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更新が空いてしまいました。すみません。何をやっていたのか、というと二つあります。最初の一つは、ご愛読者の某Mさんに教えてもらったサイトです。911はアメリカの自作自演という定番のテーマの講演会なのですが、なかなか渋い講演会です。とんでも系ではありますが、中々楽しめました。尺が極端に長いのですが…。宜しければ… <リンク>リチャード・コシミズ講演会 全編もう一つは読書です。先日のブログでご紹介した作家を追って、更に数冊読んでました。乃南アサさんの作品群です。 直木賞受賞作の『凍える牙』の主人公であった女刑事・音道貴子を主人公にした短編集三連発です。『未練』『花散る頃の殺人』『嗤う闇』という題名です。元々刑事もので売り出した作家だったんですねえ。以前の日記でご紹介した警邏警察官ものが非常に良くて、ここから入ったのですが…。刑事ものの方が良いかも知れません。で、唐突に本題に入ってまいります。前回はサイゴンから、メコン河を遡上し、ミトーという街の埠頭に到着するところまでをレポートしました。今回は出航以降の画像をご紹介します。メコン河を進む船からミトーの街を望んだ風景です。メコン河の下流は大した広さなんです。水の色が青ければ海という感じです。ベトナム戦争中はここも戦場でした。合衆国海軍の河川舟艇が行き来したことでしょう。戦争が終わって30年以上経過し、メコン河下流もすっかり復興しています。河川交通が盛んな区間らしく、船舶用の交通標識が出ております。左側は架線注意ではなく、電線注意ですね。メコン河は架橋され、電線も渡されていました。ベトナム戦争でも、朝鮮戦争でもアメリカと戦う相手を中国が積極的に支援していました。アメリカ側からすると、橋を落とせば敵側の補給を遮断できますので、とにかく橋を狙った爆撃をよく行ったようです。メコン河の中洲に隣接して設置されている水上家屋群です。ここに定住している人は居ないそうです。漁民の漁具などの保管庫として使用されているそうです。架線中央線付近です。遠くに建設中の橋が見えますよね。ミトー周辺ではやたらと多くの船舶が行き交っていましたが、このメコン河への架橋が完成した節には、船舶の交通量もぐっと減少しそうです。メコン河の渡し舟です。ベトナムにしては妙にモダンなカーフェリーでした。どっかの国から援助でもらったそうです。何となく瀬戸内海辺りを走って居そうな感じです。上流からサイゴン方面に向って航走する砂利運搬船です。これはベトナムだけの習慣のようなのですが、河川でのみ使用され、外洋に出ない船には、目玉を描くそうです。メコン河にはろくろく橋は無かったようですし、この広さですから、外洋船も相当上流まで遡上できそうでした。まあ、内航船と外航船を外観で区別する意味もあるのでしょうね(特に取締を行う部局にとっては)。砂利運搬船の全景です。物凄い喫水ですよね。なんだか過積載っぽいなあ…。サイゴンは相変わらず建設ラッシュです。コンクリート建築用の土砂(というか砂礫)はいくらあっても足りないのでしょうね。しかし、砂利の取りすぎは大丈夫ですかねえ。日本も砂利の取りすぎで河川を傷めてきましたから…。ちょっと心配になりました。メコン河の渡し舟群です。中洲がいくつもあって、殆んどの中洲に人が住んでいることもあって、複雑な路線で運行しているみたいです。このようにワンショットで3隻も入りました。同じ形式っぽいカーフェリーがガンガン走っている訳です。前のシリーズでご紹介した十和田湖遊覧船団みたいです。建設中の中州と中州を結ぶ橋です。メコン河くらいの国際河川になると架橋も楽じゃないでしょうね。水運の要になってしまっていますので、橋をかなり高く架けないと、船が通れなくなってしまいますから…。もうベイブリッジやレインボーブリッジみたいな感覚にせざるを得ないでしょうね。再び、渡し舟です。私が乗ったボートに近づいてきたので撮影しておきました。デッキは可動式っぽい造りですが、開き放しでの航行でした。何となく、江田島=呉航路のフェリーを思い出しました。後姿です。キャビンが無いのです。これは余り日本では目にしない建造です。この後に、今度は中州で小さな舟に乗り換えて、運河を進むことになります。次回もメコン河の画像です。宜しければ、お付き合いくださいませ。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 E電乗車(SUICA) 3マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH)本屋(JCB) 12×1.5倍≒約18マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/30
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この前までレポートしてきた、下北半島旅行報告のカメラ画像入り確定レポートへのリンクを載せて置きます。それにしても青森県は素晴らしいデスティネーションです。非常に強くお勧めしたい旅行先です。★確定レポートへのリンク(1)券面(2)あけぼの「ソロ」(3)竜飛海底駅(4)青函トンネル竜飛斜坑線(5)六ヶ所原燃PRセンター(5)北洋館(海自施設)(6)日本最古のアーチ式ダム(7)原子力船むつ(8)船舶用リアクター(9)原子力推進プラント主制御室(10)恐山入口(11)恐山~この世部分~(12)恐山~あの世部分~(13)血の池地獄(14)展望台と陸奥湾(15)野辺地から青森へ(16)国鉄バス(17)停留所(18)JRバス東北 十和田湖駅まで(19/終)十和田湖遊覧船★下北旅程の実況報告へのリンク【暫定】函館本線森駅【実況】東北本線青森駅近くのホテルにて【暫定】大湊線大湊駅【暫定】上りはやて28号 ★9月の東南アジア暫定報告へのリンク【出動】東南アジア方面【実況】京成上野駅1番ホーム【実況】京成船橋駅 【実況】成田JL・Fラウンジ 【実況】成田Fクラスラウンジ【実況】シンガポールCIQ通過 【暫定】今回の旅行の目的 【実況】バンコク新空港です【実況】バンコクのホテル 【実況】バンコク市街 【実況】間もなく日没 【実況】間もなくバンコクを出発 【実況】香港へのドキドキ飛行 【実況】間もなく香港を出発【実況】韓国CIQを通過 【実況】ソウル市庁舎前 【帰投】成田に到着 【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/30
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皆さん、1000日継続にたくさんのコメントを頂き誠にありがとうございました。非常に励みになります。今回は本文でご紹介させていただきます。★『ひさびさコメントです』山口の侍さん 1000日おめでとうございます。本当によく旅されていますね!! これからも楽しく拝見させてください! サイゴン・ミト-行った事あります・・懐かしいな~。何回も郵便局やビンタン市場の周りを車で走った思い出あります。(2007/09/27 07:32:08 AM)コメントありがとうございました。ご無沙汰しております。というか、アクセス記録では毎朝お名前を見えているのです。ご愛読ありがとうございます。サイゴンと表記していただきました。嬉しいです。あの街はやはりホーチミン市ではなく、サイゴンと呼びたいものでございます。今回は外を通っただけですが、ビンタン(ベンタインと表記するケースもあります)市場も凄いですよね。あそこで売ってる食品は凄いです。★三郎2127さんのコメント旅を、良くしていらっしゃるから、聞きたいのですが、何か、ご自分の、思想的に、これだけは、というものを、持っていらっしゃると、思うのですが・・・。それが、知りたいです。(2007/09/27 07:47:47 AM)コメントありがとうございます。思想はありません。無思想・無宗教なのです。強いて云えば、無常観とでも云いましょうか…。どのような思想も100%正しいことはなく、100%間違っているとも思いません。そして、歴史の流れと共に(生産技術の進歩による生産力の向上と共に)かつて80%正しかった考え方が、20%しか正しくない考え方に変わっていく、そんな認識です。全ての物事は相対的であり、優位性は時間経過と共に失われていく。敗れた思想や文化は歴史の波の中に埋もれていく…。そんな感覚です。お答えになったでしょうか。★SHIZUKAGOZENさんのコメントブログ、1000日、135万アクセス、おめでとうございます。ベトナムの街の中は意外と整然としているのですね。notoshunさんは、群馬県出身だったんですね。(2007/09/27 08:29:22 AM)コメントありがとうございました。サイゴンはフランス植民地時代にフランス人の都市設計で建設された部分が多い街です。19世紀のパリがモデルなのです。碁盤上の道路と放射状の道路の街なんです。こんなところも魅力かも知れませんね。ところで、福田首相は群馬出身ですが、学校教育は殆んどを東京で受けています。私も東京で学校教育を受けた、ということでございます。★『祝・開設1,000日』 jiyma21さんのコメントおはようございます、開設1,000日おめでとうございます。こちらもようやく10万台に乗っかる事が出来ました。世界の町の様子の息吹が、伝わってくるかのようです。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。(2007/09/27 09:22:54 AM)コメントありがとうございました。こちらこそ、毎日楽しませて頂いております。jiyma21さんのブログの大鉄道展の画像を拝見して「行けばよかった…」とため息をついております。★常連さんの修理屋マイスターさん中々の策士ですねぇ~福田氏は。だからこそ、安定感があり支持率が向上してるのでしょうね。わたし的には、石破防衛大臣の入閣を歓迎しております。シーレーン防衛や信用力低下に成りかねない、イラク特別措置法の期限切れ。この状況下では、「防衛の論客」で知られる石破氏でないと乗り越えられない気がします。 誰だ~っ! 小池にやらせたのは~っ! 時間の無駄でしたね。(2007/09/27 09:54:14 AM)コメントありがとうございました。今回の内閣の最初の課題はテロ特措法(平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法)延長問題ですから、外務と防衛に力のある人物を充当したのは当然でございましょう。私もまたマイスターさんと同様に石破防衛大臣に期待です。それにしても人事問題であんなことになるとは…、小池某百合子元防衛大臣は誰の差し金であんな行動を取ったのか…。あれが、「単独犯の確信犯」とは思えないのです。誰の差し金だったのか…。★『祝1000日♪~(⌒0⌒)/♪』常連さんのmaman.mさん1389013め! 圧倒的なご旅行の本数やどっさりの素敵な写真はもちろん、昨日のような読み応えのある文章など、多岐にわたる深い知識と洞察力に裏打ちされていて、どの切り口からもその真正ヲタクっぷりに圧倒されっぱなしです。ますますのご活躍を! やはり知らない国での頼りはツアーガイドさんですよね。旅慣れたnotoshunさんでさえ頼るガイドさん。それをケチったばかりに、甥っ子たち4人の卒業記念旅行グループは、わずか3~4年前のこの国で、駅前タクシー二人組に身ぐるみはがされました... 靴の中敷きをはがしてはもちろん、靴下も脱がされたとか。そんなことやあんなことも含めてもなお、魅力ある、行ってみたいベトナムです。(2007/09/27 11:18:33 AM)コメントありがとうございました。