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2020.12.29
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カテゴリ: 観照
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 東本願寺の阿弥陀堂門を入ると、
​右斜め前方にこの 鐘楼 が新たに建立されていることに気づきました。​
今回はこちらも細見しましたので、別項としてご紹介します。

しかし、少し様子が違います。

近づいてみますと、 梵鐘が 吊り下げられているのではなく、 台座を設けてその上に置かれている のです。 背後に見えるお堂が阿弥陀堂 です。


この鐘楼の南側に、この 境内案合図 が設置されています。

この「お買物広場」の建物の南側 になります。

鐘楼の傍に、この案内板が設置されていて
​「東本願寺慶長撞鐘 (つきかね) 」​ というタイトルでこの撞鐘について説明されています。


柱の傍に、新しい案内板の設置以前から使われていたと思われる もう一つの案合文 も併設されています。これらを参照資料にして、撞鐘を細見していきましょう。


案内板の右上の写真説明 ​​から​​ この 撞鐘の姿図 を切り出しました。

教如上人は、慶長7年(1602)、徳川家康から京都烏丸六条に寺地の寄進を得ました。
慶長9年(1604)9月の御影堂造営に合わせてこの撞鐘を鋳造した
この撞鐘の大きさは総高256cm、口径156cm。総重量は3,800kg。

尚、写真図版は以下の細見個所のうち銘文のある個所を説明していますので省略します。



「池の間」に 「慶長九 甲 辰 暦」 「五月廿八日」という銘文(陰刻) があります。
この撞鐘が鋳造された日付

縦帯の下部 「大工大坂淨徳」という銘文(陰刻) が見えます。
​この撞鐘を制作したのは鋳物師 (いもじ) の大工淨徳です。​

余談です。「大工」という語句を手許の辞書で引いてみました。
『広辞苑』(初版)には、次のとおり説明されています。
 (1) 木工寮または太宰府に属し、諸種の営作に従事した職。
 (2) 工匠(たくみ)の棟梁。番匠。
   (3) 主として木造家屋などを建てる職人。こだくみ。きのたくみ。このみちのたくみ。
    木工。
また、明治時代に出版された大槻文彦編纂の『言海』という辞書には、
 (1) 工匠(タクミ)ノ棟梁。(番匠バンショウの條、見合ハスベシ)
 (2) 今、専ラ、大工コタクミノ通称。木工。
と説明があります。

今ではもっぱら木造建築の職人さんを大工と称しますが、かつては「工匠」という概念が広かったということですね。金属の鋳造をする鋳物師と称される人々の棟梁も「大工」と称されていたのです。

元に戻ります。


「飛天図」が描かれた「池の間」に 「信淨院」の銘文(陽鋳文字) があります。
信淨院とは教如上人のこと です。
つまり、教如上人の発願、発注により鋳造された撞鐘ということになります。

この撞鐘は境内地南東の鐘楼に、慶長9年(1604)6月6日に吊り下げられた と言います。
撞き初めはその翌日、6月7日 だったとか。


「信淨院」の銘文がある「池の間」の「 右向飛天図



                          「 右向鳳凰図


左向飛天図 」 5月28日の銘文がある池の間の図です。


左向鳳凰図 」  下部中央に「本願寺」の銘文(陽鋳文字) があります。

撮る位置を少しだけ移動して・・・・。

撞座 八葉素弁蓮華文 です。


下帯の文様 唐草文様が陽鋳されています


この 案内文 の説明で、上記と重複しない個所を転記してご紹介します。
関心を抱かれた形は実物の撞鐘を見て、現地で案内文を再読していただく一層興味が湧くかもしれません。

「竜頭の方向が撞座に直交する古式の洪鐘 (こうしょう) である。」
   (池の間に目が集中し、竜頭の写真を撮り忘れました。残念! 以前に一度撮ってはいます。)

「慶長末年以前の鐘としては、①京都方広寺の鐘、②奈良東大寺の鐘、③山形羽黒山出羽三山神社の鐘、④鎌倉五山円覚寺の鐘についで5番目の大きさを誇る。」

「池の間四区には、飛天と鳳凰図が浮き出されており、乳の間には一区五段五列で、上帯にも二個ずつ四箇所に乳が配列され、全部で百八煩悩を現している。」

「大坂の鋳物師は、鐘銘に見る限り慶長6(1601)年を初見とし、難波別院(大谷本願寺)の鐘銘に『大工我孫子杉本/藤原朝臣仏善左衛門尉家次』とあるように、元来、摂津国住吉郡我孫子の住で、天正11(1583)年、秀吉の大坂築城を契機に、我孫子から移住したものとされる。」

「飛天図については、韓国の鐘に類例がみられるが、多くは正面を向き両足を屈した図像であり、斜め横方向へ飛翔する本撞鐘の天人とは異なる。また、飛天図は、和韓混淆の鐘にもみられるが、その形象や衣文表現などに相違する点がある。鳳凰図についても、韓国の鐘には池の間にあらわす例は見出せず、東本願寺慶長撞鐘の特徴を示すものである。」

末尾に、この撞鐘が2016年2月16日付で、真宗大谷派宗宝第36号に指定された旨の一文が記されています。




序でに、北側の建物周辺のご紹介 をしておきましょう。
一つは入母屋造りの屋根です。切妻の破風部分には 三ツ花懸魚 が使われています。
特徴的なのは、切妻部分の個所は全体が漆喰で塗り固められていると思われることです。
外観の美と併せて防火対策が意識されているということでしょうか。
 大棟の端には 獅子口 が見えます。
阿弥陀堂門の唐破風上の獅子口と基本は同じです。
しかし、全体が一体化した形で制作された瓦のように見えます。
足元の造形は波濤文ですがかなりダイアミックな意匠になっている感じです。
 稚児棟の個所にも 獅子口 が使われていますが、
こちらには足元(鰭)が略されています。経の巻と軒丸瓦は共に三つ巴文様ですが、形状の表現が異なります。

大瓶束と蟇股が同じレベルで並んでいるのに興味を持ちました。
蟇股が下部構造に、上部構造に大瓶束が使われるというのが良く見かける形式ですので。


この建物と東側の築地塀の間の細長い空間をふと見ると、 石庭風の庭 に作庭されています。
東本願寺を今までに幾度か訪れていますが、ここは初めて気づきました。
まだまだ見過ごしている個所がありそうです。

これで東本願寺慶長撞鐘についてのご紹介を終わります。

[付記]
2017年3月~4月にスポット探訪として「東本願寺細見」記を拙ブログでご紹介しています。そのときこの撞鐘は境内の一隅に仮置きで展示されていました。その時に傍にあったのが、上掲の簡易な説明文でした。
今、この撞鐘にとっての正式な居場所がここに設けられたということです。
スポット探訪 京都・下京 東本願寺細見 -2 阿弥陀堂・鐘楼(新調梵鐘)・東本願寺撞鐘(梵鐘)
この記事で当時の状況をご覧いただけます。

ご覧いただきありがとうございます。


こちらもご覧いただけるとうれしいです。
観照 諸物細見 一覧表

スポット探訪 京都・下京 東本願寺細見 -1 阿弥陀堂門・総合案内所・阿弥陀堂ほか ​      
   5回のシリーズでご紹介しています。
スポット探訪 [再録] 京都・下京 「渉成園」(枳穀邸)細見 -1 高石垣・園林堂・傍花閣ほか
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Last updated  2020.12.29 00:30:05
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