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朝から降り続いていた雨が、昼前には止んでいた。 だが、一時間ほどしてまた降り出した。 予報によれば、明日の昼頃まで降り続くらしい。 皐月を植えている所の周りに植えてある玉簾が、 花を付けているが、雨が降ると、花を窄めている。 長い間咲いていてくれたが、もうそろそろ終わりが近づいている。 その近くに小海老草が三輪、未だ残っている。 白い花で思いついて、 裏の菜園の片隅で白い彼岸花が咲いていたのを見に行くと、 花はもうすっかり枯れてしまっていた。 暑い暑いと言っていたのに、 ここ一週間ぐらいですっかり涼しくなった。 網戸だったところも硝子戸で閉めっきり、 着る物も長ズボンに上衣。すっかり秋の姿になっている。
2008年09月30日
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一番近いスーパーで、毎週月曜日に売り出しを行っている。 それを狙って、 月曜日にはヨーグルト一週間分と食パンを購入するのが倣い。 天気予報は、雨時々曇。 だが、午前中は降っていないので、今のうちにと買い物に出かけた。 車庫から車を出すときには雨がポツリポツリと降り始めていた。 スーパーに着くとすぐその出入り口で家内を下ろし、 暫く入り口に一番近い場所が空くのを待つことにした。 空くと丁度その時に入って来た車に先を越される。 三台に先を越されやっと良い場所に止めることが出来た。 何時もは家内がチラシを見て必要な物を選び、 それをメモして独りで買い物に出かけていたが、 今日は家内も一緒に出かけた。 メモで必要な物だけを集めるのと違って、 品定めを行って買う物を選び出しているので、時間が掛かる。 品物に大きな傷でもあれば話は違うが、 一人で買い物に行った時は品物のある場所を覚えているし、 見ても違いが分からないので、適当に買い物籠に入れるだけ。 瞬く間に買い物を終了する。 買い物が終わって、外に出てみると雨が降っている。 でも、近くに車が置けたので雨は苦にならない。 帰り着いてほんの少しして、烈しく降り出した。 二時間余り降りしきって、雨音が小さくなったが、 夜になっても降り続いている。
2008年09月29日
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韓国の釜山にいた中学校の一年生ぐらいの頃、戦時中と言うことで、 授業を休んで、勤労奉仕に良く駆り出されていた。 農家の手伝いが多かったが、細かい記憶は残っていない。 一番思い出に残っているのは大豆滓の運搬。 大豆滓は大豆から大豆油を絞った滓。 その滓を固めたのもで、直径1m50cm、厚さ20cm位で、 真ん中に棒を通せるぐらいの穴が空いているドーナツ形。 寸法はかなり曖昧。 当時の満州から内地へ送られる物で、これを貨車から降ろし、 貨車ごとに、ばらばらになっている物を、 駅の構内の一カ所に纏める作業。内地とは今の日本をそう呼んでいた。 運ぶ距離はせいぜい50~100mぐらい。 穴に棒を通して二人で担ぐのだが、兎に角、重いし、数が多い。 休憩時間に誰かが駅員さんに聞いたらしく、内地に運んで、 米の代わりに、その一部として配給するらしい。 本来は家畜の餌だそうなのだが。 米が不足していて、ひとり幾らと制限されていた。 その配給量が充分でなく、闇米や雑穀は高く、 口に入る物は何でも食べ、飢えを凌いでいた時代。 食べられる物ならと、大豆滓の縁を石か何か割って、 その小さい塊を口に入れると、とても生臭い。 だが、炊けば良いのではないかと誰が言い出し、 殆ど全員が、割り取って、ポケットに忍ばせ持ち帰った。 本来ならそんなことをするものではない、と叱られるところだが、 黙ってご飯に混ぜて炊いてくれた。 何かで味付けしてくれたのか不味くはなく、 ご飯のお代わりが出来たのが、何より嬉しかった。
2008年09月28日