過分な誉め言葉をありがとうございます。ちょっと面映いのでございます。あはは。まあ、色々な切り口というか関心がありまして、どうも一本に絞れない性格なのでございますね。ところで、世界の国には、ツアーで行った方が楽しいところ(ベトナムは断然これ)、個人で行くべきところ(香港とソウルを挙げて置きます)、素人さんでも楽しめるところ(香港を覗くと台湾とかタイっすかね)、ある種の旅の達人にしか扱えないところ(中南米は殆んどこれに該当)があると思っています。ベトナムは観光産業の隆盛著しく、現地観光会社の手配に乗っている限りは全然治安の悪さを感じないでしょうが、自分の足で一人出歩いている時には、極めて頻繁に詐欺から強盗に至るまでの犯罪者のアプローチがあります。甥子さんはお気の毒でした。余りここでは深入りしませんが、北ベトナム政府は南ベトナム地域の出身者を決して信用しませんでした。やはり資本主義の水を飲んだ経験のある者は、心の底から共産主義者にはなりきれないケースが多いのです。サイゴン生まれのサイゴン育ちの人はかなりの差別とプレッシャーに晒されます。迫害に近いと云っても良いほどです(だからボートピープルなんです)。このようなある程度教育があって、政治的に虐げられている階層が存在する街では、ある種の犯罪が横行し易いのです。★『1000日おめでとうございます』 マービンガーデンさんブログ開設1000日おめでとうございます。本当に世界中旅されていますね。これからも、どうかよろしくお願いします。また、寄らせてもらいます。それでは!(2007/09/27 06:35:54 PM)ご声援ありがとうございました。アクセス記録でよくお名前を拝見しております。モノポリーほど複雑なゲームではないのですが、億万長者ゲームを良くやっております。あのゲームは…。ルーレットは人を舐めているし…。人生の蹉跌を味わっておりますです。★『今年』 さくらコポさん私も行ってきました~ 何食べても美味しかった記憶が... 写真見ながらいっぱい思い出しました ありがとー(^^) (2007/09/27 10:49:10 PM)コメントありがとうございました。今年も北陸に行ってますが、福井中心にしてしまいました。このシリーズの次には百万石祭りをレポートします。ところで、ベトナムの魅力は食ですよねえ。確かに美味い。美味すぎるのですよね~。メコン伝統の魚醤文化に、中華料理(中国の属国であった歴史)とフランス料理の(フランス植民地の経験)技法が融合したあの料理は素晴らしいの一言でございます。ただ、現地で食べないと美味しく感じられないのです。この面でもベトナムは非常にお勧めしたいデスティネーションなのです。★ミセスはるかさんのコメントこんにちは、時々訪問していましたが初めてコメントいたします。いつも写真がきれいで参考にさせていただいています。私も「ちょっとだけマイレージジャンキー」なんですよ。でも海外に行く機会も年に1度くらいなのであまりたまりませんが、買い物で駆使し1年半で60000マイルをやっとためました。飛行機はシンガポールエアラインがお気に入りです。またお邪魔します。(2007/09/29 03:03:14 PM)コメントありがとうございました。キャリアはやっぱSQですよね。色々悪い噂も耳にしますが(メンテナンス系)、乗客からはSQが一番快適でございます。次回の旅行もSQを使います。★nobu3papaさんのコメント開設1000日、おめでとうございます。毎回楽しみにしています。お身体を大切に。これからも素晴らしい旅を続けて下さい。(2007/09/30 12:38:55 PM)ご声援ありがとうございました。このブログを始めた時には1000日継続するとは思いませんでした。まだまだ旅行を続けます。是非今後も私の旅行日記をご愛顧くださいませ。★逸法師さん 『1000日目!』おめでとうございます。冒頭にいい加減な気持ちで始めた…と有りましたが、いい加減さも、1000日も続けばたいしたモノです。1000日廻法と言う荒行もありますが、このまま区切らず世界を廻って下さい。(2007/09/30 02:07:10 PM)いやあ、多分な評価にびびって居ます。ご声援ありがとうござい増した。このブログは2004年の12月31日に始めたのですが、それまでの2年間は、JLとNHの上級資格獲得のための「激闘修行」だったのです。修行中にブログを始めていればよかったです。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/29
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★2007年の南米行きの実況レポート【出動】ベネズエラに行って来ます【出動】成田空港JL新Fクラスラウンジ 【実況】LAX国際空港 【実況】新しい携帯電話 【実況】アメリカン航空のY【実況】AAのラウンジ 【実況】マイアミ国際空港【実況】マイアミ国際空港 【実況】トラブル…、離陸抑止【実況】ダラスフォートワース【実況】サンフランシスコ 【帰着】成田空港2ビル【資料】ベネズエラでの日本人に対する犯罪事例 【資料】帰路JL001便の機内食コース 【資料】今回のベネズエラ方面への搭乗経路 【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/28
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本日は、このブログ開始以来1000日目でございます。1000日で135万アクセス頂きました。一日平均1355アクセス頂いた訳でございます。いい加減な気持ちで始めたブログでございますが、皆さんのアクセスとコメントを原動力に1000日続けられました。ご愛読いただいた皆様に感謝でございます。ペコリ。ところで、福田首相のインタビューを見ました。「無我夢中」なんと口では言ってましたが、落ち着きに落ち着いたものでございます。何とも云えませんねえ、あの態度。ある人は「落ち着きがある、頼れる」と思うでしょうし、ある人は「なんと可愛げのない」と思うでしょうなあ。ちなみに、福田首相は学校の先輩なので(notoshunらしくない理由でございます)、私は支持しております。もう一つ。昨日、また、乃南アサの本を買ってしまいました。やや古い作品ですけど、「凍える牙」という作品です。刑事ものなんですが、これも面白かった…。少し睡眠不足気味です。はー。一応、アフィリにしてみました。さて、本題に入ってまいります。前回の日記では、サイゴンを出発する時に撮影した画像をご紹介しました。今回の最初の画像は、サイゴンからミトーへ移動する途中で撮影したものです。ミトーは、メコン河沿いの町です。サイゴンからメコン川沿いに上流方向に1時間ほど移動します。その途中で立ち寄った休憩場所で撮影したものです。汚い泥の中から美しい花がすっくと立つという訳です。仏教のシンボルになったのも分かりますですね。土産物屋と喫茶店を併営する休憩施設でした。なんだったのだろう…。ミトーの街並みです。別に何というところはない街なのです。この町の周辺のメコン河には中洲がたくさんありました。この中州を回ろう、という企画なのです。ミトーの船着場でございます。中州で暮らす人々がそれなりにいるので、こんな感じに、大量の川舟が係留されていました。生活者を運送するための舟と、観光のための舟が入り混じっておりました。右下のサングラスの人物が、この企画のガイドです。ベトナム人ガイドは概して有能でございます。このガイドも極めて有能でありました。早速船に乗り込んで中州を目指します。後の回でご紹介しますけど、この舟も大きな方です。中州の小さな水路は走れません。中州で舟を乗り換えることになります。出航後に最初に撮影した画像です。漁船です。泥水に漁船というのはなんともインバランスですけど…。私が乗っている舟と同形の舟もたくさん係留されています。マッディウォーターでございます。川なんで当然ではあります。映画「地獄の黙示録」は、こんな泥水が流れるメコン河を遡上していくストーリーでした。今回がここまでに致します。次回もメコン渡河中に撮影した画像をご紹介いたします。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/27
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前回の日記には、常連さんのコメントを三連発で頂きました。「鉄」の大御所ibukino-johさんからは地紋なしの白い搭乗券について「これに中央に赤帯でも入っていれば試験用の発券みたいですね」と頂きました。全く同感です。ちょっとねえ…。肩の力が抜けすぎです。常連さんの修理屋マイスターさんからは、軍艦ブログをご紹介いただきました。「艦艇と私」と言う名前のブログです。これは凄い。艦載機の画像には唸りました。正直な感想は「notoshunはまだまだ写真の修行が足りない」でございます。空港に行って腕を磨かねば…。同じく常連さんのmaman.mさんからは本文でご紹介した映画に付いてコメントを頂きました。お若い方にはご理解いただけないかもしれませんが、ベトナム戦争の末期、ベトナム反戦運動は米本国で燃え上がりました。特にハリウッドにはファーレフトが多く<っつーか、売れ線を狙ったらファーレフトになった>、ベトナム戦争批判映画が次々に製作されたものです。maman.mさんには「ディアハンター」を挙げていただきましたが、私なんかだど、「いちご白書」が印象に残っています。あの時代の米国の印象は、アポロ計画・公民権運動・ベトナム反戦でございましたですね。ベトナム戦争というと、ジェーンフォンダの印象が強くて、ハリウッド全体を色眼鏡で見てしまっていたかも知れませんけど。その後80年代のレーガン政権に入ると、ベトナム反戦運動の退潮と共に勃興した草の根保守が映画消費者のメインストリーマーに出てきます。そんな中で、ベトナム戦争再評価映画とベトナム戦争徹底批判映画がババーっと出てきました。ベトナム戦争で米兵は焼く5万人が殺害されました(ちなみにベトナム人は1000万以上殺害されたと言われていますが、誰も正確な数値を挙げることは出来ません)。星条旗に包まれて帰宅した米兵にはもちろん家族が居ました。遺族は「家族が無意味な戦争で死んだ」とは考えたくないものです。「意味のある戦争で国のために死んだ」と考えたがる訳です。ベトナム帰還兵だって、あの戦争が無意味だったとは考えたがらない訳です。こんな層が居ますから、ベトナム戦争再評価はマーケティング的にも正しい、という訳でございますね。昨日ご紹介し忘れましたが「グットモーニング・ベトナム」なんかも大好きな映画でした。ベトナム戦争の最盛期は60年代の後半なんですが、ベトナム戦争映画の最盛期は80年代なのです。70年代の作品ですが、「地獄の黙示録」は評論家の評価は際立って高いものの、難解に過ぎます。80年代の「フルメタルジャケット」は同一人物(スタンリー・キューブリック監督)が作ったとは思えないほど、前半と後半の品質に格差があります(多分、後半を作ったのは別人)。中々マイベストベトナム戦争映画を見つけることは出来ませんでした。ま、とにかくです。遠くない昔、ベトナムで激しい戦争がありました。北ベトナムと南ベトナムという分断国家があって、どっちもあんまり誉められない政権があって、どっちも米中ソ超大国からたっぷり援助を貰って、絶望的な代理戦争を国内でやってました。その戦争はいつ果てるともなくだらだらと続きました。ベトナム兵も米兵も韓国兵も毎日毎日死んでいきました。北ベトナム(のコントロール下にあったベトコン)は毎日爆弾テロなどで一般市民を殺害したり、政府高官の家族を殺害したり…。