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『文章読本さん江』斉藤美奈子(筑摩書房) 上記「文芸評論書」の読書報告の後半であります。 筆者の斉藤美奈子氏の本は、私はさほど読んでいないながら、読んだ三冊についてはことごとく面白かったという感想を、前回に述べました。 この度報告の上記本は、その三冊目の面白かった本であります。 そういえば、確か出版されたての頃、小説家の高橋源一郎氏が本書を褒めていたと思い出しました。(高橋氏はわりと新しい作品に甘いという気もしますが、それでも高橋氏の評価は、現代の「権威者によるお墨付き」の一つでありますよね。) そしてこの度私も読んでみて、なるほどと感心もし、これはもはや堂々たる文芸評論ではないかと思うに至りました。 実際なかなか良くできた本でしたが、内容を一言で言えば、多くの人が我こそはと名乗りを上げたがるようなジャンルには、必ずやそこに人間らしい姑息さと旨味があるものだということを、イキのいい分析で暴露した本といえましょうか。 いかにもこの筆者らしい、同時に軽快さのあふれる本でもありました。 さて筆者は、百鬼夜行・侃々諤々・喧々囂々たる文章読本の世界を解読するに当たって、そもそも「文章」とはなんぞやと言う、基本的すぎて、思いがけず誰も気づかなかった視点を持ち出してきます。 ここでいう文章とはなんぞやというのは、文学的な視点や概念ではなく、何種類かある『文章読本』の作者が、あれこれ指示と教えをなすのは、そもそも何のために書かれる文章に対してなのか、という極めて基本的な問いかけです。 それは、もちろんメモとか日記なんかはその中には入らないという、あたりまえだけれど、よく考えれば、そこからまたいろんな事が見えてくる設問の仕方であります。 そして、「ちょっと気取って書け」「名文を読め」「文は人なり」(このキャッチフレーズ=殺し文句は丸谷才一)という、ほとんど権威になりかかっている「お教え」を手がかりに、さらに読み解いてゆきます。 するとそこに見えるのは、思いがけない文章世界のヒエラルキー(階層性)なんですね。 そして更にそこには、事大主義と差別意識(あの本多勝一や井上ひさしにしてからも!)が大きく横たわっているという事実に、いきなりたどり着いちゃうんですね。 この辺の展開は、なかなかみごとなものであります。 例えば、「名文を読め」の「名文」とは、実はことごとくがヒエラルキーの頂点に位置する小説家・文筆家の文章であり、「文は人なり」という魅力的な言い回しについても、少し以前の例ですが、「酒鬼薔薇少年」の犯行声明を例に挙げて、この言い回し=常套句が、いかに嘘っぱちの虚仮威しの精神主義であるかなど、ほとんど「定説」を木っ端みじんに打ち砕いてしまいます。 いやー、実に痛快でありますね。 中でも出色が、井上ひさしが「猪苗代湖ほども深く広い」と絶賛した、野口英世の母親・野口シカの手紙文についての個所であります。 これは、確かに僕もかつて井上ひさしの『文章読本』を読んだ時に、大いに感心し、思わず「痺れた」個所でありました。 しかし筆者は、この「絶賛」を、「珍獣を愛でるのと同じ発想」であり「差別の裏返し」であるという、「あっ」と驚く切り口で、すっぱりと切って捨ててしまいます。 まさに、思わず息をのむような「圧巻」であります。 こういった、言語感覚における「反射神経・運動神経」の良さは、『妊娠小説』以来一貫して読み取ることのできる、いかにもこの筆者らしい「気っぷの良さ」の持ち味であります。 そしてこの本においても、それは隅々にまで十分発揮されていました。 カタルシスを覚えるような、本当に心地よい読後感でありました。 この本は、現代の「文章論=文芸評論」として、まさに必読だと思います。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.31
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『文章読本さん江』斉藤美奈子(筑摩書房) この筆者は本当に文芸評論家なのかどうか、少し分からないところがあるような気がします。 でもそんなことを言い出すと、「何やさん」なのか(何を専門の研究分野にしている人なのか)分からなくなる物書きや評論家がいっぱい出てきそうです。 現代という時代は、いろんな現象がクロス・オーヴァーし、もはや単純に物事を区切ることはできない時代なのだということにして、まず、ここんところのハードルはクリアしてしまって、えー、よろしいでしょうか。 さて、斉藤美奈子(漢字違いの同姓同名の人がいるようですが)といえば、今となっては昔、『妊娠小説』(ちくま文庫)でデビューなさった方ですが、1956年新潟生まれとあって、私なんかと同じような世代の方であります。 同じくらいの世代の方の活躍って、やはり何となく気になるものですが、『妊娠小説』を読んだとき、私はけっこう面白いと思いましたね。 日本の近代文学の系譜に間違いなく「妊娠小説」という系譜がある(例えば鴎外の『舞姫』から村上春樹の『風の歌を聴け』まで)という切り込みの角度は、とてもユニークに思えました。 えーっと、今、『妊娠小説』の文庫本を探したのですが、どこにいったのか部屋に見あたりません。だから、以下、ちょっとうろ覚えで書いてみますね。すみません。 まず冒頭に「妊娠小説」という定義について述べてあったと思いますが、それがなかなか奮っていました。 実はそもそも「妊娠」なんていういい方の中に、すでに「望まれぬ」という要素が入っていると筆者は説きます。じゃあ「望まれる」妊娠はどう言うのか。それは、「お目出た」あるいは「(御)懐妊」だそうです。 うーん、この言語感覚は鋭いですねー。こういった方向の言葉の捉え方は、私、とても好きです。私は、非常に納得しました。 それで、この本を読んだ後も、斉藤氏のことを少々気にはしていたのですが(ほぼ同世代人でもあることだし)、なぜか結構長くその次を読まないでいました。 で、やっと読んだ「その次」が、ブック・オフで見つけた(これは今手元にあります)この本でした。 『読者は踊る』斉藤美奈子(文春文庫) この本もとても面白かったです。 どこが面白かったかというと、まず、気っぷがいいことですね。 本作のような、時評なような文芸評のような文章は、鮮度と気合いが命というところがあって、たまにスベッテしまうところもあるけれど、多岐に話題が及びつつ、魚河岸のような威勢の良さがあって、とても心地よかったです。 次に、『妊娠小説』の時は、理論の背景にあるフェミニズムに惑わされて、あまり気がつかなかったのですが、本作を読んでみて、とても反権威的な作りであることがわかり、(個人的な好みながら)私としては、非常に気に入りました。 (この作品にもフェミニズムの影響は、きっとなくはないんでしょうが、それよりも、一匹狼のケンカ好きの筆者という感じが近いと思います。) など、とても楽しい読書だったし、この作家はやはり割と信じられると思ったのですが、「学術的」にいえば、やはり一種の「パチもん」みたいなんかなーという気も(少し残念ながら)しました。 そして、ほぼ同世代人として、大いにがんばってほしいものだという感想を抱きつつ、次に読んだのが、やっと冒頭の一冊であります。 以下、次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.29