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午前中は秋晴れ。 気温は低く、さすがに我慢ならず、長ズボンと長袖シャツを着込む。 午後になって、少し気温も上がってきた。 でも、朝の姿の儘で、暑いなどとは感じない。 日が部屋の畳の上まで差し込む様になった。 天気が良いので、外に背中を向けていると、ぽかぽかと暖かい。 だが、午後も半ばを過ぎると別棟の陰になる。 その頃から、雲が少しずつ増えてきて日射しが強くなったり、 弱くなったりしている。 パソコンのある部屋は東と南に窓がある。 朝から昼過ぎまで日が当たり、これからの時期はは居心地が良い。 だが、ディスプレーと睨めっこしていると、目が疲れる。 週間予報によると、この天気は明日まで。 続いて曇一時雨が二日、曇一時雨が二日、曇時々晴が二日、 その次は曇が二日。二日ごとに変わる天気。 まさに秋の象徴のような天気の移り変わり。 パソコンのディスプレーは店の明るい光に合わせて、 見映えが良いように明るくしている。 使用する場合は部屋の明るさに応じて、 明るさを加減する方が疲れにくいと何かで読んだ。 ディスプレーで、表示される白の部分が、 普通の白い紙と比較して、 白の部分が同じ位になる様に調節した方よいとのこと。 ディスプレーの明るさ調節は、 ディスプレーの下にボタンがついている。
2008年09月27日
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今日で彼岸が明ける。 暑さ寒さも彼岸までと言われるが、その暑さも終わりのよう。 朝方、雨が降り、気温は低い。 夏姿の儘では涼しすぎるが、 日中になると少しは気温が上がるだろうからと、 そのまま我慢していた。 今日は風も強い。こんな日には網戸からの風も良く入ってくる。 屋根まで、とどいているお隣のエンゼルトランペット、 五本のうちが四本までが、 ぼきっと言う音と共に、塀の高さのところで折れて倒れた。風の仕業。 パソコンに向かっている時、窓に目を遣ると丁度目に入る位置。 花のある時期はよく眺めていた物がだ、 来年からはそれが一本だけになる。 天気予報を見ると今日の最高気温は二十六度。 明日は二十三度となっている。 寒冷前線が南下しているからと天気の番組で報じていた。 寒冷前線という言葉で、早くも冬の厳しさを想像してしまう。
2008年09月26日
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テレビで植物を直接スキャナにかけ、面白い画像を作っている人が 紹介されていた。 NHKのホームページには未だ紹介されていないので、 確信がないが、多分、NHKの熱中時間ではないかと思う。 楽天のブログを始めるより以前だが、 白米・玄米・麦など、それぞれ単独で並べ、スキャンして、 背景画像を作って楽しんでいたことがある。 だが、花などをスキャンすること迄は気が付かなかった。 早速、庭に咲いている野牡丹を一輪摘んできてスキャンしてみた。 それが下記の画像。 画像はとても大きな物になるので、 縮小し、更にトリミングしてある。これでほぼ実物大。 スキャンの時の出力解像度を小さくすれば、 適当な大きさにすることが出来そう。 花の陰迄が出ていて面白い。自分では満足している。 長い期間使ってないスキャナなので、所々に塵も写っているが、 消すのを手抜きした。 いろいろ工夫すれば楽しそうだが、問題は時間と体力。
2008年09月25日
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千人針とは白い布に赤い糸で、一針縫って結び目を作る。 これを千人の人に縫って貰ったもの。 その布を腹に巻いていると敵の弾に当たらないと言うお呪い。 日中戦争が始まった頃、街頭でよく見かけた。 その頃、未だ小学生だったが、外で遊んでいると、 「坊ちゃんも縫ってくれる?」と声をかけられ、 縫い方を教えて貰いながら、一針縫ったのが始まりで、 ときどき縫ったことがある。 小学校を卒業する頃には、 千人針を縫ってくれと立っている人を見掛けなかった様に記憶する。 次々と召集令状で戦争に行ってしまって、 必要とする人が少なくなっていたのかも知れない。 同じ目的で、千人力と言うのもあった。 こちらは筆で、力という字を千人の人に書いて貰うもの。 千人針より少し遅れて始まった。 その時は、なんと言うことなく縫ったり書いたりしていたが、 それを頼んでいた人達のおもいは今なら伝わってくる。
2008年09月24日
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子供の頃は家に風呂がある家は比較的少なく、 殆どが銭湯へ通っていた。 その頃の家に風呂があっても殆どが、五右衛門風呂。 五右衛門風呂とは、釣鐘をひっくり返したような形をした鋳物の風呂。 丁度、大人がしゃがんで入れるぐらいの大きさ。 それに水を入れ、下で薪を焚いて水を温める。 風呂釜は火であぶられているので、周りや底は熱い。 丸い風呂蓋を開けると丸い板が浮かんでいる。 それを片足で上手に押し込んでいって底に着けばOK。 片足で押さえ込んだまま、もう一方の足を入れそれから肩まで沈める。 通常、家族が次々に入るので、 冷めないよう残り火を置いておいたり、追い炊きをしたりして、 周りの鉄の部分は熱いので、肌が当たらないよう気を付けねばならぬ。 五右衛門風呂はもうすっかり廃れているのかと、思っていたが、 今も売られている。 昔を懐かしむにはいいが、一寸窮屈。 風呂はやはり手足をゆっくりと延ばして、寛げるのが一番良い。