合衆国空軍は、第二次大戦中に日本に投下した爆弾よりも多くの爆弾を北ベトナムやカンボジアやラオスに投下したり…。合衆国陸軍は「サーチ・アンド・デストロイ」というと格好よく聞こえますが、少人数の部隊で農村を訪れ、ベトコンと思われる人々をかたはじから殺害したり…(南ベトナム軍は米軍の10倍の規模でこれをやったり…)。南ベトナム軍と米軍の士気は地に落ち、麻薬と犯罪が蔓延したりした訳です。しかも、この模様は全世界にテレビで流されました。お茶の間戦争って訳です。米軍及び南ベトナム政府には全世界の批判が集まりました。米軍は軍事的に勝利を得たにも関わらず(テト攻勢を上手に撃退し、ラインバッカー2作戦では北ベトナムのインフラのほぼ全てを破壊し、北ベトナム政府を扼殺する寸前まで行きました)、政治的に手を引かざるを得なくなってしまいます。まあ、鳥瞰的な流れはともかく、前線兵士に目を向ければ「昨日も今日も明日も同じような戦闘が起き、何人かの仲間が死んでいく」という日常だった訳です。maman.mさんに「Johnny Got His Gun」をご紹介頂きました。ベトナムの米軍は正にこんな世界だったのでしょう。第一次世界大戦を描いた名作でございます。小説の方は1939年に発表されたものですが、映画は1971年の作品です。ベトナム戦争最盛期にぴったりの作品でございました。notoshun的には、この種の小説は、やっぱ「西部戦線異常なし」かなあ…。時々「戦争で犠牲になるのは女子供なのよね」的な表現がありますが、この時代の正規軍側で犠牲になるのは健康な青年なんですな。我が国の神風特別攻撃隊の隊員の手記も泣かせますが(多くは学徒動員の元インテリ学生ですので、私のようなひねた元インテリゲンチャは感情移入しやすいのです)、西洋の反戦小説も中々のものがございます。ぎゃー、調子に乗ってエッセイ風の前置きを書き続けていたら、本文を各文字数が余り残ってません。でも、本文にちょっとだけ入ります。初日は空港に到着して(タンソンニャット空港です)、ホテルに入るだけだったのです。そんな訳で、今回最初の写真は二日目の朝に撮影したものです。サイゴン(公式にはホーチミン市)の朝のラッシュ時です。ベトナムではミニバイクが非常に普及しています。朝はこんな感じのバイクの洪水なのです。その昔(文革末期)の中華人民共和国は、自転車と人民服の洪水でしたが、現在では完全に姿を消しましたですね。サイゴン市内を流れるメコン川の支流の様子です。水上生活者がたくさん居そうですよね。メコン川は中華人民共和国雲南省辺りから流れ、ラオス・ミャンマー国境線を流れ、ゴールデントライアングル(いい所です)からは、タイとラオスの国境線として下流を目指し、カンボジア領内を通過し、最後にベトナムを通過してサイゴン南方で南シナ海に出る国際河川でございます。アジアを代表する国際河川であり、色々な場所で渡りました。別に何ということのない渡河ポイントですが、タイのノンカイからラオスのビエンチャンに橋を渡って入国した時には何とも云えない感動を覚えました。うー、文字数が増えすぎました。題名では「ミトーまで」としましたが、遥か手前にお終いになります。すんません。続きは次回に。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/26
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今回からベトナムをごく短い時間で訪れた際のレポートをお送りします。まあ、色々ありまして、無謀にも一泊二日のベトナム旅行を敢行致しました。マイレージ発券で、 成田→サイゴン NHのYクラス サイゴン→シンガポール SQのYクラス シンガポール→成田 JLのFクラスでの移動と致しました。ベトナムと言うと、世代にもよるのですが、独特のイメージがございます。私なんぞの世代ですと、夕暮れのメコン川沿いに編隊飛行する米陸軍のヘリコプターのイメージか、嘉手納空軍基地を離陸し北爆に向うB52戦略爆撃機のイメージでございますねえ。地獄の黙示録、プラトーン、フルメタル・ジャケット、ハンバーガーヒル…。みんないい映画でした。ベトナムと言えば、 対仏戦争 ディエンビエンフーの戦い ホーチミン 分断国家 ベトコン ホーチミントレイル ベトナム戦争 ソンミ村 枯葉剤散布 秘密警察 テト攻勢 クーデター カンボジアやラオス領内での秘密戦争 米軍撤退 サイゴン陥落 南ベトナム消滅 中越戦争 カンボジア侵攻と軍事占領 ボートピープル ドイモイ と言う感じでしょうか。連想ゲーム(古い!)をしたら、政治用語(私の世代の学生用語ではグロイと表現したものです)ばかりが出てきます。もう少し、前の世代になると、帝国陸軍の南部仏印進駐(皇紀2601年〔昭和16年〕7月)のイメージでしょうか。第二次世界大戦が始まり、真珠湾攻撃がなされる間の日本の行動ですが、この進駐が日米関係を決定的に悪化させることになります。この進駐に対する報復として、アメリカ合衆国は日本への石油全面禁輸に踏み切ります。石油で軍隊が動くようになってからは、石油禁輸は事実上の宣戦布告に近い意味を持つようになりました。石油の供給を断たれた側は悩み倒して、石油備蓄の3分の1を使い果たしたくらいで戦争に訴えることになります。日本以外の例では、アカバ湾を封鎖されたイスラエルなんかも石油備蓄を3分の1程度を使ったところで、戦争に訴え、猛省を促すことになりました。まあ、進駐しなくても、日米戦争は避けられなかったかも知れませんが…。日本にとっても忘れがたい土地なのでございますね。でも、今のベトナムはこなれた旅行先です。観光先と云ってよいかも知れません。自然は美しいし、飯は美味い。実に魅力的な場所でもあるのです。このような場所に、あのような苛烈な歴史が…。まあ、後にしましょう。早速(でもないですね)、旅程に入ってまいります。最初の画像は成田の第1ターミナルでございます。昔の成田は日系が第2で米系が第1という区分だったのですが、その後のアライアンスの進展で、NHとUAが別だと使いにくいよね、という事情もあって、NHが第1に引っ越しています。日米の航空会社の力関係は、占領期以来圧倒的な米系優位でありまして、第1ターミナルでもNHは多数派とは云い難い状態でございます(以遠権って奴ですね)。UAの大量の機材ばかりが目に入りました。利用したNH便は夕刻出発の深夜到着と言う中々苦しい時間設定の便でございました。アライアンス(のコードシェア)で補完しているので、それで良いのかも知れませんけど、デイリー運行ですらありません。それだけに不人気便でございます。8月のピーク期にも関わらず、あっさりと座席を確保できたのでございます。NHが第1に引っ越してから初めての利用でしたが、ラウンジは長足の進歩を遂げておりました。JLが本館ラウンジ全面改装に踏み切らざるを得なかったのも、案外NHのラウンジ改善が原因かも知れません。このラウンジではうどんがただでサーブされていました。素晴らしい…。かまぼこに「ANA」の文字があるのがお茶目でした。NHのボーディングパス(搭乗券と云いたいのですが、どこにも搭乗券という文字がありません)です。自動チェックイン機で発行しました。いつの間にかこんなデザインになっていたのですね。なんと地紋なしの白紙です。まあ、耳の部分にスタアラのロゴは入っているのですが…。ちょっと味気ないです。とは言え、やっぱ同じクラスなら、NH>JLでございます。これは私の「気のせい」かも知れませんけど、JLは不得意科目のドメのサービスに注力し、NHも不得意科目のインターのサービス強化を図っているのかも知れません。正直申し上げて、JLのYクラスにはちょっと不満が…。まあ、JL側に言わすと「客層がねえ」と返されそうですけど…。これが、成田積込みのNHのYの機内食でございます。スモークサーモンが良いですね。ちょっと前までは、MOMLとかKSMLをリクエストするのが好きだったのですが、最近は目立たない機内食をチョイスしています。これはノーマルミールでございます。機内で配布されたスタアラのナプキンです。もう10年になるんですねえ。こんな感じでサイゴン(ホーチミン市)まで移動し、そのままホテルに入りました。現地時間の午前零時(日本時間の午前2時)到着なので、眠くて眠くて…。そのまま眠りました。翌日は、メコン川沿いの都市ミトーに出かけることになるのでございます。続きは次回にさせて頂きます。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/26
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いやあ、今日は涼しかったですね。ようやく、酷暑が去りつつあるような気がします。えーっと、皆さん、長い間、「アトミック青森」シリーズにお付き合いいただきありがとうございました。まあ、余り実態にそぐわない命名でした。アトミックと言いつつ、原子力関連は、原子力船むつ記念館と六ヶ所村の日本原燃の再処理や再転換施設くらいでしたから。今回で最終回です。前回は、JRバス東北の十和田湖線をねっちりとご紹介しました。今回は十和田湖そのものを取り上げて参ります。ところで、コメントを頻繁に頂いている、SHIZUKAGOZENさんから「花巻からバスで十和田湖まで行ったように記憶しています」と頂きました。十和田湖へのアクセスは、現在は、盛岡・八戸・青森・十和田市からのみになってしまいました。花巻空港ルートは現在は廃止されてしまいました。東北新幹線の八戸延伸はこんなところにも影響を与えている訳です。3年後には新青森までの延伸が予定されています。北東北の交通網は大きく変化するでしょう。青森空港の地位の低下は必至でございます。青森県の三大都市(人口だけだと微妙ですが)である、青森市・弘前市・八戸市のバランスも変化しそうです。この辺りは藻谷浩介大先生の独断場でしょうな。余談はさておき、本題に入ってまいります。今回のお題は「十和田湖遊覧船」にしてみました。十和田湖はカルデラ湖でして、面積も大きく、深さもあります。周囲は断崖絶壁が多い訳です(海なら海岸線と言うところですが、湖の場合はなんというのでしょう)。そんな訳で、遊覧船からの観光が吉、となる訳です。十和田湖は東北を代表する(言い過ぎか?)大観光地でございます。集客力が違うのですよ。比較しては行けないのかも知れませんけど、霞ヶ浦(浅すぎ)、サロマ湖(遠過ぎ)、猪苗代湖(船に乗らなくても十分楽しめる)、中海(汽水湖で干拓事業をやっていてイマイチ)とは違って大量の観光客が押しかけるのです。その結果、巨大な内水面遊覧船が建造されることになりました。これは、私が乗った小型船の1階部分の客室ですが、レアケースでして、巨大な遊覧船がうようよしている訳です。波がないも同然の内水面専用船ですので、喫水を浅くして、舷側を低くしてもOKなんです。こんな事情からか、余りよそでは目にしない船型の大型遊覧船が多数航行すると言う珍しい光景を目にすることが出来るのです。ま、こんな湖です。私がお世話になった船のマストです。湖水専用船とは云え、ちゃんとレーダーを積んで監視しています。これだけ航路密度が高いとレーダーは必須なのでしょうね。湖岸に設置された彫像でございます。晩年の高村光太郎の作だそうでございます。私、こんなブログを書いておりますが、実は高村光太郎ファンだったりします。似合わないという罵声が聞こえる気がしますけど。ここからは湖岸の画像でございます。割と森林がしっかり育ったいるのです。北海道の湖だと白樺ばっか、という場所が多いですが、ここは、雑木林です。本州なんですねえ。なかなかの風景なんですが、余り解説を覚えていないのでコメントできません。尊敬する藻谷浩介大先生なら「ああ、きれい」で片付けてしまいそうですね。余談ながら、十和田湖は、青森県と秋田県に跨る大きな湖でございます。