のグループワークの仲間。当時の思い出話の中で丹羽さん の話になる。研究者との会話の中でも、ふとしたときに丹羽さんの名前は登場する。丹羽さん、みんな丹羽さんのこと覚えてるよ。私と丹羽さんの出会いはこのML「テープ☆おこし太郎会」なのだけれど、当時、私たちはML上でよく喧嘩していた。私が言い出した「天敵にして相思相愛」という言葉を丹羽さんも気に入ってくれて、二人でよく使っていた。大抵の人はちゃんと「あの二人、仲がいいね」とわかってくれていたけれど、中には本気で犬猿の仲と思っていた人もいて、伝え聞こえてきたときは心底びっくりして、二人で笑い合ったりした。ライターだった丹羽さんは、ひょんなことからオーラル・ヒストリーの世界に入って、そこでテープ起こしという作業をするようになった一匹狼だったので、テープ起こしの通信教育などの教育に批判的だった。テープ起こしの通信教育の主目的は、こんなところ。1.いかに漏れなく、端から端まで音を拾えるか。2.いかに正確に表記辞書どおりの文字に変換できるか。未習熟の人は、9割くらいしか文字数を拾えない。人間の耳は言葉そのものは適度に聞き流して、文脈をすくい上げるようにできているので、全部聞き漏らさないという聞き方自体、まず訓練が必要。そして、その聞き取った言葉を、速記表記なりテープ起こし会社の独自ルールなりで表記する。これは表記辞書1冊分の厳格なライティングなので、もちろん暗記する必要はないけれども、「だいたいは書ける。たまに迷うときだけ表記辞書で確認する」くらいまではできるようにならないと仕事レベルのスピードにならない。ここまではテープ起こしをやる上で基礎体力みたいなもので、こういう教育には意味がある。人によるけれども、仕事レベルになるには50時間くらいはかかる。「起こしては校閲され、起こしては校閲され」という、ざるの目をふさぐようなことを繰り返して、正しく聞き、正しく書けるようにしていく。彼は、こういうやり方で作られる画一的な原稿を毛嫌いしていて、よく「表記の統一なんか必要ない」「聞こえないところは話していないのも同然だから、カットしてしまえ」とうそぶいていた。それに対して私が、「それは一定の実力がある人がその次の段階で考えることであって、初心者もたくさん集まるこのような場で言うのは非常に危険。誤解を生むからやめろ」と食ってかかっていたというわけだ。のちに、丹羽さんの原稿を見る機会があった。表記は、一見してテープ起こしの教育を受けていないことが明らかだったけれど、極めて常識的だった。この程度の言語感覚を持って、読みやすい文章が書けるのならば、表記辞書なんか全然必要がないわけだ。「端から端まで音を拾えているか」のほうは、正直テープ起こし者としてはちょっと甘かった。(笑)すまん、丹羽さん。ピョロピョロっと語られた、誰にも聞き取れないような発言も、耳を澄ませば、かなりのものが文字化できる。テープ起こし者は、その小さな発言を10回も20回も繰り返し再生して聞き取っては文字にしていく。でもそれは、文字化して白日にさらさずに、消してあげたほうがよかった言葉なのかもしれない。丹羽さんが言うように。
2016年12月05日
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安倍総理がトランプ次期アメリカ大統領と会談しました。テレビで森本敏さんが、「トランプさんは多国間協議より二国間協議が――僕らはテタテと言うんですが――好きで」とかなんとか、そんなことを言っていました。一瞬頭に浮かんだのは「手立て」という字だったけど、フランス語の「tete-a-tete」。「二国間」というより「2人の密談」という意味。英語の「face to face」に近い。「僕ら」って誰のことだろうと思いましたが、森本さんは元防衛大臣で外交官なので、どちらを指すかはわからない。外務省のほうでしょうか。外交交渉の手段として二国間か多国間かというのは最初に出てくる問題で、私がよく耳にするのは英語の「バイ」と「マルチ」です。最終的にマルチの交渉になるにしても、先に個別にバイ交渉をするとスムーズに事が運ぶ場合もあるというのは、国同士の交渉でも個人レベルの交渉でも同じこと。トランプさんとの会談はそういう意味を持っているかなと思います。二国間協議、多国間協議をフルで言えば、「バイラテラル(bilateral)」「マルチラテラル(multilateral)」です。バイシクル、バイセクシュアル、バイリンガル、バイカラー「二つ」という意味の接頭語「バイ」は、外来語としてもだいぶこなれてきました。でも、「バイ」だけ単品で使われて、 そこはバイでやった。なんて語られると、一瞬「えっと、倍? buy? bi-?」となります。「マルチ」のほうは聞き間違える言葉がないのでいいんですけれどね。20世紀は軍事連携も盛んでしたが、21世紀は経済連携の時代ですね。EU然り、APEC然り、パリ協定然り。パリ協定も、京都議定書に比べると「拘束」より「連携」の面が強くなっていると思います。TPPは個別にはいろいろ問題があるにしても、多国間の経済連携を全く無視するという時代ではないのだろう。マルチの時代に国としてどう立つ向かうか、という問題なのだと思います。
2016年11月21日
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ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』のおかげで、「校閲」という言葉がメジャーになりました。「"校閲"って言葉、初めて知った」なんて言われるまでこんなに一般的でない言葉だという感覚もなかったので、世間の感覚とずれているのは私のほうですね。校閲には、文字校正と事実確認という作業があります。まずは文字校正。誤字脱字のチェック、漢字・仮名など表記の選択、日本語文法のチェック、ことわざ・慣用句など国語辞典的なチェックなどなど。これができるようになるとプロの従事者の仲間入りです。ドラマでは、主に事実確認のほうの作業で校閲部の人たちが奮闘していますね。蛇の種類を片っ端から調べたり、鉄道の時刻表を並べて、本当に乗り継ぎできるかどうか調べたり。事実確認には、ベースになる一般教養と専門的事項に対する調査能力が必要です。だいたいにおいて、もともと自分が詳しい分野なんてほとんど来ませんから、今までそんなジャンルがあることも知らなかったようなことに対して、それを知りたいと思う好奇心と最後の最後まで粘るしつこさが必要だと思っています。新聞社、出版社の校閲担当は一応出来上がった原稿のチェックをしますが、テープ起こし原稿の校閲は、書き言葉として未完成の文章からスタートするので、もう一段階作業が多くなります。だから、文字校正も時間のかかる作業です。「発言のまま」というテープ起こし原稿だとしても誤字脱字、表記の選択は用字辞書1冊分の知識が要ります。「書き言葉に修正」までやる場合は、日本語文法力とライティングの力が必要になります。編集者・ライターの領域ですね。これにどれだけ事実確認できるかということで、仕事の幅は広がっていくと思います。全然知らなかった世界のことをこつこつ調べていく。話についていければ楽しいですよ。(笑)最近私は、地球温暖化対策と地方分権改革に変に詳しくなりつつあります。大学院以上くらいの内容だと、字づらは整えられても本質的な理解までは到達しないこともあります。ここにも前に書いたことがあると思いますが、電気自動車の二自由度の制御の話は結局わからなかった。もう10年くらい前の仕事ですが、「わからなかった」というもやもや感は今も残っています。毎日毎日事実確認の日々です。
2016年11月18日
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私が地方議会の議事録を作成していたのは2001年くらいなのですが、そのときは既に「権限移譲」の字を使えと教えられました。こういう行政用語はたくさんあって、しかも自治体ごとに微妙に違っていたので、手作りの「〇〇市用語集」というのが作られていて、それと照らし合わせて作っていました。ちょうど「障害者→障がい者」の変更をどこどこの市が採用したというニュースが出ていた時代で、「子供→子ども」とか人権に配慮した表記も多く、「権限委譲→権限移譲」というのも、ふーん、なんとなくわかる、とあまり深く考えずに受け止めていました。最近、地方分権改革関係の仕事をしているのですが、第1期の地方分権推進委員会(1995年~2001年)が出した勧告やその頃の資料を見ていたら、90年代は「委譲」の字を使っているんです。でも、第2期の地方分権改革推進委員会(2007年~2009年)では「移譲」になっている。それでクライアントに、「2000年くらいに『委譲』から『移譲』に変えようという出来事が何かありましたか」と聞いてみました。この時期、地方分権が現実的に進む中で、より自律性の高い(立法権を持つ)地方分権を目指して、用語の変更が行なわれたようですね。「権限の委譲(delegation of power)」ではなく、「権限の移譲(devolution of power)」だと。英語概念の翻訳語として、新しい熟語を当てたということでしょう。立法権を持つ地方団体のことを地方公共団体、地方自治体ではなく、「地方政府(local government)」と表現すると雰囲気が伝わりますが、「地方政府」という言い方は普及していませんね。「権限移譲」は比較政治学の岩崎美紀子さんが提唱されたそうですが、これについては総務省(まだ自治省の時代か?)が乗っかった。「これからは"移譲" でいきます」と言えば、全国の自治体はあっと言う間に「権限移譲」で統一される。 私はその直後にこの仕事を始めたみたいですね。「移譲」の表記はすっかり徹底されていたので、とっても中央集権的な香りがしますけれども。
2016年10月31日
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昨日のエントリーで、「しょうがない」というフレーズが出てきましたが、ちょっとだけ「しようがない」と書こうかどうか迷いました。「しょうがない」は「仕様がない」ですが、「しようがない」と発音する人はもういませんよね。要するに、口語では「しょうがない」、書き言葉は「しようがない」です。最新の『記者ハンドブック 第13版』では、〔注〕「しょうがない・しようがない」はどちらも使える。となっています。でも、「しようがない」と書いたら、「わっ、こいつ間違ってる」と思う人が多いですよね、きっと。逆に、「すいません」と書いたら、「普通"すみません"って書くだろう」と思う人が多いでしょう。 【口語】 ─ 【書き言葉】 すいません ─ すみません あんまり ─ あまり みんな ─ 皆 やっぱり ─ やはり いろんな ─ いろいろな するんです ─ するのです けど ─ けれども なんか ─ なにか こういうのを発音のまま書くか、書き言葉に修正するかというのはたいていはルールがなく、書き手に委ねられています。ですから原稿を分割したり、下請けに出したりして複数人で作業したものを最後に一つの原稿にしようとすると、こういうところは基本的に揃っていません。見事にずれるので、最後の修正には結構時間がかかります。テープ起こし会社のすごいところは、ワーカーのここの感覚が統一されていて、原稿が端正だということですね。この長所を短所側から言うと、「統一感がわざとらしい」です。テープ起こし会社の表記ルールを優先すると、「実際にしゃべっている言葉は少し違うんだろうなあ」ということがにじみ出てくる文章になる。フリーランスのありがたいところは、自分の感覚で一回一回、口語にするか書き言葉にするかを選べることです。私は同じ原稿の中でもわざと不統一にしています。「語尾に生命が宿る」というかね、こういうところにその人らしさがにじみ出ると思うんですよ。自分のインタビュー原稿を読んで、「自分はこうはしゃべっていないなあ」という違和感を持つとしたら、こういうところなんじゃないかと思うんです。だから、「あたかもしゃべったように」、でも「読者が読んでわかりやすい文章」というところを探しながら、一つ一つ選択していきます。こういうのはテープ起こし会社の人に見せたら、「一つの原稿で"しょうがない"と"しようがない"が混在しているのはおかしい」と注意されるわけです。これも短所側から言うと、「他人と原稿の雰囲気が揃わない」になります。もっと言うと、「自分の過去の原稿と雰囲気が揃わない」こともあります。シリーズものの場合は要注意です。