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『家・上下』島崎藤村(新潮文庫) 島崎藤村は明治三十九年に『破戒』を世に問い、一躍新時代の小説家として、中央文壇に名乗りを上げます。 多くの文学者が、『破戒』を絶賛しますが(漱石も手紙に、紅葉は後世に残らないかも知れないが『破戒』は残ると、やはり絶賛に近い評価をしています。)、翌年、田山花袋が満を持して『蒲団』を発表すると、世間の「新時代の小説」の評価は、『破戒』から潮が引くように離れていきます。 就中不可解なのは、藤村自身があっさり『蒲団』の前に白旗を掲げ、以降、その後塵を拝するような作品を発表し続けたことですね。 さて、その一連の作品の一つが、今回取り上げました『家』であります。 しかし、私、ふと気が付いたんですが、藤村自身の半生をモデルに描いた本シリーズは、発表順が微妙に時間軸順になってないんですね。 こんな具合です。 (1)作品内容の時間順序・『桜の実の熟する時』→『春』→『家』→『新生』 (2)作品の発表順序・『春』→『家』→『桜の実の熟する時』→『新生』 最後の『新生』が、他作品の発表時と平行するように起こった事柄をモデルにしているため最後に来るのは分かるとしても、『桜の実~』がなぜ、三番目に来たんでしょうね。 たまたまかも知れませんが、ひょっとしたら、ここに藤村の苦悩が見えるのかも知れません。 それは一言で言えば、藤村の、小説家としての想像力不足であります。 花袋の『蒲団』にあっさり白旗を揚げたのも、或いはそのせいでしょうか。 何しろ百戦錬磨の藤村です。一端本格小説的系譜の『破戒』を発表したものの、この方向に突き進むには、基本的に自らの資質が合っていないことを、素早く察知したのかも知れません。 さて、何を言おうとしているかというと、ちょっと大風呂敷を広げておいて、ヒジョーに情けない話なんですがー。 それは少し前に、『桜の実の熟する時』を読んだ時にも、私、感じたことです。 もちろん「巨匠藤村」ですから、決して酷いというわけではありませんが、何というかー、「相変わらずおもしろくないなー」という感想であります。(えー、っと、すみません。) 作品内に流れる時間軸順では、自身のモデル作品の第一作目となる青春前期を描いたものですが、いかにも自然主義的「おもしろくなさ」が、そのままであります。(ただ後半は、少し面白かったです。親や周りの期待を裏切って文学を目指し始めるところですね。) そして、本作『家』であります。 ちょっと前に、『夜明け前』を読破致しまして、その時のことを忘れていたのですが、読みながら思い出しました。 「せやせや、この作家の本、おもしろくなくってしんどかってんや」と。 『家』は、『夜明け前』よりさらにおもしろくなくってシンドイです。 その理由は、完璧に一族郎党・身内小説になっているからです。 ちょっと、話題を変えてみます。(毎度のことで、すみませんねー。) そもそも極めて日本的な「私小説」ですが、この系譜は、細々ながら現在でも生きているんですね。ただ現在の私小説は、なぜか「攻撃的」な感じのものが多いですねー。 (例えば、藤枝静男、車谷町吉など。) それはなぜかと考えると、この21世紀の今の時代に、臆面もなく我が事のみを書き綴っていくことに、作者はきっと恥ずかしさを感じるんですね。で、そこから「逆ギレ」する、と。 そう考えますと、まー、異なる時代とはいいながら、藤村は、よくもまー、自分の一族のことばっかり、臆面もなくこれだけ書けるものだなと、少々感心はしないでもなかったです。 でもなんというか、こういう「世間話=ゴシップ」小説って、読み終えると変に「クセ」になりそうなところもありますね。 その「クセ」になるのを逆手にとって、最後に大物を一発モノにしたのが、島崎家のルーツをどーんと遡った『夜明け前』ではなかったか、と。 うーん、なるほど流石に「巨匠・藤村」、「悪賢い」ですなー。(すんません。) 実は私、このシリーズ本、みんな持っているんですね。 ということで、これから頑張って読破してみたいと思っております。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.26
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『風俗小説論』中村光夫(新潮文庫) えー、上記本の読書報告の第二回目、後半であります。 実はこの本、私はむかーしに、一度読んでいるんですね。 というより、私の「自然主義文学」に対する基本的理解はほぼこの作品から出ている事に、この度気が付きました。 ただ、今読むとさすがに、若かった無知だった頃と違って(無知は今も一緒という気もしますが)、ちょっとあなた、言い過ぎなんではないかい、という感想も持ちました。 とにかく筆者は、日本型自然主義小説こそが、現在(といっても昭和二〇年代中盤)の小説の「凋落・崩壊」の元凶と繰り返し説いて止みません。 本ブログを書きだしてからかなり見方が変わりましたが、私の、田山花袋に対する全く故のない「偏見」なんかは、全くこの評論に負っていたんですね。 若き日の読書は、考えれば罪作りな話ですねー。 (また別の話ですがー、クラシック音楽についても、私はカラヤンの演奏について、故ない偏見を持っていたんですが、これも考えてみるとクラシック音楽鑑賞ビギナーの頃、「U氏」の音楽評論を結構読んだせいですね。ビギナーの選ぶような本って、この様に考えると、とっても大事ですねー。) えー、話題を戻しまして、中村光夫の日本自然主義文学に対する断罪ぶりを簡潔に(簡潔すぎてピントはずれになっているような気もしますが)まとめてみますね。こんな感じです。 西洋の自然主義が、例えば「大工」という職業の人間の「生活=自然」を、作家が想像力を駆使してリアルに描く事で「社会性」を手に入れたのに対して、花袋らのまずかったのは、オレは作家なんだから、作家のオレをリアルに書けば「自然」じゃないかと、大声で言いふらした事にある、と。 で、周りのみんなも、そういえばそうだよなー、第一その方が、あれこれ想像しなくていいしなー、と、簡単に乗ってしまった馬鹿さ加減にある、と。 その結果、文壇の小説は、ことごとく小説家が主人公の、あるいはそれに準ずる「インテリゲンチャ」が主人公の小説ばかりになり、全く社会性を持たず、視野の狭い、身内だけのつまらない小説だらけになってしまった、と。 だから、花袋は本当は、オレは小説家小説で行くけれど、みんなはオレの真似しちゃダメだぞー、と言うべきだったんですね。 みんながみんな、小説家小説になっちゃあつまんねーからよー、お前達は別の職業について書けよなー、島崎、おまえは、農家でいけよ農家、おい徳田ー、お前は博打打ちの小説なんてどうだ、似合ってそうだぜ、で、めいめいがめいめいの人生についての小説書いて、そこで、勝負しようぜー、と言えばよかったんですよね。 うーん、実にわかりやすいまとめになったと、思わず自画自賛しますが、なんか、いっぱい大事な事を落としているような気もするな。 でもまー、大概は目をつぶって、ほぼこういう事だったとご理解いただきます。 でも、たったこれだけの事が、いえ実際真面目な話、近代文学の黎明期には、おそらく難しかったんでしょうね。 日本の文学が、「社会小説」にならず「風俗小説」でしかないという状況、それは、どこに問題があるかといえば、作者の視点が、外部(社会)に向かわず、内部(自己)にのみ籠もっているため、思想性も広がりもないものになってしまったということがひとつ。 そして就中筆者が強調するのは、この伝統がすでに半世紀以上続いた事によって、日本語小説の表現そのものにおいて、社会性や思想性を盛り込む小説的言質が、いまだに準備されていない状態にあるということです。 つまり、今から新たに書き出そうにも、小説の中に盛り込む社会性や思想性を表現する言葉が、まだないという事ですね。 なるほど、これが筆者が主張する、自然主義文学の産んだ「いびつ」さの中心ですかねー。 さて、この中村氏の評論は、昭和二十五年に書かれています。 この「現代文学」を取り巻く状況は、今はどうなっているんでしょうか。 現在は、そもそも文学にそんなものを求めなくなって久しいという、少し淋しい思いもありながら、それでも、中村氏の主張した「文学状況」はすでに過去のものなり、今は新たな発展を遂げようとしていると、ちょっと、希望と共に信じたいものでありますね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.24