2008年09月23日
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窓から見ると山の上に大きな雲が懸かっている。 庭に出てみると、雲は山の上あたりだけ。 雲の北側は秋の空に相応しい青空が広がっている。 こんなに透き通った空は久しぶりのような気がする。 よく晴れているので日射しは強い。気温も高く少々暑い。 だが、日が西に傾き出すと日射しが弱くなり、気温も下がり、 ときどき、網戸を通して涼しい風が入ってくる。 ここ数日で玉簾が咲き揃った。 例年は八月の暑い時期に咲いていた。 咲くのが遅いので、もう今年は咲かないのかと思っていた。 汗だくになって、帰ってきた時に、この花でホッとしていた。 記憶違いかと、ファイルを調べてみたが、 やはり八月の中旬に撮している。 今年は例年より暑かったように感じる。 そこで、向こう一週間の最高気温の予想を平年と比較すると、 二度も高くなっている。でも、もう真夏日の予想はない。
2008年09月22日
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洗濯機に洗濯物が普段より多く入っている。 空は曇っているが、エイ!回しておけとスイッチを押す。 洗濯が出来上がり、外の物干し竿に干す。 洗濯物を干し、ほんの暫くして、微かに雨の音がする。 外に出てみると、細かい雨が僅かに降っている。 急いで、洗濯物を取り入れたが、 干してから時間があまり経ってないので、 脱水が終わった時と殆ど同じ状態。 その後、烈し雨が一時間余り降り続き、普通の雨の状態になる。 雨が降っていて、初めて、昨日の天気予報が、 「曇、所により雨」だったことを思い出すのだから始末が悪い。 曇っていたのだから、 先に、天気予報をもう一度確認しておくべきだった。 洗濯物は渡り廊下の上に干す。 そこを通るとき洗濯物が少々鬱陶しい。 乾燥機付きに買い換えるのも一案だが、 そこは貧乏性、異常なく動いているのでなかなか踏み切れない。
2008年09月21日
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今日は彼岸の入り。 暑さ寒さも彼岸までと言われる。 彼岸は七日間。彼岸明けは二十六日。 今日は日が照り気温が高く、風も殆ど無い。 晴れているが、湿度も高い。 書斎には日が差し込む。居間の方がかえって涼しい。 パソコンはタワー型、居間は畳、居場所を変えるわけにはいかない。 暑さ寒さは彼岸までとは彼岸の入りまでか、 彼岸が開けるまでかと愚痴ってもみたくなる。 週間予報を見ると二十六日から、気温が少し下がっている。 例年はいざ知らず、 今年に限っては、彼岸が開ける頃から気温が下がり、 真夏日と言うこともなくなりそう。
2008年09月20日
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朝のうちは、台風がもたらした雨が、烈しく降っていた。 それが、正午近くになって上がってきた。 外に出てみると、雲の厚さが違うのか、 縞模様に明るくなって見えるところが、かなり多くなっている。 電柱の先々にある一つの縞を眺めていると、雲が南西に流れている。 上空では風が吹いているようだが、 下界は風が殆どなく、時たま涼風が通り抜けるだけ。 雲も少し薄くなってきたのか、空が明るくなって来てたが、 それも一時間程。また雲が厚くなり、 少々雨が降って、また上がる。 その後、青空もあちらこちらから覗いたり、 今日は、めまぐるしく空模様が変わっている。 今日は雨のお陰で非常に涼しい。シャツにズボンと全くの秋姿。 だが、この涼しさは今日一日だけらしい。 台風が通り過ぎた次の日は晴れと言われるが、 明日の天気予報は晴のち時々曇、 最高気温は三十二度と真夏日の予想となっている。
2008年09月19日