この画像に写っている岸は秋田県でございます。湖岸の断崖絶壁です。地層が見えます。以上で、十和田湖そのもののレポートはお終いです。帰路でお世話になったバスでございます。「みずうみ号」と言う表示がありました。往路のバスにはこの表示はありませんでしたが…。実はこのJRバスは、マルスに乗っているのです。「みずうみ2号」のバス指定券でございますね。私が利用した「青森函館フリーきっぷ」では、このバス指定券もただで発券してくれます。そんな事情から金額は***円でした。ちなみに、熱転写式の切符ではなく、感熱式の切符です。JR北海道の函館駅の発券でございます。ついでに券面をもう一つご紹介します。帰路に使用するつもりだった寝台特急「あけぼの」のB個室寝台券でございます。思ったよりも早い時間に青森に帰れたので、この切符は使用せずに、新幹線で帰京することになったのでございますが…。これも帰路のバスです。往路のバスは、方向幕方式でしたが、復路のバスは「サボ」でした。これも何となく嬉しい…。青森駅に戻る途中の車窓です。秋田県と青森県の県境です。ここで秋田県に入らずに、全行程青森県内を走行しました。これも車窓です。青森市を見下ろす場面でございました。十和田湖の標高は大したことは無いのですが、出発後に奥入瀬を通りつつガンガン標高を稼ぎ、最高標高点(笠松峠)では標高1000メートル以上まで登ります。その後、どんどん坂を下り、港町である青森(殆んど標高ゼロ)まで進む訳ですね。最終の新幹線(スーパー白鳥34号+はやて34号)に間に合いましたので、そのまま東京に戻ることにしたのでございます。以上で、青森レポート「アトミック下北」を終了致します。お付き合いいただきありがとうございました。次回からは、ちょっと時系列とはならないのですが、8月のベトナム旅行をレポート致します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/25
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皆さん、たくさんのコメントをありがとうございました。これほどの反響があるとは想像もしていませんでした。後ほどお返事を書かせていただきます。さて、今日は、新潮文庫の新刊を購入して読んでしまいました。面白い本だったので、久しぶりにアフィリにしてみました。乃南アサの新刊「駆けこみ交番」と言う本です。警視庁に入った新人警邏警察官が世田谷区の静かな住宅地の交番勤務を行いながら成長していくと言うストーリーなんです。読ませますねえ。面白かった。この本は実はシリーズ2冊目なんです。一冊目は、「ボクの町」と言う題名で、主人公が警察学校卒業直前の時期を描いています。一冊目の解説を、大助花子の花子さんが書いていたのが印象に残っています。花子さんは昔は婦人警官(死語)だったのですね。この本の解説で知りました。さて、本題に入ってまいります。前回の最後の画像です。この「蔦温泉停留所」に到着するところまで、前回にご紹介しておりました。青森から八甲田山の麓を経て、十和田湖に至るルートは無人地帯の山越えルートなんですが、ところどころに温泉がありました。正に秘湯という雰囲気です。鉄筋SRCの建物なんかありません。全部木造です。非常に風情があるのです。多分、夏しか営業してません。冬にアプローチするのは非常に困難な場所です。こんな建物です。是非一度宿泊してみたい、と感じました。この「蔦温泉」から先が奥入瀬地域です。こんな渓流に沿って道路が走っています。最近の流行は、このルートはバスではなく徒歩で十和田湖まで行くことだそうです。確かに魅力的なルートです。鬱蒼とした森の中に渓流がありました。こんな小さな滝もところどころにありました。水が光っています。この森を抜けると十和田湖畔の道路に出ました。十和田湖畔の最初に停留所です。「子の口駅」と言う看板が見えますでしょうか。これぞ、国鉄バスなんです。国鉄バスは、鉄道の延長線上にバス経営を置きました。バスを鉄道のように運行する訳です。で、もって、このように立派な「バス駅」を設けるケースが多かったのです。改札口があったケースもあるみたいです。十和田湖遊覧船でございますね。十和田湖の遊覧船のための港は数箇所にあるみたいです。子の口にも港がありました。こちらが、終点のバス停留所である「十和田湖駅」です。子の口同様に国鉄バスらしい風格のある停留所でございました。私の趣味のマンホールの蓋でございます。自治体名が入っていませんけど、多分十和田市です。この後に、十和田湖遊覧船に乗って、ぐるっと一周するのでございます。次回は遊覧船関係の画像をご紹介します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/24
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すみません、ちょっと更新の間隔が空いてしまいました。前回の続きです。JRバスの十和田湖線です。再掲画像です。この萱野茶屋停留所に到着するまで前回にレポートしました。今回はこの萱野茶屋周辺のご紹介からです。これが「萱野茶屋」本体です。三軒茶屋にはもうお茶屋はなさそうですが、萱野茶屋バス停留所の直ぐ脇に、「萱野茶屋」が今でも営業中でした。この青森から十和田湖へ向うルートは、山越え街道みたいでして、無人地帯が延々と続くのですが、ところどころに、茶屋とか温泉がありました。「かやの三杯茶」と言うお茶を無料でサービスしていました。こんな感じです。釜でサービスしてくれていました。茶釜と言うのも茶道関係者以外にとっては死語ですよねぇ。珍しいものを目にすることが出来ると、何となく、「来た価値があった」と感じるものでございます。このこんにゃくが美味しいのでした。100円でした。次の停留所は「酸ケ湯温泉」でした。いやいや、この前に、八甲田山ロープウェイ駅停留所に停車したのですが、画像を撮影できませんでした。2番目の長時間停車停留所が「酸ケ湯温泉」だったのです。こんな温泉でした。実に雰囲気のある建物でございます。いつ頃の建設なのかしら…。ここからルートの最高標高点を進みます。雪が残っていました。流石は青森県の高山でした。次の長時間停車停留所は「蔦温泉」でした。今回はここまでにします。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/23
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この連休は帰省することにしました。更新は帰省先からになりそうです。
2007/09/22
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皆さんコメントありがとうございました。恐山にこれほどの反応を頂けるとは予想していませんでした。嬉しい驚きです。でも、気分はブルーなのです。ブルーレット置くだけなのです。というのは…。今晩も歯科治療でした。恐ろしい体験でした。身の毛もよだつ…。ふぅぅぅぅぅ。そんな訳で、今晩はテンションが上がらないのです。今晩の御題は「国鉄バス」にして見ました。その昔は、国鉄バスはそこら中を走っていました。色んな種類がありました。東京と大阪を結ぶ高速バス「ドリーム号」とか、今回ご紹介する十和田湖線みたいな、鉄道を補完する観光路線とか、あるいは赤字で廃止されたローカル線の代替路線とか…。あ、説明を失念しました。この画像は、青森駅前のJRバス東北の営業所です。駅みたいに立派でしょ。これが国鉄バスなんです。以前の日記で房総半島の安房白浜「駅」をご紹介しました。この「駅」には鉄道は来ません。バス停なんですけど立派です。「駅」と名乗りたくなるのも分かります。国鉄バスには立派な停留所が時々残っています。場所によっては、鉄道も来ないのに、みどりの窓口があったりもします。私が乗った路線の表示です。青森駅から十和田湖まで延々と走る路線でございました。この旅程で利用した「青森函館フリーきっぷ」では、このバス路線にも乗れるのでした(券面は以前の日記に載せてます)。この十和田湖プチツアーの目的は、 1 フリー切符の元を取る 2 歴史の古い元国鉄バス路線を味わう 3 ついでに十和田湖も見るでございました。十和田湖は非常に有名な湖でありますが、あまり湖では感動したことがないのです。氷結湖にはやたらと魅力を感じるのですが…。これが乗車したバスです。結構立派な観光バスでございました。ただし、トイレはありませんでした。もう一枚車体をご紹介します。最近のJRバスは燕を横腹に掲げる車体が多いみたいです。最初の目的地の萱野茶屋です。これも観光路線のJRバスらしい性格なのですが、バスのダイヤはかなり余裕を持って設定されています。で、殆んどのバス停で停車時間は3分以上あります。また、このバス路線は片道2時間近くを要する長距離路線ですので、運転士休憩も兼ねてか、15分停車が2回入りました。うううううぅぅぅ、歯科治療の精神的な打撃で中々筆が進みません。枚数が少ないけど、今回はここで切ります。ごめんなさい。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/21
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ぐはー、今日は暑かったです、東京は。厳しいです。ところで、ちょっと前の記事になるのですが、私が写真テクニックを学ぶためにお気に入りに入れている、写楽祭さんが「無料の三脚」と言う題で、いかに手ブレを防ぐか、という日記を書いていらっしゃいます。大変参考になりました。手ぶれ写真でお悩みの方には是非ともお勧めしたい記事です。宜しければ、是非!。さて、本題に入ります。前回まで、延々と恐山をレポートしてきました。色々な方にコメントを頂きましたけど、やっぱ、「あの世とこの世の境界線」みたいな感じがする場所でした。微妙なんです。境界が。霊魂を信じないnotoshunもぞわぁーっと来る場所でした。今回からガラリと内容が変わります。この日記は「鉄」でございます。ブログテーマも久しぶりに「鉄道雑談」を選択しました。前回まで、六ヶ所村の日本原燃の再処理関連施設、原子力船むつ記念館、海上自衛隊大湊基地、恐山と、下北半島の名所を回りました。レンタカーで回った訳ですが、東北本線の野辺地駅でレンタカーを返却し、東北本線で青森に戻る訳でございます。で、その野辺地駅で撮影した写真群をご紹介してまいります。最初は連続写真でございます。野辺地駅を通過していく特急「つがる」でございます。形式はもちろんE751系です。1999年からJR東日本が投入した交流特急電車でございますね。JR九州とかは、全区間交流電化でございますので、交流特急電車は色んな形式がありますけど、JR東日本は直流電化区間が長くて、新在直通特急が多いこともあり、在来線交流専用特急車両の形式はE751系くらいです。野辺地から八戸へ向けて走り去るE751系を追っかけ撮りしてみました。こうして見ると、651系やE653系との血縁を感じますね。JR東日本では、新在直通特急初代の400系電車が山形新幹線から駆逐されるみたいです。そのまま廃車解体になるのか、交流区間の在来線に転出するのか…。野辺地駅の側線には貨物列車が停車していました。EH500電気機関車でございますね。日本貨物鉄道が強力に増備を続けていますので、あまり珍しくはありません。交直両用の2車体H級電気機関車でございます。電気機関車に限らず、機関車はみなそうなのですが、英文字の二文字目(蒸気機関車は一文字)は動輪の数を示しています。EHのHがそれでして、動輪が八組(同軸が八本)あるという意味でございます。愛称は金太郎です。出力も3400kw(直流時)、4000kw(交流時)と強力です。この電気機関車は北海道の五稜郭から東京近郊まで直通で貨車を引っ張ります。そんな訳で保安装置も、ATS、ATS-P、ATCと全部に対応している訳ですね。ちなみに、この形式が入る前は、北海道陸上用、青函トンネル用、JR東日本陸上用と三種の機関車で北海道と東京を結ぶ貨物列車は牽引されていたそうな。二つの車体の間のケーブルです。メーカーは名門電気機関車製作所である東芝府中だそうです。EH500を撮影していると、私が乗る特急「スーパーはくちょう」が八戸から入ってきました。JR北海道の789系交流特急電車でございますね。青函トンネル通過特急としてデザインされた特急電車でございますね。特急「スーパーはくちょう」の旧喫煙スペースです。この列車は今年の3月17日までこの場所で喫煙できたのでした。青森駅に到着したところです。出発前の特急「あけぼの」が出迎えてくれました。この旅程の最初に上野から青森まで利用した寝台特急です。機関車はもちろん、EF81でございますね。はい。で、青森駅で下車し、駅の近くのビジネスホテルに投宿し、最終日に備えたのでございました。次回から最終日の行程をご報告します。JRバス東北が運行する、伝統的な「国鉄バス路線」である、十和田湖線にバス指定席券を入手の上乗車し、国鉄バスの香りを満喫してまいりました。これをレポートします。宜しければ、引続き、notoshunの趣味的な旅行にお付き合いくださいませ。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/20