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『風俗小説論』中村光夫(新潮文庫) 久しぶりの文芸評論です。 このブログの基本的なコンセプトは、 「高校国語副読本・近代日本文学史の教科書に載っている様な作品の読書報告をする」というものでしたので(確か、そうだったように思うんですがー?)、小説についてもあまり新しいのは取り上げていません。 もう少し広く取り上げてもいいかなと言う気はしないでもないんですが、新しい作品についての読書報告を、例えばネットで検索してみると、 (1)かなりの報告がある。 (2)毀誉褒貶、ほんとうに百家争鳴・百鬼夜行(?)状態である。ということで、まー、その上に、私のような「無知と偏見」を売り物にしているような(いえ、決してそんなつもりはないんですけれど)報告を、さらに「屋上屋を架す」ように書かないでもいいのではないか、というか、まー、そんな風な百家争鳴状況に自分も入っていくと考えると、もうそれだけで、面倒になってくるんですね。 まーいーかー、と。 それはよくない事なのかも知れませんが、特に最近私は、議論については、やや否定的になってきています。 話がどんどん逸れているんですがー、まー、いつものことか、で、許していただいて続けますが、テレビなんかの討論番組ね、あれのせいですかね。 意見を交わしあって纏まるというシーンをほぼ私は見た事がないです。 もちろんあれはテレビという「見せ物」内の話だからかも知れませんが、私はあれを見ていて、ほぼ確信に近い意見を持つに至りました。 「人は、他人と論争をして、自説を変える事はまずない」という、実に身もフタもない結論を得るに至りました。 そんな風にお感じになりませんか? (おまえは、この説は変えないのか、と聞かれると、少し変えるに足るだけのものを見せていただいたら、本当は喜んで変えたいと、あ、矛盾、してるな、でも、思います。) というわけで、今のところ新しい小説は、あまり取り上げるつもりはありません。 というより、古い小説に何と面白いものがあるのかという関心の方が、現在のところ強いです。 という事なんですが、さて、「文芸評論」であります。 今でも、文芸評論の新刊書って、出版されていますよね。私が、(あまり興味がないせいで)見落としているだけですよね。 この前、何かの拍子に、このブログで「詩」を取り上げるのは如何、を自ら考えましたが、文芸評論は、詩に比べますとやや私でも取り上げられそうなのもありそうです。 それに、報告するメインの作品としては立てていないながら、実際は、ほぼ報告しているに近いということも何度か行なってきました。 ということで、「文芸評論」については、以降、もう少し幅広く取り上げていこうと思いますが、さて、冒頭の、いかにも文芸評論らしい文芸評論、でありますねー。 なんか、筆者名も、とっても「懐かしい感じ」がしますね。少なくとも、一昔前(「三昔前」くらい?)の文学部出身者にとっては。 小林秀雄が、もちろんこの「組」の「親分」ですよね。そこに、この中村光夫とか、平野謙とか、花田清輝とか唐木順三とかー、その辺の人達が「幹部級」ですね。 それにあと、まだまだいろんな人がいましたが、えー、ちょっと忘れちゃいました。ごめんなさい。 とにかく、そんな一度くらいは「臭いメシ」を喰って、お勤めご苦労さんでしたをやった「幹部級」の一人が、中村光夫氏であります。 えー、おわかりになりますでしょうか。 なんだかいっこうに「本題」に入っていないように気もしますが、そんな事ありません。 徐々に、入っておりますが、以下、次回に。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.22
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『赤蛙』島木健作(新潮文庫) 上記作品の読書報告の後半であります。 昭和八年、日本が第二次世界大戦へと突き進んでいく中で、作家・小林多喜二は特高警察によって虐殺されます。 そしてそのほぼ直後におこった、共産党幹部の獄中からの転向声明をきっかけに、プロレタリア文学は雪崩を打って崩壊、多くの左翼作家が、共産主義思想を放棄しました。 その時の転向の苦悩を、私小説風に描いたのが「転向文学」であります。 「転向文学」は、そもそもこのような苦悩を描くという最大公約数的テーマを持ちます。 ならばそこに描かれるものは、痛ましさ以外の何者でもないとは思うのですが、にもかかわらず、書かずにはいられないという作者の思いと倫理感が、一種の「誠実さ」となって、読者の心を強く打ちます。 この度の島木の短篇集もそうですし、かつて僕が、佐多稲子の短篇集を読んだ時にも同じ思いを強く持ちました。 ただ、佐多は、戦後も長く生き抜き、転向からさらに終戦後の変化を見つめる事ができましたが、島木健作は、昭和二十年八月十七日、終戦のわずか二日後になくなります。 前回の報告には、ほぼそこまでを書きました。 さて後半ですが、この小説集は、そんな筆者の晩年の作品を中心とした短編集になっています。 そのうちの半分は、主に前回の拙ブログで取り上げたような、私小説風の、いかにもと思わせる「転向小説」です。 一方、残りの数作は、死を間近に控えたまさしく晩年の「掌編」です。 短篇集の総題になっている『赤蛙』などがそうですね。 この「赤蛙」の外にも、「黒猫」「むかで」「ジガ蜂」などの動物が描かれています。 実はこれらの作品が、島木健作の業績の中では、「転向文学」ジャンルとは少し異なる極めて高い評価を得ている「掌編」であります。 それは、一言で言えば、例えば志賀直哉のような、あるいは梶井基次郎のような、純粋で詩的で、きわめて芸術性の高い「自然観照」を描いた作品であります。 例えば、『赤蛙』にはこんな場面が描かれます。 それはいかにもざんぶとばかりというにふさわしい飛び込み方だった。いかにも跳躍力のありそうな長い後肢が、土か空間かを目にもとまらぬ速さで蹴ってピンと一直線に張ったと見ると、もう流れのかなり先へ飛び込んでいた。さっきのあの尻の重そうな、のろのろとした、ダルな感じからはおよそかけはなれたものであった。私は目のさめるような気持だった。遠道に疲れたその時の貧血的な気分ばかりではなく、この数日来の晴ればれしない気分のなかに、新鮮な風穴が通ったような感じだった。 うーん。なんだか、志賀直哉みたいでしょ。とても瑞々しい、すばらしい描写ですよね。 『黒猫』という作品にはこんな描写もあります。 其奴の前身は誰も知らなかった。大きい黒い雄猫である。ざらにいる猫の一倍半の大きさはある。威厳のある、実に堂々たる顔をしている。尾は短かい。