2016年10月30日
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「仕方ない」と「致し方ない」は、どちらも「しょうがない」という意味です。「仕方ない」→「する方法がない」「致し方ない」→「致す方法がない」「致す」という謙譲語を使っている分、「致し方ない」のほうが丁寧な言い方ですね。「する」は漢字で書けば「為る」。じゃ、「為方(しかた)ない」なんじゃないの?と思ったのですが、こう書くと「為方(せんかた)ない」と読めてしまいます。「詮方(せんかた)ない」という言い方もあってややこしいですね。もしくは、現代は「為る」なんて漢字で書かないから、「し方ない」のほうがベターではないかと思うのですが、漢字と仮名の交ぜ書きになる。これだと文章の中では埋もれて、読みにくいことこの上ない。「仕」は当て字のようですが、慣例化して定着したようですね。お能の「仕手」も「為手」でもよさそうだけど、「仕手」で定着していますものね。この「漢字で書いてあるほうが正しそう」という感覚は日本人はものすごく強いようで、だから当て字がたくさんあるんでしょうか。「ご存じ」が「ご存知」に取って代わられる日も遠くないと思います。いずれにしろ、「いた仕方ない」は間違いです。「いた」って何だよ?って思いますよね。(笑)同じ意味、ほぼ同じ言い回しですから、同じ漢字を使いたい気持ちはわかるので、間違えるのも「致し方ない」ですけど。
2016年10月29日
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fly に 「(米)〈演説・計画などが〉成功する, 説得力がある」という意味があるのですが、その用法で使っています。「頓挫していた協議や計画が動き出す」というニュアンスで使われるようです。fly(飛ぶ)ということで浮き上がる感じですかね。ジャーゴンというか、英単語をそのまま使っている感じ。ちょうど経産省の方がいたので「使いますか」とお聞きしたら、普通に「ああ、言いますね」とのこと。あまり使わないそうですけれど。
2016年09月16日
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仕事のチームメンバーと暑気払い。言い出したのは昨年の10月頃なので、気の長い話です。年に2~3回しか合わないチームメンバーは、もう10年以上のつき合いになりました。待ち合わせが有楽町だったので、「30分早く行って、ビックカメラでヘッドフォンの試聴会やろうよ」と提案。有楽町ビックカラメの1階にずらーっと並んだヘッドフォンの数々。ここのヘッドフォン売り場はすっごいですね。3時間くらい遊べそう。鼻血出る。最近巷で噂のオーディオ・テクニカのATH-S100は、オープン価格で1600円程度。オーディオテクニカ ATH-S100-BGR(ブラックグリーン) ポータブルヘッドホン値段なりのちゃっちい造りです。アームも硬いし、パットも最低限なので、ちょっと耳が痛いかな。音はなるほど、パワフルですね。イコライザーにつないで、低音から高音まで各帯域のレベルをマックスにしたみたいな音です。低音、高音のバランスはいいです。コードが片出しで、ヘッドが90度回転するので携帯には便利。街の雑踏でロックをタフに聴く用ですね。昨今のCDはみんな音量マックスで製作されているし、こういうヘッドフォンは今どきの音楽と相性がいい。売れるのはよくわかります。同じ価格帯ならATH-T300のほうが好みの音でした。audio-technica 密閉型ヘッドホン ブラック ATH-T300品よく各帯域の原音をモニターしています。アコースティックサウンドが好みの人は、こういうほうが聴きやすいと思う。コードが両出しで長いので、携帯には向きません。室内用ですね。ちょっと高めのものでは、ソニーのMDR-1A(2万2000円程度)。【送料無料】ソニー MDR-1A B ブラック(大型ヘッドバンド型ステレオヘッドホン) 【ハイレゾ音源対応】 (MDR1AB) [ヘッドフォン]ハイレゾ対応。奥行きがあって、空間に音が柔らかく鳴り響く。どのジャンルの音楽を聴いてもいい。欲しい……。で、そんなに褒めてもいないATH-S100を購入しました。この機能性はいろんなシーンで活用できそうなので。
2016年08月16日
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『サラメシ』で参議院記録部が紹介されていました。参議院速記者養成所はもう何年も前に廃止されていますが、それでは現在どうやって議事録作成者を育成しているかと思ったら、なんと公務員試験で入局した人の中から選ぶんですね。番組には「配属されるまで、そういう部署があることすら知らなかった」という女性が登場します。養成所だったら最初から速記に興味のある人が入ってくるのでしょうけれど、現在は全く興味のない人が配属されて、一から教育するんですね。養成所だったら、ある程度技術を身につけてから入局しますが、今度はゼロからのOJTになったわけで、現場の人たちは大変ですね。知らずに配属される人も大変だと思いますが。こんなに丁寧に教育してもらえたら、本物の記録作成者になれますね。うらやましい。番組で校閲されていたのはこれ。ジャーナリスト → ジェネラリスト東京オリンピック、パラリンピック → 東京オリンピック・パラリンピック市価 → 志賀議事録って、こういうのですよね。懐かしい。
2016年07月17日
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年に一度、大学のインタビュー・ワークショップ用にテープ起こし実技のお話をします。実際に話す前にインタビュー実習の回を聴講させてもらっているのですけれど、クラスのあとで学生さんから声をかけられました。「方言の強い方のインタビューをしているが、細かいところの意味がわからないことがある。テープ起こしはどうしたらよいのか」という質問でした。意味がわからないと、テープ起こしはできない。極端な例を言うと、知らない外国語をカタカナで文字にしたら、その外国語のカタカナ表記になっているか、と考えるとわかる。その場で一つ一つ「どういう意味ですか」と問うこともできるけれど、あまり多くなれば話の腰を折ってしまう。あとで、録音の該当個所を方言のわかる人に聞いてもらうという手もある。音声データのカットが手軽になった現在ではわりと簡単な手段だ。「通訳者」(笑)に同行してもらうというのもありだ。お話をしているうちに、もっと本質的な彼の気持ちがわかってきました。「貴重な方言を残したいんです」。意味のわかる文章にすると方言が消えてしまう。そういう方言を消してしまうことに加担してしまってよいのだろうか、というためらいでした。ええ話やなー。私たちが依頼されるもので、言語学的な価値を求められる場合は音声に忠実な文字起こしをします。ただし、それは文章としてはほとんど読めません。だから、読み物も必要な場合は、現代日本語訳(笑)を別に作成して、2通りの原稿を納品したりします。読み物であることが主目的ならば、方言のエッセンスを残しつつ、実際はかなりきれいな標準語に修正した文にすることもあります。結局は『何のために作るか』ということですが、全部の目的を満たすような万能な文章はない、ということですね。「テープ起こし文章のノウハウについては幾つか講義でお話ししますけれど、『これが正解』というものはありません。あなたが、『この人の話を残したい。この方言を残したい』と思って、試行錯誤する中で出来上がってくる文章こそが正解だと思います」ってお話ししてきた。なんだか、とっても真摯な若者と出会ったよー。そうは言っても、読み手に伝わる文章を書くスキルというのは必要なわけで、その辺をお話しできたらいいなあと思っています。
2016年04月22日
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テープ起こしをしていると、「……けど、……けど、……けど、……」という文によく出会う。1文が長いと文意が掴みにくくなるので、適宜切って、述部を補っていく。その際に、 「……けど、……けど、……けど、……」 → 「……です。けれども、……です。けれども、……です。けれども、……」とやると、おかしなことになる。短文で説明してみる。 a 明日は平日だけど、どこか行く? b 明日は日曜だけど、どこか行く?これを2文に分解する。 a 明日は平日だ。だけど、どこか行く? b 明日は日曜だ。だけど、どこか行く?aはいいけれど、bは変。こちらのほうがしっくり来るだろう。 b' 明日は日曜だ。だから、どこか行く?接続助詞の「けれども」は逆接の意味ととらえられがちだが、実際に逆接で使われているのは2~3割ではないか。残りの7~8割は順接の意味で使われる。goo辞書の「けれども」の項には次の説明がある。--------------------------------------------- [接助]活用語の終止形に付く。 1 確定の逆接条件を表し、内容の矛盾する事柄を対比的に結びつける意を表す。 「言うことはりっぱだ―、することはなってない」 「年はとっている―、実に活動的だ」 2 ある事実を前置きとして述べ、本題に結びつける意を表す。 「経験から言うんだ―、時間には厳しいほうがいい」 「これおもしろい本だ―、君読まないか」 3 二つの事柄を単に結びつける意を表す。 「野球番組も好きだ―、音楽番組も好きだ」 「時間もない―、金もない」---------------------------------------------この1、2、3のどの用例なのかを見分ける法則は、残念ながらない。出てくるたびに、接続助詞「けれども」の前後のつながりについて考える。「平日」「日曜」「どこか行く」というような日常会話ならいいけれど、そうでないときはひたすら勉強する。 サバーブに出ていった市民は自分たちのシティをつくることが多いんですけれども、 それを社会学的に見れば、生活圏は一つメトロポリテン・エリアというようなもの を設定しているんですけれども、そこに社会関係上は、職業を含めて社会関係と言 うんですけれども、社会関係上はわりと一体的なシステム的になっている。suburbは「郊外」metropolitan areaは「大都市」という意味だけれども、「人種、職業、収入、宗教的にはどういう層が住んでいる地域か」というような文意を考えながら、この文章の「……けれども」の処理を決定していく。一通り文字にし終わったあとで、文章を整えていくのに同じくらいの時間がかかるのは、そういうわけです。