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最近掲示板に迷惑書き込みが多いです。「オ○ニー鑑賞会」だの何だのと、思わず赤面するような題名で書き込んでくれます。迷惑トラバはかなり改善されてますけど、今度は掲示板の方が厄介な状況になっておりますねえ…。楽天スタッフさんの対応に期待です。ところで、前回に日記に付けていただいたコメントの中で、本文でご紹介したい部分がありましたので、また、引用させていただきます。〔引用始め〕イギリスのNorthern Rockという銀行が、短期資金ショートを起こして、Bank of Englandに特別融資を... というニュースが先週中頃に流れ、18(火)に「国が預金を保証」と政府発表があるまで、取り付け騒ぎがありました。今日あたりは、下火になっていますが、別の銀行に波及する可能性は否定できません。〔引用終り〕「イギリスから今晩は」でお馴染みの現役lecturerさんから頂いたコメントです。現在巷で話題のサブプライムローンの余波で英国の中堅銀行(5位とか報じられてましたですね)のノーザンロックと言う銀行に本格的な取り付けが生じていました。今週、東南アジアを移動する際に機内で読んだFTの一面トップはこのノーザンロックの取り付けでした。ロンドン市内の支店に出来た長い列の写真がトップでございました。結構衝撃的でした。私は天邪鬼な性格で、日本航空に乗るときは、FTかWSJを読んでおります。外国航空会社に乗るときは、衛星版の朝日か、衛星版の読売を読んでおります。FT(アジア版)は日本国内で購読すると、料金が凄く高いのであれなんですけど、取り付け報道では当てに出来る会社です。90年代の終りに近畿地方南部で地方銀行の取り付けが頻発した際にも、日本の報道機関は完全に管制下にあり、全く報じませんでしたが、FTは銀行名入りで報道していました。はい。もう一本ご紹介したいコメントがございます。常連さんのmaman.mさんから頂いたコメントです。〔引用始め〕風車は、子守との関連を思い出してください。水子供養の象徴が、風車。ここは、確か、水子供養でも有名どころのはずだったかと。〔引用終り〕目からウロコとはこのことです。思わず、はたと膝を打ちました。なるほどねぇ…。水子、なるほど。疑問氷解です。有益情報をあちがとうございました。AHA体験ってやつでした。さて、今回は、恐山の近くの展望台で撮影した俯瞰画像をご紹介します。展望台二箇所を訪れたのですが、最初の展望台はむつ湾展望台です。それにしても、この寄席文字か、歌舞伎文字かみたいな題字は何とかならんですかねぇ。風景の説明板です。以前の日記でご紹介した恐山展望台は、湖と恐山を見下ろしましたが、このむつ湾展望台は、陸奥湾と太平洋、そして大湊市街を見下ろす訳です。北方の展望です。下北半島の全景が見えている訳です。大湊市街の俯瞰三連発です。この時に使用した機材のFZ50は最大ズーム21.4倍でございました。テレ端からワイ端まで動かしてみました。更に標高を上げて参ります。こんな物が目に入ってきました。航空自衛隊のレーダーサイト(大湊分屯基地)でございますね。航空自衛隊第42警戒群と言う部隊だそうです。皆さんもご存知のように、日本の領空は、航空自衛隊のレーダーサイトによって監視されており、国籍不明機(ロシアか中国の軍用機なんですけど)の日本領空への接近を監視しています。空自のレーダーに限らず、電波を使うものはなんでもそうなんですけど、標高が高いところ、障害物がないところにアンテナを設置したほうが遠くまで電波を届かせることが出来ます。そんな訳で、航空自衛隊のレーダーサイトは、人里離れた(建築物が少ない)山の頂上でしかも海岸線の近くに建設されることが多いようです。レーダーサイトで働く航空自衛隊員の生活には苦労が多そうですね。なんかの本で読みましたが、勤務先として不人気なレーダーサイトの上位には、奥尻とか下甑が入るようです。で、レーダーサイトの直ぐ下にあるのが、この展望台です。釜臥山展望台というようです。強風でした。で、こちらが釜臥山展望台から見下ろした風景でございます。今回はここまでに致します。次回は野辺地から青森に戻る途上で撮影した鉄道車両をご紹介し、その次からは、十和田湖への行程をご紹介します。青森駅=十和田湖ルートは昔から国鉄バスが担当してきました。現在はJRバスですけど。昔ながらの「国鉄バス駅」なんかも残っていました。宜しければ、引続きお付き合いくださいませ。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/20
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昨年もアジア数カ国を数日で駆け抜ける企画をやりましたが、やっぱ、消耗します。文化酔いとでも云いましょうか…、とにかく、当てられてしまうのです。今、旅行中に作った実況レポートに付けていただいたコメントにお返事をチクチクと書いていたのですが、本文でご紹介したいコメントがいくつかございました。早速引用させていただきます。〔引用始め〕北京オリンピックまで、そういえば1年を切ったのですねぇ。最新技術で臨んでいるはずの建築中の橋が突然瓦解する国・・・オリンピック開催までまだ1年あるのに、無事に終わりますようにと、思わず考えてしまいます。〔引用終り〕常連さんのmaman.mさんのコメントでございました。2008年の秋には北京オリンピックが開催されます。私たちの祖先が開催した64年の東京オリンピックの際もそうでしたし、隣国韓国が開催した88年のソウルオリンピックもそうでしたが、オリンピックを何とか無事に終えたい一心で無理をしまくります。背伸びをしまくりました。で、オリンピックが終了した後に反動が出ました。日本の場合は1965年恐慌です。山一證券は二度死んだ会社として有名ですが、その最初の死が1965年恐慌でした。オリンピック後の景気後退と株式市場の低迷の中で、山一證券は資金ショートを起こします。厄介なことに、山一證券はコールマネーの取り手でして、山一の破綻は戦後一度もデフォルトが生じなかったインターバンク市場でのデフォルトを意味しておりました。一方で、山一経営破綻の噂は巷を走り、各支店では取り付けが始まっていました。日本の金融システムは昭和40年に戦後最初の危機を迎えたのでした。余談ですが、金融危機に報道管制は付き物です。取り付けが報道されると、危機を知った預金者が銀行に押しかけて、更に混乱が拡大してしまうからです。山一證券危機の際には、五大紙や二大通信社などには縛りがかかったのですが、ノーマークだった西日本新聞が山一危機をスクープしてしまいました。昭和金融恐慌は大蔵大臣の湿原で始まりましたし、金融システム危機での情報管理は日本人にとって苦手科目のようでした。 →90年代の金融危機の前にも実は取り付けはありました →一つは豊川信用金庫事件です。 →大光相互銀行でも取り付けはあったようです。 →「あったようです」と記したのは、大光相互銀行に →関しては報道管制が敷かれていたようなので →よく分からないのです。とは云え、この時代の日本人は優秀でした。時の大蔵大臣田中角栄が事態を仕切り、日銀氷川寮での会談を経て、日銀特融実施に至ります。「日本銀行が無制限・無担保で融資」という奴ですね。このような「想定外の強引な一手」で破壊的なシステミックリスクを防いだのでした。90年代の日本に田中角栄は居なかったのです。宮澤喜一は首相時代の住専国会の時点で「大手行に公的資金注入」を呼びかけましたが、当時の日本人は誰も耳を貸すはずもなく、事態は深刻化し、ご承知のとおりの事態に発展して行く訳でした。韓国も日本と同様に、オリンピック後の景気後退に見まわれましたが、もっと大きな変化が訪れました。軍政の終了です。韓国は、朴正煕のクーデター以降、全斗煥、盧泰愚と陸軍出身の大統領が続き、普通の民主主義ではない「開発独裁」が続きました。この開発独裁の期間で、韓国は工業化の基礎を築き、資本を蓄積し、世界最貧国から中進国に出世する訳ですが、オリンピックを無事に開催するために、軍出身最後の大統領盧泰愚はオリンピック直前に民主化を約束させられ、オリンピック後の大統領直接選挙で、民政復帰を果たすことになりました。政治パラダイムの根本的な変化が起きることになったのです。まあ、中進国でのオリンピック開催は、ある意味では、中進国から先進国への卒業試験みたいなものでございまして、オリンピック前後に色々と変化が生じるものでございます。色々と混乱があって、更に発展する途を辿るというのがよくあるシナリオのようです。中国は、現在独特な政治体制(なんと今時共産党独裁政権です、実質的には開発独裁です)であり、経済的には、農村から都市への人口移動を通じた急速な工業化が進行中です。もう社会変化が起きない訳がない。中国のオリンピック後が非常に楽しみでございます。上海万博もありますけど、やっぱ、オリンピックですよね。ついでにですが、変なジンクスをご紹介しますと、世界で一番高いビルが出来た国には経済的な危機が訪れることがあります。ニューヨークにエンパイアステートビルが出来たら、29年恐慌が起きました。クアラルンプールにペトロナスツインタワーが出来たらアジア経済危機でした。そして、間もなく上海に世界で一番高いビルが完成します。何かが起きる予感がします…。物凄く前置きが長くなってしまいました。本題に入ってまいります。前回の日記では、霊場恐山の「あの世」をご紹介しました。今回も「あの世」のご紹介を続けます。まあ、この世の地獄と言う訳です。「賽の河原」でございます。そこら中にケルンみたいな石積みがございました。一つ積んでは母のため~。緑溢れる下北半島に突如こんな風景が出てきたら、「地獄」を想像しますよねえ。ここだけ見ると月面みたいです。これだけではありませんが、地獄に突然地蔵像や仏像が登場します。「地獄に仏」「賽の河原」の石碑でございますね。「人はそれぞれ悲しき過去を持ち…」、最果ての地に相応しい文句です。津軽海峡冬景色の歌詞みたいです。あの世の再奥部に建てられたお堂です。ここで御篭りしたら恐いでしょうなあ…。子供の霊を慰めるためでしょうか…。地蔵がたくさんありました。南無阿弥陀仏。「血の池地獄」でございます。地蔵と風車…。多分宗教的な意味があるんでしょうけど、私にはわかりませんでした。故人を偲ぶ石碑もありました。個人情報保護法は生存している人にしか及ばないのでモザイクなしで掲載します。ところどころ、危険そうなところもありました。ここのガスを吸ったら酷いことになりそうです。恐山とはこんなところでした。次回は恐山の近くの山に登って、展望台から陸奥湾を見下ろします。宜しければ、引続きお付き合いください。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/19