歩き去る後姿を見ると、その短かい尾の下に、尻の間に、いかにもこりこりッとした感じの、何かの実のような大きな睾丸が二つ、ぶらぶらしない引き締まった風にならんでいて、いかにも男性の象徴という感じであった。 うまいですねー。睾丸の描写が絶品ですねー。 こういう、自然物を描きながら、そこに作者の深い精神性を投射させるという書き方は、日本文学が得意とするもので、古来多くの名作があります。 それは特に、電車に轢かれて死にそうになった志賀直哉が書いた『城の崎にて』や、島木と同様に、結核のために自らの死を絶えず見つめざるを得なかった、梶井基次郎の諸作品に際だって見られる「孤独な詩人の魂」であります。 ただ、島木のこれらの一連の作品についても、実は異論がある事を知りました。 この晩年の作品群を、評論家・中村光夫は、かつて日本文学になかった「新しい世界観」と高く評価した一方、同じく評論家・平野謙は「むかしながらの日本的心境にほかならなかったとは、なんという哀しさであろうか」と、批判的に述べています。 (僕の理解は、平野謙よりのものですが、僕はそれを極めて肯定的に感じています。) この両者の180度異なる評価も、極めて興味深いところではあります。 しかしともあれ、今回の短編小説集は、僕にとっては久しぶりの、作者あるいは作品に対して、その誠実な魂の感じ取れる、高い信頼感を置く事のできる作品でありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.19
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『赤蛙』島木健作(新潮文庫) さて、島木健作という作家、初読です。 恒例の、高校国語副読本・日本文学史によりますと、「転向文学」のジャンルにあります。 なるほど。こんな感覚のものが転向文学なんですね。 例えばこんな場面。 主人公・耕吉は暗い過去を引きずって尾羽うち枯らし、古本屋をしている叔父の家で、居候のようなことをしています。 ある日、叔父が用事があって行けないと言うので、初めて、代わりに「洋書の市」に行きます。しかしそこで耕吉は、他の同業者から冷笑されるような、高額な入札をしてしまいます。その後もトラブルがあって、耕吉は激しい自己嫌悪に陥ります。 その直後の描写。 「おれはどうやって生きて行ったらいいものだろう?」 耕吉はもう何ヶ月もそのことについて思い煩っていた。どうやって生きていく? それは高い理想から出発した問いかけではなかった。それは平凡になりわいの問題だった。日々のパンをどうして得て行ったらいいだろうということだった。が、またそればかりでもなかった。……どんなにパンのことであるにしても、そういう問いかけは、性質上、やはり理想とは無縁ではあり得なかった。 (『煙』) とっても、暗いですね。 そして、どこか、好感の持てそうな誠実さを感じます。 また、別の短編には、こんな描写もあります。(この本は、8つの短編小説から成っています。) 彼はその小屋で簡単な貧しい自炊生活をした。月に三十円あれば暮すことが出来た。彼は自分をみじめにも哀れにも思わなかった。卑屈な思い出に満ちた過去から身も心もさっぱりと清められ、新しい生涯がこれから始まるという気持ちだった。 (『蒲団』) 話を冒頭の文学史教科書に戻しますが、そこには「転向文学」として、こんな作家と作品名が挙がっています。 中野重治『村の家』・村山知義『白夜』・島木健作『生活の探求』・高見順『故旧忘れ得べき』など この中では、村山知義以外は、一応少し囓っています。『村の家』も読みました。 しかし、もうひとつ、印象がないんですよねー。高見順の読んだのは、もっと大衆小説っぽいのだったし。 ということで、僕は、「転向文学」についてはほぼ無知である事が分かりました。 で、この度の島木健作ですが、上記でも触れましたが、作品そのものになんだかとても誠実そうな印象を受けました。 そこで、少しだけ筆者について調べてみたんですが、こんな文章も見つかりました。 私は私のたどたどしい人生の歩みのある時期において、転向といふ抜きさしならぬ問題に逢着した。私は肉体の上にも精神の上にも、いやすことの出来ぬ傷を負うた。ある考へ方からするならばそのやうな人間は、その時限り、社会の表面へは立つべきではなかつたかもしれない。生きながら死ぬべきであつたかもしれない。しかし私は若く、私はなんとかして生きたかつた。このまま滅びるといふことは堪え得なかつた。 転向者は烙印を押されてゐる、それは一生ついてまはる--私はさういふやうなものいひをしてきた。……私は私の運命が暗い星の上にあるといふことを感傷やあまえた気持ちからでなく信じてゐる。 誇張でなく私は一日として死について思はぬ日はない。死ぬべきであつたものが生きてゐるといふ感がふかい。 (「『生活の探求』について」) 作者の生の文章だけでなく、小説においても、このように重くも真剣で誠実な文章は、そういえばかつて読んだ事があると考え、「ああ、やはり」と思い出したのは、佐多稲子の小説でした。 佐多稲子も、上記教科書の「転向文学」の記述にはなかったですが、やはり「転向」を経験した作家でした。 後半に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.17
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『午後の曳航』三島由紀夫(新潮文庫) 上記小説の読書報告の第三回目、最後です。 三島由紀夫の作品を久しぶりに読みましたが、久しぶりに読んでも、いえ、久しぶりに読んだからなのかも知れませんが、この文章は、やはりすばらしいですね。 滑らかで、端整で、そして、とても華麗だなと思います。 例えばこんな文です。 母はやがて男のシャツの釦に触れて何か低声で言い、フロア・スタンドのにぶいあかりをつけて、前景へしりぞいた。覗き穴から見えぬ部屋の角の、衣装戸棚の前で、母の脱衣がはじまった。帯の解かれる丁度蛇の威嚇のような鋭い音と、やわらかな着物の崩れ落ちる音が近くでした。覗き穴の周辺には、俄かに母のいつも身につけているアルページュの香りが漂った。むしあつい夜を歩いてきて、ほのかに酔って、汗ばんだあとで、脱衣のときに放たれるその香りが、こんなにもきつく熟れているのを登ははじめて知った。 この箇所はさほどでもないですが、こういうのを、「心理主義小説」って言うんですかね。登場人物のほとんどあらゆる行為に、心理の説明が入っています。 なかなか面白いとも思いますし、しかし一つ間違ったら、煩わしくなりかねません。 「一つ間違ったら」という関連で言えば、この小説のテーマについても同様です。 前回の報告の最後でちらりと触れましたが、「ヒロイズムあるいはロマンティシズムの果ての死」というのが、たぶんそれだと思います。 上記の引用部分に出てきますが、「母=房子」は、横浜で高級輸入服店を営む三十代前半の未亡人。「登」は十三歳のその息子。「男=竜二」は、房子の恋人となって未だ日も浅い「海の男」です。 そして上記引用文からも分かりますが、十三歳の息子は、自分の部屋の覗き穴から、隣室の母の部屋で繰り広げられる、母と恋人のベッド・シーンを覗くわけですね、再三。 (うーん、いかにも三島の好みそうな設定ですねー。) そしてそこに、この「登」の所属する、アナーキーで英雄主義的な十三歳の少年達の集団が登場します。 ストーリーは、比較的図式化しやすいです。 一言でいうと、「海の男=竜二」が「女=母=房子」との恋のために、栄光の「海」を捨て、「醜悪」の象徴のような「父親」になろうとしているのを、少年達が「断罪」するという話しです。 