2016年04月08日
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年度末ごっそりお仕事をいただけた上に、4月は舞台が2回あるので、粛々といろいろなことを進めていたら、咳風邪を引きました。みぞおちの辺りの筋肉痛。つれーわ。在宅ワーカーの休みの考え方は有給休暇がある人とは違います。いつでも好きなときに休めるけれど、その間仕事を進めておいてくれる人はいません。人によってだろうけど、私の場合はオンオフがなくて、いつでも半分スイッチが入っている状態ですね。でも、気分的にはおそらく会社勤めの人よりゆるゆると仕事をし、ゆるゆると休んでいます。さて、オーラル・ヒストリーというのは通常のインタビューよりも長い時間かけて、一人の人のライフストーリーをお聞きします。30時間、50時間、100時間。時間をかけて一つ一つ耳を傾けていくことで、インタビュアーとインタビュイーは信頼関係を築いていきます。私は記録者ですから、その関係の外側にはいますが、それでもインタビューという場を構成することは心がけています。それを、オーラル・ヒストリーの師である丹羽清隆は「共犯関係」と言っていました。長い長いインタビューの中で「ここが肝だ」「これこそ歴史的証言だ」というような証言に出会うのはそう多くはないのですが、先日の録音でそういうことがありました。私も思わず「フッ」と息だけで笑ってしまった。インタビュアーはこの瞬間のために何十時間もオーラル・ヒストリーを積み重ねているわけで、終了後、興奮して、「若林さんも面白かったでしょう」と話しかけてきました。現場に行かなければ、この「共犯関係」には入れない。幸福と言ってよい瞬間だったと思います。で、この方が年度末ごっそり発注の張本人なので、私は泣き言を言いながら納期調整などしていたのですが、そのやりとりの中で、「どうぞ楽しんでください」というメッセージもいただきました。仕事を楽しむという原点みたいなことをあっさり言われて、なんだか目からうろこのような感覚です。オーバーワークは咳風邪を呼び寄せたりもしますが、少し体調が悪いくらいのほうが力みが抜けて踊りの調子もいい。わりと穏やかに元気に乗り越えられそうです。
2016年03月21日
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今年も無事に確定申告が終わりました。物販でもない、人も雇っていない、固定資産管理もないのないない尽くしのおちゃらけ簿記はちょろいものなのですが、それでも毎年この時期は微妙なストレス。今年は支払い調書と売掛帳の金額が一発で合ったので、あとは経費をぶっ込むだけ、というところまでやって1カ月くらい放置していました。26年より増収で平年並み。でも、それは26年に半年かけてやっていた続き物の報酬が27年になってから支払われたから。あれ? じゃ、実はたくさん働いたのは26年だったということか。そういう入金のずれというのは少なからずあります。もっともっと大きな規模になると、それでいわゆる「黒字倒産」ということが起こるわけで、こんなへなちょこ帳簿でも、複式でつけてお金の流れを把握するのは意味があります。年に1回だけですが、財務諸表を眺めるのは、終わってみれば楽しい。すごく稼げるわけでもなく、でもそれなりにコンスタントでありがたいことです。
2016年03月08日
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もう何年も現場で録音しているのに、相変わらず失敗する。確認事項は幾つかある。電池を充電しておくこと。メモリの空き容量を確認しておくこと。録音ボタン押し忘れのような人為ミスはさすがにあかん(けれど、これが一番多い)ので、録音ボタンを押したら、画面の録音時間数が動き出したことを確認。録音が終わって停止ボタンを押すときも、1時間半なり2時間なり、きちんとカウンターが進んでいて、途中で録音が中断されていないことを確認。手元に置くなら録音中も録音ボタンの点灯と音量のインジケーターをそれとなくチェックしているんだけれど、最近手元に置くことは少ない。そういうことをしているのに、最近、立て続けに録音を失敗した。パニック。予備録音もあるので無問題だけど、原因がわからないのでレコーダーの不備かと思っていたら、さっき気がついた。カレンダーが違うやん!失敗したと思っていたもの、2013年(笑)に録音されていました。
2016年03月08日
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クライアントから録音メモが届く。「ノートを送ります」ってメールに書いてあったけれど、本当にノートのまま届いた。いや、あの、該当ページのコピーだけ下さい。びっくりするから。いま出張中で、ご家族に代理で送っていただいたようなんで、ありがたいことですね。で、いただいた仕事、今年初めての「樺美智子」さんが登場。相変わらず、全然関係ない仕事にお名前が登場する樺美智子さんでした。
2016年02月27日
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テープ起こし者には専門がありません。来た仕事を粛々とやるだけです。もっと仕事と作業者の両方がたくさんあれば、ある程度のマッチングができるんですけどね。通訳や翻訳の世界で、英語だったら「この人はスポーツが得意だから」とか、「この人は政治が得意だから」というマッチングができるけれど、クロアチア語とかマオリ語とかだったらおそらくさまざまなジャンルのものを訳していらっしゃることでしょう。それと似ています。もちろん、お客さまはある程度固定化されていくので、よく来るタイプの仕事というのはあります。私にとってそれはオーラル・ヒストリーと言っていいと思うのですが、話し手が機振法の話をすれば「キシンホウってなんだ?」というところからスタートし、シベリア抑留の話をすればロシアの地図を開き、八重山と台湾との貿易の話になれば中国繁体字のサイトをうろちょろし、ということになるので、結局ジャンルはバラバラなのかもしれません。そんな感じなので、ちょっとでも様子のわかるジャンルの仕事が来ると変なふうにテンションが上がります。いま某ジャンルの「東の雄」という方のオーラル・ヒストリーをやっていますが、「西の雄」のオーラル・ヒストリーのご依頼がありました。一も二もなくお引き受けしました。今年は「仕事の年」ということになりそうです。
2016年02月24日
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仕事で、お名前だけちらっと出てきた中西準子さん。環境リスク学の研究者で、横浜国立大学を経て産総研へ。「安全・安心」とか「リスク」という概念はぼんやりしたまま言葉だけが定着してしまっているので、もう少しすっきりしたくて、毎日出版文化賞を受賞した『環境リスク学』を読む。『環境リスク学』は2004年の出版で、大きく取り上げているのが環境ホルモン(特にダイオキシン)とBSEだ。ほんの10年前なのに、リスク問題の世の中の関心はあっと言う間に次の話題に移ってしまうと感じる。あくまでも2004年段階の知見だと思いつつ読み進めるが、中西氏のリスクというものに対する一貫した態度が感じられる内容だった。特にダイオキシンについては、危険性が大きく報道されたその後については、案外知られていないかもしれない。私は、「あれ違ったんだよ」ということはちらっちらっと聞こえていたけれど、一通りの流れがわかって面白かったし、かなり驚いた。だいたい環境問題に取り組む人の人物像というのは先入観があるが、中西氏はこう語る。「私は自分の出す資料からあらゆる思想的な言葉を削ぎ取りました。思想の闘争になれば、いつまでも対立が解けない。出すべきは事実、思想の違いを超えて認めることができる事実、これこそか今の思想的な勢力関係を崩す力をもっている。これが自然科学の強みだ。自分は今それをもっている。私はそう考えました」でも、リスクというのは将来起こり得る被害を想定するものなので、確定する事実はものすごく少ない。それを積み上げていく地道さには驚嘆する。誰だってリスクはないに越したことはない。それを、「全くない状態にしたい」と思ってしまうことによる弊害を、測定値による事実で積み重ねてきた経緯が順々に語られる。「疑わしいものがあるとき、どうすればいいのか? 「禁止する」と「何もしない」という二分法的な考え方では、これからの環境問題には対処できない、その中間の道を選ぶべきだというのが、私の考え方である。その中間の道とは、リスク評価をし、リスクの大きさとその物質を禁止したときの別のリスクの大きさとを比較しながら対策を立てることである」「日本は規制値をつくっても、いったんつくると、そのあとの変更ができません。(中略)例えば五年計画で始まって、三年たって明らかにだめだとわかったときになぜ止められないか。(中略) だから、自分たちでリスクを計算することは重要です。市民団体も計算してほしい。自分たちでリスクを予測すれば、やたらと批判できないことがわかります。リスクの予測がある範囲でしかできないという問題点も見えてくる。それに、問題点が見えたからといって、未来にこういうことが起きそうだ、ああいうことが起きるかもしれないと、いろいろなリスクを全部取り入れることはできないということもわかるのです。リスク予測を自分たちのものにすることは、責任を持って自分たちで社会を作っていくということにもつながるのです。誰かにやってもらえば済むというものではありません」ほんのりと市民自治の姿勢に言及していて、興味深い。この本の1部第1章は、横国の最終講義だ。インタビュー、聞き書きといったものはつい、これが語られたときの実際の言葉と、今読んでいる文章との差異をイメージしながら読んでしまう。「こういう最終講義の原稿、やれたら幸せだろうなあ」というのと、「実際やったら、果てしなく時間がかかりそうだなあ」というのと、両方思いながら読んだ。環境リスク学 [ 中西準子 ]価格:1,944円(税込、送料込)
2016年02月01日