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韓国レポートへのコメントありがとうございました。heike-sakura-iseさんやSHIZUKAGOZENさん、修理屋マイスターさんから、韓国美人論にかかるコメントを頂きました。とかく、あの国の女性は目立ちますですね。特に20年くらい前までの日本の芸能界でのプレゼンスは大したものでした。色々と歴史があるんですねえ。東南アジアの実況レポートが入って、何だか久しぶりになってしまいましたが、「アトミック下北」シリーズを再開します。前回は霊場恐山のこの世の部分をご紹介しました。普通の寺院建築であった訳ですが、あの寺院建築の奥に「あの世」部分がございました。今回はこれをご紹介します。あの世へと続く道でございます。そこここで水蒸気が噴出しておりました。確かに賽の河原と言う感じがします。宗教的な意味があるのかもしれませんが、この辺りには風車がたくさん挿してありました。強酸性か今日アルカリ性の噴出物のようです。硬貨が半ば融解していました。ここまで溶けると、硬貨の再流通は無理ですねえ。ところどころで、「この世」側が視界に入ってきます。「あの世」側にもこんな祠がありました。完全に建築物がない訳ではありませんでした。荒涼とした風景が続きます。「あの世」側に立つ仏像でございます。「あの世」領域の最深部です。奥に見える祠が境界のようでした。次回も恐山での撮影分をご紹介します。【資料】東南アジア・韓国ツアー実況日記【出動】東南アジア方面 【実況】京成上野駅1番ホーム 【実況】京成船橋駅【実況】成田JL・Fラウンジ 【実況】成田Fクラスラウンジ【実況】シンガポールCIQ通過 【暫定】今回の旅行の目的【実況】バンコク新空港です【実況】バンコクのホテル 【実況】バンコク市街 【実況】間もなく日没【実況】間もなくバンコクを出発 【実況】香港へのドキドキ飛行 【実況】間もなく香港を出発 【実況】韓国CIQを通過【実況】ソウル市庁舎前 【帰投】成田に到着【資料】成田→シンガの機内食アミューズ・ブーシェオマール海老と森の茸のテリーヌ仕立て松茸のコンソメスープ真鯛のソテ トマトとエシャロットのオリーブオイルソース秋野菜のサラダチーズをお好みでフルーツ取り合わせマロンケーキホワイトチョコレートムースとトロピカルフルーツのケーキオレンジとチョコレートの二色のサバラン 柑橘類の香りエスプレッソチョコレート 【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/19
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夜間モード動画のテストです。当初アップ日時:2007/09/18 09:45:35 PM
2007/09/18
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韓国が大雨でしたので、予定より早い便に変更して成田に戻って来ました。画像は京成スカイライナーの車窓です。追伸:私の好みは、松坂慶子というよりは、山口百恵です。北朝鮮は山口百恵タイプが佃煮に出来る位繁殖してまして、くらくらしました。南には余りいません。残念ながら。当初アップ日時:2007/09/18 03:10:14 PM
2007/09/18
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現在のソウル市の天候は強い雨です。バンコクもソウルもこんなでした。これじゃ写真にならないので、空港に向かっています。画像はソウル市庁舎です。maman.mさん、コメントありがとうございます。香港の旧空港のカイタックは凄まじい空港でした。安全運行が可能な空港ではありましたが、非常に発着が難しい空港でした。色々と、怖い着陸の動画がネット上に存在します。他の皆さんも宜しければご覧下さい。また、韓国美人についてもコメントを頂きました。韓国にはこんな言い回しがあります。「韓国には3つの世界一がある。半導体生産量世界一、イカの消費量世界一、そして、女性の一人当たりファンデーション消費量世界一だ」かなり的を射た表現です。韓国女性の化粧にかけるガッツには凄まじいものがあります。同時に韓国は世界一の美容整形手術大国でもあります。日本の「プチ整形」などという甘っちょろいものではなく、整形前後を比較すると、どう見ても別人、というレベルまでやります。こういう手術が、ごく一般的になっていますので、美人だらけですねぇ。但し、松坂慶子タイプは余りいません。当初アップ日時:2007/09/18 09:50:10 AM
2007/09/18
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概ね時間通りにインチョン空港に到着しました。貧乏くさい路線バスでソウル市内に向かいます。今晩は安宿で寝るだけです。韓国の紙幣のデザインが変わっていたので驚きました。当初アップ日時:2007/09/17 08:30:48 PM
2007/09/17
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香港空港にまだいます。慣れもありまして、一番落ち着く空港です。食い物が美味い(但し、高いです)のが魅力的なんですよね。免税店の値段も許せる範囲ですし。北米・欧州とも紙巻き煙草の免税店価格は日本国内の課税価格を上回ります。何だかなあ…。余りにも煙草間接税が高率なので、英国では煙草の密輸がはびこる始末です。煙草密輸対策が煙草間接税の引き下げだったのには、思わず失笑しましたが…。香港国際空港には悪い思い出がないのです。コメントにも頂きましたが、私の旅行は何故かトラブルが起きます。今回も最後のフライトが悪天候で大幅ディレイの予感があります。でも、香港だけはそれほど酷い目には遭っていません。ソウル・インチョン空港ではSARS患者らしい若い中国人の母親に、赤ん坊を背負うのを手伝わされて、発症の恐怖におののかされた思い出がございます。それにしても、最近10年位に落成したアジアのハブ空港(ハブを目指して作られたけどハブになれなかった空港含む)のターミナルは没個性ですねぇ。みんなガラス張りで同じデザインに見えます。クアラルンプール然り、香港然り、ソウル然り、関西然り、北京然り、バンコク然り…。成田やシンガポールが個性的に見えて来ます。さて、そろそろボーディングです。言い忘れてましたが、画像は香港空港のメインコンコースにあった北京オリンピックのカウントダウンです。すっかり中国ですねぇ。当初アップ日時:2007/09/17 04:08:24 PM
2007/09/17
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やっとのことで香港へ着きました。これから香港空港でウダウダして、ソウルへ向かいます。それにしても、バンコクから香港へのフライトはしびれました。バンコクでの離陸の際には、滑走路中心線に機体を合わすことが出来なくて、左にずれたまま滑走を始めました。滑走開始の後に、機体を滑走路の中心に持って来ようとして、蛇行しながらの離陸と成りました。飛行中は、アジアの二大自分勝手民族のインド人と中国人がお互いに迷惑を掛け合ってました。酷いフライトでしたが、最悪は着陸でした。書き忘れておりましたが、キャリアは昨日プーケットで80名以上の死人を出したTGでした。着陸では、当然のように滑走路中心線を左に外し、接地点は滑走路中央線よりも向こうで、更には、降下速度も非常に大きく、素晴らしい衝撃でした。当然、接点地後の減速も凄まじいものでした。企図せずに往年のカイタックランディングを満喫できました。石垣島への着陸みたいな感じでもありました。しばらくはTGのお世話になりたくないのでありますが、次のレグもTGです。鬱です。当初アップ日時: 2007/09/17 01:25:30 PM
2007/09/17
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皆さん、プーケット島事故に関するコメントをありがとうございました。バンコクにおりましたので、事故の影響はありませんでした。これから、タイ国際航空便で香港へ移動します。やっとF904iに戻れます。当初アップ日時:2007/09/17 07:03:00 AM
2007/09/17
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本日のバンコクの天候は曇り、時々豪雨でした。雨期の東南アジアらしい天気でした。ベトナム戦争の際には雨季に入ると道路がドロドロになって、戦車などの装備の移動が困難になり、戦線が殆ど動かなくなったと聞いたことがあります。そんな豪雨が間欠しつつ降っておりました。まあ、屋外で何かしようと言う感じではありませんでした。画像はホテル近くで客待ちをしている3輪タクシーです。シクロじゃないし、ジプニーじゃないし、ソウテンじゃないし、何と呼ぶのか思い出せません。正直に言って、乗る気にはなれないですねぇ。交渉がうざいのです。話は変わりますが、バンコクのタクシー事情は大幅に改善したように感じました。車体は殆どがトヨタの新しいもので、メーター使用が定着していました。私が乗ったタクシーがたまたまそうだった可能性はありますが…。私も色々な国に出掛けましたが、タクシー事情が良いところはそんなに多くはありません。英語も中国語も通じなく、交渉制だったりした日には、利用がとてつもなく億劫になりますよね。ちょっと前までは、韓国や日本さえも外国人のタクシー利用は相当厄介でした(韓国の乗り合い制には誰もがびびったと思います)。一方で、シンガポールやマレーシアや香港などの旧英国植民地ではタクシー利用がまあまあ快適でした。タクシー改革が外国人の呼び込みの鍵かも知れませんね。話がもとに戻りますが、バンコクのタクシーが使い易くなっているせいかも知れませんけど、3輪タクシーは随分数が減っているようです。地方に行けばまた違うのかも知れませんけどね。さて、そろそろ日没です。また街に出ます。それにしても、N600iの日本語入力はやりにくいのです。まずキーを押した後の反応が遅いのです。CPUがダチャイのかなあ。そもそも、クリアキーがないキー配列という信じられない設計だし、漢字変換も、富士通式に慣れた私には辛いです。同じ初代SIMPUREでも、L600iの方が遥かにましですねぇ。涙です。当初アップ日時:2007/09/16 07:47:35 PM
2007/09/16