実は僕はこの少年達の存在が、どうも今ひとつよく分かりませんでした。 リアリティという意味ではありません。 もとよりこの少年達(子猫を放り投げて殺し、解剖し、心臓を握りつぶす少年達)は、「リアリズム」なんかで描かれていません。 ただ、この少年達の論理が僕にはよく分からないために、この少年達の存在が、とても図式的で作り物めいた「段取り」に見えてしまうわけです。 少年達の「首領」がこんなことを言っています。 「僕たち六人は天才だ。そして世界はみんなも知ってるとおり、空っぽだ。何度も言ったけど、このことをよく考えてみたことがあるかい。その結果、僕たちにはあらゆることが許されている、と考えるのはまだ浅いんだ。許しているのは、僕たちのほうなんだ。教師や、学校や、父親や、社会や、こういうあらゆる塵芥溜めを。それは僕たちが非力だからじゃない。許すということが僕たちの特権で、少しでも憐れみを持っていたら、これほど冷酷にすべてを許すことはできないだろう。つまり僕たちは、いつも、許すべきでないものを許していることになる。許しうるものは実はほんの僅かだ。たとえば海だとか……」 でも、こうして抜き出してみると、なんか、少し怪しい新興宗教集団とか、株であぶく銭を稼いでいるグループとかで、こんなこと言ってそうな気もしますね。 ひょっとしたら、こういう事かも知れません。 この「ちびっ子ギャング」のような少年達は、実は、昭和三十年代後半の日本の「時代感覚」に、鋭敏に反応した結果として、筆者が産み出したものではなかったか。だから、今ではいち早く古びて感じられるのではないか、と。 もしも三島由紀夫が、今の時代に生きていたならば、三島はこんな「ちびっ子ギャング」など出さずに、もっと不定型なものによって、「堕ちた英雄=竜二」はもっと惨めに殺されてしまうように描くのではないでしょうか。 (少年団の「首領」の少年によると、竜二の断罪は、「落ちた歯車は、又もとのところへ、無理矢理はめ込まなくちゃならない」という論理になっています。) とすると、昭和三十年代後半(考えてみれば、爛れたような未曾有の「繁栄」をその後間近に控える昭和三十年代後半)の日本って、実はとても「昂揚」していた時代であったのですかね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.15
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『午後の曳航』三島由紀夫(新潮文庫) 上記小説の読書報告第二回目です。 前回は、考えてみれば三島の本も長く読んでないよなー、と、気まぐれに思った私が、でも「三島本」なら読んでいるぞと、こんな本を取り上げてみました。 『三島由紀夫の日蝕』石原慎太郎(新潮社) 筆者・石原氏については、私は個人的には余り好まない方だなーという思いがあり、そんな先入観もあったのですが、読み始めますと案に相違して、とっても面白いじゃないかー、となったわけです。 どう面白いかと言いますと、まず、石原氏が、三島由紀夫をちっともほめていないことであります。 就中、三島の自決と、それに至る過程について、非常に巧妙に、身も蓋もない言い方で言いますと「馬鹿」にしています。 石原慎太郎は、三島の死を、肉体・行為に対する三島の徹底的な才能のなさがその原因だと喝破しているんですね。 これは、それなりに、なかなか、とても、非常に、面白くないことはない説、と、私は思います。 三島の恐るべき文学的才能に比べて、三島の肉体は、目を覆うばかりの圧倒的非才であり、それが彼の行為に対するとんちんかんを生み出し、そしてなし崩しにあの「死」になだれ込んでしまったと、石原氏は説きます。 うーん、なるほど。私は読んでいて、三島の死について、霧が晴れるように、非常に明快に理解することができました。 ただ、こんなにすっきりとしてしまうのは、これはこれで少し胡散臭い気もしますねー。しつこいようですが、なんせ政治家・東京都知事・石原慎太郎ですから。 ともあれ、石原慎太郎の本なんて三十年ぶりくらいに読みましたが、さすがに文章はしっかりしているし、マスコミなんかで放言している内容と比べてみてもとても出来がよいことに、困ったことだなー(あ、別に困りませんか)と、私は感じてしまうのでありました。 そしてこれはひとつ、「三島本」ばかり読んでいる場合ではないな、と。 で、冒頭の『午後の曳航』であります。 さて、三島由紀夫という人は、年譜的にはとってもわかりやすい人ですね。 何より、個人の年齢と昭和の年数が一致します。 (漱石は、年齢と明治の年が一緒で、これもとてもわかりやすかったですが、晩年、元号が変わってしまって、ちょっと分かりづらくなってしまいました。) その上、大体二十歳でデビューをしてから、おおざっぱに五年ごとに代表作を書いています。こんな感じですね。 昭和20年(1945年)20歳 頃 文壇デビュー(『花ざかりの森』昭和19年) 昭和25年(1950年)25歳 頃 『仮面の告白』(正確には昭和24年) 昭和30年(1955年)30歳 頃 『金閣寺』 (正確には昭和31年) 昭和35年(1960年)35歳 頃 『鏡子の家』 (正確には昭和34年) 昭和40年(1965年)40歳 『豊饒の海』(第一巻『春の雪』連載開始) 昭和45年(1970年)45歳 『豊饒の海』完結・割腹自殺 とってもわかりやすいですね。(正確な方を取ったら、あんまり分かりませんけどー。) で、『午後の曳航』が何処に入るかというと、昭和38年書き下ろし出版、ということで、『鏡子の家』の時代なんですね。 45歳で亡くなることから考えますと、「晩年」と言っていいくらいの時期の作品ではありませんか。 (しかし、こうしてみてみると、本当にこの方は「早熟」ですねー。でもその揚げ句が、45歳の割腹自殺ですもんねー。) 今、この小説を「晩年」の作品とも考えられると書きましたが、この小説をもって、三島の「終わりの始まり」と考える評論家も、少なからずいるようですね。 「ヒロイズムあるいはロマンティシズムの果ての死」というのが、本作のテーマであり、そして何やらそれは、筆者自身の「終わり」の行為に重なるようなところがあるからでしょうか。 いよいよ次回から、本作の読書報告に入っていきます。 (えーっ、やっとー、ですかー。) よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.12