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在宅ワーク、といってもさまざまで、これは納期が数日という業種に当てはまる話ですが……、9時─5時の企業に喜ばれるのは、彼らが働いていない時間に業務を進めておくことです。平日の夕方発注して、翌日の9時に届いている。金曜の夕方発注して、月曜の9時に届いている。「在宅ワーカーには平日も休日もない」というのは、好きな時間に働けるという意味もありますが、休日の依頼が多いという意味でもあります。「1日2~3時間の作業で、あなたも月収〇万円」という宣伝文句は嘘ではないけれど、作業時間には制約がある。例えば、実際は土日に15時間かけて作業して、それを1週間にならして「1日2~3時間」ということだってあり得るわけです。人が働かない時間の依頼を嫌がらずに受ける人が仕事にありつけ、スキルを上げ、クライアントに信頼され、継続発注されるようになる。いつまでも「深夜帯に作業、翌朝納品」を繰り返していると体を壊してしまいますし、だんだんとこちらの都合を言えるようにしていかないと続けられませんが、これも難しいことですね。さて、そういうわけで、私も「休み前に受注、休み明けに納品」という仕事はたくさんしてきました。最近は翌日納品みたいな特急仕事はしていませんが、それでも正月休みやゴールデンウィークに仕事を持っているのが普通。しかし、正月休みには特殊な事情が加わります。大掃除して、お節料理作って、年賀状を書く。「紅白」とか、「ガキ使」とか、「新春『相棒』スペシャル」とかそんなのもたまには見ようかなと思うし、年が明ければ、初詣だ初売りだと世の中が活気づきますよね。その上で仕事するって無理ゲー。この中で社会人としておろそかにしてはいけないのが、やっぱり仕事なんですよ。仕事の品質を落としてはいけない。そうなると、それ以外のものをいかにさっさと終わらせるかということになってくるわけです。在宅ワークが長くなると、「年末年始の行事なんちゃって術」に長けてくる。ここ数年、定着している技はこんなところです。・換気扇の掃除だけは12月中旬までに終わらせておく。・玄関とか、水回りとか、壁とか、どこでもいいけど、1カ所だけピカピカにする。・家族が好きなお節を2~3品手作り。あとは既製品。・年賀状は新年になってから書く。・仕事は2~3時間にとどめて、その代わり大晦日も元日も少しずつ進めておく。こんな感じでしょぼい生活ですが、今年も無事に年を越えられました。あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2016年01月04日
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私の日常の仕事を作業別に分けると、 テープ起こし、執筆、校閲、編集ということになる。この中で、おそらく得意なのがテープ起こしで、好きなのが校閲。この本の冒頭にこういう文章がある。 「自分を専門家だ、日本語の知識は誰にも負けない、などと 思っている校閲者は、はっきり言って、ダメな校閲者です」私は「テープ起こしはネガティブな人のほうが向いている」という言い方をしているけれど、自信過剰は「ざるの目・ざるの耳」になるので、本当にこの仕事に向いていない。いわゆるハウツー本ではないので、これを読むと校閲ができるようになるというたぐいの本ではない。でも、出ている事例は押さえておきたいものが多い。最初に出てくる「宮城(きゅうじょう)に向かって遥拝(ようはい)して」と「東条英樹」(正しくは「東条英機」)なんかは私も出会ったことがある「校閲あるある」だ。(ちなみに、私は「東條英機」と書くことにしている)新聞社や国会議事録の校閲は原則主義だけれど、新潮社は書籍・雑誌の出版社なので、最終的には「さじ加減」だと筆者は語る。このさじ加減は九分九厘は原則に則って、地道に校閲した最後の一厘だったりする。本当に地道に地道に校閲するんだよなあ。さらっと書いてあることがいろいろ怖い(笑)新潮社の校閲部。そして、愛を持った最後の「さじ加減」があるから校閲は楽しいのかもしれない。巻末に、「誤植があったら編集部にご一報を」とあってクスリとした。誤植ではないけれど、私のスタンスとは違う表記は三つ。 「御存じ」「出来ない」「一ヵ所」私だったらこうする。 「ご存じ」「できない」「一カ所」その日本語、ヨロシイですか? [ 井上孝夫 ]価格:1,296円(税込、送料込)
2015年12月28日
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今朝NHKを見ていたら、「できなそう」と「できなさそう」はどちらが正しいかという話題が出ていた。「できなそう」と発言した後輩アナに対して、有働アナが「"できなさそう"じゃないの?」と指摘したのだが、視聴者から「"できなそう"のほうが正しいのではないか」という問い合わせがあったとのこと。これについてのNHK放送文化研究所の見解がびっくりなのだ。 文法的には「できなそう」が正しいが、 口語では「できなさそう」もたくさん使われるので、 どちらも間違いとは言えない。えそうなのか。NHKは「もう仕方ないやん」という立場なのか。いわゆる「さ」入れに対して、「もう仕方ない」という考え方が出てきていることを初めて知った。それをNHK放送文化研究所というところが発言したことに違和感を覚えた。「文法的にはどちらも間違いとはいえない」ではなく、「"できなそう" が正しい」と言いつつ、「もうみんな使っちゃってるし、どっちもオッケー」というのはNHK放送文化研究所の立場としてありなのか?いまのところ私は、話し言葉でうっかり「できなさそう」と口に出てくることはないし、原稿に出てきたら、100%「できなそう」に修正している。(厳密な逐語起こしは別の話よ)
2015年12月11日
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昨日のインタビューで、「ビブン音」という単語が出てました。インタビューの中で「半音よりさらに細かく分けられた音程」ということは教えていただいたので、話はそのまま進んでいったのですが、「ビブン」は「微分」かなあなんて思いながら聞いていました。家に戻ってから調べると、「微分」で正解でした。すると今度は「音を微分するってどういうこと?」という疑問がわき上がる。大ざっぱに「微分は傾き、積分は面積」という感覚はあるけれど、周波数の高さにそれは適用できる概念なのか?調べ物するときに、だいたい最初に見るのはウィキペディアですね。ウィキペディアには左に「他言語版」へのリンクがあって、もし他言語でもその単語を説明しているページがあったら、そこから飛べるようになっている。私は台湾の仕事をしているので、「中文」に飛ぶことが多いです。さらに表示を「大陆简体」(大陸で使われている簡略化された漢字。簡体字)ではなく、「台灣正體」(台湾で使われている日本の旧字とほぼ同じ漢字。繁体字)にする。中国語は読めないけれど、漢字が並んでいる文章はだいたいわかるんですよ。スペインのことを調べるときは、スペイン語版で検索しておいてから英語版に切り換えて読んだりしています。英語の実力もよろよろですが、ネット辞書を駆使すればだいたいの意味はわかるので。ちなみに、言語によって書かれている内容と分量は違います。本国版のほうがより細かく説明されているので、他言語というか、本国版に飛ぶとより情報が集められるという利点もあります。この「微分音」は英語では microtonalでした。micro(小さい)+tone(音)微分はdifferential、積分はintegralですから、「微分音」の意味は「音を(数学的に)微分する」ということではなくて、「音を微かに分ける」ということですね。ここまで調べて、なんとなくすっきり。ここからやっと、「西洋音階よりも細分化された音程での音楽って、どういう仕組みになっていて、どういう音色を奏でるのだろう」という中身への思いがスタートします。道は遠いわー。
2015年10月07日
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丹羽清隆さんのお墓参りに行く。御厨貴氏の『オーラル・ヒストリー』(中公新書)には、テープ起こしについての記述がある。「テープ起こしには専門家は必要なく、大学院生にアルバイトでやらせておけばすむとか、何度も聞けば誰でもできるというような発想ですましてきたわけである。……そのようなことがなぜまかり通ってきたのか。実は雑誌などの速記は、それをまとめる編集者が存在していて、わけのわからない対談や座談のテープ起こしも、編集者が名人芸のようにうまく直していたからである。 さて、われわれのオーラル・ヒストリーで特徴的なのは、テープ起こしをした人の名前を速記録に載せることにした点である。これは、テープ起こしを職業として認めると同時に、責任を負ってもらうことを意味する」オーラル・ヒストリーのメソッドを確立しようとする中で、テープ起こし段階のことも加えることになったのは、丹羽さんの功績が大きい。テープ起こし原稿というのは玉石混淆だが、すべてがすべて「大学院生のアルバイト」というわけではない。ただ、どんなテープ起こし原稿も「言った言葉をそのまま書く」という原則に則っている。それこそがテープ起こしなのだから、いかに聞き取れるか、いかに再現しているかがテープ起こし原稿の良し悪しになる。丹羽氏は雑誌のライターで、たまたま雑誌の座談会の原稿を担当したことで研究者に出会った。「この座談会のテープ起こしをした人に、われわれがやっているオーラル・ヒストリーという研究の記録を担当してもらいたい」と依頼されて、オーラル・ヒストリーの記録者の道に入る。ライター・編集者という出自の人がテープ起こしをするのだから、それは自然と「言った言葉をそのまま書く」のではなく、「言った言葉を編集して、読める文章にする」という文章になる。研究者に同行して録音し、必要な資料ももらい、継続して一人の人のライフヒストリーを聞き続ければ、格段に内容の理解は深まる。もともと備えているライター・編集者の技量でテープ起こしすれば、「編集者による編集済みのテープ起こし原稿」というものが出来上がる。プロのテープ起こし者は徹底的に聞き、徹底的に拾うことに厳格だ。だから、最初のうちはもしかするとプロのテープ起こし者から見れば、「甘い」原稿だったのではないかと思う。テープ起こし者から見れば、彼の原稿の「丸め方」は禁忌だ。「そんなことまでテープ起こしはやってはいけないことになっている」。その、いわばテープ起こし出身者でないマイナス点がプラスに働いて、テープ起こしの制約を楽々と乗り越え、クライアントの意向に沿った原稿のあり方を開拓していった。オーラル・ヒストリーという手法が拡大する中で、丹羽さんは記録者として重用されていく。あの元総理大臣の、あの経済界のドンの、あの大物官僚のオーラル・ヒストリーにも「記録・丹羽清隆」の名前が記載されている。その中で彼自身によって、オーラル・ヒストリーの記録に関する独特のメソットが磨かれていく。それはおそらくそれまでほとんど世の中にない原稿だった。「編集済み」と言っても、テープ起こし原稿であることに変わりない。端から端まで発言したことは網羅されている。日本語文法は正しく修正されている。歴史的な文脈の事実確認がされている。それでいて、話し言葉の語り口調は残され、いかにもご本人がそう語ったかのような文字が並ぶ。こんな逸話がある。東京の山の手言葉は柔らかくて、ちょっと女性的な言い方をする。「~かしら」とか、「~だわ」とか。それは話している分には全く自然だが、文字にするのはどうかと考えた丹羽さんが少し男言葉寄りにして原稿を作った。それを読んだご本人は、「これは僕がしゃべったとおりではないね」と言った。「でも、このほうがいい」と続けて言われたのだそうだ。いったいどうやってこれほどの仕事量をこなしているのかという中で走り続け、2011年3月10日に永眠。享年60歳。横浜の墓地は、よく日の当たる明るいところだった。「すみません。なんとか頑張ってます」と挨拶してきた。
2015年09月23日