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皆さん、たくさんのコメントをありがとうございました。タイのバンコクで日没を待っています。今日はひどい雨でした。もう全然写真を撮影する気になれませんでした。はい。バンコクは夜も楽しい街でございますので、日暮れを待つために、市内のネットカフェに潜伏しております。はい。今回の旅程では、東京→シンガポール→バンコク→香港→ソウル→東京と回る予定です。アジアでは3G携帯の普及が目覚しく、この旅程でバンコク以外はすべて3G地域です。F904iが使えるのです。でも、バンコクだけはGSMしか使えない地域なのです。そんな訳で、F904iからFOMAカードを引っ張り出して、SIMPURE Nに差し込んでおります。やはり、値段と世代が違いますので、全然使いやすさが異なります。はー。明日の早朝便で今度は中華人民共和国香港特別行政区にまいります。引き続き、FOMA携帯から実況レポートをお送りいたします。画像は、今回の旅程とは関係のない、十和田湖の遊覧船です。現在連載しているアトミック下北シリーズを忘れないように乗せておきました。当初アップ日時:2007/09/16 04:52:09 PM
2007/09/16
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バンコクに着いた後も、直ぐに寝る気になれず、ナナプラザに行っておりました。この場所に来るのは2001年以来なんですが、規模は変わっておりませんでした。でも、営業形態は結構変化しておりまして、以前はポールダンスばかりでしたが、現在はプールバーやショーを見せる店が多くなっておりました。今晩は、こんなところですねぇ。当初アップ日時:2007/09/16 11:10:17 AM
2007/09/16
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スイス国際航空でバンコクまで参りました。新しい空港は初めてです。これから市内に行って連れに会います。タイでは、F902iが使えないので、N600iで書いてます。当初アップ日時:2007/09/16 01:07:10 AM
2007/09/16
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皆さんコメントをありがとうございました。背景色について言及して頂いたケースが多かったのですが…。これまでも、私のブログでは、旅行中は背景色を変えてきました。「不在モード」と勝手に名付けておりました。但し、変えると言っても濃紺とか暗緑などの暗い色が多かったので、それほど違和感を掻き立てなかったのですが、今回のアジアツアーではいきなりピンクにしたので、驚かれた方が多かったようです。東京に戻り次第、また黒色に戻します。さて、ここチャンギから先は、スイス国際航空でバンコクへ向かいます。スタアラメンバーか否か微妙なエアラインズでして、ラウンジ利用を断らてしまいました。涙。ここまでの移動は日本航空のファーストクラスでございました。修行で溜めまくり、一時は79万マイルまで積み上がった日航のマイルも、3万マイルまで減少させました。もう日航のFクラスに乗ることもないでしょう…。日本航空のFクラス搭乗は生涯14回で打ち止めになりそうです。まあ、償却前赤字の日航がいつまで持つかも判りませんけど…。日本航空のマイルを貯めるのを抑制し、全日本空輸にシフトして来た理由もここにあるのです。国内線も国際線も日航の方が快適と感じる私が、敢えて全日本空輸のマイルへシフトしたのは、日本航空の経営状況が極めてシリアスな状態にあり、日本航空のFFP(フリークエント・フライヤーズ・プログラム)であるジャル・マイレージ・バンクの先行きに相当の不安感を抱いているからなのです。現在の日航はお金を貸す側から見ると「破綻懸念先」に分類しないと行けないルールになっています。ずっと赤字決算が続いているので仕方ありません。日本の民間金融機関は日航に貸出を増やすことは、まあ、無理なんです。こんな事情から日本航空に新たに資金を供給しているのは、日本政策投資銀行くらいになってしまいました。日本航空の決算に関しては、監査法人も非常に警戒的になっていて、損失の計上や特殊な利益の計上には、かなり厳しい意見を付けていると云う噂が流れています。機材購入時のリベートの利益計上や、税効果の計上や、退職給付関連の利益計上ですね。昔と違って、企業が粉飾じみた決算を行った末に経営破綻して、投資家に損害を負わしてしまった場合には、監査法人にもかなりの制裁が科されます。最悪の場合は監査法人が解体されてしまったケースもありました。逆に言えば、経営破綻まで行かなければ、監査法人への制裁は限定的なものとなります。今年の3月期の日本航空の決算に監査法人が、これまでにない厳しい意見を付けたと云う噂が事実と仮定すると、監査法人が「この3月の決算が日本航空としての最後の決算になる」と読んでいる可能性があります。言い換えれば、「この9月の決算を越えられない」リスクを考えざるを得ない訳です。長々ご説明しましたが、私が日本航空のマイルを焦って使って来た理由がこれなのです。とにかく9月中に使ってしまいたかったのです。たとえ、日本航空が経営破綻したとしても、マイルが無効になるとか、大幅に利便が低下する(予約を確保した便が運休になるとか)とは限らないのですが…。2001年の同時多発テロの影響でアメリカの大手エアラインはアメリカン航空以外はみんなチャプターイレブン適用になりました。我らが全日本空輸がアライアンスを組んでいるユナイテッド航空もチャプターイレブン適用になりましたが、FFPはそのままでした。しかし、これは海の向こうの事例でして、日本では大規模なFFPを行っているエアラインの破綻事例はありません。もし万一日本航空が破綻した場合のマイルや上級会員の処理がどうなるかに付いて、参考にできる事例は存在しない訳なのです。今回のアジアツアーの一番の目的は「日本航空のマイルを概ね使い切る」ことでございました。日本航空のファーストクラスのサービスをしっかり味わい、記録することでございました。色々と思う所はあるのですが、日本航空は私が最も愛したエアラインであった日本エアシステムを引き継いだ会社でございます。また、私が初めて飛行機に乗ったのも日本航空の南廻りヨーロッパ線でございました。1978年に初めて飛行機に乗った時には、まさかマイレージジャンキーになって、世界中の空港に降り立つことになるとは思いませんでしたが…。現在の日本航空のシチュエーションは、スチュワーデス漫画「CAとお呼び」のキャッチ『仕事も恋も崖っぷち』と云う感じになっています。何とか、この四面楚歌の状況から生還して欲しいと心から祈っています。日本航空が経営破綻して、上級会員サービスを低下させざるを得なくなれば、競合上やむなくサービスを行って来た全日本空輸(黒字決算です)がサービスを縮小させる可能性が高いからです(この辺りは私利私欲)。どうか日本航空に神風が吹きますように…。【位置情報】〓http://docomo.ne.jp/cp/map.cgi?lat=%2B1.21.39.619&lon=%2B103.59.26.009&geo=wgs84&alt=%2B0.000&x-acc=3当初アップ日時:2007/09/15 08:14:13 PM【資料】東南アジア・韓国ツアー実況日記【出動】東南アジア方面 【実況】京成上野駅1番ホーム 【実況】京成船橋駅【実況】成田JL・Fラウンジ 【実況】成田Fクラスラウンジ【実況】シンガポールCIQ通過 【暫定】今回の旅行の目的【実況】バンコク新空港です【実況】バンコクのホテル 【実況】バンコク市街 【実況】間もなく日没【実況】間もなくバンコクを出発 【実況】香港へのドキドキ飛行 【実況】間もなく香港を出発 【実況】韓国CIQを通過【実況】ソウル市庁舎前 【帰投】成田に到着【資料】成田→シンガの機内食アミューズ・ブーシェオマール海老と森の茸のテリーヌ仕立て松茸のコンソメスープ真鯛のソテ トマトとエシャロットのオリーブオイルソース秋野菜のサラダチーズをお好みでフルーツ取り合わせマロンケーキホワイトチョコレートムースとトロピカルフルーツのケーキオレンジとチョコレートの二色のサバラン 柑橘類の香りエスプレッソチョコレート 【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/15
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定刻より若干早くシンガポールに到着しました。ほんの数時間の滞在ですが、楽しんでまいります。当初アップ日時: 2007/09/15 06:10:16 PM
2007/09/15
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日本航空の成田ファーストクラスラウンジのミールです。お客さんが途切れた時に慌てて撮影しました。カメラワークは全然です。(汗当初アップ日時:2007/09/15 10:09:23 AM
2007/09/15
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成田の日航ファーストクラスラウンジで出発を待っています。日航成田のラウンジは全面改装したばかりで、なかなかの快適さです。ミールの選択肢もだいぶ拡大しましたので、ジャンク感のない朝食を頂くことが可能になりました。これから、最初の目的地であるシンガポールへ向かいます。新しい携帯電話機F904iは、3Gのみながらも、海外運用が可能です。シンガポールからも実況レポートをアップしたいと考えております。宜しければ、引き続きお付き合い下さい。当初アップ日時:2007/09/15 09:01:50 AM
2007/09/15
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出国前から実況レポートを濫発しております。携帯からの更新の際に添付できるファイルのサイズの上限が拡大されたので嬉しくて…。今回の動画は京成船橋入線直前の車窓です。当初アップ日時:2007/09/15 07:51:59 AM
2007/09/15
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今回の成田空港への移動では久しぶりに京成スカイライナーを利用することに致しました。これから1時間の鉄道移動です。ちょっと嬉しい…。当初アップ日時:2007/09/15 07:07:45 AM
2007/09/15
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また、旅行に出発致します。数日で数カ国を回る予定でございます。とりあえずは、某航空会社のFクラスでシンガポールを目指すことに致します。コメントにお返事できていない状態で申し訳ございませんです。旅行中は、背景を変えています。勝手に不在モードと呼んでいます。帰宅した時点で、いつものブラックバックに戻します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/15
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今回も、恐山で撮影した画像をご紹介してまいります。前回では、霊場恐山の入る手前までをご紹介しました。今回は山門の向こうです。恐山も仏教施設の一種でして、割と典型的な配置で伽藍が設置されています。但し、このような荒涼とした風景の中に建物があるので、かなり雰囲気は「普通の神社仏閣」とは異なります。この建物は、恐山奥の院独特のものです。イタコの口寄せと言う表示が見えますよね。恐山は、まあ、次回ご紹介しますが、地獄の一部であると考えられていたようです。この世にある、あの世出張所みたいなものと思われていたみたいです。そんな訳で、ここに来ると、既に死んだ人と通信できると考えられてきたようです。そんなおどろおどろしい雰囲気の中に、こんなものもあったりするんですけど…。日本三大霊場とありますが、残りは比叡山と高野山だそうです。更に奥に進むと、奥の院が視野に入ってまいります。この参道の両脇に、こんな施設がございました。温泉であります。微妙な温泉です。何故か、温泉小屋だけは、粗末な造りにしてありました。しっかし…、こんな場所にある温泉に入る気になれる人が多いとも思えませんですよね。奥の院でございます。こちらは普通の寺院風でございました。普通に供養や法要を行う寺院と言う感じのものでございました。奥の院から山門を振り返って撮影したものでございます。ここまでが、恐山霊場の「この世の部」でございます。この奥の院の更に奥には、恐山の「あの世の部」がございます。まあ、地獄と地続きと言う場所です。次回はあの世の部をご紹介します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/14