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『午後の曳航』三島由紀夫(新潮文庫) 以前、拙ブログで、若かった頃好きだった作家の本を、今はほとんど読んでいないなーという「嘆き」を書きました。 本当にそうだと思いますが、じゃあその原因はと考えると、どうもよく分かりません。 読書時間が減ったからといえば、学生時代と比較すれば、まぁもちろんそうでしょうが、それでも現在の僕の一日のうち、仕事と、生存上必要な事柄に費やす時間(睡眠とか食事とかトイレとか、そんなんです)以外で最も大きい「シェア」を占めているのは、たぶん読書の時間です。 ちょっと考えてみたのですが、たぶんそれは、読書時間の多寡のせいではなくて、「再読意欲」に関することではないか、と。 「再読意欲」とは、今、僕が考えついた表現ですが、それは、まー、こんな感じのコンセプトですね。 (1)僕自身の、ぜひもう一度読みたいという気持ち。 (2)これは再読しておくべきじゃないかという、どちらかといえば、外部からの「必要性」。 この(2)は、便利そうな「理由」ですね。 なぜ再読しないのだという質問を受けたときに、「再読に足る作品がないじゃないか」と、人のせいにできます。 ともあれ、そんな風な「理由」で、若かった頃、あれほど一心に読んだ作家の小説は再読されず、好きだった新潮文庫は、すでに小口が日に焼けてしまって久しい状態になっています。あーあ。 とはいえ、まるで再読をしないというわけでは、ありません。 若かった頃好きだった作家で、今でも時々読み直す作品は、いくつかあります。 その一方で、作品の再読はほとんどしないものの、何となく気にはなって、その作家に関する本を手に取るという作家も、僕の場合あります。 三島由紀夫なんかが、それに当たるんですね。 三島に関する本は、本人はすでに亡くなって四十年になんなんとしていますが、一般書としても、未だに時々新刊書が出ますね。 ある種の人々にとって、やはり、大いに気になる作家なんでしょうかね。 僕も、今年もいくつか読みました。ちらほらと結構読んでいるなーと、思います。 そして、先日、ブック・オフで見つけて買って、読んだ本がこれであります。 『三島由紀夫の日蝕』石原慎太郎(新潮社) まず、著者の東京都知事ですが、本当のところ、この方のことをどれくらい僕が知っているかと言えば、そんな知識はほとんど「皆無」なんでしょうが、マスコミなんかで見聞きしているぶんには、まぁ、申し訳ないながら、あまり好きではない人みたいです。 (これは、純粋に僕の好みの話しでありまして、誰からも納得いただけるような理路整然とした理由があるわけではありません、念のため。) で、その石原慎太郎の本は、昔、僕が高校生くらいの頃、新潮文庫で『太陽の季節』などの初期の小説を数冊読んだきりです。 結構楽しく読んだ記憶はあるのですが、それ以降は特に読みたいと思ったこともありませんでした。ただ、少し前に読んだ文芸評論家の斉藤美奈子が、ちょっとほめていました。(石原慎太郎を褒める人は、それはそれで結構いることは知っていますが)なんとなく、それが心に残っていました。 で、今回の「三島本」ですが、うーん、おもしろかったですねー。 この本の中で、石原氏は三島をちっとも褒めていません。 三島の死はつくづく惜しいとはしながらも、例の事件を初め、それに至る過程を、やや極端な言いかたをすると、馬鹿にしています。そして、その馬鹿にする仕方が極めて巧妙で、これこそがこの本のテーマだとすれば、これはこれでやはり上手な「芸」と言わざるを得ないと思います。 東京都知事は、やはりあなどれませんねー。 石原氏の「三島本」について、もう少しだけ紹介を続けたいと思いますが、以下、次回に。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.10
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『学生時代』久米正雄(新潮文庫) 夏目漱石という人は、大層筆まめな人で、たくさんの手紙・書簡が残っています。それも、とても心のこもった手紙が。 次の文章は、漱石が、亡くなるほんの一月ほど前に書いた手紙の一節です。宛先は、富澤敬道という二十二才の若いお坊さんです。 変なことをいひますが私は五十になつて始めて道に志ざす事に気のついた愚物です。其道がいつ手に入るだらうと考へると大変な距離があるやうに思はれて吃驚してゐます。あなた方は私には能く解らない禅の専門家ですが矢張り道の修業に於て骨を折つてゐるのだから五十迄愚図々々してゐた私よりどんなに幸福か知れません、又何んなに殊勝な心掛か分かりません。私は貴方方の奇特な心得を深く礼拝してゐます。あなた方は私の宅へくる若い連中よりも遙かに尊とい人達です。是も境遇から来るには相違ありませんが、私がもつと偉ければ宅へくる若い人ももつと偉くなる筈だと考へると実に自分の至らない所が情けなくなります。 飛んだ蛇足を付け加へました。御勉強を祈ります。以上 心のこもった、いい手紙ですねぇ。 この手紙のすばらしいところは、手紙を書く技術とか何とかではなく、やはり漱石の人格的な部分から溢れ出ているんでしょうねー。 さて、今回、この手紙を取り上げた眼目の部分は、後半の、「あなた方は私の宅へくる若い連中よりも遙かに尊とい人達です。是も境遇から来るには相違ありませんが、私がもつと偉ければ宅へくる若い人ももつと偉くなる筈だと考へると実に自分の至らない所が情けなくなります。」というところです。 昔より、「漱石山脈」と言われ、漱石にはとても優れた弟子がたくさんいたとされています。 個々の名前は挙げませんが、錚々たる顔ぶれに、確かにその通りだと思いますよねー。 さらに、漱石家の居間が弟子たちに解放された「木曜会」などで、直接教えを受けた人たちだけではなく、作品を通しての共感者たち(「白樺派」の面々はそんな感じの人たちですかね)や、個人的に「私淑」する人、例えば梶井基次郎であったり(梶井は、友人への手紙に、冗談ながら「梶井漱石」などと署名していますね)、そういえば、少し前に亡くなった色川武大なども「漱石を目指したい」と言っていたと、どこかで読んだことがありますが、など、そんな人も含めると、本当に連綿と、あるいは脈々と漱石の存在感は受け継がれていますね。 ところが、細かく見てみると、直接教えを請うた人々について、上記の手紙にあるように、漱石は、そんな自らの弟子たちに、何というか、まー、はっきり言うと、ちょっと「がっかり」していたのではないか、と。 (しかしそのことを、自らが至らないせいであると考える漱石は、やはり偉いですよねー。子供のできの悪いのは、やはり親のせいですよねー。あ、あまり関係ないですかね。) そういえば、さらに「直弟子」的なメンバーを見てみますと、鈴木三重吉・小宮豊隆・森田草平あたりでしょうか、なんか失礼ながら、このあたりの人々は、先生の偉さに甘えきっている弟子たち、という感じがいかにもしますね。(えー、この「偏見の塊」は、とりあえず、小説家=文学者としての評価とお考え下さい。以下同。) 一方晩年の弟子たちを挙げてみますと、それは何と言っても、芥川龍之介が一頭地を抜いていますねー。 そしてその芥川は、小説『枯野抄』において、臨終の芭蕉をモデルにしつつ、漱石の死の床に控える弟子たちの「エゴイズム」を、鋭く抉り出しています。 さて、その「晩年の弟子」の一人に、今回報告する小説の筆者、久米正雄がいます。 この人は、漱石の亡くなった後、長女・筆子に求婚し、これも晩年の弟子、松岡謙と争って破れ、漱石家を出入り禁止になった人として、わりと有名(かな?少なくとも私の偏った認識はそうでしたが)な人です。 えー、ここまで来て、やっと報告する小説の筆者名が出てきたというバランスの悪さ、歪さは、私がかなり困っているからですね。 実は、この短編集(大学生を主人公とする連作短編集ですかね)のどこがいいのか、はっきり言って、私には全然分からないのです。 いえ、きっと、私の読解力不足のせいであるのでしょうが、なんというか(偏見に満ちた言い方と自分でも分かっているのですが)、なによりもほとんどの作品に「品位」が感じられませんでした。(うーん、こんな書き方は、「言ったもん勝ち」で、よくありませんよねー。) 他人の手紙を覗く話。他人の日記を読む話。鼻持ちならないエリート意識。裏返しの自己卑下。根拠なき差別意識。……。 うーん、こんなまとめ方をするつもりではなかったんですが、とにかく、読み終えて心温まる話が、私には、まるでありませんでした。 筆者について少し調べてみたんですが、主に大正時代によく読まれた作家と知りました。 大正時代、一体、どんな読者層がこんな話を読んでいたんでしょうねー。 いわゆる「大衆小説」の勃興が、昭和初年あたりと聞きますから、その少し前ですね。 なんとなく想像がつきそうです。 しかし、やはりこの作品は、歴史的使命をすでに全うしているのではないかと、いつもながらの「偏見」に満ちた私は、戸惑いながら、そう考えるのでありました。うーん。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.08
