近代日本文学史メジャーのマイナー

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2020.06.03
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『破れた繭・夜と陽炎……耳の物語12』開高健(新潮文庫)

 前回の続きです。
 前回最後に書いていたのは、開高健の文体は、関西弁に標準語をアウフヘーベンした(逆かもしれません)、最強の関西人文体ではないかという事だったのですが、しかしここで私は、さらに考え込んでしまうんですね。

 以下、そのことについて、ぽつりぽつりと報告させていただきます。

 確かにそれは開高健ならではの天才的な関西人文体であり、そして読んでいる間は、この文体独特の「たゆたい」がとても心地よく感じられるものでありながら、しかし三島文体よりも、読み終わると疲れるのは、はてなぜか、と。
 これが私の「考え込み」であります。

 ふたつ、思いつきました。
 ひとつは、これは強すぎる酒だな、ということです。
 強い弱いの耐性はアルコールと同様、文体においても読者側の個人差があることでしょうが、いわば、これは私にとっては少々強すぎる酒だ、ということでありましょうか。

 そして二つ目ですが、これはなかなか説明が難しいのですが、大きな枠で言いますと、文体と物語の関係についてであります。

 小説にとって、文体と物語は車の両輪で、両者間に主従関係があるものではありません。つまり、どちらかがどちらかに奉仕するというものではないと思います。

 今、私がこの開高小説の文章について微かに感じる違和感は、文体が単独で成立してしまって、物語に奉仕していないのじゃないかというものです。

 繰り返しになりますが、文体は必ずしも物語に奉仕しなくてはならないとは思いません。
 しかし、一方が他方に対してまるで関わりを持たず、一人勝手に「自己完結」しているとすれば、それはやはりいかがなものか、と。
 もしも文体の物語への「奉仕」という表現が相応しくないなら、文体ははたして物語に無関係に成立してもいいのであろうか、という違和感です。
 (文体が、勝手に舌を巻く様なすばらしい芸を披露している、……とは、言いすぎでしょうか。)

 我が田にばかり水を引いているような気がしつつ、これだけ惚れ惚れするような文章を読ませられながら、私が、どこか本書に対して醒めた思いがあるのはそのせいではないかと感じます。

 さて、前回の冒頭にも述べましたが、私は本書を読んで二つのことを考えました。しかしまだ、二つ目のことについて報告していません。

 もう一つの、はてこれは何なのかと思ったことがあるのですが、それについては、あれこれ考えるほどに少し「嫌」な感じになっていくようで、なんだか、もう書かないでおこうかなと思いました。でも以下に、少しだけ報告いたします。

 それは少しだけややこしくありまして、一つだけれど実は二つの内容であります。
 仮に「2-1」「2-2」としてみます。

 「2-1」は、こういうことです。
 それは、ほぼ全編に再三同様の表現がある「倦怠と解体」についてです。
 特に主人公が小説家になった後、それはより強烈な形で主人公の内面に巣を張り巡らせ、様々な「国外逃亡」をさせ、ベトナムでの苛烈な体験へと導き、そしてその経験がさらに内面を「解体」させるというものであったのでしょうか。

 「鬱」という表現も再三出ていますから、そのように理解してもいいかとも思います。
 それはつまり、診断の付く病状であります。
 私が気になることの一つは、思い切って書いてみますが、これは文学的なテーマであろうか、ということであります。

 次に「2-2」です。
 実は私に、いきなりの突拍子のない、かつ、とても意地悪な連想が浮かぶのですが……。
 こんなことを書けば、開高健ファンは怒り出すでしょうか。

 つまり、……これは太宰治の苦悩と同じじゃないのですか、……と。
 そして太宰の苦悩とは、大きな枠で一言で言えば「転向」ではないのですか、と。

 かつて太宰治本人に向かって、私はあなたが嫌いだと言ったという三島由紀夫は、太宰の文学的苦悩について、毎日決まった時間に起床するとか、乾布摩擦に励むとかを実行することで、その苦悩の少なくない部分は軽減すると書きました。

 もしも今に至って開高健が生きていたならば、段違いに進歩をした精神疾患への治療、つまり即物的なもっとフィジカルな治療によって、開高の苦悩も「治癒」したのではないかという思いが少し浮かびます。
 しかしその先に、はたして開高健はどんな「自己」を見たのか、……。

 もちろん、そんなことはわたくしごときにわかるものではありません。
 しかしそれが、とても厳しいものであっただろうということぐらいは、たぶん私でもわかると思います。

 いえ、こんな妄想が、すでにおこがましいものであるかもしれないという思いも、一応は持っておりますが。……。


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Last updated  2020.06.03 22:17:42
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Re:「彫心鏤骨」の文体に見るもの(後半)(06/03)  
シマクマ君  さん
お元気ですか?
 面白く読ませていただいています。特に2-2に関して、ご指摘の「文体」と「物語」の関係から、「文体」を作り出している、作家自身の実存へ至る展開は興味深く感じています。
 ぼく自身は、ご指摘の「嫌な感じ」についての評価が、ちょうど真反対な印象を持っています。
 「闇」三部作をはじめ、開高の最後の作品群が「明晰」さを失い、「夢の中の日常」とでもいうべき、朦朧とした記述だった印象(昔の記憶で申し訳ありません)だったのですが、それは「物語」を信じた近代小説の終焉を体現する作家の誠実だという印象です。
 最近、三島の映像を観ましたが、「物語」に殉じようと決意した男の異様に明るい笑顔という印象を受けました。思い付きですが、「物語」の再構築による「美」=「真実」の再生という夢に果てた三島の空虚に対して、「美」の不可能性に苦しむ開高の「実直」という感じでしょうか。
 ぼくは、やはり、開高の「作品」に読む価値を感じます。
 どうも、6月にはお会いできるでしょうか?再会を楽しみにしています。時節柄、お体ご自愛ください。再見。 (2020.06.08 00:52:43)

Re[1]:「彫心鏤骨」の文体に見るもの(後半)(06/03)  
analog純文  さん
シマクマ君さんへ
 ご無沙汰しています。お元気ですか。
 私はそもそもの自粛体質もあって、じみーに家にいましたが、えらいもので、なんかそんなに一生懸命読書ができたわけではありません。やはり「ピンチ」の時期なんでしょうね。
 6月に入って、仕事も再開となりましたが、それこそ「コロナ鬱」でこのまま仕事をフェイドアウトしたい気持ちがいっぱいで、困ったものです。
 さて、シマクマ君さんのいただいたコメントの

 「闇」三部作をはじめ、開高の最後の作品群が「明晰」さを失い、「夢の中の日常」とでもいうべき、朦朧とした記述だった印象(昔の記憶で申し訳ありません)だったのですが、それは「物語」を信じた近代小説の終焉を体現する作家の誠実だという印象です。

 という部分は、とても興味深い指摘だなと感じます。詳しくご説明のいただきたいところでありますが、しかし実際、6月はお会いできるのでしょうかね。
 先日「コーナン」という何でも売っているような店に行ったら、フェイスシールドなんかも売っていました。例えばそんなのを付けてでもお話ししたいものでありますが、いかがでしょうかね。
 では、また。 (2020.06.08 19:15:09)

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七詩 @ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文 @ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…
analog純文 @ Re:漱石は「I love you」をどう訳したのか、それとも、、、(08/25) 今猿人さんへ コメントありがとうございま…

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