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朝は明け方に雨が降ったのか、アスファルトの路が濡れていた。 一時、縞模様に乾いていたが、また完全に濡れている。 降ったり止んだりしているようだが、何時降って何時上がったのか、 外に出てみなければ、降っているのが判らない程の降りよう。 秋雨前線が四国の南にあり、台風も近づいている。 今のところ風は全くない。 庭の野牡丹は十程、花を付けている。 昨日は雨で、すっかり項垂れていたが、今日は元に戻っている。 庭には小海老草も花が未だ二つ残っている。 紫陽花も、隅田の花火が二つ花を付けている。 明日も一日中雨の予報。 今日と違って、台風が近づき風が吹き、雨も本格的に降りそう。
2008年09月18日
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朝から細かい雨が音もなく降り続いている。 おかげで気温はやや低め、夏姿のままでは少し涼しすぎる。 秋物に替えたのだが、午後になって少し気温が上がったのか、 暑く感じて、また、もとの姿に替える。 雨は台風の影響だろうか。 今度の台風十三号(シンラコウ)は珍しい動きをしている。 台湾を通り、中国に向かうかに見えたが、 突然鋭角に方向転換して西日本に向かっている。 進行速度が遅いので、被害が大きくなる可能性があるとのこと。 今日は曇の予報だったが、雨が降り続いている。 予報は市街地が主。此処はかなり離れた山裾。 此処で雨が降っていても、市街地では降っていないことも多々ある。 この雨の中で、つくつく法師が鳴いている。 一匹が鳴き出し、それが終わると、暫く経って、 また別の方向から、鳴き声が聞こえてくる程度。 雨のせいもあるが、もう夏の盛りの頃の勢いは全くない。
2008年09月17日
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柿の渋みは柿のタンニン細胞中にあり、 未だ熟れてない柿や渋柿では、タンニンの細胞膜が破れやすく、 そのタンニンが水溶性のため苦味を感じるとのこと。 舌の上でタンニン細胞が解けて苦味を感じる。 甘柿でも青いうちは渋い。 それが完熟するにつれ、分子間呼吸に依って生じたアルコールが、 アルコール脱水素酵素により脱水素されアセトアルデヒドを生じ、 これが柿渋タンニンと結合して、 水に不溶性のコロイド物質に変わるため渋みが無くなるとのこと。 簡単に言えば渋柿を甘くするには、 タンニンが水に溶けないようにすればいい。 柿の渋抜きとは抜き取るのではなく、 渋が水に溶けない様にすること。 干し柿が甘くなるのもこの様な現象に依るのだろう。 渋柿を甘くするには干し柿だけでなく、 焼酎をまぶす方法、お湯に浸けておく方法、 炭酸ガスを使う方法、米びつの米の中に入れておく方法等がある。 お湯に浸けておく方法は少し味が落ちる。 わが家では、渋柿の蔕に焼酎を浸けて、 何日か密閉容器に入れておく方法を行っていた。 この方法が一番美味しかったように記憶している。
2008年09月16日
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午前中に雨が降り出した。道路で跳ね返る雨の飛沫も大きい。 森の向こうにある山も全く隠れてしまっている。 月曜日は一番近いスーパーで安売りをしているので、 日持ちのするものは、向こう一週間分を毎週購入している。 そのため今日は買い物に行く日。 買い物は何時も正午前に出かける。 その時間帯は客が少なく、出入り口の近くに駐車できる。 雨は何時まで続くのかと、天気予報を調べると、 明日の昼頃まで続くらしい。諦めて車を走らせた。 午後になって雨は少し小降りになった。 丁度、雨が一番ひどく降っていた時間帯に出かけたよう。 でも、すぐ近くに車を止めることが出来たので、 乗り降りで、さほど濡れはしなかった。 雨のお陰で気温は低く、少し涼しすぎるぐらい。 かと言って、上衣を着ると多少暑い。結局夏姿のまま。 新聞や雑誌の記事を切り抜いて、 スクラップブックにしていたものだが、 必要があって、それを探そうとすると、意外に手間がかかる。 スキャナーを利用してその記事をとり、 OCRソフト「読んde!!ココ」などで、 テキスト文書としてパソコンに保存すれば、 後で探すとき検索をかければ、すぐ引き出すことが出来る。 初めてのソフトを購入する場合、うまく使えるかどうか不安がある。 だが、殆どの場合、体験版があるので、それで試してみて購入すれば、 そんな筈ではなかったと言うことは少なくなる。
2008年09月15日