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『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』井伏鱒二(新潮文庫) 昔、多分、小学校高学年だったでしょうか、いえ、小学校の頃の私はもっと呆けたような少年だったに違いありませんから、中学生の頃かも知れません。 ロフティング原作の『ドリトル先生シリーズ』、読みましたよねー。 『ドリトル先生航海記』とか『ドリトル先生アフリカ行き』とか、外にどんなのがありましたっけ。もう、ほとんど覚えていませんが。 あの、ドリトル先生シリーズの翻訳者が井伏鱒二であったという事は、かなり後になって知りました。ひょっとしたら、『山椒魚』や『屋根の上のサワン』なんかの、初期井伏鱒二の名編を知ってからであったかも知れません。 その時の感想は覚えていませんが、きっと、さぞ懐かしかったろうと思うのですが、どうだったでしょうね。 井伏鱒二の小説は、その後、数冊読みました。 有名な『黒い雨』も読みましたが、私は上記にも書いた、初期の、詩情溢れる短篇集がとても好きでした。 太宰治との、仲の良い師弟関係なども彷彿として、とても好感を持っていました。 少し脇道に逸れます(どうせいつもの事ですがー)。 私が、井伏鱒二と太宰治がとても仲のいい師弟関係と思っていた原因は、高校の国語の教科書の中にあった太宰の『富獄百景』のせいですね。 あの小説の中に、太宰と井伏が一緒に富士山に登って、途中で休憩をしていた場面がありました。そしてそこに、確か「井伏氏はとても退屈そうに放屁をなされた」というような一文がありました。この一文のせいですね。 すごいですねー。放屁一発のせいで、少なくとも私という一人の読者は、今までこの文章を忘れず、そして、この二人はとても仲のいい師弟なんだと思い続けてきたんですねー。(後に、井伏が「私は放屁なんかしていない」と、苦情を言った文があると又聞きしましたが。) しかし、本当に文の力って、偉いものですねー。 さて、そんな「田園風景」のように感じていた井伏と太宰の関係が、どうもそうではないと分かったのが、2000年に出版された、この本の記述のせいでした。これです。 『ピカレスク』猪瀬直樹(小学館) 太宰治の伝記です。私の持っている単行本の帯にはこの様に書いてあります。 「太宰治の『遺書』の謎に迫る本格評伝ミステリー」 太宰が自殺後残した文章の中に「井伏さんは悪人です」とあったんですね。 有名な話ですから、私も以前から知っていましたが、これは一種の「反語=レトリック」だと、これは私だけではなく、とても多くの人が思っていたわけです。(井伏鱒二はまだ生きていましたし。) ところが井伏も亡くなって約10年、猪瀬直樹がこれに着目したんですね。 この本はとても面白い本ですが、太宰についてはちょっと書き出すと切りがないので止めます。ただ、この本には太宰と同じぐらいの重要度を持って、井伏鱒二について書かれてあります。それも、かなり「批判的」に。 最初私がこの本を読んだ時も、太宰についてより、むしろ井伏に関する描写が、あたかも「告発」に近いようなトーンで、かなり厳しく書かれている事に、一種ハラハラするような思いを持って読みました。 終盤にこんな部分があります。 いずれにしろ井伏は、心にトラウマを抱えて、その痕に触れられないよう細心の注意をしながら九十五歳まで生きた。五十歳ぐらいまでの井伏は原稿生活者としては貧しく、食いつなぐのに精一杯であったから、雑文もよく書いたし、眼前に資料があれば丸写しもした。背に腹はかえられない。晩年、自分の人生を振り返り、「身過ぎ世過ぎだよ」とぽろりと洩らすこともあった。 猪瀬直樹は、『山椒魚』『黒い雨』そして『ジョン万次郎漂流記』など、よく知られた名作までもが、「剽窃」とまでは言わないまでも、かなり描写を同じくする「種本」を持つと書いています。(『黒い雨』については、井伏自身、これはドキュメンタリーであると述べています。) さて、今回の読書報告の二作品ですが、上記の猪瀬氏の書籍のトーンに引っ張られるわけではありませんが、例えば『ジョン万次郎~』の、作品としての、構成のあまりに無頓着な事については、私はよくわかりませんでした。 もう一作の『さざなみ~』については、一定の興味はありましたが、如何せんこれについては、私の教養並びに学力不足のせいで、さほどこの『平家物語』のサイド・ストーリーにのめり込む事ができませんでした。 猪瀬氏は、『ジョン万次郎~』について、文体も含めて、「種本」への依存が甚だしすぎると説いていますが、結局、この二作は、文体についての評価がなければ、さほど意味のあるものとは思えないと私が思うのは、やはりこれ、私の教養並びに学力不足のせいでしょうか。 ちょっと辛い読書報告となってしまいました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.05
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『蕁麻の家』萩原葉子(新潮文庫) 伝記、幼い頃、読みましたよね。 ナイチンゲール、シュバイツァー博士、野口英世、などなど。 結構面白かった印象があるんですが、あの面白さの源泉はやはり、事実の重みなんでしょうかね。実際にいた人が、実際に頑張った話である、という。 えー、何の話かというと、今回の小説を鑑賞・報告するに当たって、なんというか、今ひとつ、作品との間合いの取り方がよく分からないという感覚に、私がいる、ということであります。 今回報告の小説は、ベスト・セラーにもなりましたから、多くの方がご存じかと思いますが、詩人・萩原朔太郎の長女が、自らの家族をモデルに書いた話であります。 しかも、この天才詩人の家庭が、完璧に崩壊しています。 特に子供に対しては、たぶん今の時代なら、「ネグレクト=育児放棄」に加えて「児童虐待」に当たりかねない状況であったと描かれています。 まず、すごく素朴な疑問として、この小説内容は本当のことなんでしょうか。 いえ、この問いの建て方はきわめて愚かでありました。 もとより、小説とはフィクションであります。 では我々は、小説であるならば、それがモデルを持つものであっても、総てフィクションであるとして捉えるべきなのか。 一方でゴシップ的な興味はあったとしても、鑑賞に際しては、一線を画して行うべきであるのか。 私も、そうだと思いました。 しかし、そう思って読んでみると、例えば、朔太郎がモデルであるところの「洋之介」の、社会人として、あるいは親として完全に失格している描写は、一方に、あの天才詩集『月に吠える』の存在を背景として読まねば、とてもリアリティーに欠ける気がしますが、どうでしょうか。 (ちょっと話は変わりますが、『小説・何野何某』みたいなのがありますが、ああいうのは今回は対象外です。小説は本来何を書いてもいいジャンルではありますが、私個人の好みで言えば、ちょっとそんなのは「逃げ」を撃っているような気がして、評価、低いです。) さて、ちょっと距離を置いて考えてみますね。 