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インタビュー記事を作るライターは、全文起こしをするものでしょうか。「全文起こし原稿があったほうが、記事を書くのが楽」ということは言えると思いますが、おそらく作っている人と作っていない人と両方いるでしょうね。大手出版社・新聞社などの日刊や週刊の刊行物は、どんどこインタビューして、どんどこ記事を書かねばなりませんから、テープ起こし業者に依頼していることがあります。そういうところは外注費を最初から用意しているので、アウトソーシングできる。編集部内で、若手にやらせることもあるでしょう。でも、フリーのライターがテープ起こしを外注する場合、自分の取り分から出さねばならないので、「出せるお金がない」というのが現実です。だから、全文起こしが必要なら自分で作るのが普通です。ところでこのテープ起こし、ライターといえども得意とは限りません。とてつもなく時間がかかりますから、できればやらずに済ませたい人も多いと思います。「テープ起こし原稿がないと記事が書けないなんてまだまだ。現場のメモだけで記事が書けてこそプロ」みたいな言い方をする人もいますが、「外注する予算がない。自分でやると時間がかかりすぎる」というのが理由です。私はテープ起こしもライティングも両方やるわけですが、記録作成用のテープ起こしと(自分の)ライティングのためのインタビュー起こしはやり方が違います。記録作成用の場合、そのまま記録として読み物になるので、徹底的に細部まで聞き取って文字にし、かつ読者に意味が通じるところまで日本語を加工します。最初に起こす段階より、聞き直して、調べ物をして、文章を調整することに時間をかけます。一方、ライティングのための下打ちだと、ばーっと適当に入力しておしまいです。聞こえないところはそのまま。変換間違いやタイプミスがあっても、気にせずガンガン打ちます。私自身の発言なんか要旨しか入力しないし、調べ物もほとんどしない、聞き直しもしません。このやり方だと、不明個所が出てくると録音に戻って確認することになるので、タイム併記はしておきます。先に分数を入れておいて、その時間の発言を右に連ねていきます。1 ~2 ~3 ~4 ~5 ~6 ~7 ~8 ~ライティングのためのテープ起こしは、(本職ですが、それでも)面倒くさいなと思います。だって、記事には3分の1とか4分の1の分量しか使いませんから、せっかく入力したのに捨ててしまう場所が多すぎますよね。でも、全文起こしを作る意義は幾つかあります。まずは、「自分のインタビュー技術を振り返る」時間になること。インタビュアーとしての振り返りに録音を聞くのはうってつけです。凹むこと請け合いです。(笑)それから、人間というのは実は会話の6~8割くらいしか聞いていないものなので、全文起こしすると、「あれ、こんなこと話していたっけ?」「ああ、ここはこういう意味で言っていたのか?」というところが必ず出てきます。特に、メモをとったり、次の質問を考えたりするインタビューの場では、会話の中身はかなり聞き流しているのが普通です。「インタビューの全貌を知るためには全文起こしが必要」なのです。もう一つ、雑誌に載せずにカットする部分も自分自身の資料になります。録音を聞き、全文を文字にするという過程を経ると、インタビューの内容は自分の知識として定着します。さらに、「文字としてアーカイブを取っておく」と、のちの検索が楽になります。そういうわけで、インタビュー記事の場合も私は全文起こしします。まあ、得意分野ですしね、一応。
2015年04月20日
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やってもやっても終わらない仕事。というか、なっかなか進まなかっただけだけども。終わってみたら人名索引が96人でした。これだけ出てきたら、裏取りに時間かかって進まんわけです。一生分のお話を伺ったわけではない。時間もたったの2時間。人生の一部分を切り取ったそのお話に登場する人名は96人。本の著者とか、直接の知り合いでない人の名前も出てくるけど、そういう出会いも含めて、この方は少なくとも96人の人と関わりを持った人生を送っていたのですよねえ。奥行きのある人生です。♪友達100人できるかな、の世界みたいですね。
2015年04月16日
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アクセス解析が気になるほどエントリーしていないのですが、昨日、スマフォからアクセスしたら、「このブログでよく読まれている記事」というのがありました。楽天がこの1月からスタートしたサービスだそうで、いつもPCからアクセスするので知りませんでした。(PCでも表示しますが、一番下までスクロールしないと見えないので、気がつきませんでした)で、何が一番だったかというと、2010年の「源泉徴収ってするの? 」という記事。1月にサービスが始まってからのページ・ビューかな?ちょうど確定申告時期なので、税務関係の調べ物をする方が増えているんでしょう。
2015年03月09日
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帳簿つけは無事に終わりました。例によって、2月になってから2~3日で1年分の帳簿をやっつけます。今年はe-taxの電子証明書が切れる時期なので、月曜になったら区役所で更新してきて、e-taxで確定申告終わり、の予定です。1月の下旬になると取引先から一斉に支払い調書が送られてきて、そこで大まかな収入を把握します。ものすごーく貧乏だったという印象がある昨年でしたが、いざ帳簿をつけてみたら一昨年と同じくらいでした。あれ?ということは、一昨年から引き続きの貧乏なんですね……。_| ̄|○時間に少し余裕のある生活は、少し貧乏です。こういうのは悪くはありません。昨年は私にとって「新しい」の年だったのですが、収入に反映されるのは27年となりそうです。さて、過去の帳簿も溜まってきたのでそろそろ捨てようかと思い、保存期間を確認してみたら、なんだか謎の結果が出てきました。税法上は7年、ただし欠損金がある場合は9年。会計法上は10年。欠損金というのは、売り上げよりも費用のほうが多いこと。そんなことになったら一大事です。だいたいがひきこもりの就業スタイルのフリーランスの場合、経費は固定経費とOAサプライくらいしかないので欠損金が発生するようなことはありません。26年は出張が多かったので経費はべらぼうに多かったんですけれど、それにしたってねえ。会計法というのは私レベルの個人事業主だと関係ない(はず)。要は、税務署にさかのぼって突っ込まれる可能性があるのが7年か9年ということで、7年だけ気にしていればいいと思う……思います。
2015年03月07日
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知り合いの女子高校生で、「大学生になったらテープ起こしをやってみたい」という子がいます。バイトとしては期待せずに、長い目で少しずつ教えられるなら、それはちょっとやってみたいと思っています。ものになっても、ならなくてもどちらでもいいんです。やってみて駄目だったら「向いていない」ということが本人にわかるし、それなりにできるようになったら出版関係の就職も視野に入れるかもしれないし、私のバイトとして本格的に戦力になってもらえたらうれしい。テープ起こしに将来性があるかどうかはわからないけれど、一応「手に職」にはなるし。テープ起こしをするには「正確なタイピング」と「漢字表記ルール」というのを覚えないといけなくて、これにはどうしても年単位のトレーニングが必要です。でも、これはいつか習得できるものですが、日本語力だけはトレーニングでどうこうできるものではありません。運動が得意かどうかというのが、生まれつきの素質の部分が大きいのとちょっと似ていると思います。そういうセンスのある人がきちんと努力するとプロになれる。文章も、書ける人は教えられなくてもある程度は書けるものです。そういう人がきちんと努力するとプロになれる。学校の授業で研究発表をするときの原稿を見せてもらったら、日本語力には問題がない。漢字検定は準2級。読書も好き。だから、十分素養はあると思うのですけれど、一つ問題が……。もう一つ、メンタルの問題として、「ネガティブ」というのがテープ起こしには必要だと思っています。これは結構重要です。明るくて、自己肯定感が強くて、大ざっぱな子はテープ起こしには向いていません。「自分の原稿には間違いがあるはずだ」と疑う気持ちがない人の原稿は穴だらけです。高校生でそこそこ文章が書ける子は、文章力にそれなりに自信を持っているはずです。トレーニングさえすればきっとテープ起こしがマスターできるはず、という展望を持っていると思います。それはそのとおりですが、そのトレーニングというのは彼女の自信を完膚無きまでに叩きつぶすものです。原稿を出すたびに膨大な赤が入って、「自分の文章では駄目なんだ」ということを突きつけられたとき、真摯に自分の文章力と向き合えるでしょうか。案外、これを仕事にしたいと切実にチャレンジする人よりも、「試しにやってみたい」というお気楽な学生のほうがめげずに頑張れるかもしれません。そもそも、「大学生になったらやってみたい」というのが本当かどうかからあやしいのですけれど(笑)、頑張れ女子高生!
2015年03月04日
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映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』鑑賞。『海角七号』(2008年)、『セデック・バレ』(2011年)と日本統治時代の台湾を描いてきた魏徳聖が制作・脚本で再度日本統治時代を描く。1931年に嘉義農林学校が台湾代表として甲子園に出て準優勝したというのは実話。「嘉義農林といえば甲子園」というのはある程度の年齢層には今でも話題になる話ですが、台湾の若い世代にはどの程度有名な話なのでしょうか。何も下調べをしないで観に行ったのですが、始まったらいきなり日本語が出てきてびっくりしました。考えてみたら当たり前なのですけれど、日本統治時代の日本国内の話なのですよね。大人への日本語教育は徹底できなかったでしょうから、大人たちは非日本語。だけど、小学1年からばっちり日本語教育を受けて10年くらいたっている中学生たちは日本語ペラペラなわけです。台湾の公用語が日本語という時代があった、というのは知識としては知っていることですが、映像で見せられて軽くカルチャーショックを受けました。野球部の少年たちは、この映画のために日本語を詰め込んだそうです。台湾訛りの日本語が当時を彷彿とさせます。大人がしゃべる非日本語は国民党が来る前ですから、北京語ではなく台湾語(ビンナン語)。本屋さんのおじさんは客家語だったらしいです。どのシーンだかわからないけど、アミ語もあったとか。日本の植民地経営のあり方とか、差別がどうのとか、登場人物のそれぞれの事情などシリアスな話はほとんどなし。手に汗握る青春熱血さわやか野球映画でした。それでも、嘉南大圳(ダムと用水路による農水施設)、嘉義市内のモダンな街並み、円形の噴水の建設といったことにちらっちらっと植民地経営の様子が描かれています。嘉南大圳の建設者の八田與一(大沢たけお)が出てきてびっくりしましたが、幕末の映画に意味もなくちょい役で坂本龍馬が出てくるみたいなものですかね。映画のストーリーとしてはおまけで、その分を生徒たちの内面やサイドストーリーを膨らませるほうに費やしてもよかったんじゃないかとも思いますが、同時代に同じところに八田與一がいたら出さないほうが不自然というぐらいの大物だということでしょう。