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今日は旧暦の八月十五日。今夜が仲秋の名月。 数日前のスーパーのチラシには、月見団子が出ていた。 子供達が未だ片言しか喋れなかった頃は、 昔からの風習が残っていて、 河原で芒を採り、月見団子を作って縁側に供え、月見をしていた。 最近は月が綺麗だと、どちらかが声をかけて、 一緒に暫く眺めるぐらい。 午前中は雲で覆われ、一時雨が降ったりしたが、 次第に雲が少なくなってきて、午後からは日が照ったりし始めた。 天気が良ければ月見酒と言いたいところたが、 窓の位置が悪く、座ったり、腰掛けたりして見えるところはない。 月が綺麗に眺められるのは、唯一、渡り廊下だけ。 その廊下の下は蚊の住み家。 座り込んで酒でも飲んで居ようものなら、 恰好の蚊の餌食にされてしまう。 今夜のピンポイント予報によると、当地の夜は曇。 明日の0時頃は晴れる見込。それまで起きているのは無理かな。 雲一つない空で、月が冴え渡るのが一番だが、 曇り空でも、月に叢雲も、また、ひと風情。
2008年09月14日
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何十年も前のことだが、此処に家を建てた頃は未だ周りに家は少なく、 東西は共に荒れ地だった。 その頃、蟻が部屋の中まで、入ってきて、 畳の上をぞろぞろ這ったりすることがあった。 蟻退治の薬剤の入った容器を各所に置いて完全に退治した。 その後、周りに家が建ったこともあって、 蟻が部屋に入ってくることはなかった。 ところが昨夜、小さい蟻が畳と畳の縁の境をぞろぞろ這っている。 暫くの間、片っ端から潰していくと、取り敢えず出てこなくなった。 今日は早速、薬局で蟻退治用薬剤の入った容器を購入し、 通り道を確認して、それを置こうと手ぐすね引いているのだが、 蟻は一匹も出てこない。 昨夕は丁度その頃、通り雨が降った。 それで慌てて迷い込んだのかも知れない。 出てきたら蟻にしてみれば地獄の一丁目。 何れにしても、出てこないのに越したことはない。
2008年09月13日
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一昨日注文した家庭用精米機が宅急便で昨夕届いた。 余りにも早いのでびっくりした。 家内は売れ残っていたので、キャンセルされないうちに、 早くと出荷したのでは等と悪口を叩く。 発送もとは瀬戸内海を挟んだ向かい側、広島市。 しまなみ街道を通れば車でもほんの一走りの所。 今日、精米して見たがまずまずの出来。 玄米のままのものが幾つか少し残っていた。 わが家の米は農家で別けて貰っているのだが、粒が少し小さい。 品種名は知らないが味は良い。 そのことを考慮して工夫すれば、 もう少し良い物が出来るのではと考えている。 今日は午前中晴れていて、日が廊下一杯まで差し込んでいた。 もう数日で部屋の畳までとどきそう。 秋の真っ直中。だが、今日は夏の忘れ物とでも言おうか真夏日。 幸い午後になって曇ってきた。だが、雨の気配はない。 日が傾くのも早い。四時を過ぎると、涼風が網戸越しに流れてくる。
2008年09月12日
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散歩の道筋に柿畑があった。 そこでは、もう柿が色づき始めている頃ではなかろうか。 以前は毎年のように、スーパーで柿を購入し干し柿を作っていた。 丁度、渋みが取れて、柔らかくなった頃のものが大好きで、 適当な色になってくると、抓んで確かめて、 一番良さそうなものを毎日一個ずつ食べていた。 作るのは物干し竿二本に並ぶ程度。 ここの所、柿を剥く手間が負担になり、止めている。 市販のものは一般に硬すぎて、好みに合わない。 でも、○○柿と名の通ったものは確かに美味しい。だが一寸高い。 年に一度、二銘柄を一袋ずつ購入するのが関の山。 熟柿も好き。だが、これらを口にできるのはもう少し先のこと。 雨栗日柿と言われている。 今年は雨が少なかったので、柿は豊作になりそうなので楽しみ。
2008年09月11日
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玄米を近所の農家から購入して、 必要なとき家庭用精米機で精米してご飯を炊いている。 それが、突然、精米機が壊れた。 幸いご飯は一食分残っていた。 取り敢えずスーパーで五キロ入りの米を買ってきた。 何時も七分搗きにしていたのだが、売っている米は白米しかない。 配線の断線やヒューズの切断ぐらいだったら直せると、 カバーを外し中を調べたが、モーターが壊れているらしい。 何時、購入した物かを考えてみると、平成の始め頃。 メーカの保証期間は一年。 考えてみると長い間よく働いてくれた。 市内に家庭用精米機を販売しているところはないかと、 売っていそうな所に電話を幾つかかけてみたが、 販売している所はない。 その当時どうやって購入したのだろう。 考えてみるに、新聞か雑誌の広告でも見て購入したのだろうか。 今はインターネットがある。 いろいろな機種が販売されている。 その中で、分搗き米は勿論、胚芽米もできるものを選んで注文した。