『智恵子抄』は、光太郎・智恵子という実在人物を前提にしなくても鑑賞ができるでしょうか。 うーん、あれは、できないでしょう。 実際の二人の生活と、作品との距離が近すぎるような気がします。 では、私小説はどうか。 『蒲団』『和解』などは、モデルがいることと、小説作品としての鑑賞評価の間に、どんな「ルール」が成立しているんでしょうか。 少なくとも、今挙げた二小説については、鑑賞評価に、モデルがいることは直接関係しないような気が、私としては、します。 ではなぜ、『蕁麻の家』だけに、私はそんなことを感じるのでしょうか。 それを突き詰めて考えると、結局、この小説内容ならびに関係する事柄の二つが、極めて「異常」だからだとわかりました。この二つです。 (1)ほとんどの登場人物の性格が「異常」である。 (2)モデルとなっている萩原朔太郎の詩が、天才的に「異常」である。 繰り返しになるかも知れませんが、こんな小説にリアリティーを感じるには、特にこの(2)の要素を必要としなければ、やはりちょっと読んでられないような気がします。 日本近代詩の中で、おそらく二位以降を遙かに引き離して圧倒的第一位評価である、詩集『月に吠える』の作者の存在は、この小説からどうしても外せません。 では、そう思って読めばいいのではないか。 上述の例でいえば、『智恵子抄』の様に読めばいいのではないか、と。 で、まぁ、ここで、今回の報告の冒頭にたどり着くわけですね。 つまり、そう読むとしても、そんな読み方について、どんな間合い=距離感を作品と取ればいいのかがよく分からない、と。 というか、ちょっと大上段に構えて言えば、朔太郎のような集団から遙かに傑出した天才の「生」というのは、そもそも小説の題材になるのでしょうか。 そんな極めて特殊な「生」というものは、例えば事実なんだからリアリティもくそもないだろうといわれても、また反対に、いくら天才の「生」だからとは言え、ここはたぶん事実を変形しているだろうと思えても、どちらにしても、あんまり馴染みがないものだから、距離感に困ってしまいませんかねー。 (また私はあれこれ迷うんですがー。例えば、イエス・キリストがモデルの小説ってのは成り立つのか、とか。うーん、迷うんですが、しかし、もうキリストあたりになると、「イエス・キリストがモデル」なんていう捉え方が、そもそも尋常な概念として成立しないような気もして、えーっと、よく分かりませぬー。) さて混乱に陥りつつの本書の感想ですが、面白い話だとは思いました。ただ少し、「不十分」な感じがしました。 ストーリーにおいても、人物描写においても、そしてテーマの突き詰め方においても。 ひょっとしたらそれは、筆者も、事実と小説の間の距離感が、今ひとつ掴めていないせいなのかも知れません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.03
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『草の花』福永武彦(新潮文庫) 上記小説の読書報告の後半であります。 新潮文庫の裏表紙にある、こんな一文、 「研ぎ澄まされた理知ゆえに、青春の途上でめぐりあった藤木忍との純粋な愛に破れ、藤木の妹千枝子との恋にも挫折した汐見茂思。(略)まだ熟れきらぬ孤独な魂の愛と死を、透明な時間の中に昇華させた、青春の鎮魂歌である。」に導かれながら、青春・恋愛小説と思って読み始めた私は、しばらく読み進めた後、自分が大きな勘違いをしていた事に気が付いて、思わず「あっ!」と、声を上げたのでありました。 この小説は、「姉妹」に恋愛するのではなく、「兄妹」に恋愛する小説なんだ! 「忍」というのは男性の名前だったんですね。 主人公が十八歳、忍は十六歳の、旧制高校の弓道部の先輩と後輩の二人でありました。 旧制高校におけるこういった「同性愛」というのか、「ブラトン的愛」というのについては、むかーし、北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』において、少し読んだ事がありました。 ただ、あの本の中の、この種の恋愛の扱いは、ほんの少しであった上に、ユーモラスな話題の振り方になっていましたから、感情移入を伴うようなものではありませんでした。 この度、男の、男に対する真正面からの愛情の話を読みまして、そういえば、真面目なこの種の恋愛の話を読むのは初めてかな、と思いました。 思い出してみると、かなり昔、比留間久夫という人の、そんな感じの小説を読んだ事がありましたが、あれはかなり風俗的な書きぶりのもので、この度の小説のように、理性にどんどん迫ってくる「同性愛」といったものとは、全く異なっていました。 この作品に於ける「同性愛」について、主人公は、この感情を「同性愛」とは考ず、究極の「友情」と考えています。そして、こんな書き方がなされています。 他の友人達と、この感情について、討論し合う場面です。 そうじゃない、と僕は熱して叫んだ。本当の友情というのは、相手の魂が深い谷底の泉のように、その人間の内部で眠っている、その泉を見つけ出してやることだ、それを汲み取ることだ。それは普通に、理解するという言葉の表すものとはまったく別の、もっと神秘的な、魂の共鳴のようなものだ。僕は藤木にそれを求めているんだ、それが本当の友情だと思うんだ。 どうでしょうか。これを「友情」と呼ぶのは勝手ではありましょうが、まぁ、一般的には、そうは言いませんよね。 さらに言いますと、これは男女の恋愛ですらありません。 たとえ恋愛においてにしろ、こんな方向性の愛情を求められると、とてもじゃありませんが、相手は疲れ切ってしまいます。 そして実際に、本作品においても、この愛情を注がれる加重な負担ゆえに、「兄妹」は、主人公から去っていきます。 結局、この作品に於ける「愛情」とは、極めて形而上学的な、宗教的な物として描かれているんですね。 それは、後半、忍の妹・千枝子との恋が成就しない理由が、千枝子の深く信仰するキリスト教を、主人公が信じ切れずにいるゆえであるという事からも明かであります。 極めて観念性の強い、ある意味で、思想=宗教小説になっています。 しかし、一方で、この小説の描写は、とても密度の濃い、上品な、美しい、そしてかっちりとした物であります。 その「かっちり」具合が、少々「生硬」という印象を与えるような気もしますが、主人公の「絶対的孤独」、そして「プラトン的愛」を描くには、このくらいの「純粋さ」「清潔感」のある文体が必要なのかなとも思います。 主人公が、無理な手術をして「術中死」する場面。 一晩に及ぶ手術の最中、降りしきっていた雪が止み、晴れ渡った翌朝。主人公と同じ病室に入院していた若者達が、遺体の見舞いに来ます。 良ちゃんは肥った身体を蒲団の上で揺ぶって泣いた。薄暗いスタンドの灯の中で、彼はいつまでも泣きやまなかった。私たちは、誰も、重い罪を責められている者のように、首をうなだれていた。雑木林の中で、折々、音を立てて梢の雪がくずれ落ちた。 ところで、少々話は変わるのですが、本作品の「同性愛」の場面を読んでいて、私は、つくづくそういった「嗜好」並びに「志向」が、自分にないことが良くわかりました。 関西風に、思いっきりアホな書き方をしますと、 「ボクは、女の人が、好きやー。」 あ、やっぱり、アホですね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2009.12.01
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