用水路に水が流れ出すシーンは、胸に迫るものがあります。広大にひろがる水田風景が美しかった。治水施設である嘉南大圳の建設と同じ時期に米の品種改良も進み、台湾の稲作が劇的に近代化していく時代です。日本政府は台湾を米の供給場所として開発していたということでしょうか。映画のために作った設定じゃないかと思うぐらい出来過ぎなのは、少年たちの出自がばらばらなこと。漢人(福建2・客家1)蕃人(原住民)(アミ族2・プユマ族1)日本人3当時の台湾の中学校は日本人ばかり、台湾人ばかりという学校のほうが多いです。こういう混成チームは台湾の中にあってもかなり珍しかったはずです。途中で嘉義中の生徒と揉めるシーンがありますが、彼らのほとんどは日本人だと思います。日本人のエリート中学だから、中堅校の寄せ集め野球部を馬鹿にしたのです。でも、チーム内での人種間でのいさかいや行き違いは全く描きませんでしたね。ちょっとなさ過ぎるんじゃないかと思うくらいですが、実際のところはどうだったのでしょうか。監督(永瀬正敏)も平等主義。というか、実力主義。足の速い蕃人、打撃力のある漢人、守備のうまい日本人が揃えば強いチームになると言い、その言葉どおりに快進撃を続けます。この野球シーンが熱い。スポーツの描き方は日本とはちょっと違いますね。無名のチームを全国準優勝までにするわけですから、相当な鬼監督だったはず。日本だったら「過酷な反復練習→脱落する選手→選手同士の友情で復活」なんてのがテンプレですが、そんな鬱屈したものはなし。なんか明るい。なんか明るいです、終始。のほほんとして、楽しそうに野球をやっている。少年たちは精悍ではありますが、同時に穏やかで優しく素朴で、本当に心から応援したくなります。ま、敵も味方もデザインされていない真っ白のユニフォーム、整備されていない泥んこのグラウンド、坊主頭ということで、途中はほとんど見分けがつきませんけれど。(笑)3時間と長尺ですが、時間をたっぷり使った試合シーンは中だるみすることもなく圧巻です。人間ドラマがあっさりしているので、全体のバランスは少し悪いかもしれませんね。台湾人は野球大好きだし、野球シーンにはカタルシスもある。ハンカチ必須の映画です。植民地時代に本国の野球大会において、多人種の混成チームが準優勝という史実そのものがアイデンティティに響く話だと思いますし、少年たちが格好よくて、さわやか。ラストの、選手たちのその後のエピソードもぐっと来ます。これが空前の大ヒットというのはうなずけます。
2015年02月26日
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台湾出張の原稿、今頃作っているのですが、当日「SOP」というのが出てきました。あんまりにも普通にしゃべるので、あちらでは普通の言葉のようです。休憩になってから通訳君に「SOPって何ですか?」って聞いたら、「そういえば、日本ではそんなに使わないですね」と言いながら教えてくれました。standard procedure operation(標準作業手順書)日本では治験で使われるとか。工場なんかで使われそうなものですが、日本の場合「ISO」をとっていれば「ISO」って言いそう。最近『ワンピース』でも「SOP作戦」というのが出てきますが、それは「シュガー おったまげ パニック作戦」のことです。
2014年12月30日
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家屋が軒を連ねている様子を「れんたんする」と言います。あまり使われない言葉ですけれど、死語ではありません。どちらかというと、れんたんしている街並みのほうが減っているかな。『用字例』(速記用字)には、 連担 連担団地(水田利用再編計画) 連檐 家々が軒を連ねること 連檐戸数とあって、一般用語のときは「連檐」を使うことになっています。よそさまのリンクですみませんが、「ことば・翻訳・そして文化」に、 「檐」は本当は「エン」で、「タン」は「擔」(担)、「膽」(胆)の類推による誤読か。 さらに常用漢字の制限から「担」を使うようになり、建築用語としては定着したのでは?とあって、まあ、そんな感じなのだろうと思います。『用字例』は国会議事録用の用字なので、法律用語、行政用語については厳密、という性格があります。「連担」は一部法律にも書かれているので既に正式な表記ですし、「連檐(れんたん)」が読める人もかなり少なそう。一般的には「連檐(れんたん)」と振り仮名をつけるか、「連たん」と交ぜ書きが無難かな。でも、交ぜ書きすると、「たん」って本当はどんな字?って思っちゃうんですよね。
2014年11月21日
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ガス管を「ひく」のか「しく」のかで悩んでいます。ガス会社のいわば本線部分は「敷設する」ので「敷く」でいいと思いますが、各家庭の敷地内とつなげる支線部分は「引き込む」ので「引く」でもいいかもしれない。各家庭に引き込むこと自体の話題であれば「引く」でもいいけれど、不明な場合、あるいは管を道路に埋めるという話であれば「敷く」に統一、がすっきりするでしょうか。速記表記では、水道は「敷設」ではなく「布設」。でも、「布く」は使わないんですよね。ちょっとすっきりしないですね。
2014年10月28日
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昨日は同窓会でした。素潜りで魚を突くとか、毎週末サーフィンとか、音楽ライブを定期的にしているとか、アクティブな人がぞろぞろいて、みんな無駄に元気。そういう私もちょっと変わり種なんだろうなと思うけど。情報系とか金融系とかの仕事の人はSNS禁止なんだって?自宅のPCを使っても、ハンドルを使っても、IPで追えちゃうから絶対駄目って。厳しいね。同窓会の連絡や交流はFacebookが主流だから、SNSに入らないのって情報の量とか質とかずいぶん変わってくるなと思ったりする。だからこそというか、オープンなブログで情報発信することって大事だなと最近考えています。ここはお仕事ブログだけれど、私はフラメンコライターでもあるので、今日はちょっとイレギュラーにフラメンコの話。でね、趣味で音楽をずーっとやっている人とフラメンコ話になったんですよ。「フラメンコってどんな音楽?」って聞かれてムムムと思いながら「歌はフェイクとかこぶしとかきかせる民族音楽」「それに合わせるギターは結構きざむ」「踊り手はパーカッション」「ジャズはもったりして後乗りだけど、フラメンコは前乗り」とか、いろいろ話したんだけど、これじゃ音楽のイメージにはならない。ふと、音楽やっている人ならと思って、「フラメンコは8分の6拍子」と言ったら、「2拍3連か」って速攻でレスポンスが来ました。ありがたや~。「で、複合拍子なの」と続けたら、「5拍子とか7拍子とか?」と聞かれたんだけど、変拍子になるわけじゃない。8分の6拍子と4分の3拍子をつなげて12拍で1小節になるんだけど、ここはうまく説明できなかった。それから、そのときは思い付かなかったんだけど、「ミの旋法」と言うと音階のイメージがわかるのかな。それでお薦めを聞かれたんだけど、「いかにもフラメンコです」な音楽はどんなのだろう。普通、フラメンコと勘違いされている音楽としては「エスパニア・カーニ」とか、(この動画、牛が登場する!)ジプシーキングスの「バンボレオ」とかだけど、本物のフラメンコはメディアで偶然耳にする機会はあんまりない。とりあえず聞いてみたい人だったら、聞きやすいフラメンコポップやジャズフラメンコを紹介する。例えば、このホルヘ・ペレス・ゴンザレスの「ビリージーン」はむっちゃ格好いい。ロス・デリンケンテスの「雨に歌えば」もブレリア好きにはたまらない。でも、「結果フラメンコがわかりにくいということがわかるというのでもいいから、こてこてのフラメンコを」と言われたら何を選びますかね。いろいろ考えてしまって、「宿題にさせて!」と言って持ち帰って、さっき三つセレクトしたのがこれ。どんなものでしょうね。トマス・パボンの「マルティネーテ・イ・デブラ」。歌:ヘスス・メンデス、ギター:ディエゴ・デル・モラオ、踊り:ホアキン・グリロの「ソレア・ボル・ブレリア」。ダビ・パロマールの「アレグリアス」。ところで、楽天ブログってYouTubeの埋め込みできないのね。使えねえな。
2014年10月13日
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文化庁が出している「「国語に関する世論調査」の結果の概要」の平成25年度版が発表になった。文化庁や文部科学省の通達文書を見ていつも気になるのは、横書き文章で読点に「,」を使っていること。中央省庁の文書は全部「横書き文書は『,』『。』を使う」ということになっていますが、国語教育の総本山が義務教育で教えていないルールをやっちゃいかんだろう。この報告は毎年メディアで広く取り上げられて、ニュース系の情報番組ではクイズ形式で紹介されたりする。そのおかげで、 × 的を得る ○ 的を射るの誤用が減ったと思う。こういうのを見ていると、日本人って本当に国語が好きだよなあと思う。「正しい国語を使うことは美徳」という価値観がこんなに染みついている民族はほかにいないんじゃないの?いま「民族」と書いたけれど、義務教育から日本教育を受けている外国人もそうなのかしら?そうだとしたら、文科省の教育はこの部分では非常に成功している。今年の慣用句の調査項目はこちら。【他山の石】他人の誤った言行も自分の行いの参考となる【世間ずれ】世間を渡ってずる賢くなっている【煮詰まる】(議論や意見が十分に出尽くして)結論が出る状態になること【天地無用】上下を気にしないでよい【やぶさかでない】喜んでする【まんじりともせず】眠らないでことわざ、慣用句は日常の会話で使う人が減り続けている。実生活で使わなければ、自分の語彙になりにくいよね。調査項目に「誰かがしゃべっているのを聞いたことがあるか」というのを入れたら、それぞれ半数以上が聞いたことないんじゃないかね?「やぶさかでない」なんかは、正解はわかっていても、誤解されるだろうなあと思うから使いにくい。「世間擦れ」は、漢字で書けば一目瞭然。会話の中に自然にことわざ、慣用句が入ってくる方の原稿を作っていると、「おお!」って感動します。「狂瀾を既倒に廻らす」とか、「遅疑逡巡することなく」とか、「怖(お)めず臆せず」とかをしゃべり言葉として生で聞くと、この仕事していてよかったなあと思います。今年、気になったのは官僚言葉ですね。敬語のところで、【絵画展は8階で開催してございます】というのがあった。この、とりあえず語尾に「~してございます」とくっつけるのはお役所言葉として日本に蔓延している。おかしいのはわかるし、自分では使わないけれど、聞き慣れてしまって違和感がない。恐ろしいことだ。あと外来語のところ。【必要性/ニーズ】【取り消し/キャンセル】【利点/メリット】【危険性/リスク】【合意/コンセンサス】【優先順位/プライオリティー】【基本計画/マスタープラン】【技能/スキル】【技術革新/イノベーション】【災害予想地図/ハザードマップ】こんなに「最初に日本に広めようとしたのは官僚でしょう?」という言葉が並ぶと圧巻。これが「使い分けができると思うか」という謎の質問で、「できる」という回答が一定数あるのもすごいです。つ、使い分けるのか……。どうやって?外国語をあえて使って、微妙に新しい概念の外来語として定着させるというのは官僚やシンクタンク、学者がこぞって使ってきた手法で、皆さんの努力の結果、「使い分けできる」と回答する日本人がこーんなにたくさんいるわけです。やっぱり日本の官僚ってすごい。皮肉ではなく、本気でそう思います。