2008年09月10日
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今日は重陽。五節句の一つ。 五節句とは、正月七日の人日、三月三日の上巳、五月五日の端午、 七月七日の七夕、九月九日の重陽。 九月九日は、栗の節句、菊の節句とも言われ、 縁起の良い日とされている。 でも、栗も菊も未だ早い。 これは旧暦での話で、新暦が使われている今は時期が一致しない。 いろいろな銘柄のお酒を購入している。容量は三百ミリリットル。 新暦でも旧暦でも良い。今夜はその一本を楽しむことにする。 何か口実がありさえすればそれでいい。
2008年09月09日
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「秋の鰻掴み」これが野草の名前だから愉快。 秋を辞書で調べていて、見つかった。 茎に細い棘が下向きに生えている。 これなら鰻でも掴まりそうと言うことで名付けられたと言われる。 茎の高さは一メートルぐらい。 夏から開きかけてピンク色の小さい花を付ける。 「鰻掴み」と言うのもある。 こちらは小型で、春から初夏に花を付けるとある。 「鰻掴み」の方は何処ででも見かける草なので、 撮しているかと調べ始めたが、とても調べきれず諦めた。 午前中曇っていたが、午後はすっかり晴れ上がった。 空の色も夏場に比べて、澄んできた。 気温もかろうじて三十度を超えず過ごし良い。 だが、もう少し気温が下がって欲しい。
2008年09月08日
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今日から秋分の前日までが二十四節気の一つ白露となる。 秋は初秋・仲秋・晩秋に別けられる。 初秋は立秋から白露の前日まで、 仲秋は白露から寒露の前日まで、 晩秋は寒露から立冬の前日までとされている。 仲秋は本格的に秋気が加わり、 秋の趣をひとしお感じさせてくれる時期とされている。 今日から仲秋、いよいよ秋本番となる。 その初日の今日は、午前中曇っていたが、 午後になって青空が広がり陽が照れだし、気温は三十一度となった。 朝は涼しかったのに、日中暑くなったので、逆に夏に逆戻りした感じ。 だが、夕刻になると気温も下がり始めた。此処の所が夏とは異なる。 予報ではでは、 「愛媛県では、大気の状態が不安定となっているため、 7日夜遅くにかけて、局地的に雷が発生するおそれがあります。 落雷や突風、急な強い雨に注意して下さい。」と呼びかけている。 今のところそんな気配は全くない。
2008年09月07日
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脳の活性化についてテレビで、 多湖教授の「頭の体操」と言う本の名前がでた。 それは、持っていた筈と探すと第一集から三集まであった。 ネットで調べると第二十三集と言うのもあった。 現在も第一集があるようだが、 持っている物はカバーのイラストが、 現在売られているも物とは異なる。 恐らく、改訂されたのだろう。 持っているのは、昭和四十一年の十二月に発行の初版本。 随分、前に読んだものなので、問題もその答も全く記憶にない。 改めて読んでも、全く新しい感覚で読める。 「頭の体操」で検索をかけると、随分と沢山出てくる。 漢字や計算のドリル的なものからパズルなどがあり、 本を買わなくてもいろいろ遊べる。 この本はサイズが小さくポケットに入るぐらい。 病院での待ち時間用にも持ち歩こうと企んでいる。
2008年09月06日
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夏場、熊蝉一色だったが、それに、つくつく法師が加わり、 今では、つくつく法師一色になっている。 つくつく法師の鳴き声もじっと聞いていると、 その鳴き方がいろいろあって面白い。 夕刻になると、その鳴き声が一段と姦しくなる。 その鳴き声に虫の声が混じり始める。 あの音が鈴虫かな、あの声が蟋蟀かな、 思えるぐらいで、はっきりとは分からない。 つくつく法師が鳴き止む頃は夕暮れが迫っていて、 見る間に暗くなって来る。 「秋の日は釣瓶落とし」を実感させられる。 日中は未だ少し暑い日もあるが、 朝夕はもうすっかり秋そのものになっている。