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仙台駅構内のドコモのキャンペーンです。
2007/09/13
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突然ですが、週末は、また東南アジアに出かけます。電車中心から再び飛行機中心の旅行に重心が移りつつございますな。さて、本題です。前回まで何回かに分けて、「原子力船むつ」の今をレポートしました。今回からはガラリと雰囲気が変わります。こちら、恐山でございます。イタコで有名なあそこです。関根浜と言う下北半島の北端から南下したので山越えでアプローチすることになりました。恐山に入る前に、この展望台に立ち寄りました。山頂から湖を見下ろすと言う構図です。素晴らしい…。この山から下りていくと、湖畔に恐山の霊場がある訳なのでした。恐山に入る前に、まず、腹ごしらえでございます。恐山の山門前の食堂で頂いた蕎麦です。これが妙に美味しかったのでした。恐るべし恐山蕎麦。山門前のみやげ物店です。何故か陶器ばっか売ってました。こちらで参拝料を支払い、山門を潜ります。ここから地獄めぐりが始まる訳でございます。はい。ちょっと短いですが、今回はここで切ります。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/13
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この前にご紹介した旧交通博物館の逆側の車窓です。この大正時代のホームもいつまで持ちますやら。旧交通博物館が閉鎖されて1年以上経過しました。来月には鉄道博物館が開館します。時の流れは速いものです。
2007/09/13
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東京駅到着直前です。旧東京国際郵便局は取り壊されて、跡形もありません。
2007/09/13
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現在の東京地方の天候は激しい雷雨です。稲光してます。おとろしい…。雷鳴がとどろいております。まあ、そんな天候なので、大人しく自宅に篭っている訳です。この日記にトップページから入ってきて頂いている方は、既にお気づきかと思いますが、久しぶりに動画の在庫を一気にアップロードしました。先日、携帯を買い換え(F901ic→F904i)たので、そろそろ、古い携帯の中に入っているデータを吸い出しておこうかなと思いまして。作者としては、寝台特急「北陸」の上野駅13番ホームへの推進入線なんかが気に入っています。さて、今回も本題に入ってまいります。前回の日記では、「原子力船むつ」に使用されていた遮蔽体の強化コンクリートであるとか、原子炉の外殻などをご紹介しました。今回はこれから再開します。「原子力船むつ」にしようされていた原子炉の圧力容器でございますね。むつの圧力容器は、技術の世代が古いこともあってかなり大きな部類なのですが、それでも、圧力容器そのものはそんなに大きくありません。遮蔽物をはじめとする周辺設備が大きいのです。この辺りは、運転中は相当の放射線が来そうですね。制御棒の駆動装置であるとか、流量計であるとか、中性子検出器なんかの表示が見えますよね。たくさんのセンサーを取り付けて、遠隔操作で監視する、いや、せざるを得ない、と言う訳でございます。艦船用の原子炉を見ると、ついつい、映画「K-19」を思い出してしまいます。原子炉直上のハッチです。この大きさになると、ハッチというよりは甲板の一部にしか見えんのですが、ハッチです。原子力推進の船舶とは言えども数年に一度はウラニウム核燃料の取り出し及び装荷を行う必要があります。そんな理由から、原子炉の上は開閉できるように作る必要があります。今度は原子炉側面の防護です。まあ、原子炉自体の大きさもわかりますよね。何層にも渡るデッキがあります。この原子炉側面のデッキは箱状にしてありまして、原子力船が衝突した際であっても、原子炉にクリティカルな損傷が生じ難い構造を目指していたのでした。軍用の原子力推進船も同じような構造なのでしょうか…。原子炉関連はここまでです。次に、この「原子力船むつ記念館」の一番高い階に登ったのでした。原子力船むつ記念館から見下ろした関根浜港でございます。原子力船むつが原子炉を稼動させて試験航行に取組んでいた時にはここが母港でした。日本一の嫌われ船であったむつを隔離するために作った港ですので、物凄く辺鄙なところにございます。むつ以外の船が使用することはなさそうですね。現在は「原子力船むつ」の船体を利用して作った海洋地球研究船「みらい」が母港として使っています。それにしても……。なんで「むつ」等と言う不吉な命名を行ったのでしょうね。「むつ」と云われたら、普通は酷い沈み方をした、戦艦陸奥を連想してしまいます。縁起悪い名前と思わざるを得ません。何故か、船舶関係で縁起の悪いことをすると、大抵、実際に酷いことが起きるようです。関根浜港の対岸です。大望遠で撮影しました。物凄い量の風力発電機が見えます。「原子力船むつ」のブリッジでございます。ブリッジは、通常動力船も原子力推進船もあまり変わりはないような印象でした。ブリッジが通常動力船と同じような感じであるのに対し、機関室はまるで違います。通常動力推進船と違う、というよりも、船舶の施設と言う感じがしません。古い原子力発電所の主制御室みたいな感じでした。原子炉の構成もそうでしたが、炉心部のコントロールはほんの一部に過ぎません。一次冷却水から蒸気ジェネレーター、タービンに至るまでの大きなシステムをコントロールする場所なのです。表示板でも、制御棒の状況を示す部分は、ほんの一部に過ぎないのでした。原子炉シミュレーターを触る時には、緊急停止スイッチ<B型とP型で呼称は変わります、スクラムとかトリップと呼ぶことが多いようです>を探して、押し込むのが私の趣味なのですが、見つかりませんでした。炉心周辺の循環状況を示すパネルみたいです。結構英語表示が多いです。まだ、この時代の日本は原子力を日本語で完全に表記するレベルにはいたっていなかったのでしょうね。見れば分かりますが、斧です。「原子力第一船 "むつ" 進水記念 皇太子妃殿下 支綱切断斧 昭和44年6月12日 建造所 石川島播磨重工業株式会社 東京第二工場」と書いてあります。「原子力船むつ」がどれほど期待されて進水したのかが偲ばれません。当時の皇太子妃であった現皇后がこの斧で綱を叩き切った訳ですね。その後の「原子力船むつ」は正に「転落の人生」でした。放射線漏れを起こし、更には「放射能漏れ」と誹謗中傷され(事実ではないので誹謗中傷としか云えません)、日本一の嫌われ者になり、どの港も受入れを拒絶し、どのドックも修理を拒絶することになるのです。涙。 →軍事評論家=佐藤守さんがこの中傷報道の経緯を書いてます。 →「虚報・その3」と言う日記です。「原子力船むつ」の船舶検査証書です。原子炉からの放射線漏れから改修を経て、まともに動くようになって、ようやく交付されたものでございます。これを貰った時は嬉しかったでしょうな。最後の画像は、「原子力船むつ記念館」のもぎりのお姉さんです。こんな博物館があったのです。アトミックでしょ。でも、アトミックなのはここまでなのです。次回は科学技術から関係が薄い場所のレポートに致します。恐山です。宜しければ、引続き、お付き合いをお願い致します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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これも北陸旅行の際に撮影したものです。特急車両が沢山見えました。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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寝台特急「北陸」号の入線です。推進運転で入ってきました。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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もう偉い人が居ないので、参加者にも余裕が…。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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警視庁機動隊視閲式の最後の場面です。警視総監の訓示が終わるとこのように解散します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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現在連載中の「アトミック下北」での撮影分です。六ヶ所村の風力発電所です。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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かなり暗いので何が写っているか分かり難いのです…。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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最近駅とか空港に常備されるようになったAED(除細動機)の使用の実演です。「みんな離れて~」「ショックを実行します」「オレンジボタンを押してください」【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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同じく、北陸での撮影分です。AEDの準備もちらりと入っています。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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とりあえず、人工呼吸してます。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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これも北陸での撮影分です。熱射病の救護法の実演です。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/09/12
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