2014年09月26日
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台北は、淡水河沿いの萬華が清国と貿易してできた街だ。日本統治時代も、萬華や大稲埕といった市内の西側エリアは商店が広がる台湾人の居住エリアだった。現在でも当時の街並みの雰囲気を残している。萬華の観光スポットは艋舺龍山寺。艋舺は現在の地名・萬華の古い表記。舟へんの字が港だった昔を思い起こさせる。観音菩薩や孔子、媽祖など道教やら儒教やらの神様が一緒くたに祀られている龍山寺は観光客も多いが、真摯にお祈りしたり、お経を読んだりしている地元の人も多く、宗教として定着している様子が伺える。大稲埕の亭仔脚(ていしきゃく)。亭仔脚は商業エリアにあるアーケード状のもので、台湾の強い日差しの中で歩いていて、亭仔脚があるとほっとする。アーケードと違うのは、1軒1軒の商店が自宅の1階部分を引っ込めているもので、その店の敷地部分だということ。右側の公道部分と路面の作りが違うのはそのせいだ。やはり商店の客寄せという意味もあったのだろうから、田舎に行けばない。通行人のために自宅を引っ込ませることができるのは、裕福な証拠ということも言えるだろう。ちなみに台湾の田舎の住宅は、伝統的には三合院といってコの字型のものが有名だ。この辺の家は隣家と壁を共有していて、完全にくっついて建てられているので、商店街が続く限り亭仔脚は長いアーケード状になって続く。「商店じゃない家はどうするのか?」と聞いたら、この地域に住んで、自宅を商店にしない家はないとのこと。現在でもそうだが、台湾には昔から専業主婦という概念がない。(そういう言葉もないらしい)隣の家と壁を共有しているなんて不動産はどういう仕組みになっているか心配してしまうけれど、彼らはもっと立地がよいところがあればすぐ移転するし、もっと儲かる商売があれば商売替えも気軽にする。そういう気質は世界各地に中華街を作った中国人とつながっているのだろう。大稲埕にある波麗路(ボレロ)。ちょうど閉店時間に外から見ただけなので、薄暗い写真で申し訳ない。台北は夜9時頃ぶらぶらと街見物ができる。(といっても、日本国内にいるときのような低い防犯意識ではカモにされる)「1934年創業」と看板に出ている。旧制台北高校の学生がコーヒーを飲んだというレストラン。今は高級レストランだが、当時は高校生が行けるようなカジュアルなレストランだったかと聞いたら、昔から高級レストランだったそうだ。この店でお見合いしたカップルもたくさんいる。「だから、高校生がカッコつけて高いレストランでコーヒーだけ飲んだわけよ」だそうだ。なるほど。そういうのはよくわかる。大稲埕から東方向に歩いてくると寧夏夜市がある。夜市は、日本のガイドブックを見ると必ず士林夜市が紹介されているけれど、ちょっと不便なところにあるほうが地元民が集う生活に密着した夜市。時間の関係で行けなかったのだけど、松山の饒河街観光夜市(ぎょうかがいよいち)を薦められた。ほとんどお祭りのテキヤの屋台に見えるこれが、毎日開いて、朝にはぱーっと片づけられているというのだから驚きだ。日本だったら必ず酔っぱらいがいるのに、誰も飲んでいない。酒を売っている屋台もない。基本は、食べたら帰る、あるいはテイクアウトなのだろう。そういうこともあって、猥雑な感じはあまりない。場所によっては朝も開く。「共働きが基本」ということもあるけれど、こういうところで朝食、夕食を調達するのが普通ということだ。とはいえ、屋台の食べ物は匂いも見た目もハードルが高い。お腹を空かせて行って、ここで1食分食べるというよりは、一つか二つチャレンジする程度のほうがいいかもしれない。
2014年09月19日
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台湾で行なわれたシンポに同行録音してきましたので、しばらく台湾レポートします。台北・西門町が原宿なら、永康街は代官山。……と、無理やり当てはめて行くと、「うーん、そうでもないかも」という落胆も感じる永康街は、一軒一軒に入ってみれば、確かにわりと大人向けのデザイン、大人向けの金額でおしゃれな品々が並んでいる店が多い。「沁園(チンユェン)」はお茶の専門店。さまざまな台湾茶と烏龍茶、日本人好みの茶器も並んで、お土産に便利な店。写真は茉莉繡球花茶。1個/50元(150円くらい)。お湯を注ぐと花が咲いたように広がる。さわやかで渋みも少なく、飲みやすかったです。台湾はお茶の文化の国で、お茶の商店ではなくて、お茶畑と直接契約して、購入する人も結構いるそうです。中国茶の茶器ってちっちゃいけども、その理由がわかりました。日頃ペットボトルの烏龍茶飲んでいる人には濃い。食後に口と胃の中国料理の油を流す感じ。がぶ飲みするものじゃない。お茶はどこに行ってもおいしかったけども、日本で飲むお茶よりカフェイン多いねーという感じ。反対に、コーヒーはどこに行ってもまずい。缶コーヒーやペットボトルなら外れはないかと思って買ったら、衝撃的にまずい。イカリ(スタバ風のコーヒーチェーン店)ならまあまあ。ホテルで飲んだ阿里山コーヒーは結構おいしかった。特にコーヒー通でもない私が凶暴な気持ちになるくらいだから、コーヒーがないと生きていかれない人はなんらかの対策をして行ってください。
2014年09月17日
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8月の終わりに6日間の出張に行きます。お客さんが録音してきて音源をいただければいいだけのことですが、同行させていただけるというのは一種のご褒美のようなものですね。6日もいないのに、家庭のことは何も心配しなくていいというのもすごい。外で食べるかコンビニで弁当を買ってくるかわからないけれど、食べ物は自力でなんとかなるだろう。洗濯は……、言わないと誰もやらなそうだから、1回くらいはやれと命じておこうか。6日ためるとどうなるんだろう? まあいいや、死にはしない。問題は仕事のほうで、狙いすましたように3件録音が入っています。通常は同行録音している案件なので、今回に限りお客さんに録音をお願いします。そこで昨日、録音方法についてメールをお出ししました。一つのクライアントはレコーダーの型番を教えてくださったのでどっちをメインレコーダーにして、どういう設定にするかのご提案もさせていただきました。ICレコーダーはポチッと録音ボタンを押しさえすれば誰でも簡単に録音できるものなので、「どこにどっち向きで置く」まで指示するのはわれながら小うるさい対応だと思いますが、本当にちょっとしたことで音は変わるんです。今現在、2時間半もので260カ所の不明をつぶす作業をしている最中なので、気持ちは切実です。2時間半で260カ所もあるとつぶしきれないので、最終的に30~50は不明箇所が残りますし、聞き取り間違いも多数残ります。そんな原稿にどんな価値があるんだろうと毎回思います。倍の時間をかけて精度の低い原稿を出さねばならないという矛盾にテープ起こし者は永遠に悩み続けます。
2014年08月19日
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テープ起こし者のもとに寄せられる音源は、お客さん自身が録音したものが多いです。テープ起こしは「話題自体の難度」と「録音の良し悪し」によって作業効率が左右されるので、毎回音を聞く瞬間はドキドキします。自分で現場録音に行くこともあります。せっかく自分で録音できるのだから録音に失敗したくない。現場に着いた瞬間、ざーっと部屋中を見渡して、どうやって録音するかを考えます。できれば15分前くらいには会場入りしたいのですが、直前まで入れない場合は時間との勝負。「ちょっと待て。あなたたちは着席しただけで話し出せるだろうけれど、私はセッティングする時間が要るんだ」と思いながら、焦ってセッティングします。今日は「録音に失敗しない方法」。大した技ではありませんが、これをやるとやらないのでは大違い。逆に言うと、たったこれだけのことですからどうかやっていただきたい、というのが切なる願いです。テープ起こし者が楽したいということではなくて(それは現実問題としてありますが)、録音が悪いと聞き間違いが多くなるのです。難度が高いものは極端に言うと、全編にわたって聞き間違えます。私も最近 × 死のイメージが自分の中に出てきて ○ 治癒のイメージが夢の中に出てきてという聞き間違いをしたばかりです。テープ起こし者は、録音が悪ければ文脈から推測して原稿を作ります。ご依頼主は、まさかテープ起こし者が推測で書いているなどとは思っていらっしゃらないでしょう。でも、以下に書いたことをされていなければ、あなたが依頼したテープ起こし者は推測で原稿を作っている可能性が高いです。絶対に手元で録音しないこと事務担当者が後方の自席で録音される場合というのは驚くほど多いですが、これは絶対にしてはいけません。話し手の声の音量自体が小さくなりますし、部屋全体にエコーしたくぐもった声が録音されます。その上、レコーダーに近いところの音は大音量で録音されます。資料をめくる紙擦れの音、ペンを走らせる音、「あと何分?」みたいなひそひそ声、全部クリアに録音されます。その瞬間、話し手の声はほとんど聞こえません。小さなテーブルで向かい合ってインタビューする場合であっても、より相手の近くにレコーダーを置いてください。ベストは話し手から1メートル以内講演、シンポジウム、会議、インタビュー、ほとんどの場合、話し手の前にはテーブルがあります。そこにレコーダーを置いてください。それだけで録音は7割成功します。もしテーブルがなければ、椅子を一つ持ってきて話し手の前に置き、そこにレコーダーを置いてください。レコーダーの設定は64kbps以上ICレコーダーのファイル形式にはWMAやMP3などが入っていて、8kbps、16kbps、32kbps、64kbps、128kbps、192kbps、などのビットレートが選べるようになっています。この数字が小さければファイルサイズが小さくなるので、長時間録音が可能になりますが、当然音質も落ちます。経験上32kbpsが境目で、64kbps以上で録音すると劇的にいい録音になります。ほんの10年前、メモリがもっと高額だった頃の内蔵メモリは、256MBとか512MBとかだったのでケチケチ録音していたのですが、現在のICレコーダーの内蔵メモリは軒並み2GB、4GB、8GBというサイズです。8~32kbpsなどに設定しなくても、あなたのICレコーダーは50時間も100時間も録音できます。どうぞケチケチしないでメモリを使ってください。サブレコーダーを置く大人数の場合は、2台のレコーダーを置いてください。置く場所は、1台目 メインの話し手から1メートル以内2台目 一番小さい声の人の前一番小さい声の人が誰だかわからない場合は、録音がスタートしてから2台目の場所を移動してください。あからさまに「あなたの声が入りにくいんですよ」という態度ですが、ご本人にお伝えするくらいの覚悟で録音至上主義を貫いてください。これだけのことをすれば、録音には滅多に失敗しません。よい録音を!