2008年09月05日
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渋団扇とは団扇の紙に柿の渋を塗ったもの。 そうすることによって丈夫で水にも強い。 昔、地方の都市ガスのない所では、 各家庭の台所一つはあった渋団扇。 火を熾すのに使われていたが、今は殆ど見かけない。 テレビで鰻だったかを焼いているとき、 焼いているものに火が移らないよう、上から団扇で扇がれていた。 それが渋団扇だったかどうかは分からない。 ガスのない台所では竈でご飯を炊き、 七輪などで炭火を熾しおかずを炊いていた。 七輪に炭火を熾すには竈の薪が燃えて、 炎が出なくなった火を七輪に入れ 上に炭を置き下から団扇で扇いで火を熾していた。 竈に火を付けるときは薪の下に新聞紙などを丸めておき、 それに燐寸で火を付ける。 薪に火が付くと良く燃えるように団扇で扇いだりもしていた。 今は都市ガスがないところでも、 プロパンガスが使えるようになり、火を熾す作業も必要なくなった。 その頃は薪のくべ方、火だねと炭の置き方などの工夫、 今風に言えばアウトドア的楽しみもあったかも。
2008年09月04日
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先日、スーパーへ行った時、その片隅にある百均コーナーで、 大人の塗り絵と言うものを見付けた。 子供の塗り絵と同じ様に線で縁取りされている。 だが、題材が大人用になっている。 絵の具、パステル、水彩鉛筆と道具は揃っている。 面白そうと、つい三冊も購入した。 「巨匠の名作」「世界の名作」「浮世絵」 それぞれ八枚の塗り絵ができるようになっている。 原画の写真も付いているので、それを真似ればいい。 買ってはみたものの、なかなかゆったりしたが時間がとれない。 何たって、物事をするのが遅くなっている。 一時は二人で一人前と言っていたが、二人で半人前状態。 購入してから、そのまま机の片隅に置いていたのだが、 折角、買ったのだからと、今日始めたのだが、 一枚目の一部が塗れただけ。一枚だけでも暫くかかりそう。
2008年09月03日
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隅田の花火という名の紫陽花が一株、庭にある。 紫陽花の花が咲く時期にも普通に咲いていた。 それがこの時期になって、一つだけ花を咲かせている。 狂い咲きというものだろう。 紫陽花の一輪は沢山の花の集まりだが、 今咲いているのは、一輪にたった五つしか花がない。 家の裏側にも紫陽花が一株あるのだが、そちらは普通の紫陽花。 もう花は枯れはて、葉も枯れかけている。 花の少なくなったこの時期、 一輪の小さな紫陽花が何となく愛おしい。 今日は曇り空。時たま日がさしている。最高気温の予想は三十度。 辺の中にある湿度計は七十五パーセントを示して、 ほんの少し何かをすると汗ばんでくる。 一雨降ってくれればと思っていたら、 暮れかけた頃、細かい雨が降り出した。 八月の末頃は涼しかったのだが、 九月に入って、日中は少し暑い日が続いている。 暦の上では、残暑ももう終わりに近づいた。
2008年09月02日
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テレビをかけっぱなしで、他の仕事をしていて、 「おおごんばっと」という言葉が耳に入った。 丁度、番組の終いの方だったのでどんな番組だったか分からない。 ネットで検索してみると、テレビアニメで、主題歌まである。 記憶とは随分時代が違っていた。 おおごんばっとを見たのは紙芝居。 昭和十二年、丁度釜山へ行った年、裏通りを歩いていて、 たまたま紙芝居を見かけた。 小遣いなど持っていなかったので、 紙芝居を遠くから、のぞき見していただけ。 それから暫く経ってから、学校でシャツの両袖を脱いで、 ひらひらさせながら、 「おおごんばっと」と言って走り回る遊びが始まった。 昭和十二年は丁度日中戦争が始まった時。 紙芝居も兵隊ものに変わっていった。 それもほんの僅かの期間。紙芝居そのものを見かけなくなった。 当時のことだから、その地区を廻っていた紙芝居屋さんに、 召集令状が来て、戦地にかりだされたのかも知れない。
2008年09月01日
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