2014年08月04日
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「呑む」は普通は使わない。使わない漢字に対してはいつまでたってもセンシティブになれないのだけれど、先日、「今度呑む機会に」と言われたので、ちょっと気になって調べてみた。「呑」は喉元のことらしいので、ごっくんごっくんと勢いよくのむ感じだろうか。 丸薬を呑む 息を呑む 要求を呑む 清濁併せ呑む 涙を呑む 鵜呑みなど固形物を丸のみする場合や抽象的な意味で使われる。常用漢字でないので、新聞表記では「のむ」と平仮名に開く。通常の液体をのむ場合は「飲む」。酒は液体なので「飲む」を使うが、雑誌や小説など表記基準が自由な場合は「呑む」も好まれる。意味からすると、がっぱがっぱとウワバミみたいにのむことか。じゃ、私は「お酒飲み」で。(笑)
2014年07月30日
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3月に「新しい」の年というエントリーをしました。新しいことが始められるときというのは、心身ともに準備ができていることが必要ですね。私は全体的に受け身なので、「チャンスを掴みに行く」というよりは、「やってきたチャンスを掴むかどうか考える」のが多いですが、どちらにせよ力がないことには掴めない。そしてもう一つ、環境が整っていることも不可欠だと思います。人は周りに支えられて生きているので、支えてくれる環境がないときは進めない。自然の中でやるスポーツに似ていると思うんですけれど、適した天候がなければ、どんなに自分のスキルがあってもスタートできませんものね。自分に準備ができていなければチャンスを取り逃がしてしまいますが、環境の力のほうが大きい。身動きできない人は周りにたくさんいるので、自由に動ける環境のなかにいることが本当にありがたい。自分も、周りにとってそういう環境になれるといいけれど。それで、今年の「新しい」三つですが、それぞれ新展開があったり、ありそうだったりしてきました。一つ目の「新規オーラル・ヒストリープロジェクト」は、そのクライアントから別件の打診が来ました。まだ仕事自体が本決まりでなくて正式受注に至っていないけれど、こいつに頼んでも平気、とは思っていただけたということでホッとしています。オーラルに必要なのは歴史の勉強だけれど、こちらは環境問題の勉強が少し必要になりそうです。そういうの好きです。二つ目の「雑誌の新連載」も、ぼちぼちとそれ以外の記事の話がスタートしています。まだアップアップで書いていますけれど、なんとか少しずつね。三つ目の「ライブハウスで踊ってきた」は結構見切り発車的な事件だったので、先の展開はないと思っていたら、「企画あるけど踊りませんか」という話が来て、驚いています。いろんな意味で踊れる準備ができていないのでお断りしましたが、うれしかったな。一歩踏み出すと、違う地平が見えます。見える景色は思っていたのとは違うこともあって、そっちへ進みたいかどうかも含めて考えながら、ゆっくり歩いています。
2014年06月16日
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ファッション用語はどんどん変遷していく。今年流行りのスリッポンは英語でslip-onで、ベルトや靴ひも、ジッパーなどがなくても足を滑り入れるだけで履ける靴、という意味。だから、ローファーやデッキシューズもスリッポンの一種。ただ、その靴を一番特徴づける呼び方をするのがわかりやすいから、ローファーやデッキシューズのように固有のデザインが決まっているものはあえてスリッポンと言わない。房飾りがついていれば「タッセルシューズ」と言うし、つま先に富士額(笑)みたいなデザインがついていれば「ウィングチップ」と言う。靴底がジュート麻でできている布靴は「エスパドリーユ」だ。「この靴はスリッポンで履きやすい」など、機能について語った文は別として、あまり特徴がないツルンとした靴のことをしょうがなく「スリッポン」と呼んでいることが多い、というのが私の印象だった。REGAL バンプ 654R今年ファッション業界が「スリッポン」と呼んでいる靴は、多くがゴム底の布靴だ。【送料無料・宅】美足・美脚カジュアルに表現し、疲れ知らず優れアイテム楽天ランキング1位!スリッポンシューズ キルティング スニーカー 靴 フラットシューズ クッション性 13色 35-39 レディース【宅配便発送】【即納!!ホワイト&ブラック&ピンク&グレー対象外】これは私の感覚では、「それは確かにスリッポンだけど、どちらかというとスニーカーだろう」と思う。
2014年05月29日
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おかげさまでネット上の友人がたくさんいるのですが、そもそもの始まりはYahoo!のML(メーリングリスト)です。インターネットというものが一般市民に普及するとともに、テレワーク(って死語だけども)という働き方と、インターネット・コミュニティという人間関係が広まった。その中で築いてきた友人、知人とのつながりです。ほんの15年前のことですが、ワクワクしていた時代だったんでしょうね。いろんなMLがあって、聖徳太子みたいに複数の会話を同時進行していました。今でもmixiやFacebookや楽天ブログで書き続けているのは、最初にMLとの出会いがあって、とにかくそこに大量に書いて書いて、「書く」力を鍛えていただいたおかげだなあと思います。私が入っていたMLはほとんどがYahoo!のものでした。現在も登録しているMLは幾つかありますが、最近動いていたものはほとんどありません。一緒に仕事をしているチームのものだけが締め切り直前になると1日10通という頻度で動きますが、MLというものがコミュニケーションの場として時代にそぐわなくなってきたというのは感じます。Yahoo!のMLの終わりは一つの時代の終わりを象徴しているかのようです。テープ起こし関連のおそらく一番大きなコミュニティ「オコシストの広場」はfreemlに移転して存続することになりました。残してくださった管理人さんに感謝します。消えていくものが多い中で、残っていくものもあってうれしいです。
2014年05月28日
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お久しぶりです。でも、元気でやっています。最近ちょっとブログを再認識しています。FacebookやTwitterは気軽でいいんですが、書いてもすぐ流れちゃうんですよね。SNSは所詮発信が知り合い方向ですし。2005年のブログ、2010年のブログ、2015年のブログ、書いた日付とともに検索で出てくるブログは情報源としてだんだん価値が上がってきた気がします。---最近、「ご存じ」について気になっています。Googleで検索数を見ると、 ご存じ 約 5,640,000 件 ご存知 約 17,000,000 件なんと「ご存知」のほうが3倍もあるんですね。でも、「ご存じ」が正解です。「存知(ぞんち)」という言葉自体はあって、意味も微妙に似ているのですが、各種辞書の編者たちは「存じる」という言葉の名詞と解釈しています。だから「ご存じ」になる、という説明です。「知」に「じ」という特殊な読みも加えられていません。「ご存知」を「ごぞんじ」と読ませるのは当て字ということになります。では、なんでこんなことになったのかと思いますが、元凶はワープロ、携帯電話、PCの日本語変換ソフトじゃないですかね。変換リストに「ご存じ」と「ご存知」が出てきたら、漢字に変換されているほうが正しいと思うでしょう、普通。変換リストに「ご存知」を出さなきゃいいのにね。日本語変換ソフトは、ちょっと間違った読みで入力しても正解が出てきたり、変換リストに当て字も表示したりして、親切設計すぎるんですよ。正しい読みと正しい漢字のセットしか出してこないと、それはそれで大混乱になると思いますけれども。新聞のようにちゃんと校閲担当がいるところはもちろん「ご存じ」を使用しています。ただ、新聞にはこういう話し言葉自体が載ることが少ないので、あまり目につくことがありません。このまま、「ご存知」を使うという流れは止まらないんでしょうね。そんな中、「ご存じ」を使っていると、こやつできるな、格好いいなと思います。明日からあなたも「ご存じ」派になってくださいまし。
2014年05月20日
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新規のオーラル・ヒストリープロジェクトで繊細な録音が必要だったので、2年ぶりにICレコーダーを購入。店頭でRolandのR-05と見比べたけど、OLYMPUSのDS-850のほうを選びました。日本語表示によるわかりやすいユーザー・インターフェース!【即納】【送料無料】 Roland R-05 ...価格:24,900円(税5%込、送料込)【送料無料】【在庫あり】【16時までのご注文完了で当日出荷可能!】OLYMPUS DS-850 GRY(チタン...価格:15,748円(税5%込、送料込)録音のこつは、最近は「新しいレコーダーを使うこと」だと思っていて、今のメイン機種、OLYMPUSのLS-7はこの2年申し分のない活躍をしてくれました。隣席が笑い声でにぎやかな喫茶店、30人がぐるっとロの字になった会議、お店のBGMより小さな声の主。とにかくこれを使って録音に失敗したことがありません。Rolandはどちらかというと音楽用。人の声よりずっと広い周波数帯域をカバーする自然な録音になる。それより強力に会話部分を拾いたかったのと、LS-7が優秀だったので、引き続きOLYMPUS機種にすることにしました。DS-850の音声を仕事仲間に聞いてもらったら、「感動的にクリア」と言っていました。一つ難ありなのは、三脚用のねじ穴がないこと。三脚って結構使うんですよね。
2014年03月12日
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この時期、フリーランス仲間の話題と言えば確定申告。土曜に友人に会ったときは、誰も終わっていなかった。この時期は年度末進行で年度内案件が積み上がるので、一人が「確定申告はまるでいじめのよう」と話していた。われわれのように流動資産の在庫管理をしなくていい業種は、青色申告と言っても売掛帳と経費帳の記帳しかない。固定資産もPCくらいなので、お小遣い帳に近い。それでも1年分の記載をこの時期やろうというのだから、あたふたするのはしょうがない。日々とは言わなくても、3カ月おき程度に記帳しておけばいいのは知っている。知っているけど、数日で終わることも知っているから、結局毎年2月の声を聞いてからの作業となる。今年もそろそろと思って銀行の通帳を開いたら、前回の記帳が2月10日だった。あ~、去年の確定申告時に記帳をして以来通帳に触っていなかったというわけだね。ネットバンキングの善し悪し。銀行って行きませんよね。で、私は無事に申告し終わりました。2プロジェクト減ってしまったので結構な減収。減収なのはとっくに予想していたけど、P/Lであらためて見ると悲しい感じがする。経費は結構バンバン使ったつもりだったけれど、前年より少なかった。あれ?今年は2プロジェクト増えるので、一昨年程度には回復する見込み。今年は「新しい」の年。一つは新規オーラル・ヒストリープロジェクトへの参加。昨日、第1日目が終了。二つ目は、雑誌の新連載2本。ライターというより編集者の立ち位置になってきて、こちらへシフトするのもいいと心が動いたけど、昨日、録音に行って、やっぱりオーラルの現場は楽しいと感じた。インタビュイーが魅力的だったのもある。目の前にいる人たちのために働く。そういう直接的なモチベーションは健全だ。新連載のほうも、目には見えないけれど、読者を思って書くところは同じ。オーラルの記録と新連載が今年の活動の軸になりそう。三つめは仕事じゃないけれど、そしてもう終わってしまったけれど、3月初めにライブハウスで踊ってきた。いわゆる「発表会」というのではく、素人ながらもライブの形式で、ソロでお客さんの前で踊るというのは、一つのメルクマールとなって今後に効いてくると思う。それぞれ方向性の違うことを同時進行しているので、ここのところ小さな失敗が多い。慎重に一つ一つに取り組むのが第一目標。そして、しなやかに新しいことを楽しみたい。
2014年03月11日
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